やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。   作:春雨2

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番外編 等しく、ライラという少女は手を伸ばす。

 

 

人には得手不得手というものがある。

 

 

得意であることと、そうでないこと。その内容や数に差はあれど、誰しもが等しく持ち得ているもの。

 

勉強は出来るが、運動が苦手。歌は下手だが、絵が描ける。

なんだっていい。挙げればキリが無い程に、人にはそれぞれ得手不得手がある。幅広く言ってしまえば、ルックスや性格だってその内に入れてしまっていいだろう。

 

そんな誰もが当たり前のように受け入れているそれは、しかし実際の所は不条理な事この上ない。

この世の中には、得手よりも不得手の方が多いと嘆く者の方が、圧倒的に多いのだから。

 

 

 

八幡「…………」

 

 

 

そして例によってこの俺もその一人。

 

勉強も出来るし、運動も苦手ではない。手先も割と器用だし、顔だってそこそこ良い。

だが悲しきかな、そんな基本ハイスペックな俺でも、友達と恋人だけはいない。とある冷酷非道才色兼備女子から言わせれば、もうそれだけで補って余りある程マイナスらしい。……あくまでも言われた当時の話だが。

 

どうやら机や手元に向き合う事は得意でも、他人と向き合う才は与えられなかったようだ。

 

 

 

八幡「……………」

 

 

 

本当に嫌になるよな。何が嫌になるって、得手不得手がある事を良しとせず、欠点がある事を許せない輩が多い事だ。

 

そりゃ、誰だって苦手を無くせるものならそうしたい。努力や反省で直す事が出来るのなら、それは本当に素晴らしいと、俺だってそう思う。

 

だが、現実はそんな簡単にはいかないのだ。

 

 

 

八幡「…………」 きょろ

 

 

 

人にはどうしたって変えられないものがある。出来ない事がある。払拭できないコンプレックスや、癒えない古傷があるんだ。

 

出来ない事を出来るようになる。乗り越えられない壁を、乗り越えられるようになる。なるほど。それは素晴らしい。

 

しかしそれは、一部の人間のみだ。誰もが、そう易々と叶えられると思うな。

自分が出来る事を、他人も出来ると思う等、なんと傲慢なことか。

 

 

 

八幡「…………」 きょろきょろ

 

 

 

世界はそこまで等しくはない。

誰しもが等しく悩みを抱えていても、その内にある全容は、不平等と言える程に格差がある。

 

他人でも、自分でも、そんな暗い部分を認めずしてどうする。どうして、出来ない事を肯定してやれない。

 

得手があるなら良いじゃないか。不得手があったって、逆にそれを補って余りあれば良い話じゃないか。

 

弱い所に劣等感を感じるのは仕方がない。恥るのも分かる。だが、悪とする必要は無い。

 

 

得手も不得手も、等しく、己の一部なのだから。

 

 

 

八幡「…………ふぅー……っし」

 

 

 

ーーだから、俺がたった今困難に立ち塞がって、足が生まれたての子鹿みたいになっちゃってるのもどうしようもない事なんだ。うん。きっとそうなんだ。

 

 

情けない両足を必死に動かし、目標へと近づいて行く。

 

狙うは、あのコンビニ前で談笑する女子高生二人組だ。俺としてはボブカットの子の方を推したい。……いや、狙うって何だよ。別にあれですよ? 声かけ事案とか、そういうつもりではなくてですね、会社から頼まれた仕事で仕方なく…

 

 

 

「ねぇ、ちょっと」

 

八幡「は、はい……?」

 

 

 

後ろからの呼びかけに、恐る恐る振り返る。

 

そこに立っていたのは、怪訝な顔をした警察官。……警察官?

 

 

 

 

 

 

「スーツ姿の不審な男がうろついてるって近隣住宅から通報があったんだが……署までご同行お願い出来るかな?」

 

 

八幡「…………」

 

 

 

 

 

 

あ、マジで事案になったね。

 

気付けば周りの人たちからの視線が痛い。目標のJK二人も蔑むような視線をこちらに向けていた。

 

 

 

八幡「……………………はい」

 

 

 

なんとかかんとか、声を絞り出して返事をする。

なんか警官が「随分若いねー」とか言ってるけど、ショックがデカ過ぎて頭に入ってこない。

 

あぁ……これ、あれか。会社に連絡されるパターンか。ちひろさんとアイドルたちに笑われちゃう奴か。頼むから凛だけにはバレないでくれ。

 

 

 

だから俺には無理だって言ったんだよ、スカウトなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“新たな企画の為に、アイドルのスカウトをして貰いたい”。

 

社長がそう言ったのは、三日程前のこと。

最初にその発言を聞いた時は、それはもう耳を疑ったものだ。というより脳が理解する事を拒否していた。

 

 

俺が?

 

知らない人間を?

 

スカウト?

 

 

無理だ。普通に考えて無理だ。事案になること間違い無しだ。ってかホントになった。

知り合いの人間ですら上手くコミュニケーションを取れないというのに、何故そんな暴挙が出来ると思うのか。小一時間問い詰めたい。ってか問い詰めたよかなりの焦りをもってね!

 

だがしかし、社長は心配は無いと言うばかり。

 

 

なんでも今回のその企画というのは、既にデビュー済みの現役アイドルと、初々しい新人のアイドル候補生たちによる合同バラエティ番組らしい。

 

つまりは蘭子の時と似たようなパターンだ。

光る原石をスカウトし、そしてそのまま番組出演。その後にデビューが確定するわけではないが、候補生たちにとってはまたと無いチャンスと言える。

 

 

 

「新人枠の方には既に何人か候補がいるから、無理にスカウトしてくる必要はない。だが、プロデューサーとして経験しておくのは大切な事だよ」と、社長は言っていた。

 

 

 

なのでダメで元々。当たって砕けてもいいし、めぼしい子が見つからないのであれば諦めてもいい。そう気楽に当たってほしいと社長は思ってるんだろうが……実際、そういうわけにもいかない。

 

正直、無理しなくてもいいのであれば俺は投げ出す気満々でいた。不審者扱いされる可能性だって否定出来ないからな。ってか実際された。

 

けど、そう簡単に割り切れなかった。割り切れなかったんだよぉ……!

 

俺にスカウトの話をした時、最後に社長はこう言っていたのだ。

 

 

 

社長『そうだ。もしも上手くスカウト出来たなら、番組の現役枠の方に渋谷くんを抜擢しようか。それくらいの見返りは考えないとね』

 

 

 

現役枠への、抜擢。

 

それはつまり、テレビ出演……!

