やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。   作:春雨2

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第12話 そして、比企谷八幡は——。

 

 

この世の中において、一番大事なものとは一体なんなのだろうか。

 

 

突然何を、と思うやもしれんが、俺は今だからこそそれを問いかけたい。

 

大事なものなんて結局は人それぞれ。

そう言ってしまえば、実際はそれで済む問題だ。今更、議論する余地すらないものかもしれない。

 

だがそれでも、俺はまだ答えを出せずにいる。

 

今でも、それを探し続けている。

 

 

よく耳にするのは、お金か愛か、という月並みな台詞。

 

愛はお金では買えないが、愛以外はお金で買える。

だがこれも、状況によって答えなんかいくらでも変わっていくものだ。

 

世の中愛に飢えた女教師もいれば、お金に執着する事務員もいる。そんなものなのだ。誰か早く貰ってあげて!

 

お金か愛か、それとも地位か名声か。その人にとっての大事なものなど、やはりそれぞれだとしか言えない。

誰だって自分の考えはあるし、それを共有出来る時もあれば、誰にも分かって貰えない事だってある。

 

 

だがここで重要になってくるのは、何が自分にとって一番大事なのか、それをハッキリと答えられるかどうかだ。

 

 

“本当に大事なものは、失ってから気付くもの”。

 

 

よく聞く言葉だが、実際の所真理でもある。

当然だ。いつだって人は幸福を日常と捉え、不幸を非日常とする。

 

自分にとっての“当たり前”が恵まれているという事に、人は気付けない。

 

 

ならば、俺はどうか?

 

 

俺にとっての大事なものとは、失いたくないものとは、なんなのか。

 

昔の俺ならば、それは家族と答えたかもしれない。

いや、もちろん今でも言える。だが昔と違うのは……

 

 

 

俺なんかの事を見てくれる、そんな奇特な奴らが増えたという事。

 

 

 

友達と言ってくれる奴らもいた。

 

信じてくれる奴らもいた。

 

……俺に、見ていてほしいと言ってくれる奴も、いた。

 

 

そんな奴らが出来て、俺にも失いたくないものがあるんだと、最近になって自覚する事が出来た。

それは他の奴らからすれば何て事の無い存在なのかもしれない。いて当然の関係だと言うかもしれない。

 

だが、俺には分かる。

 

彼らがいてくれる、その大切さを。

いてくれる、その尊さを俺は知っている。

 

いて当たり前なんて事は、決してないんだ。

 

こんな事、本人たちの前では口が裂けても言えはしまい。

言えたとしても、いつものように捻くれた物言いになってしまうだろう。

 

 

だがいつかは。

 

いつかは、ちゃんと言葉に出来たらと思う。

 

 

あいつらの存在が。

 

どれだけ、俺を救ってくれたのかを。

 

 

 

……まぁ、その内な。

 

 

 

それと、最近他にも大事なものを一つ自覚した。

それもある意味では尊く得難いもので、誰しもが望むものとも言える。

 

以前の俺であれば、そう難しくなく得る事が出来たのだが、今ではそれも無理だ。

 

本当に、大事なものは失ってからしか気付けない。

 

 

その大事なものとはーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小町「お兄ちゃん! そろそろ凛さん来るんでしょ! ほらさっさと着替える!」

 

八幡「……なんでお前が張り切ってんだよ」

 

 

 

休み、休日、ブレイクタイム?

なんでもいいから、たまにはゴロゴロさせてくれ……

 

 

 

場所は千葉県某所にある比企谷家。

 

久方ぶりの休日に、俺は心行くまでゴロゴロしようと思っていたのだが……

 

 

 

小町「凛さん、夕飯も食べてくの? なら買い物行っておいた方がいいかな」

 

八幡「別にいーだろ。食うことなっても、最悪外食すりゃいいし」

 

小町「何言ってんのもう、これだからゴミいちゃんはダメなんだよ!」

 

八幡「なんで今俺罵倒されたの……」

 

 

 

話の通り、今日は凛が家にやってくる。

 

久しぶりに休みを満喫できると思っていたのだが……まぁ、仕方あるまい。

お返しを考えるのも面倒だったし、これで済むなら安いもんかもしれんしな。

 

ともすれば、一番面倒なのはこの妹かもしない。

 

 

 

小町「いい? 彼女が家に行きたいって言ってる、それはつまり、彼氏の家でしか出来ない事をしたいっていう意味なんだよ? なのに外食なんてしたらいつもと変わらないでしょ。OK?」

 

八幡「OKじゃないが。つーかそもそも彼女じゃない」

 

 

 

何故こうもノリノリなのだろうかこの妹様は。

それと彼女が彼氏の家に行きたいとか、その話はやめろ。いつぞやのクイズを思い出す。

 

 

 

小町「そんな細かいことはいーの! お兄ちゃんも一応料理出来るんだから、ここは振る舞ってしかるべきだよ!」

 

 

 

全然細かくない。

つーか、え? 俺が料理すんの? 何それ最高に面倒くさい。

 

 

 

八幡「何でわざわざ俺が作らにゃならんのだ。尚更外食を推すぞ」

 

小町「減るもんじゃないし、いいじゃん。それにここで家庭的な面を凛さん達にアピールすれば、専業主夫を目指すお兄ちゃんとしても好都合でしょ?」

 

八幡「好都合とか言うな。まぁ確かに俺の主夫度を見せてやるのも良いかもしれんが…………ん? 凛さん“達”?」

 

小町「あ、やばっ」

 

 

 

俺が言われた台詞に疑問符を浮かべていると、小町は慌てて口を抑える。いや露骨過ぎんだろ。

 

 

 

八幡「……お前、何か隠してるだろ」

 

小町「な、何を仰ってるか分かりませんなぁ」

 

 

 

面白いくらいに目を泳がせる小町。

怪しい。もう何が怪しいって姉ヶ崎のバスト逆サバ疑惑くらい怪しい。

 

俺がもう一度問いつめようとすると、しかしそこで我が家のチャイムが鳴る。

それに反応する小町。功を奏したとばかりに、その場から逃げる。

 

 

 

小町「あ、凛さんもう来ちゃったね! 小町お出迎えしてくる~☆」

 

八幡「あ、おいこら」

 

 

 

俺の静止虚しく、小町はたったかと行ってしまった。

激しく嫌な予感がするが……まぁどうしようもないか。

 

 

とりあえずリビングで待機。

その辺の雑誌を片付けつつ、気持ちを落ち着ける。

 

小町のせいで、なんか俺まで緊張してきた。

いや、別に遊びに来るだけだからね? 深い意味は無いからね?

 

そうだ。両親も帰ってくるし、小町だっている。

 

……逆に言えば、夜まで両親は帰ってこないし、小町が出かければ二人っきりなんだがな。

 

 

 

八幡「…………」

 

 

 

おおおおおお落ち着け俺。

そうだ、雑誌でも読んで待とう。すげー自然だろ、うん。

 

テーブルの上に投げ出された雑誌を手に取り、その表紙を見る。

 

 

 

『彼氏必見! 女の子をお家に招いた時の必勝法特集♡』

 

 

 

何を読んでんだあの妹はぁ!?

いや完全にこれ俺への当てつけですよね!

 

や、やばいぞ。こんなん凛に見つかったら何を勘違いされるか。決して俺が買ったわけじゃないのよ?

 

とりあえず、その雑誌は本棚のジャンプに挟んで隠しておく。

なんかエロ本を買う時のカモフラージュみたいで嫌だが、今はこうするしかあるまい。

 

 

と、ここでリビングのドアが開けられる。

危なかった……

 

 

 

小町「さぁさ、どうぞどうぞ~」

 

 

 

最初に小町が入ってきて、その後に来客者を招き入れる。

 

 

 

八幡「おう、遅かった…な……」

 

 

 

だが、リビングへと入ってきたのは凛だけではなかった。

 

 

 

 

 

 

奈緒「うーっす」

 

加蓮「お邪魔しまーす」

 

卯月「こんにちはプロデューサーさん」

 

未央「やっはろー☆」

 

輝子「フヒ……ここが、八幡の家……」

 

凛「あはは……お邪魔するね、プロデューサー」

 

 

 

八幡「…………」

 

 

 

 

 

 

うわっ…俺のお客さん…多すぎ…?

 

なんて言っている場合ではない。何でこんなにいるのん!?

 

 

 

八幡「凛、いや小町。どういう事だこれは?」

 

小町「そこで小町に訊いちゃう辺り、信頼されてるなぁ」

 

八幡「ある意味ではな」

 

 

 

つーかこんな事態、お前意外に考えられないですしおすし。

 

 

 

小町「そりゃ小町だって、本当は凛さんと二人っきりにさせてあげたかったですよ。凛さんだって勇気を出して言ったわけですし」

 

凛「いや、私は別にそんな…」

 

 

 

なんか凛が顔を赤くしながら抗議しているが、小町はそのまま続ける。

お前絶対悪いと思ってないだろ。

 

 

 

小町「だけどそこで考えたわけですよ。もしも、他のアイドルの皆さんがもっと来たら、どうなるか……」

 

奈緒「どうなるんだ?」

 

未央「最高に面白そう!」

 

小町「Yes!」

 

 

 

最高にはた迷惑です。本当にありがとうございました。

YesじゃねーよYesじゃ!

 

 

 

卯月「でもえっと、小町ちゃんは悪くないんですよ?」

 

未央「元はしぶりんから聞いて、私たちも行きたい! って言ったのが発端だからね」

 

 

 

小町をフォローするように言う二人。

なるほど。それで小町へ連絡して、OKを貰えたと。いや小町がOKしてる時点でおかしいけどね? 俺に訊いて!

 

つーか、いつの間に連絡先を交換してたんだこいつらは……

 

 

 

加蓮「えーっと、なんかゴメンね凛」

 

凛「別に大丈夫だよ、皆の方が楽しいし。……ていうか、そもそも二人っきりになりたかったわけじゃないし」

 

 

 

申し訳なさそうに言う加蓮に対し、凛は気にしてないという風に返す。

が、最後の方は拗ねた風だった。

 

いや、分かってはいたけどね。うん。そんなはっきり否定されるとちょっと傷つく……

 

 

 

輝子「八幡、キノコはどこに置けば……?」

 

八幡「え? あ、あぁ。とりあえずそっちの隅の方に…………って何ナチュラルに持って来てんだお前は」

 

輝子「フヒ……海外ロケに行った時の、お土産……」

 

 

 

え? なにそれくれんの?

