やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。   作:春雨2

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第4話 つまり星輝子はトモダチが少ない。

 

 

ぼっち。

 

 

それは孤高にして至高の存在。

 

常に何色にも染まらず、何者にも捕われない。

どんな逆境にだって一人で立ち向かい、一人で乗り越える。

 

そうして己の身一つで生きて行く者。それがぼっちである。

 

 

しかし今の世の中、ぼっちは中々に生き辛い。

 

決断は多数決。

流行は個の敵。

集団での行動を是とし、一人を蔑む。

 

ぼっちの何がいけないのか。一人で頑張る事の何が悪いのか。

 

手を取り合う事は素晴らしい。

なら、一人で立ち向かう事は悪なのか?

 

そんなはずがない。

例え周りがそうであったとしても、俺はそうなりたくはない。

 

協調が正しく、孤独が間違っていると言うのなら。

 

 

 

俺は、間違ったままでいい。

 

 

 

 

 

 

八幡「だが、こうはなりたくない」

 

輝子「フ、フヒ……存在から全否定……そもそも気づかれてなかったけど……」

 

凛「」

 

ちひろ「凛ちゃーん、帰っておいでー?」

 

 

 

星輝子。

 

彼女が今回ちひろさんから依頼された臨時プロデュースの対象である。

 

ぼさぼさの灰色の長髪に、よれよれの服、どこか生気の無い顔。

そして極めつけがその手に持っている、キノコ。

 

……まぁ、何と言うか、色んな意味で衝撃である。

 

 

 

八幡「つーか、お前そんなとこで何してんの。まさか驚かす為に仕込んでたわけじゃないよな」

 

 

 

もしそうなら大成功である。あんなに叫んだのは久しぶりだ。

ていうかやめてよね、昔クラスメイトにドッキリという名の嫌がらせを受けたの思い出すから。

なんだよ下駄箱にラブレターって……ベタ過ぎて逆に疑わなかったよ……

 

 

 

輝子「ここ、暗くてくてジメジメしてて、キノコたちが喜ぶから……で、でも、最初からいましたけど。座る前からここにいたんですけどー……」

 

八幡「……」

 

 

 

素で気づかんかった。

 

 

 

輝子「フフ……いいですよ、な、慣れてます。キノコーキノコーボッチノコーホシショウコー♪」

 

 

 

笑い出したと思ったら、今度は歌い始めた。凄い歌である。

ひ、表情が豊かだね(震え声)。

 

 

 

凛「……強烈な子だね」

 

 

 

おお、凛が帰ってきた。

頼むぜ、常識人はお前くらいなんだから。

 

 

 

ちひろ「あれ? 私は?」

 

八幡「地の文に突っ込む時点でもう普通じゃありません。それよりも、だ。星よ」

 

輝子「な、なんでしょう……?」

 

 

 

びくびくとしながら、こっちをチラチラ見る星(相変わらず机の下である)。

 

いちいち行動を擬音で表現しないと会話出来んのかお前は。

……まぁ、俺も人の事は言えないが。

 

 

 

八幡「そこにいたんなら聞いていたかもしれんが、俺がお前をプロデュースする事になった比企谷八幡だ。……まぁ、臨時的にだがな」

 

 

 

仕方がないので、そこは甘んじて引き受ける。見合った報酬も約束出来たしな。

 

 

 

八幡「そこでだ。俺はお前のプロデュースに移る前に、お前に訊いておきたい事がある」

 

輝子「き、きいておきたいこと……?」

 

 

 

八幡「お前、ぼっちなのか?」

 

 

 

単刀直入。

 

これが、俺の確認しておきたかった事である。

これにどう答えるかで、俺の対応も変わってくる。

 

 

 

輝子「……フヒ、そ、そんなの、見ればわかる」

 

 

 

小さく笑いを零す星。

 

 

 

輝子「と、トモダチはキノコだけ……そもそも、気づかれる事もないし……フフ…」

 

 

 

力なく、笑う。

でも、笑っていなかった。

 

俺だから分かる。

 

 

 

八幡「……気にいらねぇ」

 

輝子「へ……?」

 

八幡「気にいらねぇって言ったんだよ」

 

 

 

おまえは何も分かっちゃいない。

俺に、また冒頭のモノローグを言わせるつもりかよ。

 

 

 

 

八幡「お前は、ぼっちが悪いと思ってるのか?」

 

輝子「……フヒ、それは……だって…」

 

 

 

言い淀む星。

答えなくても、それで充分だった。

 

 

 

八幡「ぼっちの何が嫌なんだ? お前は、何か悪い事をしたのか?」

 

輝子「……周りと私は、ち、違うから…」

 

八幡「他と違うと何がいけないんだ? むしろオリジナリティがあって良いまであるだろ」

 

 

 

なんで、自分を認めてやれない。

なんで、周りが正しく、自分が間違っていると決めつける。

 

 

 

八幡「もっと胸を張れ。自分がモテないのはお前たちが悪いくらいの事は言ってみろ」

 

輝子「……」

 

 

 

ぼっちならぼっちらしく、一人の自分に自信を持てよ。

お前は、今まで一人でやってきたんだろ?

 

 

 

八幡「友達がいなくても、ぼっちでも、自分を変えなかった自分を、誇りに思え」

 

 

 

じゃなきゃ、見てるこっちがイラついてくんだよ。

 

まるで。

 

 

自分を肯定する事が出来なかった、昔の自分を見ているようで。

 

 

 

輝子「……あ、あなたも、ぼっちなの?」

 

俯いていた星が、顔を上げて訪ねてくる。

顔は可愛いんだよな。うん。

 

 

 

八幡「ああ。よくわかったな」

 

凛「(そりゃ分かるよ……)」

 

ちひろ「(そりゃ分かりますよ……)」

 

 

 

何だか失礼な事を言われた気がするが、今は放っておく。

 

 

 

八幡「ま、俺はそんな自分が大好きだけどな」

 

 

 

変わるつもりもないし、変わりたいとも思わない。

 

 

 

八幡「お前はどうなんだ?」

 

輝子「……私は」

 

 

 

星は、小さく小さく微笑んだ。

 

 

 

輝子「よく、分からない。……でも、嫌いじゃなくなった、かも……フヒ……」

 

 

 

でも、笑っていた。

 

 

 

八幡「……そうか」

 

 

 

釣られて、苦笑する。

 

なら、良かったよ。

お前が良いと思えたんなら、それで。

 

 

 

輝子「そ、それで、プロデューサー……お、お願いがあるんだけど…」

 

八幡「なんだ?」

 

 

 

躊躇う素振りを見せる星だったが、意を決したのか、おずおずと口を開いた。

 

 

 

輝子「わ、私と……トモダチに…」

 

八幡「いやそれは無理」

 

輝子「」

 

 

 

星が固まっている。

え、そんなにショックだった?

 

 

 

凛「ちょ、ちょっとプロデデューサー! 今は完全に友達になる流れだったよね!?」

 

 

 

抗議を上げてくる凛。

うむ。ちゃんとツッコミの役割を果たしてくれているな。

 

 

八幡「何言ってんだ、俺はお前らのプロデューサーだぞ? それでもう関係が出来上がってんじゃねぇか」

 

凛「そういう事じゃなくて……」

 

輝子「フフ……大丈夫、な、慣れてるから……」

 

 

 

全然慣れてるようには見えん。

 

つーか友達を断られるのに慣れるなんて無理だろ。

……俺も経験があるからな。高校に入ってからは、二回程。

 

しかし、星のお願いを聞く事は出来ない。

 

……お願いで友達になるなんて、それこそ間違ってるからな。

 

 

 

八幡「いいか星。臨時とはいえ俺はお前のプロデューサーになったんだ。これからぼっちのなんたるかを教えていってやるからな」

 

凛「アイドルプロデュースと関係あるの? それ」

 

輝子「……な、なら、その間に私のトモダチのキノコとトモダチになってもらう…そしてゆくゆくは……フヒッ」

 

凛「趣旨、趣旨を忘れてるよ二人とも」

 

 

 

面白ぇ、やってみやがれ!

……で、キノコと友達ってどうやってなんの? ちょっと気になっちゃう。

 

 

 

凛「はぁ……私、これからこの二人と活動していくんだね……」

 

ちひろ「大丈夫ですよ♪ それに、この先はもっと個性的なアイドルと一緒になる可能性もありますよ?」

 

凛「全然大丈夫じゃないよね、それ……」

 

 

 

俺がプロデューサーになったのが運の尽きだったな凛。

何せ、既に俺の運が尽きているからな。

 

 

 

八幡「そんじゃ、明日は手始めにレッスンだ。遅れんなよ凛、星」

 

凛「ハァ……了解だよ」

 

 

 

そんな露骨にため息を吐かないでくださる?

んで星、返事はどした。

 

 

 

輝子「……し、しょうこ」

 

八幡「あ?」

 

輝子「ぷ、プロデューサーとか、名字だと、他人行儀だし……呼び捨てがいいよね。……は、はちまん…! フ、フフ、これもう友達じゃね……?」

 

八幡「いやないから」

 

 

 

なに、最近の女の子は名前呼びが流行ってんの?

ハードル高過ぎるでしょ。なんでぼっちなのにそこんところは積極的なわけ?

 

 

 

八幡「……遅れんなよ、輝子」

 

輝子「……! フ、フヒヒ……任された」

 

 

 

ったく、良い顔で笑えんじゃねぇか。

 

あと凛、何故にそんなに睨む。

俺が何した。

 

 

 

凛「いいよ、プロデューサーらしいしね」 ハァ…

 

八幡「解せぬ」

 

 

 

 

 

 

ちひろ「あ、そう言えば凛ちゃんと輝子ちゃんって同い年ですよね」

 

凛「!?」

 

輝子「フヒ、よろしく……り、凛ちゃん……フフ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡「さて、今日の反省会の時間だ」

 

凛「うん」

 

輝子「フ、フヒ…」

 

ちひろ「やっぱり、ここでやるんですね……」

 

 

 

場所は我がシンデレラプロダクションの事務スペース。

プロダクション内での臨時奉仕部を引き受けた報酬で手に入れた場所だ。使わない理由はない。

 

正直ここに入り浸っている所を他の一般Pに見られると、あまり良い印象は与えないのだが……

まぁ、ぼっちスキルを持っている俺からすればどうってことはない。

 

……自分で言ってて悲しい気もするが。

 

 

 

八幡「ちなみに配置はちひろさんの前に俺、隣に凛、(デスクの)下に輝子、といった具合だ」

 

凛「誰に説明してるの?」

 

 

 

もういいんだよそのくだりは。いい加減察しろ。

あと輝子、お前は結局その位置なのね。ちひろさんの隣とか、凛の隣とか空いてるよ?

