七聖剣使いの航海日記   作:黒猫一匹

2 / 10
※読む前の注意事項
・今回は日記形式ではありません。
・文字数が1万8千字を超えた為、長いです。
・今話は前話でオリ主の意識が途切れてからまた目覚めるまでの間のお話です。
・七聖剣や宝玉には独自設定が色々と入っています。


1.5話 七聖剣(ヒスイ)と宝玉(マヤ)

 偉大なる航路(グランドライン)前半の海にあるアスカ島。

 その島には偉大なる航路(グランドライン)一美しいと云われる伝説の宝刀『七聖剣』とそれと対となる3つの宝玉が眠るとされ、知る人からすれば宝島と認識される島である。

 しかし、この島の歴史を少しでも知っている者からすれば、とてもではないがそんな素晴らしい島とは呼べないだろう。その理由はアスカ島にまつわる七聖剣伝説が主な原因ではあるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 村から少し離れた巫女の祠。そこで一人の少女が祠の中央にそびえ立つ女性の像に向かい祈りを捧げている姿が見受けられた。

 どうやら今日もいつも通りにこの島の守り神であるアスカ七星や少女の先祖達に対して祈りを捧げているようだ。

 そんな祈りを捧げている少女の名はマヤ。水浴びで体を清めたばかりなのか、水滴で濡れるその腰まで伸びた艶やかな青髪色の髪としなやかな肢体から流れる雫がとても煽情的な少女だ。

 そしてマヤの目の前にある女性の像、その足元には3つの綺麗な桃色の玉が置かれていた。そしてその玉はマヤが祈りを捧げる度に淡く輝き出す。

 その玉の正体は無敵の矛である七聖剣とは対を成す無敵の盾、宝玉だ。

 先祖代々巫女の家系であり、一族の中でも卓越した“祈りの力”が使えるマヤだからこそ、こうして外に持ち出す事が許された代物である。

 

 マヤはそこで組んでいた指を解き、フーと息を吐く。

 そしてゆっくりと瞼を開けて立ち上がる。どうやら今日の祈りが終了したらしい。

 マヤはそのまま像の足元に置かれた3つの宝玉を手に取り袋の中にしまっていき、祠の裏側に移動すると、水浴びの為に脱いでいた衣服を持ち素早く着替える。

 宝玉の入った袋を大事そうに抱えたマヤはふと空を仰ぎ見る。

 

「………」

 

 するとポツポツと雨が降り始めた。雲色の空を暫く眺めていたマヤは不意に言い知れぬ不安が襲い始める。なにかよからぬ事が起きるのではないか、と彼女は七聖剣が封印されている神殿の方に視線を向ける。

 

「……なんだろう、この感じ……」

 

 ボソリとマヤはその様な事を呟くと、暫し神殿がある方角に視線を向けていたが、雨が酷くなる前にすぐさま村の方角へと駆けて行った。

 

 

 

 マヤが村にたどり着いた時には、風も少し出てきており、雨も少し激しくなってきたと感じた。

 雨に濡れながらも急いで家へと駆ける。途中いつも村の自警団達が鍛錬をしている演習広場に行き着くと、村の男達が武器を片付けているのが見えた。

 どうやら雨が激しくなってきた為に鍛錬は終了する様だ。そんな広場にいる男達を視界に収めながらマヤはいつもの様に大切な幼馴染の姿を探す。しかし見つける事ができなかった。もしかしたらもう先に帰ってしまったのかもしれない。

 一応、もう少し探して居なかったら帰ろうかなと思い自警団達の元へ近づくと、そんなマヤの存在に気付いたのか自警団のまとめ役でもあるラコスがマヤに声を掛ける。

 

「おお、これはマヤ様。こんな雨降りの中、一体どうなさったので?」

 

「あ、ラコスさん」

 

 マヤは声を掛けてきたラコスの方に視線を向ける。村の男達の中でも一際背丈が高く筋肉質な体系をしており、鋭い瞳が印象的な人だ。

 マヤは一瞬、周囲に視線を向けて幼馴染の姿がない事を改めて確認すると、視線をラコスに戻し口を開く。

 

「あの、ヒスイの姿が見えないんですけど、もしかしてもう帰っちゃいました?」

 

「む? ヒスイですか。そういえば今日は朝から見ていませんね」

 

「え? そうなんですか?」

 

「ええ、広場にも来ていませんし、マヤ様のご自宅に迎えに行ってもイザヤ様がいらっしゃるだけでヒスイの姿は見えませんでした。イザヤ様の話ではヒスイは私が来る数十分前にはもう家を出たとおっしゃられたので、てっきり行き違いになったと思い戻ってきたのですが…」

 

「そうですか…」

 

 ラコスの話を聞いて鍛錬が嫌になりサボったのかと一瞬思いもしたが、先ほどの巫女の祠で感じた言い知れぬ不安の事を思い出し、もしかしたらヒスイの身になにかあったのではないか? とついついその様な事を考えてしまう。

 再び押し寄せて来る言い知れぬ不安をマヤは先ほどよりも強く感じてしまう。

 

「とりあえず、雨も酷くなってきた事ですし、マヤ様も風邪など引かれる前にお早く家にお帰りください。それにヒスイももう帰ってきているかもしれません」

 

「……そうですね、わかりました。片付けの途中なのにすみません」

 

 ラコスの言葉にマヤは一瞬の間があったものの、素直に頷く。

 そして家へと帰る為に歩を進めようとした瞬間、

 

 

 ――カァン、カァン! カァン、カァン!

 

 

 という敵襲を現す警鐘が村全体に鳴り響いた。

 

「えっ!?」

 

「なにっ!?」

 

 その警鐘にマヤもラコスも驚愕の表情を浮かべる。

 演習広場で武器の片付けをしていた村の男達もその警鐘音を耳にした瞬間、青い顔をする。民家からも次々に女子供が姿を現した。

 そして次の瞬間、どこからかヒューという何かが飛んでくる音が警鐘と共に確かに聞こえてくる。

 そしてドォォン! という爆発音が発生する。

 

「な、なにが起きたっ!?」

 

 ラコスが爆音の音源の方に視線を向けると、そこには破壊された民家があり、爆撃に巻き込まれたのか近くにいた人々が吹き飛び瓦礫が舞う。

 

「敵襲だッ! 男共は直ちに武器を取れェェッッ!! 女子供は今すぐ中央広場まで避難しろォォォッッ!!!」

 

 皆いきなりの事に呆然としていたが、ラコスのその叫びにより状況は動き出す。

 女子供は悲鳴を上げ、男達も悲鳴とも雄叫びとも取れぬ声を上げながらも武器を取りに演習広場へと戻ってくる。

 

「よし、武器を持った者はすぐさま俺に続けェェ!! マヤ様! 貴女もお早くお逃げを!!」

 