滅茶苦茶いらないが、滅茶苦茶断り辛い。どうしよう。

 

 

 

八幡「なんかすっごい緑色なんだが……」

 

輝子「フフフ、八幡をイメージしてみた」

 

八幡「お前の俺へのイメージって苔生えてんの?」

 

 

 

仕方ない、受け取るだけ受け取っておこう。

なんか凛が遠い目でキノコを見つめているが、トラウマは刺激してやらないのが吉だ。そっとしておいてやろう。

 

 

 

卯月「でも、突然こんなに押し掛けて本当に良かったんでしょうか……?」

 

 

 

島村が今更ながら遠慮がちに問うてくる。

 

 

 

八幡「まぁ……………………………………いいわ。どうでも」

 

奈緒「めっちゃ間を開けた割に投げやりだ!?」

 

 

 

そら投げやりにもなるわ。

むしろ不貞寝しないだけ褒めてほしいレベル。

 

 

 

小町「まぁまぁ、とりあえず皆さん座ってください♪ 今お茶でも出しますから」

 

 

 

小町に促され、皆一様にソファへと座っていく。

つーか席足りるか?

 

俺がテーブルの椅子を持ってこようかと思っていると、キッチンへ向かう小町の独り言が聞こえてきた。

 

 

 

小町「なるほど、人数が多いとお兄ちゃんの部屋へ招けないわけか……これは後々の反省点として…」 ブツブツ

 

 

 

妹って怖い。

本気でそう思いました。

 

 

 

その後はお茶を飲みながら雑談に花を咲かせ、ゆったりとした時間が流れていた。

 

途中俺が隠した雑誌を見つけられて焦ったが、別に俺が買った訳じゃないし? ちょっと読んでみたいとか思ってないし?

奈緒がジャンプ読もうとしたのは誤算だったな……

 

 

そして一時間程たった頃、小町が時計を見てこんな事を呟いた。

 

 

 

小町「そろそろ着く頃かなー……」

 

 

 

瞬間、俺は背筋に冷たいものを感じた。

 

そろそろ、着く……?

なんだそれは。それでは、まるでーー

 

 

 

他に誰か、この家に向かって来ているようではないかーー?

 

 

 

いや待て、もしかしたら宅配便とかかもしれない。

まだ可能性はある。Amazonで何か頼んだとか、きっとそんな所だ。そうに違いない!

 

 

 

と、そこでピンポーンとチャイムが鳴る。

 

 

 

小町「あ、結衣さんたち来た」

 

 

 

やっぱりなのぉーーーー!!?????

 

 

 

八幡「あ、俺そろそろ夏イベ始まるからオリョクルしてk…」 ガッ

 

凛「どこ行くの? プロデューサー」 ニッコリ

 

奈緒「お前この前資材は充分だって言ってなかったか?」

 

 

 

凛の握力が強い。

嘘やん……! そこは目を瞑ってくれよ神谷提督!

 

 

やがて、出迎えに行った小町と共に新たな客人がやって来る。

まぁ、その面子はある意味では予想通りであったが。

 

 

 

由比ヶ浜「やっはろー! ってうわっ! アイドルがいっぱいいる!?」

 

雪ノ下「……こんにちは。お邪魔するわ」

 

 

 

元祖奉仕部こと、雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣であった。

 

しかし由比ヶ浜はともかく、まさか雪ノ下も来るとはな……

 

 

 

八幡「お前らまで何しn…」

 

奈緒「おっ! 雪乃に結衣じゃん、久しぶりだな!」

 

加蓮「こんにちわ。結衣さん雪乃さん」

 

 

 

俺が話かけるよりも前に、わいわいと挨拶を始める面々。完全に家主が置いてけぼりであった。

そうか、そういやお前らも顔見知りだったな……

 

 

 

未央「ねぇねぇ、プロデューサー。あの可愛い人たちとは一体どんな関係なの?」

 

八幡「そんな嬉々として訊いてくるな。……あいつらが総武高の奉仕部だよ」

 

卯月「あ、そうなんですね! 噂には聞いてましたけど、奇麗な人たちですね~」

 

 

 

ここで普通の奴ならお世辞や嫌味と思うだろうが、言ったのが島村だからな。きっと本心で言っているのだろう。

さすがは雪ノ下に由比ヶ浜。アイドルからお墨付きを頂いたぞ。

 

 

 

由比ヶ浜「わわっ、未央ちゃんに卯月ちゃん、輝子ちゃんまでいるよゆきのん! どどど、どうしよう!」

 

雪ノ下「分かった、わかったわ由比ヶ浜さん。だから肩をそんなに揺すらないで……」

 

 

 

さっきから由比ヶ浜のテンションが凄い。

まぁ、確かに一般の人からすれば中々お目にかかれない光景だわな。

 

つーか、更に人数が増えてもうどうしていいか分かりません。

 

 

……こうなりゃ、もうやけになるか。

 

 

 

小町「あれ? お兄ちゃんどうしたのケータイなんか取り出して」

 

八幡「いや、なんかもう折角だから俺も呼ぼうかと」

 

小町「え? 呼ぶって……誰を?」

 

八幡「友達」

 

 

 

そう言った瞬間、雪ノ下と由比ヶ浜が目を剥くくらい驚いていたが、それはこの際置いておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戸塚「こ、こんにちは」

 

 

 

そう言って遠慮がちに入ってくるのは、マイエンジェル戸塚たん。

呼んで良かった。掛け値なしに。

 

 

 

八幡「戸塚、良く来てくれた」

 

戸塚「ううん、遊びに誘ってくれて嬉しかったよ。……ちょっと女の子が多くて緊張しちゃうけど」

 

 

 

そう言って照れたように笑う戸塚。

あー癒されるー、ノンケになるーって元々ノンケだった。

 

 

 

八幡「……で、なんでこいつまでいんの?」

 

材木座「クックック……呼ばれて飛び出て、剣豪将軍良輝ゥゥウウウウ、っ参上!!」

 

八幡「いや呼んでないし」

 

 

 

別に飛び出てもいなかった。

 

 

 

戸塚「来る途中で会って、折角だから一緒に遊んだら楽しいかと思ったんだけど…」

 

八幡「……まぁ、戸塚がそう言うんならいいか」

 

 

 

と、そこでまたも本田が興味津々といった様子で訊いてくる。

内容は先程と同じ質問。

 

 

 

未央「それでそれで? その可愛い人とプロデューサーはどんな関係なの?」

 

八幡「一番大切な人だ」

 

由比ヶ浜「即答だ!?」

 

 

 

驚く由比ヶ浜を皮切りに、一同が驚愕する。

え? 俺なんか変な事言った?

 

 

 

凛「い、一番、大切な人…………ふーん、そっか。そうなんだ……」

 

 

 

中でも凛は特に衝撃を受けたご様子。

というか、妙にギラついた目で戸塚を見つめていた。

 

 

 

凛「戸塚さん、だっけ? 私は渋谷凛。よろしくね」

 

戸塚「え? あ、うん。こちらこそよろしく……」

 

 

 

何故か知らんが燃えている凛に、たどたどしく挨拶を返す戸塚。

……まさか、凛のやつ戸塚を狙ってるわけじゃあるまいな。許さない! そんなの八幡許しませんよ!

 

 

 

由比ヶ浜「いやいや、なんか皆勘違いしてるけど、彩ちゃんおt…」

 

未央「おぉーっと!? これはもの凄く面白い展開だぁーーー!!」

 

小町「ええ! 小町は全部知ってるけど、とりあえず面白そうなんで黙っておきますよぉ!!」

 

 

 

なんか由比ヶ浜が言おうとしたが、テンションの高い二人に遮られる。

お前ら気が合いそうね……

 

 

 

加蓮「八幡さん、あんなに可愛い彼女さんいたんだ……」

 

奈緒「えぇ!? いや、でも彼女とはまだ言ってないし…」

 

卯月「でも、一番大切な人って言ってましたよ?」

 

奈緒「ぐっ、確かに……」

 

 

 

あっちはあっちでなんか盛り上がってるし。

あれ、そういや輝子と雪ノ下は……?

 

 

 

雪ノ下「あら。シイノトモシビタケなんて珍しいわね」

 

輝子「フヒヒ…これがわかるなんて、中々やる……」

 

 

 

……そっとしておこう。

 

 

 

戸塚「八幡から聞いてるよ。渋谷さんが八幡の担当アイドルなんだよね」

 

凛「な、名前呼び……!? う、うん。そうなんだ」

 

 

 

こっちでは相変わらず戸塚と凛が相対している。

なのに温度差が違うのが何とも言えない。

 

 

 

戸塚「ふふふ。お互い信頼し合える関係って、羨ましいなぁ」 キラキラ

 

凛「ま、眩しい……!」

 

 

 

戸塚のエンジェルオーラにやられたのか、その場にガクっと膝を着く凛。

なんか「ま、負けた……」とか呟いてるが、その体勢はアイドルとしてどうなんだ。

 

 

しばらくそんなやり取りは続いたが、由比ヶ浜の「だから、彩ちゃん男の子だし!」という一言でその場は落ち着いた。

そして、材木座が終始空気だった。だから、何で来たんだよお前。

 

 

 

その後、とりあえず俺たちは人でいっぱいになったリビングでゲームをする事になった。

だがテレビゲームでは、一度でやれて多くて精々4人だ。交代制にしたって他がさすがに暇になる。

 

つーか、今ここに12人もいるんだよな。どう考えたって多過ぎだろ。

 

そこで小町が考案したのがこれ。

 

 

 

小町「『ドキっ! アイドルだらけの人生プロデュースゲーム』~☆」

 

未央「イェーーイっ!!」

 

 

 

どんどんぱふぱふーと聞こえてきそうなテンションで盛り上げる二人。

その手には、一見普通の人生ゲームを持っていた。

 

 

 

卯月「人生……」

 

加蓮「プロデュースゲーム……?」

 

奈緒「それって、普通の人生ゲームとは違うのか?」

 

 

 

思った事をそのまま訊いてくれる奈緒。

進行が楽になる良い質問ですね。

 

 

 

小町「基本的には普通の人生ゲームと一緒です。ただし、ちょ~っとばかり小町が細工してありますけどね♪」

 

八幡「昨日夜中までコソコソ作業してたのはそれか……」

 

 

 

珍しく勉強頑張ってるのかと思ったら、そんな事やっていたのか。

俺の労いを返して!

 

 

 

雪ノ下「人生ゲーム……それはつまり、生涯をかけて勝負する、という事で良いのかしら?」 ゴォッ!