 

 

 

輝子「フフ…今日もキノコは元気……そろそろ収穫の時期か……」

 

 

 

相変わらず下でキノコと戯れておられる。ていうかやっぱり食べるんだ……

 

 

 

八幡「んで、今日のレッスンだが……」

 

凛「……色々と大変だったね」

 

輝子「フ、フヒヒ…………疲れた」

 

ちひろ「な、何かあったんですか?」

 

 

 

遠慮なく俺たちの反省会に介入してくるちひろさん。

 

もうあれですね、開き直ってますよね。

まぁこっちとしてはアドバイスを貰えるのは助かるんですが。

 

 

 

八幡「色々あったんですよ。実は……」

 

ちひろ「……」 ゴクリ

 

八幡「……説明すんの面倒なんで、回想シーンに移りますね」

 

ちひろ「いやいいんですかそれ!?」

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

東京にある某レッスン場。

 

 

 

トレーナー「えー、それではあまり余裕もないですし、合同レッスンを始めたいと思います。

 

「「「はいっ!」」」

 

 

 

壁が鏡張りにされたいかにもなトレーニングルーム。

 

その部屋の奥で、若い女性のトレーナーが説明をしている。

それに返事をする十数人の若手アイドルたち。通称モブドルである。

 

 

 

凛「……今日は結構な人数がいるね」

 

八幡「うちのアイドルだけで100人以上いるからな。いちいち個人個人でレッスンしてたらキリがないんだろ」

 

 

 

基礎的なレッスンは大人数でも出来る。逆に言えば、早く仕事を見つけステップアップすれば、もっと本格的なレッスンを受けられるという事だ。そうすればこんな大人数ではなく、個人で指導を受ける事だって出来るだろう。

 

周りを見れば、アイドルに対してプロデューサーの数は少ない。おおかた営業にでも向かってるんだろうな。

 

……やっぱり俺も行った方が良いのだろうか。

 

い、いやほら、ちひろさんも「営業に行って仕事を見つけるのも大切です。ですがアイドルのレッスンにも付き添わないと、自分のアイドルの実力、適正を測る事は出来ませんよ?」って言ってたし。うん。

 

 

 

八幡「……明日は営業の方にも手を回してみるか」

 

凛「プロデューサー?」

 

 

 

俺の独り言に反応する凛。

 

ちなみに格好はTシャツにハーフパンツというレッスン用のラフな格好だ。

……うむ。何故かは分からんが目線が泳いでしまう。何故かは分からんが。

 

 

 

八幡「何でもねぇよ。それよりも、輝子はどこ行ったんだ? もうレッスン始まるぞ」

 

 

 

さっきから姿が見えないので、凛に訊いてみる。

さすがにまだ着替えてるって事はないだろうが、他に見当たらない理由も無いしな。

 

 

 

凛「あれ、おかしいな。着替え終わる所までは一緒だったんだけど……」

 

 

 

釣られて凛もキョロキョロと辺りを見回す。

 

お花でも摘みに行っているのだろうか。いやあいつの場合はキノコか。

と、下らない事を考えていたら、凛に袖を引っ張られる。

 

どうでもいいけど、その仕草はホントに男心をくすぐるから止めて頂きたい。でもやって貰うと嬉しいから困る。

 

 

 

凛「プロデューサー、あそこ」

 

 

 

凛の指差す方向を見ると、鏡の横に設置された括られたカーテン。その中が……妙に膨らんでいる。それも、人間サイズで。

 

 

 

八幡「……あれだな」

 

凛「あれだね……」

 

 

 

トレーナーさんの説明中だが、仕方なく俺たちはそのカーテンの方へと静かに向かう。

 

 

 

八幡「おい」

 

カーテン「……!」 ビクッ

 

 

 

声をかけると、面白いくらいに反応する。そりゃ隠れている時に突然声をかけられたら驚くだろう。

 

 

 

八幡「お前は完全に包囲されている。大人しく投降しろ。というかレッスンしろ」

 

 

 

脅しをかけてみたが、良く考えたらコイツが輝子だという確証もない。……これ人違いだったら恥ずかしいってレベルじゃないな。

 

 

 

カーテン「ひ、人前は、ヤバイ…ヤバイ…」

 

 

 

間違いなかった。

 

 

 

八幡「いいから出ろ。身内同士でそんな事言ってたらこの先やってけねぇぞ」 グイっ

 

カー子(半分出てる)「だ、だって、みんな誰だコイツ…みたいな目で見てくるし……!」

 

 

 

無理矢理カーテンを剥がそうとするが、むこうも抵抗してくる。お前、意外と力あるな!

 

 

八幡「そりゃお前の事知らないから当然だろ。そんな事言ったら俺だって、油断したらすぐにモドリ玉使いたくなるくらい緊張してるわ……!」 ググっ

 

 

 

ぼっち舐めんな! この仕事始めてから三度の飯より帰りたい精神だぞ!

 

俺がカーテンと格闘していると、またも凛に袖を引かれる。引かれる思いとはこの事か。

 

 

 

凛「プロデューサー、プロデューサー」

 

八幡「なんだよ。お前もコイツを引きずり出すの手伝…」

 

凛「周り」

 

八幡「あ?」

 

 

 

言われて気づく。

周りを見渡してみると、トレーナーやモブドル、一般Pの奴らまでこっちを訝しむような目で見ている。

 

 

 

八幡「……」

 

凛「……」

 

カーょう子(ほぼ出てる)「……」

 

 

 

……うむ。

 

 

 

八幡「はぁー、だから止めといた方が良いって言っただろ凛」

 

カーテンを掴む輝子(出た)「フヒヒ……凛ちゃんはお茶目……」

 

凛「えっ!? わ、私なの!?」 ガーン

 

 

 

とりあえず、ここはあれだ。この空気が耐えられないので誤摩化すように茶化す。凛は犠牲になったのだ。

つーか、これに乗るあたり輝子は分かってるな。

 

 

 

八幡「合同レッスンで緊張しているのも分かるけどな、うん」

 

輝子「フ、フフ……そんなに怖がらなくても、いい…」

 

凛「いやいやいやいや」

 

 

 

どうだ。これでどうにか……?

 

 

 

トレーナー「あなたたち」

 

八幡・凛・輝子「はい」

 

トレーナー「今日の所は……ね?」 ニッコリ

 

八幡・凛・輝子「…………はい」

 

 

 

俺たちは静かに退室した。

 

トレーナーさんが怖かった。

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

八幡「とまぁそんなわけで、レッスンも受けられずに今日は帰ってきました」

 

ちひろ「ダメダメじゃないですか!?」

 

 

 

回想、終了。

 

 

 

ちひろ「それに色々も何も、レッスンやってないじゃないですか!」

 

八幡「ぐうの音も出ない……」

 

 

 

いやマジで何してんだろうね? 小学生か俺らは。

 

 

 

ちひろ「全く……それで? この時間に帰って来たって事は、何か他にやっていたんでしょう?」

 

 

 

呆れたように言うちひろさん。

おお、さすがだな。今こっちから弁解しようとしていたんだが、まさか見越されるとは。

 

 

 

八幡「フッ……当然ですよ。俺たちが何もせずに帰ってくるとでも?」

 

 

 

なのであえて俺も上から言ってみる。

 

 

 

八幡「自主的に練習出来る良い所がありましてね……まぁ言ってしまえば」

 

ちひろ「言ってしまえば?」

 

八幡「カラオケに行ってきました」

 

 

 

どれだけ歌って踊っても大丈夫!

俺も小町に付き合わされてよく行ったものだ。……一人でも。

 

 

 

凛「プロデューサーが結構上手くてビックリしたよ」

 

輝子「フ、フフ…きのこの唄が歌えて満足……」

 

八幡「めっちゃ懐かしかったな。あれ」

 

 

ちひろ「いや遊んでるじゃないですかっ!?」

 

 

 

全力で突っ込まれてしまった。

 

 

 

八幡「何言ってるんですか、ちゃんと練習してるでしょう」

 

 

自分に合った歌を歌い、聴いてもらい、しかも点数までつけてくれる。これが練習と言わずなんと言うのか。

 

 

 

ちひろ「じゃあなんで比企谷くんも歌ってるんですか?」

 

八幡「……」

 

ちひろ「……」

 

八幡「……すみませんでした」

 

凛「認めたっ!?」 ガーン

 

 

 

どうやら凛はホントに練習だと思っていたらしい。真面目である。

いやまぁ練習のつもりだったよ? でもあんだけ勧められたら、ねぇ?

 

 

 

八幡「まぁ合同レッスンは明日もある。明日こそはレッスンすればいい」

 

輝子「フ、フヒ……」

 

凛「……私、遊んでたんだ…」

 

ちひろ「が、頑張って凛ちゃん!」

 

 

 

前途多難であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡「さぁ、今日も反省会するぞー……」

 

凛「……うん」

 

輝子「……フ、フフ」

 

ちひろ「なんか、今日は妙にやつれてますね」

 

 

 

手痛い失敗をした翌日。今日も今日とて反省会だ。

各々の位置は……もう分かっていると思うから割愛。

 

 

 

ちひろ「それで? 今日はどうだったんですか?」

 

 

 

話す前にちひろさんに訊かれてしまった。

もうあなたがプロデューサーでいいんじゃないですかね。

 

 

 

八幡「結論から言うと、レッスンは出来ました。けど……」

 

ちひろ「……けど?」

 

八幡「めんどいので、回想シーンを見てください」

 

ちひろ「薄々察してましたよ! ええ!!」

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

トレーナー「いいですか? 今日は真面目に受けてくださいね?」

 

凛「はい……」

 

輝子「は、はい……」

 

 

 

昨日と同じトレーニングルーム。

 

レッスンを受ける手前、トレーナーさんから注意を受けてしまった。

全く、プロデューサーとして情けないぞ。もっとしっかりしてほしいものである。

 

 

 

トレーナー「プロデューサーさんも、ですよ?」 ニッコリ

 

八幡「……はい」

 

 

 

いや、ホントすいません、調子に乗ってました。

やはり、トレーナーさんは怖かった。

 

 

 

トレーナー「それじゃあ、レッスンを始めますよー」

 

「「「はいっ!」」」

 

 

 

今日もモブドルの皆さんは元気が良い。

その点うちのアイドルを見ると……元気無さそうだなおい。

 

 

 

八幡「大丈夫か、お前ら」

 

凛「私は大丈夫だけど?」

 

 

 

まぁお前はな。なんだかんだでメンタルは強そうだし。

問題はお前だキノ子。

 

 

 

輝子「フ、フヒヒ……」 カタカタ

 

八幡「おい、輝子。大丈夫か?」

 

輝子「フ、フヒヒ……」 カタカタ

 

八幡「……」

 

 

 

ヤベェ……なんか知らんがヤベェ……

 

もしかして意識失ってる? さっきから笑いしか出てねぇぞ。

あと前から思ってたけど、女の子がしていい笑い方じゃないよね。

 

……仕方ない。ここは強引に現実に引き戻すか。

 

 

 

八幡「おい輝子。もしこのレッスンを無事乗り切れたら、焼き肉に連れてってやる」

 

輝子「フ、フヒヒ……」 カタカタ

 

八幡「そこの焼き肉屋な、野菜が食べ放題なんだ」

 

輝子「フ、フヒッ!」 ピタッ

 

八幡「……キノコも、食べ放題だぞ」

 

 

 

まぁそうは言っても種類に限りはあるけどな。

けど興味は持ってくれた。さぁ、食いつくか……?

 

 

 

輝子「……ヒ…」

 

凛「ひ?」

 

輝子「ヒャッハァァ「うるさいですよっ!」……すいません」

 

 

 

びっくりしたー……

 

いきなり叫んだ輝子もだが、間髪入れずにお叱りしてきたトレーナーさんにびっくりした。

 

 

 

トレーナー「もう、真剣にやる気あるんですか?」

 

 

 

プンプンと怒った様子のトレーナーさん。

何故だろう。笑いながら怒っている時よりそうしている方が可愛い。

 

 

 

八幡「す、すいません。ちょっとやる気が空回りしているみたいで。ほら、声を上げて気合いを入れるみたいな?」

 

輝子「す、すいません……」

 

 

「ほらお姉ちゃん、謝ってるんだし、そんなに怒らなくても」

 

 

 

まさかのフォローに誰かと思って見てみると、トレーナーさんとそっくりな女の子がいる。誰?

 

 

 

トレーナー「あ、こっちの子は妹です。まだまだルーキーですが、今回一緒にレッスンをやってトレーナーの勉強をしてもらおうと思って……」

 

「よろしくお願いします♪」

 

 

 

眩しい笑顔を見せるトレーナーの妹さん。ふむ、ここはルーキートレーナーとしておこうか。

とすれば、小町がプロデューサーになったら、ルーキープロデューサー?