 その様な叫び声を上げながらラコスと武器を持った男達が襲撃のあった方へと向かう。そんなラコス達の様子を見て、マヤはすぐさま護身用に武器を手に取る。そしてラコス達が走って行った方向へと視線を向けて、自分も加勢しに向かおうかと一瞬その様な事を考えるも、すぐに頭を振り考え直す。

 

「私が向こうに行っても足手まといになるだけ…。私は私のすべき事をしなくちゃ…まずはこれをどこか安全な場所へ」

 

 そう言ってマヤは今まで大事に抱えていた3つの宝玉が入っている袋に視線を向ける。

 そんな時、焦った様な声音がマヤに届く。

 

「マヤ!! こんな所にいたのか! 早く逃げるぞえ!!」

 

「お祖母ちゃん!!」

 

 マヤに声を掛けたのは彼女の祖母であるイザヤだ。どうやらイザヤは村の男の一人に背負られているようだ。

 マヤは無事な祖母の姿を見て一安心するも、すぐにヒスイの事を思い出して声を掛ける。

 

「お祖母ちゃん、ヒスイは!? 一緒じゃなかったの!?」

 

「ぬ? お主と一緒ではなかったのか!?」

 

 その反応からどうやらヒスイは家には戻っていなかったようだ。こんな時に一体どこにいるのか。マヤの不安は徐々に大きくなっていく。

 すると東の方角から突如として連続して雷がゴロゴロと鳴り響く音が聞こえてきた。マヤは反射的にその方角へ視線を向けると、そこでは雷が不自然なほどにある一か所で光り続けていた。

 イザヤも雷の元へ視線を向けると、険しい表情を浮かべる。

 

 ――あの方角は確か…七聖剣が封印されている神殿が……!

 

 その様な事を考えていた時、マヤが抱えている袋の中から宝玉が桃色の光を発し始めたではないか。

 

「え……?」

 

 その突然の事にマヤもイザヤも目を丸くする。祈りも捧げていないのに宝玉が自ら光を発する光景に二人は呆然としてしまう。

 マヤは袋から宝玉を一つ取り出す。すると次の瞬間にはその宝玉は何かと共鳴するかの様に点滅を始めた。

 マヤとイザヤはその光景の意味する事に気づき、「まさか!!」と驚愕の表情をその顔に浮かべながら視線を雷が光り続ける場所へと移す。

 

「……ヒスイ……」

 

 マヤの呟く様に紡ぎ出されたその名前は、雷と爆撃の轟音により誰の耳に届く事もなく虚空へと消える。

 

 

 

 ラコスは急いで襲撃場所に向かい駆けていた。後ろには彼と共に武器を持った自警団達も続く。

 悲鳴を上げながら逃げる人々を視界に収めながらラコスは決意を固める。

 もう二度と10年前の様な犠牲は絶対に出さないと。

 すると、ラコスの視線の先に軽く数十人を超える男達が視界に入る。

 そしてその中央から黒い帽子を被った男の嗤い声が聞こえてきた。

 

「ゲッハッハッハッハッ!!!! 野郎共!! この島にある金品と食料を片っ端から略奪してこい!! この“双剣のヴェルガー”様がいずれ海賊王になる為の貴重な金品と食料になるのだ!!」

 

「船長! なんだか雨が酷くなってきてやがりやすぜ! しかも風もどんどん強くなってる! こりゃあ嵐の前触れでは!?」

 

「バカ野郎ォ!! 嵐が怖くて海賊やってられるか! とはいえ、ホントに嵐が来られても厄介だ! なら来る前にとっとと略奪しちまえ!!」

 

『オォォォォォーーー!!!』

 

 船長のヴェルガーの指示に武器を構え鬨の声を発する海賊達。

 そんな海賊達にラコス達は彼らの進路を阻む様に立ちふさがる。

 

「待て! 海賊共!! 貴様らの好きにはさせんぞ!!」

 

「あァ?」

 

 ラコスの叫び声にヴェルガーは眉を顰める。そんなラコスの後ろには武器を構えた自警団達が油断なく海賊達を睨みつけている。

 

「なんだテメェは?」

 

「私はこの村の自警団取締役のラコスだ! 貴様ら海賊にやるモノなどこの島には何一つない! 即刻立ち去れ!!」

 

「何を生意気な! 雑魚がおれ様に指図すんじゃねェ!! 奪うモノがねェかどうかはテメェが決めるんじゃねェ! このおれ様が決めるんだ!! 野郎共!! 構う事はねェ! 連中を殺し金品と食料を全て奪え!!」

 

「くっ…薄汚い海賊が…! 皆の者! 俺に続けェェ!!」

 

 互いのリーダーの言葉に自警団や海賊達が声を上げて動き出し、大乱闘が起きる。

 そこら中で剣戟の音や爆音、銃声、衝撃音などが響き渡る中、ラコスは目の前のヴェルガー目掛けて全力で駆け出す。

 

「オオォォォ!!!」

 

 雄々しく叫びながらラコスは片手剣を振りぬく。対するヴェルガーは腰に差していた2本の刀のうち一刀を振り抜きラコスの一撃を防ぐ。

 そしてすぐさま腰のもう一刀の刀を鞘から抜き放ち、ラコス目掛けて振りぬく。

 ラコスはそれを腕に装備していた盾を使い防ぐ。

 

「ぬぅぅ!!」

 

 しかしヴェルガーの一撃がラコスが想像していたものよりも遥かに重く、思わずバランスを崩してしまう。

しまったと思った時にはもう遅かった。ヴェルガーはそのままバランスが崩れたラコス目掛けて刀を振り下ろす。迫り来る凶刃に対しラコスは咄嗟に盾を顔の前へと持っていく。それにより攻撃事態は盾で防ぎきれたが、バランスは完全に崩してしまった。

 ドッと地面に転がるラコスにヴェルガーは失笑する。

 

「ゲッハッハッハッ、大口を叩いていた割にはずいぶんと軽い攻撃だな! 口ほどにもねェ! 余りにも軽いから思わず拍子抜けだ! そのせいでおれ様の方も攻撃のタイミングがズレちまったぜ!」

 

 嗤い声を上げると同時にラコスの胴体を蹴り飛ばし、その様な事を宣う。

 ラコスはそのまま地面を転がり、すぐさま立ち上がり武器を構えるも、今さっきの蹴りのダメージが意外にも大きく咳き込み膝をつく。

 

 ――くっ、ただの蹴り一発でこの威力…!

 

 ――このままではマズい。俺がこの有り様では他の者達の志気にも関わる…!

