やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。   作:春雨2

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第10話 どうにも神崎蘭子は患っている。

 

 

AM:06:00:00

 

 

 

目覚まし「ごーごー! れっつごー! あ・だ・る・と! あはん♪」

 

 

 

薄らと、目を開く。

カーテンで遮られた窓の隙間から、僅かに朝日が差し込んでいるのが見えた。

 

少しだけ心の中で葛藤した後、覚悟を決めて上体を起こす。

 

 

 

 

 

 

八幡「……………………起きるか……」

 

 

 

 

 

 

比企谷八幡の朝は早い。

 

録音機能付き目覚まし時計から流れる曲で、今日も俺は起床した。

 

 

 

……やっぱ別の曲に変えようかな。

 

 

 

八幡「今日は確か移動の仕事が多かったな……タクシー乗る時、領収書忘れずに貰わねぇと……」

 

 

 

フラフラとおぼつかない足取りで洗面所へと向かい、顔を洗って歯を磨く。

朝飯を食う前に歯を磨かないと、口の中のばい菌がそのまま体の中に入ってしまうらしい。なんかの本で読んだ。

だが俺は朝飯を食った後に磨きたくなる派だ。なので朝は二度磨く。

 

 

 

八幡「前忘れた時は怒られたからなぁ……ちひろさん金銭面マジ厳しい」

 

 

 

多少スッキリした後、部屋へと戻り着替えを済ませる。

既にこのスーツも大分着慣れてきた。

 

ネクタイを締め、ネクタイピンでしっかりと留める。

 

 

 

八幡「……うし」

 

 

 

小さく来合いを入れ、あらかじめ昨晩用意していた荷物を持って部屋を出る。

向かう先はキッチン。

 

 

 

小町「あ、お兄ちゃんおはよー」

 

 

 

リビングの扉を開けると、テーブルの上には既に料理が並んでいた。

そしてキッチンの向こうにはエプロン姿のマイシスター。

 

正直、少し驚く。

 

 

 

八幡「小町、何で朝飯作ってんだ? 今日は休みだろ」

 

 

 

本日は世間で言う所の日曜日。

普通ならこの時間は両親も小町も寝ている筈だ。

だから今日は自分でテキトーにパンでも焼いて済ませようと思っていたのだが……

 

 

 

小町「お兄ちゃんの事だから、休みの日くらいお母さんたちを寝かせてあげたいと思ってるんだろうなーって思ってね。どうせ起こさずに自分でパンでも焼いて食べようと思ってたんでしょ」

 

 

 

まぁパンについては当たっているが、生憎と俺はそんなに人間出来ていない。

 

 

 

八幡「いや、起こしたら自分で用意しろってキレられると思っただけだが」

 

小町「ですよねー」

 

 

 

変わり身早ッ!

どうせならもうちょっと兄を信じろ。

 

 

 

小町「でも朝はちゃんと食べないとダメだよ? というわけで、今日は小町が早起きして用意してあげました♪」

 

 

 

そう言って腰に手を当てお玉を掲げる小町。

あざとい。あざといが、正直言ってかなり嬉しい。

 

コイツも今日は日曜だってのにな。まさかわざわざ俺よりも早く起きて朝飯作ってくれているとは。

……ホント、頭が上がらねぇ。

 

 

 

八幡「おう。サンキュ」

 

 

 

ただ素直に感謝の気持ちを伝えるのも照れくさいので、出来るだけ感情を込めずに言ってやる。

だが小町はそれだけで充分だったのか、満足気に微笑む。

 

俺が椅子に座ると、小町もエプロンを椅子にかけ、向かいの席に座る。

 

 

 

八幡・小町「「いただきます」」

 

 

 

最近は中々休みが合わず、こうして二人での食事ってのは久しぶりだな。

それだけに何て事の無いこの食卓が、今ではとても貴重なモノのように思える。

 

きっと、これが優しい時間って奴なのかもしれん。

 

小町「あ、それとお兄ちゃん。いくら嬉しいからって凛さんの出演番組全部録画してDVDに焼くのは、さすがにちょっと気持ち悪いよ?」

 

 

その一言が無かったらな。

いや何なの? そのしれっと言う感じ。ええやん! 別に悪い事してないよ! 中にはそういう事務員もいるかもしれないし!

 

 

何ともくだらない会話に花を咲かせた後、片付けを任せて家を出る。

 

 

 

小町「行ってらっしゃい♪」

 

 

 

こう言われるだけで頑張れるんだから、俺って単純だよな。

 

……あ、歯磨きすんの忘れてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わってシンデレラプロダクション。

 

最早俺の定位置となったデスクにて、今日の予定を手帳で確認する。

そういや、元々ここって別に俺の机じゃなかったんだよな。まぁ今更どけって言われても困るけど。何だか使わせてくれって交渉してたのが酷く昔に感じるな。

 

 

 

ちひろ「おはようございます。比企谷くん」

 

 

 

聞き慣れた明るい声。

顔を上げると、そこにはコーヒーを机の上に置くちひろさんがいた。

 

 

 

八幡「どうも」

 

ちひろ「いえいえ」

 

 

 

何とも端的なお礼だが、ちひろさんは特に気にした素振りも見せず俺の向かいの席へと座り、書類の整理を始める。

 

しかしこうして向かい合って座っている事にも、今では全く違和感が無いな。

もしかしたら、ちひろさんも同じように思っているかもしれない。この間とか直行したら「朝比企谷くんがいなかったから、体調でも崩したのかと思いましたよ~」とか言ってたし。

 

 

 

ちひろ「それにしても、比企谷くんも随分早く出社するようになりましたね」

 

八幡「そりゃ、こんだけ忙しくもなれば早く来ますよ」

 

 

感心するように言うちひろさん。

あの765プロとも共演した生放送。あれから、早くも一ヶ月が経過した。

 

この一ヶ月の間は中々忙しかったな。

簡単に言ってしまえば、そう。

 

売れ始めたのだ。

 

 

 

八幡「あれから雑誌の取材も増えて、歌番組とか、グラビアなんかの話なんかも来てますからね」

 

 

 

ちなみにグラビアに関しては凛は難色を示してたな。

まぁ、確かに俺としても凛のイメージとは離れているので今は断っておいたが。

……いや、別に俺がやってほしくないとかじゃないよ?

 

 

 

ちひろ「CDの売り上げも凄い良かったですしね~。これはセカンドシングルの発売も遅くないんじゃないですか?」

 

 

 

嬉しそうにそう言うちひろさん。

お金の話をする時はホントに良い表情するなぁ。ハハ。

 

 

 

八幡「どうでしょうね。俺としては正直、難しいんじゃないかと思います」

 

ちひろ「あれ。意外ですね」

 

八幡「や、別に凛の実力がどうとかじゃなく、会社側としては他のアイドルにスポットを当てていくんじゃないかと、そう思ってるんですよ」

 

 

 

実際、近日中にCDデビュー第二弾が実施されるそうだ。恐らくは今回も5人だろう。

 

このシンデレラプロダクションの方針、いや、プロデュース大作戦の方針として、幅広いアイドルを展開していくという目論みがあるのは明白だ。

つまり少数のアイドルを推していくのではなく、大人数のアイドルをデビューさせ、競わせる。これこそがプロデュース大作戦の肝なのだろう。

 

悪く言ってしまえば、数打ちゃ当たる作戦だ。

だがそれだけに、確率が高くなるのも事実。

 

俺たちとしては如何ともし難いが、まだデビューしていないアイドルたちにしてみればありがたいのだろう。

 

 

 

ちひろ「ほほう。やはり比企谷くんは中々に鋭いですねぇ」

 

 

 

ニヤリといった風に笑うちひろさん。

なんだろう。イラッとする。イラッと。

 

 

 

八幡「って事は、やっぱ会社側の援助は期待出来そうにないみたいですね」

 

ちひろ「まぁそう悲観せずにいきましょう。他の子たちよりも一歩リードしてるのには変わりないんですから」

 

 

 

確かに、ちひろさんの言う通りでもある。

 

つーかこの人、最近あんまり会社側の情報隠さなくなってきたな。

特定の一般Pには肩入れしないんじゃなかったの? いや俺としては助かるんだけど

 

 

 

「おはよ。プロデューサー」

 

 

と、そこで不意に声をかけられる。

と言っても、その声は聞き慣れたもの。

 

 

 

八幡「おう、早かったな。り……ん…………?」

 

 

 

声の方向に視線を向け、そこで目が止まった。

というか、一瞬思考が止まった。

 

そこにいたのは、担当アイドルの渋谷凛。

 

凛なのだが……

 

 

 

凛「? どうかした?」

 

 

 

それは、眼鏡にポニーテールの美少女だった。

……ガチで一瞬誰だか分からなかったぞ。

 

 

 

八幡「お前、それどうしたんだ」

 

凛「それって……あぁ、この格好のこと? まぁ、ちょっとした変装……みたいな?」

 

 

 

少しばかり気恥ずかしそうに言う凛。

なるほど変装ね。それを聞いて納得した。

 

 

 

凛「自分で言うのもなんだけど、最近よく声かけられるようになってさ。バレないようにした方が良いのかなって……ちょっと自意識過剰だったかな?」

 

ちひろ「そんな事ありませんよ! アイドルとして当然の事です。何かあってからでは遅いですしね!」

 

八幡「……だ、そうだ」

 

 

 

何故かちひろさんが力強く答えてくれたが、概ね同意だ。

まぁ、俺も悪い気はしないしな。というかむしろ良いですね。うん、眼鏡にポニー。うん、悪くない。

 

 

 

凛「そっか。なら良かったかな」

 

八幡「つーか、お前もまた随分早く来たな。集合七時半だっただろ」

 

 

 

俺がそう言うと、何故か目線を泳がせる凛。

 

 

 

凛「それは、だって……プロデューサーなら、もういると思ったから」

 

八幡「……から?」

 

凛「っ……もういいでしょ。早く来たい気分だったのっ」

 

 

 

話はお終いとばかりに、凛はぷいっとそっぽを向く。

なんだ、俺が早く来てるからって変に気ぃ遣う必要ないのにな。

 

 

 

ちひろ「うへー……」

 

八幡「どうしたんですかちひろさん」

 

ちひろ「いえ。今なら砂糖吐けそうだなーと」

 

八幡「マジっすか。俺のコーヒーに足してくれます?」

 

ちひろ「もう角砂糖5個も入れてますよ!」

 

 

 

甘いな。MAXコーヒーの甘さはこんなもんじゃない。

だがただ甘いだけじゃないんだからあのコーヒーは凄い。

 

……まぁ、ちひろさんの淹れてくれるコーヒーも悪くはないがな。

 

 

 

その後は凛と今日の仕事のスケジュールを打ち合わせする。

凛が早く来たおかげで結構時間があるからな。今後の事とか、色々と話し合っておくのも良いかもしれない。

 

 

 

八幡「一応、今入ってる仕事はこんなもんだな」

 

凛「やっぱり前に比べると、随分増えたね」

 

八幡「そりゃな。あの頃は自分から探さないと仕事なんて貰えなかったのに、今じゃあっちから来るくらいだ」

 

 

 

最も、それでも望む仕事が来るとも限らない。

凛がやりたいような、例えば歌番組。そういった仕事だって、こっちから積極的に行かないと取れないからな。

 

売れたとはいえ、相も変わらず営業回りだ。

 

 

 

凛「でも、普段出来ないような体験が出来て面白いのもあるかな。この間のラクロスとか」

 

八幡「新田さんと共演した時の奴か。あれも中々視聴率良かったらしいぞ」

 

凛「プロデューサーが資料にとか言って漫画渡してきた時はびっくりしたけどね……」

 

 

 

なんでだよ。クロス・マネジ面白いだろ?