 

 

凛の名が売れてきたと言っても、テレビでの仕事はやはり貴重だ。こんなチャンスをみすみす逃す理由は無い。

 

だから、だから俺は、何としてもスカウトを成功させないと……!

凛の為にも、スカウトしなきゃ…………って思ってたけどやっぱキツい! SAN値がガリガリ削られる! こんな挙動不審じゃお縄になっても文句言えねぇぞ! ってかなった!!

 

 

 

 

 

 

八幡「……と、まぁそんな紆余曲折を経て、現在に至るというわけだ」

 

 

「なるほどー。それは大変でございましたねー」

 

 

 

 

 

 

とある公園のベンチ。

 

 

派出所でお巡りさんに必死こいて説明して、会社に電話してやっと分かって貰えて、なんとか解放されたのがついさっき。

 

近くにあったこの場所で、俺は見事に項垂れていた。

それも、見ず知らずの人間に吐露する程に。

 

 

 

「プロデューサーというお仕事も、簡単には行かないものでございますねー」

 

八幡「本当にな……」

 

 

 

手に持っているアイスを一口齧る。

あぁ…甘い……

 

この真ん中でパキッと割って二本になるアイス、久しぶりに食ったな。このチープな味が懐かしくてなんとも美味い。

 

このアイスは隣に座る少女から分けて貰ったもので、もう一本はその少女が食べている。

 

 

美味しそうに顔を綻ばせている少女。

褐色の肌に奇麗な金髪がよく映える。瞳を見てみれば、深い海を想像させるかのように青く澄んでいる。

 

日の光に照らされた彼女の姿は、幼さを垣間見せながらも、どこか神秘的な美しさを感じさせた。

 

 

 

八幡「…………」

 

「美味しいでございますねー」

 

八幡「…………なぁ」

 

「なんでございますですか?」

 

八幡「……………………どなたでございますか?」

 

 

 

凛がいたら「今更!?」と突っ込まれること請け合いな質問。

 

いや、本当に今更で申し訳ないんだけど、本当に誰? アイスを貰って、身の上話まで聞いて貰って、しかし名前も知らない。分かる事と言えば、外国人だという事くらいか。見れば誰だって分かるね。

 

 

 

「わたくしはライラさんですよー」

 

 

 

俺の失礼とも言える質問に、しかし彼女は怒ること無く、むしろ感情を感じさせないくらいの表情で返事をしてくれた。聞きたいのはそういう事ではないのだが……

 

ライラ……って確かアラビア系の名前だったか? あまり詳しくはないが、そっち方面の国出身なのかもしれない。なんだか冒険にでも行けそうな名前だ。

 

 

 

八幡「そうか。……アイス、ありがとな」

 

ライラ「いえいえ。困った時はお互い様、という言葉が日本にはありますです。日本は良い国ですねー」

 

 

 

ぽけーっというか、にぱーっというか、そんなのほほんとした笑顔で言うライラ。

なんつーか、毒気を抜かれる思いだな。こいつには邪な気持ちなんて存在するのかと疑いたくなるほど純粋そうな顔だ。正直何感がえてるか分かりません。

 

 

 

ライラ「貴方様は、なんというお名前でございますですか?」

 

八幡「比企谷八幡だ」

 

ライラ「では、八幡殿でございますね。よろしくお願いしますですー」

 

 

 

そして、また笑顔。

人懐っこいというか何というか、壷とか買わされないか心配になる奴だな。

 

 

 

八幡「……俺が言うのも何だが、あまり知らない人間には関わろうとしない方が良いぞ。何があるとも限らんし」

 

 

 

まぁ俺の場合、知ってる人間にも積極的に関わろうとしないんだがな。ほら、省エネ主義ってやつ? ドラマはともかく二期はよ。

 

しかし俺の忠告にもライラはいまいちピンときていない様子。はて、と首を傾げて逆に訊いてくる。

 

 

 

ライラ「何か……とは、なんでございますか?」

 

八幡「そりゃ……お前、あれだろ。…………声かけ事案とか?」

 

 

 

俺です。

 

いやいやいや、未遂だから。そもそも声かけれてないから。ってか事案じゃねーよ! スカウト! 仕事だから!

 

それにこの場合、逆に俺が声かけられてるしね。女の子が良くて男がダメっておかしいよね。男女平等を心から提唱していきたい。

 

 

 

ライラ「声かけ……?」

 

八幡「いい。何でも無い。忘れてくれ」

 

 

 

わざわざ説明すんのも面倒だ。ってか、外国人に声かけ事案について説明するとかシュール以外の何物でもない。無駄に説明し辛いし。

 

 

 

ライラ「よく分からないですが……ライラさんは楽しいでございますですよ?」

 

八幡「楽しい?」

 

 

 

ニコニコと、冗談でもお世辞でもなさそうにそう言うライラ。

 

こんな目の腐った怪しい知らない男と話すのが、楽しい? ……何故だろう。嬉しさとかより何よりも、心配になる。本当に大丈夫?

 

しかし彼女はそんな俺の気も知らず、変わらない調子で言ってのける。

 

 

 

ライラ「誰かと仲良くなるのは、とても楽しくて、嬉しいのでございます」

 

八幡「……変な奴」

 

ライラ「よく言われますですよ」

 

 

そして、また笑う。思わず俺も吹き出してしまった。

 

本当に変な奴だと思う。外国人という事を抜きにしても、これだけのほほんとしている奴はそういない。良くも悪くも、とてもマイペースで、能天気。

 

……でも、良い奴だ。間違いなくそう言えるな。

 

 

 

八幡「……まてよ」

 

 

 

これはもしかして、絶好のチャンスではなかろうか?

 

何でかは知らんが、こいつは今俺の事を怪しもうともせず、話を聞いてくれている。ちょっと抜けている感はあるが、見た所美少女と言って差し支えない容姿だ。制服を来ている事から恐らくは華の女子高生だという事が連想できる。外国人という点も、上手くすれば他の新人たちに差を付けるアドバンテージになるかもしれない。

 

……いける! これは、もしかしなくてもいけるじゃないか!

 

 

今こそ、スカウトのチャンス――ッ!

 

 

 

八幡「…………なぁ、ライラとやら」

 

ライラ「なんでございます?」

 

八幡「これ」

 

 

 

俺はスーツの内ポケットから名刺ケースを取り出し、一枚だけ抜き取って、それをライラに差し出す。

 

 

 

ライラ「……おー」

 

八幡「改めて、シンデレラプロダクションの比企谷八幡だ」

 

 

 

鼓動が高鳴る。

 

通報される心配が無いと分かっていても、緊張感はどうしたって拭えない。

 

さぁ、躊躇わず、言うんだ。

 

 

今こそ――

 

 

 

八幡「お、お前こそ良ければ、アイドルに…」

 

ライラ「ライラさんと同じ事務所でございますですねー」

 

八幡「そう、同じ事務所に…………え?」

 

 

 

 

 

 

え? なんて?