 

 ラコスがそのような事を考えていると、自警団達の悲鳴が耳を打つ。

 急いでそちらに視線を向けると、海賊達に徐々に押されていく者の姿や血だらけで倒れる者の姿、銃弾で撃たれて倒れる者の姿が目に移った。

 

「……バカな…! 強すぎる…! 自警団がまるで相手になっていない…だと…!?」

 

 そんなラコスの呟きが聞こえたのか近くにいた海賊達が笑い声を上げながら口を開く。

 

「へっへっへっ、当然だろ! おれらをそこらの雑魚海賊と一緒にすんじゃねぇぞ!!」

「俺達の船長はな、懸賞金1億1000万ベリーの億越えだぜ! 少し腕に自信がある程度のヤツが勝てる様な方じゃねぇんだよ!」

 

 その海賊達の言葉にラコスは愕然とした。

 そんなラコスの態度をヴェルガーは嘲笑う。

 

「ゲッハッハッハッ!! そういう事だ! おれ様とテメェじゃあ最初から勝負は見えてたって事だ!」

 

 ゲラゲラと嗤うヴェルガーだが、次の瞬間、近くの森に雷が落ちる。先ほどから東の方角で鳴り響いていたが、こちらにも雷雲が近づいてきたらしい。

 その事にヴェルガーは嗤いをやめ、舌打ちを打つ。

 

「オイ、テメェらさっさと片を付けろ!雨と風がさっきより酷くなってきやがった! 確実に嵐が近づいてやがる! さっさと奪うモン奪って島を出るぞォ!」

 

 ヴェルガーの怒声に部下達が反応を示そうとした次の瞬間、

 

「ギャアァァァ!!!」

 

 突如、雷鳴や雨音以上の悲鳴が辺りに木霊した。

 ヴェルガーは部下の悲鳴が聞こえた方に視線を向けると、そこには刀…というよりは剣と言った方が正しいか…を持った一人の翠色の髪をした少年がいた。

 歳の頃は15、6と言ったところだろうか。容姿はそれなりに整っているが、少年の充血でもしているかのような赤い目と少年の体を纏う薄緑色のオーラが少年の不気味さを物語っていた。

 

 

「……そう急くなよ。嵐はまだここには来ない、だからもう少しゆっくりしていけ」

 

 

 少年はその端麗な顔立ちからはとても想像できない様な不気味な笑みを浮かべる。

 口元は弧を描く様に三日月型に吊り上がり、その赤い目は憎悪や悪意といった負の感情により歪んでいる様に見える。

 そんな少年の姿に海賊達やまだ辛うじて意識がある自警団の面々はゾクリと背筋に寒気が襲う。

 歪んだ笑みを浮かべるその少年にヴェルガーは鋭い視線で射貫くも、次の瞬間には驚く様にその視線は少年が持っているその剣に向けられた。そしてヴェルガーはそのまま視線をその剣に固定され逸らせなくなる。まるでその剣に魅入ってしまったかの様に。

 その剣は細長い刀身に埋め込まれた7つの宝石や刀身に刻まれた天文が星の様に妖しく輝いている。その剣からも少年が纏っているのと同じ薄緑色のオーラが纏われているが、そんな不気味なオーラを抜きにしてもとてつもなく美しい刀だと思った。

 そんなヴェルガーの傍では膝をついて腹部を抑えていたラコスがヒスイの突然の登場に驚いていたが、その表情を視てすぐに自分の知っているヒスイではないと知り、その顔を険しくさせる。

 

「ヒスイ…! それにまさかそれは七聖剣か!」

 

 ラコスがヒスイの持つ剣「七聖剣」に驚愕の視線を向ける。

 

 ――なぜヤツが七聖剣を…!

 

 ――となると今のヒスイは…“呪い”により操られているのか…!

 

 ヒスイの現在の状態に察しがついたラコスはヒスイや七聖剣を覆う薄緑色のオーラ…呪いの源たる“妖気”を睨み付ける。

 すると、そんなラコスの「七聖剣」という言葉に今まで無言だったヴェルガーが反応を示す。

 

「……。ゲッハッハッハッ、ゲェッハッハッハッハッ!! ゲェッハッハッハッハッ!!!! そうか! それか!! それなのか!!! 噂に聞く偉大なる航路(グランドライン)一美しいと謳われる宝刀“七聖剣”!! まさかホントに実在してたとはな!! なんだよあるじゃねェか最上級のお宝が!! おれ様は運がいい! その刀さえあれば確実におれ様は海賊王へと一歩近づく!! ゲッハッハッハッ、オイ小僧! 七聖剣を今すぐおれ様に寄越せ!!」

 

「……寄越せ? 七聖剣(オレ)をお前に…? フフフ、身の程知らずめ、お前程度が七聖剣(オレ)を扱えるワケがないだろう」

 

「あァ!? 何をワケの分からねェ事を言ってやがる!! 誰がテメェをほしいと言った!! おれ様がほしいのはテメェじゃなく、テメェが持ってるその七聖剣だ!!」

 

「ならば聴こえるか? この剣が発する怨念(こえ)が…お前にはちゃんと聴き取れているか? これが聴こえないのならお前は主人じゃねェ」

 

「……、あァ~もういいぜテメェ、わかった。渡す気がねェってんなら力ずくで奪うまでだ! このイカレ野郎が!!」

 

 先ほどから意味の分からない事を言うヒスイにヴェルガーはこめかみに青筋が浮かぶ。ヒスイとは会話にならないと判断しヴェルガーは双剣を構える。

 対するヒスイはそんなヴェルガーの姿を視界に収めつつも意識は七聖剣へと向いていた。

 

「さて、長いこと眠りについていたからな。七聖剣(オレ)は今“贄”を欲している。というワケで貰うぞ―――お前の“血”をな!!」

 

 赤く染まった瞳を見開き、弾丸の様な速度でヴェルガーの元へ迫る。

 

「っ! 思ったより速ェじゃねェか…!」

 

 初速でいきなり弾丸並みの移動速度で迫るヒスイにヴェルガーは目を見開き驚く。しかしヴェルガーもさすがは億越え、すぐさま冷静になりヒスイの速度に反応してみせる。

 刀身通しが衝突し軋みを上げ、金属通しがぶつかる嫌な音が雷鳴や雨音に負けずにその場に鳴り響く。しばしの間互いに鍔迫り合いが起きる。

 

「ゲッハッハッ…中々に重い一撃だ。先ほどの雑魚より少しはマシな一撃だが、その程度じゃおれ様には勝てねェ! 素直にその剣を渡しておけばよかったと後悔しても知らねェぞ!!」

 

 ヴェルガーは目を血走らせ、もう片方の腕に握る刀を使いヒスイに攻撃を繰り出す。対するヒスイはすぐさまその場を後退して迫る剣撃を回避する。

 

「ゲッハッハッハッ! 逃がすかよ!」

 

 後退するヒスイ目掛けてヴェルガーは駆け出し追撃を仕掛ける。

 迫ってくるヴェルガーの連続の剣撃をヒスイは落ち着いた様子で弾いていく。

 ガキン! ガキン! ガキン! と剣が衝突する音が響き渡るも、中々に仕留めきれない事にヴェルガーはその顔を険しくしていく。

 

(攻撃が決まらねェ…! クソッ、雑魚が調子に乗りやがって…!)

