やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。   作:春雨2

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第8話 不本意にも、城ヶ崎姉妹に振り回される。

 

 

“お天道様が見ている”という言葉がある。

 

 

お天道様とはすなわち太陽。太陽は常に人々の真上に存在し、照らし出す。

つまりは、神様を表しているのだ。

 

 

 

「お天道様の下を、堂々と歩けるような人になりなさい」と、昔は良く言われたとか。

 

 

 

実際ニュアンスは違うが、俺も似たような事を親に言われたような記憶はある。

神様はいつも見ているのだから、それに恥じないような、顔向けのできるような人であれ、とな。

 

その時の俺がどう思ったかは、さすがにもう覚えてはいない。

 

しかし17年の歳月を経て、今の俺はこう言える。

 

 

そんなのは、知ったこっちゃない。

 

 

俺はずっと自分に嘘は吐かず生きてきたし、いつだって一生懸命だった(内容はともかく)。

そんな俺が、今では立派なぼっちです。ホントに神様見てる? 視力落ちたんじゃない? まぁまぁ眼鏡どうぞ。

 

とはいえ、別にそれで世界に悲観しているとか、そんな事を言いたいわけじゃない。

 

 

たとえ勘違いして女の子にフラれても。

 

自分に正直あまり友達が居なくても。

 

それは俺が選んだ事で、俺が俺の意志でやってきた事だから。

 

 

ぶっちゃけ顔向け出来ないような事もやってきたしな。

何かを為すために、何かを傷つけたこともあった。

 

けどそれに後悔などしていない。後悔しても、それを否定したくはない。

俺のやってきた事に、言い訳をしたくない。

 

 

だから、お天道様が見てようが見てまいが関係ないのだ。

 

お天道様に顔向けできなくても、堂々と胸を張る事ができずとも。

 

俺は、俺自信から目を背けないように生きていく。

 

 

 

これまでも、これからも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡「……なんでコタツがあるんだ」

 

 

 

思わず口から漏れる疑問。

しかしそう言わずにはいられなかった。

 

 

シンデレラプロダクションにある休憩スペース。

本来ここにはテーブルとソファーが備えられていたはずだが、今は何故か畳とコタツが設置されてあった。その上にはみかんもある。完璧じゃねぇか。

 

 

 

「そう言いつつも、しっかりコタツには入るんだね~」

 

 

 

俺がいそいそとコタツに入っていると、どこからか声が聞こえる。

 

少しだけ身を乗り出して対面側を覗き込んでみると、そこには一人の少女。

 

 

 

八幡「……これ、お前が用意したのか? 双葉」

 

杏「そんな面倒くさいことしないよ。あったから入っただけ」

 

 

 

双葉杏が、そこにいた。

 

 

 

杏「いやービックリだよねー。事務所に来てソファーで寝ようと思ったらコタツがあるんだもん。マッハ5で入ったよ」

 

 

 

小学生みたいな軽口でそう言う彼女。

 

 

双葉杏。

 

同い年とは思えないくらいの小柄な身長。

長髪というよりは伸ばしっぱなしの金髪をツインテールにし、ダボッダボな白いTシャツを着ている。

 

今はうつ伏せに寝そべっているため見えないが、Tシャツの正面には恐らく「働いたら負け」とか書いてあるのだろう。俺にも作ってくれないだろうか。

 

 

 

八幡「大方、ちひろさんあたりが準備したんだろうな。全く季節外れもいい…とこ……ろ?」

 

 

 

あれ。なんか今自分で言ってて違和感あったな。今って何月だっけ。

ま、いいか。

 

すると俺が言った言葉が不服だったのか、異を唱える杏。

 

 

 

杏「えー? コタツって別に季節関係なくなくない? 私は常に常備しててもいいと思うんだよね」

 

八幡「……結構同意できるから困る」

 

 

 

別に寒くなくても入りたくなるよね。

俺の家とか春先くらいまで余裕で現役だった。

 

 

とりあえず俺は置いてあるみかんを食べつつ、一息つく。が、そこでふと思い出す。

やべぇ、そういやライブん時の報告書やってねぇな。ちひろさんに怒られる前にやっとくか。

 

ジャケットを脱ぎ、鞄からノーパソを取り出し、コタツの上に乗せる。

……やばいなこれ。今気付いたがコタツで作業出来るって最高じゃね?

 

 

俺が密かに感動していると、視線を感じる。

まぁ視線自体は前からビンビン感じてはいるがな。他の一般Pやらモブドルの。そりゃ担当でもないアイドルとプロデューサーがコタツで堂々とくつろいでりゃ気にもなるわな。

 

それよりも俺が感じた視線は、目の前の杏からのものだった。

見れば杏は顎をコタツの上へと乗せ、ぐったりしながらコッチを見ている。やる気が感じられない。ただのニートのようだ。

 

 

 

杏「何やってんの? 艦これ?」

 

八幡「違う。仕事の報告書だよ」

 

 

 

俺がそう言うと、杏はダラけきった顔を忌々しそうに歪め、とても陰鬱な声で呻いた。なに、お前仕事に親でも殺されたの?

 

 

 

杏「うへぇー……やめてよぉ。折角の癒しが半減しちゃうじゃん」

 

八幡「別にお前がやるわけじゃないだろ。つーか、俺だってやりたくはない」

 

 

 

けどやっておかないと後が怖いしな。主にあの鬼と悪魔と肩を並べる方とか。

 

 

 

杏「八幡も変わったよねー。最初はあんなに嫌々やってたのに。……あれ? 変わってないか」

 

 

 

何気に失礼な事を言われた気がするが、その通りなのだから言い返せない。

 

杏とは、事務所でサボっていたらいつの間にかダベるような仲になっていた。

なんて言うんすかね。同じ匂いを感じる。

 

ちなみにアドレスは交換したもののまだ一度もやり取りした事はない。

つーか、何で交換したのかも思い出せない。

 

 

 

八幡「そう言うお前はどうなんだよ。プロデューサーは相変わらず付いてなさそうだが、なんか進展あったのか?」

 

 

 

ちひろさんの話では、未だにプロデューサーの付いていないアイドルは結構な数いるそうだ。

実際の所それってかなりマズイんじゃないかと思うんだが、割とそうでもないらしい

 

こうなる事を見越していたのか、いくつかの対応が為されているようだ。

 

 

複数のアイドルをユニットとしてプロデュースする一般P。

 

プロデューサー無しで一人で活動しているアイドル。

 

 

そうやってどうにかやっているらしい。

 

まぁそんな中で、担当アイドルがいるのに他のアイドルを臨時的にプロデュースしているのは、俺だけなそうだが。

 

 

 

杏「何言っちゃってんのー。杏だよ?」

 

八幡「さいですか……」

 

 

 

ものっすごいドヤ顔で言われてもな。苛立ちしか湧いてこない。

 

 

 

八幡「けどちひろさんから聞いたが、何もしてないわけじゃないんだろ?」

 

 

 

俺がそう言うと、杏はさっきよりも忌々しげな顔になる。というよりは、複雑そうな顔、と言った方が正しいか。

 

 

 

杏「私だって働きたくないよ……でも、き、きらりが……」

 

八幡「……その“きらり”って奴の名前をたまに聞くが、そんな凄い奴なのか」

 

 

 

諸星きらり。

 

なんでも、はぴはぴ語なるものを使うとか、常に星を纏わせているとか、実は女型巨人なんだとか。

聞いているだけならとんでもなくクレイジーなアイドルを思わせる。一周回って普通に会いたくねぇ……

 

 

 

杏「きらりがいなかったら、私アイドルやってないと思う。あ、別にコレ良い意味じゃなくね?」

 

八幡「言われなくても分かる」

 

 

 

けど口では嫌々言いながらも、なんだかんだレッスンやら小さな仕事はやっているそうだ。アイドルという仕事に、杏も少なからず誇りを持っているのだろう。

 

 

 

杏「あーあー、いつになったら印税生活出来るんだろう」 グデー

 

 

 

……持っていると信じたい。

 

そんな感じでダベりながらもコタツで報告書を作成していると、見慣れない人物が横を通った。

 

 

 

「おや、キミは……」

 

八幡「はい?」

 

 

 

その人物は40代くらいの男性で、パッと見はどこにでもいるようなおじさんといった印象。

最初は一般Pの一人かとも思ったが、どうやらそうではないらしい。

 

 

 

「いやぁ、この間のライブは良かったよ。キミのスピーチも含めてね」

 

八幡「は、はぁ」

 

 

 

ライブでの出来事を知っているということは、観客か、総武高校関係者か? ……いや、さすがにそれはないか。となると……

 

 

 

「あ、失礼。私はこういう者でね」

 

 

 

懐からケースを取り出し、名刺を渡してくる男性。

やべ、俺今名刺持ってねぇぞ。

 

しかし俺が慌てていると、男性は笑いながら言う。

 

 

 

「大丈夫、キミの事は知っているよ。私は記者をやっている善澤。どうぞよろしく」

 

 

 

言って握手を求めてくる。

俺はコタツから立ち上がり、会釈しつつ応じる。

 

なるほど、記者ね。だからライブを知っていたわけだ。

 

 

この間の総武高校でのライブには、少ないが数人の記者がやって来ていた。

無名とは言え、最近話題のシンデレラプロダクションのライブだ。取材には持ってこいだったのだろう。

 

宣伝を頑張ったかいがあったなぁ……

 

 

 

善澤「しかし丁度良かった。実は今回のライブを記事にするよう社長に頼まれていてね。今日はそれが出来たからサンプルを持ってきていたんだよ」

 

八幡「記事、ですか?」

 

 

 

マジか。社長も粋な事をしてくれる。

しかし何故俺がそれを知らなかったのか。いや、別にいいんだけどね?

 

 

 

とりあえずコタツに座り直し(善澤さんも)、そのサンプルとやらを見せて貰うことにした。

 

見せて貰ったのは、2ページ程の特集記事。

今話題のシンデレラプロダクションの紹介に、プロデュース大作戦の概要、凛たちの紹介など。

 

非常に分かりやすく、丁寧な記事だった。

 

 

 

……俺のスピーチの解説を除いては。

 

 

 

八幡「いや、なんで俺の挨拶まで記事にしてんすか?」

 

善澤「おや、ダメだったかい?」

 

 

 

何の気無しに言う善澤さん。

そりゃあんた、ダメとは言わないけど……いややっぱダメだろ。

 

 

 

善澤「あの時、アイドルを熱弁するキミの言葉。あれに心打たれてねぇ。これは記事にしないとって思ったよ」

 

 

 

凄く良い笑顔でそう言う善澤さん。

そんな事言われたら何も言い返せない……

 

横を見れば、杏が記事を読みながら「ヒュー、言うねぇ八幡」などと漏らしている。うるさいぞニートコブラ。

 

 

 

善澤「あれ、千川さんから何も言われてなかったかい? 一応彼女に確認したら、快くOKしてくれたんだがね」

 

 

 

や っ ぱ あ の 人 か 。

 

 

 

いや予想はしてましたよ。ええ。

あんの守銭奴事務員!!

 

 

 

善澤「渋谷くんにも期待しているが、比企谷くん、私はキミにも期待しているよ」

 

八幡「あ、ありがとうございます……?」

 

 

 

何故だかあまり褒められた気はしないが、それでもこの善澤さんという記者が俺を評価してくれているなら、それはプロデューサーとして光栄な事なのだろう。……たぶん。

 

 

その後善澤さんはサンプルをくれると、社長に会うためこの場を後にした。

一応凛たちにもあげられるようにと5部程もらったが、どうしよう。渡したくない。

 

まぁ、そん時になったら考えよう。とりあえず鞄に押し込んどくことにした。

 

 

 

八幡「しかし記事にしてもらえるとはな。見てる人は見てるもんだ」

 

 

 

俺が思わず感心したようにそう呟くと、しかし逆に杏は冷めたような表情で言った。

 

 

 

杏「そう? 私はそうは思わないな」

 

 

 

まさかそこで否定してくるとは思わなかったので、少しばかり驚いてしまう。

 

 

 

八幡「どうしたいきなり」

 

杏「だって、それなら杏はどうなるのさ」

 

八幡「……と言うと?」

 

杏「だから、杏だってこんなに頑張ってんだから、もっと見返りがあっても良いと思うんだ!」

 

八幡「スマン、もしかしたら鼓膜が破れているのかもしれない。何を言ったか聞き取れなかった」

 

 

 

お前、今の自分の姿を鏡で見てみろ? ニートがコタツでみかん食ってるぞ?

