やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。   作:春雨2

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第5話 思いがけず、銀色の王女はあらわれる。

 

 

 

とある日の深夜。

 

 

時刻は既に10時を過ぎ、男子高校生にとってはここからが本番という時間である。

しかも今日は花の金曜日。明日は休日。これがテンションが上がらずにどうするというのか。

 

本来なら今の俺にとって休日とは不定期なものなのだが、今回ばかりは運良く週末に重なってくれた。これはあれですかね。金曜ロードショーを見ろという神のおつげですかね。

 

 

そういえば小町が「お兄ちゃん! 今日はラピュタだよ! 早くお風呂に入ってバルスの準備しなくちゃ!」って俺が帰ってきたら凄いテンションで言ってたな。なんだよバルスの準備って。お前ネラーだったの? そう言えば昔買ってたな、飛行石のペンダント。小町が飛んでる所見た事ないけど。

 

だが気持ちは分かる。いくつになってもジブリは良い。そんな俺は紅の豚派。

 

 

というわけで俺は、仕事の疲れを小町の手料理と風呂で洗い流し、今リビングにて小町とラピュタを視聴中なのであった。ドーラさんマジかっけぇ。

 

なんかドーラさんってウチの担任にどっか似てるよなー、と本人にバレたら問答無用で即アイアンクローされそうな事を考えていたら、俺のケータイが震える。寂しいのは俺も一緒だよ。

 

見ると、デレプロ奉仕部(略すのは諦めた)顧問からであった。

 

ぶっちゃけ面倒なのでシカトしようかとも思ったのだが、如何せん相手がちひろさんだ。

万が一仕事の話だったら、さすがに出ないのはマズイ。

 

……まぁ、本家奉仕部顧問からに比べればマシな方か。

 

俺はそう割り切って、テレビを横目に見つつ通話ボタンを押す。

 

 

 

八幡「もしもーし。どうかしたんすか」

 

ちひろ『あ! 比企谷くん!? 比企谷くんですよね!? 間違ってないれすよね!?』

 

 

 

俺のケータイに他に誰が出るというんだ。

つーか妙にテンションが高いな。まだバルスには早いぞ。なんか呂律も若干怪しいし、酔ってんのか?

 

 

 

八幡「間違ってないですよ。で、何か用すか? 俺今ラピュタ見てて忙しいんですけど」

 

ちひろ『あれ! ラピュタって今日でしたっけ? てっきりトトロかと』

 

八幡「それは先週です。今三周連続ジブリやってるんで」

 

 

 

ちなみに来週は千と千尋の神隠しである。ついでにウチのちひろも神隠しになってはくれないだろうか。主にドリンクの押し売り時に。

 

 

 

ちひろ『あーそうらったんですかー。私は平成狸合戦ぽんぽこ好きなんですけどねぇ……小さい頃映画館で見て…』

 

八幡「その辺でやめといた方が良いですよ。年齢がバレます」

 

 

 

つーか渋いなチョイスが……俺も嫌いじゃないけども。

 

 

 

八幡「それよりも、何の用なんですか? 用が無いんなら切りますよ」

 

 

 

そろそろラピュタのエンディングも近い。

ほら、ムスカが高笑いしてるよ。

 

 

 

ちひろ『いやそれなんですけどね、前に話したじゃないですか。明日は休みだし、折角なんで今日はどうだろうなーって思いましてですね』

 

八幡「? 何の話ですか?」

 

 

 

何だろう。何か話しただろうか。

俺が記憶を辿っていると、ちひろさんがやけに元気よく宣言すると同時に、テレビ画面が目に入る。あっ。

 

 

 

ちひろ『ラーメンですよ! ラーメン!』

 

 

 

バルス見逃したぁ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちひろ「比企谷くーん! こっちですよこっちー!」 ブンブン

 

 

 

遠目に大きく手を振る独身事務員を目印に、軽く早足で飲み屋の前まで向かう。時刻はもうじき日付が変わるところまで来ていた。

 

 

 

ちひろ「遅いですよ比企谷くん! 酔いも覚めちゃったじゃないですか」

 

 

 

プンプンと怒った風に言うちひろさん。

 

いやむしろそっちの方が良いじゃねーか。

前に焼き肉行った時とか酷かったんだからな? 一人だけグデングデンに酔っぱらって、俺がタクシー呼んで送るはめになるし、凛と輝子はそそくさと逃げるし。いやホントいつの間にか帰っててビックリした。

 

 

 

八幡「遅いのは時間ですよ。高校生をこんな時間に連れ回していいんですか」

 

ちひろ「いいんですよ、さっきまで同じ職場にいましたし、私もいるので保護者同伴って事で!」

 

 

 

それ全然良くないと思うんだが。

つーか、こんな保護者嫌だ……せめてその頭に巻いたネクタイを取ってから言ってくれ。

 

どうやらちひろさんも明日は久々にお休みを頂いてるそうで、今日は仕事終わりに飲みに行っていたらしい。その締めでラーメンか。なんつーか発想がオッ(ry

 

 

と、俺が普通に失礼な事を考えながらちひろさんの頭のネクタイを取ってあげていると、店の中から誰かが出てくる。他の客だろうと思い、俺は特に気にもとめなかった。

 

 

 

がーー

 

 

 

 

 

 

「あら……もしかして、あなたが…比企谷くん?」

 

 

八幡「ッ!? 雪ノ…し…た……?」

 

 

 

 

聞き慣れた声に思わず振り返る。

だがそこにいたのは氷の女王ではなくーー

 

 

 

「初めまして。シンデレラプロダクションに所属しています……高垣楓です」

 

 

 

二十歳前後だろう、大人の女性であった。

 

 

 

八幡「……」

 

 

 

完全に勘違いしてしまった。

 

いやいやいやいや、今のはしょうがないだろ。

だって、声が似てるなんてもんじゃない。アテレコしてるんじゃないかってくらいのレベルだ。

 

 

しかし確かに声は似ているが、見てみれば容姿はだいぶ違っている。

 