 

 ヴェルガーは歯軋りしながらも剣撃の速度を徐々に上げていくが、ヒスイはヴェルガーの剣撃速度にも普通についてくるどころか、時折反撃すらしてくる。

 

「ッ!!?」

 

 ヒスイの一閃させた一撃が僅かにヴェルガーの腹部を斬る。

 その様子を周りの海賊達が信じられない様な表情で眺めていた。

 

「ウソだろ! 船長と剣で互角にやり合うどころか傷を負わされた!!?」

「一体なんなんだアイツは!?」

「おい、これもしかしてヤバくねぇか!!?」

 

「うるせェぞ、テメェら!! 黙ってろ!!」

 

 ヴェルガーは騒ぎ出す部下達を一喝させると後方へと跳躍し、ヒスイと距離を取る。そして睨み付けたまま舌打ちを鳴らす。

 

(追撃はしてこねェか…余裕のつもりかよ。……しかし――)

 

「――ゲッハッハッハッ! やはり素晴らしい剣だな!! 斬り合いの中で何度も思ったが、油断すればおれ様の剣の方が折れちまいそうだ…! 尚の事ほしくなったぜ! 七聖剣!!」

 

 ヴェルガーはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、七聖剣に対する執着をより強くする。

 そしてヴェルガーは二刀の刀を振り上げクロスさせる。

 その独特な構えを見た周囲の海賊達はオォ!!と歓声を上げた。

 

「あの構えは間違いねェ!! 船長は“あれ”をやる気だぜ!!」

「あァ! あれは海王類ですらマトモに喰らったらただじゃすまねェ!!」

「この勝負もらったぜ!!」

 

 海賊達が勝利を確信し騒ぎ出す。

 そんな中、部下達の歓声を聞きながらヴェルガーは空を見上げ口角を吊り上げる。

 

「嵐が近づいてるせいか、かなりの強風だな。だがこれはおれ様にとっては好都合」

 

 すると、周囲の風がヴェルガーの刀身に集まり、渦を巻き始める。

 

「ゲッハッハッハッ! 死ね小僧ォ!! 二刀流・乱風衝破!!」

 

 放たれたのは風の刃を纏った斬撃。ぬかるんだ地面を抉りヒスイへと迫る。風の刃はさらに周囲の強風を巻き込み一つの小さな台風の様な竜巻へと変化する。

 その光景に周囲の海賊達のテンションがさらに上がる。

 迫る風の凶刃を前にヒスイは拳を握り締める。そしてその拳に妖気が集約すると、風の斬撃を裏拳で殴りつける。

 瞬間、竜巻はすぐさま霧散し、虚空へと掻き消えた。

 

「!?」

 

『え~~~~~!!!!???』

 

 先ほどまで歓声を上げていた海賊達は目が飛び出るほど見開き、顎が外れるのではないかというほど驚愕していた。

 ヴェルガーはそんな部下達ほどではないが、その顔には驚愕の表情が浮かぶ。

 絶対と信じていた自分の必殺技がこうも容易く破られた事が信じられない様だ。

 

「……軽いな」

 

 ふと、ヒスイのそんな声がヴェルガーの耳に届いた。

 

「……ッ!? なんだと…?」

 

 ヴェルガーは未だ驚愕が冷めやらぬ中、反射的にヒスイの声に反応していた。

 ヒスイはそんなヴェルガーに不敵な笑みを浮かべながら応える。

 

「周りの連中が騒ぐからどのようなモノかと思ったが、思ったほどでもなかったな。警戒するにも値しない軽い攻撃だ」

 

 ヒスイのその言葉に驚愕の表情から一転し、怒りの表情をヴェルガーは浮かべる。

 その言葉はヴェルガーがラコスに嘲りながら放った言葉と全く一緒であった。

 そしてヴェルガーの中から何かがブチ切れる様な音がする。

 目を血走らせヒスイを睨む。

 

「アァァッッ!? 餓鬼が調子に乗ってんじゃねェよ!!だったらテメェが死ぬまで何度でも喰らわせてやる!! 乱風衝破ァァァ!!!」

 

 そう叫ぶとヴェルガーは再び構えを取り、放つ。嵐が徐々に近づいているせいかその一撃は先ほどよりも威力が僅かに上がっている様にも思える。

 

「…破壊力が少し上がったか。だが、その技はもう見飽きた――消え去れ」

 

 ヒスイは今度は拳を握らず、変わりに七聖剣の剣先を地面に置くと、七聖剣の刀身の宝石と天文が妖しい光を発した。

 ヒスイはそのまま地面を滑らせるように七聖剣を振り上げる。

 

「――妖火斬!!」

 

 すると七聖剣の剣先から爆炎が吹き上がる。その熱量に周囲の雨が全て蒸発し、爆炎の衝撃波が迫る風の凶刃を迎え撃つ。

 互いの一撃が必殺の一撃が激突するも、一瞬の拮抗もなく巨大な風の刃は炎の衝撃波により燃やされる。そしてヒスイの放った妖火斬はそのままヴェルガーを燃やし尽くさんとばかりの勢いで迫る。

 

「なんだとッッ!!?」

 

 その光景にヴェルガーは再び驚愕する。しかし、すぐさま正気に戻り舌打つ。

 

「チッ、月歩!!」

 そしてヴェルガーは空へと飛び、空中を蹴り上げて妖火斬を回避した。妖火斬はそのままヴェルガーが元いた場所を焼き尽くし、近くにいた海賊達を燃やす。

 

『ギャアァアアァァアァァッッッ!!!』

 

 頭を抱えて叫び声を上げる部下達を上空からヴェルガーは眺めると、暫くの間苦しそうに悲鳴を上げ悶えていたが、すぐにネジの切れた人形の様に動かなくなり地面に倒れる。その光景を眺めていたヴェルガーは嫌な汗が出る。

 

「……逃さん、妖火弾!!」

 

 上空に退避したヴェルガー目掛けてヒスイは七聖剣を一閃させると、剣先から再び爆炎が吹き上がり、それが巨大な火の玉となり飛んできた。

 ヴェルガーは迫る火の玉を再び空を蹴って回避する。威力は絶大ではあるが当たらなければ意味がない。空を自在に駆ける事ができるヴェルガーに攻撃を当てる事は難しい。そんな事を考えているのかヴェルガーの顔に嘲りの色が浮かぶ。

 だがその嘲りの表情が長く続く事はなかった。

 なぜなら突如、ヴェルガーの体が動かなくなり、空中で止まってしまうからだ。

 

「な、なんだ!?」

 