あれを打ち切ったジャンプマジどん判。

 

 

 

ちひろ「私としては、みくちゃんと一緒に出たグルメロケ番組が好きでしたね~」

 

凛「でも、あれはあれで結構大変だったかな。本当に美味しくても、リアクションするのって難しいって痛感したよ」

 

八幡「安心しろ。魚料理が出た時の前川のリアクションに比べれば問題無い」

 

 

というか問題しか無かった気もするがな。

凛のフォローが無かったらどうなっていた事か……ほっけの塩焼き超美味そうだったのになぁ。

 

 

他にも美嘉と一緒にファッション雑誌の表紙を飾ったり、楓さんの酒場放浪記に同行したり(勿論ソフトドリンクだが)と、色んな仕事をこの一ヶ月でこなしてきた。

凛も、既に立派なアイドルの一人と言っても良いだろう。

 

 

……と、俺が感慨に耽っているその時だった。

 

 

 

ちひろ「それじゃあ、一人前になった凛ちゃんと比企谷くんに、こんなお仕事をプレゼントしちゃいます♪」

 

八幡・凛「「え?」」

 

 

 

突然そう言い始めたちひろさんは、数枚の資料を渡してくる。

そこに書かれていたのは、『シンデレラプロダクションアニバーサリーライブ』という一文。

 

 

 

ちひろ「三ヶ月後、このシンデレラプロダクションはめでたく1周年を迎えます。そこで!」

 

八幡・凛「「っ」」 ピクっ

 

 

ちひろ「我がシンデレラプロダクションのアニバーサリーライブ、そのメンバーの一人に凛ちゃんを抜擢したいと思います! イエイ!!」

 

 

 

 

 

 

…………。

 

 

 

 

 

 

凛「……」

 

 

八幡「……」

 

 

ちひろ「……え、反応薄くないですか?」

 

 

 

 

 

 

いや、いきなりそう言われても。

 

 

 

 

 

 

八幡「正直、何が何やら」

 

凛「つまり、ライブに出れるって事で良いんですよね……?」

 

ちひろ「Yes!」グッ

 

 

 

その無性に腹の立つサムズアップは置いておいてだ。

そもそも、気になるワードが一つあった。

 

 

 

八幡「うちのプロダクションって、出来てまだ一年経ってないんすか?」

 

ちひろ「比企谷くん……一応社員なんだから知っておきましょうよ」

 

 

そう言われては何も言い返せないのだが、知らなかったのだから仕方が無い。

というか、そんな新参のプロダクションがよくこの大所帯で経営出来てんな。あの社長実は凄いんじゃ……?

 

 

 

凛「アニバーサリーライブ……かぁ」

 

 

 

見れば、凛はどこか想いを馳せるように微笑んでいる。

ちひろさんがくれたその舞台に、やはり嬉しいと感じているのだろう。

 

 

 

ちひろ「勿論、他にも指折りのアイドルたちが出演しますよ。今回はあの十時愛梨ちゃんも出ますし♪」

 

八幡「っ! 十時愛梨も、出るんですか?」

 

凛「? プロデューサー、愛梨のこと知ってるんだ?」

 

 

 

そりゃ知っている。俺だってプロデューサーになってからは色々とアイドルについて調べたからな。……まぁ1周年の事については知らなかったが。

 

 

十時愛梨。

 

俺の知る限りでは、彼女がデレプロ1有名なアイドルと言っても過言ではないだろう。

プロデューサー大作戦以降、有名になったアイドルは何人かいるが、彼女は“それ以前”から名が知れていた。

 

 

つまり、今最もシンデレラガールに近いアイドル。

 

 

CDデビューの第一弾にいなかったのは、その辺の公平をきす為だと思っていたが……やっぱアニバーサリーライブともなれば参加してくるんだな。

 

 

 

八幡「……こりゃ、結構な強敵になりそうだな」

 

凛「そうだね。……でも、大丈夫だよ」

 

 

 

俺が言った言葉に、しかし凛は力強く答える。

 

 

 

凛「あの765プロとも歌ったんだよ? なら、それより怖い事なんて無い。……それに」

 

八幡「それに?」

 

凛「プロデューサーは、私を信じてくれるでしょ?」

 

 

 

笑いながら、そう言ってみせる凛。

 

つくづく強くなったと思う。

そう言われては、俺としては何も言えまい。

 

 

 

八幡「……当たり前だろ。心配なんてしてねぇよ」

 

 

 

全く、これじゃあプロデューサーの出る幕なんて無いかもな。

 

 

 

 

 

 

ちひろ「うんうん♪ それじゃあ、新しい臨時プロデュースの子なんですけど…」

 

八幡「ちょっと待て」

 

 

 

 

 

 

よし。一旦落ち着こうか。

 

 

 

ふー……

 

 

 

 

 

 

……………早くない?

 

 

 

八幡「ちひろさん。早いです。何がってペースが」

 

ちひろ「早いって、前回からもう一ヶ月経ってますよ?」

 

八幡「いや何言って……あれ、確かにそうだな。…………いやでもそれにしたってちょっと早くないですか?」

 

ちひろ「もうこっち来て良いですよ~♪」

 

八幡「聞けよ」

 

 

 

つーか何、もういんの?

やめてくれよこっちにも心の準備ってもんがだな……

 

 

 

ふと、一人の少女が目に入る。

 

 

 

その姿を見て、心の準備とか、そんなものが元より必要無かった事を知る。

というより、意味を為さないと言った方が正しかった。

 

 

 

その少女は、闇のように黒かった。

 

銀灰色に染められた、艶やかなウェーブがかったツインテール。

ゴスロリ調の、漆黒のワンピース。

カラコンなのか自前なのか分からない、真っ赤な瞳。

 

そして何故か、室内なのに傘をさしていた。

 

 

 

 

 

 

「ククク、私の才能を見抜くとは、アナタも「瞳」の持ち主のようね……。私の力に身を焼かれぬよう、せいぜい気をつけなさい。フフ、フフフフフフ(訳:プロデュースしてくれてありがとう、頑張ります!!)」

 

 

 

 

八幡「…………」

 

 

「フフフフ、フ…フ……?」

 

 

八幡「…………」

 

 

「っ! あ、あの時の!?」

 

 

 

 

決まったとばかりにニヒルな笑いを浮かべていた彼女。

 

だが俺を見るや、急に慌てふためいたように取り乱し始める。

 

 

なんだろう、この気持ち。言葉に出来ない。

言葉にするとすれば、痛い。

 

 

何か、前にも似たような気持ちになった事があったな。

 

……ああ、あれだ。思い出した。

 

 

 

材木座と、始めて会った時だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて俺は、ある病にかかっていた。

 

 

発祥条件も、治療法も不明。

いつ治まるのかも分からないし、そもそもずっと治らないケースもあると聞く。

 

そういった意味で言えば、比較的早くに卒業した俺はまだ運が良かったのかもしれない。

……まぁ最も、その後に更に派生系の病に現在進行形でかかってはいるのだが。未確認で進行形だ。

 

 

しかしこの病の真に恐ろしい所は、症状の治まったその後にあると言っていいだろう。

 

 

過去の遺産を目にする度に、その痴態を嫌がおうにも思い出す。

 

無意味に枕に顔を沈めたり、足をパタパタしたり。

 

当時の知り合いに会ったりなんてしたら最悪だ。頭の中にセフィロスのテーマが流れてくるくらいヤバイ。

 

 

後遺症とも言えるその症状は、病が治ってもなお、一生付き纏うのだ。

 

 

そしてその黒歴史を思い出してしまう瞬間は、他にもある。

 

それはーー

 

 

 

 

「まさか、貴方とここで再び邂逅する事になろうとは……! これが、瞳を持つ者の運命だったのね……(こ、こんな所でまた会うなんて……どうしよ~!)」

 

 

 

 

病にかかっている“同類”と、会ってしまった時だ。

 

 

 

八幡「…………」

 

凛「プロデューサー?」

 

八幡「……もう、帰っていい?」

 

凛「まだ朝7時だけど!?」

 

 

 

ホントにやめてほしい。古傷(心の)が疼く……

まぁ、似たような奴を他にも知ってるんですけどね。

 

 

 

神崎蘭子。

 

名前からして中二感漂うその少女は、まさしく現在進行形で中学二年生であった。

そういった意味で言うと、これがホントの中二病なのだろうか。

 

手元にあるプロフィールから目を離し、ちひろさんの横に座った彼女に目を向ける。

 

 

見ると、彼女は俺と凛を交互に伏し目がちにキョロキョロと見ていた。

そして俺と目が合ったかと思うと、取り繕うかのように佇まいを直す。

 

 

 

蘭子「ククク、我が禁断の書物、しかと目にするがいい……(プロフィール見られるの、は、恥ずかしいです)」

 

八幡「あー……うん。はい」

 

 

 

俺がテキトーに相づちを打っていると、隣の凛にくいくいと袖を引かれる。

目線を向けると、凛は顔を寄せて耳打ちするように聞いてきた。近い、近いから。

 

 

 

凛「プロデューサー、さっきから頷いてるみたいだけど、あの子が言ってること分かるの?」

 

 

 

何を訊いてくるかと思えば、そんな事か。

愚問だな。バカめと言ってさしあげますわ。

 

 

 

八幡「いや全然分からん」

 

凛「分かんないんだ!?」

 

 

 

当たり前だ。正直何言ってるのかさっぱりです。

 

……まぁそれでも、何となく言いたい事は少しだけ伝わってくるがな。

これは恐らく、俺がかつて同じ病にかかっていたおかげだろう。凄い! 全然嬉しくない!

 

 

 

八幡「それで、今回はどうしてまた臨時プロデュースが必要に?」

 

 

 

俺は目の前で呑気に茶を啜っているちひろさんに訪ねる。

 

奉仕部に頼むって事は、それなりに何か問題を抱えているのだろう。

まぁある意味じゃ既にもの凄い問題だらけにも見えるが。

 

 

 

ちひろ「……そうですねぇ、何から説明しましょうか」

 

 

そう言うと、ちひろさんは湯のみを置いて数枚の資料を渡してくる。

それは先程貰ったアニバーサリーライブの資料と同じ物だった。

 

 

 

ちひろ「さっきも説明したこのアニバーサリーライブなんですが、実はこれに蘭子ちゃんも出演する事になったんです」

 

八幡「アニバーサリーライブに……?」

 

 

 

正直、少し驚いた。

何故かと言えば、それは今回のこのライブの出演枠が限られている事に他ならない。

 

元々大所帯なウチのプロダクションだ。そうなると、100人以上のアイドル全員を一回のライブに出す事は不可能と言っていいだろう。

 

つまり、チャンスを与えられるアイドルは限られている。

凛はまだ実績を上げているから選ばれるのは納得だが、それに対して神崎は……正直、今日始めて知った。

 

俺が知らないだけで、本当は有名な子なのか? いやでも、それにしたって名前も知らないって事は無いだろう。

 

 

俺の疑問を察したのか、ちひろさんは苦笑しつつ言う。

 

 

 

ちひろ「まぁ気付いているとは思いますが、蘭子ちゃんは先日所属したばかりの新人です」

 

 

 

やはりな。どおりで見覚えが無いと思った。

こんな目立つ奴だ。いくら所属アイドルが多いとはいえ、一度見たら忘れる事は無いだろう。

 

となると、尚更分からない。

 

 

 

八幡「それじゃあ、なんでまたライブに?」

 

ちひろ「んー簡単に言ってしまうと、蘭子ちゃんはライブの為にスカウトされてきたんですよ」

 

八幡「は?」

 

 

 

ライブの為に、スカウトした?

なんで他に沢山アイドルがいるのに、わざわざそんな事を?

 

困惑が顔に出ていたのか、ちひろさんは焦った様子で説明を続ける。

 

 

 

ちひろ「えーっとですね。最初に説明しておくと、今回のアニバーサリーライブは出演者を決めるにあたって、いくつかの枠を設けているんですよ」

 

 

 

ちひろさんは適当な裏紙を机の上に置き、ペンでいくつかのワードを書いていく。

 

 

 

ちひろ「まずは単純に知名度と好成績を残したアイドルからなる『上位枠』。凛ちゃんはこの枠に含まれますね。CDデビュー組は全員ここに入っています」

 

 

 

チラッと横を伺うと、少しばかり凛が照れているように見える。

まぁ褒められているようなもんだし、恥ずかしいのも分かる。

 

 

 

ちひろ「それでもう一つが、今後活躍する可能性のある子を推していく『推薦枠』。ここはまだ全員決まっていませんが、候補の中にはこれまで比企谷くんが臨時プロデュースしてきた子たちも入っていますね」

 

八幡「……って事は、アイツらもライブに出れるかもしれないんすね」

 

ちひろ「そうなります……よかったですね♪」

 

 

 

何故か俺を見てニコニコと笑うちひろさん。

別に俺、嬉しいとも何とも言ってないんですけど。やめろその顔。いいから、早く説明を続けてくれ。

 

 

 

ちひろ「それで、最後にもう一つ『特別枠』というものがあるんです。これは社長の独断による選出で、所謂指名枠みたいな感じですね。それも、選ばれるのはただ一人」

 

八幡「一人……」

 

 

 

なるほどな。

ここまで説明されれば分かる。

 

未だ有名とは言えない神崎。その彼女が今回アニバーサリーライブに出演する事になったのは、この特別枠の為だったというわけだ。

 

しかしそれでもまだ、神崎をスカウトした理由が分からない。

 

 

 

ちひろ「最初は社長、この特別枠には凛ちゃんを指名しようと思ってたらしいんですよ」

 

凛「っ! 私を?」

 

 

 

まさかここで名前を呼ばれるとは思ってなかったのか、驚いた様子の凛。

 

