やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。   作:春雨2

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第6話 きっと北条加蓮はあきらめない。

 

神谷奈緒。

 

 

それが今回奉仕部、及びデレプロ支部へと訪ねてきた依頼人である。

 

シンデレラプロダクションに所属しているアイドルであり、我が総武高校に在学している学生でもある。学年は二年。つまり同い年だ。

 

正直に言うと見覚えは皆無なのだが、そこは俺。ぶっちゃけ同じクラスでも覚えていない自信がある。

まぁもっとも、それは向こうにしてみても言える事だがな。俺の事など知らないだろうし、仮に知っていたとしても、こんなぼっちの事など気にも留めないだろう。

 

そんな彼女の依頼。それはーー

 

 

 

八幡「北条加蓮っつう子の臨時プロデュース……って事でいいのか?」

 

奈緒「……」 コク

 

 

 

奉仕部の部室で、俺の問いに頷く神谷。

 

何故かは知らんが、妙に緊張している風に見える。

まぁ、面識の無い奴ら三人に囲まれればそうもなるか。

 

 

今俺たちは奉仕部の部室にて依頼内容を聞いている。

 

いつもの定位置に座る雪ノ下に由比ヶ浜。

少し離れた位置に座る俺。

そして向かい会うように更に少し離れた位置に座る神谷……といった具合だ。

 

ちなみに平塚先生は紹介するだけして出て行った。「後は若い者同士に任せるよ」なんて言っていたが、それを言われなきゃいけないのは先生じゃ(ry ※その後俺は鉄拳制裁を喰らいました。

 

しかし、こうして奉仕部にいるのも久しぶりだな。

正直、懐かしさを感じずにはいられない。

そうか……よく考えたら俺一ヶ月近くプロデューサーやってたんだな。時の流れは速い。

 

思わず感慨に耽りたくなったが、今は依頼を聞いている最中だ。雪ノ下に久方ぶりに罵られるのも嫌だからな。集中集中。

 

……そうは思っているのだが、どうも落ち着かん。その理由はーー

 

 

 

由比ヶ浜「……」 ちらっちらっ

 

 

 

こいつだ。

 

 

 

八幡「……おい」

 

由比ヶ浜「えっ!? な、何? どうかした?」

 

八幡「それはこっちの台詞だ。さっきから何チラチラ見てんだよ」

 

由比ヶ浜「なっ…! ち、チラチラなんて見てないし! ヒッキー自意識過剰過ぎ!」

 

 

 

どもっていたかと思うと、急に顔を赤くして反論してくる由比ヶ浜。

 

おーおーそりゃどうもすいませんねぇ。こちとら勘違いをさせたら右に出る者はいない青春を送ってきたんでな。しかしもう騙されない。騙されないったら騙されない。再確認させてくれてありがとう!

 

しかし怒鳴り返してきたかと思ったら、今度は一転モジモジし始める。相変わらず表情が忙しい奴だ。それと、そのスカートの裾をいじいじするのを止めて頂きたい。今度は俺がチラチラ見ちゃう。

 

 

 

由比ヶ浜「た、ただちょっと、スーツ姿なのが珍しいなーって、に、似合ってる、とも思ったり思わなかったり……」 モジモジ

 

 

 

どっちなんだよ。

確かに最近着慣れてはきたが、ぶっちゃけウチの高校ブレザーだし、そんな変わんなくないか?

……まぁ、嬉しくないこともないが。危うく騙されちゃう所だったぜ。早いなおい。

 

俺が気恥ずかしさを紛らわせるように目を逸らすと、今度は雪ノ下と目が合った。

 

 

 

雪ノ下「そうね。確かにどうせあなたがスーツを着ても、如何わしいセールスマンにしか見えないと思っていたけど……中々様になっているわね。関心したわ」

 

 

 

お前はお前で素直に褒める事は出来んのか。

……けどまぁ、一応受け取っておこう。

 

その目を逸らしながら言う様子だけで、何となく察したからな。

 

 

 

奈緒「……なぁ、本題に戻ってもいいか?」

 

 

 

と、ここで呆れた声音の神谷が入ってくる。そうだった。今は依頼人の話途中だったな……気を取り直すとしよう。

 

 

 

八幡「んんッ! ……まぁ臨時プロデュースしてほしいってのは分かった。けど、一つ確認しておきたい」

 

奈緒「確認?」

 

八幡「ああ。なんでその依頼を、お前がしてきたのかって事だ」

 

 

 

こういった臨時プロデュースの依頼であれば、普通は本人がしてくるものだ。もしくは、何か別の事情があってひちろさんに頼まれる、とかな。

 

今にして思えば、輝子の時が後者だったのだろう。ずっとデスクの下にいた輝子を見かねて、デレプロ支部への依頼として俺に話を通した、と。そんな感じか。

 

しかし今回はそのどちらでもない。

 

同じプロダクションに所属している他のアイドルからの依頼。自分ではなく、他のアイドルをプロデュースしてほしい。

一見不可思議に思える神谷の頼みだが……その理由はなんだ? そこが、まず最初に疑問に感じた事だった。

 

俺の問いに対し、神谷は少しだけ顔を伏せる。

 

 

 

奈緒「……加蓮とは、友達なんだ」

 

 

 

ぼつりと、言葉を零す神谷。

 

友達。その単語に、自然と眉をひそめてしまう自分がいる。

 

 

 

奈緒「いや違うな。加蓮と……凛と、あたしたち三人は友達なんだ」

 

八幡「凛と?」

 

奈緒「うん……凛から何か聞いてないか?」

 

 

 

何かって言われても、あいつの交友関係なんて特には……

 

 

 

八幡「……あ」

 

 

 

そう言えば、確かに何か言っていたよう、な?

それも、かなり初めの頃に。

 

 

 

八幡「…………あー……お前、千葉出身?」

 

奈緒「? この高校に通ってるんだから当たり前だろ?」

 

 

 

何を言っているんだコイツは? という表情で見てくる神谷。

 

まさにその通りである。

そっか、凛が言ってた千葉出身の仲の良いアイドルって神谷の事だったのか。そういや、今にして思えば北条の事もなんか言ってたような気もする。わ、忘れてたわけじゃないよ?

 

 

 

雪ノ下「その様子じゃ、渋谷さんには何かしら聞いていたようね……」

 

由比ヶ浜「ヒッキー、忘れてたんだ……」

 

 

 

忘れてました。

 

ジトーっという音が聞こえてきそうな目線を俺に向けてくる女子二人。いやだってそれ聞いたの凛に初めて会った時よ? こっちだっていっぱいいっぱいだったんだから!

 

 

 

八幡「た、確かに仲が良い~って感じの事は聞いたが、それだけだ。詳しい事情は知らん」

 

 

 

我ながら苦し紛れだが、これは本当にそうなのだから仕方ない。

 

 

 

雪ノ下「まぁ比企谷くんのお粗末な記憶力は今更だから仕方ないとして」

 

 

 

そして息を吐くように暴言を吐く雪ノ下。

これを聞くと、帰ってきたんだなぁと実感するから不思議である。いや別に変態じゃないからね。

 

 

 

雪ノ下「けれどその様子じゃ、ただお友達だからお願いしているってわけではなさそうね」

 

 

 

雪ノ下がそう言うと、神谷は苦虫を噛み潰したような表情をする。

確かに何か事情が無ければ、こんな顔はしないだろう。

 

その表情に、既視感を覚える。

 

 

 

奈緒「……加蓮は、昔身体が弱かったんだ」

 

八幡「身体が弱かった?」

 

奈緒「うん……それでも、命に関わる程じゃないらしい。今では普通に生活出来てるし、普通の女子高生だ。けど……」

 

由比ヶ浜「けど?」

 

奈緒「身体が弱かった事もあって、あまり体力に自信が無いみたいなんだ。だからレッスンについてくるのも大変で、最近体調を崩してさ……」

 

 

 

痛ましい表情で話す神谷。きっと本当にその北条の事を心配しているのだろう。

そんな神谷の様子を見て、ふと、その表情が重なる。

 

今朝の、凛の顔を思い出した。

 

 

 

『加蓮と……凛と、あたしたち三人は友達なんだ』

 

 

 

……そうか、あいつの言ってたお願いって、そういう事か。

 

 

 

奈緒「大事はないみたいなんだけど、少しの間入院って事になって……それであいつ、随分落ち込んでるみたいんだよ。折角、アイドルになれたのにって……もう、辞めちゃおうかなって言ってた」

 

由比ヶ浜「そんな……」

 

八幡「……」

 

奈緒「だから、あんたに頼みにきたんだ。臨時プロデュースしてくれれば、加蓮も、アイドルを辞めずに頑張れるんじゃないかって……!」

 

 

 

神谷の言いたい事は分かった。

このまま大切な友人が夢を諦めるのを、見過ごせないのだろう。

それはきっと本当の思いやりで、正しい考えなのだろう。

 

ならば、それを聞いて俺はどうする?

 

 

俺は、どうしたい?

 

 

 

雪ノ下「これが奉仕部への依頼でないのなら、私は深入りするべきではないと思うわね」

 

 

 

俺が何かを話す前に、雪ノ下が口を開く。

その言葉には、少しばかりの冷淡さが感じられた。

 

 

 

雪ノ下「その北条加蓮という子の事はよく知らないけれど、本人が自分の意思で決めた事なら、私はそれを尊重した方が良いと思うわ。例え、それが諦めや妥協だとしてもね」

 

奈緒「けど……!」

 

雪ノ下「もちろん彼女が努力をしていないなんて言うつもりは無いわ。もしかしたら、本当に続けるのが困難な状態なのかもしれない。けれどここで辞めてしまうようなら、所詮はその程度の気持ちという事よ」

 

奈緒「……ッ」

 

由比ヶ浜「ゆきのん……」

 

 

 

さすがは、雪ノ下雪乃だ。

 

どんな事情があろうとも、彼女のかける言葉は変わらない。

 

上を見ない人間には、手を差し伸ばしたりは決してしない。

 

 

 

雪ノ下「……けれど」

 

 

 

しかし、雪ノ下はちゃんと言っていた。

 

“これが奉仕部への依頼でないのなら”、と。

 

 

 

雪ノ下「これは奉仕部への依頼。なら、私は手を貸しましょう。助けたりはしない。ただ、手を貸すだけ」

 

 

 

彼女は直接助けたりはしない。

自立を促し、自らの助かる手段と方法を説き、導かせる。その手伝い。

 

飢えた人がいるならば、魚を与えるのではなく、魚の取り方を教える。

それが、奉仕部。

 

上を見ようとしている人間には、手を差し伸べる。

 

 

それが、雪ノ下雪乃だ。

 

 

 

由比ヶ浜「……!! ゆっきのーん♪」

 

雪ノ下「ちょっ……由比ヶ浜さん、離れなさい」

 

 

 

雪ノ下が手伝うと言ったのが余程嬉しかったのか、抱きついていく由比ヶ浜。

うむ。やはりジャパニーズ・ユリは最高だな。

 

 

 

由比ヶ浜「やっぱりゆきのん、優しいね」

 

雪ノ下「べ、別に善意で言ったわけじゃないわ。あくまで依頼を受けたから。これでもしも本人にやる気が無いのなら、私は手伝ったりしないわ」

 

由比ヶ浜「んふふー。分かってる分かってる♪」

 

雪ノ下「……何故だか、癪に障る笑い方ね」

 

 

 

相変わらず、雪ノ下は由比ヶ浜に弱いようだ。

そのデレのちょっとでも俺に分けてほしいものである。

 

すると今度は、由比ヶ浜が神谷に向けて言う。

 

 

 

由比ヶ浜「あたしも、手伝いたい。だって勿体無いよ! アイドルっていうのは女の子の憧れで、夢なんだから」

 

 

 

そんな由比ヶ浜の目には、夢見る乙女の装いだけではなく、僅かばかりの羨望が見て取れた。

 

 

 

由比ヶ浜「それに、友達の為のお願いを断るなんて出来ないじゃん?」

 

 

 

しかしそれも一瞬の事で、すぐにいつもの満面の笑みになる。

きっと夢を追う彼女らが羨ましくて、だからこそ諦めてほしくないのだろう。

 

由比ヶ浜は、そういう奴だ。

 

 

 

奈緒「……ありがとう」

 

 

 

神谷は一瞬目を丸くし、その後微笑む。

その自然な笑みに、思わず少しだけ見蕩れてしまった。

 

 

 

雪ノ下「お礼を言うには早いわね。まだ活動どころか、この依頼を引き受けるかどうかも決まっていないのに」

 

 

とここで空気を読まない雪ノ下。

その発言にさっきまでの感動ムードも何処へやら。神谷は面食らった顔になる。

 

 

 

奈緒「え? でも、さっき手伝うって…」

 

雪ノ下「それで、どうするの比企谷くん」

 

八幡「は?」

 

 

 

今度は俺が面食らった。え、俺?