 

由比ヶ浜「いやこれ、そういうゲームじゃないから!」

 

 

 

そして相変わらず燃えている雪ノ下であった。

猫とパンさんと勝負事の時ばかりは本気を出さずにはいられないのは、雪ノ下の悪い癖だな。そして王様ゲーム同様、人生ゲームも知らない辺りお嬢様っぽくてちょっと可愛い。

 

 

 

小町「先にルールを説明しておくと、まず二人一組を作ります」

 

輝子・材木座「「えっ?」」

 

八幡「落ち着け。これは遊びだから。はぶられる事は無いから」

 

 

 

とはいえ俺も二人と一緒に少々過敏に反応してしまった。

全く、ぼっちを相手に『二人一組』なんて言うもんじゃない。怯えちゃうでしょうが。

 

 

 

小町「アイドルとプロデューサーで役割を分け、そのコンビでゲームを進めて行くわけですね」

 

未央「それじゃあ、組み合わせはどうするの?」

 

八幡「戸塚、俺と組もう」

 

由比ヶ浜「答えを聞く前に!?」

 

 

 

いやだって碌な選別方法じゃなさそうなんだもん。

断言出来るが、戸塚とは組めそうにない。ならこれくらいはやって然るべきだ!

 

 

 

小町「私と未央さんは進行&銀行役なので、他の皆さんでくじを引いてもらいます」

 

 

 

人生ゲームに進行って必要なの? というツッコミはさておき、なんだ。意外とまとも…

 

 

 

小町「お兄ちゃんと凛さん意外は!」

 

八幡・凛「「えっ?」」

 

 

 

戸塚と組める可能性があると安堵した途端にこれだ。

え、つまり俺と凛は強制的にコンビって事?

 

 

 

小町「だって、お兄ちゃんは凛さんのプロデューサーでしょ? ならやっぱりゲームでもそうじゃないとね」

 

凛「……私は、それでもいいけど?」

 

 

 

と、どこか期待の眼差しでこちらを見る凛。

いやこれ断れる雰囲気じゃなくね? ……まぁ、別に断る理由も無いのだが。

 

 

 

八幡「……ま、いいんじゃねーの。それで」

 

小町「はい! 双方の了解を得られましたので、他の方はこちらのくじを引いてください~」

 

 

 

そしてくじを引いていく面々。

 

由比ヶ浜はなんか「むー」っと唸り、凛は小さくガッツポをしていたが、まぁ、気にせずにいこう。

 

 

ちなみに組み合わせはこんな感じ。

 

 

 

奈緒「お、雪乃か。よろしくな」

 

雪ノ下「ええ。私がプロデューサーになったからには、あなたを必ずトップアイドルにしてみせるわ」

 

奈緒「お、おう。……これ、ゲームだからな?」

 

 

 

由比ヶ浜「よ、よろしくね卯月ちゃん!」

 

卯月「はい! 頑張りましょう結衣ちゃん」

 

由比ヶ浜「う、うわ~本物だよ~……緊張してきた…」

 

 

 

戸塚「えっと、輝子ちゃん、でいいのかな?」

 

輝子「う、ん。……彩加って、呼んでもいい……?」

 

戸塚「もちろん!」

 

 

 

材木座「クックック、お主が今宵のパートナーか。我と共に勝利を掴み取ろうぞ!!」

 

加蓮「ぷっ…アハハ、何それ? 面白い人だね。まぁ一つよろしく♪」

 

材木座「…………」

 

 

 

ダダダダダっと駆け寄ってくる材木座。

いや近い、すっごい近いから。

 

 

 

在木材「八幡! 八幡っ! 我のこと引かなかったよ!? これ来たんちゃうん!? 今度こそ春が来たんちゃうん!?」

 

八幡「だから落ち着け材木座! 今のを現代語訳するとだな……『うわ何言ってんの? マジキモい。これ以降は関わらないでねムリ☆キモい』って意味だ」

 

材木座「なん…だと……?」

 

加蓮「いや違うからね!?」

 

 

 

とまぁこんな感じでコンビは決まった。

 

良いなぁ、輝子……

 

 

 

その後はダラダラと人生ゲームを楽しんだ……と思う。……楽しめたのか…?

まぁ所詮は人生ゲーム。小町が細工を施したからといって大きくは変わらない。

 

以下、プレイ中から抜粋。

 

 

 

雪ノ下「どうして株の種類がこれしか無いのかしら? これでは少な過ぎると思うのだけれど」

 

奈緒「いやだってゲームだし、そんな忠実じゃなくていいだろ」

 

雪ノ下「それに保険には一度しか入れないし、一度使用したらもう入れないというのも納得いかないわ」

 

奈緒「作った会社に言ってください……」

 

 

 

とりあえず奈緒が大変そうでした。

 

 

 

卯月「結衣ちゃん、その髪型可愛いですね。毎日自分でやってるんですか?」

 

由比ヶ浜「あ、ありがとう。朝早く起きてセットしてるんだ~」

 

卯月「へぇ~、私も今度やってみようかな?」

 

由比ヶ浜「あ、じゃあアタシがやってあげようか? 今日じゃなくても、また遊べたら…」

 

卯月「本当ですか? 楽しみにしてますね♪」

 

由比ヶ浜「う、うん!」

 

 

 

ゲームやれ。

 

 

 

戸塚「あ、輝子ちゃん。お家買えるよ。どこがいいかな?」

 

輝子「出来れば、キノコが沢山置ける所……」

 

戸塚「そっか、それじゃあマンションは厳しいかもね。でも大き過ぎるとお金が足りないし……あ、こことか丁度良いんじゃないかな?」

 

輝子「フフ……彩加はやり繰り上手」

 

 

 

混ぜてください(切実)。

 

 

 

加蓮「1、2、3……『ライブを行い大成功。100,000円稼ぐ』だって! やったね!」

 

材木座「お、おう。これくらい、加蓮嬢の力にかかれば雑作もない事よ」

 

加蓮「何言ってるの、私たちの……でしょ?」 ニコッ

 

材木座「……は、はちまーーん!」

 

 

 

いやもうそのくだりはいいから。

 

 

 

八幡「……お、結婚だ。…………え、これ結婚のシステムあんの?」

 

小町「そりゃありますとも。ほら、車にピンさして」

 

八幡「いや、もう既に俺と凛の分刺さってるんだが」

 

小町「別にアイドルとプロデューサーったって、結婚は普通にするでしょ? 小町何かおかしいこと言ってる?」

 

凛「ふーん? ……隣に担当アイドルがいるのに、プロデューサー結婚するんだ?」

 

未央「おおう、しぶりんチームの車が修羅場に……」

 

 

 

え、これ俺が悪いの?

 

 

 

そんな感じで、人生ゲームは終わったのだった。

 

ちなみに一着は島村・由比ヶ浜チーム。雪ノ下が悔しそうにしてたが、まぁ、いずれリベンジしとけ。

またやるかは微妙だけどな。

 

 

気付けば時間も遅くなってきている。

……そろそろ頃合いか。

 

俺が遅くならない内に、と声をかけ、お開きとあいなった。

 

それぞれが帰路につく準備を始め、玄関へと向かう。

 

 

 

小町「ほら、お兄ちゃん送っていかなきゃ」

 

八幡「……まぁ、しょうがないか」

 

 

 

今回ばかりはな。

 

元々お返しの意味合いで招待したのに、終始騒がしいだけで終わってしまった。

 

玄関の外へ出ると、そこには既に雪ノ下と由比ヶ浜、そして凛しかいなかった。

てっきりアイドル組が一緒に駅まで行くと思ってたんだけどな。千葉在住の奈緒は別にして。

 

 

 

雪ノ下「それじゃあ比企谷くん。渋谷さんをお願いね」

 

 

 

言うと、雪ノ下は由比ヶ浜を引っぱりその場を後にする。

 

 

 

由比ヶ浜「え? ちょっ、じゃ、じゃあねヒッキー! 待ってゆきのん~!」

 

雪ノ下「……案外、知人の家に遊びに行くというのも楽しめたわ」

 

 

 

言い残して、彼女らは去って行った。

 

そういや、何気にあいつが俺の家来たの初めてだったんだな。人数のインパクトのせいで気付かなかったが。

 

しかし雪ノ下が由比ヶ浜を連れて行くというのも中々珍しい光景と言えた。

……変な気ぃ遣いやがって。

 

 

 

八幡「……そんじゃ、行くか」

 

凛「……うん」

 

 

 

その場に残された凛と共に、駅へと歩いて行く。

 

道中、特に会話も無く歩いていく。

こうしていると、いつぞやの帰り道を思い出す。

 

あの時も、雪ノ下と由比ヶ浜に見送られて帰ったっけな。

 

 

その時はまだ凛は名も知れてないアイドルで、俺も、右も左も分からないプロデューサーだった。

それから徐々に成功を重ねて、少しずつ成長していった。

 

今では凛も、トップアイドルに行かないまでも、大分有名になったと思う。

 

 

……早いもんだな、月日が流れるってのは。

 

 

俺がそんな事を考えていると、不意に凛が声を出す。

 

 

 

凛「プロデューサー」

 

 

 

隣へと、顔を向ける。

 

凛は、その透き通るような瞳で俺を見ていた。

 

 

 

八幡「なんだ?」

 

 

 

俺が訊き返すと、凛は何か言いそうになって、

 

 

 

何も言わず、首を振って微笑んだ。

 

 

 

 

凛「ううん。なんでもない」

 

 

八幡「なんだよ、それ」

 

 

 

 

つられて、俺も笑いを零す。

 

 

凛が何を言いたかったのか、俺には分からない。

けれど、不思議とお互いが感じてる事は一緒なような気がした。

 

通じ合っている、とまでは言わない。

 

 

それでも何処か、感じる所はあるんだ。

 

 

……まさか、俺がこんな事を思うなんてな。

一年前の俺に、聞かせてやりたいものだ。

 

 

 

 

 

 

凛「……ずっと」

 

 

八幡「ん?」

 

 

凛「ずっと……こんな日が続くといいね」

 

 

 

 

 

 

空の果てを見つめながら、凛は呟く。

 

 

 

 

 

 

八幡「……そう、だな」

 

 

 

 

 

 

俺も、これに応える。

 

 

 

実際の所、それは叶わないのだろう。

 

 

 

いつかは終わりがやってくるし、俺たちは、それが三ヶ月後だと知っている。

 