 

 

ちひろ「ええ。ですが凛ちゃんは既に上位枠での出演が決まっていたので、他のアイドルを指名する事にしたんですけど……」

 

八幡「けど?」

 

ちひろ「そしたら社長、蘭子ちゃんを会社に連れてきたんです」

 

 

 

なんでだよ。

というか、その言い方は誤解を招くからやめて頂きたい。

 

 

 

蘭子「黒き魔手による誘い……(あの時は凄いビックリしました)」

 

ちひろ「何でも社長、誰にするかすっごい悩んでて……それで街を歩いてたら、蘭子ちゃんを見かけてティンときたとかって」

 

八幡「それでそのままスカウトした、と」

 

 

 

何と言うか、あの社長スゲェな……

 

確かによく考えれば俺も突然スカウトされたし、度胸というかチャレンジ精神がハンパない。

 

俺はもう専属のアイドルがいるからやらなくていいが、もしスカウトも仕事に入ってたらマジでヤバかった。

最悪声かけ事案とか言われて通報されそう。

 

 

 

ちひろ「そんな訳で蘭子ちゃんはアニバーサリーライブに出る事になりました。……ここまで言えば、後は分かりますか?」

 

八幡「ええ。ライブまでの神崎のプロデュース、ですね」

 

ちひろ「あーいえ、それがちょっと違うんですよね」

 

八幡「え?」

 

 

 

思わぬちひろさんの否定に、若干声が裏返る。

いや、今の完全にそういう流れだったでしょ……

 

 

 

ちひろ「ライブまでは基本的にレッスンや練習漬けになるので、特に比企谷くんがプロデュースする場面はありませんからね」

 

八幡「は、はぁ」

 

 

 

な、なんかそう言われると、少しへこむな。

まるで俺が役立たずのようだ……

 

 

 

八幡「けどそれなら、なんで俺が臨時プロデュースを?」

 

蘭子「……臨時プロデュース、面妖な(そもそも臨時プロデュースって、一体なんなんですか?)」

 

ちひろ「それですよそれっ!」

 

蘭子「ひぅっ……!」ビクッ

 

 

 

突然のちひろさんの声に、神崎が思わず素に戻る。

 

 

 

ちひろ「蘭子ちゃんのその中二モード、それが問題なんです」

 

八幡「問題?」

 

 

いや、確かに社会を生きていく上で問題だらけだとは思うがな。

特に人間関係とか。あの当時に雪ノ下とかに会ってなくてマジで良かった。死ぬ(俺が)。

 

 

 

ちひろ「会社側はあまり良く思ってないんですよね。記念すべきアニバーサリーライブに完全に新人の子が出演して、しかも中二病で、大丈夫なのかって」

 

蘭子「うぅ……」 じわっ

 

ちひろ「あぁいや、私は思ってないですよ!? 会社の上層部の人たちですって!」

 

 

 

涙ぐむ神崎に、慌てて弁解するちひろさん。

まぁそうだろうな。むしろちひろさんは神崎みたいな色物系好きだろ。あの輝子も確かちひろさんが奉仕部に連れて来たようなもんだし。

 

 

 

凛「でもライブの為にスカウトしてきて、それでやっぱり問題あるなんてあんまりじゃない?」

 

 

 

見ると、凛が若干不機嫌そうに言っている。

真っ直ぐな性格の凛からすれば、会社側の対応に思う所があるのだろう。

 

 

 

ちひろ「ええ、それはその通りです。そこで会社側が条件を出してきたんですよ」

 

八幡「条件?」

 

ちひろ「せめてその中二病めいた行動をやめて、“普通に”アイドルとして活動する。それがライブに出る条件です」

 

 

 

沈痛な面持ちで告げるちひろさん。

 

その言葉を聞いて、俺は思わず眉をひそめる。

 

 

“普通に”……ねぇ。

 

 

つまり今回の奉仕部への依頼は、神崎の中二病を治す事。

そうしなければ、ライブには出れない。そういう事なのだろう。

 

 

少しの間、静けさがその場を満たす。

 

やがて俺が口を開きかけた時、彼女はふと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蘭子「……やだ」

 

 

ちひろ「え……?」

 

 

 

 

神崎はさっきまでの不安な表情を消し、強い意志を持った顔で言う。

 

 

 

蘭子「……周りに流されて、好きなものを犠牲にしちゃいけないって。私はそう教えてもらった」

 

 

 

その言葉が、その姿が。

全然違うのに、まるで似ていないのに。

 

何処か、自分に重ねてしまう。

 

 

神崎の目が、真っ直ぐに向けられる。

 

 

 

 

 

 

蘭子「だから私は、もう自分に嘘をつきたくない……これが、私だから」

 

 

 

 

 

 

どこか、既視感を覚えた。

 

これまで何度か、俺はこの目を見て来た。

 

 

……あぁ、そうだ。

 

 

俺がこれまでプロデュースしてきた、アイドルたち。

その子たちと、同じ目だ。

 

やっぱ俺はともかく、あの社長は見る目があるようだ。

 

 

 

何の心配をしなくても。

 

こいつは確かに、アイドルだ。

 

 

 

八幡「……ちひろさん」

 

ちひろ「っ! はい」

 

八幡「引き受けます。臨時プロデュース」

 

 

 

俺がそう言うと、神崎は驚いたような表情になる。

 

まぁ無理もない。だが、誰も会社側の条件を飲むとは言っていない。

俺は更にちひろさんに続ける。

 

 

 

八幡「ただし、内容はコイツの中二病更生じゃありません」

 

ちひろ「へ?」

 

凛「じゃあ、一体何をするの?」

 

 

 

呆けたような顔になるちひろさんに代わって、凛が訪ねてくる。

見れば、神崎も何が何やらと言った表情で首を傾げていた。

 

 

 

八幡「要は発想の転換だ。会社側の要望する条件を飲むんじゃなくて、神崎に対する評価を変えてやりゃいい」

 

蘭子「??」

 

八幡「……つまりだ」

 

 

 

俺は全員を見渡し、決め顔で言ってやる。

 

 

 

八幡「会社の連中に教えてやんのさ」

 

 

 

俺は昔、とある病にかかっていた。

 

 

思い出すだけで、今でも恥ずかしくなってくる。

 

……だが、今でもその当時好きだったものを見て、心揺れ動く時がある。

 

やはり時間がたとうと、好きなものは好きなのだ。

 

 

 

その気持ちに、嘘なんてないのだから。

 

 

 

 

 

 

八幡「中二病は、カッコいいってな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛のCDデビューから早一ヶ月。

 

 

やはりアイドルにとって、CDを出すという実績は大きく影響を及ぼすようだ。

歌番組を中心に増えた仕事、ほとんど空白の無くなったスケジュール。

 

そして何よりも、周りの視線。

 

その周囲の変化が、凛が“アイドル”だという事実を教えてくれる。

最初は実感の湧かなかったCDデビューというその成果も、今となってヒシヒシと感じるようになった。

 

まぁ最も、俺よりも本人の方が遥かに実感しているだろうがな。

 

 

しかし名が売れるという事は、何も良い事だけではない。

 

存在が知れ渡っても、それに対する評価の善し悪しは人それぞれだ。

応援してくれる者もいれば、批判する者もいる。

 

 

要はアレだ。アンチである。

人気が大きければ大きい程、その分アンチも湧いてくるのだ。アニメしかり、ラノベ主人公しかりな。いや、別に誰も俺の話なんてしてないからね。

 

しかも凛はアイドルだ。

人によるその人気の温度差は顕著だろう。

 

 

かつて俺が思っていた、アイドルに対する認識のように。

 

 

表向きの、建前で塗りたくられている笑顔。

 

媚びへつらった、裏側のホントの姿。

 

どこか嘘くさい、ファンへの感謝。

 

 

画面の奥にあるのは、所詮は“偽物”。

信じるに値しない。そう思っていた。

 

実際にアイドル達と触れ合い、今でこそそう思ってはいないが、かつてそう感じていたのも事実。

そして、同じように考える奴がいるのも、な。

 

 

結局は人の感性なんて人それぞれだ。

 

それは無理強い出来る物なんかじゃないし、簡単に受け入れられるものじゃない。

誰からも愛される奴なんて、存在しない。

 

 

……しかしだからと言って、素直に諦めるわけにもいかないのだ。

 

 

昨日嫌いだったものを、今日好きになる事だってある。

 

なら今日は無理でも、明日には。

 

明日が無理でも、もっと先で。

 

 

そうやって足掻いていれば、きっとそれは、決して無駄にはならない。

 

 

俺には分かる。

 

何故なら、俺がそうだから。

 

 

アイドルなんて信じていなかった。

 

 

それでも、あの日テレビに映っていた少女が。

 

隣で、今でも走り続ける少女が。

 

 

俺に教えてくれたから。

 

 

 

だからきっと、お前にも出来るんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は我らがedeN、サイゼリア。

 

 

平日とはいえ夕飯時とあってか、人はそれなりに多い。

主に部活帰りの学生達や、家族連れとかだな。

 

そしてその中で、俺たち一行はまた一段と異彩を放っていた。

というか、約一名のおかげなのだが。

 

 

 

八幡「……さて。飲み物も行き届いた所で、対策会議を始めるぞ」

 

 

 

テーブルのについたメンバーをそれぞれ見渡していく。

まず俺の隣で定位置かとばかりに座っているのが、担当アイドルの渋谷凛。

 

 

 

凛「会社の蘭子に対する評価を改める……っていう内容だったよね」

 

 

 

俺の向かいに座るは、相変わらず漆黒の衣装に身を包んだ神崎蘭子。

 

 

 

蘭子「我が試練の序章……いざ開闢の時(私の為に、本当にありがとうございます……!)」

 

 

 

そしてその隣。凛の向かいで、俺の丁度斜め向かいに座るのが……

 

 

 

「……コレ、私がいる意味ってあるんスか?」

 

 

 

今回の特別ゲスト。いや、特別アドバイザーである。

 

 

くしゃくしゃになった、ひと目で癖っ毛だと分かる茶髪に、気怠そうな瞳に眼鏡。

ファミレスで堂々と緑色のジャージにグレーのスウェットを履く、ある意味では男らしい彼女。

 

荒木比奈。

 

 

彼女もまた、シンデレラプロダクションのアイドルである。

 

 

 

比奈「なんかアドバイスだけでもいいから手伝ってほしいって言われて来たんスけど……話を聞く限り力添えは出来ないと思うんでスが」

 

 

 

少々困ったように言う荒木……さん。

 

余程アイドルとは思えないその風体に、俺は最初面食らったものだ。

まぁ顔は普通に美人なんだが。

 

 

 

八幡「……凛、俺は神崎の中二関係でアドバイス出来そうな奴はいないかって言って頼んだんだが」

 

凛「うっ……」

 

 

 

俺が若干の抗議の目を送ると、痛い所を突かれたかのように凛が呻く。

 

 

 

凛「ゴメン……本当は飛鳥って子に頼んだんだけど、『残念だけど、ボクには人に与えられる言葉なんてないよ。誰かが勝手に、受け取るだけさ』って言われて断られて……」

 

 

 

めちゃくちゃかっけぇなオイ。

 

何なのその子。ていうか、リアルさで言えば神崎以上の“らしさ”を感じるぞ。

凛が頼もうとしたのも頷ける。

 

 

 

凛「他にって考えたら、漫画を描いてる比奈さんが思いついて……」

 

荒木「いやーもしかして臨時プロデュースside-A(荒木編)でも始まるのかと思ったっスよ」

 

 

 

どこの麻雀漫画だ。

既に一人抱えてるのにさすがにキツい。それに俺宮守女子派だし。

 

 

 

蘭子「ちょーうれしいよー」

 

 

 

なんか神崎が変な電波を受信しているが、放っておく事にする。

 

 

 

比奈「それにしても……中二病っスかぁ? 確かに漫画は描いてますけど、ちょっと専門外でスねぇ……」

 

 

 

腕を組んで唸る荒木さん。

しかし、漫画ね。確かに出で立ち的にらしいっちゃらしいが、まさかアイドルやりながら漫画を描いてるとは。

 

 

 

荒木「まぁ後学の為に人気のある作品は一通り見てるんで、中にはそういった作品もありまスけど…」

 

八幡「1.048596」

 

荒木「SG世界線……なるほど、キミもこっち側の人間っスか」

 

 

 

俺が試しに呟いた言葉に、苦笑しつつ反応する荒木さん。

マジか……後学の為とか言ってるけどガチだよね?