 

 

 

 

 

 

ライラ「ライラさんもデレプロのアイドルでございますよ。奇遇ですねー」

 

 

八幡「……………」

 

 

 

 

 

 

一瞬、思考が固まった。

 

 

 

ええええええぇぇぇぇぇぇぇ……

 

デレプロの、アイドル……? いやいやいや、マジで? こんなん流石に予想外だ。奇遇どころの騒ぎではない。

 

 

 

ライラ「八幡殿がデレプロのプロデューサー殿とは、驚きなのでございますよ」

 

 

 

驚きなのはこっちでございますよ。ってかそう言うライラのが全然驚いてるようには見えない。本当に君感情とかあるのけ?

 

 

 

八幡「……じゃあ、何。もう既にアイドル活動してるわけなのか」

 

ライラ「あー…あまりやってないですねー。とても黒い社長さんにスカウトされたのが、先月くらいでございますからねー」

 

 

 

とても黒い社長という面白い言い回しはともかくとして、そうか、既にスカウト済みだったか……。いや、あの社長貪欲過ぎでしょ。なんでスカウトしようとした子が既にスカウトされてるの? これがアイドル事務所社長の慧眼か……

 

しかしスカウトされたばかりというのを聞いて少し納得した。見覚えが無かったのも、まだあまり目立った活動をしていなかった為か。

 

 

 

八幡「まぁ、断られるよりは良かった……のか?」

 

 

 

とりあえず、スカウトが失敗したという事は分かった。

またこれで振り出しか……

 

がくっと、自然と肩を落とす。これ以上ないチャンスだと思ったんだけどなぁ……

 

だが、そこで隣に座るライラから以外な言葉を聞く。

 

 

 

ライラ「……でももしかしたら、アイドルじゃなくなるかもしれないですねー」

 

八幡「は?」

 

 

 

アイドルじゃ、なくなる?

 

一体どういう意味かとライラの方を見てみれば、その表情は先程よりも少しばかり暗い……ような気がする。

 

 

 

ライラ「ライラさん、お金に困ってるでございますよ。今はアパート暮らしで……それは幸せでございますけど、難しいです」

 

八幡「……さっき、あまり活動できてないって言ってたな」

 

ライラ「はい。レッスンは楽しいですけど、アルバイトもあるので大変でございますです」

 

 

 

アイドル業とバイトの両立。

 

それはまだあまり売れてないアイドルにしてみれば、酷く切実な問題であった。仕事を貰えないんじゃ他にバイトでもしないと生活できない。だが、それだけキツいスケジュールじゃ身が保たない。学校にも通わないといけないし、外国から日本に来てそんな酷な生活じゃ確かに堪える。

 

こんな飄々としてはいるが、心労は半端じゃないだろう。

 

 

 

八幡「それじゃあ……アイドル、辞めるつもりなのか?」

 

 

 

恐る恐る聞いてみる。先程の言い回しじゃあ、続けるのが困難なように聴こえたからな。

 

しかし、ライラの返答は思いの外希望に満ちていた。

 

 

 

ライラ「できれば、続けたいでございます。アイドルは、楽しくて、幸せでございますから」

 

 

 

その顔は、先程よりも少しばかり明るい……ように思えた。

 

 

 

ライラ「今度、初めてテレビ出演するかもしれないのでございますよ」

 

八幡「っ! そうなのか?」

 

ライラ「はい。それがダメだったら、辞めるかもしれません」

 

八幡「…………」

 

ライラ「だから、お仕事を頑張って、アイドルをやりたいのです」

 

 

 

頑張って、アイドルに。

 

そんなライラの姿を見ていると、とても懐かしい気持ちを覚える。

 

 

まだCDデビューも、テレビ出演も無く、ただただ上を目指していた時期が、俺の担当アイドルにもあった。

 

彼女は成功する事が出来た。だが、そこに辿り着けるのはほんの一握り。誰もが夢見るそのステージは、あまりにも狭き門。

 

 

この異国の少女が目指している頂きはそういう場所で、だが、だからこそ夢に見る。

 

そんな彼女だからこそ、眩い程に輝かしく、美しい。

 

 

……社長も俺も、スカウトしたくなるわけだ。

 

 

 

八幡「そうか。……なんだ、その…」

 

 

 

上手く言葉が見つからないが、それでも、何か言うべきなんじゃないかと思案する。

 

結果、出て来たのは何の面白みもない、酷く粗末な一言だけ。

 

 

 

八幡「頑張れよ」

 

 

 

たったそれだけ。それだけでも、彼女は嬉しそうに笑っていた。

 

こんな事しか俺には出来ないが……せめて、彼女の行く末を祈ろうと思う。

 

 

 

ライラ「頑張りますです。お家賃とアイスの為にも」

 

八幡「お家賃とアイス」

 

 

 

アイス好きで節約家なちょっと変わった異国の少女。

 

同じ事務所なら、いつか臨時プロデュースをする機会も来るかもしれない。

もしそうなれば、仕方が無い。甘んじて依頼を引き受けるとしよう。

 

 

だってきっとその時は、彼女は立派なアイドルになっているはずなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライラと分かれた後、もう少しだけスカウトが出来ないかと奮闘はしたものの、結局成功する事は無かった。

 

さすがにもう通報はされちゃいかんと気を付けていたので、行動が制限されてたしな。仕方ないね。うん、仕方ない。

 

仕事を手に入れる事が出来ず凛には申し訳ないが、こうなれば他の仕事を取ってきて挽回するしかないな。凛も無理しなくて良いと言っていたし、分かってくれるだろ。情けないプロデューサーであった。

 

 

とりあえずは、社長に謝罪と報告だな。

事務所へ戻り、そのまま社長室へと向かう。こういう時は社長のあのフランクさがとても有り難い。

 

扉の前に立つと、何やら中から話し声が聴こえてきた。

ちひろさんか? まぁ、もし間が悪いなら後で良いと言われるだろうし、とりあえず顔は出しとくか。

 

数回ノックをすると、中から入って良いと返事が来る。

 

失礼しますと言いつつ扉を開くと、そこに居たのは社長と、ある意味じゃ予想外の人物であった。

 

 

 

社長「比企谷くんか。どうかしたかね?」

 

「…………」

 

 

 

社長の前に立つ、険しい表情をした40代程の男性。

その眼光は鋭く、スーツ姿から一瞬ヤーさんかと見紛うくらいだ。正直怖いです。

 