 

 

 

杏「結局、人知れず努力してる人がいても、誰も気付かないじゃん? だって人知れてないし」

 

八幡「……まぁお前がそうかは置いておいて、それについては概ね同意だな」

 

 

 

例え努力しても、結果を出せなければ意味がない。

努力した事自体が大事とは言うが、それも自分の中でだけだ。誰も知らなければ、誰にも評価はされない。

 

だから、結果を出すしかない。

 

 

 

杏「そりゃ『私、頑張ってます!』なんて言うつもりはないけどさー」

 

八幡「さっき言ってたじゃねぇか」

 

杏「あ、バレた? 鼓膜破れてると思ったんだけどな」

 

 

 

そう言って笑う杏。

口では軽口を叩いているが、表情はどこか寂しそうだ。

 

 

 

杏「やっぱ、見てる人なんていないよ」

 

八幡「……まぁな。俺もそう思ってた」

 

杏「思って“た”……? 過去形ってことは何、心境の変化でもあったの?」

 

 

 

俺の発言に、怪訝な表情で聞いてくる杏。

 

 

 

八幡「そんな大袈裟なもんでもないけどな……この間言われたんだよ。『そうやって自分を低く見るけど、そう思わない人だっている』ってな」

 

 

 

思い出すのは、クラスメイトの少女。

 

周りの空気を読み、気遣い、優し過ぎる少女。

……まぁ、多少オツムが弱いがな。

 

 

 

八幡「だから頑張ってるかどうかは抜きにしても、見てくれてる奴はいんじゃねーの? 俺にも、お前にも」

 

杏「……そんな人、いn」

 

 

 

「にょわーっ! 杏ちゃんだにぃーーーっ☆」

 

 

杏「かふっ…!

 

 

 

突如、杏の身体が轢かれる。

 

いや違う。正確には突然現れた人物に抱きしめられただけだ。

ただあまりに突然なその出来事は、奇襲と言っても過言ではない。

 

いきなり現れたその人物。あれだ。凄く、大きいです……あぁいや、身長の話だよ?

そして見た瞬間に分かった。

 

 

こいつが、諸星きらりか。

 

 

180近くはあるであろう長身。ウェーブのかかった茶色い長髪。

服装は子供っぽいが、抜群なスタイルなせいで何とも言えぬ魅力を出している。

 

しかし、想像以上にインパクトのある奴だな……

これは杏にも言える事だが、ホントに俺と同い年?

 

 

 

杏「き、きらり、苦しい、絞まってる……!」

 

きらり「わわっ、ごめんねーっ!」

 

 

 

言って、ようやく杏を解放するきらり。

すると今度は俺に気付いたのか、矛先を向けてくる(この表現はあながち間違いでもない気がする)。

 

 

きらり「あっ! もしかしてキミが八幡ちゃん? 杏ちゃんから聞いてるよ! きらりんでーすっ! よろしくにぃー☆」

 

八幡「え、ええ、はい。比企谷八幡です。よ、よろしく」

 

きらり「おっすおっすばっちし!」

 

 

 

何がばっちしなんだ。

もう流されまくりでどうしていいか分からん。

 

しかしそれにしたってキャラ強過ぎだろ。し、島村さんの個性が霞む……!

 

 

 

きらり「それでそれで、杏ちゃんと八幡ちゃんは何してるの?」

 

 

 

杏を抱え、コタツの向かいに座るきらり。その絵面は姉と妹というよりは、まるで母と娘のようだ。

 

 

 

杏「別にー。杏は頑張ってるなーって話してたところだよ」

 

 

 

特に意識するわけでもなく、杏は何の気無しに冗談っぽく言う。

杏としても、本気で言ったわけではないのだろう。

 

しかしそれを聞いたきらりは、純粋無垢な笑顔でこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きらり「そうだねーっ! 杏ちゃんはすっごく頑張ってるよねー☆」

 

 

杏「え……」

 

 

 

予想だにしなかったのか、素っ頓狂な声を出す杏。

 

 

 

杏「いや、きらり? 私は……」

 

きらり「杏ちゃんはイヤイヤ言っても、ちゃーんと最後まで頑張るもんね!」

 

杏「あ……」

 

 

 

杏の身体に腕を回し、抱きしめるように言うきらり。

杏は振り返ろうとしたが、きらりの言葉を聞き、やめてしまう。

 

 

 

きらり「レッスンだって、休まずちゃんと来てるし!」

 

杏「……うん」

 

きらり「小さなイベントでも、やらせてもらえるお仕事は何でもやってるよねっ!」

 

杏「…………うん」

 

きらり「あっ、この間の路上ライブ! 少しだけどファンが出来て喜んでたねー☆ 私も一緒に歌えて楽しかったよー!」

 

杏「………………うん」

 

 

 

 

 

 

きらり「杏ちゃんはいつだって本気でアイドル頑張ってるって、きらりん知ってるよ?」

 

 

杏「……………………う…ん……!」

 

 

 

俯いたまま杏は、抱きしめているきらりの腕を掴む。

表情は見えない。けれど、見えなくても分かる。

 

 

 

きらり「あれあれ? 杏ちゃん泣いてる!? え、どうしよっ! ほら、なでなでー☆」

 

杏「……ちょ、きらり、いいから! 子供じゃないんだから! ってか、泣いてなんかないし……!」

 

 

 

きらりが頭を撫でると、反抗はするものの満更でもなさそうな杏。

その目尻はうっすらと濡れているように見えたが、それでも、杏は笑顔だった。

 

 

 

きらり「そうだっ! 今日は一緒にお歌のレッスン行こ☆ また一緒に歌おうよ!」

 

杏「えー……もう今日はコタツもあるしゆっくりしていこうよ」

 

きらり「そんな事言わないで! ほらほら、飴あげるから☆」

 

杏「なん…だと……? は、話を聞こうか」

 

きらり「うきゃー☆ さっすが杏ちゃーん!」

 

 

 

やれやれ……

 

飴玉で懐柔とか、これが最近流行りのチョロインですか?

まぁ、微笑ましいっちゃ微笑ましいがな。仲が宜しいこって。

 

なんとも喧しいやり取りだが、その二人の様子を見ていると、自然と笑みが零れていた。

 

 

 

お天道様は見ている。

 

 

それが本当かどうかは、やはり俺には分からない。

どちらにしろ、俺には関係がないのだから。

 

けど、神様じゃなくっても、見てくれている人はいるのだろう。

 

 

女の子にフラれても、家族が家で出迎えてくれる。

 

友達があまりいなくても、それでも確かにいる。関係を言葉じゃ言い表せないような繋がりも、ある。

 

……隣に立って、俺が見ていてやりたい奴もいる。

 

 

だからきっと、誰にでもいるのだろう。自分を見てくれている人は。

 

もしかしたら“お天道様は見ている”とは、そういう意味なのかもな。

 

 

 

目の前で笑う二人を見て、何となくそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある会議室。

 

数人の人物が、デスクを囲んで話し合っている。

 

 

 

「最初の選抜はこんなものですかな……」

 

「しかし5人とは、些か少な過ぎませんか?」

 

「なに、この後もチャンスはあります。それが意識の向上にも繋がるというものです」

 

 

 

デスクには、数枚の書類。

 

 

 

「最初の5人……思いのほかすんなり決まりましたな」

 

「粒ぞろいという事でしょう。この子も、あの善澤さんのイチオシと聞く」

 

「そう言えば、千川事務も推していましたね」

 

 

 

手に取られた一枚のプロフィール。

 

そこにはーー

 

 

 

 

 

 

「シンデレラプロダクション初のCD化ーーーー成功を祈りましょう」

 

 

 

 

 

 

渋谷凛。

 

 

 

その名前が、記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛「……え?」

 

 

 

ぽつりと零れ出た、驚きの声。

いや、驚きと呼ぶよりは、困惑と表現した方が正しいかもしれない。

 

目を丸くし、開いた口が塞がっていない。

 

さっきまでみかんの皮を剥いていた手は止まり、口に運ぼうとした実はぽとりとコタツの上へと落ちた。

勿体ねぇな。俺が食べるか。

 

拾って俺が食べる。うん。甘くて美味い。

 

 

 

凛「……CDデビュー……?」

 

ちひろ「ええ。遂にCDデビューです!」

 

 

 

応えたのはちひろさん。お茶を淹れながら、嬉しそうに言っている。

 

 

へぇ、CDデビューねぇ……

 

 

 

…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡・凛「「……ぇぇぇぇええええええええッ!!??」」

 

 

ちひろ「いやいやいや、反応遅くないですか?」

 

 

 

いやいやいやいや、逆に何をそんなに落ち着いていられるのか。

 

し、CDデビューだぞ? コンパクトディスクデビューだぞ? あれ、略さないとなんかコンタクトのCMっぽくなるな。

いやいやそんな事はどうでもいい。CDデビューって事は、つまり……!

 

 

 

凛「……私、歌を出せるの……?」

 

 

 

まるで信じられないといった風に、呆然と呟く凛。

 

そりゃそうだ。俺だって信じられない。

俺の担当アイドルである凛が、まさかのCDデビュー。

 

 

……ぉお。なんだコレ。

 

 

さっきまでまるで現実味が無かったのに。

冷静になってくると、やって来たのは形容し難い高揚感。

 

自分でも信じられないくらい、嬉しい。

 

 

なんだなんだ。何なんだこれ?

 

 

嫌がおうにも、心臓が高鳴ってくる。

やべっ、俺なんでこんなにテンション上がってんだ?

 

 

 

凛がデビュー出来る事が、嬉しくて堪らなかった。

 

 

 

そしてこれだけ嬉しくなっている事が、今度は恥ずかしくなってきた。

これ、凛にだけはバレたくねぇな……恥ずかし過ぎる。

 

 

ふと凛を横目で見ると、向こうも丁度コチラに視線を向けていた。目が、合う。

 

 

 

凛「……プロデューサー」

 

八幡「お、おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛「お、女の子の食べかけの物を食べるとか、何考えてるのっ!?」

 

八幡「……すまん」

 

ちひろ「そっち!?」 ガーン

 

 

 

相変わらず、どこか残念なメンツだった。

 

 

 

ちひろ「とりあえず、詳しく説明しますね」

 

ちひろさんは人数分のお茶を淹れた後、数枚の書類を俺と凛に渡す。

書類には、今回のCDデビューについての概要が記されていた。

 

 

内容を簡潔にまとめると、以下の通り。

 

 

 

1、プロデューサー大作戦が始まって丁度半年でのCDデビュー企画。

 

2、初期メンバーは5人。その後随時追加していくとの事。

 

3、メンバーはプロダクション上層部と、レコーディング会社との選抜会議で決定。

 

 

 

とまぁ、そんな所だ。

 

一番最後の紙には、今回CDデビューするアイドルのプロフィールが載っていた。

勿論、そこには凛の名前も。

 

 

 

凛「本当に、デビュー出来るんだ。私……」

 

 

 

それを見て、凛は思わず微笑んでいた。

よくよく見れば、涙を滲ませているようにも見える。

 

そりゃ、嬉しいよな。

今まで無名として活動してきて、今回ようやくデビュー出来るんだ。

 

アイドルをやっていて、これ程嬉しいことはない。

 

 

 

凛「あ、あのさプロデューサー……」

 

八幡「ん?」

 

 

 

すると凛は、わずかに頬を紅潮させ、何か言いたそうにモジモジしている。

 

あれ? 俺、告られんじゃね? いやないか。ねーよ。……ないよね?