 

 

 

八幡「まさか……本当に荒木先生!?」

 

比奈「YES, I AM! ……って、そんな訳ないじゃないっスか。偶然同じ名字なだけっスよ」

 

 

 

その割にはノリノリだった。

やっぱ意識してるかどうかは別として、ちゃんと読んでいるらしい。

 

 

 

蘭子「ククク……同士達の集い。これ程嬉しい事は無い」

 

凛「?? どういう事?」

 

 

 

あの様子じゃ、神崎も結構なレベルで踏み込んでんな。

そして凛。お前はそのままでいてくれ。

 

 

 

比奈「でもそういう事なら、奈緒ちゃんを呼んでも良かったんじゃないスか? 彼女も結構なレベルでこっち側だと思うんスけどね」

 

凛「それが、最近ちょっと忙しいらしくて。来たがってはいたんだけど…」

 

 

 

凛の言葉を聞いて思い出す。

そういや、確かにアイツらも近頃忙しいって言ってたな。八幡、LINEを最近覚える。

 

 

聞く所に寄ると、俺が以前臨時プロデュースしていた奴らも、最近は順調に仕事を増やしていってるようだ。

 

何なんだろうね。この安心したような、親心みたいな気持ち。

この間それとなしにちひろさんに近況を伺ってみたら、すっげぇ良い笑顔で教えてくれた。恥ずかし過ぎるわ!

 

ちなみに個人的に好印象だったのは、本田と奈緒による千葉散歩というローカル番組。何それ俺も出たい。

 

 

 

比奈「……まぁそういう事なら、アタシも手伝わせてもらいまスよ。あんまし力にはなれなさそうスけど」

 

八幡「そんな事ないですよ。演出的な面で見れば、漫画家の意見ってのも聞いてみたいですし」

 

凛「演出?」

 

 

 

俺が言った言葉に、不思議そうな顔をする凛。

 

 

 

比奈「……その様子じゃ、もう何かしら企んではいるみたいっスね」

 

 

 

苦笑しつつそう言う荒木さん。

 

まぁ企むって程のものじゃないがな。

それでも、やりたいと思ってる案はある。

 

俺が佇まいを正し、荒木さんに面と向かって言い放った。

 

 

 

八幡「一ヶ月後、ミニライブを行いたいと俺は考えています」

 

比奈「っ! ライブっスか?」

 

 

 

俺の言葉に、少しばかり驚きの声を出す荒木さん。

 

まぁアニバーサリーライブが控えてるから、あまり大きな規模には出来ないがな。

だが俺もこの半年間伊達に社畜ったわけではない。なんとかライブの企画をごり押しする事は出来た。

 

 

 

八幡「もちろん、ただのライブじゃありません。一応仕込みは考えています」

 

 

 

会社側の蘭子に対する評価を覆す。その為の作戦。

 

 

 

八幡「“それ”を実行するにあたって、出来るだけ色んな人の意見を聞いておきたいんですよ」

 

 

 

なのでこれからは出来るだけスケジュールを調整し、その方面で詳しそうな人達に話を伺っていくつもりだ。凛はたまたま今回スケジュールが空いたので同行しているが、これからは俺と神崎+アドバイザーって形になるな。

 

そんで、今日は最初の一人。『漫画家・荒木比奈』ってわけだ。

 

 

 

八幡「なのでお願いします。荒木先生」

 

 

 

俺が頭を下げると、慌てて凛と神崎もそれに習う。

それを見て最初面食らっていた荒木さんだが、やがて苦笑すると、頭を上げるように言ってくる。

 

 

 

比奈「……そういう事なら、アタシで良ければ力になりまスよ。何が出来るかは分からないっスけどね」

 

 

 

そう言って、微荒木さんは微笑んだ。

 

最初はあまり気乗りしないような印象を受けたが、それでも結果的には引き受けてくれた。

なんというか、“ドライそうに見えてお人好し”ってのがしっくり来る人だった。

 

 

 

八幡「ありがとうございます…………そんじゃ最初のお題は『アニメ化したけどあまりメジャーじゃない個人的に好きな少女漫画』で」

 

比奈「うーん……『S・A スペシャル・エー』っスかねぇ」

 

蘭子「『ヴァンパイア騎士』!」

 

凛「いや対策会議は!?」

 

 

 

ちなみに凛は『君に届け』だった。

思いっきりメジャーだから却下な。いやめっちゃ面白いけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対策会議二回目。『神谷奈緒』

 

 

 

奈緒「おっ、蘭子。その傘ってもしかしてシュバルツシルトか? いいなー。いつ買ったんだよ」

 

蘭子「クックック、正確には、シュバルツゼクスプロトタイプMk.Ⅱ」

 

八幡「お前ら友達だったのか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対策会議三回目。『浜口あやめ』

 

 

 

八幡「神崎、キャラ設定するならこれくらいはやっとけ。勉強になるぞ」

 

蘭子「クッ、まさかここまでの逸材がいようとは……!」

 

あやめ「キャラじゃないです! 忍ドルです!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対策会議四回目。『梅木音葉』

 

 

 

音葉「貴方の声…とても素敵ね。まるで木々の間を通り抜ける、一筋の風のよう……」

 

蘭子「光の旋律が音を紡ぐ……(音葉さんの歌声も、とっても素敵です!)」

 

八幡「ちょっと何言ってるか分かんないっす」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………正直、こいつは呼びたくなかった。

 

 

 

対策会議5回目。『材木座義輝』

 

 

 

材木座「くっくっく、まさかこのような所で再会する事になるとはな……これも剣豪将軍の宿命というわけか」

 

蘭子「なッ…現世での記憶を持っているというの……!?(あ、あの時私がいたの覚えてるんですか!?)」

 

別に覚えていない。

 ↓

材木座「当たり前川みくにゃんである……見よ! 我の右手が光って唸る!!」 ピンポーン

 

蘭子「クッ、雷神が如き早業……!(は、早くメニュー頼まないと!)」 オロオロ

 

八幡「凛ーッ! 俺だーッ! 助けてくれー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とまぁ、これまで何回か対策会議を行ってきた。

 

ぶっちゃけ参考になっていない事も多々あったが、得られるものはあった……と、信じたい。

 

 

それにしてもウチのプロダクション、ちょっと面子が濃すぎない? アイドルプロダクションってか、喜劇団って感じなんですけど。

まぁ、約一名俺の身内もいるんですけどね。あいつホント呼ばなくて良かったな。

 

 

だが、その対策会議も今日で終わりだ。

というより、今日呼んだゲストこそ本当に必要な面子だったと言っても過言ではない。

 

スケジュールが合わないので今日まで落ち合う事も出来なかったが、なんとかミニライブ前には間に合ったな。

 

 

こっからが、対策会議の本番だ。

 

 

しかしその特別ゲストもまだ来ていない。いつものサイゼリヤには未だ俺と神崎しかいなかった。

 

ちなみに凛は島村や美嘉と一緒にラジオ収録。後でちひろさんに録ってもらったの聴いとかないとな。

 

 

俺がコーヒーを啜りながら手帳を確認していると、何やら神崎がチラチラとこちらを伺っているのに気付く。

まるで、何か言いたげな様子だ。

 

 

 

八幡「…………なんだ」

 

蘭子「ッ! ……いや、えーっと……!」

 

 

 

慌てて視線をキョロキョロさせる神崎。

この話しかけられてキョドる様を見ていると、どこか既視感を覚えるな。あ、俺か。

 

 

 

蘭子「……っん、……我が下僕八幡よ。其方にであれば、我の真名を呼ぶ事を許してやろう……」

 

 

 

いつもの中二モードに加え、どこか恥ずかし気に言う神崎。

その顔は、気のせいかどこか赤い。

 

ふむ、なるほど。

 

 

 

八幡「……どういう意味だ?」

 

 

 

さっぱり分からんかった。

 

 

 

蘭子「いや、だから私の真名を…」

 

八幡「……?」

 

蘭子「真名、を……」

 

八幡「……」

 

蘭子「……っ…………下の名前で、呼んでほしいです……」

 

 

 

そう言って、神崎は顔を真っ赤にして俯いた。

……なんだ、そういう事か。そんなら最初っからそう言えっつの。

 

しかしあれだな。普段アレなだけあって、こういう時の素の姿というのは中々くるものがある。

これまでアイドルと接してきたから耐えられたが、昔の俺なら一瞬で堕ちてたね。汚いなさすが堕天使きたない。

 

 

 

八幡「…………分かったよ。蘭子」

 

蘭子「っ! ……うんっ」パァァ

 

 

 

やっべぇぇぇええええ!! 堕天使ってか普通に天使だよぉぉぉおおおおお!!! ……まぁ戸塚には及びませんがね。

と、そんな凛に知られたら即座に冷たい視線をくらいそうな事を考えつつ、誤摩化すようにコーヒーを啜る。

 

 

しっかし、コイツ本当に中学二年生か?

言動はアレだが、容姿とかは妙に大人びてるよな。小町より年下とは思えん。

 

 

 

蘭子「あの……ありがとう」

 

 

 

そこで、急に蘭子にお礼を言われる。

見ればその表情は、嬉しさというより、どちらかと言えば申し訳なさそうな顔だった。

 

 

 

八幡「? 別に、名前で呼ぶくらい気にすんなよ」

 

蘭子「そ、それもそうだけど……臨時プロデュースしてくれて、ってこと」

 

八幡「……それこそ、気にすんな。これも奉仕部の仕事だよ」

 

 

 

なんだかんだと、最近じゃ慣れている自分がいるからな。

この分じゃその内臨時プロデュースする事に違和感を覚えなくなりそうで怖い。

 

 

 

八幡「それに、中二病を唾棄すべきものと思ってる会社側にも若干腹が立つしな。俺の気持ちの問題だよ」

 

蘭子「……アナタは、そうやってまた私を助けてくれるんだね」

 

 

 

見ると、蘭子はどこか懐かしむように微笑んでいた。

 

 

 

八幡「“また”?」

 

蘭子「な、なんでもない!」

 

 

 

しかし俺が聞くと、蘭子は慌てて誤摩化す。

なんだ、俺前にもなんかしたか? ……いや、前にも言ったがこんな奴一度会ったら絶対忘れない自信がある。それはない。

 

そして蘭子は、俺に向かい改めて頭を下げる。

 

 

 

蘭子「これから沢山迷惑かけるかもしれないけど……どうか、よろしくお願いします!」

 

八幡「……ばっか、何言ってんだ」

 

 

 

それに対し、俺が答えてやる言葉は一つだけ。

 

 

 

八幡「迷惑かけられるのが、プロデューサーってもんだろ。むしろもの足りねぇくらいだよ」

 

 

 

本音を言えば、もう結構いっぱいいっぱいな所ではあるがな。

それでも、女の子の前じゃ強がりたくなるのが男ってもんだ。

 

ホント、単純な生き物である。

 

 

 

蘭子「ククク、その意気だ我が下僕よ!」

 

八幡「……お前も大概単純だよな」

 

 

 

と、そんな風に蘭子と話していた時。

視界の隅に少女を捉える。

 

一人の男性と一緒に、たった今入店してきたようだ。

 

 

 

八幡「……ようやく来たな」

 

蘭子「え?」

 

 

 

その少女と男性は店員と少しだけやり取りした後、こちらに向かって歩いてくる。

そしてテーブルの前に立ち、男性が訪ねてくる。

 

 

 

「すいません遅くなってしまって。比企谷さんと神崎さん、でよろしかったですか?」

 

 

 

スーツを着た、誠実そうな男性。

 

そして、その隣にいる少女。

 

 

茶髪のおさげに、やや幼い顔立ち。

それに対し、男受けの良さそうな抜群のスタイル。

カラフルなボーダーのワンピースが、その活発そうな印象を引き立てている。

 

 

そう。彼女こそ、今回のミニライブのもう一人の協力者。

 

 

 

 

 

 

「十時愛梨ですっ。今回のミニライブ、よろしくお願いしますね!」

 

 

 

 

 

 

対策会議六回目。『十時愛梨とそのプロデューサー』

 

 

 

その二人を見て、蘭子は驚き、言葉を発せないでいる。

おいおい、こっからが本当の対策会議だぞ?

 

 

かくして、今最もシンデレラガールに近い少女との共同戦線が始まる。

 

もちろん、凛も一緒だ。

 

このミニライブで、蘭子の、中二病アイドルとしての魅力が試される。

それは、きっと簡単な事じゃないだろう。

 

 

だが俺は信じてる。

 

 

あの日テレビに写っていた少女が。

 

隣で、今でも走り続ける少女が。

 

俺に教えてくれたように。

 

 

 

きっとお前にも出来るんだよ。蘭子。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡「ん……もうこんな時間か」

 

 

 

ふと、腕時計へと視線を落とす。

 

すると気付かなかったが、いつの間にかいい時間帯へとなっていた。あと数時間もすれば日付が変わる。

 

読みかけの本を閉じ、逡巡した後、購入を決めてレジへと向かう。

もう既に三分の一程読んでしまったが、中々面白かったからな。店員さんにも申し訳ないし、買っておこう。

 

 

場所は千葉某所にある大型書店。

 

俺の家からは比較的遠くに位置しているので、これまではあまり訪れてはいなかったんだが、今は別だ。

会社勤めという状況になってからは、遅くまで開いているここはとても重宝している。

 

ほら、次の日休みとかだと遅くまで本読んでいられるから、どうしても仕事帰りに欲しくなるんだよ。だから本の発売日は週末がベスト。まぁ今日は寄った時間が遅過ぎて売り切れだったんですけどね!

