やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。   作:春雨2

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第9話 そして、渋谷凛は走り出す。

 

 

奈緒「比企谷。これの次の巻は?」

 

 

 

そう言って眼前へと突き出すは、一冊の漫画本。

早く続きが読みたいとばかりに目を輝かせ、神谷奈緒は見て取れるくらい期待に胸を膨らませ、俺に訊いてきた。

 

それに対しての俺の台詞は「そこの戸棚の隅」でも「小町に貸してる」でもない。

自分でも分かるくらいの憮然とした表情で、俺はこう言った。

 

 

 

八幡「……お前ら、何しに来たんだ?」

 

 

 

既に察しはついてるやもしれんが、場所は私こと比企谷八幡の自室。

普段は主以外は足を踏み入れる事すら困難なこの場所に、今は他に二人もその侵入を許していた。

 

……ホント、難攻不落な八幡城はどこへいったのやら。

 

 

 

奈緒「あのなぁ、質問に質問で返すなって荒木先生に教わらなかったのか?」

 

 

 

やれやれと言った風に嘆息する奈緒。

 

生憎だが、質問されること自体が他の人より多くなかったんでね。質問されたらキョドっちゃうのが俺である。

それに、お前なら爆弾にされる心配はなさそうだし。

 

 

 

加蓮「? 八幡さんって比奈さんとも知り合いなの?」

 

 

 

と、そこで不思議そうに訊いてきたのはテレビの前に座りスーファミをやっている北条加蓮。

比奈さん? 誰だそれは。二人の共通の知り合いってことはアイドル絡みなんだろうが、覚えは無いな。

 

というか今気付いたが、制服姿の加蓮って今日が初めてだな。やっぱりアn…

 

 

 

奈緒「あー比奈さんじゃなくってだな。歳をとる程に若返る漫画家がいて…」

 

加蓮「何それ怖い。ってあ! あーやられちゃった。折角ヨーヨーコピー出来たのに」

 

八幡「いやそんな事はどうでもいいから。それよりも、何でここにいるかをだな…」

 

奈緒・加蓮「「遊びに来ただけだけど?」」

 

八幡「……さいですか」

 

 

 

うーむ、なんか最近コイツら遠慮無くなってきてねぇか?

家に押し掛けてくる頻度が最近心無しか多くなってきてる気がすんぞ。

 

 

 

八幡「まさか、その内麻倉家の食卓みたいに増えてったりしないだろうな……」

 

奈緒「この部屋にあの人数は入らないだろうなー」

 

加蓮「奈緒、刹那の見斬りやらない?」

 

 

 

ホントに自由な奴らであった。

 

 

 

八幡「……そういや、凛は来てないんだな」

 

 

 

正直、この面子ならアイツがいないのが不自然に感じてしまう。

いや別に来いってんじゃないよ? ただほら、トライアド・プリムスとしてどうなんかなってね?

 

 

 

奈緒「あーなんか、今日は家の手伝いがあんだってさ。比企谷の家行くって言ったら悔しそうにしてたぜ……あっ!?」

 

加蓮「またつまらぬ物を斬ってしまった……」

 

奈緒「ちょっ、今のはズリィだろ! もう一回!」

 

 

 

なるほどな。そういやアイツの家は花屋だから、たまに手伝ったりもしてるんだった。

店番なのか棚出しなのか知らんが、実家が店を開いてるってのも中々大変そうだ。つーかアイドル活動がこのまま忙しくなってったら、あまりそんな風に手伝えなくなってくんじゃないか?

 

いや待てよ。むしろ逆手にとって、花屋の看板娘みたいな感じの路線で、親しみ易いアイドルを目指していくってのも……

 

 

 

加蓮「八幡さーん。聞いてる?」

 

八幡「あ?」

 

加蓮「一緒にやらない? 別にミニゲームじゃなくてもいいし」

 

 

 

見れば、コントローラーをコチラに差し出している加蓮。

奈緒はと言うと、飽きたのか再び漫画を読み始めている。勝てなかったんだね。

 

しょうがない、折角だしやってやるとしますかね。

 

……しかし友達とゲームなんて、よく考えたら初めてじゃないか? 俺。

 

 

 

八幡「……」

 

加蓮「八幡さん?」

 

八幡「……言っておくが、銀河に願いをクリアまで終わらせんからな」

 

加蓮「えっ!?」

 

 

 

妙に上がったテンションを落ち着かせつつ、三人でゲームに興じる。

そんなこんなで、日もとっぷりと暮れた頃。

 

 

 

八幡「やっぱタック一択だな」

 

奈緒「えーベタ過ぎないか? アタシはプラズマ好きだなー」 ガチャガチャ

 

加蓮「コック可愛いんだけどなぁ。一回しか出来ないってのが…」

 

 

 

交代交代でやってきたが、さすがに疲れてきたな。

つーかこんな時間までアイドルを自宅に連れ込んで良いのだろうか。

 

 

 

……良くない気がしてきた。

 

 

 

八幡「お前ら、そろそろ帰らなくていいのか?」

 

奈緒「え? 今なn…」

 

 

 

ガッ

 

 

 

奈緒「あ」

 

八幡「お」

 

加蓮「……へ?」

 

 

 

さらば、今までの時間。

 

 

 

奈緒「おおおおおぉぉぉぁぁぁあああああ!! やっちまったーーー!!??」

 

加蓮「き、消えたよ。データが全部……ははっ……」

 

 

 

注意。スーファミはデリケートです。間違っても足で蹴るようなことは控えましょう。

 

 

 

奈緒「うぅ……まだ洞窟大作戦までしかクリアしてなかったのに……スマン……」

 

八幡「まぁ気にすんな。データが消えやすいのもこのゲームの醍醐味だし」

 

 

 

正直ここまで消えやすいゲームも中々無いと思う。

でもそれでも繰り返し遊べちゃうんだから任天堂って偉大だよね(ステマ)。

 

 

 

加蓮「軽くぶつかっただけなのにねー残念……あれ?」 ピッ

 

 

 

と、そこで加蓮がテレビ画面をデジタル放送へと戻した所で、おもむろに声を出す。

つられて視線を向けてみれば、画面に映っていたのはとある音楽番組だった。

 

紹介されているのは、765プロのアイドルたち。

 

 

 

奈緒「おっ、これから歌うみたいだな」

 

加蓮「うん。どうせだから見ていこっか」

 

 

 

リモコンを置き、画面へと集中する二人。

 

……やっぱ、駆け出しとは言えアイドルだな。

その目にはただの憧れじゃない、ライバルを見る競争心が見えるように思えた。

 

 

 

八幡「……ふむ」

 

加蓮「? どうしたの八幡さん。紙とペンなんて出して」

 

八幡「いや、どうせなら何か得られるもんがないかと思ってよ」

 

 

 

実は最近、アイドル系のアーティストを取り扱っている番組を出来るだけチェックしている。765プロは特にな。

何の役に立つかは分からないが、何もしないよりはマシだろうという考えからである。

 

 

 

奈緒「へー、すっかりプロデューサーって感じだな」

 

八幡「はっ、バカにするなよ? これからは他のアイドル全てが敵ってくらいの覚悟で…」

 

加蓮「あ、やよいちゃんだ」

 

八幡「やよいちゃんキタァーーーーーーーーーーーッ!!!!」

 

奈緒「……」

 

 

 

うぉぉおおおお!! マジか!

 

くそ、俺としたことが……まさかやよいちゃんの出演番組をチェックし損ねるとは……!

いや待て、まだ歌い出しまで時間はある。とりあえずは録画して……

 

 

 

奈緒「なぁ、やっぱコイツやばいんじゃねえ?」

 

加蓮「ア、アハハ……」

 

 

 

若干引いた顔で言う奈緒に、引きつった笑みを浮かべる加蓮。

失礼な奴らだ。俺にあるのは父性。娘を見る父親の気持ちなのだ。邪な気持ちなどこれっぽっちも無い! たぶん!