けれどだからこそ、俺たちはその歩みを止められない。

 

 

 

この日々を、無駄にしない為にも。

 

凛を、トップアイドルへとする為に。

 

俺は、俺たちは歩いて行く。

 

 

 

先の見えない、この道を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺のアイドルプロデュースは、終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけんな、クソ野郎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺に向かってそう言ったのは、名前も知らない一般Pだった。

 

 

 

いつも通りの朝、会社へと出社し、事務所へと入った所。

 

すれ違い様、そいつは俺に怒りを隠そうともせず、その言葉を吐いて会社を出て行った。

 

 

 

初め、理解するのに時間を要した。

 

呆然とその場に立ちすくみ、しばらくは頭が処理出来なかった。

 

だが、やがて俺へ向けられるいくつもの視線に気付く。

軽蔑、憎悪、唾棄するような、その視線。

 

 

覚えが、ある。

 

この、悪意に満ちた視線を。

 

 

そして脳が活動を始めた所で、社内がやけに騒がしい事にも気がついた。

 

 

鳴り止まない電話。

止まらないFAX。

 

 

社員が対応に追われる中、ちひろさんが俺に気付き、やってくる。

 

 

 

ちひろ「比企谷くん……」

 

 

 

そう言って、悲痛そうな面持ちで俺に一冊の週刊誌を渡してくる。

 

 

上手く、受け取れない。

 

手が震えているのが、分かる。

 

受け取った雑誌の表紙には、こう書いてあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人気アイドル渋谷凛、プロデューサーとの熱愛発覚!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭が、真っ白になった。

 

 

 

そのまま、雑誌を捲っていく。

内容は、俺と凛に対するバッシング。いや、比率的には、俺への方が圧倒的に多い。

 

凛と俺が自宅前にいる写真が、記載されていた。

 

 

 

 

『担当アイドルを自宅へと招く下種プロデューサー』

 

 

『それだけにあきたらず、他の何人ものアイドルに手を出しているという話も』

 

 

『社内での評判も悪く、また不正な取引の疑惑までもが上がっている』

 

 

 

 

凛も、他のアイドルまでもが、いいように晒されていた。

 

 

 

 

 

 

これは、誰が招いた結果だ?

 

 

 

 

 

 

いや、そんな事は分かり切っている。

 

 

 

思わず、乾いた笑いが漏れそうになった。

 

 

 

本当に。

 

本当に無様で、滑稽じゃないか。

 

 

 

あれだけ凛の成功を願っていたのに。

 

誰よりも、凛の手助けをしたいと思っていたのに。

 

他の誰でもない、

 

 

 

俺がーー

 

 

 

 

 

 

俺が、あいつの道を鎖してしまった。

 

 

 

 

 

 

……なんだよ、気付いてなんかいなかったじゃねーか。

 

全然気付いてなんかいなかった。

 

 

 

本当に大事なものは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

失ってからしか、気付けないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

酷く、喉が乾く。

 

 

やけに胸の奥の辺りが気持ち悪いし、頭が痛い気もする。

ただ立っているだけの事が、辛い。

 

出来る事なら、今すぐにでもベッドに倒れ込みたいくらいだった。

 

だが、ここは俺の部屋ではないし、そんな事をしていられる余裕もない。

取り返しのつかない事を、してしまったから。

 

 

今目の前に座っている一人の男。

俺をこの業界へと誘った張本人。

 

彼がいなければ、俺はプロデューサーになる事はなかった。

 

 

そして凛に出会う事も、なかった。

 

 

シンデレラプロダクション社長。

 

未だ静かに座る彼は、意を決したかのように、俺に向かってこう言った。

 

 

 

社長「……何か、申し開きはあるかね?」

 

 

 

重く、静かに耳へと届く言葉。

 

俺は、何と答えればいい?

 

 

 

八幡「……」

 

 

 

……言える事など、ない。

 

口を開いてしまえば、情けない言い訳をべらべらと喋ってしまいそうだったから。

まともな答えを返す事が、出来ない。

 

口を鎖し、奥歯を噛み締める事しか出来なかった。

 

 

 

社長「……キミも、まだ心の整理が出来ていないだろう」

 

 

 

酷く悲しそうな顔で話す社長。

 

 

 

社長「キミがあの週刊誌の通りのような人間でない事は、私は理解している。だが、アイドルを自宅に招き、それを目撃されたのも事実……」

 

 

 

辛い選択をするように、言葉を言い淀む。

やがて社長は俺の方を見据え、ハッキリと言った。

 

 

 

社長「……比企谷くん。キミはしばらく、自宅謹慎だ」

 

八幡「ッ!」

 

社長「渋谷くんにも同様の処置を取る。しばらくは会う事も禁止だ。キミ達の処分は上層部で取り決め次第追って連絡するから、それまでは待機していてくれ」

 

 

 

自宅…謹慎……?

 

俺が驚きを隠せずにいると、社長は尚も続ける。

 

 

 

社長「安心したまえ、決して悪い結果にはならないよう尽力する。所詮は週刊誌のゴシップ記事。ほとぼりも冷めれば、また仕事を始められるだろう。まぁ一応責任を取るという形で謹慎はしてもらうがね」

 

 

 

そう言う社長の言葉を、正直俺は信じられずにいた。

 

てっきり俺は、

 

 

 

クビを切られると。

 

 

 

本気でそう、思っていた。

 

 

 

八幡「……何でですか?」

 

社長「……それは、どういう意味だね?」

 

 

 

気付けば、言葉が口から漏れていた。

 

 

 

八幡「いくら結果をそれなりに出していたとしても、所詮は一般応募のプロデューサーですよ? 正式な社員じゃない。俺の代わりなんて、それこそ掃いて捨てる程いるはずだ」

 

 

 

意図せずしてキツい言い回しになってしまう。それだけ、今の俺には余裕が無かった。

 

プロデューサー大作戦という企画に、一体どれだけの人材が募ったか。

その中には、俺よりも優秀な奴などいくらでもいるだろう。

 

 

 

八幡「はっきり言って、クビにされない方が不思議なくらいです。俺なんかは切り捨てて、新しいプロデューサーを凛につけた方がいい」

 

社長「……」

 

 

 

俺の言葉を、社長は黙って聞いている。

 

俺の言っている事は、正しいはずだ。だからこそ社長の決断が分からない。

俺なんかはさっさとクビにてして……

 

 

クビに、して……

 

 

 

 

 

 

……違う。

 

 

 

違うだろ。

 

俺が言いたい事は、そんな事じゃない。

 

 

 

クビにしてほしいわけが、ない。

 

 

 

……けど、

 

そう言わなくちゃ、いけないんだ。

 

 

 

俺は、責任を取らないと。

 

 

 

社長「……比企谷くん」

 

 

 

気付けば、俺は顔を俯かせていた。

 

言葉をかけられ、顔を上げる。

社長は、薄く微笑んでいた。

 

 

 

社長「キミをここに呼ぶ前に、実は他のプロデューサーと少し話をしていてね」

 

八幡「他の、プロデューサー?」

 

社長「ああ。前川くんと新田くんのプロデューサーだよ」

 

 

 

前川と新田さんのプロデューサー。

一般Pの中では、珍しくも俺とまともに関わりがあった二人。

 

その二人が、社長と何を……?

 

 

 

社長「開口一番、怒鳴られたよ。『アイツはあんな事をするような奴じゃない』とね」

 

八幡「ッ!」

 

 

 

あの二人が?

俺を、庇って……

 

 

 

社長「落ち着かせるのが大変だったよ。本当は君とも話をしたいと言って聞かなかったんだがね。今は自重してくれと、何とか説得して帰らせた」

 

八幡「……」

 

社長「私も一緒だよ」

 

 

 

社長は椅子から立ち上がると、俺の前へと歩み寄ってくる。

 

 

 

社長「あれだけのアイドルを笑顔に出来るキミが、こんなくだらない事でクビになる必要はない。……それが、アイドルプロダクションの社長をやっている私の決断だ」

 

八幡「……」

 

社長「甘い考えだと社員たちには怒られてしまうかもしれんがね。生憎とこれが私なんだ」

 

 

 

苦笑しつつ、彼は俺へとそう言ってくれる。

その言葉には優しさが含まれているのを、今の俺はかろうじて感じ取れた。

 

ホントに、本当に、甘い。

 

 

 

社長「今日はもう帰りなさい。親御さんも心配しているだろう」

 

 

 

俺の肩へ手を置き、そう言う社長。

ただただ単純に、暖かいなと、そんな気持ちがポツリと湧いて出た。

 

 

 

社長「外には記者達がいるかもしれんし、車を出そう。幸い、腕ききのドライバーが我が社にはいるからね。まぁ彼女もアイドルなんだが」

 

八幡「……」

 

 

 

俺は、社長の言葉に甘えるしかなかった。

情けないが、今の俺じゃ碌に考える事も出来ない。

 

社長の言葉に無言で頷ずくと、重い足取りで社長室を後にする。

 

 

 

その後の事は、正直よく覚えてはいない。

 

事務所にいた何人かのアイドルに声をかけられたが、大した返事も出来なかったと思う。

車で送ってくれた女性にも、言葉少なくお礼を言ったのみだ。

 

ただ、その中でも覚えているのは……

 

 

 

会社に凛は、いなかった。

 

 

 

ただそれだけは、漠然と覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渋谷凛のスキャンダルは、瞬く間に広がっていった。

 

 

社長は直ぐにほとぼりも冷めると言ったが、俺には、そんな楽観的には考えられない。

担当プロデューサーとしての贔屓を抜きにしても、凛は既に一人前のアイドルだとはっきり言える。

 

 

素顔で街を歩けば声をかけられ。

 

ライブを開催すれば直ぐにチケットは売り切れ。

 

シンデレラプロダクションの中でも、5本の指に入る程の人気と言ってもいい。

 

 

そんな彼女が。

 

そんな彼女が、スキャンダルを起こしたのだ。

 

 

平和に解決する筈がない。

 

 

誰よりも応援しているつもりだった。

あいつをトップアイドルに、頂きへと導いてやりたいと本気で思っていた。

 

その想いは、紛れも無い本物だった。

 

 

そんな、そんな俺が。

 

スキャンダルを引き起こした張本人。

 

あろうことか、凛のスキャンダルの相手になってしまった。

 

 

なんとも、皮肉な話だ。

滑稽ですらある。

 

 

世にいる凛のファン達は、俺を殺したいくらい憎んでるかもな。

やっぱり、どこにいっても憎まれ役は変わらないらしい。

 

ある意味では、古巣に帰ってきたって感じだ。

 

以前まで当然だったこの立場が、今は酷く懐かしい。

 

 

最近の俺は、周りのアイドルたちのおかげで少々舞い上がっていたんだと思う。

本当に、ここまで悪意を集中的に受けたのは久しぶりだ。

 

 

 

だが、そんな事はどうでもいいんだ。

 

俺の事情なんかどうだっていい。

 

 

極端に言うなら、ゴシップ記事を書いた奴らだってそこまで憎んではいない。

いや、確かに怒りは湧く。

 

既にアニバーサリーライブまで一ヶ月を切った。

何故そんな時期に、わざわざやらかしてくれるのかと。

 

色々と言いたい事はあるが、そんな事よりもーー

 

 

 

自分自身に、怒りが湧いて仕方が無い。

 

 

 

こんな事、気をつければいくらでも予想できた事だ。

さっきも言ったように、凛は既に名の売れたアイドル。

 

 

なら、自宅に招くなんて自殺行為だ。そんなの、少し考えれば分かる事だろ?