灰色に近い茶髪のボブカットで、身長は高め。おそらく俺とそう変わらない。

ゆったりとした黒のワンピースを着ていて、何と言うか、大人って感じである(小並感)。

 

ただ一つ言えるのは、この高垣楓なる女性もまた、雪ノ下に勝るとも劣らない美人であるという事だった。

 

 

思わず、見蕩れるくらいには。

 

 

 

ちひろ「痛い! 比企谷くん痛いですよ! ネクタイ締まってますって!」

 

八幡「! す、すいません」

 

 

 

抗議を挙げるちひろさんの声で、思わず我に帰る。

知らぬ間に力を込めてしまっていたようだ。

 

 

 

ちひろ「全く……あ、もう自己紹介したでしょうけど。今日一緒に飲んでた楓さんです」

 

楓「……」 ぺこ

 

八幡「あ、どうも……比企谷八幡です」 ぺこ

 

 

 

軽く会釈をしてくる高垣さん。それに習い俺も慌てて返す。なんだこの緊張感。

 

 

 

ちひろ「折角なんで、楓さんも一緒にラーメンを…」

 

八幡「ちひろさん。ちょっといいですか」

 

ちひろ「え? ちょちょっ……!」

 

 

 

ちひろさんを引き寄せ、耳打ちするように話しかける。

 

 

 

八幡「聞いてないですよ連れがいるなんて。気まずさMAXじゃないですか……!」

 

ちひろ「えー別に良いじゃないですか。ていうか、飲みの後の時点で誰か一緒なのは予想出来てたでしょう?」

 

八幡「いや、てっきりちひろさんの事なんで一人で飲んでるのかと」

 

ちひろ「ぐはッ!」

 

 

 

地味に俺の言葉がクリティカルヒット。そのままよよよ…としゃがみ込んでしまう。なに、俺が悪いの? 悪いか。

 

 

 

楓「あの、やっぱりお邪魔だったでしょうか……?」

 

八幡「へ? あぁ、いや、別にそんな事は……」

 

 

 

むぐぐ……どうも調子が狂うな。

 

この声もそうだが、こう下手に出られるとどうしていいか分からず動揺してしまう。基本的に俺の周りの女共は上からくるからな。そういう意味ではあまり居ないキャラと言える。お、大人だ……

 

 

しかしなるほど。今思い返してみると確かに高圧的な女性が周りに多い。

また一つ戸塚が天使な理由が分かったな。

 

新たな発見をしている俺を他所に、悪魔が目の前を凄い勢いで通り過ぎる。

 

 

 

ちひろ「お邪魔なんてとんでもない! 楓さんも一緒にラーメン食べに行きましょう!」

 

 

 

復活早いな。

早速高垣さんの手を引いて歩き始めるちひろさん。

高垣さんも戸惑っているようだが、悪い気はしていないようだった。ラーメンが食べたかったのかね。

 

 

 

八幡「はぁ……行くのは分かりましたけど、どこで食べるんですか?」

 

 

 

千葉ならともかく、この辺の土地勘は俺にはあまり無い。まぁちひろさんも考えてはいるだろうと思い、訊いてみる。

 

 

 

ちひろ「ふっふーん♪ 実は良い穴場を知ってるんですよ!」

 

楓「穴場……という事は、有名なお店ではないんですか?」

 

 

 

首を傾げるように訊く高垣さん。

くっ、大人の女性がやるとまた違った魅力のある仕草だ……!

 

そしてやっぱ声似てんな畜生!

 

 

 

ちひろ「そうですねぇ。あまり知られてはいないと思いますよ」

 

八幡「ちなみに、何て名前のラーメン屋なんですか?」

 

ちひろ「面屋“哀道流”です」

 

八幡「なんつう地雷臭だ……」

 

 

 

絶対有名にはなれないだろそのお店。きたなトランとかになら出てきそう。

 

 

 

ちひろ「すぐそこなんで、歩いていけますよ♪」

 

楓「……哀道流、空いとるますかね…ふふ」

 

八幡「……え?」

 

ちひろ「あ! あそこですあそこ!」

 

 

 

あれ、スルーなの? 今なにか……え?

 

 

 

楓「小さいですけど、風情のあるお店ですね」

 

 

 

こ、コレは触れない方が良い流れなのか……聞かなかった事にしよう。

 

 

 

八幡「つーか、ラーメン屋って屋台だったんですね……」

 

ちひろ「だからこその穴場なんですよ! 味はお墨付きですよ♪」

 

 

 

飲み屋が並ぶ通りから少しばかり外れた路地にある、古ぼけた屋台。暖簾には、“哀道流”の文字。

なるほど、穴場というだけはあるな。一人だったら絶対入らねぇ自信がある。

 

やはり屋台なだけに席は少なく、四人までしか座る事が出来ないようだ。

ん? つーか、既に一人座ってんな。まぁどうせリーマンだろ。

 

 

端から順にちひろさん、高垣さん、俺の順番で座る。しくじった、めちゃくちゃ気まずいぞ。なんだか、胸がドキドキする。これって恋?

 

しかも空いてる方から座っていったので、必然的に俺が先客の隣の席となる。

とりあえず、会釈しつつ隣の席に失礼する。

 

……ん?

 

 

ふと隣を見ると、リーマンかと思いきや若い女性であった。中々お目にかかれない奇麗な長髪で、何処かで見覚えが……?

 

 

 

八幡「……あッ! あんたは……!?」

 

 

「……」

 

 

ちひろ・楓「「?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平塚「お姫ちんだと思った? 残念! 静ちゃんでした!」

 

 

八幡「なんでいるんだよ!?」 ガーン

 

 

 

いやホントに何してんだあんた。

色んな意味でがっかりだよ……

 

 

 

 

 

 

平塚「久しぶりじゃないか比企谷~? 寂しかったぞ私は~?」 グイッ

 

八幡「むぐっ!?」

 

 

 

驚きも束の間、何故かそこにいた平塚先生は強引に俺を抱き寄せる。

 

お、おお……これは幸せな気分に……ならねぇ! 酒臭ぇ! あと煙草臭ぇ!