一応、彼とは俺も面識はある。彼はこのシンデレラプロダクションの常務。

 

まぁ、言ってしまえば上司ってやつだ。

 

 

 

八幡「スカウトの件の報告に来たんですが…」

 

社長「ああ。やっぱり、難しかったかい?」

 

八幡「……ええ。すいません」

 

 

 

苦笑する社長に対し、頭を下げる。

 

申し訳ないが、やはり俺には荷が思い。

 

 

 

社長「大丈夫だよ。他のプロデューサーくんたちにも頼んではいるし、期待できそうなアイドル候補生も何人かはいる。ご苦労だったね」

 

 

 

本当にこの社長は人が良いな。企画で参加した一般Pとはいえ、ここまで良くしてくれると申し訳なさでいっぱいだ。こりゃ社畜にもなる。ならんけど。

 

 

 

社長「そういう訳だから、候補生から決まり次第君に連絡しよう」

 

常務「……分かりました」

 

 

 

返事をしたのは静観していた常務。あれ、この人も今回の番組に関わってるのか?

 

 

 

社長「ああ、今回の企画は彼がメインで担当してくれていてね。今も丁度その打ち合わせをしていたんだ」

 

 

 

俺が不思議に思っているのを察したのか、そう説明してくれる社長。なるほどな。

……って事は、俺が常務の仕事を増やしたって事になるのか。

 

嫌な事実に気付いてします俺。これ、一応謝っといた方が良いよな……?

 

 

 

八幡「あの、常務。すいませんでした……」

 

常務「…………」

 

 

 

無視だった。分かり易いくらいの無視。スルーと言っても良い。あれ、俺のこと見えてない?

 

とりあえず、常務はクールで寡黙な方なんだなぁ……と自分に言い聞かせる事にする。じゃなきゃ怖過ぎるよぉ!

 

 

そんな俺の葛藤を尚無視するかのように、常務はさっさと別の話へ移る。本当に仕事人って感じの人だな。

 

 

 

常務「番組へ出演するアイドルですが、現役組の方を新しくリストアップしておきました。こちらが資料になります」

 

社長「ありがとう」

 

常務「基本的には社長の告げたメンバー構成ですが、こちらで調整してリストから外したアイドルもいますので確認しておいてください」

 

 

 

なんか、これ以上は俺がいても関係無い話になりそうだな。

邪魔になるのも悪いので、一礼して部屋を後にする事にする。

 

 

 

常務「除外したのは…」

 

 

 

しかし、踵を返した所で、俺は思わず足を止める事になる。

 

というのも……

 

 

 

 

 

 

常務「ライラ、というドバイ出身のアイドルです」

 

 

 

聞き捨てならない名前を、聞いたから。

 

 

 

 

 

 

社長「ライラくんを外したのかね? 一体どうして?」

 

常務「彼女は未だ経験が浅い。テレビ出演するには、今回の企画はまだ早いと判断致しました」

 

社長「ふむ……」

 

 

 

常務の言い分に理解出来る事もあったのか、考え込む社長。

 

ちょっと待て。ライラを、今回の企画から降ろすだと?

 

 

あいつは、初めてテレビに出演出来ると言っていた。それが、今回俺がスカウトを任されていた番組の事だった……?

 

そして、もしもそれが上手くいかなければ、あいつはアイドルを辞めるかもしれないと、そう言っていた。

 

 

それなのに、出演すら、出来ない……?

 

 

そんなのは、そんなのはあまりにも酷じゃないのか。彼女の折角のチャンスを、奪い取っていいのか?

 

 

 

良いわけが、無いだろ。

 

 

 

 

 

 

八幡「……待ってください」

 

 

 

 

 

 

思わず、声を出す。

 

二人の視線が俺に向けられる。ここで黙って見過ごすわけには、いかなかった。

 

 

 

八幡「ライラを今回仕事から外すって……その、考え直してくれないっすか?」

 

社長「比企谷くん……?」

 

常務「…………」

 

 

 

社長は怪訝そうな表情を浮かべるが、常務は変わらず無表情なまま。だが、その目は俺に向けられたままだ。彼はまだ、俺の言葉を待っている。

 

 

 

八幡「あいつとは知り合い……って程でもないんすけど、聞いたんです。今回の企画にかけてるって」

 

常務「…………」

 

八幡「生活が苦しいみたいで、もしも企画がダメだったら、アイドルを辞めるかもしれないって。だから、せめて出演だけでも…」

 

常務「甘えだな」

 

八幡「っ!」

 

 

 

ずん、と。その言葉がのしかかる。

 

元々低い彼の声が、更に重く、俺へと投げかけられた。

 

 

 

常務「そんな個人の私情を仕事に持ち込むわけにはいかない。降板は変わらん」

 

八幡「なっ……」

 

 

 

俺が思わず絶句すると、そこで社長が見咎めたのか割って入る。

 

 

 

社長「待ちたまえ。もう少し詳しく話を聞いてからでも…」

 

常務「彼女を現役アイドルとして出すには技量不足と言わざるを得ません。リスクも高い。既に企画会議で取り決めた内容を変更するのは難しいかと思います」

 

八幡「いや、だからって……!

 

 

 

俺が抗議しようとするも、常務は更に鋭い眼光で俺を射抜く。

 

 

 

常務「所詮は企画で雇われている半人前のプロデューサーが、口を挟むんじゃない」

 

八幡「――ッ」

 

 

 

それを、今言うか?

 

自分で言うのは良いが、人に言われと、思わずカチンとくる。

 

 

 

八幡「……関係ねぇだろ」

 

常務「なに?」

 

八幡「あんたがふざけた事ぬかすから、それはおかしいって言ってんだ。俺の事は関係ねぇだろ」

 

 

 

ギロリと、思わず俺も睨み返す。

 

上司とはいえ、そんな横暴を認めるわけにはいかない。

あいつの事をよく知りもしない奴が、そんな勝手な判断をして良い筈がねぇだろ。

 

しばしの間、無言の膠着状態が続く。

 

 

その沈黙を破ったのは社長だった。

 

 

 

社長「その辺にしておきたまえ。もう少し頭を冷やすんだ」

 

八幡「……すんません。口が過ぎました」

 

 

 

一呼吸置いて、一応謝罪する。

 

別に常務の判断を許したわけじゃないが、社長の顔もあるからな。

 

 

 

社長「君もだよ。いくらなんでも、言って良い事と悪い事がある」

 

常務「……申し訳ありません」

 

 

 

頭を下げる常務。

いや、それ社長に謝ってるよね。俺に対してじゃないよね。

 

だが、それでも常務の言い分は変わらないようだ。

 

 

 