 

なんでそんな、バカな真似をした。

 

 

例え結果論だったとしても、そう思わずにはいられない。

 

何度も何度も……

 

 

後悔して、仕方が無かった。

 

 

行きたいと言った凛も、それに乗じたアイドルたちも、許可した小町も、俺には責められない。

俺が、責められるわけがない。

 

俺はプロデューサーなんだ。俺がプロデューサーとして、断るべきだったんだ。

 

 

本当に、

 

 

 

何をやってんだ、俺は。

 

 

 

 

 

 

八幡「…………」

 

 

 

ソファーへと寝転び、ただ呆然と天井を見上げる。

 

 

薄暗いリビングの中、聞こえるのは時計の秒針の音のみ。

 

ただ何の気無しに、手元にあるケータイを見る。

画面には、何件もメールや着信の知らせが表示されていた。

 

 

……由比ヶ浜の奴、連絡よこし過ぎだろ。迷惑メールに登録したくなるレベル。

一個だけ知らない番号から着信があるが、まぁ、どうせ間違い電話だろう。

 

 

他にはアイドルたちや戸塚、材木座からも来ている。どんだけ心配してくれてんだよ。泣くぞ。嬉しくて。

だが俺はそのどれ一つにも連絡を返す事なく、ケータイをテーブルの上に放る。

 

リビングに、カツンという小さな音が響いた。

 

 

最近の俺は、ずっとこんな感じであった。

 

会社は勿論、学校にも行かず、家からは一歩も出ない。

自宅謹慎なのだから当然とも言えるが、俺のそれは違う。

 

 

何に対しても気力が湧かず、ただ怠惰に時間を浪費する。

 

食うか寝るか、本を読む事もテレビを見る事もせず、ただただ呆然と過ごしているだけ。

 

心配してくれている奴らにも、何も返せずにいた。

 

 

それでも、せめて伝えなきゃならない事はと思い、謹慎を言い渡された日にそれぞれメールを送っておいた。

 

今回の件は俺が招いた事だから、お前らが責任を感じる必要は無いと。

俺のせいで、お前らの顔に泥を塗ってしまってすまないと。

 

そう伝えておいた。

 

 

……まぁ、その後の反感のメールが凄かったんだけどな。

結局それらにも、返事は返していない。

 

 

そんな生活も、一週間近くたとうとしていた。

 

 

最初家に帰った時は、えらく両親に心配されたものだ。

気に病む必要は無いと、世間など関係無いと。

 

俺が無気力な生活を送っていても、何も言ってこない。

ホント、迷惑をかけてばっかりだな俺は。

 

謝るべきは、俺なのに。

 

 

 

そして小町は…………泣いていた。

 

 

 

八幡「……あいつの泣き顔、久しぶりに見たな」

 

 

 

ぽつりと、何処からとも無く言葉が漏れる。

 

小町は泣きながら、俺に謝ってきた。

何度も何度も、自分のせいだと。

 

俺は、お前からそんな言葉を聞きたいわけじゃないのに。

 

ただそうさせた自分自身が、情けなかった。

 

 

一体何人に迷惑をかけるつもりだろうか。

今までは、ぼっちだったが故にこんな事は無かった。

 

こんなにも、誰かに対して申し訳ないと思った事は無かった。

 

 

 

八幡「…………」

 

 

 

凛とは、家に来たあの日から会っていない。

 

会う事が禁止されている今、あいつからの連絡は二つのみだった。

 

 

自宅謹慎を告げられた日、一度だけ着信。

 

俺は何を言えばいいか分からず、電話に出られなかった。

謝る事も出来ず、ただただ怖かった。

 

 

そして、その後に一通だけのメール。

 

 

 

『ごめんね』と。

 

 

 

それだけ、送られてきた。

 

 

 

……俺は、どうすればいいんだろうな。

 

 

凛に謝ればいいのか?

 

凛のファンたちに謝ればいいのか?

 

謝って済む、問題なのか?

 

 

ずっとずっと、自問自答を繰り返す。

答えの見えない迷路を彷徨うように。

 

 

……いや、本当は分かってるんだ。

 

 

俺が出すべき答えは、もう分かり切っている。

 

だが俺は、その選択をーー

 

 

 

 

 

 

ふと、物音が聞こえてきた。

 

 

 

ドアを静かに開ける音だ。

 

この時間帯、親は仕事に出ている。

つまりリビングに入ってくる人物はただ一人。

 

 

 

小町「……お兄ちゃん」

 

 

 

物憂げな顔で、小町はやってきた。

 

俺はソファから上体を起こし、顔を小町へと向ける。

 

 

 

八幡「……どうした?」

 

 

 

俺が訊くと、小町は一度小さく深呼吸をし、真剣な表情をつくる。

そして、不意に予想外の行動をおこした。

 

 

 

 

 

 

小町「この間はお恥ずかしい所をお見せしてしまい、真に申し訳ありませんでした」

 

 

 

 

 

 

そう言って、ぺこっと頭を下げたのである。

 

……え? どうした急に?

 

 

俺が目を丸くして見ていると、頭を上げた小町は照れくさそうに言う。

 

 

 

小町「いやーちょっとあまりの事態に小町も取り乱しちゃいまして。我ながらお恥ずかしい」

 

 

 

そして、また悲しそうな顔になる。

 

 

 

小町「……本当に、ごめんね」

 

八幡「……だから、この間も言っただろ」

 

 

 

俺はやれやれと、わざとおどけた風に言ってみせる。

 

 

 

八幡「お前を責めたら、来たいって言ったあいつらも、それを許した俺も責められなくちゃいけねぇよ。……だから、気にすんな」

 

 

 

そう言って、笑ってやる。

 

空元気のように思われるかもしれないが、それでも言った事は本心だ。

 

 

 

小町「お兄ちゃん……」

 

 

 

小町は目を見開き、やがて告げる。

 

 

 

小町「こんなに優しいお兄ちゃんなんて、お兄ちゃんじゃない……!」

 

八幡「あれ、この子反省してない?」

 

 

 

折角の良いお兄ちゃんで応えたのにこの仕打ち。

あんまりじゃない!?

 

 

 

小町「……ぷっ」

 

八幡「くく……」

 

 

 

そして小町が不意に吹き出し、俺もつられたように笑いを零す。

 

なんか久しぶりに笑った気がすんな。

……ありがとよ、小町。

 

 

口にするのは恥ずかしいから、心の中でお礼を言った。

 

 

 

小町「隣、座っても?」

 

八幡「ご自由に。コーヒー、沸かすか?」

 

小町「お願いします」

 

 

 

小町がソファーへ座るのと入れ替わるように、立ち上がりキッチンへ向かう。

コーヒーを用意し、二人分のマグカップを持ってリビングへ戻った。

 

そして、一息つく。

 

 

 

小町「……何か、小町に出来ること無いかな?」

 

 

 

ぽつりと、呟く小町。

虚空を見つめる視線。その表情は思い詰めるようで。

 

何か自分に出来る事は無いかと、俺に訴えかけていた。

 

 

 

八幡「そうだな……」

 

 

 

考える。

 

小町の事だけじゃなく、俺に出来る、俺が出来ること。

いや、何度考えたって答えは同じだろう。

 

俺はとっくに、その解を出している。

 

なら、頼める事は一つに決まってる。

 

 

……小町のおかげで、決心がついた。

 

 

 

八幡「小町、一つ頼めるか」

 

小町「っ! なに?」

 

 

 

食いつくように反応する小町。

だが、俺の頼みにそんなに気構える必要はない。

 

頼む事はただ一つ。

 

 

 

八幡「俺がする事を、何も言わずに見届けてくれ」

 

小町「……えっ…? それって……」

 

 

 

俺の言葉を聞き、表情を険しくしていく小町。

 

 

 

小町「お兄ちゃん、まさかまた……」

 

 

 

“また”、というワードに思わず苦笑が出る。

確かに、そう言われても仕方ないな。

 

 

 

八幡「また、悲しませるような事になるかもしれん。……それでも、止めないでいてくれるか?」

 

 

 

小町は俯き、少しだけ迷うような素振りを見せる。

だが直ぐに顔を上げ、真っ直ぐな瞳で訊いてきた。

 

 

 

小町「それしか、方法は無いの?」

 

八幡「分からん。けど、俺がやりたいんだ」

 

小町「……そっか。じゃあ、小町は止められないかな」

 

 

 

言って、また微笑む。

 

それは無理に作ったような笑顔で、さっきの表情よりも、余計哀しさを感じさせた。

 

 

 

八幡「……悪いな」

 

小町「いいですよ。小町はお兄ちゃんの妹だからね。あ、今の小町的に…」

 

八幡「ポイント高ぇよ。八幡的にもな」

 

小町「あはは♪」

 

 

 

こうして何気ない日常を送るだけで、少し勇気が貰えた気がする。

きっと、あの日家に来たアイドルたちは皆一様に小町のような責任を感じているのだろう。

 

だが、これは俺がけじめをつける問題なんだ。

 

 

だから後は、選択をするだけ。

 

 

 

その後は雑談も程々に、部屋へ戻る。

 

クローゼットを開けると、そこには一着のスーツ。

こいつを着るのも、おそらくは明日で最後だな。

 

まぁ、卒業して就職すれば着る事もあるかもしれんが。

 

 

それでも、一つの意味で、こいつを着る事はもう最後だろう。

 

 

 

本当にーー

 

 

 

 

 

 