完全にたちの悪い酔っぱらいじゃねぇか!

 

 

 

八幡「ぶはっ! ちょ、なんで先生がいるんすか」

 

 

 

なんとか馬鹿力を振り解き、目の前の酔っぱらいに抗議する。

 

 

 

ちひろ「あ、私が呼んだんです~」

 

 

 

後ろの酔っぱらいが原因だった。

 

 

 

平塚「いやー私も丁度さっきまで飲んでてな。そしたら千川さんから連絡があって、比企谷とラーメンを食いに行くっておっしゃるじゃないか。これは行くしかないだろう?」

 

 

 

楽しそうに言う平塚先生。こりゃ相当酔ってんな。

あと飲んでたってあれですかね、やっぱり一人で飲んでたんですかね。

 

 

 

平塚「比企谷?」 ニッコリ

 

八幡「なんでもありません! マム!」

 

 

 

俺がビシッと敬礼すると、隣に座っていた高垣さんがクスッと笑う。

なんか恥ずかしいな……これが大人の余裕という奴か。

まぁあと約二名、大人(笑)な女性がいるんですがね。

 

 

 

ちひろ「平塚さんは、もう先に?」

 

平塚「いえいえ、まだですよ。皆さんが来るのを待とうと思いまして」

 

ちひろ「そんなに気にしなくても~」

 

平塚「私だけ先に、というのは申し訳ないですし」

 

 

 

諭すように言う平塚先生。ふむ。

 

 

 

八幡「婚期の話ですか?」

 

平塚「懲りてないぞ比企谷♪」 ギリギリ

 

八幡「割れます割れます頭蓋骨割れちゃいます」 ミシミシ

 

 

 

今のは我ながらナイスなお茶目だったと思うのだが、彼女たちには笑えない問題だったらしい。まぁわざと言ったんだが。

 

 

 

ちひろ「比企谷くん! 独り身の女性の前でそんな事言っちゃダメですよ? 只でさえ三人もいるんですから、もっと気を遣わないと!」

 

八幡「は? 三人?」

 

 

 

何を言ってんだこの悪魔は。

 

俺はわざとらしくちひろさんを見て、その後平塚先生を見て、店主を見る。男だ。なんだ、気を遣う相手なんて二人しかいないじゃないか。

 

そしてそんな俺の行動にまたもクスクス笑った後、高垣さんが口を開いた。

 

 

 

楓「私、今年で25になるんです」

 

八幡「な……!?」

 

 

 

ば、ばんな……そかな……!?

 

この見た目で25だと? 年齢詐称もいい所だ。ぶっちゃけまだ十代と言われても通用する。

そういえば、ちひろさんと飲んでいたというのにちっとも酔っている様子がない。単に飲んでいないだけかもしれないが、お酒に強いのかもしれんな。お、大人だ……

 

 

 

楓「やっぱり、見えませんか……? よく、子供っぽいって言われるんです」

 

八幡「はぁ……」

 

 

 

少しだけしょんぼりした感じで言う高垣さん(可愛い)。

 

子供っぽいというか、あどけなさが残っていると言った方が正しいか。

しかしそういう所も逆に良い。有り体に言えばギャップ萌えって奴だな。

 

 

 

八幡「別に、良いんじゃないですかね」

 

楓「え……?」

 

八幡「っぽさってのは何も悪い意味だけじゃないですし、それが魅力になる事もあります。そんな悲観するような事じゃないですよ」

 

 

 

途中から何となく気恥ずかしくなり、顔を背けながら言う。すると平塚先生と目が合った。何をニヤニヤしてるんだオイ。

 

 

 

楓「……ふふ…そっか。……ありがとう、比企谷くん」

 

 

 

お礼を言われてしまった。

 

しかし、この人の笑い方は微笑むという表現がピタリと当て嵌まるな。

奇麗な笑い方、とでも言えばいいか。

 

 

そして明るい所に移ってから気づいたが、瞳の色が左右で若干違う。右目が緑色、左目が青色がかっている。

こういうのを確かオッドアイと呼ぶんだったか。

 

思わずその双眸に、見入ってしまう。

 

 

 

楓「お世辞でも、嬉しいです」

 

八幡「……別にお世辞なんかじゃないですよ。俺にそんな器用な真似は出来ません」

 

 

 

もしも出来ていたら、ぼっちなんてやってないしな。

 

 

 

八幡「俺は自分の為に嘘はついても、他人の為に嘘はつきませんからね」

 

 

 

お世辞も、煽ても、アホらしい。

そんなモノで維持する関係など、俺はいらない。

 

まぁ、仕事ではそんな事言えないんだろうけどな。プライベートでまでそんな上辺を塗りたくった生活などしたくはない。むしろすっぴん推奨まである。

 

しかしそんな皮肉も、高垣さんには通用しないようで。

 

 

 

楓「ふふふ……本当に聞いていた通り、面白い人ですね」

 

 

 

普通なら今の所は呆れられる筈なんだが、軽く流されてしまった。お、大人だ……(決まり文句)

 

つーか、一体何を聞いてたんだ。どうせちひろさんだろうが、いらん事言ってないだろうな。

 

 

 

平塚「……相変わらずだな、君は」

 

 

 

平塚先生が嘆息し、微笑む。

 

 

 

平塚「けれど、そうやって自分の本音を直接言えるようになった点は、成長したと言うべきかな」

 

八幡「俺は、前から思った事は言ってましたけどね」

 

平塚「だがそれでも、善意を直接相手に伝えるような事はしなかった。君は、いつだって回りくどかっただろう?」

 

 

 

意地悪く言う平塚先生。

何となく素直に認めるのも癪なので、わざとらしくおどけてみせる。

 

 

 

八幡「何せ捻くれ者ですから」

 

平塚「そう茶化すな。君は変わらない事は悪い事ではないと言うがな」

 

 

 

平塚先生は、そっと俺の肩にを手を置く。

 

 

 

平塚「変わる事もまた、悪い事ばかりではないと私は思うよ」

 

 