 身体に力を入れても指一本動かせず、空中を蹴る事もできない。だが、ヴェルガーの身体は重力に逆らい、その場に留まる。

 一体何が起きたのか。ヴェルガーは自身の身体に視線を向けると、そこにはヒスイが纏っていた薄緑色の妖気がまるで縄で縛るかの様にヴェルガーの身体を拘束していた。

 

「なッ…!?」

 

 その光景に目を見開く。視線をヒスイがいる地上へと向けると、雨で見えにくいがそこには腕を掲げているヒスイの姿があった。

 そして再び自身の身体へと視線を向け直すと、始めにヒスイにつけられた腹部の傷から妖気が溢れていた。

 どうやらヴェルガーの身動きを封じる妖気はそこから出現したらしい。

 

「…傷口に仕込んでいた妖気が漸くお前の身体を侵食したようだ。もうこれでお前は自分の意志では指一本も動かせない。勝負ありだ」

 

 雨音や雷鳴のせいでヒスイの言葉は聞き取れなかったが、ヴェルガーは自身の敗北を悟り、歯軋りする。

 

「死して七聖剣(オレ)の糧となれ、――妖蛇牙襲斬!!」

 

 翠色の爆炎の妖気が巨大な蛇の形を司り、ヴェルガー目掛けて襲い掛かる。

 上空へと昇ってくる爆炎の蛇を血走った眼で眺める。

 

「こ、このおれ様が…!! こんな所でッ…! クソッ!! クソッ!! クソッ!!クソッたれがァァァァァァッッッ!!!!」

 

 力の限り悪態を吐くヴェルガー。大きな口を開けて迫りくる爆炎の蛇の姿を最後にヴェルガーの意識は完全に途絶え、もう二度と目覚める事はなかった。

 

 

 

 

 

 そんなヒスイとヴェルガーの次元の違う戦闘の一部始終を眺めていたラコスは一時も目を離す事ができなかった。

 

 ――これが七聖剣の力か…!

 

 ――1億を超える賞金首がまるで歯が立たんとは…!

 

 ラコスが七聖剣の余りにも凶悪な力に戦慄していると、ヴェルガーの部下であった海賊達がこぞって悲鳴を上げる。

 

「うわああぁぁあぁ!!? 船長がやられた!?」

「バケモノだッ!? あんなのに敵うワケねェ!! 逃げろォォ!!」

 

 自分達の船長が手も足も出ずにやられた事により海賊達は完全にパニックに陥り、我先にと海岸の方へ逃げていく。

 

「フフ、誰一人逃がしはしない。七聖剣(オレ)の贄となり、そして七聖剣(オレ)の力となれ」

 

 ドンッ! と地面を蹴り上げ、目にも止まらぬ速さで逃げる海賊達を追いかけていく。そしてヒスイは海賊達のがら空きの背中目掛けて七聖剣を一閃させる。

 右と左に胴体を真っ二つにさらた者、上半身と下半身を両断された者、首を飛ばされた者、腕を斬り飛ばされた者、1秒・2秒・3秒と時間が僅かに経過していくにつれどんどん犠牲者が増えていく。

 

 そんな光景をラコスや自警団の面々は険しい顔をしながら眉を顰める。

 相手は海賊。同情の余地がまるでない存在だが、ここまで無残に戦意のない者達を虐殺していく光景は、かつての自分達を襲った海賊と重なる部分がある。

 今すぐ意味のない虐殺を繰り広げているヒスイを止めたいが、ラコス達の力ではとても止める事など不可能。すでに七聖剣の呪いにより完全に操られている為、ラコス達が必死にヒスイの名を呼びかけても意味などないだろう。

 七聖剣の暴走を止める事が可能なモノがあるとすれば――、

 そこまで考え、ラコスはヒスイの意識が海賊達に向いている隙に自警団の面々に声を掛ける。

 

「お前達! 今すぐ村に戻り、マヤ様達から“宝玉”を借りてこい! 伝承通りであれば七聖剣の暴走を止める事ができるハズだ!!」

 

「は、はい!」

 

 ラコスの怒声交じりの声に近くにいた自警団の者達は震えながらも頷き、村の方へと駆けていく。だがラコスはその場から動く気配がない。その事に疑問を持った自警団の一人がラコスに声を掛ける。

 

「ラコスさん! アンタなにしてんだ! 早く村に急がなくちゃ!!」

 

「……海賊達が全員やられれば次は間違いなくこちらが標的にされる。だから俺がこの場に残り少しでもヒスイを――いや、七聖剣を足止めしておく」

 

「なっ!? そんな無茶だ!! あれの力はアンタも見ただろう!! あんなの相手じゃあ数秒で塵にされちまう!! だから早くアンタも俺らと一緒に―――」

 

「そう思うのならさっさと行けッ!!」

 

 男の言葉を遮りラコスは一喝する。

 

「っ!?」

 

 ラコスの怒声に男はビクリと肩を震わせた。そんな男の様子にラコスはふぅぅと息を吐き続ける。

 

「俺とて無茶な事を言っているのは分かっている。七聖剣を相手にすればそれこそお前の言う通り全身全霊を以てしても数秒で殺されるだろう…。

 ――だが、 “数秒はもつ”!! その間にお前達は少しでも早く村に戻れ!!」

 

「…ラコスさん…!!」

 

 ラコスの覚悟を持った言葉に男は何も反論できなくなる。

 そして村の方へ体を向けると、急いで駆けだす。

 男が駆け出していく姿を横目で一瞬見て、すぐさま目の前へと視線を向けた。

 するとそこには逃げる最後の海賊に止めを刺したヒスイの姿が映る。雨で視界が悪いがヒスイの赤い目が確かに自分を捉えている事だろうと、ラコスは確信する。

 ゆっくりと深呼吸をして武器と盾を構える。

 対するヒスイは身体をラコスの方向へと向け、歩いてくる。

 やろうと思えば海賊達に対してやった様に一瞬で勝負をつける事ができるハズ。

 

 ――余裕のつもりか、それともただの慢心か。

 

 ――どちらにしても少しでも長く時間が稼げるのなら好都合!!

