君と、ずっと   作:マッハでゴーだ!

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二人の関係は?

 ――奥寺ミキさんとの打ち合わせは限りなく順調に進んでいた。

 彼女はすごく優秀な人で、販売業……特にお客様の求めているニーズに深い理解を示していた。今回の私たちのしていることは結婚式におけるウェディングドレスの制作が主に占めており、彼女の会社がチャペル系の会社と提携しているため、今回のような話が来た。

 私も事前に色々なアイデアがあったのでそれを議論の中で提案すると、奥寺さんは柔らかい対応でそれに同意してくれて……っという風に、打ち合わせ自体はすごく順調。

 ……だけどさっきから、彼女が私をすごく観察するように見てくるのが、なんとも言えない気分だった。

 ――最初に感じた、彼女に対する懐かしさ。それは実際に話してみて確信に変わった。この感覚は、瀧くんのときに感じたものと少し似ているんだ。

 彼女のことをもっと知りたいと思う反面、今は仕事中だから私情を挟むことはできないのだから、ある意味で八方塞り。

 ……そんな風に、悶々と打ち合わせをしている最中、奥寺さんは一段落がついたからか、肩の力を抜いてふぅっと息を吐いた。

 

「んん~……ちょっと一息入れませんか? 宮水さん……三葉さんは確か年齢は……」

「あ、25歳です」

「なら私とほとんど同じだから――ここからはタメでいかない?」

 

 奥寺さんはにこっと笑って、口調を崩してそう言った。そういって髪を軽く上げる。

 ……すごく綺麗な人だなー、なんて思いつつも、私は彼女の薬指を見た――結婚指輪だ。

 

「奥寺さんは結婚しているんだ」

「お、めざといな~。流石、やっぱちょっと似るんだね」

「ん?」

 

 私は奥寺さんの言っている意味がわからず首を傾げると、彼女は微笑を浮かべて首を横に振って「何もないよ」って言ってくる。

 ……なんか、ちょっと掴みどころのない人だ。そう思っていると、彼女は話し始めた。

 

「結婚したのは1年前くらいかな? 相手は年下でね。まあ大切にしてくれてるけど、遠慮がやっぱりあるんだよね」

「年下……遠慮」

 

 私は奥寺先輩の言葉に少し反応する。

 ……瀧くんは年下だからか、偶に私に気を遣って遠慮してくることがある。それは本当に些細なことなんだけど、やっぱり大切な人には遠慮してほしくないっていうか。

 女心は複雑なのです。そんな風に思っていると、奥寺さんは少し瞳を輝かせて私の顔を覗いてきた。

 

「ほぉほぉ、三葉ちゃんもお年頃ですな~――意中の相手でもいるの?」

「い、意中っていうか彼氏がいるんだけど――あ、会社では内緒にしてるから、言わないでね?」

 

 私は少し照れくさくそういうと、奥寺さんは変わらない笑みを浮かべてサムズアップをしてくる。

 

「私も彼氏は年下なんだ。それですっごく良い男で、特に最近はもっと良い男になったせいで結構モテてるみたいで……」

「なるほど、不安なわけかー。ふむふむ……」

 

 奥寺さんは何かを納得するような表情で頷く。

 ……瀧くんのことはもちろん信じてる。信じてるんだけど、感情はまた別問題。

 自分しか知っていない瀧くんの良い所を、かっこいいところを知られたくない馬鹿みたいな独占欲だ。それに瀧くんも、私に遠慮してそういう不安要素を私には絶対に話さない。

 ――不安だよ、瀧くん。瀧くんがどんどんかっこよくなるのが、私にとって彼が年上の私から離れていく気がしてならないことがある。本当に偶に、ふとしたときに。

 それを四葉に話したとき「そんなことあるわけないじゃん」なんて言ってきたけど、こればかりは恋人の私にしか分からないんだ。

 ――ふと、奥寺さんが時計を見る。打ち合わせは大体終わり、今からお暇する時間を確認するためか。

 彼女は時間を確認すると、もう一度私の顔を見てきた。

 