 

 

 

加蓮「しょうがないんじゃない? ほら、やよいちゃんは八幡さんにとっての味方だから」

 

奈緒「味方?」

 

八幡「おう。最強の味方だぜ」

 

 

 

そういや加蓮には話してたな。

 

ホント不思議だよなぁ。あの笑顔を見てると、こっちまで頬が緩んじまう。

幸せを分け与えてくれると言うか、なんと言うか。とにかく、見ているだけで元気になれるのだ。

 

 

 

八幡「やよいちゃんがついててくれれば、何だって頑張れるね」

 

 

 

俺が自信満々にそう言うと、しかし奈緒はどこか不機嫌そうに言う。

 

 

 

奈緒「ふーん……まぁそれは良いんだけどよ」

 

八幡「けど、なんだよ?」

 

奈緒「お前は、凛のプロデューサーだろ? あんまそういうこと、アイツの前で言ってやんなよな」

 

 

 

うっ……

 

正直、今の奈緒の指摘は少し効いた。

確かに担当アイドルがいるのに、他のアイドルにうつつを抜かすのはあまり良い行為とは言えないだろう。というか最悪と言ってもいい。

 

ここは素直に反省しておく事にする。

 

 

 

八幡「……確かにな。気をつけとく」

 

奈緒「ホントだよ。ったく……コッチの気持ちも考えろよな……」 ブツブツ

 

八幡「何がだよ」

 

奈緒「うるせっ! こういう時は聞こえないフリしとけ難聴系主人公!」

 

 

 

また凄い罵倒を受けてしまった。

しかしその称号は俺には合うまい。アレはモテる事と引き換えに鈍感と難聴になる病気だからな。俺には一生縁が無いだろう。

 

 

 

加蓮「ほらほら、そろそろ曲が始まるよ?」

 

 

 

加蓮に促され、画面へと視線を戻す。

相も変わらず、その子は笑顔を振りまいていた。

 

思わず、見蕩れてしまうくらいに。

 

 

 

加蓮「……そう言えばさ」

 

 

 

そこで、加蓮が何か思いついたように呟く。

視線は画面へと向いたままだ。

 

 

 

加蓮「凛って、765プロでは誰のファンなんだろうね?」

 

奈緒「……そういや、聞いた事ないな」

 

 

 

何の気無しに出たその話題は、だがしかし、俺の興味を幾分か引く事になった。

確かに言われてみれば、凛からそのような話題は聞いた事が無い。

 

それどころか765プロに限らず、特に誰のファンだとか、憧れのアーティストとかも聞いた事が無かった。

 

 

 

歌が好きだと言っていた。

 

 

 

正直担当プロデューサーとしてどうなのかとも思うが、それでも、今まで気にした事も無かった。

それだけに、今頃になって興味が沸く。

 

 

 

渋谷凛にとってのアイドルとは一体、誰なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所はお馴染みシンデレラプロダクション。その会議室。

 

今日はCDデビューに当たって一番重要となる会議。

すなわち、曲作りについての打ち合わせである。

 

 

まぁそうは言っても、基本的にはプロに任せるのがほとんどだ。

さすがにまだ作曲や作詞までは出来ないからな。凛としては、その内は挑戦してみたい気持ちもあるそうだが。

 

とりあえず現段階として、凛がどのような曲が良いか、どんなジャンルが得意か、そういった簡単な打ち合わせをする事になっている。

その後は向こうの専門の方がやってくれるだろう。後は出来たデモを聴いて、形にしていく。そんな所だ。

 

 

そしてもちろん、凛だけではない。

臨時プロデュースの対象である城ヶ崎美嘉もその対象だ。

 

この二人も大分タイプが違うからな。曲が出来上がるのが楽しみだ。

 

 

 

そして打ち合わせの日の朝。

 

シンデレラプロダクションの事務スペースにて、俺と凛は順番を待っていた。

ちなみに、美嘉はまだ来ていない。順番最後だからなアイツは。

 

 

 

凛「……今は丁度、楓さんの番だね」

 

 

 

事務所の壁に掛けられた時計を見つつ、そう呟く凛。

少なからず、緊張しているのが見て取れる。

 

 

 

八幡「気になんのか?」

 

凛「うーん……気にならないって言ったら、嘘になるかな。やっぱりライバルだし」

 

 

 

正直にそう言った凛は、少しだけ顔を引き締め、そして直ぐに照れたように笑った。

 

 

 

凛「って言っても、単純にどんな曲を歌うのか興味があるだけなんだけどね。楓さん、歌上手いし」

 

八幡「へーそうなんだな」

 

 

 

まぁ確かに上手そうではあるな。

 

正直、あの声じゃ歌云々よりも雪ノ下がチラついて仕方が無いが。

あの二人でデュエットなんてやられたら、エコーがかかっているようにしか聴こえないだろう。

 

 

 

凛「でも楓さん、担当プロデューサーもいないのに凄いよね」

 

八幡「そういや、CDデビュー組で担当プロデューサーついてないのは美嘉と楓さんだけだったな」

 

 

 

美嘉は俺が臨時プロデュースする事になったが、楓さんは本当にソロでの活動というわけだ。

心細くはないのかとも思ったが、それこそ大人である楓さんには余計なお世話だろう。

 

 

八幡「けど美嘉は読モで人気だったから選ばれたのは分かるが、楓さんは何をして人気に火が着いたんだ?」

 

 

 

確かちひろさん曰く、今回のCDデビューには何らかの功績を修めた者たちが選ばれたとの話だった。

つまり、楓さんも何か有名になるような出来事があったという事だろう。

 

 

 

ちひろ「あれ、比企谷くん知らなかったんですか?」

 

 

 

と、そこでどこからかちひろさんがやってくる。手には三人分のコーヒー。恐れ入りますね。

ちひろさんから頂いたコーヒーを、礼を言った後に啜る。……苦ぇ。

 

 

 

ちひろ「『高垣楓の酒場放浪記』。結構有名なんですよ?」

 

八幡「ぶふっ…!」

 

 

 

思わず軽く吹き出してしまう。

いやいや、なんかそのタイトルどっかで聞いた事あんぞ……

 

 

 

ちひろ「毎回楓さんがフラフラと町の酒場を放浪し、そのお店を紹介していく……まぁタイトル通りのローカル番組ですね。これが放送後中々の人気番組になりまして♪」

 

 

 

まぁ確かにあんな美人が心底嬉しそうにお酒を飲んでりゃ、それだけで眼福もんだわな。

ちょっと見てみたいと思ってしまった俺ガイル。

 

 

 

ちひろ「あと、みくちゃんは食品会社のCM、美波ちゃんは現役スポーツ学生アイドルとして名を知らしめたって感じですね」

 

凛「……なんか、皆すごいね」

 

 

 

見れば、凛はどことなく元気が無い。

ちひろさんの話を聞いて、少しばかり自信を無くしてしまったように見えた。

 

 

 

八幡「……アホ」

 

凛「え?」

 

 

 

俺はカバンから一部の雑誌を取り出し、凛に向かって押し付けてやる。

 

それは、総武高校でのライブの記事が載ったサンプルの雑誌。

 

 

 

凛「これって……」

 

八幡「その凄い奴らと肩を並べるくらいの事を、お前はやってんだよ」

 

ちひろ「私の知る限り、プロデュース大作戦が始まって以来ライブをしたのは、凛ちゃん達が初ですよ♪」

 

 

 

俺とちひろさんを交互に見つめ、手元の雑誌をパラパラと捲る。

 

行き着いたのは、たった2ページの記事。

けれど、それは俺たちにとっては始まりの2ページだ。

 

 

 

八幡「ライブをやって認められたんだ。他の奴らより、よっぽどアイドルしてるじゃねぇか。……俺はそう思うよ」

 