 

その腹いせとも違うが、以前から気になっていた自伝小説を手に取ってみて、それが案外面白かったのだからこんな時間だ。それも結局買ってるし。あれ、これ俺店の思惑通りに踊らせられてね?

 

 

そんな疑念を払いつつ、レジで会計を済ませ店を出る。

エスカレーターを使い一階へと降りていると、ふと入り口から入ってくる人物を目で捉える。

 

その長い黒髪は、とても見覚えがあった。

 

 

我が担当アイドル……ではなく。

 

 

 

黒髪を、赤いリボンで結んでいる少女。

 

 

 

 

 

 

八幡「……よう」

 

 

雪ノ下「……あら。こんばんわ」

 

 

 

 

 

 

雪ノ下雪乃であった。

 

 

 

八幡「こんな遅い時間に何やってんだ? 補導されんぞ」

 

雪ノ下「大丈夫よ。外に車も止めてあるし、いざとなれば“どうにか”するわ」

 

 

 

どうにかってなんだよ。そこはかとなく怖い空気を感じるよ……

 

 

 

雪ノ下「ちょっと眠れなくてね……。今日発売だった本の事を思い出したから、気分転換も兼ねて出て来た所よ」

 

八幡「そんな散歩感覚でリムジン出させるなよ」

 

雪ノ下「誰もリムジンで来たとは言っていないでしょう」

 

八幡「違うのか」

 

雪ノ下「……否定もしないけれどね」

 

 

 

やっぱリムジンで来ているようだった。

 

しかし、こうして雪ノ下と話すのも久しく感じる。

最後に会ったのは、戸塚と一緒に下校したあの時になるのか。そう考えると、もう既に一ヶ月以上会っていなかった事になる。

 

そしてそれは、由比ヶ浜もまた同様だ。

 

 

そして少しの沈黙の後。

 

雪ノ下は小さく溜め息を吐くと、入り口横のベンチへと腰かける。

それだけでも不思議な事態なのに、何故か俺もそれに続いてベンチへと座ってしまう。あまりに自然に体が動いたので、内心自分で自分に驚いてしまった。

 

 

 

雪ノ下「……今は、プロデュースは順調にいっているの?」

 

八幡「……どうだろうな。どっかの事務員のおかげで、また臨時プロデュースをやらされてるよ」

 

雪ノ下「そう……」

 

 

 

どうやら、自分の行動に驚いているのは雪ノ下も一緒らしい。

唐突な会話の切り出しに、僅かな動揺が見て取れる。

 

だがいくつかの会話を交わす内に、自分自信の行動の理由に思い当たるのはそう難しくなかった。

 

 

雪ノ下も、俺も。

 

久しぶりの再会に、もう少しだけ話したいと。

 

単純に、そう思ったのだ。

 

 

……以前の俺なら、こんな気持ちは絶対に認めなかっただろうがな。

むしろ、自分の気持ちに気付かなかったまである。

 

いや、気付かないフリを通す、って方がしっくりくるか。

 

 

こんな、まるで“友達”との間に存在するような感情。

以前の俺では、認めるのも癪だっただろう。

 

 

それも、二回も友達になるのを断られた雪ノ下相手に。

 

 

……それに、雪ノ下はそう感じてはいないかもしれないしな。

俺だけそう結論づけて勘違いなんて恥ずかし過ぎる。

 

けれど、今ではそう思う事にも恐れはあまり感じない。

 

これも、あのアイドルたちのおかげと言うべきか。

 

 

 

雪ノ下「その新しいアイドルという子は、また何か悩みを?」

 

八幡「まぁ、そうだな。ある意味じゃ、今までで一番問題を抱えてるとも言える」

 

雪ノ下「……それは人には言い辛い、という解釈でいいのかしら」

 

 

 

雪ノ下のその問いに、俺は少しばかり返答に詰まる。

別に言い辛いってわけでもないのだが、雪ノ下に分かり易く伝えるのであれば……うむ。

 

 

 

 

八幡「まず、雪ノ下がプロデューサーだったとするだろ」

 

雪ノ下「ごめんなさい、今その例えが必要な会話の流れとは思えないのだけれど」

 

 

 

 

困惑したような目で俺を見る雪ノ下。

さすがに唐突過ぎたのは自分でも認めるが、これが一番的確に表せるのだから仕方が無い。

 

 

 

八幡「まぁ聞け。そんで、お前には担当アイドルがいる。由比ヶ浜辺りで想像しておけばいい」

 

雪ノ下「……そう。それはプロデュースのしがいがあるわね」

 

 

 

何故かちょっと嬉しそうに言う雪ノ下。

 

しかし自分で言っておいてなんだが、雪ノ下が由比ヶ浜のプロデュース……ちょっと見てみたい気もする。スレ立てはよ。

 

 

 

八幡「んで、お前は新たに臨時プロデュースをする事になるんだ。そのアイドルってのが…」

 

雪ノ下「ええ」

 

八幡「イケメンな材木座だ」

 

雪ノ下「想像出来ないわ」

 

 

 

酷く冷たい表情で即答されてしまった。

そんな言い方しなくていいんじゃない? ほら、声だけはカッコいいし。声だけは。

 

 

 

八幡「とまぁそんな感じだ。今の俺の状況はな」

 

雪ノ下「結局よくは分からなかったけれど、とても困難な状況という事は理解したわ」

 

八幡「簡単に言や、材木座のアレを回りに認めて貰おうっつう事だ。あ、イケメンな材木座な」

 

 

 

ついでに付け加えると、性格も良くてイケメンな材木座なんだけどな。何それもう材木座じゃない。

しかし雪ノ下には一応伝わったようなので、良しとしよう。

 

 

 

雪ノ下「人に認められるように、ね……」

 

八幡「……まぁ、俺がそんなプロデュースをするのは過ぎた事だってのは、自覚してるよ」

 

 

 

誰よりも人に認められず、ぼっち街道をひた走ってきた俺が、誰かを認められるようにプロデュースする。

それはとても皮肉な話で、滑稽なようにも思えた。

 

 

そういえば昔、野ブタをプロデュースってドラマが流行ったな。

原作が好きだっただけに、あのドラマは残念だった。ま、別物として見れば面白かったのかもしれんが。

 

それでも、あの物語は、あの終わり方だからこそ意味があったように思えたのに。

 

 

 

雪ノ下「……あなたは、誰かに認めてもらいたいと思う?」

 

 

 

見ると、雪ノ下はその双眸を俺へと向けている。

しかしその問いは、あまりにもナンセンスだ。

 

自分自身を、誰か、他の誰かに認めてもらいたいか。

 

それに対する答えは、お前が誰よりも理解しているだろう。

 

 

 

八幡「愚問だな」

 

雪ノ下「……そうだったわね」 クスッ

 

 

 

その後、奉仕部の近況を聞いた後、俺たちは別れた。

 

 

雪ノ下は二階の本屋へ。

 

俺は出口へ。

 

 

不思議と、どこか足取りは軽い。

 

それが久々の再会への喜びなのかは分からない。

しかし、時が経とうと変わらないものに安堵したのは、否定のしようもない事実だ。

 

人間関係に安心を抱くとは、俺もつくづく毒されたと思う。

 

 

久々に会った彼女は、いつもと変わりなく。しかしどこか、柔らかな雰囲気を感じさせた。

 

その理由かどうかは分からないが、今回彼女から暴言を一つも吐かれなかった事に気付いたのは、家も目前の帰路の途中だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数々の対策会議を経て、ようやくこの日が訪れた。

 

シンデレラプロダクションアニバーサリーライブ直前、残り僅か二ヶ月となった今。

臨時プロデュースの対象である神崎蘭子、その蘭子の為のーー

 

 

 

ーー奉仕部主催、デレプロミニライブである。

 

 

 

 

 

 

未央『さぁーー! アニバーサリーライブ直前のミニライブ! いよいよ始まるよーーーッ!!』

 

 

 

ーーワァァァアアアアアアアアアアア!!!!

 

 

 

 

 

 

ステージの上で高らかに開始宣言をする本田。

やっぱああいう役目はあいつに向いてるな。

 

 

俺がいるのは舞台袖。

 

ここから見る限りでは、客の数も中々の入り具合だ。

以前にやった総武高校のライブに比べても、その違いがはっきり分かる。ホントに売れたんだなぁ……

 

 

 

ちひろ「いやー無事開催出来て良かったですね~」

 

 

 

横を見ると、ちひろさんが安心したように顔を綻ばせている。

つーかこの人、事務員だというのにこんな所に居て良いんだろうか。

 

 

 

八幡「そうですね。俺が発案した企画でここまで規模が大きいのは初ですし、俺も結構ホッとしてます」

 

 

 

凛が売れ出してからは、何かと受け身になりがちだったからな。

こうやって自分で大きな企画を立ち上げて実行に移すとなると、さすがにプレッシャーも中々だった。

 

それに、この会場の準備も、出演陣も俺が掛け合って集めたからな。中々に苦労した。

……けどまさか、ここまで集まるとも思ってなかった。

 

 

 

ちひろ「未央ちゃんに卯月ちゃん。他にも杏ちゃんにきらりちゃん。本当にいっぱい集まってくれましたね」

 

八幡「一応臨時プロデュースした奴らには声かけましたからね。何人かは忙しくて無理でしたけど……でも、まさか皆あんなに出たがるとは思っていませんでした」

 

 

 

特に奈緒と加蓮はめちゃくちゃ悔しそうにしてたな。

トライアド・プリムスが再結成!? とか期待しちゃったが、それはまた別の機会になりそうだ。

 

 

 

八幡「そういや、輝子とは連絡すら取れなかったんですけど、ちひろさん何か知りませんか?」

 

ちひろ「あー……輝子ちゃんはですね、今ちょっと海外ロケに出てまして……」

 

八幡「海外ロケ?」

 

ちひろ「ええ。『秘境のキノコを求めて~トモダチ100人採れるかな?~』という番組で……」

 

八幡「……」

 

 

 

輝子……無事に帰ってこれるといいな……

 

つーか、何なのその番組。ケータイが繋がらなくなるほど秘境まで行って、やる事がキノコ採取って……

一周回って普通に見てみたい。

 

 

 

ちひろ「そう言えば、凛ちゃんはどこに?」

 

八幡「楽屋にいますよ。今は精神統一中です」

 

 

 

今までも何度か修羅場をくぐり抜けて来たが、それでもこういった緊張は何時までたっても慣れないらしい。

まぁ、何事も緊張感を持って事にあたるのは大切だとは思うがな。慣れてしまえば、そこには必ず隙が生まれる。落ち着きと油断は別物だ。

 

 

 

八幡「それに今回は、大きなライバルもいますしね」

 

ちひろ「あぁ……十時愛梨ちゃん、ですか」

 

 

 

今最もシンデレラガールに近いと言われている少女。

 

 

十時愛梨。

 

 

彼女もまた、今回のミニライブに参加している。

 

ぶっちゃけ、今回のライブで一番苦労したのはそこだった。

既に売れっ子である十時にスケジュールを調整して貰うのはかなり至難だったからな。

 

どちらかと言えば、ライブの日程を十時に合わせたと言っても過言ではない。

 

 

 

八幡「ホント、上手く日程が噛み合って良かったですよ」

 

ちひろ「そうですね。……でも、どうしてそこまで愛梨ちゃんにこだわったんですか?」

 

 

 

ちひろさんは前々から気になっていたのか、不思議そうに訪ねてくる。

 

 

 

ちひろ「やっぱり、蘭子ちゃんの臨時プロデュースに関係が……?」

 

八幡「まぁ、正直言うと特に意味は無いです」

 

ちひろ「へ?」

 

 

 

ちひろさんは気の抜けたような声を出すが、実際その通りなのだから仕方がない。

今回蘭子の臨時プロデュースに当たって、確かに仕込みは用意しているが、そこに十時は殆ど関与していない。

 

ならば、何故彼女を今回のミニライブへと呼び込んだのか。

 

 

 

八幡「見せつけてやりたかったんですよ」

 

 

 