八幡「本当に、一年間ありがとな」

 

 

 

 

 

 

優しくクローゼットに戻し、決意を固める。

 

 

 

俺はケータイを取り出して、一本の電話をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

社長「……それで、話というのは何かね?」

 

 

 

場所はシンデレラプロダクション社長室。

 

一週間前と同じ場所。

 

 

そしてこの人と相対するのも、同じ状況だ。

 

 

本当であれば俺は謹慎中。

社長に無理を言って、この場を設けてもらった。

 

今会社には、恐らく俺と社長のみ。

 

 

他の社員やアイドル、パパラッチなんかに見つかったら面倒だからな。

人目につかないよう、営業時間外の夜に訪れた。

 

 

 

八幡「今日は、お願いがあってきました」

 

 

 

真っ直ぐに相手を見据え、拳を握りしめる。

 

 

言うべき事は決まっている。

俺が導き出した答え。

 

 

 

これが、俺の最後のプロデュース。

 

 

 

俺が凛にしてやれる最後の事で。

 

これしか、もう俺にしてやれる事は無い。

 

 

目を閉じ、数泊置いて、ゆっくりと開く。

 

 

 

俺は、その言葉を告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡「俺はーーーーこの会社を、辞めます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分でも不思議なくらい、すんなりと言葉は出てくれた。

 

これが、俺の出した答えだ。

 

 

 

社長「…………一応、訊いてもいいかね?」

 

 

 

ある程度は予想していたのか、以前落ち着いた様子で話す社長。

 

 

 

八幡「どうぞ」

 

社長「確かに責任は取らねばならない。だが、私はそこまでする必要は無いと先日言ったね」

 

八幡「ええ」

 

社長「なら、何故自分からわざわざそう言い出すのかね?」

 

 

 

その真意が分からないと、社長は眉をよせる。

 

確かに、その疑問はもっともだ。

 

 

社長が辞めなくていいと言っているのに、自分からそれを申し出る。

別に俺はこの会社に不満も無いし、辞めたいとも思っていなかった。

 

なら何故か。

 

答えは単純。

 

 

 

 

 

 

八幡「凛の、ファンの為です」

 

 

 

 

 

 

俺の言葉に、社長は一瞬だけ目を見開く。

だが俺のその言葉に思い当たる事があるのか、そのまま黙って話の続きを待ってくれた。

 

 

 

八幡「今俺は、凛のファンにとっちゃ邪魔でしょうがない存在でしょう。妬ましくて、恨めしくて、消えてほしい。そう思われていても何ら不思議はない。あなたなら分かる筈です」

 

 

 

俺の言葉に、社長は何も言わない。

 

 

 

八幡「そんな俺が、たかが自宅謹慎程度で復帰して、何食わぬ顔で凛のプロデュースを続けて、……ファンがそれで黙ってるわけがないですよ」

 

社長「……」

 

八幡「謹慎なんて軽い処置じゃダメなんです。俺が辞めて、凛ともう関わらないと言わなければ、彼らは納得しない」

 

 

 

俺がずっと応援していた765プロのやよいちゃん。

そんな彼女に手を出した輩がいるとすれば、俺はそいつを絶対に憎むだろう。

 

 

……いや、違う。

 

 

 

今は、凛の話だ。

 

 

 

八幡「もしも、もしも俺が凛のプロデューサーじゃなくただのファンの一人だったとして」

 

 

 

これは仮定の話。

 

だが、絶対と言っていい程に断言できる。

 

 

 

八幡「凛が顔も知らないプロデューサーとスキャンダルを起こしたなんて聞いたら…………きっと、俺は絶対にそいつを許しません」

 

社長「……ッ…」

 

八幡「そして俺は、今、その立場にいる」

 

 

 

ファンからの敵意を一身に受ける、その立場に。

 

実際、男の存在を一切感じさせない事など不可能なのだろう。

アイドルとて一人の女の子。恋もすれば、いずれは結婚だってする。

 

仮に全ての恋愛感情を捨て、アイドルに徹したとしても、それでもそれは他の者全員には伝わらない。

 

 

家族が。

 

兄弟が。

 

共演者が。

 

業界人が。

 

……プロデューサーが。

 

 

その存在が、実は、本当は、裏では、という考えを生み出す。

男の陰を排除し切る等、不可能なんだ。

 

 

 

八幡「だから、俺は辞めるべきなんです。俺が辞めるだけで、ファンの憤りも多少は軽減できるでしょう」

 

 

 

それでも全てのファンは納得させられないだろう。

スキャンダルを起こした事実は変わらないし、凛への不信感も拭い切れない。

 

だが、謹慎だけなんていう生温い処置よりは圧倒的にマシな筈だ。

 

 

これが、俺に出来る最善の手なんだ。

 

 

 

社長「……確かに、キミの言う通りなのは認めよう。そうした方が、ファンにとってもいいのは事実だ。」

 

 

 

そう言って苦い顔をする社長。

 

 

 

社長「……だが」

 

 

 

それでも、何処か納得をしていない様子であった。

 

 

 

社長「キミが辞めてしまえば、それこそあの記者達の思う壷だろう!? あそこに書かれていた嘘の報道まで認めるようなものじゃないか!」

 

八幡「……」

 

社長「確かにスキャンダルは起こしたが、それでも受け入れる必要のない虚偽を抱え込む事はないんだ」

 

 

 

社長は、俺を説得するように必死に訴えかける。

 

尚も、俺に言葉をぶつける。

 

 

 

社長「確かに自宅には招いたが、記事に書かれたような嘘の事実は無かったと、そう公表しよう。きちんと謝罪すれば、きっと全員でなくともファンは分かってくれる」

 

八幡「……」

 

社長「キミが辞める必要は無いんだよ。比企谷くん」

 

 

 

社長の言う事は、ある意味では正攻法だろう。

俺が辞める意外の選択で言えば、一番の手だと言える。

 

だが、

 

 

それでも俺は、その手は使えないんだ。

 

 

 

八幡「すいませんが、それだけは出来ません」

 

社長「っ! 何故だ?」

 

 

 

理解に苦しむように、俺へ問いかける社長。

 

けど、俺が取れる選択は一つだけなんだ。

 

 

 

八幡「確かにあの記事は嘘だらけで、それを認める必要はないと思います」

 

社長「なら……!」

 

八幡「全部が嘘、ならの話です」

 

 

 

その言葉に、社長の顔が驚愕に歪む。

だが、勘違いしてもらっては困る。

 

 

 

八幡「安心してください。前に説明した通り、あの日はゲームをやったくらいでやましい事は一切していません。凛とも、交際なんてしていない」

 

 

 

ならば、一体何が問題なのか。

 

それは単純で、絶対に譲れない事。

 

 

 

八幡「問題なのは……俺の、気持ちです」

 

社長「……どういう、意味だね」

 

八幡「あの記事が全部デタラメで、俺と凛はただのプロデューサーとアイドルで、仕事上だけの関係なら、俺は社長の言った通りの手を取ったでしょう」

 

 

 

だが、そうじゃない。

 

実際には、そうじゃないんだ。

 

 

凛は、アイドルだ。

 

俺はプロデューサーで、仕事の上での関係なんだ。

 

 

けどーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡「けど俺はーーーー仕事なんて関係なく、あいつの側にいたいと思ってしまった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特別な感情を、抱いてしまった。

 

 

 

 

 

 

あいつは本当に真っ直ぐで。

 

こんな俺を信じてくれて。

 

ずっと隣に立っていてやりたくて。

 

いつまでも支えてやりたくて。

 

 

 

だからこそ、俺は顔向けが出来ない。

 

凛の、ファンたちに。

 

 

 

八幡「そんな俺が、あの記事は全部嘘だと、凛とは何も無いと、言えるわけがないんだ」

 

 

 

言ってしまえば、それが嘘になってしまう。

 

そんな事、と言われるかもしれない。

些細な事、と思われるかもしれない。

 

だが、俺にとっては譲れない事だ。

 

 

 

八幡「俺があいつに向けちまった感情は、誤摩化していいものじゃない。そこに嘘をついたら、それこそファンを裏切る事になる」

 

 

 

プロデューサーがアイドルに、そんな感情を抱くなんてあってはならない。

そしてそれを、無かった事になんて出来る筈がない。

 

だから、俺は責任を取らなければならない。

 

 

凛の、プロデューサーとして。

 

 

 

社長「比企谷くん……」

 

 

 

何も言えず、ただただ俺を見つめる社長。

そんな社長の前に、俺は膝をつく。

 

 

 

社長「っ!? 比企谷くん、何を……!」

 

 

 

社長が止めにかかるが、そんなものはお構いなしだ。

地面に手を置き、俺は頭を垂れる。

 

 

 

 

八幡「お願いです社長。まだ俺をプロデューサーだと思ってくれてるなら、俺の我が侭をきいて下さい…」

 

社長「比企谷くん!」

 

八幡「初めてなんです…ッ……誰かの為に、何をしてでも護りたいと思ったのは……!」

 

 

 

 

みっともなく、懇願する。

 

声に、嗚咽が混じっていくのが自分でも分かる。

 

 

 

 

 

 

八幡「俺は、プロデューサー失格だッ……だから……これが、俺の出来る最後のプロデュースなんですッ……!」

 

 

 

 

 

 

こんな時でも、思い浮かぶのは彼女の顔。

 

 

その表情はいつも笑顔で、だからこそ、それを失わせていい訳がないと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡「お願いしますッ……社長ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に、らしくない。

 

こんなにも惨めったらしく喚くなんて。

 

 

 

それだけ、大切なものが出来るなんて。

 

 

 

 

 

 

社長「……」

 

 

 

俺の凶弾を聞いた社長は、静かに佇むままだった。

 

やがて、歩み寄ってくるのを足音で感じる。

俺の近くまで来ると、かがみ込み、肩へと手を添えたのが分かった。

 

 

 

社長「比企谷くん、顔を上げてくれ」

 

 

 

その言葉で俺は頭を上げ、社長に支えられるようにして立ち上がる。

 

 

 

社長「……キミの気持ちは分かった」

 

 

 

俺に対し、ただ静かにそう告げる。

そして苦笑したかと思うと、本当に哀しそうに、言う。

 

 

 

社長「情けないものだな……社員一人の生活も守ってやれないとは」

 

八幡「社長……」

 

社長「……比企谷くん。キミの最後のプロデュースを認めよう」

 

 

 

そう言うと、社長は俺に真っ直ぐに向き合い、俺の目を見る。

 