「三葉ちゃん、今からお昼休憩?」

「あ~……ちょっと早いですけど、打ち合わせが終わりならそうだね」

 

 まだ12時にはなっていないものの、丁度いい時間だ。

 すると奥寺さんは思いついたような顔で、ある提案をしてきた。

 

「――もしよかったら、一緒にお昼でも行かない? 親睦も兼ねて」

「あ……うん。私でよかったら、お供しようかな?」

 

 私は特に断る理由もなく、奥寺さんの提案に乗ることにした。私は資料を纏めて自分のデスクに保管し、財布と小さな鞄を持って奥寺さんと一緒に外に向かった。

 

○●○●

 

 私と奥寺さんが来たのは以前に四葉と来たカフェの少し距離が離れたところにある、ここもオープンカフェ型のイタリアンのお店だ。私たちは互いにそれぞれランチセットを頼み、今はその料理を待っている――そのとき、瀧くんからメッセージが入った。

 

『今日、仕事終わったら連絡してくれないか? 俺も時間合わせて買い物に行こう!』

 

 ……ダメ、奥寺さんの前なのに顔がにやけそうになる。こんなメッセージ一つで喜ぶなんて、今時の中学生でもならないのに!

 これって私が恋愛経験皆無だからなのかな? ……あ、でも瀧くん以外に恋愛経験したいと思わないし――瀧くんなら、むしろ今のままでいてくれって言いそうだよね。

 私はそう自己完結をして、瀧くんに対して了承のメッセージを送ってスマフォをしまった。

 

「なーんか嬉しそうだね、三葉ちゃん」

「え!? そ、そう? ……奥寺さんって結構鋭いよね」

「三葉ちゃんが分かりやすいだけだと思うけど――それと、奥寺さんはやめない? 私のことはミキでいいからさ」

 

 奥寺さんは少し苦笑いをしてそう言ってくる――そういえば、いつの間にか私の呼び方も三葉ちゃんになってる。

 ……実は私は、そこまで社交的ではない。今では少しはマシになったけど、昔に関して言えばまともな友達はさやちんとテッシーくらいのものだったからね。

 

「じゃあ……ミキさん、で」

「ん~、及第点かな? ま、いっか」

 

 奥寺……ミキさんは少し渋っているような表情をしているけど、とりあえずは納得してくれたみたいだ。

 ――それにしても、社交性の塊のような人だよね。私はちょっと見た目が地味だから、こういう華やかな『ザ・東京の女』っていうのに少し憧れる。

 ……これを瀧くんに言ったときに「三葉は絶対に黒髪ロングな。髪染めるとか絶対に許さないから。妥協でセミロングはオッケー」なんて言われて、挙句の果てには「三葉は今が最強だから、お願いだから今のままでいてください」なんて言われて……全くもう、瀧くんは仕方のない彼氏君だよね!!

 

「三葉ちゃんって結構百面相だよね。苦笑いしたり、にやけたり、惚気た顔したり……可愛いなぁ~」

「へ!? 今私、そんな気持ち悪い顔してた!?」

「気持ち悪いって言うか、思い出し惚けって感じ。すっごく幸せそうな顔してた」

「うわぁ……ちゃんと気をつけないと。妹にも良く言われるんだよ、お姉ちゃんは基本変な人だって」

 

 私はついつい笑って誤魔化す。ミキさんは楽しそうに笑って、それから料理が来るまで色々と話していた。

 

「ミキさんは旦那さんと何してるときが一番楽しいの?」

「あ~。……実はうちの旦那、根っからの真面目君でね? 割と静かな方なんだよね。だから話して楽しいというか、一緒にいてちょっと甘えてみたり、ちょっと悪戯してその反応を楽しんだり――どっちかっていうと、可愛いんだよね。私結構昔から男の子の可愛いところで好きになることが多くて」

「へぇ~……それなら私の彼氏には会わせられないね。瀧くん、かっこいいけど偶に無性に可愛いときがあるから」

「うぉ、惚気るねぇ~――ふふ」

 