 

 

俺が明後日の方向を見つつそう言うと、凛はコチラを見つめ、やがて微笑んだ。

 

 

 

凛「……うんっ……ありがと」

 

 

 

……ったく世話の焼ける担当アイドルだ。

 

お前が思ってるより、お前は誰かの為になってるよ。

 

 

 

ちひろ「あ、そろそろ楓さん終わりますね。凛ちゃんに比企谷くん、そろそろ準備を」

 

凛「あ、うん」

 

 

 

返事をし、立ち上がる凛。

俺も準備するべく、椅子から腰を上げる。

 

そこでふと、先日の会話が思い出された。

 

 

 

八幡「なぁ、凛」

 

凛「ん、なに?」

 

 

 

振り返り、キョトンとして表情でコチラを見る凛。

 

別に今じゃなくてもいいが、どうせこの後打ち合わせで似たような話をするのだ。ならば、どうせだから先に訊いておこう。

とはいえ、ぶっちゃけ俺がちょっと気になっただけなのだが。

 

 

 

八幡「凛はよ」

 

凛「うん」

 

八幡「765プロの中では、誰のファンなんだ?」

 

 

 

俺はそう聞くと、凛は最初面食らったような顔をしていたが、その後すぐに笑い出す。

 

 

 

凛「どうしたの? 急に」

 

八幡「いや、打ち合わせもあるし、訊いといて損は無いだろ。あと、単純な興味だ」

 

 

 

俺の説明に「そっか」と凛は呟き、一瞬考える素振りを見せる。

そしてその後、少しだけ照れくさそうに頬をかくと、凛は言った。

 

 

 

凛「……実は、前々から憧れてる人がいるんだ」

 

八幡「! そうなのか?」

 

 

凛「うん。その人はーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、更に月日は流れた。

 

 

あれから一ヶ月程。小さいながらも仕事も色々やったし、凛にもアイドルとしての風格が徐々に備わってきた気もする。

 

だが、一番力を入れていたのはやはりレッスン。

数々のレッスンをこなし、CDデビューの為に出来る事をやってきた。

 

 

凛と、そして美嘉。

 

先日届いたデモテープも、二人には満足のいく曲だったようで何より。

初のレコーディングには苦戦したようだが、それでも何とか乗り切った。

 

そして、待望のCD発売まで、あと2週間。

 

 

いよいよその日が来る……!

 

 

 

……と、そこでふと最近気付いたのだが。

 

 

 

 

 

 

八幡「……別にもう美嘉の臨時プロデュースする必要無いんじゃね?」

 

 

 

ちひろさんに呼び出された会議室で、俺は思ったことを率直に呟いた。

 

しかしそこで面白くなさそうな声が横から入ってくる。

件の少女、城ヶ崎美嘉である。

 

 

 

美嘉「ふーん? なに、プロデューサーはアタシを臨時プロデュースするのがそんなに嫌なわけ?」

 

八幡「いや、別にそういうわけではないが……ただ単に俺がつかなくても…」

 

美嘉「じゃあ良いじゃん★」

 

 

 

いいじゃんで片付けられてしまった。

やはりコイツ、性格的には由比ヶ浜よりも三浦の方が近いだろ……押しが強い。

 

 

 

凛「そういえば、莉嘉は最近どうしてるの?」

 

美嘉「おかげさまで、元気にアイドル活動やってるよ。その内追い抜かれそうでヒヤヒヤだよ」

 

 

 

そうは言いつつも、美嘉のその顔には笑顔が伺える。

どうやら、もうこの姉妹に心配はいらないらしい。

 

 

 

美嘉「ま、姉として簡単には抜かれてやらないけどね★」

 

凛「……私も、負けないよ」

 

美嘉「お、いいねーそういうの。ライバル宣言?」

 

 

 

と、今度はこの二人で火花をバチバチし始めた。

いやお二人さん? 競うのは良い事だとは思うけどね。俺を挟んでバチバチすんのやめてもらえる?

 

 

 

ちひろ「お待たせしましたー♪」

 

 

 

そしてナイスタイミングとばかりに入室してくるちひろさん。

 

その表情は、何故だか満面の笑みだった。

どこか、いっそ不気味さすら感じてしまう。

 

 

 

八幡「ちひろさん、突然呼び出したりしてどうかしたんすか」

 

 

 

それもこのメンバー。

恐らくは、CDデビューに関する事だろうか。

 

しかし、それでは他の三人もいなければおかしい。

 

 

 

ちひろ「えー実はですね。凛ちゃん、美嘉ちゃん、ひいては比企谷に、プチサプライズをプレゼントしたいと思います」

 

凛「プチ……?」

 

美嘉「サプライズ……?」

 

 

 

何故だろう。とてつもなく嫌な予感しかしない。

いやいや、あのちひろさんだぞ? 信用しろって。

 

 

 

…………。

 

 

 

信用出来ねーーー!!

 

 

 

ちひろ「今何か失礼な電波を受信しましたが、まぁ置いておきましょう」

 

 

 

そこでちひろさんは持っていたファイルの中から、一枚のプリント用紙を取り出す。

そして、おもむろにその紙の両端を掴み、俺たちの眼前へと突きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちひろ「なんと! 凛ちゃん達CDデビュー組のテレビ出演が決まりましたッ!! イエーイッ!!!」

 

 

 

凛「……」

 

美嘉「……」

 

八幡「……」

 

 

 

…………。

 

 

 

 

 

 

凛・美嘉・八幡「「「えぇぇぇぇぇえええええええええええええええッ!!!??」」」

 

 

 

 

 

 

三人の驚きの声が、これでもかと部屋の中を満たす。

 

というか、ちょっと待て!

て、テレビ出演、だと……?

 

 

 

八幡「……マジ、ですか?」

 

ちひろ「マジです! 再来週のCD発売日に合わせての生放送です♪」

 

八幡「ッ……!」

 

 

 

再来週って……急過ぎんだろオイッ!?

いやいやちょっと待ってくれ。頭を整理させてくれ。

 

……マジで?

 

 

 

凛「テレビ……出演……」

 

美嘉「生……放送……」

 

 

 

見ると、二人は俺以上に困惑している。

まぁ当たり前だ。コイツらは出る張本人なわけだし。

 

 

 

八幡「……他の三人には伝えてあるんですか?」

 

ちひろ「ええ伝えてますよ。一週間前に」

 

八幡「は?」

 

 

 

一週間前? なんでわざわざ俺らだけ今日に……

 

 

 

八幡「……もしかして」

 

ちひろ「さっすが♪ 察しが良いですね比企谷くん!」

 

 

 

大正解とばかりに指パッチンしてウィンクしてみせるちひろさん。はは、イラッとしたぞオイ。

 

 

 

凛「どういうこと?」

 

ちひろ「えーとつまりですね。さすがに一度の放送で五人も尺を取るのは厳しいって事です」

 

八幡「二手に分かれて、二週に分けて放送するって事だろ」

 

 

 

フルで歌わないとは言え、さすがに新人のアイドルに五組も尺を取るのは厳しいからな。

ユニットではなく、それぞれがソロを歌うからこその処置なのだろう。

 

 

 

ちひろ「それでどうせなら同じプロデューサーの付いている凛ちゃんと美嘉ちゃんが一緒の放送回の方が、何かと都合が良いだろうという事になり、今回この組み合わせで出演することになったんです」

 

美嘉「わざわざ発表を分けた理由は?」

 

ちひろ「準備期間(心の準備)が一緒の方がフェアでしょう?」

 

 

 

同じ二週間後になるように、先週発表を聞いた楓さん、前川、新田。

そして今日聞いた凛に美嘉。

 

丁度これでお互いに二週間後の本番になったわけだ。

まったく、無駄に手の込んだ事を……!(TRICK感)

 

 

 

ちひろ「ささ、皆ボーッとしてないで行きますよ」

 