常務「ですが決定は変わりません。もう一度会議で話すにしても、可能性は限りなく低いという事だけは確かですので、そのつもりで」

 

 

 

言うや否や、さっさとこの場を後にする常務。

 

俺とすれ違う瞬間も、彼は俺に一瞥もくれる事は無かった。

 

 

俺が言うのもなんだが、あれだ。

 

 

 

いけ好かねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

社長「彼は元々、君と同じプロデューサーだったんだよ。それはもう敏腕のね」

 

 

 

事務所の休憩スペース。

 

昔を懐かしむように、ソファに座った社長はどこか遠くを見つめていた。

 

 

 

社長「別の事務所ではあったんだが、この会社が出来た時に私が声をかけてね。それから常務として働いてくれている」

 

八幡「そうだったんすか」

 

社長「気難しい所もあるが、優秀な社員だよ」

 

 

 

確かにその仕事ぶりは一般Pの俺でも聞き及んでいる。

 

だが、それにしたってちょっと非情過ぎやしないか。仕事の為とはいえ、アイドルを切り捨てるなんて。

 

 

 

ちひろ「元プロデューサーだからこそ、公平に徹したいというのもあるかもしれませんね。……コーヒー、お持ちしましたよ♪」

 

 

 

どこからともなく現れる事務員ちひろさん。テーブルの上にコーヒーを置いてくれる。

ちなみに俺のとこには砂糖とミルク付き。分かってるじゃないか。

 

 

 

社長「確かに、仕事がほしいのはアイドル皆が思っている事だ。贔屓にしてはいけないという彼の言い分も、間違いじゃない」

 

八幡「…………」

 

 

 

甘え、と彼は言っていた。

 

確かに甘いんだろうな。社長の言うように、仕事がほしいのは皆一緒だ。続けられないからアイドルを辞めるというのは、何も不自然な事ではない。競争率の高いこの業界では尚更の事。

 

もしも俺がライラという少女と知り合わなければ、きっと気にも留めなかっただろうし、情が移ったんだろうと言われれば、何も否定できない。

 

だからきっと、常務の言う事は正しい。

 

 

だから。

 

 

だから俺は、このまま見過ごせば良いんだろうか。

 

 

 

八幡「…………」

 

 

 

ふと、隣に誰かが座る気配を感じる。

 

座った拍子に少しだけ舞う長い髪から、ふわりと花の香りがした。

 

 

 

 

 

 

凛「それで?」

 

 

 

 

 

 

彼女は、俺の担当アイドル、渋谷凛は、

 

 

 

 

 

 

凛「プロデューサーは、どうしたいの?」

 

 

 

 

 

 

俺の目を真っ直ぐに見て、問いかける。

 

 

 

八幡「……一応、策、みたいなものはある」

 

凛「あるんだ。……まぁ、どうせいつもみたいな感じなんだろうけど」

 

八幡「否定できんな」

 

 

 

俺の答えに苦笑する凛。

 

だが呆れながらも、彼女は絶対に俺を見限ろうとはしないんだから、物好きな奴だ。

そして、物好きは何もこいつに限った話ではない。

 

 

 

 

 

 

輝子「フヒ……そこは、否定してほしいところ……」

 

八幡「……お前、さすがにテーブルはキツくないのか」

 

 

 

休憩スペースに置いてある平たいテーブル。の、下から頭を出すのは元ぼっち系アイドル星輝子。

いつもは仕事用デスクの下に潜んでいるが、今回はテーブルか。ほとんど四つん這いだよ君?

 

 

 

輝子「フヒヒ……いつか、挑戦したいと思ってた」

 

八幡「ちひろさん。自腹切りますんで、ここのテーブル買い替えません? ガラスの透けてるやつとかに」

 

ちひろ「あら、オシャレで良いですね♪」

 

輝子「お、鬼……悪魔…………八幡」

 

 

 

忌々しいと言わんばかりに呻く輝子。どうやら日の光にはやはり弱いようだ。

ってかその位は俺には早いって! ポストちひろだって!

 

 

 

 

輝子「……それで、八幡。策とは……?」

 

八幡「…………」

 

 

 

やっぱり、お前も訊いてくるんだな。

 

 

凛は、俺がどうしたいかと問うてきた。

 

そして輝子は、話を聞かせてほしいと言ってきた。

 

 

こいつら、そして、今まで担当してきた臨時アイドルは、俺なんかの事を見てくれるし、聞いてくれる。

 

本当に物好きで、お人好しな奴らだよ。自分が嫌になるくらいな。

 

 

 

八幡「……凛の言うように、どうせいつもみたいな感じのやり方なんだが……お前らはどう思う?」

 

 

 

逆に俺が問いかけてみれば、凛は一度溜め息を吐いて、輝子は小さく笑って、愚問だとばかりに言う。

 

 

 

凛「いいんじゃない? それがプロデューサーのやりたい事なら、別にさ」

 

輝子「フヒヒ……上に同じ」

 

八幡「そうかい」

 

 

 

その言葉が、何よりも助かる。

 

こんな俺のどうしようもないやり方も、救いがあるように思えるから。

 

 

だから俺は、正しい事に対して、真っ向から間違えてやれるんだ。

 

 

 

八幡「社長」

 

社長「何かね?」

 

 

 

今まで静観していた社長は、まるで期待するかのような眼差しで、俺の言葉を待つ。

 

 

 

 

 

 

八幡「俺がスカウトした子を番組に出して貰えるって話、まだ通りますかね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、準備を整えた俺は再び社長室へ向かう。

 

既に社長には話を通してある。であれば、彼もきっと部屋にいるはずだ。

 

 

 

……あー、なんか、無駄に緊張すんな。正直かなり怖い。

大丈夫だよね? さすがに暴力沙汰とかにはならないよね? 大人しそうな感じだし、手を出すにしてもどっちかってーとチャカとか取り出しそうだ。そっちのがヤバイ。

 

 

しかし、もう後には引けない。

 

歩きながらも、俺は事が上手く運ぶように頭の中でシミュレーションしつつ、真っ直ぐに目的地へと向かう。

 

この程度の修羅場、今までも乗り越えて来たからな。

 

 

予定通りの時間に到着すると、俺は扉をノックし、返事を待った後に入室する。

 

 

 

八幡「失礼します」

 

 

 

入れば、昨日と同じ面子が揃っていた。

 

椅子に座る社長と、その前に立つ常務。

相変わらず、常務のその表情は険しい。ってか前よりも不機嫌そうに見える。

 

 

 

常務「……呼び出された理由は、昨日の件ですか?」

 

社長「そうだ。比企谷くん、報告を頼めるかい」

 

八幡「はい」

 

 

 