 

 

 

雪ノ下「総武高校の奉仕部を経由したとはいえ、内容からするとこれはあなたへの依頼よ。私たちには決定権がない」

 

八幡「……なるほどな。そういう意味か」

 

 

確かに結局の所、以来内容は臨時プロデュースだ。主に実行するのは俺。むしろ雪ノ下や由比ヶ浜に出番はないだろう。まさかコイツらがプロデュースするわけでもあるまいし。

 

 

 

八幡「けど、それなら何でこっちの奉仕部へ依頼を持って来たんだ? デレプロ支部に直接言えば良かっただろ」

 

奈緒「それは……」

 

 

 

俺が訪ねると、言いにくそうにもごもごし始める神谷。

 

 

 

奈緒「そうしようかとも思ったんだけど……凛に、迷惑はかけたくないし」

 

八幡「あー……そういう事ね」

 

 

 

つまり、俺にプロデュース対象のアイドルが増える事で、凛へのプロデュースが疎かになるのを危惧したってことか。友達の為への依頼で、友達に迷惑をかけたくないと。

この分じゃ、今回の依頼の事も凛には言ってないのだろう。

 

北条にも、な。

 

 

 

八幡「だがこっちに依頼したら、結局俺が引き受けるんだから意味なくないか?」

 

 

 

俺が当然の疑問を口にすると、神谷は呆れたように言う。

 

 

 

奈緒「ウチの高校の奉仕部っていう部活にプロデューサーがいる、って噂を聞いてあたしはここに来たんだ。まさか、凛のプロデューサーと同一人物だとは思わなかったんだよ」

 

八幡「なーる……ってちょっと待て。噂、だと?」

 

奈緒「知らなかったのか?」

 

 

 

知らなかった。

つーかほとんど学校にいなかったんだから当たり前だ。

 

 

 

由比ヶ浜「あ、あたしは誰にも言ってないよ!?」

 

 

 

別に何も言ってないのに突然弁解し始める由比ヶ浜。逆に怪しいぞオイ。

 

 

 

雪ノ下「疑ってもいないでしょうけど、私も言っていないわ」

 

八幡「ああ。そこは信じてた。言う相手がいないもんな」

 

雪ノ下「あなたにだけは言われたくないのだけれど……」

 

 

 

残念。俺には小町がいるんだな! 悔しければお前も陽乃さんに言ってみろ! ……すいませんやっぱりあの人には言わないでください。大変な事になります。俺が。

 

 

 

由比ヶ浜「けどそれじゃあ、どうしてバレちゃったんだろうね」

 

八幡「ま、色々とバレる要素はあったからな。時間の問題だったんだろ」

 

 

 

職員室でプロデュース活動について話す俺と平塚先生。

突然登校しなくなり、スーツでうろつく学生。

 

目撃されて噂になるような光景はいくつもあった。それで噂が広まったとしても不思議じゃない。

 

まぁ平塚先生や葉山が言ったという可能性もあるが、その線は薄いだろう。

……いや、平塚先生なら割とありえそうか?

 

 

 

奈緒「元々、奉仕部自体が噂みたいなもんだったけどな。平塚先生に相談してみて、初めて実在するって知ったんだ。そこからここに案内されて…」

 

雪ノ下「私たちが、比企谷くんの事を紹介したのよ」

 

 

 

これが事の顛末、ってわけか。

 

しかし雪ノ下たちが俺を紹介、ねぇ……

アレだ、凄く気になる。

どうせボロクソ言われていたんだろうけど、気になる。怖いもの見たさとはこの事か。

 

しかしそんな事よりも、今は決めなければならない事があるようだ。

 

 

 

奈緒「それで、引き受けて……くれるのか?」

 

 

 

躊躇いがちに訊いてくる神谷。

その顔を見れば、どれだけ友達の事を思っているかが分かる。

 

友達……か。

 

 

 

八幡「……俺も雪ノ下と同意見だ。依頼を聞いた以上は引き受ける。ま、北条にその意思が無いならその限りじゃないがな」

 

奈緒「それじゃあ……!」

 

八幡「ただし」

 

 

 

俺は神谷の目を、真っ直ぐに見据える。

 

 

 

八幡「条件がある」

 

奈緒「条件……?」

 

八幡「ああ。……お前の、神谷の本音を聞かせろ」

 

 

 

これは、これだけは確認しておかなければならない。

誰の気持ちでもない、この依頼を持って来た、神谷の気持ちを。

 

 

 

奈緒「あたしの本音って……加蓮に、アイドルを辞めてほしくないってさっき…」

 

八幡「本当にそれだけか?」

 

 

 

俺は、尚もその視線を外さない。

俺の雰囲気に何か察したのか、神谷も思わず険しい顔を作る。

 

 

 

奈緒「……どういう意味だよ」

 

八幡「北条にアイドルを続けてほしいってのは分かった。それも本心だろうな。けど、それだけでいいのか?」

 

奈緒「だから、どういう…」

 

八幡「北条がアイドルを辞めなかったら、お前はそれだけで良いのかって訊いてんだ」

 

 

 

友達が夢を諦めるのを見たくはない。

それは彼女の本音なんだろう。

素晴らしい事だ。友達思いで、心の底から切に願ってる。

 

けど、そこに神谷自身の事は入っているのか?

 

 

 

八幡「俺が北条をプロデュースして、仮にアイドルを続けたとして、それで終わりか? まさか友達が夢を叶えてハッピーエンドじゃねぇだろ。“お前は”、どうしたいんだ?」

 

奈緒「あ、あたしは……」

 

 

 

神谷は俯いたまま、ゆっくりと目を閉じる。

 

けどそれは、きっと目を逸らしたわけじゃない。向き合うためだ。

自分の中の、本心と。

 

 

 

奈緒「……あたしは、三人でいるのが楽しかったんだ」

 

 

 

落ち着いた声音で、言葉を紡ぐ。

目を開き、顔を上げる。

 

 

 

奈緒「最初スカウトされた時は、アイドルなんて無理に決まってるって、バカみたいだと思ってた。けど……いつの間にか三人で頑張るのが楽しいって、思ってた。アイドル目指すのも、悪くないって」

 

八幡「…………」

 

奈緒「今でもちょっと恥ずかしいよ。どうかしてるんじゃって、頭を過る時もある。……でも、それでも諦めたくない。諦めてほしくないって、本気で思ったんだ」

 

 

 

その目には、確かな意志が込められているように見えた。

 

もう、下は向いていない。

 

 

 

奈緒「だから……あたしはアイドルになりたい。加蓮と、凛と! 一緒にアイドルになりたい!」

 

 

 

何の飾りも無い、素直な言葉。

それを聞いて、思わず苦笑する。

 

 

 

八幡「……そうか」

 

 

 

それが聞ければ、充分だ。

 

ったく、最初からそう言えよな。

友達を理由に使うな、とは言わない。夢を諦めてほしくない気持ちも、きっと本当だから。

けど、だからって自分を蔑ろにする必要もない。アイドルやりたいなら、そう言え。

 

 

 

 

八幡「そんなら、俺はプロデュースするだけだ」

 

奈緒「え……?」

 

八幡「今更、二人だろうが三人だろうが変わりゃしねぇしな」

 

 

 

これも奉仕部デレプロ支部の勤め、だ。

 

 

 

八幡「だから、今回の事は二人にちゃんと話しとけよ」

 

 

 

きっと言ってほしいだろ。友達ならな。

 

 

 

奈緒「あ、あたしもプロデュースしてくれるのか?」

 

八幡「そう言ってんだよ」

 

 

 

何度も言わせんな恥ずかしい。

そんな繰り返されたら心変わりするやも分からんぞ。

 

 

 

奈緒「い、いやでも、あたしは、その…ほら、ええーっと……」 アタフタ

 

 

 

何故だか面白いくらい動揺している。

いや、アイドルなりたいんじゃないの? え、俺なんかミスった?

 

 

 

奈緒「…………よ、よろしく、頼む……」 カァァ

 

 

 

目を逸らしつつ軽く頭を下げる神谷。

 

……うむ、アレだ。そうやって赤面しながら言われると……うん。

 

 

俺がどうしていいか分からず顔を背けると、こちらを見ている二人に気づく。

雪ノ下と由比ヶ浜は……何と言うか、表現のし辛い複雑な表情をしている。

 

 

 

雪ノ下「驚いたわね……」

 

八幡「何がだ」

 

雪ノ下「あなたが、そうやって捻くれずに物を言う事によ」

 

 

 

目を丸くする雪ノ下に、ストレートに言われてしまう。

 

なに、平塚先生にも言われたけど、そんなに俺変わった?

不変がモットーな俺としては、いささか不雑なのだが。

 

 

 

由比ヶ浜「ヒッキーがまともになるのは嬉しいけど……むー…なんかなぁ」

 

 

 

対してこちらは何故か膨れっ面。

全然嬉しそうに見えない不思議だ。つーか、今までまともじゃないと思ってたのかよ。ちょっと傷つく……

 

 

 

八幡「……ほっとけ。どうせ一時の気の迷いだよ」

 

 

 

それでも。

もし変わったんだとしたら、それは彼女のおかげだろうか。

 

俺の隣に立つ、彼女の。

 

 

 

八幡「……うし。そんじゃ早速その北条とやらに会いに行くか。確か今は病院だったな」

 

奈緒「う、うん。けど、いきなりだな」

 

八幡「そうこうしている内に辞められても困るからな。早い方がいい」

 

 

しかし、そうすっとお見舞いになるのか? ……何か用意した方がいいんだろうか。

とりあえず凛も呼んで、ついでにあいつの家の花を持って来てもらって…

 

とこれからの算段を整えていると、雪ノ下と由比ヶ浜が申し訳なさそうに言う。

 

 

 

雪ノ下「ここから先は、比企谷くんに任せる事になるわね」

 

由比ヶ浜「うん……頑張ってね、ヒッキー!」

 

八幡「……もしも」

 

由比ヶ浜「え?」

 

 

 

八幡「もしも手が必要になる時があったら……その、なんだ、頼むわ」

 

 

 

雪ノ下・由比ヶ浜「…………」

 

 

 

気恥ずかしさを堪えつつ二人に言ってはみたが、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で固まっている。

そ、そんなに変な事言ったか俺?

 

 

 

雪ノ下「……ふふ」

 

由比ヶ浜「……あははっ」

 

 

 

と今度は二人して笑い出す。

 

 

 

由比ヶ浜「だってよ、ゆきのん!」

 

雪ノ下「そうね。なら、引き受けるしかないわね」

 

 

 

クスクスと笑いながら俺を見てくる二人。

ええいくそっ! やっぱ言うんじゃなかった! 恥ずかしい!