八幡「は?」

 

 

 

手をパンパンと叩き、オカンのように腰に手を当てて促すちひろさん。

 

 

 

八幡「行くって、どこにですか?」

 

ちひろ「決まってるじゃないですか」

 

 

 

あ。これ聞いちゃダメなやつだった。

 

 

 

ちひろ「スタジオに、挨拶に行くんですよ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある某局スタジオ。

 

 

以前挨拶周りの時に来た事はあるが、今回は完全に仕事での挨拶になる。

失礼の無いように気を付けねばと、嫌がおうにも緊張してしまう。

 

……まぁ最も、もっと緊張している奴らもいるが。

 

 

 

凛「……」 カチ

 

美嘉「……」 コチ

 

 

 

なんとか歩けてはいるが、今にも手と足が一緒に出そうな雰囲気である。

こんなんで本番を迎えられるのか、俺まで不安になってきた……

 

 

道往くスタッフらしき人たちに挨拶をしながら進み、行き着いたのは一つのスタジオ。

 

 

 

八幡「……っ………ここは」

 

 

 

覚えている。

否、忘れる筈がない。

 

 

 

ここは、かつて俺がやよいちゃんを初めてテレビで見たスタジオ。

 

 

 

ちひろさんに貰った資料を見て、ようやくその事実に気付く。

 

今までテレビ出演という偉業に驚き気付かなかったが、この番組は、あの当時有名になっていなかった765プロを紹介していたあの番組だった。

 

 

 

八幡「……そうか」

 

 

 

凛も、もうあの番組に出れるまでになったんだな。

なんとなく感慨に耽ってしまい、少しだけ、目の前が霞んだ。

 

 

 

凛「プロデューサー……?」

 

 

 

すると、凛が心配そうに覗き込んでくる。

 

俺は慌てて目元を拭うと、取り繕うように姿勢を正す。

危ない危ない。危うく情けない面を見せる所だった。

 

 

 

八幡「何でもねぇよ。……それより、どうだ?」

 

凛「うん……凄いね」

 

 

 

大きく周りを見渡す凛。

 

綺羅びやかな照明に、大きな舞台とセット。

そのステージに、凛は心奪われているようだった。

 

そしてそれは、美嘉も同じ。

 

 

 

美嘉「……こんな所で、歌わせてもらえるんだ」

 

 

 

その瞳には、さっきまでの緊張も不安も写ってはいなかった。

 

 

 

美嘉「……凛」

 

凛「ん……」

 

美嘉「やるからには、負けないよ」

 

凛「……もちろん。私も全力で、迎え撃つ」

 

 

 

……女の子ってのは、強ぇもんだな。

さっきまであんなに緊張してたのに、今じゃもうこれだ。

 

ちひろさんが挨拶に連れて来たのは、コイツらに発破をかける為でもあったんかね。

 

 

 

「おや。君たちがシンデレラプロダクションの子たちかい?」

 

 

 

と、そこで一人の男性が話しかけてくる。

社員証を首から下げているので、この局の関係者だろう。

 

 

 

八幡「あっと、シンデレラプロダクションの比企谷八幡です」

 

 

 

多少気付くのが遅れたが、なんとか名刺を取り出し、交換する。

うわぁ、俺完全にリーマンじゃん……

 

と、そこはひとまず置いといて。

 

 

 

……なるほど。この人は番組のディレクターか。

 

 

 

ディレクター「君たちは再来週の出演だよね。期待しているから頑張ってね」

 

凛・美嘉「「よ、よろしくお願いします!」」

 

 

 

とりあえずは挨拶は出来たし、印象としても悪くはなさそうだ。

 

しかしこれを毎回やるとか、敏腕プロデューサーはすげぇな……

俺なんか緊張して脇汗がナイアガラだよ……

 

 

 

ディレクター「あ、そうそう。そう言えば、一緒に出演する彼女たちも丁度挨拶に来ていたよ」

 

八幡「? 一緒に出演する……?」

 

 

 

楓さんたちの事か? いやでも、それなら放送を分けるから一緒ってのは少しおかしい。

そもそも、今頃に挨拶に来る筈がない。先週済ませた筈なんだからな。

 

 

……待て、何か、嫌な予感がする。

 

 

 

ディレクター「おや、もしかして聞いていないのかい? キミたちの回は一組枠が少ないから、特別ゲストに出演して貰う事になったんだよ」

 

 

 

特別、ゲスト。

 

そうだ、引っかかっていたんだ。五組という奇数の組み合わせを、二週に分けて放送する。

なら、どちらかの回は枠が少ないはずなんだ。

 

そしてそれは、俺たちの回。

 

 

 

ディレクター「あぁ、ほら。彼女たちだよ」

 

 

 

俺の背後を見ながら、そう言うディレクター。

 

そして、その直後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや? あなたは……」

 

 

 

八幡「…ッ!」

 

 

 

この、声は……!?

 

 

 

 

「……まさか、この場で再会を果たすとは、夢にも思っていませんでした」

 

 

八幡「なん、で……」

 

 

 

貴音「いつかの、優しい嘘吐きさん」

 

 

 

 

そう言って微笑を浮かべるのは、かつて早過ぎる邂逅を果たした765プロのアイドル。

 

四条貴音であった。

 

 

 

 

八幡「まさか、出演する特別ゲストって……」

 

 

貴音「ええ。私たち三人の事です」

 

 

 

 

三人……? 三人って事は、他にも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっうー! 失礼しまーす!」

 

 

 

 

 

 

ドクンっ

 

 

 

嫌なくらい、心臓が跳ね上がった。

 

 

 

ゆっくりと、声の方へ視線を向ける。

 

時間が、やけに遅く感じる。

 

 

 

いや違う。

 

 

 

俺が、見たくないんだ。

 

何故? あんなに……

 

 

 

あんなに、会いたかったはずなのに。

 

 

 

 

 

 

やよい「こんにちは!高槻やよいです! よろしくお願いしまーす!」

 

 

 

 

 

 

俺にとってのアイドルがそこにいた。

 

 

 

 

八幡「なっ……」

 

 

 

 

嘘だろ、まさか、あの高槻やよいが……

 

 

 

 

八幡「…っ……?」

 

 

 

 

ふと、違和感を覚え、隣の凛を見る。

 

すると凛はもっと遠くの、通路の奥を見ていた。

 

目を見開き、信じられないものを見るように。

 

 

 

 

 

 

「高槻さん、そんなに急がなくても」

 

 

 

 

 

 

その声を聞き、思い出す。

 

 

 

 

凛『……実は、前々から憧れてる人がいるんだ』

 

 

 

 

やよい「あ、ごめんなさい! ここに来ると、つい元気になっちゃって!」

 

「ふふ、機材に足を取られないように気をつけてね」

 

 

 

 

凛『その人はーーーー』

 

 

 

 

「えっと、今回もお世話になります」

 

 

 

 

凛『ーーーー如月、千早さん』

 

 

 

 

 

 

 

 

千早「如月千早です。どうか、よろしくお願い致します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛『私がアイドルになりたいって思った、きっかけの人なんだーーーー」

 

 

 

 

 

 

それは、ともすれば運命の悪戯とも呼べる出会い。

 

 

 

 

凛「…………う、そ……」

 

 

 

 

まるで嗚咽を漏らすように、呟く凛。

 

 

 

彼女は、ずっと憧れだった。

 

 

 

憧れて、勇気を貰って、元気づけられて。

 

それでも、目の前にいる彼女達は、今の俺たちにとってーー

 

 

 

 

 

 

最強の、敵だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ私が中学生の頃ね。テレビで千早さんをたまたま見かけたの」

 

 

 

そう言う彼女の声は、どこか無邪気さを感じさせた。

 

 

 

「すっごく奇麗で、でもどこか力強さを感じて、それで……思わず聴き入るくらい、歌が上手だった」

 