いや、俺がもう既にルーキーだけど。

 

そんなどうでもいい思考は放っておいて、トレーナー姉妹が仲睦まじく会話をしている。

 

 

 

ルーキートレーナー「そんなに怒ってたら、怖い人だと思われちゃうよ?」

 

トレーナー「えっ! い、いや、別に怒ってるわけじゃないんですよ? ただ、少し注意しただけで…」

 

 

 

顔を赤くして弁解するトレーナーさん(可愛い)。

 

 

 

八幡「いえ、これからは気をつけますんで」

 

輝子「……は、はい。気をつけます……n」

 

 

 

さっきの歓喜は何処へやら。

しおらしく謝る輝子。気のせいかアホ毛も項垂れている。いつもか。

 

 

 

反省していると思ってくれたのか、トレーナー姉妹はレッスンの準備に戻っていく。

 

 

 

八幡「まぁ元気出せ。焼き肉はホントだからな」

 

輝子「うん……が、頑張る…!」

 

 

 

うんうん。そういう普段大人しい子が健気に頑張る姿、八幡的にポイント高いぞ。

けどさっきの叫びは何か狂気じみたものを感じた。……嫌な予感がするなぁ。

 

そして俺がやる気を出した輝子を応援していると、ふと隣から視線を感じる。

 

 

 

凛「……」 ジーッ

 

 

 

凛ちゃんなう。

 

 

 

凛「……プロデューサー、私は?」

 

八幡「へ?」

 

 

 

いきなりだったので、思わず変な声が出てしまう。

 

 

 

凛「私も、レッスンやるよ?」

 

 

 

あぁ、そういう事ね。

 

 

 

八幡「分かってるよ。レッスン終わったら焼き肉食いに行くか。凛も一緒に」

 

 

 

そう言ってやると、満足したのか、凛はニッコリと笑って頷いた。

 

 

 

凛「うんっ。私も頑張るね」

 

 

 

嬉しそうに笑いやがって。そんなに焼き肉食べたかったの?

……お財布大丈夫かな?

 

念の為お金を降ろしておこうかと俺が考えていると、トレーナーさんがレッスンを始める声を上げた。

 

 

 

 

 

 

トレーナー「それじゃ、まず始めにストレッチをしますので、二人一組になってくださーい」

 

 

 

八幡「なん……だと……!?」

 

 

 

思わず漏れた俺の呟きもなんのその、モブドルたちは「はーい」と何の気無しにペアを作り始める。

 

まさか、ここであの必殺“二人組作ってー”を発動するとは……!

トレーナーさん、恐ろしい子……!

 

俺が当事者だったらと思うとゾッとする。しかし、今問題なのは、現在進行形でゾッとしている奴がいるという事だ。

 

 

 

 

 

 

輝子「……ッ!」 カタカタ

 

 

 

 

 

 

き、キノ子ォォオオオッ!!!!

 

 

 

戦慄の表情で動けずにいる輝子。もはや笑う事すら出来てねぇぞ!

 

やばい。俺もアイツもぼっちだからこそ分かるのだ。

今どれだけ自分が不味い状況にいるのかが。

 

待て、落ち着くんだ。koolになれ比企谷八幡。

 

そうだ。今この場には、もう一人の担当アイドルがいるじゃないか!

 

 

 

「ねぇ、あたしと組まない?」

 

凛「え? で、でも……」 チラッ

 

「いいからいいから!」

 

凛「ちょ、ちょっと……!」

 

 

 

モブドルゥゥウウウッ!!??

 

 

 

どこぞの誰かも分からないモブドルに凛が引っ張られて行ってしまった。

 

くそっ! この世に神はいないってのか! ちひろの目にも涙ってのは嘘だったのかよ!

 

 

 

輝子「……っあ…」

 

 

 

すがるように凛を目で追う輝子。

 

もうやめてくれよ、輝子のHPはとっくにゼロだよ……

つーか、自分がそういう立場になるのは勿論キツいけど、知り合いがなってる場面見るのも大分堪えるなオイ……

 

 

 

八幡「……チッ」

 

 

 

もう殆どペアは出来ている。見るに、余った奴は居なさそうだ。輝子を除いて。

 

……仕方ねぇ、ここはアレしかねぇか。

 

 

題して“先生と一緒”作戦(今回の場合はトレーナーさんにあたる)。

 

 

いや、ただ単に先生とペアを組むって事なんだけどね。しかも作戦と言っておきながら、結局こうならざるをえないのだが。先生と組むって、生徒には酷過ぎるでしょ……

 

どうせ輝子には一人余った事を告げる勇気は無いので、俺がトレーナーさんに言ってやる事にする。

気づかれるのを待ってたらまた怒られそうだしな。

 

 

 

トレーナー「それじゃあ私たちはお手本として、前でやるから…」

 

ルーキー「ふむふむ…」

 

 

 

ルキトレさぁぁぁん!!?

 

 

 

なんてこった、まさかの先生役までいないとは……!

これは、詰んだ。詰みと言わざるをえない。

 

見ると、輝子は動けずにじっとしたままだ。

 

 

 

八幡「……」

 

 

 

普段の俺なら、見限っていた。もう出来る事は無いと、見放していただろう。

 

これもぼっちの宿命。

 

 

一人でいるのは楽だ。しかし、生き辛い。

受け入れるしかない。

 

普段の俺なら、そう言っていただろう。

 

しかし、ホントに残念な事に……

 

 

 

臨時とはいえ、俺は、アイツのプロデューサーなんだよな。

 

 

 

八幡「……仕方ねぇか」

 

 

 

俺はジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを解く。

 

 

 

輝子「……は、八幡…?」

 

 

 

近づいて来た俺に、不思議そうな声を出す輝子。

 

 

 

 

 

 

八幡「俺が組んでやる」

 

 

輝子「……え…?」

 

 

八幡「ぼっちはぼっち同士、俺が組んでやるって言ったんだよ」

 

 

 

ひとりぼっちは、寂しいもんな。

 

 

 

凛「いやダメだから」

 

 

 

ダメだった。

 

 

 

 

 

 

凛「プロデューサーが組んでどうするの。アイドルでも目指すつもり?」

 

八幡「うぐっ……しょうがないだろペアがいないんだから」

 

凛「だからって、女の子とペア組んでストレッチとか、セクハラって言われても仕方ないよ?」

 

 

 

呆れたように冷たい視線を送ってくる凛。

ふえぇ……雪ノ下が取り憑いてるよぉ……

 

 

 

凛「まぁ冗談はこの辺にして」

 

八幡「冗談だったのか……」

 

 

 

絶対本心だったろ。

 

 

 

凛「プロデューサーの心遣いは分かるけど、やっぱり問題あると思うしさ。私が組むよ」

 

輝子「えっ……?」

 

八幡「いやでも、お前さっきの子はどうしたんだよ」

 

 

 

さっきの無理矢理連れて行ったモブ子。いやモブドルか。どっちでもいいね。

 

 

 

凛「うん。さっきの子には事情を説明して、分かれてきた。他のペアに入れてもらって三人でやるってさ」

 

 

 

なるほど、三人でやるっていう手もあったのか。

 

長い事ぼっちをやって来たが、いつも“先生と一緒”作戦か“仮病で見学”作戦しかしてなかったからな。もう作戦でもなんでもない。

 

しかしそれならば、輝子がどこかのペアに入れてもらうという手もあったはずだ。おそらく、凛が輝子に気を遣ったのだろう。こっちの方が輝子の気が楽だと。

 

 

 

輝子「ど、どうして……そこまで……?」

 

 

 

心底不思議そうに訪ねる輝子。

その気持ちは、同じぼっちの俺としてもよく分かる。

 

 

 

凛「どうして?」

 

 

 

今度は、凛の方が心底不思議そうに言葉を返す。

 

 

 

凛「組みたかったから、だけじゃダメなの?」

 

輝子「……ッ…!」

 

 

 

……相変わらず、コイツは真っ直ぐだな。

 

思った事は言うし、思った事は曲げない。

そこが凛の魅力なんだろうな。思わず惚れそうだ。

 

こんなぼっちの自分に、嫌な素振りも見せず話しかけてくれるバカっぽい明るい少女。

 

そんなとあるクラスメイトを、思い出した。

 

 

 

凛「ほら、早くしないとレッスン始まるよ」

 

輝子「……り、凛ちゃん……」

 

凛「何?」

 

 

 

輝子はいつかと同じように、躊躇い、意を決し、言葉を紡いだ。

 

 

 

輝子「わ、わたしと……トモダチに、なってくれませんか……?」

 

凛「……何それ。傷つくんだけど」

 

輝子「……ッ」 ビクッ

 

 

 

凛の答えに、怯えるように俯く輝子。

それに対し凛はーー

 

 

 

 

 

 

凛「私は、もう友達だと思ってたよ?」

 

 

輝子「……え…?」

 

 

 

凛は、心からの気持ちを言葉にしていた。

 

 

 

凛「ほら、行こ輝子」

 

 

 

手を引っ張る凛。

輝子は、俯いていた顔を上げ、戸惑いの表情を浮かべ、

 

 

 

輝子「…っ…うん……フフ……」

 

 

 

心から、笑っていた。

 

 

 

八幡「……ったく」

 

 

 

二人でレッスンに向かうその姿を見て、苦笑混じりに溜め息を吐く。

 

ちょっとだけ寂しい気分になったのは、秘密である。

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

八幡「まぁそんなわけで、無事レッスンを終える事が出来たわけです」

 

 

 

回想、終了。

 

 

 

ちひろ「良かったじゃないですか! ちゃんとレッスンも出来て、仲も深まって!」

 

 

 

まぁ確かにその通りだ。その後のレッスンも順調にこなしていったし、大きな失敗も無かった。大成功とも言えるだろう。

 

……言えるんだが。

 

 

 

ちひろ「で、なんでそんなにやつれてるんです?」

 

 

 

そこである。

 

 

 

八幡「いえね。さっきレッスンが無事終わったら、焼き肉に行くって言ったじゃないですか」

 

ちひろ「あぁ、そういえば言ってましたね。キノコも食べられるとか……」

 

 

 

そう。行ってきた。

行ってきた結果……

 

 

 

八幡「食べ過ぎました……」

 

凛「もう、キノコは食べたくない……」

 

輝子「フ、フヒヒ……まんまん満足……」

 

ちひろ「そこっ!?」

 

 

 

もう当分はキノコはいいや……

正直見たくもない。すぐ足下にあるけど。

 

 

 

ちひろ「いやいやいや、レッスンじゃなくてそこでヤられたんですか!?」

 

八幡「食べ放題だったんですけど、輝子が尋常じゃない量のキノコ(+野菜)を頼みまして……」

 

 

 

それの消費を手伝ったというわけだ。焼き肉の食べ放題なのに、明らかキノコのが食ってたぞ。

 

 

 

凛「しかも食べ残すと、料金が発生しちゃうお店だったから……」

 

ちひろ「注文した時には既に遅し、と」

 

八幡「そういう事です」

 

輝子「お、お持ち帰り出来なかったのが、残念……」

 

 

 

あの上まだ食うのかコイツは。いいのそんなに友達食べちゃって?