 

俺が一人ぐぬぬとしていると、気を良くした由比ヶ浜が声を上げる。

 

 

 

由比ヶ浜「よーし! アイドル目指して頑張ろう! なおちん!」

 

奈緒「な、なおちん!?」

 

雪ノ下「あなたがアイドルを目指すわけじゃないでしょう……それと、あだ名は気にしないで頂戴」

 

 

 

久方ぶりの奉仕部。

 

といっても、結局は俺の臨時プロデュースなのだが……

ま、たまには二人を頼ってみてもいいのかもしれん。

 

もしかしたら、この考え自体が変わったと言われる要因なのかもな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

由比ヶ浜「そう言えばヒッキー! 平塚先生に聞いたけどデレプロ支部って何!?」

 

雪ノ下「詳しく、話を聞きたいわね」

 

八幡「……勘弁してくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が高校二年になる少し前の事だ。

 

 

いつも通りに朝起きて、いつも通り学校へ行く。

いつも通りぼっちで過ごし、いつも通り一人飯。

 

そしていつも通り、一人で帰る。

 

それが俺にとっての当たり前。

別に今更苦でもないし、家に帰りゃ小町が出迎えてくれる。それで充分。

そう思って、生活を送っていた頃の話だ。

 

今にして思えば、あん時は奉仕部へ入るなんて事も、アイドルのプロデューサーになるなんて事も、全く想像すらしていなかった。そりゃそうだ。

 

ジェットコースター人生とまでは言わないが、中々どうして、普通に生きてたら経験出来ないような人生を送っている。その内本でも出版してみようかね。

 

 

 

「我思う。故に我ぼっち。」

 

 

 

これは一時代築けそうだ。いやないか。

 

 

とにかくその時の俺は、ぼっちとして過ごす学校と、帰れば出迎えてくれる小町、そしてやや放任主義な家庭。それが俺にとっての世界であった。

別に俺はそれで良いと思っていたし、今でもそれは変わらない。ぼっち最強説は揺るがない。……けどそれでも、たまに泣きそうになる事もある。に、人間だもの。 はちお

 

 

そしてそんな時、俺は現実逃避をした。

 

 

方法は様々だ。ゲームをするもよし、アニメを見るもよし、本を読むもよし。……あれ? 俺完全にオタクじゃ…いやいや、他にも色々やったぞ。小町とゲームしたり、小町と映画見たり、小町と買い物に行ったり…………シスコンだった。

 

 

とにかく、俺は現実逃避をした。

 

よく現実逃避してないで~なんて説教臭い台詞を聞くが、俺はあえて言おう。

 

 

 

現実逃避して、何が悪いと。

 

 

 

誰も彼もがそんなに強いわけじゃない。どうしたって逃げたくなる時はある。

どうしようもない現実に打ちひしがれて、変えられない現状に絶望して、自分の限界を感じてしまう。

 

そんな奴に、何故逃げるなと叱咤する事が出来ようか。何故逃げることが悪い事とのたまえるのか。

皆が皆、頑張れるわけじゃないのだ。

 

逃げるという事は、目を背けるという意味だけとは限らない。自分を守るという意味だってある。逃げる事で、自分を見つめ直すことだって出来る。

 

目の前の大きな強敵にボロッボロにやられて、このままじゃ死んじまうって時に、お前は逃げるなと言えるのか?

 

負けそうになって覚醒なんて、そんな事は現実には起きない。

一回死んで強くなるなんて、サイヤ人だけだ。

 

だから俺たちは逃げよう。

 

逃げて、助かれば、また戦えるから。

また、頑張れるから。

 

 

だからきっと、逃げる事は悪い事じゃない。

 

 

……けれど、その日はそれすらも出来なかった。

 

ちょっと学校で色々あって、トラウマが一つ増えちゃったのだが(内容は割愛。割愛ったら割愛)その日は小町が学校の行事で家を空けていて、もちろん両親もいない。要はアレだ、ホームアローンだ。いやある意味エブリデイアローンだけど。

 

久しぶりの我が家に一人っきりだヒャッホーーう!!

なんて無理矢理テンションを上げてみようともしたが、それも何だか虚しくて。

 

ゲームもアニメも本も、見る気にはなれなかった。

 

 

 

そんな時だ。

 

一人寂しく小町の作っていてくれたカレーを食べながら、何となく音が欲しくなったので、俺はテレビをつけた。

 

丁度やっていたのは、とある音楽番組。

その番組内で、まだ有名じゃないアーティストを紹介するコーナーであった。

 

最初は何の気無しにテレビを見ていた俺だったが、いつの間にか、一人の少女に釘付けになっていた。

 

 

 

その少女は、アイドルだった。

 

 

 

俺は正直、アイドルという存在が好きではなかった。

笑顔を振りまいて、歌って踊るその様が、俺には媚びへつらっているようにしか見えなかったから。

 

 

でも、その少女は違った。違って見えた。

 

 

そりゃお前の好みだろと言われればそれまでなのだが、それでも、俺にはその少女の笑顔が眩しく見えた。

 

そこに、嘘なんてないように見えたんだ。

 

まぁぶっちゃけると、泣いた。

一人でカレー食いながらアイドルの女の子を見て泣くって……正直自分で自分に軽く引いてしまったが、溢れるものを堪え切れなかった。

 

 

 

『みんながこの曲を聴いて、頑張ってくれたらなーって! だから、私も頑張ります♪』

 

 

 

俺にとって、その時の画面に映っていた女の子。

その子が、その子の見せてくれた笑顔こそが、俺にとってのアイドルそのものだった。

 

765プロの曲は色々聴いたけど、その時聴いた曲が、今でも一番好きだ。

 

 

逃げて、嫌になって、もう一回向き合って、また、頑張ればいい。

だから、逃げた後はその曲を聴いて、頑張ろう。

 

 

 

彼女は、いつだって味方でいてくれるから。

 

 

 

 

 

 

八幡「……」

 

 

奈緒「比企谷? どうしたんだぼーっとして」

 

八幡「っ! いや、なんでもない」

 

奈緒「ならいいけどよ……もう少しで着くぞ」

 

 

 

神谷に促され窓の外を見れば、大きな白い建物が見える。言わずもがな、病院だ。

 

 

 

あの後、俺たちはてっとり早くタクシーで病院に向かうことになり、こうして移動している。本当は勿体無いと神谷に言われたのだが、俺が面倒だったのである。俺が金出すんだからいいんだよ。

 

けどラジオで流れている曲を聴いて、思わず昔の事を思い出してしまった。

まぁ、昔って言っても一年前の事なんだがな。

 

ホント、あの時は今みたいな状況になるなんて思いもしなかったな……

 

 

物思いに耽っているとタクシーは直ぐに病院前へと着く。

俺がタクシーの運ちゃんに金を払っていると、隣の神谷から視線を感じた。

 

 

 

奈緒「料金なら、私も出すけど」

 

 

 

律儀な奴であった。

だが、ここはやはり俺が払うべきだろう。

 

 

 

八幡「別にいいよ正直身に余る程の給料貰って使い道に困ってんだ。これくらい払わせろ」

 

 

 

これは本当である。俺もバイトした事はあるが、ぶっちゃけその比ではない。

初給料日とか「え? こんなに?」ってATMで思わず声に出してしまったほどだ。変な目で見られたのは言うまでもなし。降ろす前に給与明細見ようぜ、俺。

 

 

 

八幡「それに、こういうのもプロデューサーの勤めなんじゃねぇの? 知らんけど」

 

奈緒「……なら、いいけどよ」

 

 

 

俺がテキトーにあしらうと、素直に引き下がる神谷。

 

ふむ。どうやらプロデューサーという単語に弱いようだ。そんなにプロデューサーがついたのが嬉しかったんかね。

まぁ、それも考えてみれば当然か。折角アイドルになれたと言うのに、やるのはレッスンばっかりで、何の進展もない。そんな生活が続けば嫌にもなる。

 

それこそ、身体が弱い奴なんて尚更、な。

 

 

 

その後俺たちは病院内へと入る。

 

まぁ、感想としてはアレだ、デカイ。戸部くん並に素朴な感想である。

いやしかしさすがは東京。立派だ。いや別に東京だからどうというわけではないんだろうけど。これ初めて来た奴とか絶対迷うでしょ。まぁ俺の事なんだが。

にしたって何故こんなに分かりにくいのか。神谷がいなかったら病室まで辿りつかるかも微妙であった。

 

 

 

奈緒「こっちの病室だ」

 

 

 

挙動不審にキョロキョロしている俺を先導してくれる神谷。迷いなく進むその様子から、どうやらお見舞いも数をこなしているらしい。……大丈夫だよね? 北条って子、ホントにヤバイ病気とかじゃないよね?

 

少しばかりの不安に駆られながらも、神谷の後を追い廊下をしばし歩く。

すると遠目に、一つの病室の前に立つ見慣れた黒髪を発見する。早いな……連絡したのついさっきだぞ。

 

 

 

凛「! 奈緒、プロデューサー」

 

 

 

こちらに気づき小さく手を振ってくる凛。

その手には大きな花束が抱えられている。たぶんガーベラだな。

しかし思いの外立派なの持ってきたな……俺が払うから良いやつ持ってこいとは言ったが、使い道が無いって言った側からちょっとお財布が心配になっちまったぞ。

 

 

 

八幡「早かったな。もう少しかかるもんだと思ってたよ」

 

凛「友達の一大事だもん。急がずにはいられないよ」

 

 

 

笑顔を作る凛だったが、それも何処か無理を感じる。

やっぱ、本気で心配してんだな。

 

 

 

奈緒「それはそうと、何で部屋の前で待ってるんだ? 中で待ってればいいのに」

 

凛「あー実は今……」

 

 

 

「ひゃあっ!」

 

 

 

八幡「ッ!」

 

 

 

 

凛が何かを言い終える前に、目の前の部屋から突然小さな悲鳴が上がる。

それに真っ先に反応したのは神谷だった。

 

 

 

奈緒「っ! 加蓮! どうした!?」 ガラッ

 

凛「あっ」

 

 

 

間髪入れずに扉を勢いよく開く。そしてそれと同時に凛も僅かに声を上げる。しかしその声音はどこか、拙ったというニュアンスが感じられた。

 

その理由は、すぐ目の前にあった。

 

 

扉を開いたその先、そこにはーー

 

 

 

 

 

 

ベッドに腰掛ける上半身半裸の少女と、その背中を拭くナースの姿があった。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

八幡「……」

 

「…………っ…!」 カァァァ

 

 

 

瞬く間に紅潮し、少女が悲鳴を上げるその一歩手前。

 

その瞬間に俺の視界はフェードアウト。両サイドにいた少女によるバッグハンマー(ただの鞄叩き)でノックアウトされる。

 

俺が天井を仰ぎ見るのと重なるように、病院内を悲鳴が駆け抜けた。

 

 

 

……ちなみに前を病院服で隠していたので、俺は何も見ていない。ここ、重要な。

 

鍵かけろよ、看護婦さん……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから程なくして、俺たち三人は病室内へと招き入れられた。

招き入れられたのだが……

 

 

 

八幡「……」

 

凛「……」

 

奈緒「……」

 

「……」

 

 

 

き、気まずい……

 

部屋へ入ってから5分程たつが、この空気はキツい。まだ教室でぼっちしている方が全然楽だ。

 

 

ふと、視線を向ける。

くだんの北条加蓮なる少女は、顔を未だに赤くしたままベッドに掛けている。

 

肩までかかる程のふわっとした明るい茶髪で、若干つり目。

指にはネイルを施しているあたり、女子高生らしい。

服はピンク色の病院服……だとは思うんだが、なんかパジャマに見えるな。

けど顔が赤いのも相まって、ザ・病人という感じだ。

 

 

恐らく顔が赤いのは、別に熱があるわけではないのだろう。当たり前である。お、怒ってる?

大体顔を赤くしてる奴に「熱でもあるのか?」なんて、ハーレムアニメの主人公でもない限り言えたもんじゃねぇよな。ああ……一度でいいから言ってみたい。

 

すると北条はこちらの視線に気づいたのか、一瞬だけ目を合わせる。しかしまたプイッと顔を背けてしまう。ぐふっ……! 顔を赤くしてその仕草とは、こいつ、やりおるな。

 

そんなアホな事を考えていたら、隣に座っていた凛が耳打ちをしてきた。近い!

 

 

 

凛「プロデューサーのせいだよ? 加蓮怒っちゃってプロデュースどころじゃないじゃん」

 

八幡「ちょっと待て。俺のせいだと?」

 

 

 

何を言うんだこの担当アイドルは。

こちとらこんなベタな青春ラブコメは望んじゃいないんだよ。

 

 

 

八幡「確かにタイミングが悪かったのは謝るが、不可抗力だ。それに扉を開けたのは神谷だろ」

 

奈緒「うっ!」 ぐさり

 

 

 

俺が反対サイドにいる神谷を親指で指すと、痛い所を突かれたかのように顔をしかめる。

 

 

 

八幡「おまけに顔面にダメージまで貰っちまったしな。目が更に腐っちまったらどうすんだ」

 

凛「大丈夫だよ。それより下はないから」

 

八幡「なに俺の目ってもうそんなレベルまできてるの? 眼鏡必要ないくらい視力は良いのにどんだけの腐り具合だよ……」

 

 

 

むしろ視力は悪くないから眼鏡で誤摩化せないじゃないか。いや伊達眼鏡という手も……非論理的じゃないの?