 

 

と、俺が内心ドキドキしていると、当の凛は知ってか知らずか、中々切り出せず視線を右往左往させている。

 

 

 

凛「あ、あのね、えーっと……」

 

八幡「……ん…」

 

凛「…………」

 

八幡「…………」

 

 

 

 

 

 

ちひろ「しゃらくさいッ!!」 ウガーッ

 

 

 

この空気に耐え切れなくなったのか、ちひろさんがコタツからもの凄い勢いで立ち上がる。

あのちひろさん、あなた一応女性なんですから。もっとゆっくりね? スカートだって履いてるんだし……

 

俺の心の抗議も虚しく、ちひろさんはお片づけを始める。その姿はさながらオカンのよう。

 

 

 

オカン「ほらほら、そーゆーのは二人きりの時にやってください。凛ちゃんはこの後レッスンがあるんだから、準備! 比企谷くんも、CD化にあたっての会議がありますから、キリキリ動く!」

 

八幡・凛「「はい……」」

 

 

 

なんというオカン属性。これは三浦に勝るとも劣らないやもしれん。

誰か貰ってやってくれ。きっと毎日栄養豊富なドリンクを作ってくれるぞ。子供が心配だ。

 

 

とりあえずちひろさんが怖いので、俺と凛は素直に従う事にした。

 

身支度を整えようと、コタツから立ち上がる。

 

 

 

ちひろ「あ、ちょっと待ってください」

 

八幡・凛「「え?」」 ピタッ

 

 

 

突然かかるちひろさんの待った。

なに、準備しろって言うから動いたのに、まだなんかあったの?

 

俺の怪訝な態度が伝わったのか、ちひろさんは多少たじろぎながら言う。

 

 

 

ちひろ「すいません。大事なことを伝え忘れてました」

 

凛「大事なこと?」

 

ちひろ「ええ。奉仕部の事についてです」

 

八幡「っ」 ピクッ

 

 

 

奉仕部の事について……だと……?

 

ちひろさんの言う奉仕部とはこの場合、デレプロ支部の事を指すのだろう。

つまり、新たな臨時プロデュース……?

 

いやそんなまさか。ついこの間トラプリ編終わったばっかだぞ?

そんなすぐに依頼とか、俺のスタミナが持たn

 

 

 

ちひろ「えー今回の依頼者は……」

 

八幡「ストォーーーップ!!」

 

 

 

いやいやいや、何普通に進めちゃってんの!?

つーかホントに依頼確定なのかよ!

 

俺の焦り具合に反して、きょとんとした顔で言うちひろさん。

 

 

 

ちひろ「どうしたんですか比企谷くん。そんなに慌てて」

 

八幡「そりゃ慌てもしますよ。何ですか、依頼って。もう決定なんですか?」

 

ちひろ「Yes!」 グッ

 

 

 

殴りたい、この笑顔……!

何をそんな満面の笑みでサムズアップしてんだあんたは。

 

 

 

八幡「いやいや、ちひろさん。真面目な話それはキツいんじゃないですかね」

 

ちひろ「キツい?」

 

八幡「キツいですよ。凛がCDデビューするんですよ?」

 

 

 

これだけでもとんでもないイベントなのだ。

それに加えて臨時プロデュースも平行して行うとか、正気の沙汰じゃない。

 

 

 

八幡「何も、このタイミングでやらなくても……」

 

ちひろ「逆ですよ、比企谷くん」

 

八幡「は?」

 

 

ちひろ「このタイミングだから、です」

 

 

 

そこで、気付く。

 

 

ちひろさんの目線。それは、俺ではなく別の物へ向けられていた。

恐る恐る、その目線を追う。

 

そこには、先程のCDデビューに関する書類。

 

より正確に言うならば、その中の一枚のプロフィール。

 

 

 

八幡「……ま、まさか」

 

ちひろ「ええ。そのまさかです♪」

 

 

 

ちひろさんはコタツの上にあるそのプロフィールを手に取り、俺の眼前へと突き出す。

 

そこには、まるでプリクラのような宣材写真が張られていた。

 

 

パッと見ピンク色、実際にはストロベリー・ブロンドと言うんだったか。そんな色の髪をアップでポニーテールにしている。

気崩した制服に、数々の装飾。腰に巻いたカーディガンは、いかにもな女子高生と言える。

 

つり上がった大きな瞳は、メイクの賜物なのだろう。

 

 

印象としては、あれ? 由比ヶ浜? ってな感じだ。

たぶん、髪の色も一役買っている。

 

一言で言えばあれだ。

 

 

ギャル。

 

 

 

ちひろ「『城ヶ崎美嘉』ちゃん。今回比企谷くんには、凛ちゃんと一緒にこの子もプロデュースして貰います。CDデビュー、2人目です♪」

 

 

 

もうこれは、完全に逃げられないパターンだった。

 

隣を、ふと見る。

そこには何とも言えない表情をした凛。

 

凛は小さく溜め息を吐くと、苦笑しつつこう言った。

 

 

 

凛「……観念したら?」

 

 

 

こうして、俺の新たな臨時プロデュースが幕を上げた。

 

 

 

この恨み、はらさでおくべきか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

城ヶ崎美嘉。

 

 

今回臨時プロデュースする事になったそのアイドルを、実の所俺は少しばかり知っていた。

 

知っていると言っても、顔を覚えていた程度だがな。

名前なんて知る由も無かったし、正直こうして関わる事になるとは微塵も思っていなかった。

 

 

俺が彼女を初めて見たのは、シンデレラプロダクションの社内だった。

まぁ会う事があるとすればどうしたってアイドル関係なんだから、当たり前なんだが。

 

その時俺は休憩スペースでMAXコーヒーを飲んでいて、凛も他のアイドルもいない中一人でくつろいでいた。

 

そんな俺の至福のぼっち時間に割り込んできたのが、城ヶ崎美嘉だ。

と言っても、俺の斜め向かいのソファーに座っただけなのだが。

 

基本的に休憩スペースは社員とアイドル全員が使える。

しかし知らない奴が座っていると、どうも同席するのには気が引ける。いわゆる学生が学食等で気まずい空気になるあれだ。

 

ま、コミュ力のある奴はそういう時も気にせず話しかけたり、遠慮せずメシ食ったりするんだろうがな。俺には無理だ。

 

 

つまりその時も、俺がソファーに座っているせいで誰も相席しようとは思わないだろうと、そう思っていたのだ。

 

 

しかし、彼女は遠慮なく座った。

 

 

正直な所、俺はデレプロ内では異色の存在なのだと思う。色々とやらかしているし、他一般Pからの評判もよろしくない。その理由に見た目が多分に含まれているのが悲しい所だが。

 

そんな腐った目のプロデューサーが座っているのに、よく気にもせず座るなと。

俺はその時思った記憶がある。

 

 

第一印象は、やはりギャル。

 

 

見た目的には由比ヶ浜に似ているが、俺の印象的には三浦の方が頭を過った。

何と言うか、こう遠慮せずにドカッと来る辺りがあーしさんっぽい。駅の待合室の女子高生、みたいな。

 

そしてギャルと言えば必須なのが携帯電話(完全に俺の偏見)。かく言う彼女も、座っている最中はほぼケータイを弄っていた。

一緒にいたのは30分程度。もちろん会話など無い。

 

それだけならば当たり障りのない日常のエピソードとして、記憶にも残らずに過ぎ去っていただろう。

 

 

しかし俺は彼女を覚えていた。

 

 

それは、ケータイを弄る彼女の表情。

誰かとメールでもしていたのだろうか。

 

 

その表情は、とても愛おしそうな微笑みだった。

 

 

その顔が、何となくずっと頭に残っている。

 

もちろん、彼女が当然ながら可愛いというのもあるかもしれない。

けれど、不思議と印象に残っていた。

 

 

あれだろうか。やっぱ、彼氏とか? 駆け出しアイドルとは言え、ぶっちゃけいない方が少ないだろうしな。

いや実の所、2chで何か面白いスレでも見つけたとかかもしれない。……さすがに無いか。

 

 

真偽はともあれ、その時の笑顔が忘れられないのは事実。

 

その後も何度か休憩スペースで見かけた事もあったが、結局会話をした事は一度も無かった。

 

 

そんな彼女が、今回の臨時プロデュース対象。

それは分かったのだが……

 

 

 

八幡「正直、俺が臨時プロデュースする必要があるんですか?」

 

 

 

これが、一番の疑問だった。

 

 

 

あの後、凛はレッスン、俺はCDデビューにあたっての説明会議へと向かい、それを終えた後にこうしてまた集まっていた。

場所はすっかり定位置になってしまったコタツ。事務スペースが物寂しそうにしているのは気のせいだろう。

 

またもお茶を淹れてくれているちひろさんに、とりあえずの疑問をぶつけてみる。

 

 

 

八幡「今まで臨時プロデュースしたアイドルには一応理由がそれぞれありましたけど、今回の城ヶ崎にはそれが見受けられないんですよね」

 

凛「確かに、CDデビューも決まってるもんね」

 

 

 

今日出た説明会議で聞いた限りでは、今回のCDデビューにはいくつかの成果を出したアイドルが選ばれたらしい。

CM出演をした者や、地方ロケで有名になった者。そして、ライブをしたアイドルもな。

 

城ヶ崎が選ばれた理由は知らないが、選ばれたからにはそれなりの成果を上げているのだろう。

 

ならば、臨時プロデュースをする必要があるのだろうか?

 

 

 

ちひろ「そこなんですよねー……」

 

 

 

困ったような顔で唸るちひろさん。

どうにも不安になる反応だ。何か言い辛いような内容なのか?

 

 

 

八幡「臨時プロデュースを頼むって事は、城ヶ崎にもプロデューサーはついてないんですよね? けど、それでもCD化に選ばれたって事は一人でも充分活動出来ていたって事じゃないですか。一体何が問題なんです?」

 

ちひろ「ええっとですね、確かにCDデビューが決まるまでは問題無くアイドル活動出来ていたんですよ」

 

凛「決まる“まで”は?」

 

 

 

ちひろさんのその言い方は、まるでCDデビューが決まったからこそ問題があるように聞こえた。

いや、むしろそういう意味だったのだろう。

 

 

 

ちひろ「実はですね、美嘉ちゃんはーー」

 

 

 

 

 

 

「話があるって言われたから来たけど、ここでよかったんだよね?」

 

 

 

 

 

 

ちひろさんが続きを話すその前に、聞き慣れない声に遮られる。

顔を向けてみれば、件の少女。

 

 

城ヶ崎美嘉が、そこにいた。

 

 

 

美嘉「……あれ、ここってソファー無かったっけ? なんでコタツ?」

 

 

 

城ヶ崎は至極当然の、むしろ何故誰も深く突っ込まないのかが不思議な点を真っ先に口にした。

 

おお、これだけでコイツが常識人なのが分かった。もしかしてコレはそういう試験的なトラップ? ねーか。

だとしても、すぐに順応した俺と杏はアウトであった。

 

 

 

ちひろ「こ、こんにちは美嘉ちゃん。まぁまぁそんな所に立ってないで、座って座って♪」

 

 

 

不思議そうにしている城ヶ崎をコタツに座らせ、また新たにお茶を汲み始めるちひろさん。今、明らか誤摩化そうとしてたよな……

 

 

 

美嘉「それで? 話って何?」

 

 

 

前置きも無くさっさと進めようとする城ヶ崎。

心なしか、その言い草にはどこか淡々としているようなニュアンスを感じる。

 

あの時の、印象と違った。

 

 

 

ちひろ「えっとですね。最初に紹介しておきますけど、こっちが奉仕部デレプロ支部部長兼プロデューサーの比企谷くんです」

 

八幡「え? あ、いやはい。比企谷八幡です……」

 

 

 

びっくりした。いつの間にか部長にされてたぞ俺。

いやーやっぱ部長ってなると雪ノ下じゃん? まぁ確かにデレプロ支部ってなったら俺しかいないんだけどさ……

 