 ミキさんは何に笑っているかは分からないものの、私の惚気に付き合ってくれる。

 四葉は基本的に途中でギブアップするから、中々こういう会話はできないんだよね。会社じゃあ堅物気取ってるし。

 それにして、ミキさんとは話が弾む。なんていうんだろう、こう、長年の友人のように自然に話せる気がするな。

 それもこれも、彼女のコミュニケーション能力の賜物だと思うけど。

 

「それでそれで? その瀧くん(・ ・ ・)とやらは最近はその、どうなの?」

「どうなの、って?」

「ほら――三葉ちゃんを求めるとか、ぶっちゃけその辺りは」

「も、求めるって……」

 

 ――私はミキさんの質問の意味が理解できて、顔が一気に熱くなった。

 ……瀧くんは、まぁ結構えっちだと思う。何気に私のことをちょくちょく性的に見てくるし、この前なんて寝ぼけて30分くらいずっと私の胸を触ってたし。

 瀧くんには言っていないけど、あの時間すっごく悶々したのに、結局あれ以降は進展はない――毎度毎度、四葉の邪魔が入るのがもう無性に腹立たしいよね。

 まあ少し怖いっていうのもあるけど――ってもしかして、今日のお泊りってそう言う意味合いも含んでるの!?

 そんな風に思考を張り巡らせていると、ミキさんが噴出すように笑い出した。

 

「あははははは! 三葉ちゃん、面白すぎだよ! もう考えてることが分かり易くて、可愛すぎ!!」

「へ――も、もしかしてからかってたん!?」

 

 ……つい方言が出てしまう。

 うぅ、基本的に家族か瀧くんか同郷の親友の前でしか出ないのに、油断した。

 

「ご、ごめんごめん……でも三葉ちゃん、本当に何考えてるのかがすぐに分かるから――でもうん。すごく幸せで、瀧くんのことをすごく想っているって理解できたよ」

 

 ミキさんは腕を組んで、ウンウンと納得するように頷く。

 ……なんか、今の言い方はすごく意味深に聞こえた気がするけど、まあ気のせいかな?

 そう思って私はグラスに入るお水を飲んだ――それと同時くらいに、料理が運ばれてくる。

 

「お待たせしました、こちらランチセットのパスタでございます――って、奥寺先輩じゃないっすか」

「やっほー高木くん。ここで働いてるって昨日聞いたから、来ちゃった♪」

 

 ミキさんはウェイター――ガッチリした体格の、シェフの服を着た男性と親しげに話す。話を聞いている限り知り合いのようだけど……

 

「あぁ、ごめんね。この子は私の昔のバイト先の後輩の高木真太くん。昨日この子と他の後輩の子達と久しぶりに飲んでて、ここで働いてるって聞いたからね」

「いやぁ、昨日は申しわけなかったっす。あいつ、めっちゃ酒強いからついつい飲みすぎて、潰れちゃいまして……」

「つ、潰れたのに次の日に元気に仕事って……」

「まぁ元気が取り柄ですから――って、あれ。なんかどっかで……」

 

 その、高木さんが私を見て、どこか訝しい顔つきで凝視してくる。

 ……少しすると何かを理解したような顔になった。

 

「あぁ、なるほど――奥寺先輩、相変わらず悪戯好きというかなんていうか」

「好奇心旺盛と言ってくれたまえ、高木くん♪」

 

 高木さんとミキさんの会話の意味は分からないから、首を傾げる。しかし私がそれについて追求しようとすると、高木さんは私たちに一礼して厨房に戻ろうとする最中、私の方をみて一言言った。

 

「あぁ、それと宮水さん? あいつに言っといてもらえます? 昨日は助かったサンキューって」

「え、ちょ……あいつって?」

「んじゃ、そういうことで――ごゆっくり、お食事をお楽しみくださいませ」

 

 高木さんは急に営業スマイルを浮かべて、私たちの元から去っていく。

 私はそのことに疑問を浮かべつつ――まずなんで私の名前を知っていたということが理解できなかった。

 