 

 

 

奈緒「んな事はどうでもいいから、さっさと自己紹介しようぜ」

 

 

 

面倒になったのか、呆れ顔で場を取り締める神谷。

 

いや、元々お前が扉を不用心に開いたからこんな事になったんだが……

こいつはSAOやったら真っ先に死ぬタイプだな。ちなみに俺はソロを貫いて死ぬ。

 

 

 

奈緒「加蓮、こいつが凛のプロデューサーの比企谷だ」

 

八幡「……どーも」

 

 

 

かなりぞんざいな扱いだが、一応その通りなので俺もならって会釈する。

北条は視線だけをこちらに向けると、少し迷ったような素振りを見せた後口を開いた。

 

 

 

「…………北条加蓮。よろしく」

 

 

 

おお、ここまで端的な挨拶も久しぶりである。

この感じは昔を思い出さずにはいられないな……あれは中学二年のなt…おっと、危なくトラウマスイッチが発動する所だった。今はそれどころではない。

 

俺がアイコンタクトをすると、それを受け取った凛は頷いた後、切り出し始める。

 

 

 

凛「加蓮。今日プロデューサーを連れてきたのは……」

 

 

 

× × ×

 

 

 

加蓮「無理」

 

 

 

事情を説明し終えた後、最初に発した言葉がこれであった。

 

いや無理ってお前……

 

 

 

加蓮「……ごめん。凛と奈緒の気持ちは嬉しいけど、アタシはやっぱ無理だよ。体力無いし。それを補うくらいのやる気も、根性もない」

 

 

 

その声と、その目。そこには、何処か諦めの色が伺えた。

 

 

 

加蓮「だから……ごめん」

 

 

 

小さく、零すように謝る北条。

悲しそうに、顔を伏せた。

 

 

 

奈緒「加蓮……」

 

凛「……」

 

 

 

そんな様子を見て、凛と神谷は言葉を発せずにいる。

 

本当はここで言い返したい気持ちもあるのだろう。けれど北条の気持ちも、二人には分かるのだ。

アイドルになって、それでも有名になるなんて程遠くて、身体が気持ちに追いつかない、その歯痒さが。

凛だって、今でこそ俺がプロデューサーとしてついているが、そうじゃない時期だって勿論あった。だからこそ、その時の辛さが分かるのだろう。

 

二人には、友人として何を言えばいいのか、分からないのかもしれない。

 

 

 

八幡「……今日はもう遅い。けーるぞ」

 

 

 

席を立ち、二人に帰るよう促す。

凛と神谷は最初戸惑っていたが、やがて静かに立ち上がった。

 

 

 

八幡「……北条」

 

 

 

部屋を出る際、背中を向けたまま言ってやる。

 

 

 

加蓮「……なに」

 

八幡「また明日な」

 

 

 

そのまま部屋を出て、答えを聞く前に扉を閉める。

 

別にそんなつもりは無かったのに、妙にカッコ良く退室してしまった。面と向かって言うのが恥ずかしかったからやったのに……これでは逆にもっと恥ずかしい。

 

 

 

奈緒「……比企谷」

 

 

 

見ると、神谷が何やら申し訳なさそうな表情をしている。

そりゃそうだよな。プロデュースしてくれって頼んだのに、本人にその意志が無いんじゃあ意味がない。

 

 

 

奈緒「あー……その…」

 

八幡「凛」

 

凛「! なに?」

 

八幡「北条はあと何日くらい入院してるんだ?」

 

 

 

俺の問いに、凛は思い出すように視線を彷徨わせる。

 

 

 

凛「えーっと、症状自体は疲労から来る風邪だったみたいだから、そんなに大事ではないみたい。三日後には退院出来るってさ」

 

 

 

三日か……ま、そんくらいが妥当だな。

 

 

 

奈緒「比企谷……?」

 

八幡「聞いての通りだ神谷」

 

奈緒「え?」

 

八幡「北条が退院するまで、それまでは俺も待つ。それまでにアイツがプロデュースを望むって言うなら、俺はそれを引き受ける」

 

 

 

つまり、三日後がタイムリミットだ。

退院してもあいつがアイドルを続ける気が無いなら、そこで終わり。

しかし逆に言えば、入院している間は考える余裕がある。その間に説得するなりすればいい。

 

 

 

八幡「正直俺はどっち転ぼうが知ったこっちゃないが……お前等が説得するってんならそれを待つし、頼まれれば手伝ってもやる」

 

 

 

これも、奉仕部への依頼だからな。

 

 

 

凛「ふふ」

 

 

 

笑い声が聞こえたので振り返ると、凛が口元に手をやって笑いを堪えている。いや堪え切れていないんだが。

なに、最近お前含みのある笑い多過ぎない?

 

俺のジト目に気づいたのか、慌てて弁解する凛。

 

 

 

凛「ごめんごめん、別にバカにしてるとかじゃないんだ。ただちょっと……ヒネデレだなぁと思って」

 

 

 

そしてまたクスクスと笑う凛。解せぬ。

つーかその呼び方やめてくんない? 俺はそんな簡単にデレたりしない。惚れっぽいラノベアニメのヒロインみたいなキャラになった覚えはない。たぶん。

 

 

 

奈緒「……確かに、奉仕部で聞いた通りだな」

 

 

 

今度は神谷まで笑いを零している。なんだと言うんだ! 何を言ったアイツら!

 

 

 

八幡「……とにかくだ。北条が退院するまで。それまでにアイツを説得する手を考えろ」

 

 

 

ここで終わるのも後味が悪い。

 

“北条プロデュース大作戦”、開始だ。あ。あずきさんは結構です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。説得一日目。

 

 

 

奈緒「今回はアタシが作戦を考えたけど、いいのか?」

 

八幡「意義なし」

 

凛「期待してるよ」

 

奈緒「……自分で考えたのに不安になるな」

 

 

 

今俺たちは病室前にて待機中。

事前に作戦を立て、これから突撃隣の加蓮ちゃんである。

 

 

 

奈緒「やっぱり、自信をつけるのが一番だと思うんだ」

 

 

 

人差し指を立て、作戦内容を話し始める神谷。何故だか自然とヒソヒソ話しになる。

ちなみに病室前の廊下で三人輪を作って話しているので、通りかかる人からの視線が痛い。もう色々と遅いけどな。

 

 

 

奈緒「そこで単純だけど、褒めるってのが手っ取り早いと思う」

 

八幡「褒める、ね」

 

奈緒「そんなに露骨には褒めなくても、会話してる中でさり気なくアピールすれば」

 

凛「自信に繋がる、ってわけだね」

 

 

 

まぁ方法としては間違っちゃいないだろうな。アイドルとして自信は必須だ。それが無くちゃ、この業界をやっていけるわけがない。

けどなぁ……

 

 

 

八幡「確かに良いとは思うが、ちょっと気長過ぎないか? よいしょし過ぎるとかえって不快な思いをさせる事になるやもしれんし、バレない程度にやっても褒めてるのに気づかれない可能性があるぞ」

 

奈緒「そうは言うけど、他に良い案があるのか?」

 

八幡「……無いな」

 

凛「なら、とりあえずやってみるしかないね」

 

 

 

何故だか凛がやる気に満ちている。そりゃ北条の為ってのもあるんだろうが、それにしたってちょっと楽しんでないかお前?

 

 

 

奈緒「決まりだな。よし……行くぞ!」

 

 

 

「おー」と小さく手を挙げて、俺たちは病室へと突入した。もうどうにでもなれ。

 

 

 

……まぁ、そっから色々とあったんだが、言ってしまえばアレだ。中々思い通りにはならないよね。

 

一応会話の中にそういった要素を入れようと努力していたのは伺えたんだが、どうにもぎこちない。やはり関係の無い話から繋げていくのは難しいのだろう。

それでも無理に褒めようとすれば、逆にいやらしいしな。

 

そして不思議とそういう空気ってのは分かってしまうわけで……

 

 

 

加蓮「……さっきからどうしたの? 変だよ二人とも」

 

 

 

怪訝な表情で訊いてくる北条。やっぱバレますよね。

そして今の発言で分かるように、俺に違和感は感じなかったらしい。ふっ、見たか俺の演技力。……ごめんなさい単に会話に参加してなかっただけです。

 

 

 

奈緒「い、いやー別にそんな事はないぞ? なぁ凛?」

 

凛「う、うん。もちろん」

 

 

 

話を振られた際、第三者に同意を求めるのは動揺している証拠である。

むしろ第三者も動揺していた。

 

 

 

凛「だよねプロデューサー?」

 

八幡「え? あ、あぁ、おぅ…」

 

 

 

第四者も動揺していた。俺に振らないで!

 

 

 

加蓮「……いいからね、そういう気遣いとか。アイドル向いてないのなんて、アタシも分かってるし」

 

 

 

嘆息しつう言う北条。

 

その顔は、またも諦めの表情を見せていた。

けれど何故だか、その顔は本人が一番納得していないようにも見えた。

少なくとも、俺には。

 

 

 

凛「そんな事ないよ。加蓮みたいに可愛い子そういないよ?」

 

加蓮「何言ってんの、凛は奇麗な黒髪で羨ましいよ。あたしなんか癖っ毛で…」

 

奈緒「そんな事言ったら、あたしの方が癖っ毛だっつうの!」

 

加蓮「でも奈緒のゆるふわが羨ましい子だって…」

 

八幡「あーはいさいやめやめ」

 

 

 

そんな議論をかわした所で、結局は好みで落ち着くだろうが。俺から言わせれば三人とも比べられないくらい可愛いよ。絶対言わないけど。

 

 

 

八幡「髪型とかそんな好みの分かれるとこよりも、もっと大多数の男に受けるポイントが北条にはあるぞ」

 

 

 

加蓮「え?」

 

奈緒「お! 気になるな。どこだよ?」

 

凛「男受けの良い所か……どういう所なの?」

 

 

興味心身といった様子で訊いてくる二人。

まぁ、俺にそれを言わせる事で作戦を遂行しようとしているんだろうが、単純に興味もあるようだ。

北条も、なんだかんだで気になるようでチラチラとこちらを伺っている。うむ。

 

俺は最高の決め顔で言ってやった。

 

 

 

八幡「俺はプロデュースの為に三人のプロフィールは読んでるんだがな。何を隠そう、北条がこの三人の中で一番胸がおおk…」

 

 

 

その瞬間、俺の視界はフェードアウト。両隣からのバッグハンマー改(鞄の中に参考書でも入っていると見た)が炸裂したようだ。床は相変わらず固い。

 

俺が天井を見上げるのと同時に「……バカ」という北条の小さな声が重なった。

 

 

……若干凛側からの打撃の方が強かったような気がしたが、言わぬが華だろうな。

 

 

 

一日目。作戦失敗。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更に翌日。説得二日目。

 

 

 

加蓮「あれ? 今日はアンタだけなんだ」

 

 

 

俺が部屋に入ると、不思議そうな顔で言ってくる北条。

最初の頃に比べれば、少しは印象は変わったらしい。

 

 

 

加蓮「…………襲ったりしないよね?」 ササッ

 

 

 

どうやら、悪い方向に。

 

 

 

八幡「そんな蔑むような目で見てくるのはやめてくれ。俺は断じて変態なんかじゃない」

 

加蓮「その鼻の絆創膏が証拠でしょ」

 

八幡「……それに関してはぐうの音も出ん」

 

 

 

二度も顔面にダメージを喰らったせいで俺もこの病院のお世話になってしまった。まぁ二回目は完全に自業自得なんですけどね。

俺は据え置きの椅子に座りつつ、改めて北条に向き直る。

 

 

 

八幡「単刀直入に言うが、俺たち……正確には凛と神谷だが、あいつらはお前を説得しようとしている。それは分かるな?」

 

加蓮「そりゃあ、ね……」

 

 

 

やっぱ分かるよな。

なら、ここはあえて正面から行く他あるまい。

 

 

 

八幡「話が早い。そういうわけだから……こいつらの歌を聴けぇ!」

 

加蓮「え!?」

 

 

 

俺が言うや否や、突然扉が開き、颯爽と二人組が現れる。

その二人とは……!

 

 

 

凛・奈緒「「私たちの歌を聴けぇー!!」」 どーん

 

加蓮「うん! だと思った!!」

 

 

 

これが凛の作戦、押してダメなら歌ってみろ作戦である。

 

二人が歌い、アイドルになりたいという北条の気持ちを刺激する……という作戦らしい。大丈夫なのか色々と!