 

 

社長「しかし条件もある。あのゴシップ記事の記載は誤りで、キミはアイドルを自宅に招いたという事実への責任で自主退社する。……それで会見を開く。それでいいね?」

 

八幡「……はい」

 

 

 

俺は、静かに頷く。

 

 

本当であれば、何の説明もせずに懲戒免職にした方が世間への効果はある。

 

俺が無理矢理アイドルに手を出したと、そういった憶測が飛び交ってくれるから。

アイドルへの不信も、そうすれば多少は減るだろう。

 

 

だが、社長はそれでも俺の身を案じてくれた。

少しでも俺の身を守ろうと、今言った手段で手を打ってくれたのだ。

 

アイドルプロダクションの社長としては、甘い処置もいい所。

 

正式な社員でもない、俺なんかを心配してくれる。

 

 

そんな気持ちが、俺には嬉しかった。

 

 

 

八幡「これまで、お世話になりました……それと」

 

 

 

深く礼をし、一年近く前の事を思い出す。

いつもの、学校からの何気ない帰り道。

 

ともすれば、全てのきっかけとも言える出会い。

 

 

 

 

 

 

八幡「あの日、俺を誘ってくれて……ありがとうございました」

 

 

 

 

 

 

本当に、感謝してもしきれない。

 

 

この人のおかげで、俺は大切なものを沢山貰えたのだから。

 

社長は俺の言葉に目を丸く、そして、微笑む。

 

 

 

 

 

 

社長「いつか、キミが成人したら飲みに行こう。もちろん私の奢りでね」

 

 

 

 

 

 

その申し出に、俺は無言で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い事務所内。

 

 

もう既に社員もアイドルたちも帰り、静けさが残るばかり。

ここに来る事も、もう二度と無いだろう。

 

今の内に私物は持って帰らないとな。

事務スペースへ行き、自分のデスクを見る。

 

 

……まぁ、元々俺の席ではないのだが。

 

 

ここにいると、これまでの事を必然的に思い出してしまう。

アイドルと、プロデューサーと、事務員と。

 

まるで部活でもやっているかのような居場所。

 

仕事は辛かったが、それでも、楽しいと感じる時はいくらでもあった。

 

 

……おっと、ダメだな。

思いを馳せている場合ではない。

 

誰か来ないとも限らないからな。

さっさと片付けて、この場を後にしよう。

 

 

改めてデスクを見る。

 

しかし私物と言っても、殆どが仕事関係の物ばかり。

持って帰るような物は僅かしか無かった。

 

 

 

八幡「筆記用具に、充電器、後は何があったか……」

 

 

 

 

 

 

と、そこで気配を感じる。

 

 

 

気付けば、彼女はそこにいた。

 

手に持つのは、俺の数少ない私物の一つ。

 

 

 

 

 

 

ちひろ「マグカップ、忘れてますよ」

 

 

 

 

 

 

千川ちひろさんが、立っていた。

 

 

 

八幡「ちひろ、さん……」

 

ちひろ「社長に聞きましたよ。本当、何も相談せずに決めちゃうんですから」

 

 

 

腰に手を当て、ぷんぷんと怒ったように言うちひろさん。

しかし、その仕草は何処か芝居がかっている。

 

 

 

ちひろ「そうだ! 折角ですし、最後にスタドリでも…」

 

八幡「結構です」

 

 

 

折角の申し出を即答で拒否する。

それを聞いたちひろさんは大袈裟過ぎる程にショックを受け、項垂れた。

 

 

 

ちひろ「そ、そうですか。残念でs…」

 

八幡「ちひろさん」

 

 

 

俺は、不意に声をかける。

いや、気付いたら呼びかけていたと言った方が正しい。

 

そんなつもりは無かったのに、言葉を口をついて出ていた。

 

 

 

八幡「コーヒー、淹れてもらえますか?」

 

ちひろ「……ッ…………はいっ」

 

 

 

ちひろさんは、すぐに用意してくれた。

 

持ち帰る予定だったマグカップに、コーヒーが注がれる。

 

 

 

八幡「ありがとうございます」

 

ちひろ「いえいえ」

 

 

 

ちひろさんも自分のマグカップに注ぎ、お互い、向かい合うように席へと座る。

この位置で、ずっと一年近くもやってきた。

 

 

カップに口を付け、一口飲む。

 

その暖かさが、何故だか懐かしく感じた。

 

 

 

ちひろ「……本当に、辞めちゃうんですね」

 

 

 

不意に、ちひろさんが呟いた。

それに対し、俺は一言だけ返す。

 

 

 

八幡「ええ」

 

 

 

俺のそんな憮然とした態度にちひろさんは苦笑すると、昔を懐かしむように話し出す。

 

 

 

ちひろ「初めて比企谷くんが来た時は、色んな意味で印象的だったな~」

 

八幡「どうせ、目が腐ってると思ったんでしょう?」

 

 

 

大体俺の第一印象はそれである。

正直眼鏡でも使おうか真剣に悩む所。男の眼鏡が果たして上条さんに需要はあるのだろうか。

 

 

 

ちひろ「まぁそれもありますけど……」

 

 

 

やっぱあるんですね。……ちょっとしょげる。

だが、その次にもちひろさんは続けた。

 

 

 

ちひろ「どうして、いつもそんなに辛そうな顔してるのかなって、そう思ったんです」

 

八幡「辛そうな、顔?」

 

 

 

マジか。自分では分からなかったが、俺そんな顔してたの?

初めて言われた事実に俺が困惑していると、ちひろさんは笑いながら問うてくる。

 

 

 

ちひろ「ねぇ、比企谷くんは私の第一印象はどうだった?」

 

八幡「は?」

 

 

 

ちひろさんの第一印象?

そんなの、言えるわけが……

 

……いや。

 

 

 

八幡「奇麗な人だなーと、思いました」

 

 

 

敢えての直球で言ってみる。

 

 

 

ちひろ「え? は!? いや、その、ぅ……お、お世辞はいいですって!」

 

 

 

面白いくらいに顔を赤くして狼狽するちひろさん。

だがまぁ、実際事実だしなぁ。

 

 

 

八幡「俺が今までにお世辞言った事、ありました?」

 

ちひろ「うっ……そう言われると確かに…………あ、ありがとう、ございます……?」

 

 

 

いや別にお礼を言われるような事でもないんだがな。

俺は、正直に答えただけだ。

 

 

……こうして、ちひろさんと話すのも最後になる。

なら、きちんと伝えておくべき事は、今伝えるべきだ。

 

 

 

ちひろ「比企谷くん?」

 

 

 

俺は無言で椅子から立ち上がり、ちひろさんに向かって頭を下げる。

 

 

 

八幡「今まで、ありがとうございました」

 

ちひろ「えっ?」

 

 

 

呆けた様子のちひろさん。

俺はそのまま話し続ける。

 

 

 

八幡「ちひろさんのおかげで、これまで仕事をこなせてきました。席を頂けた事にも感謝しています」

 

ちひろ「ちょ、ちょっと待って比企谷くん…」

 

八幡「俺がプロデューサーとして無事やってこれたのも、ちひろさんのおかげです」

 

ちひろ「だから……!」

 

八幡「迷惑も沢山かけて、申し訳なく…」

 

ちひろ「比企谷くんっ!!」

 

 

 

その大きな声で、俺は思わず言葉を止める。

 

ちひろさんも立ち上がり、少し怒ったように言ってきた。

 

 

 

ちひろ「何なんですか比企谷くん。さっきからまるで今生の別れみたいに喋って!」

 

八幡「いや、もう辞めるから、最後にお礼を…」

 

ちひろ「だからって、もう会えなくなるわけじゃないでしょう!」

 

 

 

俺へ向けるその目から、ちひろさんが本当に怒ってるのが分かる。

そんな事は言ってほしくないと、暗に告げているような気がした。

 

 

 

八幡「……俺がシンデレラプロダクションの関係者と会うのは、もう極力避けた方が良い。なら、ちひろさんとだって…」

 

 

 

 

 

 

ふっ、と。

 

突然、暖かい感触が身体を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

ちひろ「そんなの、どうとでもなります」

 

 

 

ちひろさんが抱きしめてくれていると気付くのに、そう時間はかからなかった。

 

まるで子供をあやすように、優しく頭を撫でてくれた。

 

 

 

……俺の方が背高いのに、無理をする。

 

 

 

ちひろ「バレないように会えばいいし、ほとぼりが冷めれば、私みたいな事務員ぐらい簡単に会えますよ」

 

 

 

普段なら、羞恥から直ぐに振りほどいていただろう。

 

だが、何故か今はそれが出来ない。

 

 

 

ちひろ「お茶でもいいですし、大人になったら、お酒も酌み交わしましょう。……だから、これで最後だなんて言わないでください」

 

八幡「……はい」

 

 

 

お互い、顔は見えない。

だが、不思議とどんな顔をしているかは想像できた。

 

きっと、相手も。

 

 

 

 

 

 

八幡「コーヒー、ごちそうさまでした」

 

ちひろ「こちらこそ、お粗末様でした。……また、いつでも淹れますよ」

 

 

 

私物を片付け、洗ってもらったマグカップも持ち、帰る仕度を整える。

ちひろさんは、最後まで付き合ってくれた。

 

 

 

ちひろ「比企谷くん」

 

八幡「はい?」

 

 

 

事務所を出ようとした所で、声をかけられる。

俺が振り向き聞き返すと、ちひろさんは照れたように言ってくる。

 

 

 

ちひろ「さっきはああ言いましたけど……お礼、嬉しかったです」

 

 

 

微笑み、そう言ってくれる。

 

 

 

ちひろ「こちらこそ、ありがとうございました。……また会いましょう♪」

 

八幡「……はい」

 

 

 

俺も思わず笑いを零し、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

会社を出ると、ひんやりとした風が頬を撫でる。

 

 

もう既に時間も遅く、辺りは暗かった。

まぁ電車には余裕で乗れる。特に急ぐ必要もない。

 

最後にシンデレラプロダクションを目に焼き付け、足を踏み出そうとーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーープロデューサーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その声に、足が止まった。

 

 

 

いや、足だけではない。

身体が、思考が、一瞬止まる。

 

聞き間違えるわけがない。

 

 

 

ゆっくりと、振り返る。

 

 

ぜぇぜぇと息を切らし、膝に手を付いて立っている少女。

 

 

 

 

 

 

渋谷凛は、俺の事を真っ直ぐに見ていた。

 

 

 

 

 

 