俺がキョドりまくりの自己紹介をすると、城ヶ崎はどこか思い出したような素振りを見せる。

 

 

 

美嘉「あれ? キミって……へー、そっか。キミが奉仕部って奴だったんだ」

 

 

 

何か一人で納得していた。

つーか奉仕部の事知ってんのかよ……

 

俺がちひろさんに向けて意味ありげな視線を送ると、察したのか笑いながら説明してくれる。

 

 

 

ちひろ「比企谷くんが思ってるより、奉仕部はウチの会社の中では有名ですよ? 成果もそれなりですし、何よりプロデュースを受けたアイドルたちが証言してくれてますから」

 

 

 

つまり、俺が臨時プロデュースをすればする程噂は広まっていくわけだ。何だこの悪循環ェ……

 

俺が知りたくなかった事実にげんなりしていると、今度は凛の紹介に移る。

 

 

 

ちひろ「それで、こっちが比企谷くんの担当アイドルの凛ちゃんです」

 

凛「えっと、渋谷凛です。よろしくね」

 

 

 

少しだけ緊張した面持ちで挨拶する凛。

まぁ年上の女子ってなると、やっぱ最初は緊張するよな。見た目が見た目だから尚更だろう。

 

すると城ヶ崎が言葉を返す前に、ちひろさんが補足説明をしてくれる。

 

 

 

ちひろ「実は凛ちゃんも、今回CDデビューする一人なんです。なので、いわゆる同士って事になりますね♪」

 

 

 

その補足に、城ヶ崎はぴくっと一瞬反応する。

 

ちひろさんとしては、親睦を深める為にと思っての発言だったのだろう。

しかしそれを聞いた城ヶ崎のその面持ちは、何故だかあまり良いものとは言えなかった。

 

 

 

美嘉「……ふーん? なるほどね。そういう事か」

 

 

 

その様子は、いっそ不機嫌とも言える。

 

 

 

ちひろ「み、美嘉ちゃん……?」

 

美嘉「ちひろさん。アタシ帰るね」

 

八幡「え?」

 

 

 

言うや否や、城ヶ崎はコタツから立ち上がり、帰る仕度を始めてしまう。

いやいや、展開が早過ぎてついていけない。帰るって、え? 今何かマズイ事言ったか?

 

帰ろうとする城ヶ崎を、しかしちひろさんは何とか引き止めようと食い下がる。

 

 

 

ちひろ「み、美嘉ちゃん。とりあえず話だけでも聞いて……」

 

美嘉「いーよ。どうせ、そこの目が腐った人にアタシの臨時プロデュースさせようって事なんでしょ?」

 

ちひろ「うっ……!」

 

 

 

図星。ここまで分かりやすい反応があるかってくらいに、ちひろさんは顔を歪める。

つーか、久しぶりにそれ言われたな。最近言われないから治ったのかと思ってたぜ。

 

しかしそんなふざけている場合でもないらしい。

城ヶ崎は踵を返すと、顔だけ振り返り言う。

 

 

 

美嘉「前にも言ったでしょ? アタシはーー」

 

 

 

まるで、冷め切ったかのような無表情で。

 

 

 

 

 

 

美嘉「CDデビューなんて、しなくていい」

 

 

 

 

 

 

俺の記憶にある、あの笑顔とは程遠い表情で、そう言った。

 

 

そして城ヶ崎はさっさとその場を後にしようとする。おいおい、どうすんだよ(しかし俺はコタツから出ない)。

 

しかし。その態度が気いらなかったのか、そこで一人の少女が呼び止めた。

 

 

 

 

 

 

凛「……ちょっと待ってよ」

 

 

 

 

 

 

我が担当アイドル、渋谷凛である。

 

凛はコタツから立ち上がると、丁度城ヶ崎と向かい合う形で相手を見据える。

な、なんというか、まるでアレだな。雪ノ下VS由比ヶ浜って感じだ。容姿が似てるだけあってなんとも複雑だ。

 

 

 

 

凛「いくらなんでも、初対面でその態度は無いんじゃない?」

 

美嘉「あれ、なーに? もしかして愛しのプロデューサーを貶されて怒っちゃった?」

 

 

 

嫌味っぽく、まるで茶化すように言う城ヶ崎。

 

おうおう、そうだぞお前。いくら目が腐ってるからって言って良い事と悪い事があんだ。凛も言ったれ言ったれ。

しかしそんな俺の心の中の応援も、凛には届かないようで。

 

 

 

凛「そんなんじゃないよ。それにプロデューサーの目が腐ってるのは事実だし、そこに関しては何も言うつもりはない」

 

 

 

ないのかよ!

思わずツッコミそうになってしまった。そして泣きそうになってしまうまであった。

 

 

 

凛「……でもさ」

 

 

 

凛は、怒っていると言うよりは、どこか哀しげに言う。

 

 

 

凛「ちひろさんも、プロデューサーだって、あんたの為にこうして集まってるんだよ?」

 

美嘉「……」

 

凛「だから、少しくらい話を聞いても…」

 

 

 

しかし、凛が言い終える前に、城ヶ崎は背を向けてしまった。

 

一瞬だけ見えた表情は寂しげで。

 

 

 

 

 

 

城ヶ崎「……ありがと。でも、ゴメンね」

 

 

 

声は、小さくか細かった。

 

 

城ヶ崎はその場を後にし、残ったのは立ちすくむ凛と、ちひろさん。

 

そして、コタツに入ったままの俺だった。

 

 

 

ちひろ「……比企谷くん。せめて立ちましょうよ」

 

 

 

いや、完全にタイミングを見失って……はい。すいません。

というか、「え?」って言ってから一言も喋ってない俺だった。

 

 

り、凛の視線が冷たいよぅ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局の所、今回の臨時プロデュースの理由は“本人がCDデビューしたくない”という話であった。

 

……いや、ぶっちゃけコレどうしようもなくね?

 

 

パターン的には加蓮の時と近いんだろうが、今回は拒否する理由が分からない。

加蓮のように本当はやりたいと思ってるなら良いが、もしかしたら本気でCDデビューしたくないと思ってるのかもしれない。だとしたら、俺らの行動はありがた迷惑どころか普通に迷惑だ。

 

正直、本人の意志を推奨した方が良いのでは? と思ったが、ちひろさんの話ではそうもいかないらしい。

 

 

 

ちひろ『今回の依頼は、シンデレラプロダクションという会社からのお願いでもあるんですよ。どうにか、説得出来ませんかね?』

 

 

 

何でも選抜メンバーとして選んでしまった手前、そう簡単に辞退はさせたくないらしい。

まぁ当然と言えば当然である。CDデビューという折角の大きな企画を、会社としても引き受けてもらいたいのだ。

 

もちろん、本当に致し方ないのであれば会社も引き下がるだろう。しかし、出来る限りは食い下がりたい。

そこで、奉仕部へと依頼が舞い込んできたわけだ。

 

どうにか、彼女を説得出来ないか、とな。

 

 

まぁ普通に考えれば、何かやむを得ない事情があるよなぁ。

これまで、仮にもアイドルやってきたわけだし。

 

 

……仕方がない。

 

 

ならば、悪あがきをしてみるとしよう。

何かやむを得ない事情があって、それが理由でCDデビューを諦めているのなら。

 

 

奉仕部は、きっと手を差し出す。

 

 

そんな雪ノ下スピリッツで、今回の依頼を請け負う事になった。

 

……差し当たっては、まずは情報だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

由比ヶ浜『城ヶ崎美嘉ちゃん? 知ってる知ってる! あったりまえじゃん!』

 

 

 

電話の向こうで嬉しそうに言っているのは、本家奉仕部のメンバーである由比ヶ浜結衣。

こういった話であれば、やっぱコイツは詳しそうだったからな。

 

 

比企谷家のソファーでカマクラとゴロゴロしつつ、俺はケータイへと耳を傾ける。

 

 

 

由比ヶ浜『元々読モやってたからねー。今時の女子高生なら皆知ってるんじゃないかな』

 

 

 

読モ……いわゆる読者モデルって奴か。

女子高生や若い女の子が好んで読むファッション雑誌に載っている、モデルの事……でいいんだよな?

 

 

 

八幡「それが、今ではアイドルか。スゲーな」

 

由比ヶ浜『そう? 別に珍しくはないんじゃないかな。読モ出身でアイドルとか女優とかになる人って、結構いるし』

 

八幡「え、マジで? そうなの?」

 

由比ヶ浜『……ヒッキー、一応プロデューサーなんだよね?』

 

 

 

うっ、まさか由比ヶ浜に呆れられるとはな。

しかし確かにコレは俺のリサーチ不足だった。なるほどな。こういった方面からのアイドルもあるわけだ。

 

 

 

由比ヶ浜『美嘉ちゃんがデレプロに所属になったーって、結構話題だったんだよ? 最近では、えっと、プロデュース大作戦? だっけ? もあって、どんどん有名な雑誌にも出るようになってさ。あたしも結構買ってるんだ。すっごい可愛いし!』

 

八幡「へぇ……」

 

 

 

確かに、系統としては城ヶ崎は由比ヶ浜にピッタリだろう。きっと、少なからず真似してみたりもしてるんだろうな。

 

 

 

由比ヶ浜『そっかー、ヒッキーデレプロで働いてるんだもんね。いいなーアイドルに会えて……あれ? そういえば何でいきなり美嘉ちゃんのこと聞いてきたの?』

 

 

 

今更それを訊くんかい。

ここまで言えば、大方察しがつくと思うんだがな。

 

 

 

八幡「いや、今度その城ヶ崎を臨時プロデュースする事になってよ。ちょっと情報が欲しかったんだ」

 

由比ヶ浜『えぇッ!? うっそ、マジで!?』

 

 

 

思わず、ケータイを耳から少しだけ離す。

声デカ過ぎるぞオイ。

 

 

 

由比ヶ浜『え、え、ホントなの? ひ、ヒッキー、サイン! サイン貰ってきて! お願い!』

 

八幡「落ち着け。貰えたら貰ってきてやるから」

 

 

 

まさかここまで取り乱すとはな……

もしかして、俺が思ってるより俺のやってる仕事って凄い事なのか?

 

 

 

由比ヶ浜『うわーやたー! えへへ、楽しみだなー』

 

 

 

電話越しでも、本当に喜んでいるのが伝わってくる。

思わず、俺もつられて笑ってしまった。

 

 

 

由比ヶ浜『えへへ……ありがとねヒッキー』

 

八幡「? 別にサインの事なら気にするな。情報料だと思ってくれ」

 

 

 

実際、まだ貰えるかも怪しいしな。

むしろあの様子だと、貰えない可能性の方が高いような気もするし。

 

 

 

由比ヶ浜『それもだけどさ。……頼ってくれるのが、嬉しくて』

 

 

 

声でも分かるくらい、照れたようにそう言う由比ヶ浜。

何故だか、こっちとしても恥ずかしくなってくる。

 

 

 

八幡「……ま、最近色々とあったしな。それに相談するなら、雪ノ下よりかは由比ヶ浜だと思ったんだよ」

 

由比ヶ浜『え!? そ、それってどういう……あっ、あたしの方が詳しそうってことか、なーんだ、アハハ……』

 

 

 

取り繕うように笑う由比ヶ浜。何を言っているのやら。

 

 

 

八幡「バッカ、それもあっけど、もっと別の理由があるんだよ」

 

由比ヶ浜『え? そ、それって……』 ドキドキ

 

 

 

 

 

 

八幡「俺、雪ノ下の連絡先知らねんだわ」

 

 

 

ホントその辺、あいつはぶれないよな。

 

そして俺の台詞を聞くと、電話の向こうでズッコけたような音が聞こえてくる。大丈夫かー。

 

 

 

由比ヶ浜『ひ、ヒッキーのバカ! もう知らない!』

 

八幡「ッ……切れた」

 

 

 

電話越しに聞こえるのは、ツーっツーっという虚しい音だけ。お前はサツキかってーの。

ま、今度会った時にお礼はしといてやるか。

 

サインが貰えなくても、メシくらいは奢ってやるよ。

それで見合うかは置いといて、な。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

由比ヶ浜からの情報と、自分で調べてみた結果、分かった事。

 

 

全然分からん。それが分かっただけだった。

 

 

実際プロフィールを読んだり、今までやった仕事を知らべたりもしてみたが、やはり分からない。

残る可能性としては……家庭事情だろうか。

 

それは充分に考えられる可能性だが、正直、そうだとしたら手をつけ辛い事この上ない。

 

雪ノ下や川崎もそうだが、他の奴らが簡単に踏み込んでいい問題じゃないからな。

出来れば、そっちの方面でない事を祈りたい。

 

 

……つーか、休みの日まで何を俺は真剣に考え込んでいるのだろうか。

 

今日は久々の休日。

どうせもうやれる事と言えば、本人に直接聞いてみるしかないのだ。ならば、後は明日の俺に任せよう。

 

レッツ・ゴロゴロ! ビバ・ホリデイ!