 

 

少しばかり頬を紅潮させ、照れたようなその表情。

 

 

 

「ほとんど歳も変わらないのに、画面の向こうで歌う千早さんが、凄く輝いて見えたんだ」

 

 

 

時折想いを馳せるように虚空を見つめ、行き場の無い思いをたぐり寄せるように、胸の前で手と手を組む。

 

 

 

「思えばそれがきっかけで、私はアイドルを目指したんだよね。まさか、ダメ元で応募した書類が通るとは思わなかったよ」

 

 

 

 

まるで当時を思い出すように苦笑し、そして、再びこちらに向き直る。

 

 

 

「元々歌うのは好きだったんだけど、その時テレビで千早さんの歌を聴いて、もっと上手くなりたいって思ったんだ」

 

 

 

真剣に言葉を紡ぐ彼女には、誤摩化しだとか、偽りの気持ちは少しも感じられない。

 

 

 

「あの時は、本当に感動したな。…………でも、その時こうも思ったんだ」

 

 

 

憧れを語るその瞳は、まるで夢を語る幼き少女のようでーー

 

 

 

 

 

 

「『あぁ、きっとこの人には、敵わない』……って」

 

 

 

 

 

 

それでいて、どこか遠くを見つめるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、挨拶も程々にスタジオを後にした俺たち。

 

 

まさか、あんなサプライズゲストがいるとはな。

今世紀最大のイベントと言っても過言ではない。過言か。

 

だがしかし、それだけ衝撃的だったのも事実。

 

 

……正直、怖いくらいに。

 

 

 

 

 

 

八幡「765プロ、か……」

 

 

 

定時を過ぎ、人気の無くなった事務所で一人語ちる。

 

ぼんやりと天井を見上げていると、体重を預けた椅子の背もたれが、キイキイと音を上げているのが聞こえた。

 

戻ってきて以来、かれこれ一時間近くこうしてるな、俺。

先程買ったMAXコーヒーも、いつの間にか温くなっていた。

 

 

 

八幡「……大丈夫なんかね、アイツ」

 

 

 

あの衝撃的な出会い(四条に言わせれば再会だが)の後、結局765プロの彼女たちとはほとんど何も話さなかった。

 

というよりは、俺と凛が碌に話せる状態では無かったと言うべきか。

したのは精々挨拶程度。テンパってあまりよく覚えていないというのが本音だ。

 

あの時、美嘉がああ言ってくれなかったら、ずっと動けなかっただろうな。

 

 

 

ちひろ「あれ。比企谷くんまだいたんですか?」

 

 

 

と、そこでどこからともなく現れたちひろさんの声で我に帰る。

 

見れば、処分用なのか書類の沢山入った段ボールを抱えている。

まだ帰っていないとは思ったが、その姿を見るにまだ残業していくようだ。

 

……ほんと、ご苦労なことである。

 

 

 

八幡「手伝いますよ」

 

 

 

俺はゆっくり椅子から立ち上がり、ちひろさんの持った書類をいくらか抱え込む。

なんだ、昔の書類とか請求書の控えばっかだな。恐らくはシュレッドしようとしていたのだろう。

 

俺がシュレッダーの方へと向かおうとすると、ふと違和感を覚える。

やけにちひろさんが静かだ。

 

見てみれば、ちひろさんは目を丸くしてコチラを見ている。

 

 

 

八幡「どうかしたんすか」

 

ちひろ「驚きました。まさか、比企谷くんが自主的に仕事を手伝うなんて」

 

 

 

おい。今この人結構失礼な事言ったよ?

まるで俺が働きたくないから専業主夫を目指すダメ人間みたいじゃねぇか。その通りだった。

 

 

 

八幡「別に、ただの気まぐれですよ」

 

 

 

シュレッダーのスイッチを入れ、何枚かずつに分けて落としていく。ガガガと紙を削っていく音が室内に響いていった。良い音だ。小説を読みたくなってくる。

 

……ま、正直に言えば、何かして気を紛らわせたかったんだけどな。

こうでもしてないと、先程の事ばかり考えていそうだったから。

 

 

 

ちひろ「……やっぱり、いきなり大先輩との競演は堪えるものがありますか?」

 

 

 

ふとその言葉を聞いて、手を止めてしまう。

振り返ってみれば、ちひろさんが微笑みながら見ていた。

 

けれどその笑顔はどこか、心配しているような、不安な表情にも見える。

 

 

 

八幡「……ちひろさん」

 

 

 

そうだな……ちひろさんになら、言ってもいいかもな。

 

俺の、素直な気持ちを。

 

 

 

 

ちひろ「……なんですか?」

 

 

八幡「……俺」

 

 

ちひろ「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡「……やよいちゃんのサイン……貰えなかった……っ!」

 

 

ちひろ「そっちィッ!!?」

 

 

 

 

シュレッダーの音よりも大きく、ちひろさんのツッコミが室内へ鳴り響いたのだった。

 

 

 

ちひろ「いやいやいや。何か真剣に悩んでる風だと思ったら、そんな事だったんですか!?」

 

 

 

と言いつつもコーヒーを淹れてくれるちひろさん。

ただもうちょっとゆっくり置いてほしい。跳ねたコーヒーが手に飛んで熱っつぅい!?

 

 

 

八幡「そりゃ、もちろんショックなのはそれだけとは言いませんよ」

 

 

 

手をふーふーしながら抗議の目線を送る。

全く。この人は俺を何だと思っているのか。

 

 

 

ちひろ「……握手もして貰えなかったとか?」

 

八幡「え? ちひろさんエスパーだったんですか?」

 

ちひろ「比企谷くぅん? そろそろ本当に怒りますよぉ……?」

 

 

 

ひぇぇ……ちひろさんの目がどこぞのレイプ目アイドルみたいになってるよぉ……

 

 

 

八幡「……まぁ、冗談は置いておいて」

 

 

半分くらいは本気だったけどな。とは言わないでおく。

あまりふざけていると、どっかの独身教師みたくその内鉄拳制裁されそうだからな。

 

俺は一つ咳払いをして、ちひろさんに向き直る。

 

 

 

八幡「ちひろさん。俺からいくつか言いたい事があるんですが、いいですか?」

 

ちひろ「それはもちろん構いませんが……」

 

八幡「それじゃあ遠慮なく。……正直、今回の765プロ共演は嫌がらせとしか思えないんですが」

 

 

 

俺がハッキリそう言ってやると、ちひろさんは「うっ…」と顔を歪める。

まるで痛い所を突かれたと言わんばかりであった。

 

 

 

八幡「今回のテレビ出演は、言ってしまえばCD販促の為のものですよね?」

 

 

 

もちろん、テレビに出る事によって知名度を上げようという目論みもあるだろう。

しかし今回の番組はCD発売に合わせて放送されるもの。CD売上を出来るだけ伸ばしたいという目的が一番大きいと思われる。

 

そこで、そんな中に765プロの電撃参戦である。

 

 

八幡「こっちはぺーぺーの新人で、あっちはファンも多いベテランです。同じアイドルとして、どう考えたって食われますよ?」

 

 

 

ジャンルが別のアーティストならともかく、どちらも同じアイドル。そんな組み合わせで歌番組なんかしたら、有名な方が目立つに決まってる。

 

 

 

ちひろ「……確かにその通りです。でも、これはテレビ出演の条件でもあるんですよ」

 

八幡「条件?」

 

ちひろ「ええ。番組側としても、若手だけ出演させるのはやはりリスクが大きいようでして、他にゲスト枠を設けるのが出演条件だったんです」

 

 

 

まぁ、確かにリスクは大きいのは頷ける。

 

二手に分かれたとは言え、多い方は三組。これだけ新人に尺を割けば、視聴率が心配になるのも仕方のない事だ。

それで大成功すれば問題は無いが、そうとも限らないのが現実だ。

むしろ、そうならない可能性の方が大きいのだろう。

 