男を惑わすプロポーション、天然な可愛らしい性格、どこまでも無邪気な笑顔。

彼女のグラビア雑誌はすぐに売り切れ。その上、歌唱力もある。

 

シンデレラガール筆頭は、伊達じゃない。

 

 

そしてそれに対するは、一人の中二病な女の子。

どこにでもいるような、ちょっと痛くて、ちょっと頭の悪い、普通の女の子。

 

けれど俺は知っている。

 

 

 

彼女が、誰よりも“可愛い”ことを。

 

 

 

だから、教えてやらねばなるまい。

 

 

 

八幡「アイツの魅力は、十時に勝るとも劣らない、ってね」

 

 

 

観客は勿論、会社の奴ら全員に、な。

 

俺の台詞を聞いて、ちひろさんは小さく微笑む。

 

 

 

ちひろ「そういう事、あまり凛ちゃんの前では言わないようにしてくださいね? 怒られちゃいますよ」

 

八幡「気をつけておきます。……けど、凛だって分かってるはずですよ」

 

ちひろ「え?」

 

 

 

ステージを見ると、早速一人目の曲が始まったようだ。

観客のボルテージも、嫌がおうにも盛り上がっていくのが分かる。

 

 

 

八幡「さっき、大きなライバルがいるって言いましたけど、凛にとっては十時だけじゃなく、アイツもそうなんです」

 

 

 

凛も、本能的に感じているのだろう。

神崎蘭子の、そのポテンシャルに。

 

 

 

八幡「まぁ見ててください。神崎蘭子はーー化けますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから順調にライブは進んでいき、そろそろ終盤に差し掛かる頃。

ラストから3番目。つまり次は、渋谷凛の番である。

 

 

 

八幡「どうだ? まだ緊張してるか?」

 

 

 

舞台袖で深呼吸している凛に、それとなく聞いてみる。

 

 

ちなみに凛が来ている衣装は、以前川崎が用意してくれたものを再リメイクしたもの。黒いゴシック調のドレスが、白い肌に良く栄える。

 

以前は時間があまり無かったので妥協した部分を、完璧に仕上げているらしい。もう川何とかさん専属になってくれないかしら。

 

 

 

凛「……うん。相変わらず緊張はするけど、それ以上に楽しみかな」

 

 

 

そう言って微笑みを見せる辺り、精神的に成長したのが伺える。

まぁ、凛も伊達に仕事をこなしてきたわけじゃないからな。

 

ライブを楽しむ余裕も、今の彼女にはあるらしい。

 

 

 

凛「けど、愛梨の前っていうのはやっぱり少し緊張するね」

 

八幡「……悪いな。順番はどうしても俺がこうしたかったからよ」

 

凛「ううん、大丈夫。プロデューサーが、私の事信頼してくれてるって分かってるから」

 

 

 

そう言って、またはにかむ凛。

……いや、言ってる事は確かにその通りなんだがな。そう真っ正面から言われると、正直むず痒くて堪らん。

 

俺が思わず目を背けると、そこで二人の人物が目に入った。

 

 

十時愛梨と、そのプロデューサーだ。

 

 

 

モバP「愛梨、大丈夫か? ちゃんと準備出来たか?」

 

愛梨「もう、大丈夫ですよプロデューサーさん! 子供じゃないんですからっ!」

 

モバP「そんな事言って、この間だって衣装のボタン、か、かけ忘れてたじゃないか」 カァァ

 

愛梨「あぅ……すいません。………でも、プロデューサーさんにだったら、別に見られても…」

 

モバP「あ、愛梨っ!?」

 

 

 

…………………。

 

 

 

八幡「…………」

 

凛「ぷ、プロデューサー? どうかしたの?」

 

八幡「……俺、今ならカメハメ波打てるわ」

 

凛「急に何!?」

 

 

 

凛のツッコミも、今は耳に入らない。

 

え、なんなのあれ。

トップ(に近い)アイドルとそのプロデューサーともなると、あんなリア充みたいなやり取りすんの? あんなイチャコラ空間を常時発生したりすんの? 何それうらy……恨めしい。

 

俺がいつも以上に腐った目で睨んでいると、十時のプロデューサーがこちらに気付いたのか、咳払いをして歩いてくる。その顔はまだ若干赤い。

 

 

 

モバP「えっと、今日はライブに誘って下さってありがとうございました。次、出番ですよね。頑張ってください」 キラキラ

 

 

 

な、なんだこの爽やかオーラは……!?

 

俺の腐った目じゃ直視出来ない程の光を放っておる。この感じ、思わず葉山を思い出す。

……なるほど、このプロデューサーあってあのアイドルありってか。プロデューサーもイケメンとか反則だろ。

 

 

 

凛「はい。こちらこそ光栄です。今日はよろしくお願いしますね」

 

 

 

俺がキラキラオーラに困惑していると、隣の凛が笑顔で応える。

……なんか、心なしか凛の表情までキラキラして見える。あれか、やっぱ爽やかイケメンが良いのか。風早くんなのか? この間のアレは伏線だったのか!?

 

しかし、端から見ても美男美女の取り合わせだな。そしてその光景を見ていると……

 

 

 

凛「? どうかした? プロデューサー」

 

八幡「……なんでもねぇよ」

 

 

 

……何故かは知らんが、その光景を見ているとあまり良い気がしなかった。

お互い笑顔で話しているその様子には、苛立ちすら感じてしまう。本当に何故かは知らんが。

 

なんとなくそのまま見ているのも面白くないので、俺は凛に少し被るように前へ出る。

 

 

 

八幡「急にライブの申し出なんてしてすいませんでしたね。そちらも忙しかったでしょうに」

 

 

 

自分でも不思議になるくらい嫌味な言い方である。

しかし、それでも目の前の爽やかイケメンは笑ってみせた。

 

 

 

 

モバP「いえいえ。アニバーサリーライブ前にこうして経験を得られるのは、とても良い機会です。本当に感謝しています」 キラキラ

 

 

八幡「そ、そうっすか」

 

 

モバP「それにこんな忙しい時期にライブを企画出来るなんて、比企谷さんの敏腕ぶりには目を見張るばかりですよ」 キラキラキラ

 

 

八幡「ど、ドーモ」

 

 

モバP「僕なんかよりずっとお若いのに、頭が下がります」 キラキラキラキラ

 

 

八幡「うごごご……」

 

 

 

 

だ、ダメだ……人間的に勝てる気がしない……

なんなの? このさっきから見える星は。ホントにプロデューサー版葉山みたいな奴だ。

 

 

 

モバP「…………」

 

八幡「?」

 

 

 

しかし、さっきまで爽やかな笑みを浮かべていた十時のプロデューサーは、一転表情を曇らせる。

まるで、何か不安にかられているように。

 

 

 

モバP「……神崎さんの件、本当に実行に移すおつもりですか?」

 

八幡「……ええ」

 

 

 

沈痛な面持ちで切り出したのは、蘭子の件について。

 

なるほどな。危惧しているのはその事か。

確かに、ライブの都合上十時たちには仕込みの内容をある程度話してある。

その上で、本当に成功するのか心配しているのだろう。

 

 

 

モバP「正直、僕は神崎さんの件に関してはあまり肯定的ではありません」

 

愛梨「ぷ、プロデューサーさんっ!」

 

 

 

真剣な表情で言葉を口にし、思わず遮ろうとする十時を手で制する。

 

 

 

モバP「アニバーサリーライブも目前という今の時期、ミニライブとはいえ新人のアイドルにトリを任せる。正直、自殺行為です。彼女は、一度もライブを経験した事が無いんでしょう?」

 

八幡「……」

 

モバP「もしも失敗したら……下手をすれば、プロダクションの評価まで下げかねない。そして、それで一番傷つくのは彼女なんじゃないですか? 自分だけでなく、他の人にまで迷惑をかけたとなれば、本当に立ち上がれなくなるかもしれません」

 

八幡「……」

 

モバP「あなたは、それで責任を取れるんですか?」

 

 

 

真っ直ぐな目で、射抜くように俺を見る。

その言葉は、一言一言がまるで刃のように、俺の胸へと突き刺さる。

 

 

正論だ。彼の言った事全てが、紛う事無き正論である。

 

 

彼は言っているのだ。ここは意地を張らずに、引くべきだったと。

 

ここは涙を飲んで引いて、また別の機会で挑戦するべきだったと。

 

 

今回のアニバーサリーライブは無理でも、それからもチャンスは幾らでもある。

ゆっくりと力を付けていって、地道に経験を積んでいけば、成功できるだけの力が蘭子にはある。

 

 

彼は、そう言っているんだ。

 

それは否定のしようもない正論。俺だってそう思う。

 

 

だから、

 

 

 

だからーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡「だから、それがどうした?」

 

 

 

 

モバP「ッ!」

 

 

八幡「責任なんていくらでも取ってやるよ。俺が本気になりゃ、土下座も靴舐めも余裕だ」

 

 

 

俺が放った言葉に、彼も、十時も目を見開いて驚いている。

 

チラッと横目で見ると、凛は呆れたように笑っていた。

きっと内心『本気の方向を間違えてるよ』とか思っているのだろう。

 

 

 

八幡「確かに本当にあいつの事を考えるなら、ここは無茶をするべきじゃなかっただろうな。手堅く、別の機会を狙うのが定石だ」

 

モバP「なら、なんで…!」

 

 

 

食い下がるように言う十時のプロデューサーに、俺は尚も落ち着いたまま言葉を吐く。

 

 

 

八幡「それでも、俺が無茶したかったんだよ」

 

モバP「え?」

 

八幡「俺だけじゃない。あいつも、蘭子もやりたかったんだ。……なら、やるしかねぇだろ」

 

 

 

思い出されるのは、始めて蘭子に会った時の彼女の言葉。

 

 

 

 

 

 

『だから私は、もう自分に嘘をつきたくない……これが、私だから』

 

 

 

 

 

 

八幡「次の機会でも、その内でもない。“今”あいつは、自分を貫こうとしてんだ」

 

モバP「……」

 

八幡「そんで、俺もをそれを手伝いたい。……なら、あとはやるのがプロデューサーなんじゃねぇの」

 

 

 

俺の言葉に、彼はただ呆然とするばかり。

 

 

きっと、ただの精神論なんだろう。

十時のプロデューサーの言った事が大人の正論なら、俺のは、ただのガキの我が侭だ。

 

けどそれでもやりたい。

 

 

俺もアイツも、そう思っているんだ。

 

 

 

モバP「……そうですか。なら、僕はもう何も言いません」

 

八幡「……」

 

モバP「でも、もしも僕があなたの立場だったら、きっと僕は僕の決断をしたでしょう」

 

 

 

そう言って、彼は皮肉気に笑った。

 

彼も、きっと俺たちの事を心配しているからこそ、さっきのような事を言ったのだろう。

俺たちの身を案じてくれる、本当に良い人。

 

だがーー

 

 

 

八幡「……それでも、葉山には敵わなかったな」 ボソッ

 

 

 

あいつなら、たとえ方法が浮かばなくても、解決に導けずとも。

無茶も先延ばしもせず、最後まで諦めずに解決を目指しただろう。

 

愚かで馬鹿正直な、ホントに本当の、お人好しだ。

 

 

 

モバP「え?」

 

八幡「いえ、なんでも」

 

 

 

我ながら、らしくもない阿呆な考えに苦笑が漏れる。

海老名さんに察知される前に、余計な思念を振り払った。

 

 

十時とプロデューサーは最後の調整か、隅の方へ向かい何やら打ち合わせを始める。

さっきまでと違い真剣な表情を見せる十時は、やはり本物のアイドルを感じさせた。

 

 

ふとステージを見ると、もう曲が終わりに近づいている。

そろそろ凛の出番だな。

 

 

 

凛「ふふ……」

 

八幡「…………なに笑ってんだ」

 

 

 

さっきまで緊張していたと言うのに、今では笑う余裕があるらしい。

ワーナンデダロウネー、敏腕プロデューサーデモ居ルノカナー。

 

 

 

凛「本当、プロデューサーは腐った目の割に、よく見てるよね」

 

八幡「おい。それもう褒めてないからな。悪口の方が勝ってるからな」

 

 

 

俺がそう言うと、またクスクスと笑う。

そして少しだけ考える素振りをした後、頬を少しだけ染めて口を尖らせつつ言ってくる。

 

 

 

凛「今回は蘭子のプロデュースの為のライブだし、そっちにかまけちゃうのも分かるけど……」

 

八幡「……けど?」

 

凛「ちゃんと、私の事も見ててよ」

 

 

 

そう言うと、一転して凛は不適に笑った。

 

……なんか妙に余裕があるせいか、小悪魔みたいな印象を抱かせるな。

思わず、目を反らす。

 

 

 

八幡「わぁってるよ。最近蘭子に付きっきりだったが、それはまた今度埋め合わせすっから」

 

凛「えっ、本当に?」

 

 

 

と、何故か驚いたように聞き返してくる凛。

あっるぇー、こういう反応を期待してたんじゃなかったの?