 

 

 

と、思っていた時期が俺にもありました。

 

 

 

小町「お兄ちゃん、お客さんだよ」

 

八幡「oh……」

 

 

 

リビングのソファーにダイブした途端、俺の自由は終わった。

もう少しくらい堪能させてよう!

 

 

 

八幡「……誰だよ。人によってはお帰り頂け」

 

小町「んーっと、それは無理かな。だって小町の紹介だし♪」

 

 

 

こいつが元凶だった。

 

なに、お前の紹介? 果てしなく嫌な予感しかしないんですが……

 

 

 

八幡「それこそ誰だよ。まさか川なんとかさん弟とかじゃないだろうな」

 

 

 

だとしたら殴り倒してでも追い出すかもしれん。

そして俺が川なんとかさん姉に殴り倒されるんですね。わかります。

 

 

 

小町「あー違う違う。今回の依頼者はなんと、小町の後輩の可愛い可愛いJCだよ! やったねお兄ちゃん!」

 

 

 

ささ、入って! と勝手に招き入れる小町。

 

いや、ちょっ、え? なに依頼者って。

まだ来るの? どんだけ俺の首を絞め…

 

と、そこでリビングへと入ってきたその少女。

 

その少女を見て、俺の思考は一瞬止まった。

 

 

 

 

 

 

「えーっと、アナタが小町先輩のお兄さん? 初めまして! 城ヶ崎莉嘉です!」

 

 

 

 

 

 

城ヶ崎、莉嘉。

 

 

正直、その名前を聞かずとも分かった。

 

奇麗に染められた金髪の長い髪に、大きな髪留めでまとめられたツインテール。

後輩という割には小町とは違い、サマーセーターにプリーツスカートという今時な制服。

そして女子中学生らしい、ちょっと背伸びしたメイク。

 

なんとも可愛いらしい、あどけなさの残る少女。

 

 

その子は、城ヶ崎美嘉にそっくりだった。

 

 

 

莉嘉「今日は、お姉ちゃんの事でお話に来たの!」

 

 

 

決死の表情でそう言う彼女。

 

きっと、この子が今回の依頼の鍵となるのは、想像に難くなかった。

 

 

 

……早速敬語が無くなってるのに突っ込むのは、野暮ってものなんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金髪妹系ギャル、城ヶ崎莉嘉。

 

城ヶ崎美嘉の妹である所の彼女は、なんでも小町の友達らしい。

いや、正確には友達になった、と言うべきか。

 

 

俺は城ヶ崎美嘉の情報を得る為、いくつかの身辺調査を行った。と言っても、詳しそうな奴に聞いてみたり、ネットで調べたりの簡単なものだ。

そしてその情報提供者の中には、我が妹の小町もいた。

 

由比ヶ浜には及ばないにしろ、小町もそういった面には詳しそうだったからな。なんか女子力(笑)高そうな雑誌とか読んでるし。

 

そしてその傍ら、小町自身にも情報収集を頼んでいたのだ。

 

 

しかしまさか……

 

 

 

八幡「身内を引っ張ってくるとはな……」

 

小町「てへぺろ☆」

 

 

 

我が妹ながら恐れ入る。一体どんな人脈を持っているんだコイツは。

さすがは次世代型ハイブリッドぼっちである。

 

 

 

小町「小町ネットワークを甘く見てもらっちゃ困るよお兄ちゃん。TwitterにFacebookに2ch、何でもござれだよ!」

 

八幡「いや、最後のはおかしい」

 

莉嘉「にちゃん??」

 

 

 

なんでも、そのネット上での交遊を経由して、城ヶ崎妹に辿り着いたらしい。

まぁ見つける事自体は簡単だったみたいだがな。城ヶ崎妹自身、ブログやらツイッターやらを積極的にやっていたらしいし。確かにそういうのに夢中になりそうな年頃だ。

 

しかし凄いのは、そこからリアルで会うまでに交遊を深める二人だろう。さすが、今時のJCたちである。お兄ちゃんちょっと心配だよ? あ、今のは小町に対してのお兄ちゃんであって他意はありません。笑えよ楓さん。

 

 

とりあえず俺たち三人は比企谷家のリビングでテーブルを囲む。

小町が淹れてくれたお茶、ではなくカルピスを飲む。

 

まさか今度は、女子中学生を家に呼ぶ事になるとはな。いや呼んだのは小町なんですけどね。

というか、俺が呼んでたら最悪お縄になるかもしれん。

 

さて、何から切り出したものか……。小町以外の女子中学生とか普段全然話さんからな。正直どう対応していいか分からん。

 

 

しかし。俺のそんな心配は杞憂に終わり、向こうから元気に話しかけてきた。

 

 

 

莉嘉「ねぇねぇ、あなたがお姉ちゃんのプロデューサーなんだよね?」

 

八幡「あ? あぁいや、正確には違うが……」

 

莉嘉「え? 違うの?」

 

 

 

興味津々といった様子から一転キョトンとした表情になる城ヶ崎妹。

しかしあれだな、同じ中学生って言ってもやっぱ小町より全然子供っぽい。まぁ去年までランドセル背負ってたわけだし。

 

必要があるかは分からないが、一応自分の事について説明しておくことにした。

 

 

八幡「俺の担当は渋谷凛って奴だが、一応、臨時プロデュースって形で他のアイドルもプロデュースしてんだよ。それが今回はお前の姉ちゃんって事だ」

 

莉嘉「へー……?」

 

八幡「……よく分かってないだろ」

 

 

 

なんというか、年齢を抜きにしてもどこかポンコツ臭がする。アホの子可愛いってやつだな。日本語って便利だ。

 

 

 

八幡「まぁそうは言っても、肝心のその城ヶ崎が…」

 

莉嘉「? アタシ?」

 

八幡「あぁいや、お前じゃなくて姉の……面倒くせぇな、肝心の美嘉がプロデュースを断ってきたんだよ」

 

 

 

よくよく考えたらどっちも城ヶ崎だったんだぜ。

面倒なので、ここは仕方なく名前呼びでいく。間違っても俺がデレたとかではない。

 

 

 

莉嘉「そっか、やっぱりお姉ちゃん、CDデビューしないつもりなんだ……」

 

 

 

俺の言葉を聞き、今度はあからさまにションボリとする城ヶs……莉嘉。

 

 

 

八幡「……その様子じゃ、事情は概ね把握してるみたいだな」

 

小町「小町がざっと説明したからね。それで、直接お兄ちゃんと話したいって莉嘉ちゃんに言われたんだ」

 

 

 

なるほどな。俺が美嘉の臨時プロデュースをする事になったのと、更にそれを断った事を聞いて、莉嘉も心配になって話を聞きに来た、と。つまりはそういう事か。

 

 

 

八幡「なぁ、お前は知ってるのか?」

 

莉嘉「え……?」

 

八幡「美嘉がCDデビューしたくない理由だよ」

 

 

 

さっきこいつは“やっぱり”と言った。つまり、何か思い当たる節があるのだろう。

 

俺の問いに対し、莉嘉は最初黙っていたが、やがてポツポツと語り出した。

 

 

 

莉嘉「……アタシね、小町先輩から教えてもらうまで、お姉ちゃんがCDデビュー出来るってこと知らなかったんだ」

 

八幡「! そうなのか?」

 

莉嘉「うん……お姉ちゃん、アタシには知られたくなかったみたい」

 

 

 

そう話す莉嘉の声のトーンは、みるみると下がっていく。

表情豊かなのは良いが、そんなあからさまに落ち込まんでも……

 

 

 

小町「なんで知られたくなかったんだろ? 普通すっごいおめでたいことなのに」

 

八幡「その辺が、まんま臨時プロデュースを断った理由に繋がるんだろうな」

 

 

 

“普通”は喜ぶべき事。

なのに、美嘉はそれを断った。それは何故か。

 

莉嘉は目を伏せながら、静かに告げた。

 

 

 

莉嘉「……たぶん、アタシがいるからだと思う」

 

小町「え……?」

 

莉嘉「アタシがいるから、お姉ちゃんはCDデビューしないんだよ。きっと」

 

 

 

思わず、小町と目が合う。

えーっとつまり? 莉嘉がいるから美嘉はCDデビュー出来ない? って、どういう事だ?

 

 

 

八幡「あー……なんだ。つまりどういう事だってばy……だってばね?」

 

小町「お兄ちゃん。言い直してもあんまり変わってないよ」

 

 

 

そんな細かいツッコミは置いておけ。今は真面目な話だ。

ひとまず、莉嘉に続きを促す。

 

 

 

莉嘉「んーと、何から言えばいいのかな」

 

 

 

頭の中を整理しているのか、うんうんと唸っては視線をあっちこっちへやっている。

人差し指で頭の横を突くその仕草は、なんとも様になっている。美少女の特権だな。その辺の女子がやってたら苛立ちしか湧いて来ない。

 

 

 

莉嘉「えーっとね……アタシのお家、お父さんもお母さんも共働きなんだ」

 

 

 

ようやくまとまったのか、困ったようにそう言う莉嘉。共働き……

 

……あーなるほどな。そういう事か。

 

 

 

……………。

 

 

 

そういうこと、ね。

 

 

 

見れば、小町も何処か合点のいったような表情をしている。「あーはいはいそういうことねー」って顔に書いてあった。

この事に関しては、俺も小町も分からない筈がない。

 

 

 

八幡「なるほどな。……大体分かった」

 

莉嘉「えっ! 今ので分かったの!?」

 

 

 

大きく口を空けて驚いている莉嘉。

妙に子供っぽいその反応を見て、思わず笑ってしまう。

 

 

 

八幡「ま、何事も経験ってな。……そうか。お前を一人にしない為に、美嘉はCDデビューを断ったって事か」

 

 

 

つまり、昔の俺と同じ。

俺がかつて幼少時代にした事と、同じ事をしているわけだ。

 

今回の依頼は、加蓮パターンというよりは川崎パターンだったってことね。

 

 

 

莉嘉「基本的にお父さんもお母さんも、いつも夜遅くに帰ってきてね。だから、家にはアタシとお姉ちゃんの二人でいる時がほとんどなんだ」

 

 

 

思い出すように、虚空を見つめながら話す莉嘉。

 

その様子は、別に状況を悲観しているわけではなさそうだ。

ま、俺らも同じような境遇だが、そこまで嫌になった事は無いしな。……むしろ、毎日ご苦労様ってくらいだ。

 

しかしそれも、兄妹がいたからである。

 

 

 

莉嘉「お姉ちゃんはたぶん、CDデビューして家にいる時間が無くなるのが嫌なんだと思う。デレプロに入ることになった時だって、最初はあんまり良く思ってなかったし」

 

八幡「けど、読モやってた時だって忙しかったんじゃないのか? 人気あったんだろ?」

 

莉嘉「読モの時は、お休みの日にしか仕事無かったんだよ。それに毎週やるわけじゃないし、アタシも一緒にやらせて貰ってたしね」

 

 

 

アハハ、と笑いながら言う莉嘉。

しかしその笑顔もどこか力が無い。

 

 

 

小町「なるなる。もし今の状況でCDデビューしちゃったら、今以上に忙しくなって、家にいられなくなっちゃう! ……美嘉さんは、そう思ったわけだね」

 

 

 

そこで、ジッと視線を感じる。

その主は、分かり切っているが我が妹の小町。なんぞや。

 

 

 

小町「誰かさんと、同じだね」

 

八幡「ケッ」

 

莉嘉「?? 誰かさん?」

 

 

 

不思議そうに首を傾げる莉嘉。すると何を思ったか小町、近くまで寄り、ありがたくも説明してくれる。

な、何をするだァーー!!