 

 

 

輝子「り、凛ちゃん、また……一緒に食べに行こう…?」

 

凛「うっ……プロデューサー……」

 

 

 

そんな目で俺を見るな。俺にはどうしてやる事も出来ん。

 

しかしこうして見ていると、凛が輝子の頼みを断れないとことか、は雪ノ下と由比ヶ浜に少し似ているな。

微笑ましいな。見ている分には。

 

 

 

ちひろ「折角レッスンしたのに、勿体無いですねぇ……」

 

八幡「言わんでください」

 

 

 

そこが一番突いてほしくない所だ。こりゃ当分はレッスン漬けだな。

しかし俺がそんな風に考えていると、ちひろさんは呆れ顔から一転、笑顔になる。

 

 

 

ちひろ「しかしそんな比企谷くんたちに、朗報があります」

 

八幡「朗報?」

 

凛・輝子「「?」」

 

 

ちひろ「じゃじゃーん! これです!」

 

 

 

ちひろさんが差し出してきた一枚の紙。というか書類には、こう書いてあった。

 

 

 

八幡「『○○会社のイメージタレント募集オーディション』……って」

 

 

凛・輝子「「オーディションっ!?」」

 

 

 

……どうなる事やら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小学生の時の話だ。

 

 

当時はまだぼっちなんて言葉を知らなくて、一人ぼっちだった時の話だ。

 

小学生の頃の事など、もうあまり覚えちゃいないが、いくつか覚えている事がある。

……まぁ、ほぼ嫌な思い出なんだけどな。

 

 

けどその時の事は別にトラウマでもなんでもなく、ただ、なんとなく覚えていた。

 

 

小学生の頃俺は、当時通っていた小学校まで徒歩で通学していた。

別に珍しい事でもない。むしろ割合としては一番多い通学方法だろう。

まぁ、今はモンスターペアレントなんてのもいるらしいし、車で送る家庭も増えているのかもしれないが。

 

とにかく。俺は当時徒歩通学であった。

 

別に特別遠いわけでも、めちゃくちゃ近かったわけでもない。至って普通の、小学生が歩いていける距離。

 

そんな通学路で、ある一カ所。横断歩道があった。

 

もちろん横断歩道なんていくらでもある。通学路にも当然いくつかあった。

しかしその横断歩道はあまり車の通らない路地にあり、ほぼあって無いようなもの。

誰しもが思った事があるであろう「ここ、信号必要なの?」という交差点。

 

そこの横断歩道であった。

 

 

ここで繰り返すが、俺は当時小学生であった。正直学年はあやふやだ。

しかし当時の俺たちは、純真無垢な子供から、思春期の少年少女へと変わりつつあったのだ。

 

成長とは、何も良い事だけではない。

得るものは何も、良い事ばかりではないのだ。

 

この時、この横断歩道を通る小学生。

 

いつからだろうか。

 

 

車が通らないなら、と。小学生が信号を待たなくなったのは。

 

 

別に命に関わるような問題でもない。

確かにそこの交差点は車の通りがほとんど無いし、実際小学校を卒業するまで、事故なんてものも聞いた事が無かった。

その小学生たちだって、他の横断歩道では信号が青になるのを待つだろう。

 

けれど。いつからか小学生は、信号を無視するようになったのだ。

 

 

俺はその当時も一人ぼっちであった。

小町が通うようになるまで、俺は一人で通学していた。

 

そんな時、ある光景を見たんだ。

 

3人~4人の集団下校する同級生たち。

見かけたのは例の横断歩道。別に車は通っていない。

 

楽しそうに騒ぎながら、話しながら渡っていく小学生たち。信号は赤。

 

その中で、一人だけ躊躇う少年がいた。

 

他が気にせず渡っていく中、その少年は躊躇した。

 

けれど、それも一瞬の事だった。

 

赤信号、皆で渡れば怖くない、ってか。

俺はその言葉を、何年後かに知る事になるが……正直、嫌いな言葉だ。

 

当時の俺は、信号を待たずに渡った“皆”よりも。

 

 

 

“皆”がやるなら、と自分を曲げた少年の方が、

 

 

 

カッコ悪いと、思ってしまったのだ。

 

 

 

しかし、言ってしまえばたったそれだけの事。

今そんな光景を見た所で何とも思わないし、気にも留めないだろう。

 

けど、何故かその時の事は覚えている。

 

 

……そういえば律儀に信号待ってたら、女子に「何アイツ、あんな所で一人で突っ立って……キモっ」って言われた事があったな。

 

 

 

 

 

 

八幡「……やっぱ嫌な思い出じゃねーか。何トラウマ思い出してんだ、俺……」

 

 

 

早朝6時。

 

割と最悪な目覚めであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小町「ふーん。また懐かしい夢を見たねお兄ちゃん」

 

 

 

眼前におわすは我が妹、小町。

そして眼前に並ぶは我が妹の手料理の、朝食。

 

……ふむ。良い朝だ。

 

 

そんな風に目覚めの悪さを癒す朝。

例のオーディションを告げられた翌日である。

 

基本的にうちの親は家を空ける事が多いので、こうして小町の手料理を頂く事も少なくない。その点はある意味感謝だな。自分で作らなきゃならん時は面倒だが。

 

 

 

八幡「まぁな。またいらんトラウマを思い出してしまった」

 

 

 

小学生とは怖い生き物だ。というか子供が怖い。

 

なんであんなに思った事をそのまま言っちゃうの? せめて本人のいない所で言ってほしい。泣いちゃう。つーかあん時は小学生だったからホントに泣いていたんじゃ……?

 

と、俺が過去のトラウマに悶々とし始めていると、朝食の準備を終えた小町が向かいに座る。

そのエプロンを自然に椅子の背もたれに掛ける所が、妙に自然で、何と言うか、良いですね。

 

そうアホな事を考えていると、小町はクスッと笑って言ってくる。

 

 

 

小町「でもでも、それでもお兄ちゃんは、待つ事はやめなかったんでしょ?」

 

八幡「……まぁ、な」

 

 

 

それだけ聞くと凄い一途な人みたいだが、実際は信号待ちをしているだけだ。

 

 

 

小町「なら良いじゃん。お兄ちゃんのそういう所、小町は好きだよ? あ、今の小町的にポイント高ーい♪」

 

八幡「……あ、っそう」

 

 

 

そりゃこっちの台詞だ、パカタレ。

八幡ポイント高過ぎて攻コスト以外にも振り分けたくなるだろーが。

 

全く。そんな事を言うから、こんな立派なシスコンになっちまったんだぞ?

こりゃ、当分嫁には出せんな。うん。

 

 

 

そんなこんなで朝食終了。

 

小町が後片付けをしてくれている間にネクタイを締める。

 

……なんか、いつの間にかスーツにも慣れてきたな。

嫌だ嫌だ。文化祭の時もそうだったが、俺は働き始めると存外社畜っぷりを発揮してしまうらしい。

こ、このままではシンデレラプロダクションに永久就職なんて事も……!?

 

 

 

八幡「……いや、それは無いな」

 

 

 

この企画の中に、優秀な人材を発掘するという目的が少なからずあるのは薄々分かってはいた。しかしその敷居の高さは、アイドルに勝るとも劣らないだろう。

 

そのまま正社員に抜擢されるような人材なんて、100人中10人いたら多い方じゃないか?

確かにそういう意味では、このプロデューサー大作戦は良い選抜方法なのかもな。より実践的に手腕を測る事が出来るのだから。もしかしたら、これこそがその企画の本当の狙いなのかもしれない……それは考え過ぎか。

 

ま、どちらにせよ俺には関係の無い事だ。

 

抜擢される事は無いだろうし、万が一されるような事になっても、断るだろう。

 

しかし疑問は残る。

 

一年後の総選挙で決められるシンデレラガール。

 

 

 

そのアイドルの“プロデューサー”は、果たしてどうなるのか?

 

 

 

実際の所、明言はされていない。

何か表彰でもされるのか、景品が貰えるのか、もしくはーー

 

 

 

八幡「まさか、強制的に正社員になるって事はねぇよなぁ……?」

 

 

 

正直、それは勘弁していただきたい。まぁ今の段階じゃ要らぬ心配だとは思うが。。

捕らぬ狸のなんとやらだ。そんな事は、凛がシンデレラガールになってから考えればいい。

 

 

 

八幡「……ん?」

 

 

 

今何か、違和感を感じた。

それは別に病気の予兆とか、前兆の感知なんてものでもない。俺に幻想はぶち殺せない。

 

何と言えば良いのか、自分自身の思考に対する違和感、とでも言えばいいのか?

 

うーむ謎だ。

 

 

 

八幡「……」

 

小町「およ。どうしたのお兄ちゃん。ネクタイ締めたまま固まっちゃって」

 

 

 

俺が思考の渦に巻き込まれていると、支度を終えた小町がやって来た。いつの間にやら、家を出る時間になっていたようだ。

 

 

 

八幡「なんでもねぇよ。さっさと出るか」

 

小町「そだね。……あ! そうだった、お兄ちゃんに言っときたい事があったんだ」

 

 

 

玄関に向かっている最中、急に思い出したように言う小町。なんか嫌な予感がするんですが……

 

 

 

小町「お兄ちゃんの担当アイドルの……えぇーっとー…凛、さん? だっけ? 今度家に連れて来てよ!」

 

八幡「ええー……やだよ」

 

 

 

いや普通に嫌だ。ハズいし。

つーか、別に呼ぶ理由なくなくない?

 

 

 

小町「良いじゃーん、小町も挨拶しときたいし。それに、新たな嫁候補だよ? これが会わずにしてどうしろと!」

 

八幡「どうもしなくていい。つーか担当アイドルと結婚するとか、そんな簡単にセーラー服は脱がせねぇんだよ!」

 

 

 

凛はにゃんこキャラでもないしな。そっちは星空さんにでも任せとけ。

ていうか何。この子、なんでこんなにテンション上がってんの? 萌えじゃなくて燃えなの?

 

 

 

小町「でも、結衣さんと雪乃さんとは会ったんだよね?」

 

 

 

そして何故知っているし。いやまぁどうせ由比ヶ浜あたりから聞いたんだろうが。

女子の情報網とはかくも恐ろしいものである。

 

 

 

小町「良いなー。なんで小町も呼んでくれなかったの? そんな面白そうな場面に立ち会えなかったなんて……くっ! 小町一生の不覚!」

 

八幡「別になんも面白くもない。つーかお前を呼ばなかったのは八幡一生の功績だったな」

 

 

 

もしも呼んでいたらどうなっていたことか。それならばまだ島村や本田が一緒の方がマシである。……いや、どうだろう。それはそれでウザいな。

 

 

どうにか別の話にそらしつつ、小町と雑談しながら家を出る。

 

小町は学校、俺は会社へ行く為駅へ。うわぁ、なんか俺、父親になった気分だ……

どちらにせよ小町は嫁に出さんがな(迫真)。

 

 

通勤&通学している途中、ふと横断歩道にさしかかる。信号は赤。

青になるのを待っている中、思い出すのは今朝の会話。

 

そして、この交差点は一年前の……

 

 

 

小町「お兄ちゃん」

 

 

 

小町の一言で我に帰る。

少しばかり考え込んでしまっていたみたいだ。

 

 

 

八幡「どうした?」

 

 

 

小町の方を向くと、何故かは知らんが、笑っていた。

 

 

 

小町「いつか、一緒に隣で待ってくれる人と出会えるといいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もちろん小町は一緒に待つけどね。だってお兄ちゃんの妹だし。あ、今の小町的にポイント高ーい☆」

 

 

 

そう言い残して小町は学校へ向かっていった。

今日は朝から高ポイントの連続だな。そろそろ守コストにも振り分けるか。

 

 

嫌な事も良い事もあった朝を過ごし、我がシンデレラプロダクションへと出社する。我がとか言っちゃったよ完全にリーマンじゃんオレェ……

 

事務所には数人のアイドルと一般Pがいた。各々が仕事のスケジュール確認や、仕事前の支度へと勤しんでいる。うむ、何故だか頭が痛くなってくるな。

 

そんな中を颯爽と突っ切り、自分のデスクへと向かう俺。

というか、勝手に使ってるだけなのだが。

 

いや、でも輝子よりマシじゃない? あいつデスクの下にキノコ栽培してんだぜ?

しかもこの間誤って蹴ってしまったら怒られたし。怖い。キノコ怖い。

 

 

そして事務スペースに辿り着くと、そこには既にちひろさんがいた。ご苦労様ですな。

 

……前々から思っていたのだが、こうして仕事をしているちひろさんを見ていると、なんか既視感があるんだよな。何でだろう。

 

 

 

八幡「おはようございます」

 

ちひろ「あら。おはようございます比企谷くん」

 

 

 

動かしていた手を止め、挨拶を返してくるちひろさん。

 

 

 

ちひろ「昨日話したオーディションの件、考えてくれましたか?」

 

八幡「ええ、まぁ」

 

 

 

例のオーディション。

まだ出るかどうかは決めていないのだが、俺の一任では決められない。

 

 

 

八幡「やっぱり、本人たちの意思に任せようかと」

 

ちひろ「そうですねぇ……それが一番良いのかもしれません」

 

 

 

頷くように応じるちひろさん。

意外だな。てっきり投げやりだなんだと言われるかと思っていた。

 

そんな俺の気持ちが伝わったのか、ちひろさんは笑いながら補足するように話していく。

 

 

 

ちひろ「比企谷くんだって、ちゃんと色々と考えてその結論だったんでしょう? それくらいは分かりますよ。私だって伊達にアイドル事務所の事務員をやっていませんから」

 

八幡「そんなもんですか」

 

ちひろ「ええ。そんなものです。デレプロ奉仕部の事だって、比企谷くんのことを信用しているから頼んだんですよ?」

 

八幡「ダウト」

 

ちひろ「残念! 本当です♪」

 

 

 

冗談で誤摩化す作戦だったのに、更に返されてしまった。や、やりおるなこの事務員……!