八幡、不覚をとる。

 

 

 

八幡「ホントだホント。ハニトーでもなんでも奢って…………あ」

 

 

 

そして、何故かいらん事まで思い出す。

……っべーなぁ、完全に忘れてた。つーか、よく考えたら美嘉のサインも忘れてた。

 

 

 

凛「? どうしたの?」

 

八幡「いやなんでもない。ごめんねガハマさんってだけだ」

 

 

 

今度、なんとか暇を作ってお返ししとこう。

たぶん、美嘉もサインくらいなら快く書いてくれそうだし。つーかこの際、直接紹介してやった方が喜ぶんじゃね?

 

 

 

八幡「ま、なんか埋め合わせは考えとくから、期待せずに待ってろ」

 

凛「ふーん……まぁ、そう言うなら期待して待ってるよ」

 

 

 

この子、人の話聞いてた?

 

俺がジト目で睨んでいると、そこで前の曲が終わる。

いくつかのトークを終え、やがてかかり始める曲。

 

 

 

“Never say never”

 

 

 

いよいよ、凛の番だ。

 

 

 

凛「じゃあ、行ってくるね」

 

八幡「おう。行ってこい」

 

 

 

軽く手を挙げる凛に、こちらも手を掲げ、打ち合う。

ハイターッチもちょっとやってみたかったが、たぶんお互い恥ずかしいから無理だな。やよいちゃんとやりたかったなぁ!

 

そしてステージへと向かっていく凛の背中を、ただ、信じて見送った。

 

 

……さて、俺もそろそろ準備に取りかかりますか。

 

 

そして今気付いたが、よく見れば十時とそのプロデューサーもいなくなっている。

 

そういや、あいつらは逆の舞台袖から出る手筈だったな。

こっちに来たのは、俺たちへの挨拶の為だったらしい。

 

 

 

八幡「とりあえず、蘭子を呼ばねぇと…」

 

「っ!」 ビクッ

 

八幡「……」

 

 

 

呼ぶ必要なんて無かった。

 

物音のした方を見てみれば、カーテンに包まった謎の人物が。

というか蘭子だった。

 

 

 

八幡「おい。何隠れてんだ」

 

蘭子「うぅ……だって……」

 

 

 

カーテンから、ひょっこりと顔を出す蘭子。

その様は大変可愛らしいが、何処か既視感を覚える。ああ、輝子だ。そういやこんな事してたわ。

 

 

 

八幡「なんだ、緊張でもしてんのか?」

 

蘭子「う、うん……」

 

 

というか、さっきから素が出まくりの蘭子だった。

これから本番だってのに、そんなんで大丈夫なのだろうか。

 

 

 

八幡「はぁ……ほら、こっから見てみろ」

 

 

 

軽く溜め息を吐き、蘭子を手招く。

逡巡した後、おずおずとカーテンから出て寄ってくる蘭子。

 

その格好は……いや、やめとこう。楽しみが半減する。

 

 

蘭子が俺の横まで来ると、その表情は、一変した。

 

 

大きく目を見開き。

頬を紅潮させ。

口から、言葉に出来ない吐息を漏らす。

 

 

そしてその気持ちは、俺にも分かる。

 

 

色とりどりに光る、波のようなサイリウム。

 

ここまで伝わってくる、観客席の熱気。

 

見るものと聴くもの全てを魅了する、歌姫。

 

 

その景色は、何度見ても、目を奪われて仕方がない。

 

 

食い入るように見つめる蘭子の瞳は、キラキラと輝いていた。

まるで、舞踏会を夢見るシンデレラのように。

 

 

やがて、彼女は恍惚とした表情で呟いた。

 

 

 

蘭子「すごい……さすがは蒼き乙女…凛ちゃん…!」

 

 

 

すごい、聞いただけなのに漢字が分かる。青じゃなくて蒼なのね。

 

蘭子の凛を見る目は、まさに憧れのそれだった。

 

 

 

蘭子「凛ちゃん、カッコイイから憧れるな~。私もカッコよく…」

 

八幡「いや無理だと思う」

 

蘭子「はうぁっ!」 グサァッ

 

 

 

思わず出てしまった本音に、ショックを受けたように胸を抑える蘭子。

しまった。言葉を抑え切れなかった。ほら、俺って正直者だから。

 

 

 

八幡「つーかなに、お前って凛のファンなの?」

 

蘭子「うう……前にテレビで見て、それからずっとファンだもん。……まさか実際に会うとは思わなかったけど」

 

 

 

テレビってーと、あん時の生放送か。

確かに、あの時の凛は憧れを抱くには充分な姿だった。

765勢にも負けない、紛う事無きアイドル。

 

 

そして蘭子の言葉聞いて、気付く。

 

 

凛ももう、誰かに憧れられるような存在になったのだと。

 

実際、プロデューサーとしてそれは本当に嬉しい。

凛も、今の話を聞いたら顔を真っ赤にして照れるだろうな。

 

 

 

蘭子「……私も、凛ちゃんみたいになれるかな」

 

 

 

見ると、今度は真剣な表情で俯きがちに言う蘭子。

だから、俺はまたこう言ってやる。

 

 

 

八幡「なれるかよ。どう足掻いたって、お前は凛にはなれない」

 

 

 

誰かの背中を見たって、誰かの後を追いかけたって。

その人には、絶対なれない。だからーー

 

 

 

八幡「だから……お前はお前になれ。蘭子」

 

蘭子「っ!」

 

 

 

凛でも、十時でも、ましてや“普通の”アイドルでもない。

 

 

 

八幡「全身全霊全力で、自分になれ。それが例え、中二病でもな」

 

 

 

中二病で、ちょっと痛くて、ちょっと頭の悪い、可愛らしい女の子。

 

それが他の誰でもない、神崎蘭子だ。

 

 

 

蘭子「……それでもし、受け入れられなかったら? 後ろ指をさされたら?」

 

八幡「そうならない為の今日の作戦だろうが。それに、別に後ろ指さされたっていいだろ。そいつより前に進んでんだからよ」

 

蘭子「……なんか、どこかで聞いた事あるような台詞」

 

 

 

ほっとけ。言っとくがパクリじゃないぞ。今の時代、オマージュとかパロディとか言ってりゃなんとかなる。ソースはラノベ。

 

 

 

蘭子「……じゃあ、プロデューサーは?」

 

八幡「あ?」

 

 

 

その言葉に、思わず聞き返す。

蘭子は少しだけ顔を赤くして、上目遣いで聞いてきた。(悶え)殺す気か。

 

 

 

蘭子「プロデューサーは、私の事を受け入れてくれる?」

 

 

 

何かと思えば、聞いてきたのはそんな事。

一体何を今更。この俺を誰だと思っている。

 

 

 

八幡「ハッ、本気で訊いてんのか?」

 

蘭子「っ!」

 

八幡「同じ“瞳”を持つ者同士、だろう? 何を今更言っている」 ニヤリ

 

 

 

ちょっとだけポーズを付けて言ってみた。何これ死にたい。

 

恥ずかし過ぎて頬が痙攣しているのが自分で良く分かる。やべぇな、ブランクがあるとは言えこんなにハズイのか……

 

 

 

蘭子「~~っ!」 パァァ

 

 

 

しかし蘭子には好評のようだった。

はは、その目映い笑顔が見れただけでやった甲斐があるよ。二度とやらないけどね!

 

 

と、ここで歓声が沸き起こる。

凛の曲が終わったのだ。

 

 

この次は十時の番。正直、今回これを目当てに来てる客は多い。

 

だがだからこそ、そいつらの度肝を抜く。

こいつの、とっておきの武器でな。

 

 

 

八幡「……さて、そろそろ俺らも準備に取りかかりますかね」

 

蘭子「うむ……今宵も血が疼く……」

 

 

 

そして、中二モードへと移行する蘭子。

心なし、その表情はいつもよりノリノリだ。

 

俺の眼前へ、ゆっくりと手を差し出す。

 

 

 

蘭子「さぁ、我が舞台の幕開けだ。……その能力、私に捧げてくれるか? 眷属よ」

 

八幡「……ハァ、仰せのままに。シンデレラ」

 

 

 

俺は恭しく、その小さな手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ざわざわ

 

 

 

「愛梨ちゃん凄かったね~」

 

「ああ。確かに凄かった(バストが)」

 

「最後を締めるに相応しい歌だっだな!」

 

「あれ、でもまだ閉演時間まで少しあるね」

 

「アンコール分じゃね?」

 

「っ! おい! 幕が上がるぞ!」

 

「ん? あれは……」

 

 

 

 

 

 

蘭子「……」

 

 

 

ざわざわ

 

 

 

「な、なんだあの子。お前知ってる?」

 

「いや、初めて見るな。結構可愛いし、新人のアイドルじゃないか?」

 

「でもなんで黒いローブなんて纏って……」

 

「お、曲が始まった」

 

 

 

蘭子『ーー♪』

 

 

 

「ん? この曲って……」

 

「ああ。確か、『黄泉がえり』の主題歌だったよな。懐かしいな」

 

 

 

蘭子『〜〜♪』

 

 

 

「奇麗な声……」

 

「スポットライトが一筋だけ当たってて、なんか幻想的……」

 

 

 

蘭子『〜〜♪』

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 

 

蘭子『〜〜♪ 〜〜♪』

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 

 

蘭子『ーーーー♪』

 

 

 

「……ぉおお!」

 

「す、すげー! 俺感動しちゃったよ!」

 

 

 

ワーワー

 

 

 

蘭子「…………クク…」

 

 

 

「ん? 今お前笑った?」

 

「は? 何が?」

 

 

 

蘭子「ククク………フゥーーーハッハッハッハッハ!!!!」

 

 

 

「「「ッ!??」」」

 

 

 

ざわざわ

 

 

 

蘭子「ようこそ同胞たちよ……我が聖域へ」

 

 

 

「同、胞?」

 

「聖、域?」

 

 

 

蘭子「我が名は、魔王…神崎蘭子! 今宵の宴は、我が魂の慟哭で締めくくろう!!」 バサァッ

 

 

 

「おおう!?」

 

「ローブを脱いだ!?」

 

「黒いドレスに、悪魔の翼!?」

 

「意外におっぱいある!!」

 

 

 

蘭子「フフ……どうだ? 私の妖艶なる魔力に当てられ、声も出せまい」

 

 

 

「(めっちゃ客席がザワザワ声出してる件)」

 

「コスプレ……?」

 

「僕はアリですね」

 

 

 

蘭子「さて、下僕を待たせるのも気が引けよう……闇の祝詞を今……!」

 

 

 

 

 

 

???「待たれよォオッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

蘭子「ッ!? 何奴!?」 バッ

 

 

 

「え? え?」

 

「何、今度は何だ!?」

 

 

 

???「けぷこんけぷこん! 何処の誰かと訊かれれば、答えてやるのが世の情け……」

 

蘭子「!?」

 

???「悪を切り、善と茄子! 世直し侍とは我の事! 剣豪将軍んんん……義輝ゥウッ!!!!」 ババーン!!

 

 

 

「いや誰よ」

 

「(なんか始まった……)」

 

「…………アリ、だな」

 

「嘘ぉ!?」

 

 

 

蘭子「剣豪将軍……! また我が路の邪魔をするか、人間風情がッ!」

 

材木座「フハハハハ! その人間風情に、遅れを取ったのは何処の誰だと言うのだ?」

 

蘭子「クッ、あの時の雷神が如き早業、忘れておらぬぞ……!」

 

 

 

「いったい何の話をしてるんだ……」

 

「とりあえず、楽しそうなのは伝わってくる」

 

 

 

※ファミレスの時の事です。

 

 

 

蘭子「フン、我が同胞たちとの祝宴を邪魔するのだと言うなら、容赦はせぬぞ」

 

材木座「ククク、そう焦るでない。何も我は、貴様の邪魔をする気などは毛頭ない。むしろ一つ、手助けをしてやろう」

 

蘭子「そうか、ならば決着を……え? あれ? 台h、じゃなくて魔導書と違…」

 

材木座「これも我が相棒、“瀕死の魔眼”を持つ男との契約よ。悪く思うな」

 

蘭子「え? え?」

 

 

 

「なんだ? 魔王の方がなんか慌ててるぞ」

 

「トラブルか?」

 

「(瀕死の魔眼て……殺せはしないんだ)」

 

 

 

材木座「貴様に、これから一つの魔法をかける!」

 

蘭子「ま、魔法だと? 我は堕天の魔王! そんなものは効かn…」

 

材木座「ええい、そこは効く事にしておけい! 話が進まん!」

 

 

 

「言ってはいけない事を言っちゃってる気がする」

 

「デレプロって劇団とかもやってたんだっけ?」

 

「剣豪将軍なのに魔法を使うのか……」

 

 

 

材木座「そしてその魔法が……くぉれだぁ!!」 スイッチポチィィッ!