 

 

 

小町「実はね、お兄ちゃんも昔、小町の為に早く帰ってきてくれてたの」

 

莉嘉「そうなの?」

 

小町「うん。まぁその実遊ぶ相手がいなかったってのが本当だけど」

 

八幡「オイ」

 

 

 

いや確かにその通りだけども。

その上げて落とすのやめてもらえる?

 

 

 

小町「でも、小町は嬉しかったんですよ」

 

 

 

ニコッと笑い、俺を見る小町。

今度は落としてから更に上げられた。べ、別に妹の為とかじゃないんだからね!

 

 

 

莉嘉「……アタシも、嬉しいよ」

 

 

 

見ると、莉嘉も小さく微笑んでいる。

 

 

 

莉嘉「お姉ちゃんがアタシの為を想ってくれるのは、凄く嬉しい。……でも」

 

 

 

しかし、その顔はすぐにムッとした表情に変わる。

まさにこの言葉の通り、膨れっ面であった。

 

 

 

莉嘉「いくらなんでも、子供扱いし過ぎっ!!」

 

 

 

バンッ、と机を叩いて立ち上がる莉嘉。

思わずビクッと反応する比企谷兄妹。落ち着いて!

 

 

 

 

莉嘉「アタシ、もう中学生だよ? JCなんだよ!? 小学生じゃないんだから!」

 

 

八幡「お、おう」

 

 

莉嘉「アタシだって、一人でいるのくらい平気だし、そこまで寂しがり屋じゃないもん!」

 

 

小町「う、うん」

 

 

莉嘉「だから! なんで、どうして……!」

 

 

 

 

ぽたっ、と。

何かが落ちた。

 

 

 

 

 

 

莉嘉「お姉、ちゃんも……自分の時間を…大事にしてよ……!」

 

 

 

 

 

 

そのキツく閉じた瞼から、小さな雫が落ちていた。

 

堪え切れないものが、溢れるように。

 

 

 

八幡「……なら、それをアイツに言ってやれ」

 

莉嘉「え……?」

 

八幡「家族だって、言葉にしなきゃ伝わらん事もある。だから言ってやれ」

 

 

 

家族という近過ぎる存在だからこそ、言い辛い事もあるだろう。

 

それでも、伝えなきゃならん事も、きっとある。

 

 

 

八幡「……アイツも、良い妹を持ったな」

 

莉嘉「え?」

 

八幡「自分の為に、ここまで怒ってくれるんだ。姉として、こんなに嬉しい事は無いだろうよ」

 

莉嘉「っ! ……そう、かな?」

 

 

 

俺の言葉に、照れたように笑う莉嘉。

ようやっと笑ったその顔を見て、幾分かホッとする。

 

さすがに、女子中学生の泣き顔は見ていて中々堪えるものがあるからな。

 

 

そこでふと、袖を引かれる。

 

 

 

小町「ねぇねぇ! 小町は?」

 

八幡「あ? 何が」

 

小町「だから、小町が妹なんて、こんなに嬉しい事は無いでしょ?」

 

八幡「あはは。そうですね」

 

小町「うわテキトー」

 

 

 

そらテキトーにもなるわ。

つーかその辺を直接訊いちゃうってどうなの? それは小町的にポイント高いの?

 

 

 

莉嘉「あはは、やっぱり仲良いね♪」

 

 

 

俺たちのやり取りを見て、可笑しそうに笑う莉嘉。

そう見えたんなら眼下へ行く事をオススメする。眼鏡妹ヶ崎。アリだと思います。

 

 

 

莉嘉「……ちゃんと説得、出来るかな?」

 

 

 

一転、心配そうに呟く莉嘉。

 

しかしそればっかりはな、言ってみない事にはどうしようもない。

川崎の時みたく、何か良い方法があるわけでもないしな。俺に出来る事なんて……

 

 

 

小町「あっ! 小町、良いこと思いついちゃった☆」

 

八幡「……」

 

 

 

嫌な予感しかしないのですがそれは…

 

と、俺と莉嘉を手招き、何故かコショコショ話で説明する小町。一体他に誰が聞いていると言うのか。

 

 

 

……………。

 

 

 

小町「…とまぁ、こういうのはどうでしょう?」

 

 

 

自信満々に胸を張る小町。

いや、どうでしょうってお前、それh

 

 

 

莉嘉「いい! 凄く良い! アタシ賛成っ!!」

 

 

 

二対一で可決されました。

良いのォ!?

 

 

 

八幡「あのなぁ、良いのかそんなに軽く決めちまって? そもそも…」

 

小町「そこはお兄ちゃんのコネでどうにかしてよ! こんな時の為のプロデューサーでしょ?」

 

 

 

いや絶対にこんな時の為になったわけではない。

それだけは断言出来る!

 

 

 

莉嘉「お願い! 八幡くんっ!」

 

八幡「いや、そうは言われても……………………ってなに普通にくん付けしてんだ」

 

莉嘉「え? ダメだった?」

 

 

 

キョトンとした顔で何の疑問も無く訊いてくる莉嘉

 

いやまぁダメなわけではないのだが……

加蓮に呼ばれた時もそうだが、名前で呼ばれるとなんかこそばゆい。

 

 

 

小町「お兄ちゃん……さすがに小町より年下の嫁候補はちょっと……」

 

八幡「黙っとけ」

 

 

 

なんでか小町が軽く引いていた。おれェ?

 

 

 

八幡「あーもう……わぁったよ。それに関してはこっちで何とかならんか掛け合ってみる」

 

莉嘉・小町「「やったーーっ!!」」

 

八幡「ただし、やるからには成功させるぞ」

 

 

 

 

美嘉をCDデビューさせ、城ヶ崎姉妹も一緒にいられる。

そんな日常を、必ず作る。

 

 

 

小町「あ、莉嘉ちゃんご飯食べてく?」

 

莉嘉「いただきます☆」

 

 

 

……大丈夫なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

城ヶ崎莉嘉の訪問から3日後。

シンデレラプロダクション。とある一室。

 

普段は会議室として使われている部屋だが、今日は会議というより、顔合わせの場として使われる事になっている。

 

 

顔合わせ。

すなわち、今回CDデビューするアイドルたちの会合である。

 

まぁ、一応社長の方からも説明が入るがな。

簡単な打ち合わせと言った方が正しいか。

 

 

……しかしそんな中、俺は早速窮地に立たされている。

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

八幡「……っ……」 ダラダラ

 

 

 

他のアイドルからの、視線が痛い。

 

今会議室の中には、俺と凛、その他にCDデビューするアイドルが二人いた。

 

 

一人は茶髪のショートカットの少女。

明るめのワンピースを来ており、活発そうな印象を受ける。

 

……そして、スタイルがいい。

 

 

もう一人は長い茶髪を後ろにまとめた、大人しそうな女性。

 

水色のポロシャツにタータンチェックのスカート。

出で立ち的に、何かスポーツでもやっていそうだな。

 

 

この二人の事は資料で見て知っている。

髪が短い方が前川みく、長い方が新田美波……だった筈。

 

 

まぁそんな事は今はいい。

それよりも、何故この二人がさっきから俺の方を見ているのかが気になる。

 

前川は訝しむようなガン見。新田さんはチラチラと伺うように見ている。俺が何をした。

 

さすがに耐え切れなくなり、隣の凛に小さな声で訊いてみた。

 

 

 

八幡「……なぁ、なんで俺こんな見られてんだ?」 ヒソヒソ

 

凛「そりゃ、アイドルじゃない人がいるからじゃない?」 ヒソヒソ

 

八幡「だからってそんな見るか? 別にプロデューサーがいたっておかしくはないだろ」 ヒソヒソ

 

凛「まぁそうだけど、でも今回の顔合わせってアイドルだけ参加だったよね。だからじゃない?」 ヒソヒソ

 

八幡「……」

 

 

 

ファッキューーーーーーチッヒィィィィイイイイイイイッッッ!!!!!

 

 

 

八幡「え、なに。今日の顔合わせってプロデューサーも同伴じゃないの? ちひろさん何も言わなかったんだけど」

 

凛「あれ、おかしいな。『私が説明しておきますから~』ってちひろさん言ってような気がするけど」

 

八幡「おのれあの腐れ事務員……!」

 

 

 

さては今回の作戦でコキ使った事に対しての復讐だな……

粋な事をしてくれる(白目)。

 

つーか、それ知ってるのに何も教えてくれないんですね凛さん……

 

 

 

凛「まぁでも良いんじゃない? プロデューサーもいた方が、これからの作戦にも都合が良いし」

 

八幡「そう言われたらそうなんだが……解せぬ」

 

 

 

と、そこで扉が開く。

 

部屋にいた者が反射的に入り口へと視線を送る。そこにいたのは…

 

 

 

 

 

 

美嘉「…………」

 

 

 

件の少女、城ヶ崎美嘉だった。

 

 

 

八幡「……」 チラ

 

凛「……」 こくり

 

 

 

俺は凛へとアイコンタクトを送り、凛は頷いて返す。

予想通り、美嘉が来た。さぁ……

 

 

 

作戦開始だ。

 

 

 

美嘉「……社長って、まだきt」

 

八幡「確保」

 

 

 

「「うらぁぁぁあああああっ!!!!!!」」

 

 

 

俺の合図の元、二つのかけ声が会議室を満たした。

 

 

 

卯月「確っ!」 ガシッ

 

未央「保っ!」 ガシッ

 

 

美嘉「えっ!?」

 

 

 

その正体は、今までずっとロッカーとカーテンに隠れ潜んでいた島村と本田。やったね! 久々の出番だよ!

 

 

 

美嘉「ちょっ、何コレ!?」

 

未央「ふっふっふ、残念だが、ここで大人しくお縄につきな!」

 

卯月「ごめんなさい、ちょっと我慢しててくださいね♪」

 

 

 

右腕を本田に、左腕を島村にガッチリとホールドされ、身動きが取れない美嘉。

ここまでくれば、後はこっちのもんだ。

 

 

 

八幡「ご苦労。んじゃ、下に車用意してあるから、そこまで連行してくれ」

 

卯月・未央「「らじゃー♪」」

 

美嘉「いや、だから、何なのこれーーーッ!??」 ズルズル

 

 

 

そのまま引きずられながら部屋を出て行く美嘉。アデュー。

いやまぁ俺も行くけどさ。

 

 

 

八幡「そんじゃ、俺らも行くぞ凛」

 

凛「う、うん」

 

 

 

なんか今のを見て凛が若干引いてるが、そんな事を気にしてる場合じゃないからな。さっさと後を追おう。

 

 

 

みく「ちょ、ちょっと待つにゃ!」

 

八幡「あ?」

 

 

 

呼び止められたので振り返ると、そこには困惑した表情の二人。まぁそりゃそうだわな。

そういや、前川って猫キャラだったんだっけか。雪ノ下に見せたら喜ぶのか怒るのか気になる所である。

 

 

 

八幡「何か用か?」

 

みく「用って言うか……えっと、何から突っ込んでいいのか分からないにゃ……」

 

美波「と、とりあえず、そろそろ打ち合わせが始まるんですけど……?」

 

 

たどたどしく一番大事な所を指摘してくる新田さん。

あー打ち合わせね。うん。

 

 

 

八幡「パスで」

 

みく「ニャッ!?」

 

美波「いやパスって…」

 

 

 

と、そこで新たな来訪者登場。

扉を開けたのは、最後の一人楓さんであった。

 

 

 

楓「すいません、遅くなってしまいました……あれ、比企谷くん?」

 

八幡「楓さん、あと頼みます」

 

楓「え?」

 

 

 

言うや否や、俺と凛は部屋から颯爽と抜け出し、出口へと駆け出した。すまん社長!