どうにか冷静を保ちつつ、なんてことない風を装う。

 

 

 

八幡「……まぁ、そう言う事にしておきますよ。けど、良いんですか? 特定のアイドルに肩入れはしないって言ってたのに。席まで使わせてもらってるし」

 

 

 

本当に今更だが、大丈夫なのだろうか。

後になってインチキとか言われたらどうしようと少し心配になる。

 

 

 

ちひろ「前にも言いましたけど、デレプロ奉仕部を請け負ってくれているお礼ですよ。むしろこれでも見返りが少ないと思っているくらいです」

 

 

 

これで見合ってないって、この人、この先どれだけの臨時プロデュースを俺にさせるつもりなのだろう……

俺が戦慄していると、ちひろさんは照れたように笑った。

 

 

 

ちひろ「って言っても、本当は近くに置いておきたいだけなのかもしれませんね。あなたたちは、見ていて面白いから」

 

八幡「っ!」

 

 

 

ーーあぁ、そうか。

 

 

今の台詞を聞いてようやく分かった。

この人を見て既視感を覚える理由が。

 

 

似ているのだ。

 

我が担任であり、生活指導でもあり、俺たち総武高校奉仕部の顧問でもある。

 

あの人に。

 

 

 

ちひろ「? どうかしたんですか?」

 

八幡「……いえ」

 

 

 

性格も、容姿も、全然違うのに。

 

それでも、何処か似ていた。

 

 

 

八幡「ちひろさん」

 

ちひろ「はい?」

 

八幡「今度、ラーメンを食べに行きましょう」

 

 

 

おせっかいで、お人好し。

もしかしたら、ちひろさんも教師に向いているのかもな。

 

 

 

ちひろ「よく分かりませんが……是非♪」

 

 

 

その笑顔を見て、そう思った。

 

 

 

……あ、あと独身ってとこも似てるな。やっぱ仕事に生きているからだろうか。

でもこれは言わないでおこう。

 

この人にまで手を出されるようになったら、俺の身が保たないしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛「出るよ。もちろん」

 

 

 

即答であった。

 

確かに凛はそう言うだろうと思ったけど、本当に早い。どれくらい早いかってーと、野球部の返事がニンバス2000なら凛はファイアボルトくらい早い。クィディッチ出れるレベル。いや出るのはオーディションだけども。

 

 

 

輝子「……で、出たい、とは、思う…」

 

 

 

遅かった。というか曖昧だった。

 

大丈夫? お前の箒折れてんじゃない?

こりゃクィディッチには出れそうもないな。いや出るのはオーディションだけれども。

 

 

 

八幡「……じゃあ、二人とも出るって事で良いんだな?」

 

凛「うん」

 

輝子「う、うぅん……」

 

 

 

今のは返事なのか微妙な所である。

 

 

 

ちひろ「最初は書類選考ですし、気軽な気持ちで応募してみるのも良いと思いますよ」

 

 

 

ちひろさんがフォローしてくれた。

まぁ実際その通りだ。まずは書類選考、それを通った後に面接だ。一次で落ちたら話にならない。

 

 

 

輝子「そ、そっか……書類選考があるのか……フヒヒ」

 

 

 

おい。何でちょっと嬉しそうなの? 完全に落ちたら落ちたで良いと思ってるよね?

そんな輝子も心配だが、ある意味ではもう一人の少女も心配だ。

 

 

 

凛「……」

 

 

 

あからさまに緊張している。

どう見ても緊張している。誰が見ても緊張している。

 

 

 

八幡「……大丈夫か?」

 

凛「え? あ、あぁうん。大丈夫だよ」

 

 

 

大丈夫な奴はそんなどもらねぇよ。ソースは俺。

見ろ、こうしている今だって油断するとカタカタと手が震えてくる。たぶん営業行く前とか生まれたての子鹿みたいになっちゃうぞ。

 

 

 

八幡「あまり無理はすんなよ。頑張るのと無理するのは別物だからな」

 

輝子「フフフ……八幡は、良いことを言う…」

 

八幡「お前は多少無理をするくらいで丁度いい」

 

 

 

つーか、話しにくいからいい加減机の下から出てこないか? 他の人が見たら地震でも起きたのかと勘違いするぞ。もの凄く今更だが。

 

 

 

ちひろ「お二人ともオーディションを受けるという事なので、説明を始めたいと思いますね。お願いします助手さん♪」

 

 

 

え、72? 助手? ティーナでもいるの? 

 

 

 

卯月「はーい♪ 助手の島村卯月です!」

 

 

 

違った。むしろ83だった。

 

いきなり現れた島村はどっからかホワイトボードを引っ張ってくる。

そのホワイトボードには、大きく「オーディション概要」と書いてあった。

 

お前、プロデューサーいないからって普段こんな事やってんのか……なんか涙が出てきた。

 

 

 

ちひろ「まず最初に言っておくと、このオーディションはシンデレラプロダクション、つまりウチの会社にのみ持ってこられたお仕事です」

 

 

 

ちひろさんが説明をすると、島村がホワイトボードにかいつまんだ内容を書いて行く。すげぇ丸文字だ。

 

 

 

ちひろ「要は“プロデューサー大作戦”に便乗して、話題を作るために回して頂いた仕事なわけですね。こっちとしても採用されれば知名度は一気に上がるし、向こうとしても会社のPRには持ってこいです。win-winな関係って事ですね♪」

 

 

 

出たwin-win。なんかこういう仕事ってその言葉よく使いそうだよな。

けど俺から言わせてもらえば、そんなの厳密にはあり得ないと思うけどな。

自分の利益と相手の利益が完全に一致する事など無い。どこかでどちらかは妥協しているのだ。それが無ければそんな関係など出来っこない。

 

それって、本当に“自分も勝ち、相手も勝つ”と言えるのだろうか。

 

 

いや今はそんな事はどうでもいい、オーディションだオーディション。

 

 

 

ちひろ「ここで重要なのが、他のプロダクションのライバルはいないという事です。これは若手ばかりのウチとしては大変良い事なのですが、裏を返せば、同じプロダクションの子がライバルという事でもあります」

 

 

 

力強く「ライバル!」と書く島村。ドヤ顔可愛い。

 

 

 

ちひろ「勝っても負けても恨みっこナシ! 大きな仕事としては、これがプロデューサー大作戦が始まって初の対決になりますかね~。ここまでで何か質問はありますか?」

 

凛「はい」

 

 

 

隣の凛が手を挙げた。

もう気分は学校の授業である。ホントに先生になっちゃったねちひろさん。

 

 

 

ちひろ「はい、凛ちゃん」

 

凛「今の所、オーディションを受ける人数はどれくらいなの?」

 

ちひろ「そうですねぇ……ざっと30人くらいですかね」

 

 

 

へぇ、意外だな。もっといるかと思ってた。

シンデレラプロダクションには100人以上のアイドルが所属している。つまりこのオーディションに参加しようとしているのは、全体の三分の一以下という事になる。

 

 

 

ちひろ「まぁ、その実態はプロデューサー不足というのもありますが……やっぱりアイドルの方向性を考えているんでしょうね。イメージタレントの募集ですから、厳密にはアイドルの仕事とは違いますし」

 

八幡「はぁ……成る程」

 

 

 

違いがよう分からんな。

 

 

 

ちひろ「お二人はもちろん、受けるからにはこの会社の事はある程度調べているんですよね?」

 

凛「うん。食品会社だよね」

 

輝子「フヒヒ…ここのお吸い物は美味しい……松茸」

 

 

 

そう。今回受けるこの会社は食品会社だ。

主な商品はインスタント食品や冷凍食品。スーパーによく売られているあーゆーのである。

 

 

 

ちひろ「その通り。つまりこの会社のイメージタレントという事は、食品関係のPRをするのが仕事になるわけです。CMとかで「この冷凍食品、冷凍とは思えない☆」なんて風にですね」

 

 

 

妙に芝居がかってたな今。ちょっとやりたいんじゃないの? ちひろさん、普通に見た目は奇麗だからな。

あと島村、その台詞は別に書かなくていいから。

 

 

 

ちひろ「なので、そういう方面に向いてないと判断する所もあるって事ですね」

 

凛「……私たちって、どうなのかな」

 

 

 

出るって言った後にそれ言う?

まぁ何事にも挑戦するってのは良い事なのかもしれんが。

あまり深くは考えてなかったらしい。俺も。

 

 

 

八幡「良いんじゃないか。今はとにかく色々やってみるのも」

 

ちひろ「そうですね。無駄な経験なんてありません。自分の可能性を広げるという意味でも悪くないかと」

 

輝子「……」

 

 

 

あのー輝子さん? 黙りこくってると怖いんですが……

ま、まぁ、色々思う所もあるのだろう。今はたくさん悩ませとこう。

 

 

 

八幡「んじゃ、オーディションは出るっつう事で。書類は出しておくから、お前らは一次通った時の為に面接練習しとけよ」

 

凛「うん。わかった」

 

輝子「……」

 

ちひろ「それじゃあ、私が面接官役でお相手しますよ。他のアイドルの子たちも一緒に練習しようと思っていたので」

 

 

 

着々と準備が進んでいく。

 

さて。俺は少しでも有利になるように、オーディションする会社の事でも調べますかね。

 

 

 

とりあえず最初は『○○会社 ブラック』で検索だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡「〜~♪」

 

 

 

帰宅なう。

夕方の千葉は良い。思わず歌いたくなる程な。

 

 

オーディションまで一週間程。

 

しばらくはその対策に追われそうだ。

あいつらも頑張ってるし、俺も挨拶回りに……

 

 

 

……また違和感だ。何なんだ一体?

 

 

考え事をしていたら、またも今朝の変な感覚に襲われる。

自分で自分に違和感を感じるとか、情緒不安定なのか俺は。

 

ま、考えたってしょうがない。早く帰って風呂にでも入ろう。

 

 

 

八幡「~〜♪」

 

「あれ? 比企谷か?」

 

八幡「〜…ッ!」

 

 

 

と、そこで不意に声をかけられる。

 

ま、また歌ってる所を聴かれてしまった。

今度は何、765プロにでもスカウトされるの? やよいちゃんに会えるならそれもやむなし。

 

しかしそんな事はもちろん無く、その上、聴かれたのは知り合いだった。

 

 

 

「やけに上機嫌だな。良い事でもあったのか?」

 

八幡「……別にそんなんじゃねぇよ。葉山」

 

 

 

いつも通り、嫌になるくらいの爽やかな笑顔。

 

葉山隼人が、そこにいた。

 

 

 

葉山「ハハ、悪い悪い。別にからかうつもりはなかったんだ。ただ……」

 

 

 

苦笑混じりに話す葉山。その様子は、どこか躊躇っているようにも見える。

 

 

 

葉山「元気にやってるみたいで、安心したよ」

 

八幡「……お前」

 

葉山「……ごめん、平塚先生に聞いたんだ。あのテレビでやってた、プロデューサーやってるんだろう?」

 

 

 

あ、あの人、言ってやがったのか!