 

 近づいてくるヒスイにラコスは声を掛ける。

 

「…ヒスイ。そういえばお前は今日、鍛錬には来なかったな。未熟者がサボりを覚えるなど10年早い! 今ここでお前のその性根を叩き直す!!」

 

 ラコスが吼える様にその事を言うと、ヒスイはフッと笑みを浮かべる。

 

「…いいだろう。久々に血と負のエネルギーを糧にでき、七聖剣(オレ)は今機嫌がいい。お前のお遊戯に少し付き合ってやる」

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 風がどんどん強くなり、大粒の雨が降り荒ぶ。雷鳴が轟き波が激しさを増していく中、そんな嵐の音に交じり剣戟の音が森の中に響き渡っている。

 

「ハァ…ハァ…! オォォォ!!」

 

「………」

 

 ラコスはぬかるむ足元も気にせず、暴風雨の中、剣を振りかぶる。

 対するヒスイは無言で七聖剣を構え、その一撃を受けきる。

 その事にラコスはくッ! と悔しそうに顔を歪めると、腕に装備した盾を使い全身全霊のタックルをするもヒスイの身体を覆う妖気に阻まれダメージを与えられないどころか、その妖気により弾かれラコスは吹き飛ぶ。

 そこでラコスがついに息も絶え絶えに片膝をつく。

 そんなラコスの様子をヒスイは冷めた目で眺めながら口を開く。

 

「…お前とのお遊戯に付き合って、ちょうど40秒と言った所か。で、もう限界か?」

 

「ハァ…ハァ…! あァ、悔しい事にどうやらそうらしい」

 

「そうか。ならばそろそろ死ぬか」

 

 そう言ってヒスイは赤い瞳を鋭くし、七聖剣の剣先をラコスに向ける。

 対してラコスはすぐ目の前に死が迫っているというのに笑っていた。

 

「……? 何を笑っている?」

 

「いや、なに……どうやら間に合った様だ」

 

「…なに……?」

 

 ラコスのその言葉に困惑するヒスイだが、次の瞬間にはその意味が分かった。

 

 

 

「ヒスイィィィィーーーーーッッッ!!!!!」

 

 

 

 ヒスイの名を呼ぶ少女の叫び声が聞こえたからだ。

 音源へと視線を向けると、そこには肩で息をした青髪の少女マヤがいた。

 その後ろからは先ほど逃げた自警団の面々やマヤの祖母であるイザヤの姿も見える。

 

「ヒスイ…! もうやめて…! 海賊から村は守られた…! だから…これ以上人を傷つけるのはもうやめて!!」

 

 マヤが瞳を潤ませ、泣きそうな表情でその様な事を叫ぶ。しかしヒスイは剣先を降ろす事はない。赤く染まった瞳がマヤを射貫く。その視線に射貫かれマヤは体がブルリと震える。憎悪と悪意に染まった赤い瞳が、まるで生きているかの様に身体に纏りつく妖気がマヤを圧倒する。

 そんなマヤの傍にイザヤが近づき落ち着いた声音でマヤに語り掛ける。

 

「無駄じゃマヤ…。ヒスイは完全に七聖剣に操られておる。あの赤い目と纏わりつく妖気が何よりの証拠じゃ。もはや言葉では止まらぬ。唯一アレに効くのはお主の祈りの力の加護を得た“宝玉の力”のみじゃ」

 

 イザヤの言葉を聞き、マヤは懐にしまっていた3つのうち1つの宝玉を取り出し、何かを決心した顔つきをする。

 

「…待っててヒスイ…。今すぐ貴方を助けてあげるから…!!」

 

宝玉は七聖剣に呼応するかのように桃色の光を発する。その光を浴びた瞬間、ヒスイに状態に変化が起きる。

 

「うぅ…、なんだ…これは…?」

 

 突如、頭を押さえ、苦し気な呻き声がその口から発せられる。

 そんなヒスイの様子に自警団の面々から歓声の声が上がる。

 

「おお! 効いているぞ!」

「ああ! これならいける!」

 

「ヒスイ…! 呪いなんかに負けないで…! ――宝玉よ! 七聖剣に憑りつく怨嗟の呪いを! アスカ七星の神々の名の下に! 今再び鎮め賜え!!」

 

 マヤは宝玉に祈りを捧げ言霊を発する。すると、宝玉の桃色の光が空へと打ち上がり空を覆っていた分厚い雨雲を掻き消し、太陽の光と宝玉の光がアスカ島を照らす。

 その光景はまるで神でも降臨するかのような幻想的な光景だった。優しい光がアスカの島全てを照らし出し、雷鳴や大雨が完全に収まる。

 そんな光景に自警団の面々は完全に圧倒されている様で言葉も出ない様子。

 対するヒスイは断末魔の叫びにも似た悲鳴を上げていた。

 

「グゥワアアアアアァァアァァアアアアァァァァァァッッッッッッッ!!!!??」

 

 尋常ならざる程の悲鳴を上げながらもヒスイは身を焼く様な痛みに耐えながら、その赤く染まった憎悪の瞳を上空から照らされる光へと向けられている。

 

「これは…! 忌々しいアスカ七星の浄化の光かッ…!?」

 

 ヒスイは憎々しげに照らされる光を睨みつけると、七聖剣の宝石と天文が赤く輝き出す。

 

「この程度の浄化の力で…七聖剣(オレ)を滅せられると思うなッ!!

 ――世を呪え! 七聖剣!!」

 

 すると、七聖剣から溢れ出る妖気が増幅すると同時にそして海賊達の死体からドス黒い邪気の様なモノが出現し、七聖剣へと吸収されていく。

 その光景にイザヤは目を見開く。

 

「怨念…! 死に際の海賊達の怨みや恐怖、憎悪を吸収しておるのか…! マズい! あれほどの邪気…!! マヤ気をしっかりと保つのじゃぞ!! 少しでも気を緩めれば浄化の光が消されてしまう!!」

 

 イザヤの言葉に周囲の者達の顔が強張る。そしてヒスイは海賊達の怨念を残さず全て七聖剣へと吸収し、上空から照らされる聖なる光を睨み付ける。

 

「消え去れェェェェェッッッ!!!! 忌々しい怨敵共ォォォォォッッッ!!!!」

 

 上空へと七聖剣を一閃させ、剣先から放出された黒々しい妖気の爆炎が死神の様な髑髏の形を司り放出された。その大きさは小さな島なら丸ごと飲み込み破壊するほどであり、とてつもない負のエネルギーに満ちていた。

 

 そして聖なる光と魔の光がぶつかり、アスカ島を白と黒の光が塗り潰す。

 

 白と黒の光の衝突の余波が周囲の者達を、いやこのアスカ島全土を襲う。

 その衝撃により、木々は消し飛び、村に地割れが発生し、家々が崩壊していく。

 周囲の者達はマヤが作り出す宝玉の“守護の結界”という防御壁に守られ何とか吹き飛ばされずにその場に留まっていられた。

 

「うぅ…なんて、衝撃…!」

 

「マヤ! 大丈夫かえ!? しっかり気を保つのじゃ!」

 

 余りにも巨大な衝撃の威力に両膝をつくマヤをイザヤは支える。ラコスや自警団の面々は自分達では何の力にもなれない事に皆悔しそうな表情を浮かべている。

 すると、そこで状況が動いた。上空で拮抗していた光が収まっていくのだ。

 光源が徐々に弱まる光景にマヤ達は真剣な表情をして上空を見上げる。

 そして、マヤ達が目にしたモノは太陽と桃色の光輝く青空が広がっていた。

 その光景が意味するモノは、マヤの祈りの力が七聖剣の呪いに打ち勝ったという事。それを理解した周囲の者達は皆一様に大歓声を上げる。

 アスカ島全体が震えるほどの男達の野太い声が響き渡り、互いに肩や腕を組む者、神に祈りを捧げる者など様々な方法で喜びを現していた。

 マヤも今まで緊張していたその顔に笑みが浮かび、ふぅと息を吐く。

 だがすぐにヒスイや七聖剣がどうなったのかという疑問が浮かび先ほどまで彼が立っていた場所へと急いで視線を向ける。

 