「えっと、ミキさん。さっきのは一体どういう……」

「まぁまぁ、今は食事を楽しもー♪」

 

 ミキさんは悪戯な笑みを浮かべつつ、フォークとスプーンを両手に持って、食事を始めた。私は何か釈然としないものの、ミキさんと同じく食事を始めた――……

 ……食事は30分ほどで終わり、今はウェイターの人が食器を片付けたため、テーブルには紅茶の入ったティーカップしかなかった。

 

「ふぅ、おいしかった~。これ、高木くんが作ったのかな? だとしたら腕上げたな~」

「結構若そうだけど、あの子って何歳なの?」

「22歳だよ?」

「あ、それなら……」

 

 瀧くんと同い年なんだ、あの子。

 ……瀧くんと同い年、か――同い年?

 

「……あれ?」

 

 ふと、私は思った。そういえば、どこかで彼のことをみたことがあるような気がすると。

 そう思ったのは、彼が瀧くんと同い年であるということを聞いたことと、どこかで彼と話したことがあるような気がしたからだ。

 ……高木――真太。

 真太、っていうのをいつか瀧くんから聞いたことがある。

 え、待って。つまり、そういうことなら――

 

「――ミキさん、さっき瀧くんのこと名前で自然に呼んだよね?」

「――ありゃ」

 

 ミキさんは少し目を見開いて驚くも、すぐに悪戯な笑みを浮かべる。

 ……そうだ、あの高木さんは瀧くんの友達だ――高校生の頃よりも見た目が少し大人になっていたから気づかなかったけど、彼のアルバムを見たときの面影がある。

 そしてそんな彼の先輩であるミキさんは昨日、彼を含めた後輩二人、四人で久しぶりに飲みに行ったと言ってた。

 ――そして瀧くんは、昨日親友と三人で飲みに行ってたんだ。

 

「……今から言う質問に正直に答えてください――奥寺ミキさん、あなたは瀧くんのことを知っているよね?」

「――ばれちゃあ仕方ないなー。でも、まさか瀧くんの名前を普通に言ってバレるなんてさ」

 

 ミキさんは苦笑いをして、素直に白状した。

 

「――そうだよ。瀧くんは私のバイト時代の後輩くん。昨日は司くんに呼ばれて久しぶりにあって、色々話したから三葉ちゃんのことも知ってたんだよ」

「……やっぱり」

 

 私はようやく全部繋がって納得する。

 ミキさんが私に対して友好的なのも、なぜか事情を知っているように話すのも理解ができた。

 ……私の知らない瀧くんを知っている、女性。それを聞いて、少し面白くない感情が私の中で確かに広がる。

 

「……勘違いしてもらったら彼に悪いから言うけど、瀧くんは私が来ることは知らなかったからね? 司くんがドッキリで彼に知らせてなかったんだから」

「あ……ごめんね。その、別に怒っているとかそういうわけじゃないんだよ」

「うんうん、わかるよ~? 怒ってないけど、ちょっとつまらないんでしょ?」

 

 ……ミキさんは見透かしたようにそう言い当てる。それと同時に私って、こんなにも分かりやすいのかなって不安になった。

 ――ミキさんは微笑みを浮かべながら、私を安心させるように話してくれた。

 

「瀧くんって呼ぶのは許してほしいかな。だって私にとって彼は今も可愛い後輩だからさ。それは本当に私も妥協はできないよ――でも心配しないで。瀧くんにとって一番はどんなときでも三葉ちゃんだから」

 

 ミキさんは大切に、言葉を選びながら話してくれる。

 ……それはきっと、瀧くんのことをしっかり理解してくれている証拠だ。

 瀧くんがそんな中途半端なことをする男でも、簡単に流されることがないことも彼女は理解しているし、それほどに信頼もしている。っていうかもしそうでなかったらとっくに私は瀧くんに食べられてる。