雪ノ下と由比ヶ浜には言ってないんじゃなかったの? もしかして面白がって黙ってたのか……

 

 

 

葉山「俺には教えとくって、言ってくれたんだ。安心してくれ、他の皆には言い触らしたりしてないから」

 

八幡「……そうかよ」

 

 

 

まぁ、別にそこは心配していない。コイツの事だ。特に口止めなんてしなくても黙っているだろう。

 

 

 

葉山「なぁ、比企谷」

 

 

 

急に神妙な顔つきで話しかけてくる葉山。

な、なんだよ。イケメンがそんな顔するとキュンとしちゃうだろ。

 

しかし、そんな風にふざけてもいられない。

葉山の問いかけは、俺の想像の斜め上だった。

 

 

 

 

 

 

葉山「どうして、プロデューサーなんてやってるんだ?」

 

 

八幡「…………あ?」

 

 

 

思わず呆けてしまう俺を見て、葉山は慌てて取り繕うに言う。

 

 

 

葉山「ああいや、別に嫌な意味で言ったんじゃないんだ。ただ、なんて言うか……不思議だったんだ」

 

八幡「不思議?」

 

葉山「あぁ。……俺としては、比企谷がそうやって物事に前向きに取り組んでるのは良い事だと思ったし、嬉しいと思った」

 

 

 

お前は俺の親か。

思わずツッコミそうになったが、堪えて続きを待つ。

 

 

 

葉山「けどなにか……らしくない、とも思ったんだ。言っちゃ悪いが、君は進んでそういう事をする柄じゃないだろう?」

 

 

 

本当に言っちゃ悪いな。

確かに自分でもそんな柄ではないと思うけども。

 

 

 

葉山「だから気になったんだ。比企谷。どうしてプロデューサーなんてやっているんだ?」

 

 

 

葉山はさっきと同じ質問を繰り返した。

 

どうして、俺はプロデューサーをやっている?

 

 

 

八幡「…………」

 

 

 

あぁ、そうか。

 

 

違和感の正体は、これか。

 

 

葉山のおかげでやっと分かった。

俺はずっと引っかかっていたんだ。

 

 

 

いつの間にか、プロデュースする事を当然だと思っている自分に。

 

 

 

なんで、俺はプロデューサーをやっている?

 

 

社長にスカウトされたから?

 

平塚先生に勧められたから?

 

凛に、出会ったから?

 

 

どれも、たぶん違う。

 

 

 

ならなんで、俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今は、私の隣にいて』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと、思い出す。

 

 

 

 

 

 

『隣で私のこと……見ててね』

 

 

 

 

 

 

ーーそっか。

 

 

 

そういう、事か。

 

 

 

 

 

 

八幡「……裏切られても良いと思ったんだ」

 

 

葉山「え?」

 

 

 

自惚れかもしれない。過信かもしれない。いつもの、勘違いかもしれない。

 

 

それでも。

 

 

俺は確かにあの時、彼女の言葉を嬉しく思った。

 

彼女の思いに、応えたいと思ってしまった。

 

例えそれがいつもの勘違いで、いつのものように俺が傷つく事になったとしても。

 

 

 

俺は、凛をプロデュースしたいと思った。

 

 

 

彼女を信じずに、彼女が傷つくくらいなら。

 

俺が裏切られて、俺が傷つく方がマシだ。

 

 

 

そんな風に、思ってしまった。

 

 

 

八幡「……頼られてるなんて不覚にも思っちまったから、やるんだよ。それが勘違いだったんなら、俺がダメージ負うだけですむからな」

 

 

 

勘違いでも、裏切られても、それでもやりたいと思ってしまった気持ちは嘘じゃない。

 

だから、俺はやりたいようにやるだけだ。

 

 

 

葉山「……そうか」

 

 

 

ぽつりと言葉を零す。

葉山は何かを諦めたような、そんな表情を浮かべていた。

 

 

 

葉山「君は変わらないな。相変わらず好きにはなれそうにない。けど…」

 

八幡「……」

 

葉山「嫌いにも、なれそうにない」

 

 

 

それでも、何処か清々しさを感じさせる笑みだった。

 

 

 

八幡「……お互い様だよ。馬鹿野郎」

 

 

 

 

 

 

その後無言で帰る。

 

つーか、お前もこっちの道なのかよ。

葉山は部活の帰りらしかった。

 

 

 

八幡「ん……」

 

 

 

人通りも、車の通りもない交差点。

そこの横断歩道の前。

 

信号は、赤だった。

 

 

 

葉山「っと、赤か……」

 

 

 

少しばかり気づくのが遅れたのか、後ずさるように止まる葉山。

思わず、その様子をジッと見てしまった。

 

 

 

八幡「……」

 

葉山「どうしたんだ比企谷? そんな意外そうな顔して」

 

八幡「……いや。信号、待つんだな」

 

葉山「? 赤なんだから当たり前だろ?」

 

 

 

ホントに不思議そうな顔をする葉山。

 

……んだよ、俺が変みてぇじゃねぇか。

 

 

 

葉山「比企谷?」

 

八幡「……何でもねぇよ」

 

 

 

苦笑と共に、溜め息を漏らす。

 

俺が足を踏み出すと、葉山が慌てて追いかけてくる。

 

 

 

信号は、青だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間とは、後悔する生き物である。

 

その時その場で選択をし、その積み重ねを経て生きて行く。

そうやって生きて行く過程で、後悔しない事などありえない。

 

もし、たら、れば。

大きさは違えど、いくつもの分岐点を通過して。

 

仮想の未来を浮かべずにはいられない。

 

 

そして後悔という行為には、心を休ませる効果があるらしい。

後悔していれば、昔の自分を責め、今の自分から目を背けることが出来るから。

 

そうやって、心を保つのだそうだ。

 

 

だから人は、後悔せずにはいられない。

 

 

よく後悔をしないように生きる、なんて言葉を聞くが、実際そんな事は無理だ。

 

後悔して、葛藤して、焦燥して、生きて行く。

 

 

けれど、だからこそ俺は言おう。

 

それでも俺は、過去を変えたいとは思わないーーと。

 

 

 

 

 

 

八幡「…………うーむ……」

 

凛「プロデューサー? どうしたのそんなに唸って」

 

 

 

おお、良い所に来たな。

実は今行き詰まっていてな。

 

八幡「いや……ウチの担任から渡された課題をやってるんだが…」

 

凛「仕事関係だと思ったら宿題だった!?」

 

 

 

題:もしもあなたが過去へ戻れるのならどうしたい?

 

 

 

平塚先生鉄板の作文制作でった。

 

 

 

凛「……なんだ、ただの作文か」

 

 

 

呆れたようにジト目で見てくる俺の担当アイドル。

ただのって何だ、ただのって。

 

 

 

八幡「お前、大学言ったらそんな事言えんぞ? まぁあっちは作文というよりはレポートだが。もしも文系目指すんなら今の内に勉強しとけ」

 

凛「プロデューサーだってまだ高校生じゃん……」

 

八幡「細けぇこたぁ(ry」

 

 

 

ペンをカリカリと走らせ、続きを書いていく。

ちなみに使っているのは勿論いつものデスクだ。ぶっちゃけ愛着すら湧いてきた。

 

しかし……最近は何だか、前に比べて筆が進まなくなった気がすんな。文章を作るのは得意だと思ってたのに。

つーか、仕事あるってのに宿題とか出すなよなあの先生……

 

 

 

平塚『提出するのは次来た時でいい。ゆっくりやりたまえ』

 

 

 

なんて良い笑顔で言っていたが、そんな事言ったらもう二度と学校には顔出さんかもわからんぞ!

 

作文とにらめっこしていると、痺れを切らしたかのように凛が隣から横やりを入れてくる。

いやまぁこの時間に宿題やってる俺が悪いんですけどね。

 

 

 

凛「宿題もいいけど、そろそろ始めない?」

 

八幡「ん。そうだな……って、いつも通りだが輝子は?」

 

 

 

周りには見当たらない。デスクの下にも……いない、だと?

ここにいないって、後は自宅かスーパーのキノコ売り場くらいじゃないか? どちらにせよ外かい。

 

そんな事を考えていると、凛がキョロキョロと辺りを見渡し始める。

 

 

 

凛「輝子なら……あ」

 

 

 

そして一点を見つめたかと思うと、窓際の方のあたりを指差す。

 

 

 

凛「あそこでカーテンに包まってるよ」

 

八幡「よし。連行しようか」

 

 

 

連行中。

 

 

 

凛「プロデューサー。連行完了したよ」

 

八幡「ああ。ご苦労」

 

輝子「フ、フヒヒ……もう、面接練習は嫌……」

 

 

 

と、涙目で正座している輝子だが、座っているのは相も変わらずデスクの下だ。

そこで正座されても反省の色が全く感じられないから不思議である。

 

例のオーディションだが、二人とも書類選考は突破したらしい(正直輝子が突破出来たのに驚いたのは秘密)。

それに伴って面接練習も本格的に始めたらしいのだが……

 

 

 

八幡「そんなに練習したのか?」

 

凛「うーんと……」

 

 

 

ここ最近は俺の方でオーディション会社について調べていたので、俺は面接練習には参加していなかった。今日あたりからちひろさんと一緒に見てみようかと思っていたんだが……凛の歯切れの悪さを見て嫌な予感がしてくる。

 

 

 

凛「なんて言ったらいいのかな……い、色々あったよ?」

 

 

 

苦笑いしながら目をそらす凛。

色々ってなんだ色々って。その中にはどれだけ危険なものが含まれてるんだ? なんか聞くの怖くなってきちゃったぞ。

 

 

 

ちひろ「おぉっと、そこから先は私に任せてもらいましょうか」

 

 

 

といきなりシュタッと現れるちひろさん。やけにかっこいいなオイ。

そういや今までいなかったな。デレプロ奉仕部顧問としての自覚が足りていないぞ。……あ! デレプロって略しちまった!

 

 

 

ちひろ「何があったかは、実際にご覧になった方が早いかと。というわけで面接練習の方に移りましょうか♪」

 

 

 

そしてやけにノリノリだなこの人。

 

それに比べウチのアイドルを見ると、カタカタと震える輝子に、それを励ます凛。

 

 

 

……大丈夫なのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって応接室。

 

ここを面接練習の部屋として使っているらしい。

部屋の奥に長テーブルが置いてあり、そこの席にちひろさんと俺が座っている。要は面接官だ。

 

と言ってもメインはちひろさんがやってくれる。俺も一応いくつか質問は用意しているが……なんか、こっちはこっちで微妙に緊張すんな。

 

 

そして目の前には四つの椅子がある。

二つは凛と輝子だとして……あと二人は誰だ?

 

 

 

ちひろさんは「後になってのお楽しみです♪」なんて言ってはいたが。

……まさか、なぁ?

 

俺が嫌な予感を感じていると、コンコンと扉がノックされる。きたか。

 

 

 

ちひろ「どうぞ」

 

 

 

ちひろさんが部屋への入室を許可する。こうして見ていると、妙に手慣れた印象を受けるな。

あ、つーか実際に面接官やってんのか。アイドル事務所の事務員だしな。

 

そんな素朴な俺の感想は放っておいて、一拍おいた後、扉は勢い良く開かれた。

 

 

 

卯月「失礼します! 島村卯月、15歳です♪」

 

 

 

やっぱりお前かよ! つーか自己紹介早過ぎるよ!

 

 

 

卯月「趣味は友達と長電話で、出身地は…」

 

ちひろ「卯月ちゃん、とりあえず席にね」

 

 

 

そのまま続けようとする島村を制し、席へ促すちひろさん。思わず素に戻ってしまっている。

まぁそりゃな。入室して2秒で年齢言う奴とか始めて見たもん。

 

さっそくの先制攻撃に俺がやられていると、次のアイドルが入室してくる。

島村が来たって事はやっぱり……

 

 

 

未央「し、失礼しましゅ!」 カタカタ

 

 

 

うん。来ると思ってた。来ると思ってたよ。

でもまさかそんなに緊張するキャラだとは思ってなかったなー。パーカー裏返しになってるよ?

 

ってか絶対わざとだろ! そんなミス家出る前からやるわけねぇし!

 

 

 

ちひろ「未央ちゃん? そういうのはいいから…」

 

未央「あ、そうですか?」 けろっ

 

 

 

しかもやめちゃうのかよ!

あとここでパーカー着直すな。目のやり場に困る!