 

それはいつもの鉄拳制裁よりも、ある意味じゃ重みがあったように感じた。

 

……この人はいつもテキトーなくせに、たまにこういう事を言う。

だから苦手なんだよ。

 

 

 

平塚「しかしこう良い方向に向かえているのは、やはりプロデュース業のおかげなのかな」

 

ちひろ「そうですね……でも比企谷くんのおかげで良い方向に向かっているアイドルも、慕っている子も、ちゃーんといますよ♪」

 

平塚「ほほう、それは是非聞きたいですねぇ」

 

楓「ふふ……モテモテですね、比企谷くん」

 

八幡「……そんなんじゃないですよ」

 

店主「(コイツ等いつになったらラーメン頼むんだ……)」

 

 

 

その後ようやく店主の怪訝な目に気づいた俺たちはラーメンを頼み、雑談と共にごちそうになった。

 

ラーメンは……まぁ、確かに旨かったな。

 

 

 

その後、午前1時を回ろうかという頃。ようやく解散と相成った。

 

とりあえず三人ともお酒が入っているので、俺がタクシーを呼んで帰らせる。

これでようやく帰れるな。ラピュタがもう昨日の事のようだ。あ、実際昨日か。

 

 

 

平塚「それじゃ比企谷。次はいつ会えるか分からんが、たまには学校に来たまえ。雪ノ下と由比ヶ浜も待っているしな」

 

ちひろ「私は来週また会えますけど、週末はゆっくり休んでくださいね」

 

 

 

そう言い残して二人は同じタクシーで去っていった。方向が近いらしい。

 

学校ね……そう言えば最近行ってないな。まぁ、その内嫌でも行くはめになりそうな気もするが。

あと、ゆっくりしてほしいんならもう少し早く解放してほしかったですね。

 

 

そして最後に高垣さんをタクシーに乗せる。

とは言っても、この人はこの人で全然酔ってる感じがしない。お、おと(ty

 

 

 

八幡「それじゃ、お疲れ様でした高垣さん」

 

楓「ええ。また事務所で会った時に。……それと」

 

八幡「?」

 

楓「楓でいいですよ。なんだか、名字で呼ばれるのって慣れてなくて……」

 

 

 

照れたように言う高垣さん。

 

うむ。来たな恒例の名前呼び。

しかし俺もプロデューサーになって早一ヶ月近く経つ。これしきじゃもう動揺はしまい。

 

 

 

八幡「……分かりました。……か、楓さん」

 

 

 

うおおおおお!! やっぱハズイっ!! 全然慣れない!!!

 

俺が心の中で悶絶していると、満足そうに微笑んでいた楓さんが思い出したように言う。

 

 

 

楓「あとそれと、これは特にどうってわけじゃないんですが……」

 

 

 

今度はなんだ。俺のライフはもう0よ!

そんな俺の心配も知らずにか、楓さんは勿体ぶったようにまた微笑んだ。

 

 

 

 

楓「私も……プロデューサーついてないんですよ?」

 

 

八幡「…………へ?」

 

 

楓「ふふ……それじゃあ、また事務所で♪」

 

 

 

 

そう謎の言葉を言い残し、楓さんを乗せたタクシーは走り去っていった。

 

……どういう意味だったんだ。今のは。

 

 

俺が思考の渦に巻き込まれていると、ふと、肩を叩かれる。誰ぞ。

 

 

 

店主「お客さん、お代まだ貰ってないんだけど」

 

八幡「マジか」

 

 

 

タクシー呼んでる間に払ってくれてるもんだと思ってたぜ。あの悪魔!!

どうやら皆素で忘れていたらしい。お酒って怖いね。

 

 

 

八幡「ったくごちそうしてくれるんじゃなかったのかよ……」 ブツブツ

 

 

 

残された屋台で一人寂しく財布をあさる俺。良かった、一応多めに持ってきたのが功を奏した。

 

ホントは持ってこなくても良かったんだけどなー等とみみっちい事を考えながらお金を出していると、新しいお客さんが来たようだ。ちょっとだけズレて席を譲る。

 

 

 

「これは、申し訳ありません」

 

 

 

律儀に返される。

しかし奇麗な人だな。このラーメン屋はそういう女性が集まるジンクスでもあんのかね。

 

 

思わず見入ってしまいそうな銀色のウェーブのかかった長髪。

男心をくすぐる抜群のスタイル。モデル体型と言ってもいい。

隣に座ったので顔はよく見えないが、横顔を見るに相当美人だろう。

 

まるで、アイドルでもやっていそうだ。

 

 

しかし、どこかで見た事あるような気もすんな……どこでだっけ?

 

 

そんな考え事をしながらお金を数える。

しかし悲しいかな。隣に美人がいると思うと、男というのは思わずチラ見してしまう生き物なのである。いやほら、いちプロデューサーとしてね? 可愛い子は常にチェックしないとね? スカウトなんて絶対しないけどね!

 

あといくらかなーと思いつつも、ちらっと先程の女性を見る。するとなにやら顔を青くしていた。

 

 

 

「……ありません」

 

八幡「はい?」

 

「財布が……ないのです」

 

 

 

思わず呟きに聞き返してしまったが、財布が無いってのは……

 

 

 

八幡「どっかに落としたとか…」

 

「いえ、恐らくは自宅に置いてきたのでしょう。今思い返すと、てぇぶるの上に置いたままだった記憶がありますので」

 

 

 

それは良かったんだが、何だこの喋り方は。いつの時代の生まれだあんたは。

その銀髪じゃあむしろ日本人かも疑わしいってのに、古風な話し方をする人だった。

 

しかし落としたわけでもないというのに、随分と落ち込んだ様子だ。背景にズーンという文字まで見える気がしてくる。そ、そんなにラーメンが食いたかったのか?