 ……それは、私にはない瀧くんとミキさんの絆のようなもの――私はそれをほんの少しだけ妬ましく思い、でもそれを嬉しくも思った。

 瀧くんの外観の良さだけを知ったように理解する人とは違い、ミキさんは瀧くんの根底にある優しさを、人間性を理解してくれている。

 それは私にとってとても嬉しいものなんだ。だからこそ、ミキさんに対しては嫉妬のような感情は浮かばなかった。

 ……それよりももっと、彼女の口から彼女しか知らない「瀧くん」を知りたかった。

 

「――わかってます。瀧くんとの付き合いはまだまだ短いけど、それでも私の知っている瀧くんは、私を悲しませることは絶対にしないから」

「……そっか――ありがとね」

 

 ……ミキさんは何故か、私にありがとうと言った。

 それが何なのかは、それは私には分からない。だけどその「ありがとう」には、色々な意味があると思った。

 

「さっきも言ったとおり、瀧くんはすごく幸せだよ。私が最後にあったときよりもいい男になっているのが証拠――君が変えてくれたんだ、瀧くんを」

「わ、私が?」

「そう。君と出会って瀧くんは変わった。もちろんそれで三葉ちゃんがつまらないこともあるかもしれないよ? でもね、そんなので彼に寄ってくる女は、絶対に三葉ちゃんには敵わない」

 

 ミキさんはそっと立ち上がり、私の肩に手をおいて、そして言った。

 

「――瀧くんはもう変えられないから。もし変わっても、それをできるのは君しかいないんだからさ。断言してあげる。……私の男を見る目は確かだよ?」

「ミキさん……。ありがとう」

 

 ――私は出来る限りの笑みを浮かべて、ミキさんにそう言った。

 私、この人となら仲良くやっていけそうな気がするよ。会って話してみて、そう確信した。

 なんていうか、空気が合うんだ。ミキさんと話していると楽しいし、それはさやちんやテッシーとは違う楽しさ。

 見える景色が新鮮、って言えば良いのかな?……そんな感覚。

 

「……三葉ちゃん、たぶん大丈夫だと思うけど――その笑顔、無闇に瀧くん以外に向けちゃダメだよ?」

「え?いや、絶対にそんなことしないけど……」

 

 ミキさんが当たり前のことを言ってくるものだから、私は目を丸くしてそう言い返す。

 ……するとミキさんは少し苦笑いをして――

 

「――これは瀧くんも、すっごい女の子に惚れられたものだね」

「ちょ、すっごいってなんやの!?」

 

 とっても失礼に、そう言ったのだった。

 

◯●◯●

 

 お店を出て、それでも時間があったためら私たちは話そうと公園のベンチに座る。

 ……話したいことは瀧くんの昔のことだったり、後は――下世話な相談だけど、やっぱり夜のことだった。

 私も瀧くんも経験がないため、やはり一歩を踏み出せない。私もその……やっぱり大好きな人とはもっと深い繋がりが欲しい。

 今でも心は深く繋がっているけどさ……

 

「瀧くんって高校生の時は結構喧嘩っ早くてね」

「へぇ……あ、でも瀧くんって正義感強いところがあるから」

「そ、弱い癖に正義感出して喧嘩して怪我することもあったんだよ?」

「……なるほど」

 

 頬にガーゼをした瀧くんを想像する――なんかちょっと可愛いと思ってしまう私は、病気なのでしょうか?

 もう症状の名称を瀧くんシンドロームとでも名付けようか。そんなアホなことを考えていると、ミキさんがすっと顔を私の耳元に近づけてきた。

 

「それで、本当に聞きたいことって違うよね?」

「……うん。ミキさんって、その――経験は多い方?」

「うわ、三葉ちゃんストレート過ぎね」

「あ、ごめん!」

 

 流石に遠慮なく聞きすぎたからか、ミキさんが苦笑いをしていた。いや、もう引き笑いに近い。

 私はすぐに訂正しようとするも、ミキさんは間髪入れず話した。

 