 

 

 

「な!? ステージの壁にライトが…」

 

「いや違う。あれはプロジェクターで投影してるんだ。文字が出てきた」

 

「『演技無しで自己紹介』……?」

 

 

 

蘭子「え!? え、演技無しって、それってつまり……」

 

材木座「ほーうれ、もう既に魔法は発動しておる。早く自己紹介するのだな!」

 

蘭子「くっ……!」 プルプル

 

 

 

「すげー目が泳いでるぞ」

 

「あ、深呼吸してる」

 

「んで、こっちに向き直ったな」

 

 

 

蘭子「………………えっと、か、神崎、蘭子です」 カァァ

 

 

 

「ぐぁああっ!!」 ズギュウゥゥンン!!!

 

「だ、大丈夫か!?」

 

 

 

蘭子「え、A型の牡羊座で、14歳の中学二年生です……」

 

 

 

「あ、あのおっぱいで!?」

 

「現役の中二病かー」

 

 

 

蘭子「あとは、えっとえっと…………あ、趣味は、絵を描くこと、かな♪」 テレッ

 

 

 

「ぐおぉぉぉあああ!!?」 ズバァァアアンン!!!!

 

「し、しっかりしろぉぉぉおおおおお!!」

 

「蘭子、恐ろしい子……!」

 

「スリーサイズはーーッ!?」 くわっ

 

 

 

蘭子「ふぇっ!? す、すりーさいずって……あ、も、もう魔法は無効化! 魔王復活!」 カァァァ

 

 

 

「「「(天使か……)」」」

 

 

 

材木座「フッ、仕方が無い。今回はこれで勘弁してやろう」

 

蘭子「お、おのれ剣豪将軍……!」

 

材木座「さらばだ、シンデレラ! ハーハッハッハ!!」 ばばっ

 

 

 

「あ、去っていった」

 

「結局何がしたかったんだろう……」

 

 

 

蘭子「クッ、奴の魔法にかかれば、魔王も一人のシンデレラという事か……」

 

 

 

「(あれ、なんかまとめにかかってる?)」

 

 

 

蘭子「……だが、これで終わりだと思うなよ? 下僕たちよ」

 

 

 

「へ?」

 

「なに、まだなんかあんの?」

 

 

 

ざわざわ

 

 

 

蘭子「シンデレラとは、“灰かぶり姫”の意。普段は日陰で過ごし、灰をかぶり、ただ淑やかに過ごす。……だが今夜は違う」

 

 

 

「っ! なんだ? 音楽が…」

 

 

 

蘭子「今宵ばかりは、月の光を浴び、輝きを放ち、祝宴の舞台へと駆け上らん! そして今一度己へと問いただせ! 私たちの名の意味を!」

 

 

 

「私“たち”?」

 

「名前ったら、やっぱ……」

 

「……『シンデレラプロダクション』」

 

 

 

蘭子「そうーーーー集え! “シンデレラガールズ”よ!!」

 

 

 

 

 

 

『お願い! シンデレラ 夢は夢で終われないーー♪』

 

 

 

 

 

 

「おおお!? 愛梨ちゃんに凛ちゃん!?」

 

「城ヶ崎姉妹キターーー!!」

 

「なるほどね、デレプロ総出演のアンコール、か」

 

 

 

 

 

 

『動き始めてる 輝く日のためにーーーー♪』

 

 

 

 

 

 

ーーワァァァアアアアアアアアアアアアア!!!!

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

八幡「……なんとか上手く、いったか?」

 

 

 

ステージで歌うアイドルたちを見て、ようやく安心する。

……あの観客の様子を見る限り、心配は無さそうだな。

 

 

結局の所、今回やった事はただ“蘭子は可愛い”という事を知ってもらっただけだ。

 

 

中二病でも、彼女は確かに可愛くて。

中二病でも、カッコ良く歌を歌える。

 

 

それを伝えるには、やっぱド直球に行く他ない。

 

 

もちろん、色々と手を回させて貰ったがな。

 

劇団風にする事で、中二病を演技派のように感じさせたり、途中に素の状態を出す事で、本来の可愛さ+ギャップ萌えも狙う。

いわゆるエチュードって奴だな。やっぱ蘭子の本領を発揮するには、ステージが一番望ましい。あいつの存在感は、舞台に良く栄える。

 

 

中二病がカッコイイという事を教えてやるとか言っておいてギャグ路線に走った事は、多少罪悪感に駆られるが……まぁ勘弁してくれ。

 

最初の蘭子のソロ。あれだけで、充分に観客の心を掴んでいたしな。

 

 

そんでもう一つ。今回の作戦の立役者。

 

 

 

八幡「やみのま。材木座」

 

材木座「ふ、ふふふ。緊張のあまり、未だに膝の震えが止まらんぞ八幡……!」

 

 

 

中二病の先輩。材木座義輝。

 

こいつがいなければ、ああも上手くはいかなかっただろうな。

ただそれだけに……

 

 

 

八幡「……悪かったな。嫌な役押し付けて」

 

 

 

実際悪役というわけではないが、材木座に任せたものは、あまり良い役割ではなかった。

 

要は、中二病は恥ずかしい。でも、隣にもっと恥ずかしい奴がいればマシに見える。そういう意図である。

 

レベル的には大差無いが、見た目から鑑みれば差は一目瞭然。美少女とガタイの良い野郎だったら、誰だって美少女の方が良く見える。

つまり同じ中二病の材木座を隣に据える事で、相対的に蘭子の印象を緩和させたという事だ。

無意識的にではあるが、観客にもある程度の効果は見込めただろう。

 

 

だからそれだけに、この役目はあまり良いものとは言えない。

 

 

 

材木座「ふっ、らしくないではないか八幡よ。お主ならこれくらい、むしろやらせて貰えただけ感謝しろと宣う所だろう。気にするな」

 

八幡「そっか。じゃあ気にしねぇわ」

 

材木座「ね、ねぇ。もうちょっと気にしてもいいんだよ? 我頑張ったよ?」

 

 

 

どっちなんだよ。

やっぱ蘭子と違って、こいつは素に戻っても別に可愛くない。ただ、中二病モードでもそれはそれで面倒くさい。どっちにしろだった。

 

 

 

八幡「けど、なんで自分から引き受けたんだ? お前にゃ何の得もねぇだろう」

 

 

 

当初、材木座の役は俺がやるつもりだった。

 

別に一発屋の仕事だ。中二病じゃなくても、演技をすればどうとでもなる。そういう意味では誰でもよかったのだ。

だが、打ち合わせの際に作戦を話した時、材木座は自分から引き受けた。

 

確かにそちらの方がリアル感も出るし、俺としても断る理由が無いので承諾したが、未だに理由は分からないままだった。

 

 

 

材木座「うむ。まぁ、軽い恩返しのようなものよ。いや、自分へのけじめとも言えるな」

 

八幡「は?」

 

 

 

なんのこっちゃと訝しげな目線を送っていると、材木座は笑って言った。

 

 

 

材木座「『周りの目を見て、周りの顔色伺って、その上好きなものまで犠牲にして、そんなのは……俺は真っ平だ』……この台詞、覚えているか?」

 

八幡「……あーなんか専業主夫志望の超絶イケメンが昔言ってた気がするな」

 

材木座「いやあなたですしおすし」

 

 

 

うるせぇな。ちょっと恥ずかしいんだよ。

 

確かに、そんな風な事を言った覚えはある。

というより、そんな事をちゃんと覚えていた材木座に正直驚いた。

 

 

 

材木座「別に見習おうというわけではない。ただ……我も、好きな物を好きなようにやろうと思ったのだ」

 

 

 

そう言って、材木座は笑った。

こいつもこいつなりに考えたのだろう。

 

その結果、今回のこの役目を引き受けてくれた。

 

一体なんなんだろうね。中二病の奴らってのは。

 

 

揃いも揃って、カッケェじゃねぇか。

 

 

 

八幡「……膝震わしながら言っても、全然カッコ良くないぞ」

 

材木座「は、ハチえも~ん! 震え止める道具出して~」

 

 

 

その後は彼女らのライブが終わるまで、仕方ないので歩けない材木座に付き合ってダベっていた。

 

……まさか、由比ヶ浜や凛に加えて、材木座にまでお返しを考えなきゃならなくなるとは。

 

 

 

ホント、プロデューサーってのは大変だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、ミニライブのおかげで蘭子は無事に会社側の許しを得る事が出来た。

なんせ、あれだけ話題になったからな。ネットでも評判だ。

 

 

『史上初! 中二病アイドル神崎蘭子!!』

 

 

その人気を見れば、アニバーサリーライブへの出演を拒む理由は何も無いだろう。

 

これでめでたく、認めさせる事が出来たわけだ。

 

 

 

 

 

 

雪ノ下『そう。それは良かったわね』

 

八幡「ああ。これでようやく一息つける」

 

 

 

電話越しからは、雪ノ下の薄く笑ったような吐息が聞こえて来る。

この間の報告後、少なからず気にかかっていたようだ。

 

 

 

雪ノ下『けれど、そのアニバーサリーライブまでそう日も無いのでしょう? あまり悠長にはしていられないんじゃないかしら』

 

八幡「まぁな。けど、何とかなるだろ。凛だってもう素人じゃない」

 

雪ノ下『信頼されてるのね、彼女は』 クスッ

 

八幡「……悪いかよ」

 

 

 

と、ここで受話器越しに由比ヶ浜の声が若干聞こえてくる。「まだー?」とか「何の話してるのー?」とか。

雪ノ下の番号を俺は知らないので、今は由比ヶ浜のケータイを雪ノ下が借りる事で電話しているのだ。

 

 

 

雪ノ下『もう終わるわ。……ごめんなさい。由比ヶ浜さんが急かすのでもう切るわね』

 

八幡「おう。こっちこそ悪かったな、一応報告しときたくてよ。しばらくそっちに行けないかもしんねぇし」

 

雪ノ下『そう。……比企谷くん、最後に一ついいかしら?』

 

八幡「なんだ?」

 

雪ノ下『この間も訊いた質問よ。……あなたは、誰かに認められたいと思う?』

 

 

 

この間。

 

本屋の前で偶然会い、話をした時に訊かれた質問。

俺はその時、愚問だと言った。

 

 

だから、答えは前と同じだ。

 

 

 

八幡「別に、認められなくたって関係ねぇよ。俺は俺を認めてるからな」

 

 

 

前と同じように、皮肉たっぷりに笑って言ってやった。

 

 

 

雪ノ下『そう。けれどね比企谷くん』

 

八幡「ん?」

 

 

 

それに対し、雪ノ下も同じように呆れて笑って、

 

 

 

雪ノ下「……あなたの事を認めてる人は、きっと……いえ、沢山いると、私は思うわ」

 

 

 

前回とは違う、穏やかな声音でそう言った。

 

 

 

そして「私がそうとは言わないけれどね」と最後に付け足して、雪ノ下は電話を切った。

 

 

 

八幡「……最後のは余計だろーが」

 

 

 

俺は思わず苦笑を漏らし、電話をしまい立ち上がる。

いつまでも、会社にいるわけにはいかない。

 

 

この後、ミニライブの打ち上げが行われる事になっている。

俺も早く会場へ向かわなければ、また凛に怒られてしまう。

 

 

 

八幡「っと、そういやライブん時の写真出来てたな」

 

 

 

会社を出る前に、机の上の封筒を手に取る。

中には、ライブ風景の写真。

 

 

凛はもちろん、十時に、蘭子も写っている。

観客と一緒に、笑顔を振りまいて。

 

 

 

八幡「……認められる、か」

 

 

 

何の根拠も無いが、そう言われると、確かに嬉しいと感じてしまう自分がいる。

恐らくは蘭子も、同じ気持ちなのだろう。いやきっと、俺以上に。

 

 

最後の写真を手に取る。

そこには、アイドルたちも、観客も、皆一緒にポーズを取っていた。

 

それを見て、思わず笑いが零れる。

それは、決して嫌な笑いではなかった。

 

 

 

少年や少女のように、憧れて、夢中になって、好きな物にはまり込む。

 

 

 

まるでそれは、病のように。

 

あるいは、恋に焦がれるように。

 

 

 

けれどーー

 

 

 

八幡「……やっぱり」

 

 

 

 

 

 

中二病は、恥ずかしい。

 

 

 

 

 

 

 


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