 

 

 

凛・奈緒「「聴いてください! 潮騒のメモリー!!」」

 

加蓮「じぇじぇ!?」

 

凛・奈緒「「きt……」」

 

 

 

 

ナース「うるさぁぁぁぁあああああああああいいッ!!!!」

 

 

 

 

看護婦さんに怒られて、危うく出禁になる所でした。

 

 

 

二日目。作戦失敗。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

加蓮「……今日は本当に一人?」

 

 

八幡「……おう」

 

 

 

そのまた翌日。説得三日目。

 

今日はホントに一人でやってきた。

 

 

 

加蓮「……」 キョロキョロ

 

八幡「安心しろ。二人が待機してるとかはねぇから」

 

 

 

昨日しこたま怒られたしな。ホントに怖かった……

おもむろに注射器を取り出した時はどうしようかと思ったぜ。

 

 

 

八幡「今日は事務所で書かなきゃならん書類があるとかで遅れるそうだ。ほら」

 

 

 

鞄からクリアファイルを取り出し、北条に渡してやる。中身は今言った書類。

 

 

 

加蓮「……アタシは…」

 

八幡「一応持っとけ。あの二人のおかげで、気持ちが変わらんとも限らんだろ」

 

 

 

俺はまた椅子に腰掛け、のんびりと楽な体勢で背を壁に預ける。

ふと北条を見ると、不思議そうな表情でこちらを見ていた。

 

 

 

加蓮「……アンタは、私を説得しようとしないの?」

 

八幡「なんだ。してほしいのか?」

 

加蓮「いや別に」

 

 

 

どっちだよ……

思わせぶりな態度はやめろよな。そういう煮え切らない態度が多くの男子学生を陥れてきて……この話はよそうか。長くなる。

 

 

 

加蓮「じゃあ、なんでこんな事してるの? 理由は?」

 

八幡「頼まれたから」

 

 

 

理由を問われたなら、これに尽きるな。

他に理由なんて無い。

 

 

 

八幡「話しただろ、俺は奉仕部って部活に所属してて、シンデレラプロダクションではその支部を任された。だから依頼を受けたら引き受ける。そんだけだ。ぶっちゃければ、お前が辞めたいのを止める義理もないんだよ」

 

加蓮「……それじゃあ」

 

八幡「ん?」

 

加蓮「アタシが辞めたいって言ってる事に対して、アンタ個人はどう思ってるの?」

 

 

 

どう思ってる……ときたか。

 

本当ならここは嘘でも続けた方が良いと言った方がいいんだろうが、生憎と俺は正直者なんでね。

はっきり言ってやる事にした。

 

 

 

八幡「別にいいんじゃねーの。辞めても」

 

加蓮「え?」

 

八幡「それがお前の意志なら、それを引き止めんのも変な話だろ。嫌々アイドルを続けさせた所で、上手くいかないのは目に見えてるからな」

 

加蓮「……」

 

八幡「……けどま、それも“本当に”辞めたいと思ってるならの話だがな」

 

加蓮「……どういう意味?」 ピクっ

 

 

 

俺の発言に食いついてくる北条。

彼女なりに思う所があるのだろう。だが、それは俺も同じだ。

 

 

 

八幡「お前は、本心ではアイドル続けたいと思ってんじゃねーのかって、そう言ってんだよ」

 

加蓮「わ、私は……!」

 

八幡「そう思うから、あいつら二人はお前を説得しようとしてんだろ」

 

 

 

俺でも分かるんだ。あの二人に分からないわけがない。

少しでもアイドルを続けたいと思っているなら、諦めてほしくない。

あの二人は、その思いで説得していたのだから。

 

 

 

加蓮「……無理だよ」

 

 

 

北条は、絞り出すように声を出す。

 

 

 

加蓮「体力無いし、根性無いし、才能も無い…」

 

 

 

その諦めた表情は、とても悲しそうに見えて、見てるこっちも悲しくなりそうで。

 

 

 

加蓮「だから……きっとアタシはアイドルになれない」

 

 

 

何故だか、無性に腹が立った。

 

 

 

八幡「…………なぁ北条」

 

加蓮「……」

 

八幡「お前、765プロで誰が好きだ?」

 

加蓮「…………え?」

 

 

 

俺の突然の問いに、面食らったように聞き返す北条。お前今大分面白い顔してるぞ。

 

 

 

八幡「俺はな、やよいちゃんのファンなんだ」

 

 

 

別に答えを期待していたわけでもないので、そのまま話し続ける。

 

 

 

八幡「俺がどうしようもなく落ち込んでても、ブルー入ってても、やよいちゃんの笑顔を見てっとどうでもよくなる。たぶん俺にとってのアイドルってのは、やよいちゃんの事なんだろうな」

 

加蓮「……確かに、可愛いもんね」

 

八幡「だろ? けど、俺が言いたいのはそういうことじゃない」

 

 

 

実際、可愛いだけのアイドルなんていくらでもいるからな。

 

 

 

八幡「アイドルって不思議なもんだよな。こっちは何千何万人の単位で相手の事を知ってるのに、あっちは俺ら一人一人の事なんて知る由もない。……まぁコアな追っかけは知ってるかもしれんが、それでもほとんどのファンの素性なんて知らなくて当然だ」

 

加蓮「そりゃ、そうでしょ」

 

八幡「ああ。向こうは俺たちファンの事を知らない…………けど、確かに俺たちの味方なんだ」

 

加蓮「味方?」

 

八幡「味方だよ。知りもしない奴らの為に、歌って踊って、元気をくれる。だから俺たちは頑張れる」

 

 

 

これが、味方と言わずしてなんと言うのか。

 

 

 

八幡「本当は、俺らの事なんてどうでもいいと思ってるのかもしれない。裏じゃめっちゃ性格悪いのかもしれない。けど、それでもその笑顔に元気を貰える。アイドルってのは、信じてもらえるからこそ、輝ける。俺はそう思ってる」

 

加蓮「信じてもらえるから……輝ける」

 

八幡「だから、向き不向きなんて無いんじゃねぇの? あるとするなら、そりゃお前が本気かどうかだろ」

 

 

 

きっと、お前が本心から笑って、ファンに思いを届けようとすれば、それは届くのだろう。

 

 

 

あの日、俺がテレビに映る少女に、元気を貰えたように。

 

 

 

 

加蓮「…………ねぇ」

 

 

 

北条は、俯きながら俺に訊いてくる。

 

 

 

加蓮「……アンタが、アタシをアイドルにしてくれるの?」

 

 

八幡「お前がそう望むならな」

 

 

加蓮「……でも、アタシ特訓とか練習とか下積みとか努力とか気合いとか根性とか、なんかそーゆーキャラじゃなんだよね。体力ないし」

 

 

八幡「見りゃ分かる」

 

 

加蓮「それでも……いい?」

 

 

八幡「普通はダメだろ」

 

 

 

そんなんでアイドルになれんなら、皆なってるよ。

例えばウチの奉仕部の二人とかな。

 

 

俺の答えに不服だったのか「ダメぇ?」と笑いながらぶーたれている北条。

もう、俯いてはいない。

 

その瞳に、諦めの色はない。

 

 

 

加蓮「……アタシでも、頑張れるかな」

 

 

 

シーツをぎゅっと握り、真っ直ぐに視線を俺へと向ける北条。

 

……ここはアレしかねぇな。

 

 

俺はゆっくりと立ち上がり、呼吸を整える。

目を瞑り、心を落ち着かせ、北条を見据える。

 

 

……行くぞ。

 

 

 

加蓮「? どうs…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡「比企谷八幡。歌います」

 

 

 

加蓮「」

 

 

 

八幡「〜〜♪」

 

 

 

 

 

 

俺の魂の叫び。もとい大熱唱。以下、割愛。

 

 

 

八幡「ふう……ん? 大丈夫か?」

 

 

 

見事に固まっている北条。なんだ。ザ・ワールドでもくらったか?

 

 

 

加蓮「…………ぷっ」

 

八幡「ぷ?」

 

加蓮「ぷっくっくっく……くふっ……あ、アッハッハッハッ!!」

 

 

 

笑われた。それはもう大爆笑だった。

そんなに笑う事ないじゃん……へたくそだった?

 

 

 

加蓮「ひー…ひー……ど、どうしたの、いき…なり……くくっ」

 

 

 

笑うか喋るかどっちかにしろ。

 

 

 

八幡「……さっき言っただろ。アイドルはファンの味方だって」

 

加蓮「う、うん」

 

八幡「だから……プロデューサーはアイドルの味方なんだよ。きっと」

 

加蓮「!」

 

 

 

この先、きっといくつもの壁があるのだろう。

ボロボロになって、傷ついて、どうしようもない時がきっとくる。

 

 

だからその時は、逃げよう。

 

逃げて、また挑めばいい。

 

 

俺は、いつだって味方でいてやれるから。

 

 

だから、この言葉を送ろう。

 

 

 

 

 

 

八幡「MEGARE! 加蓮」

 

 

加蓮「! …………うんっ!」

 

 

 

 

 

 

最後に浮かべた、眩しいくらいのその笑顔。

 

その笑顔はきっと、正真正銘アイドルのものなのだろう。

 

 

そう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奈緒「ほ、ホントか加蓮!?」

 

加蓮「うん。アイドル、諦めずにもう一度頑張ってみる」

 

凛「~~~!! 加蓮っ!」 ダキッ

 

加蓮「ちょっ、凛ったら…奈緒まで……!」

 

 

 

病室で仲睦まじく触れ合う三人。

昨日までとは違うその様子は、しかし三人にしてみれば、元に戻ったという事なのだろう。

 

ホント、世話の焼けることだ。

 

 

俺が少し離れた位置でニヒルに決めていると、奈緒が不思議そうに訪ねてくる。

 

 

 

奈緒「しっかし、どうやって説得したんだ? 比企谷?」

 

八幡「そりゃお前、アレだよ。…………人柄の成せる技?」

 

凛「ダウト」

 

 

 

ひでぇ…

即真顔で否定する担当アイドル。何もそこまで言わんでもいいんじゃないですかねぇ……

 

しかしそれに引き換え、当の加蓮は非常に機嫌良く目配せしてくる。

 

 

 

加蓮「やっぱりそれは……秘密だよ。ね、プロデューサー♪」

 

八幡「……おう」

 

 

 

なんだか、対応が目に見えて柔らかくなり過ぎて逆に怖いんだが。

今気づいたけど、コイツかなり可愛いんじゃ……?

 

 

 

奈緒「気になるなぁ……一体何したんだ?」

 

八幡「気にすんな奈緒」

 

奈緒「な、奈緒ぉ!?」 カァァ

 

 

 

俺が名前で読んでやると、見事に赤くなっていく奈緒。

なにダメだった? なんかもうめんどくさいから、これからアイドルの事は名前呼びでいこうかと思っていたんだが。やっぱ馴れ馴れしいか。まさかこんな真っ赤になるとは(半分狙った)。

 

 

するとふと、視線を感じる。

やはりというかなんというか、呆れ顔の凛であった。

 

 

 

八幡「どうした?」

 

凛「はぁ……別に? 何も?」

 

 

 

別に何もなくはねぇだろ。

あからさま過ぎんぞオイ。

 

 

 

凛「さすがはプロデューサー、といった所だね」

 

八幡「どういう事だよ」

 

奈緒「し、下の名前って……!」 カァァ

 

加蓮「~♪」 ニッコニコ

 

 

 

賑やかに賑わう病室内。

その後また騒ぎを起こして看護婦さんに怒られる事になるのだが……

 

まぁ、今はこのひと時を楽しむ事にしよう。

 

 

 

この先、一緒に頑張っていかなきゃならんしな。

 

コイツらの、味方として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

加蓮の説得に成功した日の夜。

 

我が比企谷家では家族会議が行われていた。

まぁ、例によって兄妹のみの家族会議なわけだが。

 

 

 

小町「お兄ちゃん。詳しく聞かせてくれるよね?」

 

八幡「いや詳しくも何もなぁ……それより、先に飯にしないか?」

 

小町「そんな事は後でいーの! 小町としては、スルーせずにはいられない重要な事実を聞いてしまったんだよ!?」

 

八幡「いや知らんよ……」

 

 

 

こんな事になってしまったのは、つい先程見ていたテレビに原因がある。

 

内容は今時の若者を紹介するありきたりな情報番組。別に見たくて見ていたわけじゃないが、小町が飯の準備の前に何の気無しに見ていたので、俺も便乗しただけである。

 

その中で、携帯電話の電話帳登録件数に対する紹介コーナーがあったのだ。

 

なんでも、最近になるに連れて平均登録件数は上がっていってるらしい。

数年前までは高校生の平均登録件数は70そこらだったらしいが(この時点で俺にとっては未知の世界である)最近では100を超えるのもザラらしい。マジでか。

 

そんな中で、小町がふと発言した。

 

 

 

小町「へ~。お兄ちゃんはどれだけこの平均値を下げてるんだろうね」

 

 

 

効果ぁ抜群だぁーッ!!