「私、見た目ほど遊んでないんだよね。そりゃあ彼氏は何人かはいたけど……今の旦那に出会うまでなら、一人だけかな?」

「へぇ……ちなみに最初は?」

「あー、あれは私の黒歴史よ。緊張し過ぎてね――」

 

 ミキさんは自分の初経験の時の出来事を話し、私は参考のために聞くも……なんていうか、最初の彼氏とは長続きしなかったらしく、経験はその彼氏と今の旦那さんの二人とのこと。

 今の旦那さんとはその……それなりに数をこなしているらしく、最近では子供を作ることで喧嘩したらしい。

 ――今更だけど、これじゃあ私、すっごく変態だよね。瀧くんのこと言えないよ。

 瀧くんも私のこと、すっごく心配してくれてるっていうのは分かるし、嬉しくはあるんだけどね。

 

「ちなみに瀧くんとはどれくらい進んでるの?」

「え、えっと……接吻から同衾くらい?」

「言い方古風すぎ」

 

 思わず出た言葉にツッコミを受ける。

 ……やっぱり遅いのかなぁ。瀧くんも、そういう気持ちはあるだろうし――私も良い年齢だからね。

 こういう時、さやちんとかには中々相談しにくいから、ミキさんの存在はありがたい。本当に。

 するとミキさんは考えるように下唇に人差し指を当てていた。

 

「何かきっかけさえあれば、三葉ちゃんと瀧くんならすぐにでも進展すると思うんだけどね」

「きっかけ……そういえば、今日の夜に――」

 

 ――私はミキさんに、今日この後のことを言った。

 するとミキさんは悪戯な笑みを浮かべつつ、私にある提案をしてきたなだった。

 

◯●◯●

 

 仕事終わり、俺は三葉から連絡を貰って彼女を駅まで迎えに来ていた。

 今日は俺の方が先に終わったから、彼女のお出迎え……って思ったんだけど、集合場所を見るとそこには既に三葉がいた。

 ……どこぞの知らない男付きで。

 見た感じ、親しげに話しかけられてるっぽいが、三葉は面倒臭そうな顔で適当に相手をしている。

 ――ちょっとムカつく。三葉を退屈させてあんな表情にさせているあの男が。

 だけどここで癇癪をあげたら餓鬼の頃の俺と変わらないし……さて。

 ここは大人の対応ってもんで三葉を連れ去ろう。

 あとであの男のことは聞くとして――俺はさっと人混みに紛れて三葉にバレないように近づく。

 二人と距離が近くなるにつれ、話し声が聞こえてきた。

 

「――宮水さん、今日皆で飲みに行くって言ってたでしょ?」

「私は聞いてないし、それに行くとは一言も言ってないでしょ?」

「いやいや、でもほら、流れってあるじゃん? 宮水さんってあんまり皆と飲みに行ったりしないから、君と仲良くなりたい人いっぱいいるからさー」

「――私の交友関係は私が作るから、余計なお世話。それに今日はもう予定があるの」

 

 ……んー、大分しつこいな。同性でも聞いてるだけでイライラする。

 ってか俺の彼女に無駄なストレス与えてんじゃねぇぞ。

 ――やば、だんだん心の声が荒くなってきた。

 すると二人の口論はエスカレートし始めていた。

 

「あれでしょ、いつもの妹さんとの約束でしょ? 姉妹との約束なんかよりこっち優先してよ。同居してるならいつでも会えるんだからさ」

「……ねぇ、なんで今日はそんなにしつこいの? そろそろ面倒臭いよ」

「め、面倒臭いって! こっちは善意で誘ってんのにさ! そういう言い方してるから男の一人も近づかないんだってそろそろわかれよ!?」

 

 男は三葉の言い方が気に食わなかったのか、少し言葉を悪くして宣った。それを聞いて俺は、少し苛つく。

 本当に少しだけだ。だってあいつは三葉の何も知らずに、三葉の外面だけを見て接しているんだから。

 ――だけど、ここまで自分の彼女を好き勝手に誘って、好き勝手に言いまくってるこいつに少しぐらいやり返ししても、誰も怒らないよな?