 

 

ちひろ「ゲストのオファーは完全にあちらの手筈だったので、私たちも直前まで知らなかったんですよね。それで、蓋を開けてみれば…」

 

八幡「相手は大先輩の765プロ……って事ですか」

 

 

 

これはまた、難儀な話である。

大人の事情が絡んでいるだけにやり辛い。

 

 

 

ちひろ「社長も最初は難色を示してたんですよね。最悪、出演する彼女たちが傷つく結果になるかもしれませんし」

 

八幡「……」

 

ちひろ「でも、企画書を見て決心したらしいですよ?」

 

八幡「は?」

 

 

 

企画書? って言うと、さっきディレクターの人に渡された番組の構成とかが載ってるやつだよな。

 

 

 

ちひろ「『765と共演する回は、彼の担当アイドルたちか。……なら、問題は無さそうだ』ですって♪」

 

 

 

……そりゃまた、えらく買い被られたもんで。

 

俺のどこにそんな期待してんのかね。あの社長は。

いや、期待してんのは凛たちにか。

 

 

 

ちひろ「……頑張ってくださいね」

 

 

 

突然穏やかな口調になるちひろさん。

見ると、俺の目を見つめ、その顔は微笑みを浮かべている。

 

 

 

八幡「……出るのはアイツらですよ。その言葉はアイツらに言ってやってください」

 

 

 

特に凛とかな。俺から見ても、アイツ大分参ってるように見えたし。

 

 

 

ちひろ「それはそうですけど、でも、比企谷くんも結構参ってるんじゃないですか?」

 

八幡「そんなこと…」

 

ちひろ「いつもの余裕、無いですよ?」

 

 

 

俺の鼻へと人差し指を当て、ニッコリと微笑むちひろさん。

思わず押し黙ってしまう。っていうか近いよ。そんなに顔を寄せないで!

 

 

 

ちひろ「あまり無理はしないでくださいね。私たちは、いつだって比企谷くんたちの味方ですから」

 

八幡「……」

 

 

 

味方、か。

 

 

いつだって最強の味方だった彼女は、今は最強の敵として立ち塞がった。

 

それは彼女だけでなく、凛の憧れの存在も。

そしてそれを打ち破らなければ、先は無い。

 

本当であれば、喜ぶべき事なのかもしれない。

ずっと憧れて、ずっと追いかけていて、ずっと会いたかった存在。

そんな彼女たちに出会えた。それは、きっと喜ばしい事だ。

 

こんな出会い方で、なければ。

 

 

 

八幡「…………どうすればいいんだろうな」

 

 

 

ちひろさんにも聞こえないくらいの声で、小さく呟く。

恐らくは、ここが凛たちの岐路になるのだろう。

 

 

だが、俺はどうしたらいい?

 

 

今回歌うのは凛と美嘉。俺じゃない。

俺は一緒に出演するわけでもなければ、歌について指導するような立場でもない。

 

一体、どうすればいい。

 

 

どうすれば、彼女たちの力になれる?

 

 

 

俺に……

 

 

 

 

 

 

出来る事が、あるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから一週間。

 

 

今日は楓さんを始めとするCDデビュー組三人の放送日である。

当初は一緒に事務所で見ようという予定だったのだが、凛と美嘉の要望でそれは無しになった。

 

 

美嘉は単に妹と一緒に家で見る約束をしていたそうだが、凛からは特に何も聞かなかった。

 

なんでも、一人で少し考えたいとか。

 

 

家でちゃんと見るからとは言っていたが、少しばかり心配である。

番組をちゃんと見るかどうかではなく、その思い詰めぶりが、な。

 

 

あれからレッスンや打ち合わせで合う事は度々あったが、そのどの日も元気が無かったように見えた。

 

憧れの人と一緒の舞台に立てるんだ。

その緊張のせいだろうと、最初は思っていたんだが……

 

 

 

八幡「……それだけじゃないんかねぇ」

 

 

 

夕暮れの道。

 

ぶつぶつと自分でも分かる独り言を言いながら、俺はある場所へと足を運んでいた。

そう。何を隠そう、我が母校総武高校である。いや別に隠してないけど。

 

 

別にこれといった用事は無いが、少しばかり仕事が早く終わったからな。

気晴らしがてら、奉仕部にでも顔を出そうと思ったのである。

 

……アイツらに、凛のことを少し相談したいしな。

 

 

 

自転車置き場を横切り、昇降口へと向かって歩いていく。

 

途中何人かの帰宅途中の生徒から視線を感じたが、そこはそこ。見事なガン無視でスルーした。いやほら、俺こういうの慣れてるし。ちなみに誰からも見られないのにも慣れている。慣れって怖いね。

 

 

しかし、そろそろ部活が終わった奴らが帰ってってんな。

もしかしたらアイツらももう帰り支度をしてるやもしれん。

 

ちょっとだけ急ぎ足で向かおうと歩き出す俺。

 

 

 

と、そこで気付く。

 

遠くから、どこか聞き慣れた音が聞こえる。

これは……

 

 

一瞬迷ったが、やっぱコッチだよなと思い直して俺はまた歩き出す。

 

向かった先は、テニスコート。

 

 

 

八幡「……やっぱりな」

 

 

 

誰もいないテニスコート……否、一人だけいた。

 

小柄なその女の子のような体型と、さらさらとした白い髪。

間違いなかった。

 

 

 

「……? あっ」

 

 

 

そいつは俺に気付くと、壁打ちをやめてこっちへとトコトコと駆け寄ってくる。

ああ、その姿も可愛いな……っと、いかんいかん。

 

 

 

 

 

 

八幡「……久しぶりだな。戸塚」

 

 

戸塚「うんっ。久しぶりだね。八幡」

 

 

 

 

 

 

俺の前まで歩いてきた彼女は……じゃなかった。彼は、戸塚彩加は花が咲いたように笑った。

 

 

 

とりあえずはお互い飲み物を買い、コート脇のベンチへと座る。

え? 奉仕部へは行かなくて良いのかって? ばっかお前、戸塚とどっちが優先だと思うよ。戸塚だろ? おう。戸塚だ。

 

 

俺はMAXコーヒー、戸塚はアクエリを飲み、一息つく。

 

……そういや、こうして戸塚と二人っきりになんのは久々だな。

い、いや、別に二人っきりって所に他意は無いよ?

 

 

 

戸塚「こうして二人で話すの、本当に久しぶりだね」

 

八幡「え? あ、あぁ」

 

 

 

同じ事を考えていたのか、戸塚のその台詞に少々ビックリする。

俺、ホントにサトラレなんじゃねぇだろうな……でもそれだとボッチなのにも納得できるから嫌だ。

 

 

 

八幡「しっかし、こんな時間まで自主練とは偉いn…」

 

戸塚「八幡」 ズイッ

 

 

 

と、そこで戸塚の顔が急接近。

俺、心拍数上昇。ち、近いよ戸塚きゅぅん!