 

 

 

「らぁめん……」

 

 

八幡「……親父さん」

 

店主「ん?」

 

 

 

先程会話を聞いていたのか、いたたまれない顔をしていた店主に、人数分のお金を渡す。

 

 

 

八幡「んじゃ、ごっそーさん」

 

店主「あぁ、まいど……ってお客さん、一人分多い……!」

 

 

 

 

呼び止められたが、無視して店を出て行く。

まぁ、あの分じゃ気づいてたみたいだし、大丈夫だろ。このままカッコつけて帰らせてくれ。

 

俺は振り返らないように、そそくさと足早にその場を後にする。

 

 

 

さて。もうとっくに終電もないので、タクシーを拾おうかと通りを歩く。

 

しかし大きな通りでもない為、中々タクシーが見当たらない。

ふむ。これなら電話で呼んだ方が早いかね。

 

 

と、俺が電話しようか迷っていると、不意に後ろから足音が聞こえてきた。

 

な、なんだ。通り魔とかじゃねぇよな。でも東京って危ないって聞くし……

俺がどんどん悪い方向へと妄想を膨らませていると、気配が俺の後ろで止まる。

 

 

 

 

「そこのあなた」

 

 

八幡「はいぃっ!?」 ビックーン

 

 

 

めちゃくちゃ情けない声を出してしまった。

恐る恐る振り返ってみると、そこには先程の女性が立っている。何だよ、びっくりさせんなよ、もう……

 

 

 

八幡「……あれ。つーかラーメン食ってたんじゃ…」

 

「? もう食べ終えたので、こちらに来たのですが」

 

 

 

早っ! いやさっきから10分もたってないぞ!?

ラーメンが出来る時間も計算に入れたら、3分以下だろう。どんだけのスピードで完食してんだよ……男ならともかく女性だぞ……

 

俺が半ば呆れていると、彼女は畏まったように告げる。

 

 

 

「先程は、真にありがとうございました。このらぁめんの恩は忘れません」

 

 

 

その上いきなり深々とお辞儀をしてくる。

道が暗いため表情は分からないが、形でお礼を言っているわけではないのは伝わってきた。

 

俺、ラーメン奢っただけなんだが……

 

 

しかし別に俺はお礼を言われたくてお金を払ったわけじゃない。ただカッコつけたかっただけだ。恩着せがましくお礼を頂戴するよりも、このままクールに去った方がカッコいい(当社比)。

 

 

 

八幡「……何の事か分かんないっすね」

 

「はて? あなたがお代を払って…」

 

八幡「たぶん間違って多く払っちまったから、店主が気を利かせてくれたんですよ。お礼ならあの店主に」

 

 

 

渋めの顔をした店主が目に浮かぶ。

 

しかしちゃんと俺の気持ちを汲んでくれたようだ。ラーメンも旨いし、また機会があったら行くとしよう。絶対有名にならないとか言ってごめんなさい。哀道流。

 

 

 

「……」

 

 

 

銀髪の女性は、黙ったままこちらをジッと見ている。

 

な、なんか怖いな。よく見えないけど、たぶん無表情だし。

 

 

 

八幡「じゃ、じゃあ俺はこれで」

 

「……あなたは」

 

八幡「?」

 

 

 

さっさと去ろうとした俺を、彼女の声が引き止める。

 

その表情を見ようと顔を向ける、今まで雲に隠れていた月明かりが、彼女を照らした。

 

 

 

 

「あなたは……人の為に嘘をつくのですね」

 

 

八幡「……ッ!」

 

 

 

 

月の光に照らされて、キラキラと輝く銀髪。

 

その端正な顔立ちは見覚えがあるどころではなく、知っている。

 

知らない筈がない。彼女はーー

 

 

 

 

 

 

八幡「四条…貴音……!?」

 

 

 

 

 

 

そこに佇むは、

 

今最もトップアイドルに近いであろうプロダクションに所属する、銀色の王女であった。

 

 

 

貴音「私の事を存じていますか。名を知って頂けるというのは、真、喜ばしいことです」

 

 

 

俺が知っていた事が嬉しいのか、静かに微笑む彼女。

 

いや、あんた自分がどれだけ有名か分かってないだろ。765プロの人気は伊達じゃない。

もしも前の俺なら、あの四条貴音に会えたと喜び、キョドり、引かれていただろうが、もうそんな気楽に構えてはいられない。つーか引かれちゃうのかよ。

 

 

俺は今はプロデューサーだ。言わば彼女は商売敵。凛の超えるべき壁だ。

 

まぁ、まだまだ比較すら出来ない差があるがな。天と地。まさに月と……スッポンは言い過ぎか。月と道端の花くらいで。そんくらいの差があるだろう。

 

 

だが俺がこうして冷静でいられるのは、それだけが理由ではない。

先程の、発言だ。

 

 

 

八幡「……どういう意味だよ」

 

 

 

俺が、人の為に嘘をつく、だと?

 

 

 

八幡「俺は、自分の為にしか嘘はつかん」

 

 

 

楓さんにも言ったが、俺はそういう人間だ。

お世辞も、煽ても、俺はしない。

 

 

 

貴音「それも、嘘、ですね」

 

八幡「あ?」

 

貴音「そうしてあなたは、“自分”に嘘をついているのではありませんか?」

 

 

 

目の前の王女は、言葉を紡ぐ。

それはもはや、断罪とも言える程に、俺の胸の内へと突き刺さる。

 

 

 

貴音「人の為に己が泥を被り、傷を負う。それは酷く痛ましく、醜く、儚い優しさです。ですが、それ故に誰しもが目を背けてしまう」

 

 

 

俺がその人の言葉に突っかかってしまった理由。

それは発言の内容もさることながら、何よりもその目だ。

 

何故ーー

 

 

 

貴音「あなたがそうやって自分に嘘をつく事で、救われる者もいるでしょう。しかし……同時に悲しむ者もいる事を、どうかお忘れなきようお願いします」

 

 

 

何故そうも、見透かしたような目をしている?

 

 

 

八幡「……」

 

貴音「……」

 

 

 

あー……しかし、あれだな。

 

 

俺、ラーメン奢っただけでなんでこんな事言われてんの?