社長の言葉に応じ、俺は常務の隣に立って報告を始める。

 

 

 

八幡「シンデレラプロダクションの所属アイドルであるライラですが、今回の降板に伴い退社する事になりました」

 

常務「…………」

 

社長「……そうか」

 

 

 

ライラが、事務所を辞める。

 

報告を聞いても、常務は特に表情を変える事は無い。その様子に少々嫌な気分になるが、しかしとりあえずは置いておく。

 

彼は、本当に何も思う所が無いのか、それとも……

 

 

 

常務「…………」

 

八幡「それと候補生枠での出演の為のスカウトですが、何とか出てくれる子を見つけられましたので、その報告も」

 

 

 

俺の発言のに、ぴくりと、常務の視線がこちらに向けられたのを感じた。

 

ま、仕事に関係あるし、これには反応するよな。そうでなくては始まらない。

 

 

 

八幡「入ってくれ」

 

 

 

俺は扉の外で待機してるであろう彼女に、声をかけた。

 

 

 

 

 

 

常務「……っ!」

 

 

 

 

 

 

入室してきた彼女を見て、予想通り、常務は驚愕の表情を浮かべてくれる。

 

そうだ、その反応で当然。

 

 

 

なんせ入ってきたのは、常務もよく知る少女なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライラ「失礼しますです。わたくしスカウトされました、新人アイドルのライラさんでございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何てことのないように、出会った時のような飄々とした様子で自己紹介するライラ。

 

ある意味じゃ、大物の対応だなこれは。

 

 

 

ライラ「好きな食べ物はアイス。趣味は公園で知らない人とおしゃべりでー…」

 

八幡「ライラ、とりあえず自己紹介はいい」

 

 

 

ってか、それ趣味なの? 公園で知らない人とお喋りって……あれ、俺の事?

 

しかし今はそんな話をしている場合ではない。能天気なやり取り等どうでもいいとばかりに、常務がドスの効いた声を出す。

 

 

 

常務「……ふざけてるのか? どういうつもりだこれは」

 

八幡「言ったでしょう。彼女がスカウトしてきたアイドルなんですよ」

 

常務「馬鹿を言うな。先程お前は退社したと…」

 

八幡「だから、“辞めた後のアイドルでも何でもないライラを、改めてスカウトした”んですよ」

 

常務「ッ!?」

 

 

 

今回の企画は現役アイドルとアイドル候補生による合同番組。そしてライラは現役アイドルとしての出演が不可能になった。だから俺は、“アイドル候補生として出演出来るように、一度辞めて改めてスカウトし直した”のである。

 

 

 

八幡「俺がスカウトした子は番組へ出演させてくれる……そういう約束でしたから。ですよね社長?」

 

社長「うむ。確かにそう言った」

 

 

 

苦笑しつつ頷く社長。

 

まぁ、昨日の時点で社長には確認して了承は得てあるけどな。元々ライラが出れない事は良く思っていなかったようだし(そもそも社長がスカウトしてきたし)、何とか引き受けてくれた。

 

 

 

常務「そんな屁理屈で……!」

 

八幡「実際、問題なんてありますか? 現役組と違って、候補生組には経験なんていらないですし。むしろ無い方が良いまである」

 

 

 

アイドルとしての活動があまり出来ていなかったからこそのこの手段。まぁ、実際は別に辞める手続きも特にしてないし、候補生側として出演する事になったってだけなんだがな。

 

だが、これでライラが出演するのに弊害は無くなった。

 

 

 

八幡「これでも、まだ反対するつもりですか?」

 

 

 

俺は常務へそう問いかける。

 

彼は重苦しい表情ではあったが、しかし、やがて熟考するかのように一度目を閉じる。

 

 

 

常務「……番組へ出演する資格があるのであれば、私は異を唱えるつもりはない」

 

八幡「…………」

 

常務「話は以上でしょうか?」

 

 

 

常務の質問に社長が首肯すると、常務は「では」と言って踵を返す。

もう用は無いとばかりに、扉へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

ライラ「……あの」

 

 

 

 

 

 

しかし、以外な事にライラが彼を呼び止める。その行動は俺もさすがに予想外だった。

 

常務はドアノブへ手をかけた所で動きを止め、振り返らないまま彼女の言葉を待った。

 

 

 

ライラ「ライラさん、アイドルを頑張ります。だから……よろしくお願いしますです」

 

 

 

いつもより、少しだけの早口。

 

言って、ライラはぺこっと頭を下げた。

 

 

 

常務は少しの間何も言わず黙っていたが、やがて小さく「ああ」と答えると、扉を開けて部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数日。何とか出演権を勝ち取ったライラは、無事に番組へ出演する事が出来た。

 

 

対談型の、候補生が現役アイドルに話を聞いたり、一緒に歌って踊ってみたりするありがちなバラエティ番組。当初とは違う候補生側の出演ではあったが、それでも、彼女は嬉しそうにしていた。

 

お家賃もちゃんと払えたようで、俺としても何よりだ。

 

 

 

八幡「よっこらせっと」

 

 

 

誰もいない休憩スペース。備え付けのテレビを点け、DVDプレーヤーへディスクを入れ、ソファへとどかっと座る。こんだけ堂々と使ってりゃ誰も寄り付かんだろ。何もしなくても寄り付かんけど。

 

 

 

八幡「…………」

 

 

 

これからも、きっとあいつは、ライラは苦労するんだろうな。

 

 

今回俺がやった事は、所詮はただの繋ぎでしかない。次の仕事が成功出来なければアイドルを辞める、そんな事情を抱えた彼女を、何とか番組へ出演させて一時的に繋ぎ止めただけ。

 

番組へ出演した事でこれからチャンスは来やすくなるかもしれないが、それでも現状がさほど変わっていないのは事実。

 

だからこれからも、ライラは頑張り続けなければならない。

 

 

アイドルを、続けるために。

 

 

 

八幡「…………」

 

凛「あれ。プロデューサー、何見てるの?」

 

 

 

ふと、偶然通りかかったのか、後ろから凛の声が投げかけられる。

 

 

 

八幡「ああ。この間の番組」

 

凛「ふーん。この間の…………え」

 

八幡「録画しといたからな。折角だから見返してた」

 

 

 

テレビ画面の向こうには、候補生たちの色んな質問に困惑しながらも頑張って返答する凛の姿。その下手をすれば候補生たちよりも必死な姿は、見ていて何とも和む。可愛い。

 

 

八幡「また候補生の奴らも中々エグい質問するよな。ライラとか無自覚なのが何とも…」

 

凛「ちょ、ちょっとプロデューサー。もうやめない? 一回実際に見てるんだから、また見返さなくてもいいでしょ?」

 