 

 

思わず64時代のポケモンスタジアムの興奮が蘇ってきたようだった。

 

俺が心の中でポケモンセンターの音楽を流しているのも知らずに、小町は悪びれもせずテレビを見ている。

もう少し優しくできんのか。バファリンを見習ってほしい。あいつ半分は優しさで出来てるらしいぜ?

 

しかしこのまま言い返せないのも嫌なので、少しばかりの悪あがきをしてみる。

 

 

八幡「ふっ、まぁ確かに? この間まで俺の登録件数は余裕の一桁だったけど? しかし、今の俺は違う。プロデューサーになってからは10件も増えたからな!」

 

 

とドヤ顔で言ってやった。

 

しかもほどんどが女の子で、その上アイドル! ……まぁ、その全てが仕事関係というのが悲しいところだがな。社長と事務員がいるまである。

しかもそれでも総合で20いっていない。結局平均値を下げているままだった。

 

 

粋がってはみたものの、やっぱ鼻で笑われるかな? と思いつつ反応を待ってみるが、中々返ってこない。見れば小町は顔を下げ考え込んでいるように見える。え? そんな言葉を失うほど悲しい事言った俺?

 

しかし俺がそんな心配をしているのも束の間、すぐに顔を上げて真剣な表情を作る小町。

 

 

 

小町「お兄ちゃん」

 

八幡「ど、どうした?」

 

小町「その10件の内、何人が女の子なの?」

 

八幡「はぁ?」

 

 

 

女の子の人数だと? っても男が社長くらいしかいないから……

 

 

 

八幡「えーっと……9人(ちひろさん含む)?」

 

小町「きゅ、9人っ!?」 ガガーン

 

 

俺が答えた瞬間に愕然とする小町。

相変わらずオーバーリアクションな奴である。

 

 

小町「…………お兄ちゃん」

 

八幡「あ?」

 

小町「家族会議、だよ!」

 

 

 

そして今に至るわけだ。

 

 

 

小町「9人って、9人って! それ全員がアイドルなんでしょ!? 嫁候補ってことなんでしょ!?」

 

八幡「いや違うけど」

 

小町「いやーまさかこんなことになっていようとは! 小町感激!!」

 

八幡「聞けよ」

 

 

 

まーだこんな事言ってんのかコイツは。

何故俺の知り合いの女の子=嫁候補になるんだ? どこのギャルゲーだよ。

 

 

 

八幡「あのなぁ、プロデュースする事になったってだけで、それで恋愛関係になるわけねぇだろ」

 

 

 

しかも一人は事務員だし。

 

 

 

小町「甘いなぁ、甘いよお兄ちゃん。チューペットより甘い!」

 

 

 

なんでだよ。チューペット最高だろ。

ジュースにもアイスにもなるとか、マジ開発した人天才。

 

 

 

小町「アイドルって事は、恋愛御法度なわけでしょ? その中で歳の近い男の人と一緒に仕事をするんだよ? そりゃ仲も深まるでしょ!」

 

八幡「甘ぇな。お前のが甘いぜ、小町。ねるねるねるねより甘い!」

 

小町「小町は大好きだけどね!」

 

 

 

凄くどうでもいい宣言をする小町。

ちなみに俺はコーラ味が好きです。

 

 

 

八幡「一緒に仕事をして仲が深まるだと? 確かにそれも一理ある。どこぞのプロダクションではあるのかもしれない。けどな小町………………俺だぜ?」

 

小町「な、なんという説得力!?」

 

 

 

なんかその反応もそれはそれで嫌だが、確かにこれ以上の説得力は無いだろう。

俺に限って、そんな青春ラブコメがあるわけない。

 

 

 

八幡「だからお前が期待するような事なんざねーから、諦めるんだな。……それよか早く飯をだな…」

 

小町「諦めない! 小町が諦めるのを諦めてお兄ちゃん!」

 

八幡「どういうことだってばよ……」

 

 

 

なんなんだこの妹様は。どうしてそこまで俺の嫁を見つけようとするの? 俺のプロデューサーになりたいの?

 

 

 

小町「こうなったら、会うしかない!」

 

八幡「は?」

 

小町「そのアイドルさんたちに会うんだよ! お兄ちゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろんそんなイベントは起こらない。

 

うちの妹をアイドルたちに会わせるとか、そんな状況を想像しただけで冷や汗が出てくる。

これは少しでも情報が行かないよう注意せねばなるまい。

 

 

 

八幡「その内事務所に押し掛けてきたりしないだろうな……」

 

凛「何か言ったプロデューサー?」

 

八幡「いや何でも」

 

 

 

今俺たちは加蓮の入院している病院の玄関前にいる。

今日でめでたく退院という事で、要は出迎えだ。

 

 

 

奈緒「11時って言ってたから、そろそろだな」

 

凛「プロデューサー、この後どうするかは決めてあるの?」

 

八幡「まぁな」

 

 

 

一応病み上がりという事もあるので、今日一日は休みを取ってある。折角だから凛と奈緒もな。

ま、今日くらいゆっくりしてもバチは当たらんだろ(決して俺が休みたいわけではない。決して)。

 

 

 

凛「あ、来たみたいだよ」

 

 

 

凛に言われ玄関に目を向けると、丁度自動ドアが開き、加蓮が出て来た。

その格好は当たり前だが病院服ではなく、恐らくは私服だろう。

 

薄い緑のショートパンツに、白の、キャミソール? を着ている。

ちょっと露出高過ぎやしませんかねぇ……目のやり場に困る。

 

そして病室では降ろしていた髪をツインテールにしている。でもなんか巻いてんな。あれは何て呼べばいいんだろう。縦ロールとも違うだろうし……ツインロール? 教えてガハマさん!

 

 

 

加蓮「おまたせ。ゴメンねわざわざ出迎えまで」

 

凛「ううん。全然」

 

奈緒「気にすんなよ」

 

八幡「……」

 

 

 

しかしあれだな。こいつは……

 

 

 

八幡「……」

 

加蓮「ど、どうかしたプロデューサー? ……私服、変?」

 

 

 

思わずジッと見てしまったのか、加蓮が不安げな表情で聞いてくる。

いや服は別に似合っているんだがな。露出高い気するけど。

 

 

 

八幡「いや……ちょっとアニメのキャラに似てるなーって思っただけだ」

 

奈緒「あー……」

 

 

 

俺が思った事をそのまま言うと、隣で聞いていた奈緒が声を上げる。

そういやお前アニメ好きだったな。

 

 

 

奈緒「比企谷も見てんだな。やっぱ似てると思うかぁ」

 

八幡「ああ。最初から何となくは思ってたんだよ。けど今の髪型見たらマジで似てると思った」

 

 

 

俺と奈緒はうんうんと頷き合う。

しかし当の本人と凛は何が何やらといった様子。どうやら知らないみたいだな。

 

 

加蓮「アニメのキャラ? 何てキャラなの?」

 

八幡「おまっ、それを俺に言わせる? 言わせんな恥ずかしい」

 

加蓮「なんで!?」

 

 

 

さすがの俺もそれは言えんよ。また鞄を顔面にもらうのは遠慮したい。

俺が口を閉ざしていると、凛が不思議そうに言う。

 

 

 

凛「奈緒、色々アニメ紹介してくれるけど、それは紹介しなかったんだ?」

 

奈緒「う……だってなぁ」

 

 

 

助けを求めるようにこちらを見る奈緒。俺にどうしろと。

 

 

 

奈緒「いやだって、自分に似てるキャラがああいう名前だと気まずいじゃん?」

 

八幡「まぁ気持ちは分かるがな」

 

 

 

俺だったら絶対紹介しない。

 

つーか、知人に紹介する時点で憚られるぞ。

まぁそもそも俺に紹介する相手なんていないんですけどね。

 

 

 

加蓮「……気になるなぁ」

 

凛「うん。気になるね」

 

奈緒「いや、アタシだってオススメしたいんだけどさ。映画だって一緒に見に行きたいし…」

 

八幡「あ、俺見に行ったぞ」

 

奈緒「ッ!?」

 

 

 

もの凄い反応を見せる奈緒。そ、そんなに驚く事か?

 

まぁ例によって一人見てきたんだけどな。

ほら、泣き顔とか見せられないし?

 

 

 

八幡「いやーホント感d…」

 

奈緒「ふんっ!」 バックハンマー改二

 

八幡「むぅえんまッ!?」

 

 

 

いきなりの側頭部への奇襲に、なす術も無く倒れふす俺。

良かった、シャワーで洗えるスーツだから汚れても家で……ってじゃなくて!

 

 

八幡「何すんだいきなり!?」

 

奈緒「いや、ネタバレするもんなのかと……」

 

八幡「するわけねーだろ…」

 

 

 

アニメ好きとしてそこは守る。

ネタバレダメ! 絶対!

 

皆も映画館で見ようぜ!

 

 

 

凛「ほら、二人ともそろそろ行こ?(映画やってるんだ)」

 

加蓮「アタシお腹すいちゃった(それならかなり絞れるはず)」

 

 

 

何故だか二人から不穏な気配を感じるが、まぁいいか。

自己責任である。

 

 

 

八幡「んじゃとりあえず、飯にするか。加蓮、何か食いたいもんあるか?」

 

加蓮「え?」

 

 

 

俺が振ると、予想外だったのかキョトンとする加蓮。

 

 

 

八幡「一応、退院祝いだからな。飯くらい奢ってやるよ」

 

加蓮「で、でも悪いし…」

 

 

 

困ったように笑いながら手を振る加蓮。

別にそんな遠慮する事ないんだがな。

 

 

 

八幡「気にすんな。中には遠慮もしないキノ子もいるからな」

 

奈緒「キノコ?」

 

凛「……」 カタカタ

 

 

 

おっと、思わず凛のトラウマを掘り起こしてしまった。え? 大した事ないだろって? 察してやれ。純真無垢な笑顔でキノコ食い放題に誘われるんだぞ……大体二日置きに(凛談)。

 

 

 

加蓮「……ホントに良いの?」

 

八幡「おう」

 

加蓮「……それじゃあ、お願いしちゃおっかな? 食べたいのがあるんだよね」

 

 

 

おずおずと申し出てくる加蓮。

まぁ余程お高いものでなければ大丈夫だろ。

 

さて、加蓮のリクエストはこれいかに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡「ホントにこんなんで良かったのか?」

 

加蓮「うん。良かったよ」 ニッコニコ

 

 

 

場所はとあるショッピングモール。

東京では珍しくもなさそうなその広い店内で、フードコートに俺たちはいた。

 

四人がけのテーブル。

そこに座る俺と加蓮。

 

横に座る加蓮の手には、ハンバーガー。

 

 

そう。言わずと知れたマク○ナルドさんである。

 

 

 

八幡「もうちょっと高いのでも良かったのによ。俺に気ぃ遣ってんのか?」

 

 

 

なんならモ○バーガーのがお高いぞ? 俺はどっちも好きだが。

 

 

 

加蓮「まさか。単にこーゆーのが好きなの」

 

 

 

笑って否定した後に、ポテトを一本口に入れる。あ、今のなんか女子高生っぽい。

 

 

 

加蓮「ジャンクフードとか、好きなんだ。入院してた頃の反動かなー…」

 

八幡「へぇ、なんか意外だな」

 

加蓮「そう? 入院してるとさ、やっぱりこういうの食べたくならんだよね。病院食って、アタシはまだ平気だったけど、人によっては薄過ぎて不味いって言うし」

 

八幡「ああ、それは分かるな」

 

 

 

かく言う俺も去年入院してたしな。まぁたった一週間程だが。

確かにメシはお世辞にも美味いとは言えなかった。それを考えりゃ、ジャンクフードが食いたくなるのも頷ける。

 

 

 

八幡「けど、もっと栄養のあるもんも食えよ? 体力つけねーと、この先大変だぞ」

 

加蓮「ん……分かってるよ。けど、プロデューサーこそちゃんと食べてるの? お世辞にも健康そうには見えないけど」

 

 

 

お返しとばかりに俺へ矛先を向けてくる加蓮。

ふっ、何を言う。その点に関しては問題などあるわけがない。

 

 

 

八幡「甘く見るなよ。俺は毎日手料理を食べてるからな。妹の」

 

加蓮「い、妹さんいるんだ……」

 

 

 

あ。やばい。これ若干引いてるな。

やはりこういうネタはもう少しお互いの事を知ってからじゃないとダメらしい。

 

 

八幡「冗談だ。半分は自炊してる。親がいる時は普通に作ってくれるしな」

 

 

 