 

 

飛躍ってレベルじゃない。アグモンどころかボタモンからウォーグレイモンまでワープ進化出来るレベルだ。

 

 

 

八幡「はぁ……肝に銘じておきます」

 

 

 

しかも折れちゃったし。

 

だってあんな凄まれたら納得するしかないでしょ? なんかこの人歯に衣着せぬオーラ纏ってるから、上手いこと誤摩化す事も出来ないんだよ。

 

 

 

貴音「そうですか。それならば私も安心です」

 

 

 

そして再び微笑む。

 

一体何が安心なんだ。あんたは俺のカーチャンか。

しかしこんな人が母親だったらマザコンになる自信があるな。絶対あり得ないけどね!

 

 

 

貴音「それでは、らぁめんのご恩はいつか必ず」 スッ

 

 

 

ゆっくりと背を向け、去ろうとする四条貴音。

 

いいのか? このままで。

あれだけ言いたい事言われて、このまま帰していいのか?

 

 

 

……いいわけねぇだろ。

 

 

 

八幡「渋谷凛」

 

貴音「はい?」 ピタッ

 

八幡「渋谷凛っていう女の子を、知ってるか?」

 

 

 

呼び止める。

 

別にさっきの仕返しってわけじゃない。けど、言われっぱなしも趣味じゃない。

ならば、俺も言いたい事を言うまでだ。

 

 

 

貴音「……申し訳ありませんが、存じません」

 

八幡「だろうな」

 

 

 

思わず苦笑する。自分で訊いておきながら、その答えは分かりきっていた。

しかし何も、俺はそんな事を確認したかったわけじゃない。

 

 

 

八幡「覚えといてくれ。いつか、その渋谷凛がーー」

 

 

 

これは宣言だ。

目の前にいる、大きな壁への。

 

 

 

 

八幡「あんたをーーあんた達を、超える」

 

 

 

 

何より、自分自身への。

 

 

 

 

 

 

八幡「俺が、トップアイドルにしてみせる。……………………たぶん」

 

 

 

 

 

 

けど、やっぱり自信はそう簡単にはつかないらしい。

 

ぼっちは基本的に自信が無いのだ。後押ししてくれる人がいないから。

というかよく考えたら、俺がアイドルのプロデューサーやってる事を相手は当然知らない。完全に変人だ。ただのアイドルオタクだと思われてるまである。

 

 

しかしそんな心配は杞憂だったらしく、彼女はポカンとした表情から一転、楽しそうに笑う。

 

 

 

貴音「ふふっ、ならば私も、負けてはいられませんね」

 

 

 

さながらそれは、王女の風格。

 

 

 

貴音「いつか来るその日を、楽しみにしております」

 

 

 

ホント、一体全体どこのお姫様だよ。

 

ただのアイドルじゃない、何か別のモノを感じさせる笑みだった。

 

 

それとなく、何者なのかを訊いてみる。

彼女は、それこそ俺をからかうような大人の微笑で、質問に答えた。

 

 

 

貴音「それは、とっぷしぃくれっと……ですよ。ふふっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地獄の月曜日がやってきたぜ……! へへ……

 

 

思わずそんな妙なテンションにもなる月曜日。俺は事務所へと足を運ぶ。

うむ。今日も今日とて忙しそうだ。働きたくねぇなぁ!

 

そんな風に腐…じゃなくて負のオーラを纏いながら歩を進める。

向かうはいつもの事務スペース。もう抵抗は皆無になってきたな。

 

 

しかし何やらテレビのある休憩スペースの方が騒がしい。この声は……

 

 

 

未央「うーんやっぱりミキミキは可愛いなぁ♪ 今日もキラキラしてる!」

 

卯月「プロジェクトフェアリーかぁ……いいなぁ。私も早くライブに出たいなぁ」

 

 

 

やはりお前等か。

 

プロデューサーがいないのにこうして毎日来てるのは偉いと思うがな。うん。皆まで言うまい……

 

 

 

未央「そういえば、しまむーは765プロで誰が好きなの?」

 

卯月「私? 私はもちろん天海春香ちゃん! 同い年だけど凄い活躍してるし、尊敬しちゃうな~。あと、どこか親近感を感じるんだよね」

 

未央「へ、へぇ~そうなんだ。あはは…」

 

 

 

おおぅ……あの本田が何とも言えん表情をしている。

 

だが気持ちは分かるぞ。そりゃ個性が無い同士のシンパシーだよ! なんて言えるわけもない。

 

 

 

八幡「個性が無い同士のシンパシーじゃないか?」

 

卯月「そ、そんな!」 ガーン

 

未央「ぷ、プロデューサー!?」

 

 

 

しまった。

堪え切れずに言ってしまった。

 

 

 

卯月「そっか……私、個性が無かったんだ……確かに薄々…」 ブツブツ

 

輝子「フヒヒ……新しいお隣さん……?」

 

未央「あぁもうほら! プロデューサーのせいで、しまむーが机の下で体育座りしてるよ!」

 

八幡「すまん。出来心だったんだ」

 

 

 

まさかあそこまで落ち込むとは。

輝子と一緒にキノコ数え始めてるし……

 

うーむ仕方あるまい。

 

 

 

八幡「いいか島村。個性ってのは考えるもんじゃない。最初からあるもんなんだ」

 

島村「最初……から?」

 

八幡「そうだ。お前が普段通りに振る舞って、普段通りに笑っていれば、それはもうお前の個性で、魅力なんだよ」

 

 

 

昨日楓さんにも同じような事を言った気がするが、別に焼き増しじゃないぞ。ここ重要。

 

 

 

卯月「プロデューサー……!」 パァァ

 

 

 

ようやっと机の下から出てくる島村。

うむ。お前はそうやって笑顔でいるのが一番だ。あざと可愛いってのも個性。

 

 

 

八幡「ちなみに俺の個性はぼっちな。最初からあって最後まである(予定)」

 

輝子「フヒッ……上に同じ…」

 

未央「台無しだよ……」

 

 

 

ほっとけ。これが俺のアイデンティティー。墓場まで共にする所存である。え? それって魅力って呼べるのかって? 察しろバカ!