 だが、そこには誰もいない。

 その事にマヤは焦り、すぐさま立ち上がりヒスイがいた場所まで駆ける。

 そんなマヤの様子に先ほどまで喜びをあらわにしていた者達も、ヒスイや七聖剣の事を思い出し、顔を険しくさせる。

 

「…いない! 一体どこに行ったのヒスイ…!」

 

 周囲を見回しヒスイを探すマヤ。しかし、その姿はどこにも見当たらない。周囲にはいないと判断したマヤは鬼気迫る表情で走り出す。

 

「なっ! マヤ!!」

 

「マヤ様!!」

 

 後ろではイザヤとラコスがマヤの名前を呼ぶ声が聞こえるが、マヤは彼らの声を無視しヒスイを探し森へと進む。

 

「どこにいるの、ヒスイ…! お願いだから出てきてよ…!」

 

 倒れた木々や抉れた地面などは気にした様子もなく、周囲に顔を向けるマヤ。

 そんな時、マヤの持つ宝玉が反応を示す。

 

「っ!!」

 

 ドクンッ! と心臓が脈打つ様な感覚に襲われ、マヤは思わず立ち止まる。

 そして宝玉からマヤへと何か不思議な力が流れてくる。それは力強くもどこか優しい感じがするモノだ。

 

「……!! 感じる! 海岸の方角から…!」

 

マヤは自分の力とどこか似ているけど、全く違う…真逆の力の波動を感じる。

 

 ――この荒々しい力の波動は間違いない“七聖剣”だ!!

 

マヤはすぐさま海岸の方へと駆ける。

 

 

 

 

 

 七聖剣が作り出していた暴風雨はマヤの祈りの力で霧散されたが、海岸ではまだ波が荒々しくうねっている。

 そんな海岸沿いをヒスイはフラフラとした足取りで歩きながら頭を押さえていた。肩で息をしており、目こそまだ赤く染まっているが、彼の身体に纏わりついていた妖気は消えていた。右手には七聖剣が握られており、現在はザァーと線を描きながら砂浜を滑っている。

 

「…くそっ、呪いが弱まっている…。この体にも…アスカ七星の浄化の力が、僅かに侵食している…。このままではマズいな…」

 

 呪いを…怨念を…血を…、また再び吸収しなくてはならない。ヒスイはその様な事を決意し、その為には浄化の力が働くアスカ島から少しでも遠ざかる必要がある。

 そんな事を考えていると、ヒスイは怨敵に似た力の波動を感じる。

 感じた方角へと視線を向けると、そこには息を切らす青髪の少女マヤがこちらを見つめていた。すぐ後からには彼女の祖母のイザヤ、自警団まとめ役のラコスも現れる。

 

「また…貴様か…」

 

 ヒスイは忌々しそうにマヤを射貫く。

 マヤは肩で息をしながらもそんなヒスイの視線など意に介した様子もなく、それどころか気丈にヒスイを、いやヒスイに憑依する七聖剣の呪いを睨み返す。

 

「もうやめて七聖剣!! これ以上無意味な憎しみを増やしてヒスイを苦しめさせないで!! 今すぐヒスイを呪いから解放してっ…!!」

 

 マヤの叫びを聞いた七聖剣はその刀身に埋め込まれた7つの宝石を輝かせる。ヒスイは苦しげな顔をしながらも笑みを浮かべ口を開く。

 

「そいつは無理な相談だな小娘。赤き月の日に七聖剣(オレ)が完全なる復活を遂げるには宿主が必要…、この餓鬼は七聖剣(オレ)の宿主となり、この世の形ある全てのモノを破壊し、生きとし生ける全てのモノに絶対的な死と呪いを与え…!! そしてこの世の全ての海に破壊と絶望を齎すその日まで…!! この宿主様には七聖剣(オレ)と共に世界の終焉まで在り続けてもらう…!!」

 

「っ…!? そんな事は絶対にさせない…!! ここで七聖剣(アナタ)からヒスイを解放します!!」

 

「ハッ、やれるモンならやってみろ小娘風情が!! ――妖火弾!!」

 

 するとヒスイは七聖剣の剣先から妖気の爆炎を火の玉状にしてマヤへと飛ばす。

 迫る殺意を持った火の玉にイザヤとラコスは声を張り上げる。

 

「いかん! マヤ! 逃げるのじゃ!!」

 

「マヤ様!! お逃げを!!」

 

 しかし二人の声を無視したまま、マヤはその場に立ち尽くす。

 そして火の玉がマヤに直撃――――する事はなかった。

 攻撃が直撃する寸前、マヤが左腕を前に突き出し、右手に抱える宝玉が光を放ち、その光がマヤの身体を覆うと、妖火弾がマヤの左手に触れた瞬間、虚空に掻き消えるかの様に無力化したのだ。

 

「…なん…だと…!?」

 

 その光景にヒスイは思わず目を見開く。傍にいたイザヤやラコスも同じく驚きを顕にする。

 

 ――バカな…、呪いの力が弱まっているとはいえ、あんな小娘如きに七聖剣(オレ)の力が掻き消えただと…!?

 

 そんなあり得ない光景にヒスイは呆然とした表情を浮かべる事しかできない。

 自分の力を完全に無力化したという事実に本体である七聖剣が動揺でもしたのか、キラリと刀身に埋め込まれた宝石が一瞬輝き、剣が震える。

 そこでヒスイは突如、脳裏にとある巫女の姿が思い浮かぶ。かつて自分の力で殺し合いをしていた王子達を止めた一人の巫女の姿だ。

 その巫女の姿と目の前のマヤの姿が重なる。

 

「…まさか貴様…! あの忌々しい女の子孫か…!?」

 

「…かつて七聖剣(アナタ)に呪われた3人の王子を止める為、一人の巫女が命を懸けて王子達を救った。私は巫女としてまだまだ未熟だけど、今の弱っている七聖剣(アナタ)なら私の力でもこれくらいの事はできます!!」

 

 そして浄化の光が再び周囲を照らし始めた。その事にヒスイは再び呻き声を上げながら苦しむ。その姿を悲しそうな表情で眺めながらも呪いを解く為にと、宝玉に祈りを捧げるマヤ。

 そんな彼女を憎々しげに睨み付けながら歯を食いしばり、七聖剣へと妖気が集まる。

 

「妖火爆炎乱舞!!」

 