 

 

……つーかやっぱこいつらだったか。

何? ヒマなの? なんかこっちが申し訳ない気持ちになってくるんですけど……

 

俺が早速げんなりしていると、いよいよ本命がやってきた。

 

 

 

凛「し、失礼します」

 

 

 

担当アイドルの凛。

 

いささか緊張している様子ではあるが、未央程ではないな。そもそもあっち演技だし。

あと、よく見るとピアスをしていない。別に面接って言っても就活してるわけじゃないんだから、大丈夫な気もするが……どうなんだろうね。

 

そして遂にやってきた。一番の不安の種。

 

 

頑張れ! キノ子!!

 

 

 

 

 

 

八幡「……」

 

ちひろ「……」

 

凛「……」

 

未央「……」

 

卯月「~♪」

 

 

 

 

 

 

…………あれ。

 

 

 

いくら待てどもやってこない。

トイレ?

 

 

 

ちひろ「……はぁ、またですか」

 

八幡「え? また?」

 

 

 

隣でちひろさんが嘆息している。

またってどういう事だ。

 

 

 

ちひろ「逃げましたね」

 

 

 

逃げた?

逃げたって、え?

escape?

 

 

 

ちひろ「卯月ちゃん! 凛ちゃん! 未央ちゃん!」

 

卯月「はい!」

 

未央「まかせて!」

 

凛「……全く、輝子ったら…」

 

 

 

俺が状況を飲み込めずにキョロキョロしていると、ちひろさんの呼び声で三人が部屋を颯爽と出て行く。え、何この展開。どっかにカメラでもあんの?

 

とりあえずついていけないので、俺は部屋で待機。すると程なくして、どこからか輝子の叫び声が聞こえてくる。

 

 

 

「輝子。また逃げ出したらデスクの下のキノコたちは、私たちで美味しく頂くよ?」

 

「ノォー! マイフレーンズ!!」

 

 

 

……輝子に、合掌。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちひろ「とまぁこんな感じで、大体の面接練習は逃げ出したり、ずっと黙っていたりで、上手く進まなかったわけです」

 

 

 

場所は戻ってきて事務スペース。

いつもの反省会の位置である。

 

 

 

八幡「なるほど……」

 

 

 

色々ってのは、そういう意味ね。

 

予想はしていたが、やはり中々輝子にはハードルが高いらしい。

それを言ったら俺だって難しいけどな。

今はプロデューサーやってるが、面接必要だったらやってなかっただろうし。

 

 

 

凛「けど私も人の事は言えないかな。結構緊張してミスしてばっかりなんだ」

 

 

 

苦笑いしながら言う凛。

実際彼女の言う事はその通りなんだろうが、きっと輝子に対するフォローも含まれているのだろう。良い娘である。

 

 

 

輝子「フ、フヒヒ……そ、そんな事ない。り、凛ちゃんに比べたら、私は……」

 

 

 

それでも、今の輝子には届かないようだ。

 

慰めは、時に人を傷つける。

もちろん当人にそのつもりはなくても、傷つけてしまう事はあるのだ。

 

人に、他人の気持ちは分からない。

 

 

 

輝子「……わ、私……昔演劇部に入ってた事があったんだ…」

 

 

 

ぽつりぽつりと言葉を発し始める輝子。

 

え、演劇部とな。

何だろう。木ノコ役とかあったんだろうか。

 

 

 

輝子「で、でも、私目立たないから……木の役とか、大道具の係ばっかりで……」

 

 

 

oh…

 

冗談だったのに真実だった……

なんか、ゴメン。胸が痛いや……

 

 

 

輝子「そ、それでも一度だけ、役を任された事があった……主役ではないけど、台詞もちゃんとある役…」

 

八幡「……」

 

輝子「正直、最初は断ろうかと思った……ぜ、絶対噛むし、上手く出来っこないから……」

 

 

 

その時の光景が、妙に鮮明に浮かんだ。

きっとその時の輝子も、今のように不安な表情だったんだろう。

 

 

 

輝子「でも、こ、後悔したく、なかったから……やってみた」

 

八幡「で、どうだったんだ?」

 

輝子「失敗した」

 

 

 

即答だった。

お前、こんな時だけ即答ってどうなの? 悲し過ぎるぞ……

 

 

 

輝子「や、やっぱり台詞は噛み噛みだったし、劇中で何度も転んだし、他の部員には陰口言われまくるし……フ、フフ…散々だった……」

 

 

凛「……」

 

ちひろ「……」

 

 

 

さすがの凛もちひろさんも言葉を失っている。

というより、気安く話しかけられないのだろう。

ぼっちはデリケートなのである。いや、ぼっちじゃなくても声なんてかけられないか。

 

 

 

輝子「そ、それが中学一年の頃……結局その劇が終わったら、やめちゃった……」

 

 

 

輝子の目は、先程の不安の色ではなく、諦めの色を見せていた。

 

 

 

輝子「やらずに後悔するより、やって後悔する方が良いなんて言うけど……あ、あれは嘘」

 

八幡「……」

 

輝子「け、結局、後悔するかもって思ってる時点で……後悔するのは分かってる。だったら、やらずに後悔していた方が、楽。その方が、傷つかずにすむから…」

 

 

 

何もせずに後悔していれば、昔ああしていればなーと希望を持っていられる。

そんな風に考える事だって出来るんだ。

 

確かにやらずに後悔する方が嫌という気持ちも分かる。だが、やって後悔する事だってもちろんあるんだ。

やって良かったなどと言えるのは、成功した者だけだ。

 

そうやって行動することで状況を悪くする事も、必ずある。

 

 

 

輝子「だから、きっと今回も……どっちにしろ後悔する……」

 

 

 

輝子の言ってる事は間違っちゃいない。

俺だってその通りだと思う。

 

 

 

輝子「それなら……まだ、やらない方が……」

 

 

 

けどーー

 

 

 

八幡「後悔して、何が悪いんだ?」

 

 

 

やはり、気に入らない。

 

 

 

輝子「……八幡…?」

 

八幡「いいか輝子。今から、俺の知り合いの友達の兄貴の話をしてやる」

 

凛「……ねぇ、それって…」

 

 

 

凛がまさかという表情で見てくる。

感の良い子は嫌いだよ。

 

 

 

凛「それって、プロデューサーの…」

 

八幡「いいから聞いとけ。為になる話だぞ?」

 

凛「……分かった。とりあえず突っ込まずに聞いておく」

 

 

 

渋々といった様子で聞きに入る凛。

うむ。聞き分けの良い子は好きだぞ。

 

 

 

八幡「そいつには、魔法少女の知り合いがいたんだそうだ」

 

凛「絶対嘘でしょ!?」

 

 

 

言った側から突っ込まれた。

おいおいまだ一言目だぞ。

 

 

 

ちひろ「まぁまぁ、聞くだけ聞いてあげましょう?」

 

凛「はぁ…」

 

 

 

中々に酷い言われようであった。

……まぁいい。続きだ。

 

 

 

八幡「その魔法少女はな、ある願いで魔法少女になったんだ」

 

輝子「ね、願い……?」

 

八幡「あぁ。想い人の、動かなくなった腕を治す為にな」

 

 

 

ここまで聞いた所で、凛が何か思い当たったような表情をする。なに、知ってんの? ネタバレはしない方向でお願いします。

 

 

 

八幡「その想い人の腕は無事治った。けど、そのおかげで少女は、毎日命がけで戦う日々を送るはめになった」

 

輝子「……」

 

八幡「しかも、想い人は治してあげた事も知らないし、何やら他の女と良い雰囲気になってるし、自分は戦う為に人間離れした身体になってるしで、もう踏んだり蹴ったりだ」

 

ちひろ「うわぁ……」

 

 

 

何とも言えない表情をするちひろさん。

今度DVD貸してあげますよ。

 

 

 

八幡「結局、少女は最後に後悔してる自分に絶望して、身を滅ぼした。想いを告げる事も無く、な」

 

輝子「……」

 

八幡「俺は、はっきり言ってその少女が嫌いだった」

 

 

 

俺は、輝子に向かって言う。

 

 

 

八幡「確かに結果的に彼女は後悔した。正義の為にとか言っておきながら、結局は自分の為だったんだと。後悔している自分が、誰よりも許せなかった。……けどな」

 

輝子「……?」

 

八幡「それがどうした?」

 

 

 

俺は、彼女が自分の事を肯定してやれないのが許せない。

 

 

 

八幡「例えそれが結果的に自分の為だったんだとして、やった事に後悔したとして、それでも、彼女がやったことは正しい事だったんだ。誰にでも出来ない事をやったんだよ」

 

 

 

下心があった。あわよくばと思った。

それでも、悪い事をしたわけじゃない。絶対に良い事をしたんだ。

恥じる事なんてない。胸を張っていい。

 

彼女は確かに、正しい事をした。

 

 

 

八幡「大体、あんな男の為に何であそこまで……!」

 

凛「プロデューサー、ホントはそのキャラ好きでしょ」

 

 

 

当たり前だ。魔法少女に嫌いな奴なんていない。

ていうか、キャラって言うなキャラって。

 

……話が逸れたな。

 

 

 

八幡「とにかく、別に後悔したっていいんだよ。輝子」

 

輝子「……え…?」

 

八幡「確かに失敗しかもしれん。けどお前は挑戦した。噛み噛みでも、転びまくっても、お前はやったんだよ」

 

 

 

不安で、怖くて、やめようかと何度も思ったのだろう。

それでも、彼女は劇に出た。

後悔したくないと、行動した。

 

 

 

八幡「お前は出来る事をやったんだ。後悔したとしても、その時のお前を否定するな。お前は、胸を張っていいんだよ」

 

 

 

否定するな。過去の自分を、肯定してやれ。

 

誰がどう言おうと、今の自分がどう思おうと。

過去の輝子が勇気を出した事に、変わりはない。

 

 

お前は、頑張ったんだ。

 

 

 

輝子「…ッ……八…幡」

 

 

 

俯きながら震えている様子の輝子。

 

……え? ちょっ! お前何泣いてんだ!?

 

 

 

凛「……あーあー…」

 

ちひろ「比企谷くん、泣ーかせたー」

 

 

 

ジト目をこちらを責めてくる女子二人。

やめて! そんな小学生みたいな煽り方しないで! 昔のトラウマ思い出しちまうだろ!

 

俺がどうしていいか分からずにおどおどしていると、輝子がデスクの下から出てくる。

 

 

 

輝子「……八幡」

 

八幡「お、おう」

 

 

 

済んだ声に、思わずたじろぐ。

 

 

 

輝子「わ、私、やってみる……」

 

八幡「!」

 

 

 

……なんだ、そんな顔も出来るんじゃねぇか。

 

キノコは、置いていた。

いつもの頼りない笑みはそこには無く。

 

 

アイドルとして立つ、一人の少女の顔だった。

 

 

 

八幡「……んじゃ、早速練習始めるか」

 

凛「…うんっ。そうだね」

 

ちひろ「それじゃあ、待機してもらってる二人にも準備してもらいますね♪」

 

 

 

あの二人ずっと待っててもらってたのかよ……

もうなんか、本当、ごめんなさい。

 

 

輝子「あ、あの……」

 

八幡「ん? どうした?」

 

 

 

遠慮がちに申し出る輝子。

そういう所は変わらんね。まぁ輝子らしいが。

 

 

 

輝子「れ、練習だけど、私、明日から出られない……」

 

八幡「出られない? それってどういう…」

 

輝子「準備が……ある」

 

八幡「……」

 

 

 

オーディション本番まであと三日たらず。

はっきり言って今の状態で面接練習無しは相当ヤバいだろう。

……けど。

 

 

 

八幡「分かった。本番のオーディションには遅れるなよ」

 

凛「いいの? プロデューサー」

 

 

 

不安げな表情で訊いてくる凛。

 

 

 

八幡「何か考えあっての事なんだろ。だったら、止めるわけにもいかねぇしな」

 

 

 

輝子の顔見りゃ分かる。

あれはもう、逃げたりしない。……たぶん。

 

 

 

凛「……そうだね」

 

 

 

頷く凛。

けどなんか、俺に対する含み笑いを感じる。なんだよおい。

 

 

 

ちひろ「なんて言うか、らしくなってきましたね、比企谷くん」

 

 

 

ニッコニコーと笑いながら俺を見るちひろさん。

ほっとけ。こっちにも色々あったんだよ。

 

さて、覚悟は決まった。

果たしてどうなる、オーディション。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オーディション、当日ですよ! 当日!