 

 

 

 私は会社の同僚の男性に付きまとわれていた。

 元々私のことを好意的に思っているというのは知ってたし、同僚の女性社員からも「あいつには気をつけろ」なんて言われてたから、これまでずっとそういう誘いは断っていた。

 だけど最近になってやたらとしつこくなったんだ。

 丁度瀧くんと付き合ってから、かな?

 今は瀧くんが迎えに来てくれるからここで待ってるのを良いことに、この人はずっとわたしの前に立って今なお誘ってくる。

 ……下心丸見え。それにその飲み会、たぶんほとんど男しかいないんだよね。

 この人の誘いに乗る女の子はこの会社の中にはほとんどいないもん。

 ――その会話の中で、唯一頭に来た言葉があった。

 「そんな約束なんかより、こっちを優先してよ」――それを聞いた時、本気で叩きたくなった。

 例え今日の約束が瀧くんじゃなくて四葉でも、私は絶対に約束を破らない。先約が大切なのは当たり前だし、私にとって四葉は優劣をつけられないほど大切な妹だ。

 それをどうでもいいなんて言われたから、私も言葉が少し鋭くなる。

 

「別に会社の人にどう思われようがいいよ。それに女の子とはしっかり仲良くしてるし」

「いや、だから男と――」

「余計なお世話。それに私、あなたなんかよりも万倍も素敵な男の人、知ってるから」

 

 ……男の子って、プライドの生き物と思う。

 私の周りの男性は瀧くんかテッシーくらいだけど、それでも二人は私の目から見ても素敵と思える。

 もちろん瀧くんには負けるけど。

 ――だけど私の言葉を聞いて、目の前のこの人は明らかに顔を真っ赤にした。こんなこと、今まで言われたことがないんだと思う。

 確かに見た目は整っているし、話も上手いんだろうけど――そこに軽薄さが消えないから。

 この人はいつも自分が得をすることしか考えていないから、私は嫌い。人のことを想わず自己中心的なことしかしないから、前からずっと嫌いだった。

 ――何を言われても気にならない。今も暴言を吐かれているけど、毛ほども気にならなかった。

 

「男の一人もいない癖に調子乗りやがってさ! どうせお前みたいな女、ずっと一人なん――」

 

 ……私は下の方を向いてそれを聞き流していると、それまで機関銃のように続いていた暴言が止んだ。

 それを不思議に思い、私はふと前を見ようとした時――人混みから、誰かに引き寄せられた。

 そのまま私はその誰かの胸に抱き寄せられて、私はその匂いですぐ気付く。

 これは――

 

「――で、言いたいことあるなら俺が聞くけど?」

 

 ――私の大好きな匂いだ。

 男の子の癖に汗臭くない、でも男の子っぽい爽やかな匂い。

 ……本当に、すごいタイミングだよね。

 本当に――私の彼氏って、やっぱり誰よりもかっこいい。

 

「お、お前何?っていうかなんで宮水さんを抱いて……」

「どーも、うちの三葉がお世話になってまーす。……さっき、こいつはずっと一人って言ってたよな?」

 

 少し怒った風に、でも至って冷静に言葉を重ねる。私の同僚はそれだけでタジタジで、でも、彼は構わなく言った。

 

「そんな心配しなくても大丈夫っすよ――だって俺、三葉の傍にずっと一緒にいるんで」

 

 私を強く抱き寄せて、そして――

 

「申し遅れたけど――俺、三葉の彼氏の立花瀧っていいます。仲良くする気はさらさらないけど、一応よろしくお願いします?」

 

 ――瀧くんは、私を抱き寄せたまま笑顔でそう言った。




イチャラブ要素はまた次回にお預けです、はい
書いてたら予想外に長くなったので、今回はちょっと分けました、はい。
ただ最後の展開は急な思いつきなので、どうかな~なんて思いましたけど、どうでしょうか?
次回はようやくスーパーイチャラブタイムです。次回、奥寺先輩の教えを三葉が実践することでしょう(笑)
それではまた次回の更新をお待ちください!

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