 

 

 

八幡「大体、俺は個性って言葉自体嫌いなんだよ!」

 

未央「いきなり何!?」

 

卯月「私、プロデューサーについて行きます!」 キラキラ

 

未央「しまむーが懐柔された!?」 ガーン

 

八幡「あ、それはお断りで」

 

未央「しかもそこは断るんだ!?」 ガガーン

 

 

 

当たり前だ。これ以上担当アイドル増やしたくないんだよ。

 

どうせデレプロ奉仕部としてこれからも臨時プロデュースする事にはなるんだろうが、それでも休める時に休むのが重要なのである。

 

……そういえば、こいつらはいるのにあいつの姿がないな。まだ来てないのか?

 

 

 

八幡「まぁいいか。コーヒー飲も」

 

 

 

何となく朝から疲れたし、俺の担当アイドルも来ていないのでソファに座って休む事にする。ちなみに出社して10分足らず。ゆとりだね。

 

ふとテレビを見ると、765プロのユニットであるプロジェクトフェアリーが朝からテレビ出演していた。その中には、あの夜に出会った銀髪の少女の姿も。

 

 

 

『では次に、四条貴音さんにインタビューしていきたいと思います!』

 

貴音『よろしくお願いします』

 

 

 

八幡「……」

 

未央「なになに、そんなに真剣に見ちゃって。もしかして貴音さんのファンなの?」

 

八幡「ちげーよ。それに俺はやよいちゃんのファンだ」

 

未央「……」

 

 

 

黙るなよオイ。何か俺が変な発言したみたいじゃねーか。

 

 

 

卯月「へ~! やよいちゃん可愛いですもんね!」

 

 

 

そして何この子素直可愛いんですけど。

もしかして時代はしまむーなのか……?

 

そんなやり取りをしていたら、テレビのインタビュアーが最後の質問に移る。

 

 

 

『では最後にお聞きします……ズバリ! 今貴音さんが注目しているアイドルは!?』

 

貴音『注目している、アイドルですか……?』

 

『はい! 今勢いの止まらない765プロですが、貴音さんはこの子には負けられない! というアイドルはいますか? なんなら同じプロダクションの子でもOKです』

 

貴音『ふむ……それならば、確かにおります』

 

『おー! やっぱり、同じ765プロのアイドルですか?』

 

貴音『いえ。違います』

 

『ほぉ。それじゃあ一体どこの所属の……?』

 

貴音『分かりません』

 

『へ?』

 

貴音『所属も、顔も、私は知りません。名前は……まだ、言う時ではないでしょう』

 

『え? え?』

 

貴音『ですが、その方のプロデューサーは知っています』

 

 

 

八幡「……」

 

 

 

貴音『あの方のアイドルならば、きっと素晴らしい方なのでしょう。……お会い出来る日が、楽しみです』

 

 

 

本当に楽しそうに笑う姿を最後に、インタビューは終わった。あの分じゃ、インタビュアーも訳分かんなかっただろうな。

 

 

 

未央「へぇ、あの貴音さんに注目されてるアイドルかぁ」

 

卯月「どんな人なんでしょうね」

 

八幡「さぁな。……けど、案外身近な奴なのかもな」

 

 

 

俺なんかを信じてくれる、あの真っ直ぐなーー

 

 

 

 

 

 

「プロデューサー?」

 

 

八幡「ッ!」 ビクッ

 

 

 

噂をすれば何とやら。

 

もう聞き慣れたその澄んだ声は、しかし何処か語調が強い。

背後を振り向くと、そこにはやはり、我が担当アイドルがいた。

 

 

 

 

凛「おはよう。プロデューサー」 ニッコリ

 

 

 

 

何故だか、怒った様子で。

 

 

 

八幡「お、おう。凛。おはよう…」

 

 

 

な、何だ、俺なんかしたか?

表情は笑顔なのに、目が笑っていない。怖い!

 

 

 

凛「……プロデューサー、金曜日の夜は何してた?」

 

八幡「き、金曜日か? そんなら家でラピュタ見て…」

 

凛「ラーメン、食べに行ったんでしょ?」 ズイッ

 

 

 

近い! 怖い! 良い匂い!

 

 

 

八幡「く、食いには行ったけど、それがどうs…」

 

 

凛「なんで私も連れてってくれなかったの!?」

 

 

卯月・未央「(わー……)」

 

 

 

見ると、島村と本田が何とも言えない表情をしている。

 

くっ、まさかそこまでラーメンを食べたかったとは。

まぁ確かに自分だけ除け者は良い気はしまい。ソースは俺。

 

しかし念の為ちひろさんには口止めしておいたんだがな。平塚先生と繋がってるはずもないし……まさか。

 

 

 

八幡「……ちなみに、誰から聞いたんだ?」

 

凛「楓さん」

 

楓「ラーメン、美味しかったですね、比企谷くん」

 

 

 

おおぉぉぉい25歳児ぃ!!!

 

 

 

八幡「ちょ、楓さん、何で言うんですか」

 

凛「”楓”、さん?」 ピクっ

 

 

 

そこにいちいち反応しないで。怖い。

 

 

 

楓「? 言っては拙かったですか……?」

 

八幡「拙いと言いますか、約一名拗ねてる子がいますと言いますか…」

 

凛「べ、別に拗ねてるわけじゃないから!」

 

 

ちひろ「これはこれは中々どうして面白い展開ですねぇ」 ニヤニヤ

 

未央「ですねぇ」 ニヤニヤ

 

卯月「?? う~んと……仲が良いですね!」

 

 

 

どっから湧いて出たこの悪魔!

 

あぁくそ、あの悪魔共に水をぶっかけたい! そのまま着替えてくればいい!

やっぱり、時代は島村さんなんですかね。天使に見えてきたよ。アホ可愛い。

 

 

 

凛「はぁ……もういいよ。プロデューサーだし」

 

 

 

おいなんだその妥協した感じは。

俺だって生きてるんだぞ! いい加減にしろ(泣)!