 

 

というわけで当日なのだが……輝子がまだ来てません。

俺と凛は会社の外の広場で待機中。

あと15分程で集合時間なのだが、大丈夫だろうか。

 

凛はと言うと、さっきからその辺をウロウロしながらケータイをしきりに弄っている。落ち着け。

 

 

 

凛「遅いな輝子……まさか事故にあったりとかしてるんじゃ…」

 

 

 

そんな思い詰めた表情で不吉な事を言わんでくれ……

けど、逃げたんじゃないかと思わないあたりは輝子を信じてるのが見て取れる。

 

 

 

八幡「とりあえず座っとけ。お前が慌てても何も変わらん」

 

凛「……そう、だね」

 

 

 

俺が座るよう促すと、凛は俺が座っているベンチに腰掛ける。すぐ隣に。

何? なんでそんな近くに座るの? どこのガハラさんだよお前は。

 

今度は俺が慌てるはめになった。

とりあえず落ち着くため、さっき買ったMAXコーヒーを飲む。

 

……うむ。この甘さが俺を癒してくれる。

 

すると凛がこちらを見ている事に気づく。なんぞ。

 

 

 

凛「……喉乾いたから、一口貰える?」

 

八幡「は? いや、まぁ、良いけど……」

 

 

 

良いわけねぇだろ! 思わず了承しちゃったけど、良いわけねぇだろ!

 

心の中でとはいえ、二回も言ってしまった。大事なことだからね。

 

そんな俺の気持ちも知ってか知らずか、コーヒーを受け取った凛は缶を一秒程見つめた後、一口飲む。

つーかお前、前に飲んだ時甘いとか言って不味そうな顔してなかったっけ? 喉乾いたんならジュースくらい買ってやんぞ。もう遅いけど。

 

 

 

凛「……ん。ありがと」

 

 

 

コーヒーを返してくる凛。どうせなら全部飲み干してほしかった……飲み辛いだろーが。

しかしここで捨てるのも勿体無いし、何より凛に良い印象を与えないだろう。

 

くっ……仕方ねぇか……!

 

俺は、迷いを振り払うかのように一気に口へと運んだ。

 

 

 

凛「あっ!」

 

八幡「ブゥーーーーッ!!」

 

 

 

飲んだ瞬間に凛が声を上げるので、思わず吹き出す。

 

な、なに、やっぱまずかった!?

 

 

 

八幡「え、あぁ、い、いや、ゴメン! でも勿体なかったし! ほら、食べ物を祖末にするのはいけないと言いますか、飲み物だけどと言いますか……」 オロオロ

 

凛「なに言ってるの……? それよりも、ほら、あれ輝子じゃない?」

 

 

 

どうやらさっきの声は俺に対するものではなかったらしい。紛らわしいからやめてよね!

 

気を取り直して凛が指差す方向を見ると、一台のタクシーが止まる所だった。

 

 

 

八幡「あぁ。たぶんそうだな」

 

 

 

もう時間もあまり無いし、おそらく間違いないだろう。

俺たちはタクシーの近くまで寄り、人が降りてくるのを待つ。

 

そして、彼女は降りてきた。

 

 

 

八幡「遅かったな、輝k…」

 

 

 

 

 

 

輝子「ヒャッハァァァァァァ!!!! 待たせたな二人共ォッ!!」

 

 

 

八幡「」

 

凛「」

 

 

 

 

 

 

……だれ?

 

 

 

輝子「フヒヒヒフハハハハアッハッハァーッ!!! これが! 私の! 真の姿だぁ!! ……あ、お代ですね。すいません今出します…」

 

 

 

輝子だった。

 

 

 

お代を受け取るとすぐさま走り去っていくタクシー。

まぁそりゃさっさと降ろしていきたいよなぁ……コイツは。

 

今の輝子の格好は……何と言うか、一言で言うなら、パンク? 

 

黒を基調とした世紀末を想像させる派手な衣装。

灰色の長髪には赤と青のメッシュが入っており、顔にはカラーペイント。

 

なんつーか、ヘビメタバンドでボーカルやってそう。

 

ど、どうしてこうなった……

 

 

 

輝子「フ、フヒヒ……ど、どうかな……八幡」

 

 

 

しかし中身はちゃんと輝子のようだった。

 

まさか、お前にこんな一面があったとはな。プロデューサーびっくり。

つーか、準備ってこういう事だったの……

 

 

 

八幡「う、うん。良いんじゃないか? め、目立つし」

 

 

 

俺が苦し紛れにそう言うと、輝子は目を輝かせて喜ぶ。輝子だけに。

 

 

 

輝子「目立ててる? 目立ててる? フフ…」

 

 

 

そ、そんなに目立ててるのが嬉しいのか。

なるほど。この格好にはそういった輝子の思いが現れてるんだな。

 

そんで、凛さんはどう思います?

 

 

 

凛「」

 

 

 

まだ固まってた。

 

 

 

輝子「り、凛ちゃん」

 

凛「えっ!? あ、な、何?」

 

輝子「ど、どう。これ……?」

 

 

 

困った顔で俺を見る凛。

安心しろ。俺も大分困ってる。

 

 

 

凛「……輝子は、どう思ってるの?」

 

 

 

逆に凛がそう訊くと、輝子は一瞬驚いたような顔を見せた後、微笑んだ。

 

 

 

輝子「こ、こういうの、ちょっとだけ憧れてた。周りの目なんて気にしないで、思いっきり自分を表現してるみたいで……フフ……や、やっぱり、変かな…?」

 

凛「……ううん。そんな事ない」

 

 

 

凛は首を振った後、輝子の手を握る。

 

 

 

凛「正直最初は驚いたけど……輝子が、自分が好きでそうしてるんなら、私は良いと思うよ」

 

輝子「り、凛ちゃん……」

 

凛「プロデューサーもそう思うでしょ?」

 

 

 

そこで俺に振るんかい。

 

まぁ、でもあれだな。大体の事は凛に言われちゃったし、俺から言える事は一つだな。

 

 

 

八幡「当たり前だろ。お前らはお前らのやりたいようにやれ。俺はそれを応援してやる。……プロデューサーだからな」

 

 

 

言わせんな、恥ずかしい。

 

 

 

凛「あはは、デレたね」

 

輝子「フヒヒ、うん……デレた」

 

 

 

うるせぇよ。

 

 

 

八幡「ほら、もう時間ギリギリだから行くぞ!」

 

凛「あ、待ってよプロデューサー!」

 

輝子「フハハハ!! やるぜぇ! オーディション!!」

 

 

 

会社の中へと歩んでいく三人。

正直上手くいく予感なんて全然しないが……

 

けど妙に自信満々で、俺たちはオーディションに向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡「さぁ、久々に反省会やるぞー」

 

凛「う、うん」

 

輝子「フ、フヒヒ……」

 

ちひろ「まぁ結果は残念だったんですけどね……」

 

 

 

そんなハッキリ言わんでください。

 

そう、結果は惨敗。二人とも面接で落とされてしまった。

 

 

まぁなぁ……ぶっちゃけそんな気はしてた。

面接が終わるのを待っている間、俺は廊下で待機していたんだが……

 

 

 

「アッハッハッハ!! シイタケ! エリンギ! ブナシメジ! キノコ!」

 

 

 

って聞こえてきた瞬間に「あ、これダメだな」って思ったもん。

 

 

 

輝子「フヒヒ……お題がお吸い物じゃなかったのは盲点だった……」

 

凛「敗因はそこなんだね……」

 

 

 

けど、落ちたというのに輝子はどこか嬉しそうだ。

オーディションに挑んだ自分に、胸を張っているよう見えた。

 

……それだけで、今回は儲けもんだったな。

 

 

あと、何気に凛が普通に落ちた事に落ち込んでいた。

まぁこれからチャンスはいくらでもある。初めから上手くはいかないだろう。

 

 

 

八幡「次があるってのは、それだけで恵まれてんだ。落ち込んでるヒマなんてねぇぞ」

 

凛「……うん。ありがと、プロデューサー」

 

 

 

いや、何もお礼を言われるような事は言ってないんだが……

深読みすんなよ。俺はそんなキャラじゃない。

 

 

 

ちひろ「さて、これでお仕事は一回終わったので、臨時プロデュースは終了ですね。お疲れ様でした」

 

 

 

ちひろさんが場を取り締めるように言う。

 

なに、臨時プロデュースってそういうルールあったの?

けど確かに島村と本田の時も宣材写真一回で終わりだったな。仕事と言えるかは微妙だけど。

 

 

 

輝子「フフフ……い、今まで、お疲れ様でした……」

 

 

 

深々と頭を下げる輝子。

やめろ、デスクの下でそんな事されると女の子に土下座させてるように見えちゃうだろうが。つーか、最後までお前はそこだったな。

輝子らしいっちゃ、輝子らしいが。

 

 

 

八幡「……大丈夫か?」

 

輝子「……うん。プロデューサーがつくまで、な、なんとか頑張る……それに」

 

八幡「それに?」

 

 

輝子「プロデューサーじゃなくなっても、八幡は……と、友達だから」

 

 

 

珍しく照れたように言う輝子。

……あぁくそ、可愛いな!

 

 

 

八幡「ま、前にも言ったが、俺はお願いされて友達には…」

 

輝子「うん。だから、勝手になる」

 

 

 

輝子は、どもりもせず、キョドりもせず、ハッキリと言った。

 

 

 

輝子「私は八幡の事、親友だと……思ってるから」

 

 

 

その目にはもう、不安の色も、諦めの色も、無かった。

 

 

 

八幡「……勝手にしろ」

 

輝子「うん。勝手にする……フヒヒ」

 

 

 

畜生。

まさか俺が、輝子に言い負かされるなんてな……

 

 

 

輝子「も、もちろん凛ちゃんの事は親友だとずっと思ってたけどな……フヒッ」

 

凛「輝子……」

 

輝子「……また、キノコ食べ放題行こう…」

 

凛「それは嫌かな」

 

 

 

そこは嫌なんですね。

 

凄い感動した顔をしていたのに、その話題になった途端にこれである。

余程あのキノコ地獄が効いたと見える。

 

 

 

ちひろ「よぉーし! それならばオーディションの打ち上げって事で、焼き肉行きましょうか! デレプロ奉仕部顧問として、私奢りますよ!」

 

凛「えっ!?」

 

輝子「ヒャッハァーー!! テンション上がってキターーーーッ!!!」

 

 

 

やっぱりちひろさん顧問だったんですね。

つーか、あんたが飲みたいだけでしょそれ……

 

 

 

ちひろ「いやー久々に美味しいビールが飲めそうです♪」

 

輝子「フヒヒハハハ……何から食べよう……シイタケ…?」

 

凛「ねぇ、行くのは焼き肉だよね? そうだよね!?」

 

八幡「……やれやれ」

 

 

 

騒がしく姦しい。

 

けれどこの環境に、慣れてしまっている自分がいる。

それでも、気分は悪くない。

 

この感じは、奉仕部を通して出会った連中と一緒にいる時と、何処か似ている。

 

 

 

八幡「……そういや、まだ作文出来てなかったな」

 

 

 

引き出しを開け、未だ完成していない課題を見やる。

だが、すぐに終わらせる必要も無いだろう。既に、書こうと思っているものは決まってる。

 

俺はそっと引き出しを閉め、もう帰り支度を終えている三人に慌ててついて行く。

 

 

 

プロデューサーになって、疲れる事や嫌になる事も多い。

以前の俺なら、直ぐに投げ出したくなったかもしれない。

 

けど、それでも……

 

過去に戻りたいなんて、思わない。

 

 

 

少なくとも今の俺は、後悔なんてしていないのだから。

 

 

 

 

 

 

 


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