でも最近はプロデュース業に疲れてあまり自分で作ってないな。

そんな時、小町は文句も言わずに用意してくれる。……感謝しねーとな。

だから俺のVitaちゃんを早く返してくれませんかね。

 

 

 

加蓮「プロデューサー、自炊出来るの?」

 

 

 

加蓮が割とマジで驚いた顔をしている。失礼な奴だな。そんな出来るように見えない? 見えないか。

 

 

 

八幡「まぁ人並みに。なんせ、俺の将来の夢は専業主夫だからな。これくらいは必須スキルだろ」

 

加蓮「へぇ……専業主夫、ね」

 

 

 

どこか含みのある言い方に違和感を感じて見ると、加蓮は少しだけ考え込む素振りを見せている。

何か思う事でもあんのかね。俺は手持ち無沙汰になったので、手元にあるコーラを啜る。

 

 

 

加蓮「確かに、専業主夫なら奥さんがアイドルでもやっていけるもんね」

 

八幡「ブフォッ!?」

 

 

 

あまりの不意打ちに、思わず吹き出す。

いや、お前……

 

 

 

八幡「えほっ、えほっ!」

 

加蓮「ちょ、大丈夫? ほらティッシュ」

 

八幡「お、お前な……いきなり何言い出すんだ」

 

 

抗議の目を送りつつ、ティッシュはありがたく頂戴する。

 

 

 

加蓮「アハハ、まさかそんなに取り乱すとは思わなかったからさ。……でもそんなに慌てるって事はやっぱ、アイドルの中にそういう相手…………いるの?」

 

八幡「いない。断じていない。いるわけがない」

 

 

 

THE・即答。

 

即答してやった。それはもう悲しくなるくらいに。

何故俺は独り身である事をこうも威張っているのか……

 

 

 

加蓮「ふーん。そうなんだ…………ふふ」

 

 

 

しかしその答えで加蓮は満足したようだった。

なに、そんなに俺が彼女いないのが面白いの? 泣いちゃうよ?

 

 

俺が若干拗ねながら吹き出したコーラを拭いていると、向こうから凛と奈緒がやって来るのが見えた。

やっと来たか。チキンナゲットなんか頼むから時間食うんだよ。

 

男は黙ってチーズバーガー。

 

 

 

凛「ごめんね、遅くなって……あれ?」

 

奈緒「なんだ、まだ食べてなかったのか?」

 

八幡「コイツが一緒に食べたいんだと」

 

加蓮「もうポテトは頂いちゃってるけどね」

 

 

 

ニコニコと笑う加蓮。

ハンバーガー一つでそんな喜んでくれんなら、ドナルド・マクドナ○ドさんも嬉しいだろ。

 

 

その後は雑談も程々に食事を澄ませる。

やっぱハンバーガーとかって、たまに食うとスゲェ美味いよな。あ、でもアップルパイは熱いから気をつけて。普通に火傷出来るレベルだから困る。

 

んで食休みをしていた時だ。それは突然やってきた。

 

 

 

凛「ご飯は食べたけど、この後はどうするの?」

 

八幡「あー……何も考えてなk…」 トントン

 

 

 

ふと、肩を叩かれる。

 

俺はその瞬間、猛烈に嫌な予感に襲われる。

 

 

この感じ、間違いない。

いやむしろ間違いであってほしい。頼むから。

 

 

恐る恐る、振り返る。

 

そこにいたのは雪ノ下でも、由比ヶ浜でも、アイドルたちでもない。

 

 

 

 

 

 

小町「お兄~ちゃん☆」

 

 

 

 

 

 

我が愛する妹だった。

 

 

 

八幡「………………何故いるんですかね」

 

小町「いやー今日午前授業だったんだよね。んでんでんで、なーんか小町センサーが東京のショッピングモールに来いって言うから、来てみたんだよ。そしたらお兄ちゃんがいる! びっくり!」

 

八幡「で、本当の所は?」

 

小町「事務所に電話したらここだって事務員のお姉さんが」

 

 

 

ちひろさぁぁぁんッ!!!!??

 

ホント期待を裏切らないな! あの人は!!

 

 

 

凛「プロデューサー……? もしかしてその子が…」

 

小町「あぁ! あなたが兄の担当アイドルの凛さんですね!? 兄がいつもお世話になっておりますぅ、妹の小町です!」

 

凛「え? あ、あぁ、こちらこそ、よろしく……?」

 

 

 

あまりの勢いに凛が押されている。無理もない。あれに対抗出来るのは由比ヶ浜か陽乃さんくらいのものだ。

 

 

 

小町「やや! それではこちらのお二方は!? まさか、例の臨時プロデュースしているというアイドルなんですか!? それなら、お二人もお兄ちゃんの嫁k…」

 

八幡「小町、一旦落ち着け」 グワシッ

 

小町「ふみゅっ!」

 

 

 

小町の頭を掴み、動きを止める。

ここまで暴走状態の小町も久しぶりに見たな……

 

 

 

小町「いやーごめんごめん、お兄ちゃんがこんなに可愛い方たちを三人も連れてるから、嬉しくなっちゃって♪」

 

奈緒「か、可愛いって……!」 カァァァ

 

 

 

ほら、不用意にそういう事言わない。ゆでダコみたいになってんでしょうが。

 

 

 

八幡「んで? 結局お前は何がしたかったんだよ?」

 

小町「いやー、聞く所によるとこれからどうするか悩んでいるご様子でしたから……ウチに来るのはどう?」

 

八幡「はぁ?」

 

 

 

ウチに来るって……俺の家の事か?

そんなん嫌に決まって…

 

 

 

凛・加蓮「「行きたいっ!」」

 

 

 

決まってなかった。

 

 

 

加蓮「プロデューサー、料理出来るんでしょ? なら折角だから、ごちそうしてほしいなーなんて」

 

凛「私も、興味あるかな。プロデューサーのお家」

 

八幡「えー……」

 

 

 

何なんだこの流れは……はっ!

 

 

 

小町「……」 にやり

 

 

 

見ると、小町がいかにもな感じでほくそ笑んでいる。まさに計画通りといった表情だった。

くっ……! ホントなんでこういう事には頭回るのかね。勉強に活かせないの?

 

 

 

八幡「……お前は?」

 

 

 

一応最後の希望として、さっきから黙りこくっている奴にも聞いてみる。

 

 

 

奈緒「……ま、まぁ、皆行くって言うなら、行ってやってもいいぜ……?」

 

 

 

どうやら逃げ場は無いようだった。

 

 

 

小町「それじゃあ決っまりー! シンデレラプロダクションのアイドルの皆さんをー、比企谷家へご招待ぃー!イエーイ♪」

 

 

八幡「俺は別に招待してないんだが……」

 

 

 

しかしこうなってしまっては、もう止められまい。

とりあえず冷静になって、今すべき事を考えろ。

 

……色々隠しておかなきゃマズイな(ご想像にお任せします)。

 

 

かくして、意図せずしてのお宅訪問が始まる。

まさか本当にイベントが起きるとはな……

 

 

果てしなく、嫌な予感しかしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって比企谷家。

 

ウチの家は二階にリビングがあるので階段を上り、三人を招き入れる。

……しかしアレだな。よくよく考えてみると、知り合いを家に上げるなんて初めてじゃないか?

 

由比ヶ浜が家に来た事はあったが、あれもサブレを引き渡すのと引き取る時で、玄関に入っただけだったからな。

 

もっと言えば、家族以外で俺の部屋へ入った奴など今までいない。

……なんだ! この緊張感!!

 

 

とりあえず、アレだ。絶対に部屋へ通すわけにはいかない。

三人をリビングへ留めておいて、小町にお茶でも出してもらう。そしてその間に俺は自分の部屋へと行き、隠すものを隠しておく。これだ。この作戦なら完璧だ。

 

 

これぞ、”聖書を司る神作戦(オペレーション・エロース)”!!

 

 

健闘を祈る(自分に)。エル・プサイ・コn…

 

 

 

小町「ここがお兄ちゃんの部屋になりまーす♪」

 

凛・奈緒・加蓮「「「おー」」」

 

八幡「ちょっと待て」

 

 

 

いきなりである。

いきなりリビングを素通りしての、突撃隣の俺の部屋。何故!?

 

そして何を良い笑顔で部屋へ招き入れてんだ妹よ!?

 

 

凛「へー思ったより奇麗にしてるじゃん、プロデューサー」 キョロキョロ

 

加蓮「ここがねー」 キョロキョロ

 

奈緒「(だ、男子の部屋とか初めて入った……!)」 オドオド

 

 

八幡「やめろ。そんなに眺め回すな」

 

 

 

ちくしょう……まさか初っぱなからここへ招いてくるとは……

我が妹ながら恐れ入る。

 

 

 

八幡「これが、運命石の扉の選択か……」

 

奈緒「え!? 世界線でも変わったのか!?」 ビクッ

 

凛「え? アインシュタイン?」

 

 

 

この反応の違いが一般人かそうでないかを語っているな。いや単に知らんだけかもしれんけど。

 

 

 

八幡「とにかく、頼むからあんま詮索せんでくれよ」

 

 

 

特にベッドの下とかベッドの下とか。あとベッドの下とかな。

 

 

 

加蓮「ふーん。何か見られて困るものでもあるの?」 ニヤニヤ

 

 

 

と、何やら嫌な笑みを浮かべながら見てくる加蓮。

 

ええそらありますとも。え? むしろ無いと思ってるの?

思春期の男子を舐めるな。別に舐めてないだろうけど。

 

仕方ねぇ。ここはちょいと脅しておくか。

 

 

 

八幡「茶化すなよ。下手に家捜しでもしてみろ、ただじゃすまなくなるぞ」

 

凛「具体的には?」

 

八幡「机が燃えます」

 

奈緒「お前デスノート持ってんの!?」

 

 

 

正確にはお宝本だがな。あれが見つかるくらいなら、小火騒ぎになった方がいい。

……いや、さすがに冗談だよ?

 

つーか奈緒がいると、こういうネタが通じるからいいな。ボケ甲斐がある。

 

 

 

小町「まぁまぁ皆さん。今小町がお茶を用意して来ますので、ゆっくりくつろいでいてください♪」

 

八幡「ここ、俺の部屋なんだけど。つーかくつろぐならリビングの方が広い…」

 

小町「では!」

 

 

 

俺の説得虚しく、バタンと扉を閉じて出て行く小町。

あの、俺の意見は……

 

 

 

八幡「……とりあえず、テキトーに腰掛けてくれ」

 

 

 

ここまで来たらもう仕方ないので、流れに身を任せよう。その内流水制空圏とか使えるようになるかな。

 

と、ここで気づいたのだが、俺の部屋には座布団もクッションも無い。いや正確には一つある。俺専用クッション(ニャンコ先生)が。あとは机と椅子、ベッドが座れるか。

まぁ当然である。基本俺の部屋には誰も招き入れないのだから、客人用のクッション等置いていよう筈がない。ここ、泣くとこじゃないぞ。

 

一応カーペットは敷いてあるが、女の子に直接床に座れって言うのもなぁ……

 

俺はここまでの思考を0.5秒で済ませ、最善の案を仕方なく選択することにした。

 

 

 

八幡「よっと……」

 

 

 

俺、床にあぐらをかく。

三人、不思議そうな顔で俺を見る。

 

……いや、そんな立ちっぱなしで見られると見下ろされてるみたいで卑屈な気分になるんだが。

 

 

 

八幡「……何つっ立ってんだよ。早く座れって」

 

 

 

俺は端に置いてあったニャンコ先生を引っ掴んで、近くに置いてやる。

後は椅子とベッドがあるから、足りるだろ。

 

俺の意図は察したのか、三人はお互いを見て、困ったような顔をする。……え? 俺のベッドとか座りたくねーよって事? そうなの?