 

 

 

凛「それよりもプロデューサー」

 

八幡「……今度は何だ」

 

 

 

まだ何かあるというのか。俺、そろそろ新しい世界に目覚めるかも分からんぞ?

 

しかし、凛の様子はさっきと打って変わって陰鬱そうな表情へとなる。

 

 

 

凛「プロデューサーに、お願いがあるんだ」

 

八幡「お願い?」

 

凛「うん。実は…」

 

 

 

と、凛が何かを言いかけた所で事務所の電話が鳴る。

あまりにもタイミングが合っていたので、凛も押し黙ってしまった。

 

 

 

ちひろ「はいこちらシンデレラプロダクションの千川です」 ヒュバッ

 

 

 

そしてすかさず取るちひろさん。さすがだ。

 

 

 

ちひろ「あ! この間はどーも、お疲れ様です~。比企谷くんですね。ちょっとお待ちください。比企谷くん! 電話ですよ!」

 

八幡「え、俺?」

 

 

 

まさか自分にとは思ってなかったので、聞き返してしまう。

誰だろう。まだ得意先に名前覚えられてるわけないし、俺に電話する人と言えば……

 

驚く俺に受話器を差し出しながら、ちひろさんは微笑む。

 

 

 

ちひろ「平塚先生からです♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仕事が終わったら、放課後学校まで来てほしい。

 

それが平塚先生からの用件であった。

まぁ今日はレッスンしかなかったからそんなに遅くならなかったが、そうじゃなかったらどうするつもりだったのだろうか。つーかスーツで学校ってスゲェ嫌だな……超目立つ。

 

そう言えば、結局凛のお願いとやらもあの時は聞きそびれてしまった。一体何だったのだろうか。ラーメン? 違うか。

 

……また明日、訊いてみればいいか。

 

 

考え事で気を紛らわせつつ、奇異の目を振り払い職員室へ向かう。するといつものデスクで平塚先生が出迎えてくれた。

 

 

 

平塚「まさか、こんなに早く会う事になるとはな」

 

 

 

そう言ってクックッと笑う平塚先生。それは俺の台詞だ。

 

 

 

平塚「スーツ、中々似合っているぞ?」

 

八幡「…………どーも」

 

 

 

ええいその生暖かい視線をやめろ!

やっぱ一回帰って着替えてくるんだった!

 

 

 

八幡「それよりも、用件って何なんですか? 着いたら教えるって言ってましたけど」

 

平塚「ふむ。その事なんだが、奉仕部の部室に行ってから話そうと思う」

 

八幡「は?」

 

 

 

奉仕部の部室だと?

それってつまり……

 

 

 

八幡「依頼……って事ですか?」

 

平塚「まぁ、そういう事になる」

 

八幡「いやいや、それなら雪ノ下と由比ヶ浜がいるじゃないですか。俺、一応働いてる身ですよ?」

 

 

 

プロデュース活動したまま本家の奉仕部の活動にも参加するとか、身が保たないに決まっている。マジもんの社畜やでぇ……

 

 

 

平塚「そこなんだがな、比企谷。今回の依頼は奉仕部に来たものだが、それと同時にデレプロ支部……つまり君への依頼とも言えるんだ」

 

 

 

奉仕部への依頼であり、デレプロ支部への依頼でもある? どういう意味だ?

つーか何気に平塚先生もデレプロ支部って略しているんだが……気にしない方向でいこう。

 

 

 

平塚「とりあえずは着いて来たまえ」

 

 

 

そう言ってさっさと職員室を出て行く先生。奉仕部の部室へ向かったのだろう。

俺、スーツのままなんですけど……

 

仕方なく平塚先生の後を追い、部室まで行く。

しかし奉仕部へ出向くのも久しぶりだな。シールはどれだけ増えているだろう。雪ノ下に怒られていないといいが。

 

 

程なくして部室へ着いた。

 

なんか、久々だから妙に緊張するな。

俺のそんな心配も知らず、平塚先生は相変わらずノックもせずに扉を開く。

 

 

 

平塚「失礼する」

 

 

 

扉を開いたその先。

 

そこには、三人の少女がいた。

 

 

 

一人は雪ノ下雪乃。

 

一人は由比ヶ浜結衣。

 

そして一人は…………誰だ?

 

 

 

平塚「おっ、居たな。比企谷、彼女が今回の依頼人だ」

 

 

 

平塚先生に言われると、その少女はこちらへと身体を向ける。

 

 

雪ノ下や由比ヶ浜と同じ、総武高校の制服に身を包むその少女。

 

茶髪のお団子ポニーテールに、前髪パッツン。眉は若干太め。

少しばかり勝ち気そうなその目は、真っ直ぐに俺を射抜いている。

 

ふむ。雪ノ下や由比ヶ浜とは違った意味での可愛さだな。そう、アレだ。

 

 

 

ツンデレっぽい。

 

 

 

そんな俺の考えを断ち切るように、彼女はきつめの口調で言う。

 

 

 

「し、シンデレラプロダクションに所属してる、神谷奈緒だ。あんたが、凛のプロデューサーだな……?」

 

八幡「……あ?」

 

 

 

シンデレラプロダクション……所属? つまりなんだ、こいつも……アイドル? つーか今、凛って……

 

 

いきなりの情報量に、頭が整理出来ない。

 

しかしそんな俺に、彼女は更に続けて言った。

 

 

それは、懇願するように。

 

 

 

 

 

 

奈緒「頼む……あんたに、プロデュースしてほしい子がいるんだ……!」

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

東京都内にあるとある病院。

 

 

 

医者「うん。この分なら、あと2~3日で退院できるね。安静にしているように」

 

「本当ですか? 良かった……」

 

 

 

個人用の病室に、明るい茶髪ロングヘアの少女がベッドに上体を起こして掛けている。

 

医者が出て行くのを確認した後、少女は窓際に置いてある写真立てへと手を伸ばす。

 

 

 

「……今日は、お見舞いに来てくれるかな」

 

 

 

その写真には、笑顔を振りまく、仲睦まじい三人の少女が写っていた。

 

 

 

 

 

 

 


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