 放たれた妖気が螺旋状の爆炎を形成して、マヤを飲み込まんと勢いよく迫る。

 その光景にイザヤとラコスは浄化の力で弱っているハズの七聖剣が、まだこれほどの妖力を放てる事に目を見張る。

 螺旋状に肥大化した爆炎がマヤへと直撃する寸前、マヤの祈りにより宝玉が再びその力を発揮し、妖気でできた爆炎を無力化する。

 ――しかし、

 

「きゃああ!!」

 

 その妖気の爆炎と共に放たれた“飛ぶ斬撃”がマヤを襲う。斬撃は宝玉の光により弾かれ周囲の砂浜に斬ると、砂煙が彼女を包み込む。

 

「マヤ!?」

 

「マヤ様!?」

 

 悲鳴を上げたマヤの元へイザヤとラコスはすぐさま駆け出しマヤの安否を確認する為に砂煙の中を突貫する。すると、そこには尻餅をついているマヤを発見する。先ほどの砂煙で薄汚れた以外は怪我らしい怪我は確認できない。その事に二人は安堵のため息を吐く。

 だが次の瞬間、宝玉が発していた光が収まる。どうやらマヤの祈りが切れた様だ。その事に周囲を照らしていた浄化の光も次第に収まっていく。

 

 ――ぐっ…! 意識が…遠のくッ…!

 

 ヒスイはついにその場に片膝をつくと、意識が朦朧としてくる。未熟とはいえ巫女の浄化の光を浴び続けた結果だ。

 

 ――意識が…途切れる前に……、この島を…脱出せね…ば……!

 

 ヒスイは荒れる海へと視線を向ける。すると、七聖剣が発する妖気に共鳴するかの様に波がさらに激しくうねる。そして次の瞬間には、巨大な波がヒスイを呑み込まんと迫り、ヒスイはそのまま波に呑まれる。

 

「そんな…! ヒスイィィ…!!」

 

 マヤはそんな光景を見て、叫び声を上げる。そしてすぐさま立ち上がり、荒れ狂う海へと駆け出そうとした瞬間、イザヤとラコスが彼女を取り押さえる。

 

「待つのじゃマヤ! このままではお主まで波に呑まれる!!」

 

「いや! 離して!! ヒスイが…! ヒスイを助けなくちゃ!!!」

 

「今のお主は気力を使いすぎとる! 体力もすでに限界じゃろお!! そんなお主が向かってもただ死ぬだけぞ!! ヒスイはもうダメじゃ! 諦めえい!!」

 

 イザヤの言葉に祈りの為に気力を使い果たしていたマヤはその場に両膝をつき、倒れそうになる。それをイザヤとラコスが懸命に支える。そして気力を使い果たした事により精神が消耗したマヤは気を失う。

 

「…ヒ…スイ……!」

 

 気を失う寸前、マヤは想い人である幼馴染の名前をいつまでも呟いていた。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 七聖剣の事件から数日後、アスカ島に住まう人々は、崩壊した村の家屋や森や大地の修繕作業を行っていた。

 ここ数日はそういった修繕作業が優先され、村の住人達は一丸となり作業に臨んでいる。その中にはヒスイと共に七聖剣の神殿へと向かった者達の姿もある。事件終息後、ラコスや村の大人達からきつい説教を受けたあと反省文500枚を書いて現在は村の為に尽力を尽くしていた。

 そしてそんな中、マヤは巫女の祠にていつもの様にアスカ七星に祈りを捧げていた。巫女の像の足元には桃色に輝く3つの宝玉が鎮座され、そんな彼女の後ろには祖母であるイザヤが孫の祈りを捧げるその姿をただ黙って見つめていた。

 

 

 ヒスイが波に呑まれて数日、気力を使い果たしたマヤは暫しの間眠りについていた。それこそ死んだかの様に眠るマヤを最初は心配していたイザヤだったが、マヤが目を覚ました時が一番大変だとイザヤは確信していた。

 大切な…マヤが想いを寄せていた幼馴染が、目が覚めた時には行方不明…いや、最悪の場合では死んでいる可能性も十分にある。マヤの心にかなりの傷を負わす事になるだろう。その事にイザヤは重い溜息が出る。

 しかし、その予想は外れた。

 つい数時間前に目が覚めたマヤは、ひどく落ち着いていたのだ。

 最初は余りにもショックが大きすぎて現実逃避でもしているのかと思ったイザヤが恐る恐るとヒスイの事を切り出すと、彼女は落ち着いた様子でヒスイは生きていると断言するのだ。

 その発言に目を丸くするイザヤにマヤは言葉をこう続けた。

 

『感じるの…。七聖剣の力の波動が。…ここからはかなり遠いけど…ヒスイが無事だってわかるの…。ヒスイはまたここにいずれ戻ってくる…七聖剣を完全復活させる為に…だからお祖母ちゃん! それまでにもっと自分の中に流れる巫女の力を先代達以上に扱える様になりたいの!! 今度こそ絶対にヒスイから呪いを解放する為に!!』

 

 そう言いイザヤに巫女の力を今以上に扱える様に力を貸してほしいと懇願してくる。孫のその頼みにイザヤは勿論了承し、現在に至る。

 

 

 祈りを捧げるマヤの後ろ姿を眺めながらイザヤは思う。

 

 ――元々マヤは一族の中でも卓越した祈りの力を持っておる。未だ発展途上であるがそれこそ歴代の巫女達とは比べものにならないほどの力を有しておる。

 

 だがそれでも完全復活した七聖剣相手にどこまで通用するのかは不明だ。それほどまでに完全復活した七聖剣は凶悪な代物なのだ。

 

 ――赤き月が次に現れるのは約3年後、完全復活する前に呪いを浄化するしかない。

 

 イザヤは内心でその様な事を考えている中、アスカ七星に祈りを捧げているマヤはその祈りの最中にヒスイの姿を思い浮かべ小さく呟く。

 

「……待っててねヒスイ…。絶対に貴方を助けてあげるからね…」

 

 たとえ伝承にある巫女の様に、王子達の呪いを解く為に自らの命を捧げるしか止める方法がなかったとしてもマヤは迷わない。

 彼を救う為なら自身の命すら惜しまない――と、マヤは固く誓った。

 

 




波に呑み込まれ無理やりアスカ島から脱出したその後のヒスイ

海に引き摺り込まれた後、七聖剣の謎パワーたる妖気を駆使しそのまま海流に乗りアスカ島の海域を抜ける。

その後どんぶらこ、どんぶらこ、と海流に流され偶然海の真ん中で停泊していた海賊船を発見する。

そしてその海賊船に乗り込み、乗組員を全滅させたところでついに限界が訪れ、七聖剣の呪いが一時的に解ける。

そして「1ページ目」最後の場面へと続く。


だいたいこんな感じ。

次回からまたオリ主視点の日記形式に戻ります。
しかし予定ではもっと文字数を少なくして簡略化させるつもりだったのに…どうしてこうなった…?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。