 

 

 

八幡「ど、どした。いきなりそんな寄って」

 

戸塚「八幡。実は僕、ちょっとだけ怒ってるんだ」

 

八幡「へ?」

 

 

 

そう言われてみれば、確かに戸塚の顔は幾分ムッとしているようにも見える。

あぁでも、怒ってる戸塚も可愛いな…ってそうじゃない。

 

 

 

八幡「……と、言うと?」

 

戸塚「プロデューサーになったこと、最初黙ってたでしょ」

 

八幡「うっ……」

 

 

 

 

やっぱりそれか。

薄々感づいてはいた。というか、それくらいしか心当たりが無かった。

 

 

 

八幡「いやでも、それはこの間の総武高校でのライブの時に説明しただろ?」

 

 

 

あの時、体育館を借りられなかった場合に備えて、俺は戸塚にも交渉していた。戸塚はテニス部部長だから、最悪コートを借りられればと思ってな。

そんで戸塚も二つ返事でOKしてくれた。あの時一応ザックリ説明はしたんだが……

 

 

 

戸塚「僕が言いたいのは、それから何も音沙汰が無かったことだよ」

 

 

 

そう言う戸塚は、ムッとしてはいるが、どこか寂しそうにも見えた。

 

 

 

戸塚「何かあれば、話くらい聞くよ?」

 

八幡「いや、戸塚に迷惑かけるわけにも…」

 

戸塚「迷惑だなんて思わない!」

 

 

 

突然のその大きな声に、思わず驚く。

自分でも分かるくらいに、目を見開いていた。

 

まさか、戸塚が声を張り上げるとは……

 

 

 

戸塚「……ねぇ八幡」

 

 

 

戸塚は俺をジッと見つめ、真剣な表情で告げる。

 

 

 

戸塚「僕だって頼られたいよ……友達なんだから」

 

八幡「ッ!」

 

 

 

友、達……

 

 

 

その言葉を聞いて、思わずあの二人を思い出す。

 

 

 

どこまでも純粋な、ぼっちでぼっちじゃない少女に。

 

どこまでも真っ直ぐで、素直になり切れない少女。

 

 

 

俺の事を、友達と呼んでくれた彼女たち。

 

 

 

八幡「……そっか。俺、またやっちまう所だったな」

 

戸塚「八幡……?」

 

八幡「戸塚」

 

 

 

俺は改めて戸塚へと向き直り、真っ直ぐに言ってやる。

 

 

 

八幡「“友達”として、相談したい事がある。……聞いてくれるか?」

 

戸塚「……うんっ、もちろん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから今回のあらましを、簡単に戸塚に説明した。

 

なんだか、こうして誰かに相談事をするのってあまり経験無いし、なんか緊張すんな。

……いや、あまりっつーかほとんど無いか。

 

 

 

戸塚「すごいよ八幡! あの765プロの人たちと共演できるなんて!」

 

 

 

そして戸塚はと言うと、素直に俺たちの事を祝福してくれていた。

 

確かにテレビ出演なんて、本当ならすげーめでたい事なんだろうな。

しかし事態が事態なだけに、喜んでばかりもいられないのが現実だ。

 

 

 

八幡「まぁ、先輩の胸を借りるつもりでやれば良いんだろうけどな。そう簡単にもいかないみたいだ」

 

 

 

そもそも約一名借りる胸すら無い人が……おっと、これ以上は言わん方がいいな。一部の人に殺される。

というか、普通に凛に怒られそうだ。

 

 

 

戸塚「その、渋谷さんが元気無いんだよね……?」

 

八幡「ああ。たぶん、変に思い詰めてんだろうな。私じゃ勝てないとかどうとか」

 

戸塚「……それだけ、八幡をがっかりさせたくないんじゃないかな」

 

 

 

少しだけ哀しそうに笑い、そう言う戸塚。

 

俺をがっかりさせたくない、ねぇ。

その発想は無かったが、実際どうなんだろうな。

 

 

 

八幡「……けど、だったら尚更気に病む必要なんてねぇな。自分の好きなようにやりゃいいのによ」

 

戸塚「八幡……」

 

 

 

俺はあいつの意志を尊重したいんであって、俺の意志を汲み取ってほしいわけじゃない。

それでも、あいつはそれを認めないんだろうがな。

 

 

 

八幡「なぁ、戸塚。俺はどうすれば良いと思う」

 

 

 

何度も自問自答を繰り返した。

だがそれでも、空回りして、何が正しいのか分からない。

 

俺のやり方じゃ、あいつらを助けられない。

 

 

 

八幡「俺に、何か出来る事はあるか?」

 

戸塚「……」

 

 

 

俺の問いに対し、戸塚は目を瞑って少しの間考えていた。

 

やがて目を開き、俺の方へと向き直る。

その顔は、笑顔だった。

 

 

 

戸塚「僕は素人だし、アイドルの事もよく分からないけど……一つだけ分かるよ」

 

八幡「っ! ホントか?」

 

戸塚「うん。八幡にしか出来なくて、八幡だから出来ること」

 

 

 

俺にしか出来なくて、俺だから出来る事……?

 

……ダメだ。さっぱり分からん。

 

 

 

戸塚「んーとでも、ちょっと八幡には難しいことかもね」

 

八幡「俺にしか出来ないのに、俺には難しいのか?」

 

 

 

俺の困惑した顔が面白かったのか、戸塚はクスッと笑うと、手を胸に当てこう言った。

 

 

 

 

 

 

戸塚「それはね。ーー信じること」

 

 

 

 

 

 

その澄んだ声が、すっと胸の内へと入ってくる。

 

 

 

 

 

 

八幡「信じる、こと?」

 

戸塚「うん」

 

 

 

微笑みながら、戸塚は俺の目を真っ直ぐに見つめていた。

 

 

 

戸塚「それだけ? って思うかもしれないけど、でも、それが何より大事だと思うんだ」

 

八幡「……」

 

戸塚「きっと八幡が渋谷さんを信じてあげるだけで、それだけで、渋谷さんは勇気を貰えると思う」

 

 

 

「僕が、きっとそうだから」と、そう言って戸塚はまた、小さく笑った。

 

 

 

信じること、か。

 

 

そう言われると、確かにそれは俺にしか出来なくて、俺には難しいことのように思える。

別に今まで凛の事を信じていなかったわけではない。

 

しかしどこかで、上手くいかなかった時の事を考えていたのも、また事実。

 

 

俺だから出来ること……

 

 

 

戸塚「……信じるのって、実は簡単じゃないよね」

 

 

 

呟くように言う戸塚。

戸塚がそう言うのは、ある意味ではとても意外に思えた。

 

だが、俺だからこそ同意出来る。信じるのは、簡単じゃない。

 

 

 

信じるとは、裏切られてもいいということ。

 

だから信じるという行為は、覚悟と同義なのだ。

 

 

 

八幡「ま、俺は100回は裏切られてきたけどな。既に慣れたまである」

 

戸塚「そ、それはさすがに言い過ぎじゃないかな」

 

 

 

おお、戸塚が引き笑いしている。ちょっと珍しい。

けど数えたわけじゃないが、それくらいはいってる気がするのが悲しい。

 

 

100回裏切られれば、101回目だってきっと裏切られる。

そう信じて、疑わなかった。

 

 

 

……疑わなかったんだけどなぁ。

 

 

 

八幡「まさか、101回目で表を出すとは思わなかった」

 

戸塚「表?」

 

八幡「何でも無い。ただのコインの話だ」

 

 

 

俺がそう言って立ち上がると、戸塚も慌てて腰を上げる。

 

 

 

八幡「……俺も、102回目に挑戦してみる事にするよ」

 

戸塚「……クスッ」

 

 

 

見ると、戸塚が可笑しそうに笑っている。

え、なに。俺の台詞ちょっと臭かった? 結構自信あったんだが……

 

 

 

戸塚「103回目だよ」

 

八幡「え?」

 

 

 

言うや否や、戸塚は駆け出し、俺から少し離れた位置で振り返る。

 

 

 

 

戸塚「僕が、102回目だからね」

 

 

 

 

そう言った戸塚は眩しいくらいの笑顔で。

 

 

 

 

 

 

戸塚「……友達って言ってくれて、嬉しかったよ」

 

 

 

 

 

 

夕日に照らされたその姿は、キラキラと輝いていた。

 

 

 

……ったく、ホントに惚れちまうぞ。

 

それは、こっちの台詞だっつうの。

 

 

 

 

八幡「……ありがとな。戸塚」

 

 

 

 

追いかけるように、俺も少し早足で戸塚の元へと向かう。

 

 

その後二人で下校している所を雪ノ下と由比ヶ浜に目撃されるのだが……

 