八幡「……凛」

 

 

 

俺は、咄嗟に何も言う事が出来なかった。

 

こんな所を目撃されれば、またいらぬ誤解を招く。

早く立ち去らないといけない。

 

だが、足は動かない。

 

言葉も、出てこない。

 

 

何で来たんだ……

 

 

 

もう、会うつもりは無かったのに。

 

 

 

凛「……ちひろさんから、連絡を貰ったんだ」

 

 

 

落ち着いたのか、髪を払い、そう言う凛。

 

そうか、ちひろさんが呼んだのか。

……本当に、最後までお節介な人だ。

 

 

 

凛「全部、聞いたよ」

 

 

 

その言葉で、理解する。

既に凛は、俺がプロデューサーを辞める事を知っている。

 

なら、俺の意図する事も分かる筈だ。

 

 

だが、凛の表情は読めない。

 

 

怒っているようで。

 

悲しんでるようで。

 

呆れているようで。

 

 

そんな色んな感情がない交ぜになった顔で、俺を見る。

 

 

 

凛「……私には、何も相談してくれないんだね」

 

 

 

目を伏せる凛。

 

そんな姿を見て、胸が痛む。

 

 

心が、痛むのが分かる。

 

 

 

八幡「……必要ないからな」

 

凛「え……?」

 

 

 

だが俺は、ここで甘えた言葉を返すわけにはいかない。

 

ここで凛の未練を作っちゃ、いけないんだ。

 

 

 

八幡「これは俺がしでかした事だ。だからお前が責任を感じる必要も無いし、俺が辞めるのも気に病まなくていい」

 

凛「そん、な……でもっ……!」

 

 

 

それでも食い下がる凛を、

 

俺は拒絶する。

 

 

 

 

 

 

八幡「だから、俺なんかはとっとと切り捨てて……お前はトップアイドルを目指せ」

 

 

凛「ーーッ」

 

 

八幡「道から外れた奴を、振り返る暇なんてねぇだろ」

 

 

 

 

 

 

凛の顔が歪んでいくのが分かる。

だが俺は、踵を返してその場を後にしようとする。

 

 

 

凛「っ! ま、待って!」

 

 

 

凛は俺の前に周り込み、両肩を掴んで止めようとしてくる。

 

必死に、離しはしないようにと。

 

 

 

凛「私は、私はプロデューサーと夢を追いかけたくて……!」

 

 

 

その声は、悲痛な叫びだった。

 

一言一言が俺の胸に刺さって、心を、傷つけてやまない。

 

 

 

 

凛「プロデューサーは、これでいいって言うの? これで終わりでいいって、本当に思って……」

 

 

八幡「ああ。そうだ」

 

 

凛「ッ……」

 

 

 

 

それでも、俺の答えは変わらない。

 

俺の選択は、覆らない。

 

 

凛は俺の言葉に目を見開き、俯く。

 

脱力したように肩から手を離し、立ちすくむ。

 

 

 

 

 

凛「……プロデューサーは、それでいいんだ」

 

 

八幡「ああ」

 

 

凛「……私が、トップアイドルになれれば、それでいいんだ」

 

 

八幡「……ああ」

 

 

凛「…………そっか」

 

 

八幡「…………」

 

 

凛「………………なら」

 

 

 

 

 

凛は、ゆっくりと顔を上げる。

 

 

俺はその表情を一生忘れないだろう。

 

 

 

 

 

 

凛は、笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛「それなら…………私、頑張るから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなに哀しい笑顔があっていいのかと、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛「さよなら」

 

 

 

 

そう言って、凛はすれ違うように去っていく。

 

俺は振り返らないし、きっと凛も振り返らない。

 

 

 

……これでいいんだ。

 

 

 

プロデューサーとして、俺は出来る事をやった。

 

これが、俺に出来る最後のプロデュース。

 

これで、正しいんだ。

 

 

 

そう自分に言い聞かせ、俺は足を踏み出す。

 

だが、迷いを振り切ろうと踏み出す毎に、足はどんどん重くなっていくように感じる。

 

 

頭の中に、ずっと残って離れない。

 

 

 

懸命に笑う彼女の、

 

 

 

 

 

 

頬を伝う、その雫が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、また日は流れていく。

 

 

テレビやニュースで、俺が会社を辞めた事は公表された。

社長の言う通り、一応の責任を取る形で発表されたようだ。

 

思惑通り、少しはファンの落ち着きも取り戻せた様子。

 

 

そして、もう一つ懸念していた問題。

 

 

それが、凛のアニバーサリーライブの参加だ。

 

 

 

あんな事件を起こした手前、本来であれば自粛するのが当然だろう。

だが、俺はその件についても社長にお願いをしておいた。

 

出来る事なら、凛にも参加させてやってほしい。

 

 

既にシンデレラガールの投票まで時間もない。

であれば、このライブを逃すのは完全な痛手だ。

 

 

ファンが落ち着き、ライブに支障が無いようであれば参加させる。

 

 

それが会社の条件だったが、この分じゃ大丈夫そうだ。

本当に、社長には感謝してもしきれない。

 

そして、俺が今何をしているかと言えば……

 

 

 

絶賛引きこもり中である。

 

 

 

正式に会社を辞めた事で、本来であれば学校に行かなければならないのだが……

生憎と、そんな気も起きない。

 

今は奉仕部の二人に会う事すら億劫だった。

 

 

相変わらず家でダラダラと過ごし、ただ時間が過ぎるのを傍受していた。

さすがに、小町にそろそろ怒られそうだな。

 

 

……だが、俺がした事には何も言わず、許容してくれた。

 

こんな時、そんな存在が本当にありがたい。

 

 

もっと良い方法があったのかもしれない。

 

けど、

 

 

 

これが俺の選んだ選択なんだ。

 

 

 

 

 

 

『○月△日! シンデレラプロダクション、アニバーサリーライブ!!』

 

 

 

八幡「っ……」

 

 

 

テレビから流れてきたワードで、思わず顔をしかめる。

 

最近、やたらCMを目にするな。

さすがはシンデレラプロダクション。まさかこんな所でその有名ぶりを思い知らされる事になるとは。

 

正直、見る度にHPを削られる思いである。

 

 

 

と、そんな時にケータイにメールが届く。

 

それは今まで散々無視して来た一人、平塚先生からのものであった。

 

内容は、土曜日に学校で行われる補習の事。

と言っても、参加者は俺だけらしいが。

 

文面を読むに、生徒があまりいない方が来やすいのではないか、という平塚先生の配慮らしい。

 

 

おお、ちょっと感動するな。

あの人なら、どっちかってーと直接家まで殴り込んで来て連れ出しそうなイメージだが。

 

一応、気を遣ってもらってるらしい。

 

 

確かに土曜ならあの二人もいないし、何かと気が楽だ。

 

 

 

八幡「ん、この日付……」

 

 

 

そしてメールを読んでいる内に気付く。

 

 

補習は、件のアニバーサリーライブと同じ日付であった。

 

 

果たしてわざとなのか……

いや、平塚先生が単純に気付いていないだけか。

 

 

 

八幡「……行くか」

 

 

 

どうせ、家にいても気になってモヤモヤしてしょうがないんだろう。

 

なら、まだ何かしていた方がマシだし、気が紛れるってもんだ。

 

 

俺は、参加するとメールで平塚先生に送る。

その後怖いくらい早く返事が返ってくるが、まぁそこは目を瞑る事にする。

 

送った後、本当にこれで良かったのかと、一瞬だけ脳裏を過った。

 

 

……いや、良いに決まってる。

別に、問題なんてない。

 

 

今の俺は、プロデューサーじゃないんだ。

 

 

ライブなんて気にする必要もない。

見に行く必要もない。

 

あいつは、凛は、他のプロデューサーと頑張ってる。

 

なら、そこに俺が付け入る隙はもう無い。

 

 

 

あいつは、頑張ると言ったんだ。

 

だから、俺はただ、陰ながら応援するだけ。

 

 

 

俺はケータイの電源を切り、机の上に置く。

 

ベッドへ向かい、その身体を預けた。

 

もう今日は寝てしまおう。

 

 

目を瞑る。

 

 

 

そうすると、またあの子の顔が思い出される。

 

 

 

だが、俺にはどうする事できない。

 

 

 

 

 

 

こうして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の最後のプロデュースは、終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

×

 

 

 

  ×

 

 

     ×

 

   ×

 

 ×

 

  ×

 

 

 

 

 

 

「キミ、アイドルのプロデューサーをやってみないかね?」

 

 

「お兄ちゃん! やろうよ! 小町が応募しておくよ?」

 

 

「そっか……私、個性が無かったんだ……確かに薄々…」

 

 

「それにしても、プロデューサーの制服姿ってなんか新鮮だね。似合ってるよ♪」

 

 

「久々に会った人には、最初に言う言葉があるでしょう。そんな事も分からないのかしら」

 

 

「…っあ! そっか! やっはろーヒッキー!」

 

 

「私も……プロデューサーついてないんですよ?」

 

 

「嫌いにも、なれそうにない」

 

 

「……私の言葉、表と裏……どっちだと思う?」

 

 

「確かに、専業主夫なら奥さんがアイドルでもやっていけるもんね」

 

 

「“友達”だからに、決まってんだろッ!!!」

 

 

「あーあー、いつになったら印税生活出来るんだろう」

 

 

「そうだねーっ! 杏ちゃんはすっごく頑張ってるよねー☆」

 

 

「私が顧問をしている部活を訪ねてみるといい。あそこには、頼れる子たちが揃っているよ」

 

 

「あったりまえじゃん。お姉ちゃんがアイドルなんだよ? なら、アタシもアイドルになる」

 

 

「うん。……すっごい優しそうに笑うんだなーって、思った記憶がある」

 

 

「僕が、102回目だからね」

 

 

「さぁ、我が舞台の幕開けだ。……その能力、私に捧げてくれるか? 眷属よ」

 

 

「いやあなたですしおすし」

 

 

「他の人がどう言ってても、みくもPちゃんも、ヒッキーの事ちゃんと分かってるから!」

 

 

「……うん。プロデューサーさんは、私に色んなものをくれたから」

 

 

「その信頼がある故に、何かあった時の結果が怖い。……まぁ、そう感じているのは私くらいかもしれないけどね」

 

 

「お茶でもいいですし、大人になったら、お酒も酌み交わしましょう。……だから、これで最後だなんて言わないでください」

 

 

「さよなら」

 

 

 

 

 

 

次回 「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」

 


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