 

 

 

楓「……えっと」

 

みく「……」

 

美波「……」

 

楓「……廊下を走るのは、ろうかしら?」

 

みく「…………」

 

美波「…………」

 

楓「…………ふふ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美嘉「ッ……ここは……?」

 

 

 

連れてこられた城ヶ崎美嘉の眼前に広がるのは、誰もいないライブハウス。

 

薄暗いそのステージに、一筋のスポットライトが当てられる。

 

 

 

 

美嘉「……ッ! り、か……?」

 

 

莉嘉「…………」

 

 

 

 

方やアイドル。方やその妹。

ならば、想いを届かせる手段は一つのみ。

 

 

 

 

八幡「さぁ、ライブの時間だ。城ヶ崎美嘉」

 

 

 

 

家族への想いを、聴け。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで少し、妹について考えてみようか。

 

 

……いや、なんかこれ気持ち悪いな。まるで俺がシスコンみたいではないか。

別にコレは小町だけを指すのではなく、妹という存在についてって事だ。

 

……どちらにせよ気持ち悪いな。

 

 

しかし妹にしたって、上が兄か姉かでその存在は随分と変わるだろう。

それは単に仲の良し悪しに限らず、その関係性にまで関わってくる事だ。

 

ま、どちらかと言えば、姉妹の方が仲は良さそうだがな。

 

 

兄にとっての妹というのは、何とも形容し難いのだと思う。

可愛いのに可愛くない。可愛くないのに可愛い。

 

異性の、それも年下の相手というのは、複雑でいて単純だ。

 

 

どれだけ可愛い容姿で、良い性格だとしても、好きにはなれない。

 

どれだけ可愛くなく、性格が悪かったとしても、嫌いにはなれない。

 

 

そんなもののように感じる。

結局はこれも人それぞれなんだろうけどな。俺? 黙秘権を行使する。

 

 

それに対し、姉妹というのはどうなのだろうか。

 

正直、俺には姉の気持ちは分からないし、何とも言えない所なのだが。

同じ女性同士、何か共感できる部分は多いのではないだろうか。

 

 

これはどちらにも言える事だが、幼少時代の方が当たり前だが仲が良いと思う。

その頃ならば、一緒に遊ぶ事も多いだろうからな。

 

しかしそれも月日の経過と共に変わってくる。

 

 

兄妹では特にそれが顕著だろう。好むものも、嗜むものも、変わってくる。

 

それが姉妹ではどうだろうか。

俺の勝手なイメージだが、姉妹というのはいくつになっても一緒に遊べる、そんなイメージがある。同じ女性同士なのだし、分かり合える所は多いのではないか。

これが、俺が姉妹の方が仲が良いと思う根拠である。

 

 

……まぁ、これにしたって結局は人それぞれなのだが。

 

実の姉妹で、会う度いつも険悪になる奴も俺は知っている。

あいつに昔何があったかは知らないが、何かなければ、ああはならないのだろう。

それこそ、それはあの姉妹しか知り得ない事だ。

 

 

しかしここで考えてほしいのは、兄と姉にとっての妹とは、やはり違うものなのか?

 

 

答えは否である。

 

 

確かにその関係は大きく違う。分かり合う事も、共有できる事も違っている。

しかし、それでも同じ事はある。根本にある、大前提。

 

 

それは、家族であること。

 

 

家族だから、何だって受け入れるし、何だって受け入れてくれる。

迷惑もかけるし、迷惑もかけられる。

そこに、家族だからという理由以外は、必要ない。

 

 

例えば比企谷小町。

 

例えば城ヶ崎莉嘉。

 

例えば……雪ノ下雪乃。

 

 

妹という存在が、結局のところ人それぞれなのだとしても、家族である事に変わりはない。

俺は、そう思っている。

 

 

だからこれは、

 

 

 

ちょっとした、家族サービスだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美嘉「……これ、どういうこと?」 ギロッ

 

 

 

お姉ちゃん、ご立腹であった。

というか俺に訊くんですね……

 

 

あの城ヶ島美嘉拉致事件の後、下に控えさせていたタクシーを使い、俺たちはライブハウスへと来ていた。

 

言わずとも分かるだろうが、このライブハウスは以前文化祭の後夜祭、引いてはその後雪ノ下たちが演奏をしたライブハウスだ。

わざわざ千葉まで来るのは面倒だったが、それでもそれだけのメリットがあるからな。借りられてよかった……

 

 

薄暗いライブハウスには、俺と凛、少し離れた位置に美嘉。島村と本田は後ろの方に控えている。

そして、スポットライトの元、ステージに一人立つ莉嘉。

 

 

 

八幡「お前の妹から事情は大体聞いてる。CDデビューしたくない理由もな」

 

美嘉「っ!」

 

八幡「だから、先手を打たせてもらった」

 

 

 

CDデビューを断ろうとしている美嘉があの打ち合わせの場に現れたのは、大方、社長に直談判しようとでも思っていたのだろう。

 

だから、そこを狙った。

 

 

あそこで張っていれば、いずれ美嘉が現れると思ったからな。島村と本田に協力してもらい美嘉を拉致、もとい連行したってわけだ。

……打ち合わせをすっぽかした事については、一応ちひろさんに説明してはいたが、社長には申し訳ない事をしたな。

 

 

 

八幡「お前にしちゃ余計なお節介だろうが、一つ付き合ってくれ」

 

美嘉「……なんなの、そこまでしてアタシに仕事させたいわけ? それも会社の言いつけ?」

 

 

 

俺の言葉に、噛み付くように歯向かってくる美嘉。

その表情には、滲み出る怒りがありありと見て取れた。

 

 

 

莉嘉「違うのお姉ちゃん! これはアタシが頼んだ事なの!」

 

 

 

そこに叫ぶように割り込んでくる莉嘉。

 

 

 

莉嘉「アタシが、お姉ちゃんにCDデビューしてほしいから、頼んだの!」

 

美嘉「莉嘉……?」

 

莉嘉「大体、勝手だよ! アタシの気持ちも聞かないで!」

 

 

 

困惑する美嘉に対し、莉嘉は想いの丈をぶつけていく。

身体の奥から湧き出る感情を、押さえ切れずに、吐き出していく。

 

しかしそれは、美嘉も同じだ。

 

 

 

美嘉「……っ! それは、莉嘉も同じでしょ!? 何なのコレ!?」

 

莉嘉「だって、お姉ちゃんがアタシのせいでデビューしないって言うから!」

 

美嘉「莉嘉のせいじゃない! アタシが、そうしたいからそうするの!」

 

莉嘉「それが勝手なの!」

 

美嘉「どっちが!」

 

 

 

どんどんとヒートアップしていく二人。

 

見てるこっちとしてはヒヤヒヤもんだ。これが姉妹喧嘩ってやつか……

まぁ、お互い言いたい事を言い合うのは良い事なのかもな。腹を割って話そう!

 

しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。

 

 

 

八幡「お前ら、少し落ち着け」

 

 

美嘉・莉嘉「「うるさいッ!!」」

 

 

 

止めようとしたらコレである。

もうなんなの、怖ぇよ……帰っていい?

 

 

 

八幡「……莉嘉、今日は何も口喧嘩する為に呼んだわけじゃないだろ。本来の目的忘れてんな」

 

莉嘉「うっ……!」

 

 

 

俺の指摘に図星だったのか唸る莉嘉。なに、ホントに忘れてたの?

まぁいい。ここからが本番だ。

 

 

 

八幡「美嘉」

 

 

 

俺が美嘉に呼びかけると、しかし何故か、一転複雑そうな顔になる。

 

 

 

美嘉「っ……莉嘉もそうだけど、いきなり名前で呼ぶ?」

 

八幡「? ……あ、そっか。城ヶ崎」

 

美嘉「いや別に言い直さなくてもいいケド……」

 

 

 

しまった、美嘉からすればいきなり名前呼びだもんな。ややこしいんだよお前ら!

しかし今はそんな事はどうでもいい。

 

 

 

八幡「……大体予想はついてるだろうが、今からアイツはお前の為に歌う。だから、聴いてやってくれ」

 

 

 

これは姉であり、家族である美嘉に対する、莉嘉の気持ちと言ってもいい。

一世一代の、大舞台だ。

 

 

 

八幡「だから、決めるのはそれからでも遅くはないだろ? 頼む」

 

 

 

俺は、一度深く頭を下げた。

 

それに対し美嘉は、酷く困惑したような表情になる。

まぁそれはそうだ。よく知りもしない奴が頭を下げてきたら、誰だってそうなる。

 

 

 

美嘉「……どうして、そこまですんの?」

 

八幡「知ってんだろ。俺は奉仕部の……まぁ、真に遺憾ながら部長らしい。だから、臨時でも担当アイドルのプロデュースはするさ」

 

美嘉「……アタシ、臨時プロデュース断ったじゃん」

 

八幡「違ぇよ」

 

 

 

そこで俺は、ステージ上に佇む、一人の少女へと視線を向ける。

 

 

 

八幡「俺は今は、城ヶ崎莉嘉のプロデューサーだ」

 

 

 

頼まれたからには、最後まで遂行するしかあるまい。

 

 

 

莉嘉「八幡くん……」

 

 

 

俺の言葉を聞いて、笑顔になる莉嘉。

う……なんか急に恥ずかしくなってきた。何を平然と言ってるんだ俺は……

 

 

 

美嘉「……わかった」

 

 

 

しかし俺が一人恥ずかしくなっていると、美嘉が真剣な表情で言ってくる。

 

 

 

美嘉「ここは莉嘉に免じて、聴くだけ聴いてあげる」

 

八幡「そこは普通俺に免じる所だろ……」

 

美嘉「なにか不満でも?」

 

八幡「……なんでもないです」

 

 

 

何か納得出来ないが、俺が渋々応じると、美嘉は苦笑した。

……やっと笑ったな。

 

さて、了解は取れた。後はお前次第だ。

 

 

 

八幡「頼むぞ、莉嘉」

 

莉嘉「うん! 任せて☆」

 

 

 

莉嘉がそう言うと、スポットライトが消える。

一度準備の為に、莉嘉が舞台袖に引っ込んだのだろう。

 

……というか正直、俺はアイツが何を歌うか知らないんだよな。

何故だか俺もちょっと緊張してきた。

 

 

 

時間は3分にも満たなかったと思う。

それでも、その間その場にいる全員が黙ってその時を待っていた。

 

なんだか後ろに待機している二人がウズウズしているのは、気のせいだろう。

 

 

そしてーー

 

 

 

美嘉「ッ!」

 

 

 

ステージがライトアップされた。

 

 

 

 

 

 

莉嘉『ワンっ!』

 

小町『トゥっ!』

 

莉嘉『ワン!』

 

小町『トゥ!』

 

莉嘉『スリー!』

 

小町『フォー!』

 

 

 

タッタッタッタッタッタラ~♪ タッタッタ~タッタッタ♪

 

 

 

景気の良いかけ声と共に流れ出す音楽。

 

……というか。

 

 

 

八幡「小町!?」 ガーンッ

 

美嘉「だ、誰?」

 

 

 

何故か、本当に何故か、我が妹の小町までもがステージ上に立っていた。いやホントに何で!?

 

 

莉嘉は長い髪をサイドテールにし、フード付きの黄色いジャージを着ている。

それに対し、小町は緑色の丈の短い着物……ステージ衣装っていうかコスプレじゃねぇか!

 

しかしなるほど……その衣装は、この曲に合わせて、か。

 

 

……良いセンスしてんなぁ。

 

 

 

 

莉嘉『〜〜♪』

 

小町『〜〜♪』

 

 

 

 

美嘉「っ! この曲……」

 

八幡「……ClariSの『ナイショの話』って曲だよ」

 

 

 

一応の補足。恐らく城ヶ崎はこの曲は初めて聴くのだろう。アニソンだしな。

けど、それでも歌詞を聴いていれば、この曲で何を伝えたいかは分かるだろ。

 

 

 

 

莉嘉・小町『『〜〜♪』』

 

 

 

 

サビを歌い終え、ひと際笑顔でポーズを取る二人。

……やべ、小町がこの曲を歌ってくれるとは、今考えるとかなり最高じゃね?