八幡「いやでも、この後に振られる『同じ事務所のアイドルのモノマネ』が…」

 

凛「い、いいから! もう見なくていいから!」

 

 

 

顔を真っ赤にしてリモコンを奪い取る凛。

 

結局、続きは見られずDVDも没収されてしまった。ちぇー、蘭子のモノマネ結構良かったと思ったけどなー。赤面してるとこが面白可愛くて。

 

こりゃ、俺が今まで出演してる番組全部録画してDVDに焼いてるって知ったら、めちゃくちゃ怒りそうだな。大原部長ばりに家まで乗り込んでくるかもしれん。

 

 

 

とぼとぼと休憩スペースを後にして、仕方なく事務所外の自販機へと向かう。

 

こういう時はMAXコーヒーでも飲んで癒されよう。……けどよく考えたら事務所の中であれ流すって結構鬼畜だな。反省反省。

 

 

そんな事を考えながら階段を下り、自販機へと目を向けた所で一人の人物を捉えた。

 

うげっ、あの人は……

 

 

 

 

 

 

常務「…………」

 

 

 

相変わらず険しい表情の常務と、ばっちりと目が合う。

その手にはブラック缶コーヒー。イメージ通り過ぎるだろ。

 

 

 

八幡「……ども」

 

 

 

とりあえず何も挨拶しないのもあれなので、軽く会釈する。

 

だが、常務は相変わらずの無視。やっぱりこの人俺の事見えてないんちゃう? 名前すら呼ばれた事無いし。もしかして覚えてないのか……

しかしそのくせ常務は自販機の前を空けると、すぐ側で缶を開けて飲み始めてしまう。いや、事務所戻れよ。買いづれーだろ。

 

俺は外に出た手前引き返すわけにもいかず、仕方なく自販機まで歩いてMAXコーヒーを買う。

 

そしてさっさと戻ろうと踵を返した所で、まさかの声がそこでかかった。

 

 

 

常務「……先日の合同番組の報告書、まだ出ていなかったようだが?」

 

八幡「………………」

 

 

 

あーやっべーー完全に忘れてたぁーー!!?

 

足が止まり、ダラダラと嫌な汗が流れる。しまった、マジでしまった。普通にガチで忘れてた。いやでも、期限とか特に無いですし、催促もされないし、はい。すぐに出すのが当たり前ですよねすんません!!

 

 

 

八幡「す、すぐに出します」

 

常務「そうしてくれ」

 

 

 

常務はそう言うと、コーヒーをまた一口飲んで黙ってしまう。俺は何となく動けず、その場に立ちすくむ。

 

あー…これ完全に立ち去るタイミング失った奴だ。あのまま勢いで走り去れば良かった。もう俺もMAXコーヒー飲んじまうかな。

 

そんな事を考えていると、また常務が話し始める。

 

 

 

常務「……ひとつ、訊いてもいいか」

 

八幡「は、はい?」

 

常務「どうしてお前は、あんなに彼女の肩を持ったんだ」

 

 

 

話されたのは、意外な言葉。

常務の言う彼女とは、もしかしなくてもライラの事だろう。

 

どうして、彼女の肩を持ったのか。

 

そんな事を訊かれるとは思っていなかったので、思わず面食らってしまった。

 

 

 

八幡「どうして、と言われても……」

 

常務「知り合いだと言っていたな。やはり、情が移ったのか」

 

 

 

別に知り合いと呼べる程会った事があるわけじゃない。情が移った? そう言われれば、それも間違いではないな。彼女がアイドルを辞めてしまう事に思う所があった。それは事実だ。

 

だが、たぶんそれだけではない。

 

 

そうだな。敢えて言うのであれば……

 

 

 

 

 

 

八幡「……笑顔、とかですかね」

 

常務「笑顔?」

 

八幡「あ、いや……」

 

 

 

思わず怪訝な表情になる常務。さすがに訳分かんなかったか。

でも、これが一番しっくりくるんだよな。

 

 

 

八幡「……あいつ、良い顔で笑うんすよ」

 

 

 

あの能天気そうな、邪気の無さそうな、こっちの気が抜けるような、そんな幸せそうな笑顔。

 

彼女の笑顔を見ているだけで、嫌な事も、抱えてる物も、どうでもよくなってしまう。そんな不思議な魅力がある。

 

 

 

八幡「あんな良い笑顔が出来る女の子がアイドルを辞めるなんて、それは惜しいなって、そう思ったんす」

 

常務「……それだけか?」

 

八幡「それだけです。けど、そんなもんじゃないんすか。アイドルをスカウトする理由なんて」

 

 

 

社長のように、ティンときた! ってわけじゃない。

 

けど、確かにあいつと初めて会った時。話をした時。何か感じるものが、光るものが、あったような気がしたのだ。

 

 

 

 

 

 

『どうかしたのでございますか?』

 

 

 

『これ、ライラさんのアイスを半分あげますです。パキッと割れるですよー』

 

 

 

『本当は節約しないといけないのでございますが……頑張った貴方様には、ご褒美でございますですよ』

 

 

 

 

 

 

差し出してくれたその手は、俺にはとても眩しく見えた。

 

 

 

八幡「本当、惜しいですよ。あいつの事を知らない奴がいるなんて」

 

常務「…………」

 

 

 

常務は目を伏せ、しばしの間口を鎖す。

 

やがて缶コーヒーを飲み終えた頃、彼は小さい声で呟いた。

 

 

 

常務「……お前を見ていると、酷く懐かしい気持ちになる」

 

八幡「はい?」

 

常務「何故だろうな。自分でも不思議だよ」

 

 

 

珍しく、本当に珍しく、苦笑しながらそう言う常務。

 

良くは分からんが、俺を見て懐かしいというのであれば、それはきっとあれだろう。

 

 

 

八幡「そりゃ、俺はプロデューサーですから。かつて、あなたがそうだったように」

 

常務「っ!」

 

八幡「…………」 ドヤァ

 

常務「…………」

 

八幡「…………」

 

常務「…………映画の見過ぎだ」

 

 

 

あ、バレました?

いや、この元ネタの台詞めっちゃ好きなんよね。個人的にはフォースと共にあれ、よりも好きだ。マジ名作。

 

そして常務はまた苦笑すると、重く、それでもどこか優しい声音で俺に言う。

 

 

 

常務「なら、プロデューサーとして責任を果たせよ。中にいる私に出来ない事を、お前がやれ」

 

 

 

その言葉は、初めてちゃんと俺へと向けられたように感じた。

 

……いやでも、常務に出来ない事を俺がやるとか、ちょっと責任重過ぎません? 俺ちょっと名台詞パロっただけよ?