 

 

 

凛「いやでも、プロデューサーが座りなよ。私は床でも気にしないし」

 

 

 

躊躇いがちに言う凛。どうやら部屋の主である俺に気を遣っているらしい。

良かったー。危なく死んじゃうとこだった。

 

 

 

八幡「気にすんな。むしろお前らが地べたに座ってる方が気にする。プロデューサーの気持ちくらい汲んでくれ」

 

 

 

まぁこんな小さい事でプロデューサーうんぬん言うのもどうかと思うがな。こう言った方がコイツらには効くだろ。

 

 

 

凛「……そっか。なら、遠慮なく」

 

 

 

そう言って俺のベッドに思いっきりダイブするように座る凛。

ちょっ、スカート、気をつけて。マジで。

 

それを見て折れたのか、程なくして二人も座った。

 

 

余談だが、加蓮がニャンコ先生に手を伸ばしたのを見て、奈緒が若干残念そうに椅子に座っていた。

 

 

 

奈緒「ニャンコ先生……」

 

 

 

お前、俺と趣味合い過ぎでしょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡「んで? 俺の家に来て、これからどうすんだ?」

 

凛「……え? なに?」

 

八幡「……」

 

 

 

俺の部屋へ入って15分程。

はっきり言って、三人とも驚く程馴染んでいた。

 

 

奈緒は椅子に座ったまま漫画を読んでいるし(もちろん俺のだ)、加蓮はメールでもしているのかケータイを弄っている。つーかお前ニャンコ先生抱いてるけど、それ俺が貸した意味ないよね?

 

そして凛は凛でベッドに座ったまま壁に寄りかかって、俺の枕をぎゅっとしている。そしてぼーっとしては、キョロキョロと部屋を眺め、またぼーっとしている。お前そんなキャラだっけ?

 

 

つーか、その人の枕を弄ぶのをやめて頂きたい。なんなの? そーゆーのって彼女が彼氏の家でやるもんなんじゃないの? 俺を恥ずか死させたいの?

 

 

 

八幡「お前ら、何しに来たんだよ……」

 

奈緒「え? あ、あぁ、悪い悪い。これまだ読んでなくってさ。面白いな」

 

 

 

たははと笑いながら持ってる漫画を見せてくる奈緒。そら面白いだろーよ。公生くんのおかげでちょっとクラシックに興味出ちゃった程だ。

 

すると加蓮も顔を上げて、会話に入ってくる。

 

 

 

加蓮「あはは、ゴメンね? なんか、友達の家に来たのって久しぶりだから、ついついのんびりしちゃって」

 

八幡「は?」

 

 

 

友達の、家?

 

 

 

奈緒「そうそう、やっぱ友達ん家に来たら、漫画読むよな」

 

加蓮「えー? それは奈緒が読みたいからでしょ。あ、でも卒業アルバムは見たいかも」

 

 

 

ありがちな事を話しながら、笑い合う奈緒と加蓮。

 

友達の家……か。

 

 

正直、そんな発想はちっとも無かった。

確かにある程度仲の深まった奴らを招き入れたという自覚はある。

 

けどそれでも、まさか向こうが友達の家に来ていると思っているとはな。

 

 

 

凛「……なんか、落ち着くんだよね」

 

八幡「あ?」

 

凛「なんか、無理しなくていいって言うか、肩肘張らなくていいっていうか……」

 

 

 

凛はぼーっと虚空を見つめた後、俺の顔を見て笑いながら言う。

 

 

 

凛「……上手く言えないけど、とにかく落ち着くんだよね」

 

八幡「なんだそりゃ」

 

凛「あはは、分かんない。……でもたぶん、プロデューサーの部屋だからかな」

 

 

 

そう言って、また微笑む凛。

 

……やめてくれ、これ以上俺のSAN値を削るな。その恥ずかしがって枕に顔を埋めるのをやめてくれ!!

 

 

なんかもう気恥ずかしくて、早く帰ってくれないかな? もう俺が部屋から出て行こうかな? と思っていた時だった。

 

 

 

小町「小町、参上!」 ババーン

 

 

 

扉はゆっくり空けなさい。あと、お盆。落としたらどうすんだ。

 

 

 

八幡「また随分とお茶を用意するのに時間がかかったな」

 

小町「まぁお茶と言ってもカルピスだけどね。水4:カルピス1の黄金比!」

 

 

そして氷は3個。これが比企谷家のカルピス黄金比率である。

え? あぁ、どうでもいいですね。はい。

 

 

小町はテーブルにカルピスを置き終えると、クローゼットから俺の毛布を引っ張り出し、俺の隣に積み上げる。そしてそれに座る。

 

見ろ三人共、これがホントの遠慮無しというものだ。少しは見習うんだな。……いや見習われても困るけど。

これが妹クオリティである。

 

 

 

小町「それでお兄ちゃん、何してたの?」

 

八幡「見たまんまだ」

 

 

 

漫画読んで、ケータイ弄って、ぼーっとしてる。

……なんか、図らずも奉仕部での日常に似ている気がするな。

 

 

 

小町「んもう、こんな機会中々無いんだから、グイグイ行かなきゃダメでしょ!」

 

八幡「何をグイグイ行くんだよ。なんだ? スマブラでもやるか? 言っておくが、俺はかーなーりつy」

 

小町「いーよ今はそんなの! そもそもお兄ちゃん私以外と戦った事ないんだから、強さなんて分からないでしょーが!」

 

 

 

その通りだった。

べ、別に一人でも楽しめるし? CP9LV余裕だし?

それにしても「俺スマブラつえーよ?」のそうでもなさは異常。

 

 

 

八幡「んじゃ、折角だし今後の仕事についてでも話しておくか。明日からレッスンだしな」

 

小町「えー……つまんな」

 

 

 

なにこの子、テンション下がり過ぎでしょ。

一体何をすれば満足するというのか。

 

 

 

八幡「そんなら、これから進めていく方針のアドバイスでもしてくれ。そういうのも必要だろ」

 

凛「確かに、一般の人からの意見っていうのは貴重かもね」

 

小町「今後の方針かー……ふむふむ成る程……それも面白そうだね……」

 

 

 

何やら考え始める小町。今、面白そうとか言わなかった?

 

 

 

小町「いよーし! それじゃあ凛さん奈緒さん加蓮さんの、今後のアイドル活動決議を行いたいと思います! イエーイ♪」

 

凛・奈緒・加蓮「「「お、おー」」」

 

 

 

いや、別に乗らなくてもいいからね?

 

 

 

凛「とりあえず、何から話せばいいの?」

 

八幡「……そうだな。基本的にはお前らがレッスンなりなんなりをしている間に、俺が仕事を探してくるんだが、その系統を決めてもらいたいな」

 

凛「系統?」

 

八幡「まぁ、要はどんな仕事を取って来てほしいかって事だ」

 

 

 

一口に仕事と言っても、色々とある。

それこそ雑誌の収録だったり、キャンペーンガールだったり、ライブだったりな。

 

八幡「俺らはぺーぺーの素人だし、碌な仕事も取って来れないだろうが、それでも何を中心に営業を回るかは決められる」

 

ホントなら色んな仕事を片っ端から営業に回ればいいのだろうが、俺の体は一つだ。自然と回る箇所は絞られてくる。

 

 

 

小町「つまり、お兄ちゃんに取って来てほしい仕事を提案しろって事だね」

 

八幡「希望の仕事を取ってくるなんて基本無理だろーがな。そんな上手くいくわけねぇし。……けど、それでも系統くらいは絞れる」

 

 

 

そこを中心に営業に回っていけば、少しはマシだろうという魂胆だ。

 

 

 

奈緒「なるほどな。系統か……」

 

加蓮「……」

 

凛「うーん……」

 

 

 

考え込む三人。

 

 

 

八幡「なんか思いついたか?」

 

 

 

奈緒「……撮影系は無理だな。恥ずかしい」

 

加蓮「体力使うのは、絶対無理」

 

凛「演技、とかはちょっと厳しいかな……?」

 

 

 

小町「……これもうほとんどの仕事が無理なんじゃ…」

 

八幡「言うな。そんな事は分かってる」

 

 

我が侭なお嬢さんたちであった。

 

 

 

八幡「お前らな、そういう時ってのはやりたい仕事を言うもんじゃないのか?」

 

 

 

やりたくない事から上げていくとか、気持ちが分かるだけにどうしようもない。

 

 

 

小町「それなら小町が提案! 握手会は? なんか最近流行ってるし!」

 

八幡「どこの48だよ。そもそも、あれはある程度の知名度が無いと出来んだろ」

 

 

 

いきなり握手会なんて開いても「え? 誰この人?」で終わるだろうが。

でも可愛い子と合法的に握手出来るんだよな……いやいや。

 

 

 

小町「じゃあじゃあ、サイン会は!?」

 

八幡「それ、ほとんど変わっとらんぞ……」

 

いやでも、可愛い子のサインが合法的に…………いらねぇな。

 

 

 

小町「んーダメかぁ……あ! 路上ライブとか?」

 

凛「! ライブ、かぁ……」

 

 

 

小町の発言に、何やら反応を見せる凛。

 

 

 

八幡「ライブ、やりたいのか?」

 

凛「うーんと、やりたいというか……憧れみたいなものはあるかな?」

 

八幡「憧れ?」

 

凛「うん。何て言うか、アイドルと言ったらライブって感じがするし」

 

奈緒「あぁ、それはなんか分かる気がする」

 

 

 

見ると、奈緒も同意するように頷いている。

その顔は自然と綻んでいた。

 

 

 

奈緒「やっぱ、ステージに立ってこそアイドル! って感じがするよな。……恥ずかしいけど」

 

 

 

そしてまた顔を赤くする。……こいつはこういう所を治さなきゃダメだな。

まぁ、そこが魅力でもあるんだろうが。

 

 

 

加蓮「……私も、ライブはやってみたいかも」

 

八幡「体力保つのか?」

 

加蓮「そこは頑張るの!」

 

 

 

プンスカと反論してくる加蓮。なんか今の由比ヶ浜ぽかったな。

 

 

 

加蓮「……昔テレビで見てたアイドルって、ライブで歌って踊ってる姿だったから」

 

小町「分かります分かります。やっぱりアイドルはそうですよねー」

 

八幡「ライブ、ね」

 

 

 

しかしそれは難しいだろう。

確かに知名度を上げるのには打ってつけだろうが、如何せんステージが無い。

 

 

 

八幡「路上でやるのは、効果は薄いだろうな」

 

小町「なんか良い場所とか無いの? 武道館とか!」

 

八幡「無茶を言うな……」

 

 

 

ほとんど無名の俺たちにそんな所借りられるわけがない。つーかそんな費用もない。

 

 

 

八幡「そもそもやったとして、客が来ないだろうが」

 

小町「あ、そっか」

 

 

 

ファンがいるからこそライブは成り立つ。

来てくれるファンがいなければ、ライブをやった所であまり意味は無い。

 

 

 

八幡「まぁ、そういう意味では路上ライブは良いんだけどな。新しくファンを作るって意味で」

 

小町「だよね! だったらやろうよ!」

 

 

 

なんでお前がそんなに推すんだよ。

なに、お前も歌うの? そういや前に歌って戦えるとか言ってたな確か。

 

 

 

八幡「路上ライブか……うーむもっと注目の集まる良い場所があれば良いんだけどな」

 

 

 

どっかのステージを借りれば金がかかるし、借りたとしても人が集まらない。

路上でするにしても、注目がいまいち。

 

……どうしたもんかね。

 

 

 

小町「ライブと言えば、文化祭の時の結衣さんたちを思い出すねー」

 

八幡「!」

 

 

 

文…化祭……?

 

 

 

凛「結衣がどうかしたの?」

 

小町「そう言えばお知り合いなんでしたっけ? 結衣さんたち、バンド組んで文化祭で演奏したんですよ。小町は見てないんですけど、その後もう一度演奏して貰って……凄かったな~」

 

加蓮「奈緒知ってる?」

 

奈緒「アタシ、その時クラスの出し物手伝ってたから見てないんだよなぁ」

 

 

八幡「……」

 

 

小町「? どうしたのお兄ちゃん。いきなり黙りこんじゃって」

 

 

 

訝しむように俺を見る小町。

 

なるほどな、これは盲点だった。

 

 

 

八幡「……でかしたぞ小町」

 

小町「へ?」

 

八幡「その案、頂き」

 

 

 

ぽかんとした表情の小町。

見れば、他の三人も似たような顔だ。

 

どうやら俺の意図に気づいていないらしい。

 

 

 

八幡「ライブをやる良い場所、あったじゃねーか」

 

小町「え!?」

 

凛「良い場所って、どこ?」

 

 

 

興味心身といった様子で訊いてくる凛。

それこそ、さっき小町が言った所だ。

 

場所を借りるのに金がかからず、かつ注目をある程度は得られるステージ。

 

 

 

 

 

 

八幡「総武高校だよ」

 

 

凛・奈緒・加蓮・小町「「「「…………えぇぇえええ!!??」」」」

 

 

 

 

 

 

かくして、今後のアイドル活動決議は終了。

 

次の仕事は、我が母校、総武高校でのライブに決まったのだった。

 

 

 

……やらせてもらえっかな?

 

 

 

 

 

 

 


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