 

 

と、そこで何故か二人は一歩下がる。

? まだ曲終わってな…

 

 

しかしそこで俺の思考は一瞬止まる。

それは、ステージ上に新たな人物が現れたから。

 

 

 

そこには、何故かマイクを持った凛。

 

 

 

……直江津高校の制服を着た、凛。

 

ガハラさんスタイル!?

 

 

 

 

凛『〜〜♪』

 

 

 

 

何故か急に現れて歌い出す凛。つーか、いつの間にいなくなってたんだ。全然気付かなかった……

美嘉に至っては事態を飲み込めてすらいない。

 

 

そして何故か凛は歌いながらステージから降り、俺に向かって近づいてくる。

え? なに? 何で近づいてくんの?

 

 

 

 

凛『〜〜♪ 〜〜〜〜♪』 ズイッ

 

八幡「うっ……!」

 

 

 

 

思わず後ずさる俺。

顔近ぇ!

 

 

 

 

莉嘉・小町『『〜〜♪』』

 

 

卯月・未央「「はいっ! はいっ! はいっ! はいっ! はいっ! はいはいはいっ!」」

 

 

 

 

そしてここでまさかの島村と本田による合いの手。お前らもグルか……

 

そして二番で出番を終えたのか、凛はマイクのスイッチを切り、俺の隣へと何事も無かったかのように戻る。

ジト目で睨んでいると、凛は少しだけ舌を出し、悪戯っぽく笑った。くっ! 可愛いって得だな!

 

 

 

そしてイントロが終わり、ラストサビへと入る。

 

二人が、前に躍り出る。

 

 

 

 

莉嘉・小町『『〜〜♪ 〜〜♪』』

 

 

 

 

人差し指を口の前に立て、しーっ、というポーズで笑う二人。

本当に、歌うその姿は楽しそうだ。

 

思わず、アイドルだと思ってしまうくらい。

 

 

 

 

 

美嘉「…………」

 

 

 

 

莉嘉・小町『『〜〜♪』』

 

 

 

 

卯月・未央「「はいっ! はいっ! はいっ! はいっ! はいっ! はいはいはいっ!」」

 

 

莉嘉・小町「「はいはいっ☆」」

 

 

 

 

最後に二人で手を合わせ、ビシッと決めポーズ。

 

莉嘉も小町も、眩しいくらいの笑顔だった。

 

 

 

八幡「……」

 

 

 

あーダメだ。小町がこの曲歌ってくれるとか、思わず涙が出そうになる。

やっぱ良い曲だなぁ……

 

 

 

莉嘉「お姉ちゃん!」

 

 

 

と、そこで莉嘉がマイクを持ち、美嘉に呼びかける。

これから話すのは、今回の作戦の要。

 

 

莉嘉の決意だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

莉嘉「お姉ちゃん……アタシ、アイドルになるっ!!」

 

 

美嘉「…………はぁっ!?」

 

 

 

 

 

 

莉嘉のアイドルデビュー宣言。

思わず目を見開き、驚愕の表情になる美嘉。

 

……ま、そりゃそうなるわな。

 

 

 

美嘉「いや、アイドルになるって……えぇ!?」

 

莉嘉「だってアイドルになれば、家に一人じゃなくなるし、お姉ちゃんとも一緒にお仕事出来るし!」

 

美嘉「いや、そういう問題じゃ……あーちょっと待って、理解が追いつかない……」

 

 

 

美嘉は頭を抱え、状況を整理しようとする。

 

これが今回小町が提案した作戦。

名付けて『You がアイドルになっちゃいないYO!作戦』である。まんまか!

 

 

 

美嘉「……お父さんとお母さんが何て言うか」

 

莉嘉「もう了解は取ってあるよ! お前が決めた事ならやりなさい、って」

 

美嘉「……でもデレプロに入れるか決まったわけじゃ」

 

八幡「その辺も会社側から了承済みだ。喜んで迎え入れてくれるってよ」

 

 

 

まぁ実際はちひろさんに結構無理を言ったんだがな。

それでも、なんだかんだで受け入れてくれるんだから、ちひろさんも社長も人が良い。

 

 

 

美嘉「……じゃあ、莉嘉は?」

 

莉嘉「え?」

 

美嘉「莉嘉は、それでいいの?」

 

 

 

真剣な表情で問いかける美嘉。

それに対し、莉嘉も顔を引き締める。

 

が、それでもまた直ぐに笑顔になった。

 

 

 

莉嘉「あったりまえじゃん。お姉ちゃんがアイドルなんだよ? なら、アタシもアイドルになる」

 

 

 

真っ直ぐに、迷いの無い表情で言う莉嘉。

その言葉を聞いて、美嘉が目を丸くするのが分かった。そして、思わず吹き出す。

 

 

 

美嘉「……ぷっ、何それ」

 

莉嘉「あー! 笑う事ないじゃーん!」

 

美嘉「あはは、ゴメンゴメン」

 

 

 

美嘉はどこか呆れたような、それでも嬉しそうな、そんな表情を作る。

 

 

 

美嘉「……そっか。それなら…」

 

 

 

そして、いつかのように笑う。

 

それはあの時休憩所で見た、愛おしそうな微笑み。

 

 

 

 

 

 

美嘉「二人でいっちょ、トップアイドル目指しますか★」

 

 

莉嘉「っ! ……うん♪」

 

 

 

 

 

 

楽しそうに笑い合う二人を見て、ようやっと肩の荷が降りた。

 

……ったく、手間かけさせやがって。

 

 

 

凛「お疲れ様、プロデューサー」

 

八幡「ん? おう。まぁ俺は何もやってないけどな」

 

 

 

頑張ったのはあの二人だ。まぁ別に莉嘉だけでも良かったがな。

……不覚にも感動してしまったから、小町には何も言えんが。

 

そうだ。それよりもさっきのサプライズは一体何だったん?

 

凛に問いただそうとするが、しかしそこで凛が別の方向を見ているのに気付く。

 

 

 

美嘉「あ、あのさ」

 

 

 

見ると、美嘉が何か言いたそうにモジモジしていた。

 

 

 

美嘉「こ、この間はゴメン! ……アタシも、ちょっとキツく言い過ぎた」

 

 

 

この間ってのは、あのコタツで集まった時の凛との口論の事だろう。

まぁ俺はコタツに入ってただけなのだが。

 

 

 

凛「気にしてないよ。これから一緒に頑張ろうね」

 

 

 

しかしそこはやはり凛。

本当に気にしていないのだろう。

 

美嘉に向かって、手を差し出す。

 

 

 

美嘉「……うん!」

 

 

 

そして美嘉もそれに応じる。

力強く、握り返した。

 

 

 

美嘉「……キミも、良い妹さんを持ったね」

 

 

 

と、そこで今度は俺に向かって話しかけてくる。

 

 

 

八幡「ん? あぁ、小町な」

 

美嘉「まぁアタシの莉嘉には負けるけど★」

 

八幡「あ? 聞き捨てならねぇなオイ」

 

 

 

なんだなんだ、そういう喧嘩なら買うぞ? お?

しかしそれは冗談だったらしく、笑って流す美嘉。

 

これじゃあ俺だけシスコンみたいではないか。

 

 

 

美嘉「ホント、お互い振り回されっぱなしだね」

 

八幡「……兄貴ってのが、何で一番最初に生まれてくるか知ってるか?」

 

美嘉「え?」

 

八幡「後から生まれてくる、弟や妹を守るため、なんだとよ」

 

 

 

俺がドヤ顔でそう言ってやると、美嘉は一度ポカンとしてから、吹き出す。

え、ここ笑うとこ?

 

 

 

美嘉「何それ。BLEACH?」

 

 

 

バレてた。

マジかよ、ぶっちゃけ奈緒くらいしか分からないと思ってたんだがな。

 

 

 

八幡「……今の台詞を、昔小町に言ってやった事があったんだ。そしたら、アイツ何て言ったと思う?」

 

美嘉「?」

 

八幡「『なら妹が後から生まれてくるのは、先に生まれた兄や姉を支えるためだよ』って、言ったんだ」

 

 

 

あん時は、思わず目から鱗が落ちる思いだったな。

まさか、こっちが感心させられるとは。

 

 

 

美嘉「……へへっ、やっぱり、良い妹さんじゃん」

 

八幡「……まぁ、な」

 

 

 

癪だが、認めてやらん事もない。

 

 

 

美嘉「妹を持つ者同士、それから、臨時プロデュース……よろしくね、プロデューサー♪」

 

八幡「ああ。よろしくな城ヶ崎」

 

 

 

そう言って俺たちも握手をする。やばい、俺の手汗ばんでないだろうか。

しかし俺なりに結構いい返事を返したつもりだったのだが、それでも美嘉は不服そうだった。

 

 

 

美嘉「……さっきみたいに、美嘉で別に良いケド?」

 

八幡「……改めると恥ずかしいんだよ」

 

 

 

思わずぷいっと目を逸らしてしまう。

そしてそんな態度が逆に面白かったのか、美嘉は「ふーん?」と意味ありげに笑うと、俺に近づき肘で小突いてくる。

 

 

 

美嘉「そう言わずにさ。ほらほら★」

 

八幡「むぐぐ……」

 

 

 

と、そこで今度は逆サイドからの存在に気付く。

 

 

 

凛「プロデューサー。さっきの私の歌、ちゃんと聴いてた?」 ニッコリ

 

 

 

何故だか不気味なくらい笑顔の凛だった。

怖い! 怖いよ!

 

 

 

八幡「き、聴いてたけど、それぐふぉっ!?」

 

莉嘉「八幡くーん!」 ダキッ

 

 

 

今度はお前か!

 

ステージから降りてきた莉嘉が、背中に飛び乗ってくる。

いやお前、いくらJCだからってちょっと重…

 

 

 

莉嘉「八幡くん、アタシのプロデューサーなんだよね? これからよろしくね☆」

 

八幡「は? いやだからそれは今回だけの…」

 

美嘉「こら莉嘉、まずはアタシのCDデビューが先でしょ?」

 

莉嘉「えー、お姉ちゃんばっかりズルーい」 ぶーぶー

 

凛「いやいや。その前に、プロデューサーの正式な担当アイドルは私だからね?」

 

卯月「凛ちゃん! 頑張って!」

 

未央「しぶりん! 負けるなー!」

 

 

 

ぐぬぬ……!

なんなんだこの状況。

 

どこかに救いは……

 

 

 

八幡「あれ? そういや小町は…」

 

小町「」 ジー ●REC

 

八幡「……なんで撮ってんだ?」

 

小町「結衣さんと雪乃さんに送ろうかと」

 

八幡「やめてくださいお願いします」

 

 

 

 

 

 

こうして、なんとか美嘉の説得作戦は成功に終わった。

 

なんやかんやあったものの、無事に臨時プロデュースを出来そうで一安心である。

……というか、まだ臨時プロデュース始まってすらいないんだよな。そう考えると、えらく回り道をした気分だ。なんか結果的に妹までプロデュースしてしまったし。

 

本当に大変なのは、これからだ。

 

 

そしてその後は何故か、俺の奢りでメシを食いに行く事になってしまった。

ホント、お店の人の視線が痛かったぜ……

 

まぁけど、楽しそうに笑い合う城ヶ崎姉妹を見て、チャラにしてやろうと思ってしまった。

 

この光景が見れるだけで、きっとそれは素晴らしい事なのだろう。

 

 

俺にも妹がいる。しかし、俺は兄だ。

 

姉妹の事はよく分からない。

 

 

それでも、こうしてあの幸せそうな二人を見ている間だけは。

 

 

 

少しだけ、理解できたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 


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