 

だが、ここまで言われては断る事も出来ない。

 

自信は無い。それでも、意志はある。

 

 

 

八幡「……うっす」

 

 

 

情けない話だが、これが今の俺に出来る最大限の返事だ。

 

まぁ、それでも常務は満足してくれたようだったがな。

これが、上司ってやつか。

 

 

と、そこで階段をパタパタと下りてくる音がした。

 

事務所の誰かが来たのかと思って視線と向けると、そこにはまたも以外な人物。

 

 

 

ライラ「あ、こんな所にいたのでございますねー」

 

 

 

相変わらずのほほんとした金髪碧眼褐色の少女。件のライラである。

 

 

 

ライラ「おや、八幡殿も。プロデューサー殿とお話中でございましたか?」

 

八幡「まぁそんな所……って………………え?」

 

 

 

話しかけて、一瞬、思考が止まる。

 

ん? え、何。今、こいつは何て言った? プロデューサー? 誰がプロデューサーだって?

 

 

 

常務「そういえば言ってなかったな。今度から、私がライラの担当プロデューサーをする事になった」

 

ライラ「でございます」

 

八幡「…………………………」

 

 

 

なん…だと……

 

いや、マジでか。なんで、何で!?

 

 

 

常務「アイドルの人数に対し、プロデューサーの数が足りていないのはお前も知っているな」

 

八幡「え、ええ」

 

常務「その対策として、私を始めとする他の社員もプロデューサーとして活動する事になった。一時的ではあるがな」

 

 

 

な、なるほどな。そういう事か……

 

いやでも、それはまだ分かるとして、何故よりによって常務がライラの担当? 選考理由は分からないが、何かあるんじゃないかと勘繰ってしまう。

 

そして俺のそんな心中が伝わったのか、常務は少しばかり所在無さそうに目を逸らす。

 

 

 

常務「……私が自ら志願した。特に他意は無い」

 

八幡「…………」

 

常務「……っ……先に戻る。ライラ、この後の時間には遅れるなよ」

 

ライラ「はいです。頑張りますですよー」

 

 

 

言うや否や、足早に去る常務。

 

照れてる。あれ、完全に照れてるな。

常務のそのらしくもない様子に、思わず破顔してしまった。

 

今回の件を経て、常務にも何か思う所があったのかもな。

 

 

 

常務「比企谷」

 

八幡「っ」 ビクッ

 

常務「……報告書、忘れるなよ」

 

 

 

そして今度こそ、常務はその場を後にした。最後に余計な一言を残して。

 

……なんだ、ちゃんと覚えてんじゃねーか。名前。

 

 

 

ライラ「プロデューサー殿と八幡殿は、仲が良いのでございますねー」

 

八幡「そう見えるなら眼科へ行く事をオススメするな」

 

 

 

そりゃ、前に比べればマシな関係にはなったかもしれないが、それでも良くはないだろ。ってか別になりたくもない。

 

 

 

ライラ「ライラさんは、お二人には感謝してますですよ」

 

 

 

嬉しそうに、幸せそうに、笑うライラ。

 

 

 

ライラ「八幡殿のおかげで、ライラさんはアイドルを続けられるですよ。そして、プロデューサー殿と一緒に、これからどんどん頑張りますです」

 

八幡「…………」

 

 

 

番組へ出演する為に策を講じた時、ライラには常務の考えを話してあった。けれどそれでも、彼女はその常務と手を取り合い、歩んでいくと言っている。

 

気がかりだった。俺のやった事は、最適であっても、最善ではなかったんじゃないかと。

 

けれど、それでも彼女は俺に感謝してくれる。

俺が取った手段に救われたと、そう言ってくれる。

 

 

ならきっと、良かったんだよな。

 

 

 

八幡「……ホント、いつもながらまともな手が使えないな」

 

ライラ「? 何の話でございますか?」

 

八幡「人には、得手不得手があるって話だよ」

 

 

 

俺の言葉に、しかしライラは首を傾げるばかり。これだけ日本語が達者でも、さすがに外国人には伝わらないか。

 

 

 

八幡「人には得意な事と、得意じゃない事があるだろ? それを手段、つまり手で現してんだ。得手、不得手ってな」

 

ライラ「おぉ……なるほどでございますねー」

 

 

 

お、今ので理解したのか。我ながらテキトーな説明だったんだが……もしかして結構頭良い?

 

 

 

八幡「人と話したり、誰かの相談に乗ったり、スカウトしたり……そういうのは、俺は不得手なんだよ」

 

 

 

今回のライラのスカウトだって身内に対してやったも同然だからな。やっぱり俺には荷が重い。まぁ、それでもちゃっかり報酬である凛の番組出演権は獲得してるのだが。

 

 

 

ライラ「んー…でも、ライラさんは嬉しかったですよ?」

 

八幡「あ?」

 

ライラ「……八幡殿の差し出してくれた手は、フエテでも、とても暖かかったでございますよ」

 

 

 

にこりと、またあの幸せそうな柔らかい笑顔。

 

その言葉は、俺の意表を突くには、充分過ぎた。

 

 

 

八幡「…………」

 

ライラ「八幡殿?」

 

八幡「……なんでもない」

 

 

 

あぁ、本当に、こいつは天然だ。

天然でこんな事が出来るなら、きっと凄いアイドルになれるだろうよ。

 

オマケにあの堅物常務もついてる。こりゃ、強力なライバルになるかもな。

 

 

 

八幡「……なんか、落ち着いたら腹減ってきたな」

 

ライラ「ライラさんはアイスの気分ですねー」

 

八幡「別に訊いてないんだが……まぁ、いいか。それくらいなら奢ってやる」

 

ライラ「本当でございますか? おー…楽しみでございますです」

 

 

 

結局、得手も不得手も、俺から見た一面でしかない。

それが他の角度から見る事で、全く違う側面を見せる事もある。

 

たぶんそれは自分じゃ気付けなくて、捻くれた奴にも見えなくて……

 

 

 

八幡「この辺でってなると……サーティワンでいいか」

 

ライラ「サーティワン……ライラさん、31個も食べれないでございますよ」

 

八幡「いや種類ね。種類。個数じゃないから」

 

 

 

 

 

こんなお人好しの素敵な女の子だから、見ていてくれて、気付かせてくれるんだろう。

 

……やっぱ、こいつがアイドルを辞めるなんて勿体ないな。

 

 

鉄面皮のプロデューサーと、どこか抜けた異国の少女。

 

どうにも面白いこの二人の行く末を、俺も同士として祈るとしよう。

 

 

 

願わくば、彼女のその手が目指す場所へと届きますように。

 

 

 

 

 

 

おわり

 


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