……まぁ、別にやましい事なんてしてないんだからいいよな。

 

 

 

ただの、友達との下校途中だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は夜9時を回った所。

 

自分の部屋のベッドに座り、俺はケータイから電話をかける。

 

 

 

八幡「……あ、もしもし。ちひろさんですか? 夜遅くにすいません」

 

 

 

テレビには、件の歌番組が丁度放送を終えエンディングを迎えた様子が映っている。

手元には、来週の企画書。

 

 

 

八幡「ええ。実はですね、お願いしたい事がありましてーー」

 

 

 

そうだ。俺には、味方がいる。

俺なんかを信じてくれる、味方が。

 

だから俺は、俺に出来る事をやる。

 

 

 

出来るだけの事をやってーー

 

 

 

 

 

 

後は、アイツらを信じるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから一週間。

 

今日は遂に、テレビ放送生出演の本番である。

 

 

一週間の間は仕事ではなく、ほぼレッスン漬けであった。

とは言え、ほとんど調整の為のレッスンだけどな。ここにきて身体を駄目にしてしまっては元も子も無い。

 

まだアイツらは経験も少ないし、出来るだけ本番に向けて調子を整えておくのが定石だろう。

 

 

しかしその間、凛はやはりどこか上の空であった。

いや、上の空と言うよりは、集中出来ていないと言えばいいのか……

 

とにかく、いつもの様子でない事は確かであった。

 

 

まぁそれも仕方が無いとも思うがな。

 

人生初のテレビ出演。

それが生放送で、まさかの憧れの歌姫との共演だ。

 

もはや、CDデビューの喜びもどこへやら。

あるのは緊張と、焦燥ばかりだろう。

 

もちろん番組に出演するのだって嬉しいことで、喜ばしいことだ。

けど、それでも気持ちが追いつかない。心が、追いつかないのだ。

 

……15歳の少女には、少々酷と言ってもいい。

 

 

 

しかし、だ。

 

 

 

俺は、あいつがそんな弱い奴じゃない事も知っている。

 

ここで、終わるような奴じゃないのを知っている。

 

 

だから俺は自分に出来る事をやろう。

あとは、あいつを信じるだけでいい。

 

そうすりゃ、きっと結果は返ってくる。

 

 

 

そしてこれは、俺に出来る事の第一歩だ。

 

 

 

頭を整理し、気持ちを切り替える。

 

呼吸を整えろ。間違ってもキョドったりするな。

 

これは俺にとっての、戦いだ。

 

 

 

廊下をただ、歩く。

 

ゆっくりと、踏みしめながら。

 

やがて着く、一つの部屋の前。

 

その控え室の扉に貼ってある紙を見て、自分が用のある部屋だと確かめる。

 

 

 

……やべぇな、滅茶苦茶緊張してきた。

 

 

 

八幡「まさか、接触出来る機会が当日だけとはな……折角ちひろさんにアポまで取って貰ったのに無駄になっちまった」

 

 

 

それだけ忙しいという事なのだろう。

自分が今から相手取るのが、誰かという事を、嫌がおうにも思い知らされる。

 

 

 

八幡「……まぁそれでも、アイツらの背負ってるもんに比べたら、軽過ぎるくらいか」

 

 

 

アイツらの重さが40キロ後半強なら、精々俺は5キロってとこ。蟹に遭ったレベルだ。

そんな阿呆な事を考えて、少しだけ気分が楽になる。

 

……うしっ、行くか。

 

 

 

意を決して、俺は扉をノックした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美嘉「あれ? どこ行ってたのプロデューサー?」

 

 

 

一人静かに戦いを終え、俺が控え室に戻ると、そこにはケータイを弄りながらソファで寛ぐ美嘉がいた。その姿は何とも緊張感が無い。

お前……凛みたいに気負い過ぎるのもアレだが、それはそれでどうなん? さっきの俺の独白を返してほしい。

 

 

 

八幡「別に、ちょっとばかしお花を摘みに行ってただけだ」

 

美嘉「?? 局の外まで?」

 

八幡「局内にあるのにそんな事するわけねーだろ」

 

 

 

あれ。まさか通じないとはな。

トイレだったってテキトーに誤摩化して流すつもりだったんだが。

 

そもそも男は雉を撃ちに行くが正しいしな。雪ノ下辺りなら律儀に突っ込んでくれそうなもんだが。

 

 

 

美嘉「まぁいいや。それよりもコレ見てよ!」

 

 

 

そう言って立ち上がる美嘉。

しかし言われずとも分かる。正直、部屋に入った時から目のやり場に困っていた。

 

美嘉が着ていたのは、今日の本番でのステージ衣装。

 

 

 

美嘉「どうよ、この衣装!! アタシ的には、もう少し見せてもいいんだけど……」

 

 

 

いやいやいや、それ以上は流石にまずいでしょう。

なんというか、凄く……エロいです……

 

ピンク色のビキニ? って言うのか分からんが、それに加え同色のホットパンツにニーソ……ジャケットも肩にはかけているが、その様子じゃあまり羽織りたくはないようだ。

 

アップのツインテールが、またなんとも美嘉の活発さに磨きをかけている。

 

 

 

美嘉「これ以上布を減らすと色んな人に怒られちゃうんだって♪ だからこのくらいで我慢してよね、プロデューサー★」

 

 

 

そら怒られますとも。俺がしょっぴかれるまでありますとも。

つーかその言い方だと、まるで俺が過激な衣装の方が喜ぶ変態みたいではないか! 是非お願いします!

 

 

 

八幡「あー、なんだ。衣装はいいから、それよりもちゃんとスケジュール確認したか?」

 

美嘉「えーそれよりもって何よー。感想の一つくらいあってもいいんじゃなーい?」

 

 

 

ねぇ今どんな気持ちー? とばかりに俺の前を右往左往する美嘉。

やめろ。なんかもう色々と困るから。辛抱たまr……鬱陶しいから。

 

 

 

八幡「あーはいはい。似合ってるよ」

 

美嘉「うわテキトー。……まぁ、顔真っ赤にして可愛かったから許してやるか★」

 

八幡「うるせ」

 

 

 

くそ、まだまだポーカーフェイスまでは程遠いな。これくらいで動揺するとは。

……けどまぁ、取り繕ってるのは俺だけじゃないみたいだがな。

 

 

 

八幡「……やっぱ、緊張するか?」

 

美嘉「あー……やっぱ、分かっちゃう?」

 

 

 

タハハと笑う美嘉。

その顔は笑っているが、どこか、不安げでもある。

 

 

 

美嘉「正直、こうして気を紛らわせてないと不安でしょうがないんだ。……今にも、足が震えてきそう」

 

 

 

目線は足下。自然と、言葉はぽつりぽつりと落ちるように出てくる。

 

凛だけではない。

二つ歳が上とは言え、美嘉も年端も行かない少女に変わりはない。

 

 

 

美嘉「ぶっちゃけ、凛があんなに参っちゃってるから、その分アタシは冷静でいられるってのもあるんだよね」

 

八幡「あー……他に取り乱してる奴がいると、自分は逆に落ち着いてくるって言うあれか」

 

美嘉「そーそーソレ。読モで少し有名になったからって、結局はこんなモンだよ。まだまだ全然、甘ちゃんだ……」

 

 

 

確かに彼女は、他のアイドルに比べれば少しばかり場数を踏んでいる。

けどそれでも、今まで生きてきた“時間”という経験だけは、どうしようもない。

 

美嘉も、凛も、俺も。

 

まだまだ子供って事か。

 

 

……だが、それが全てではない事も、俺は知っている。

やよいちゃんを見ろ。俺らより年下でも、俺ら以上の努力っつう経験を積んであれくらい高みに立っているんだ。

 

なら美嘉と凛に、それが出来ない道理は無い。

 

 

 

八幡「……あん時よ。お前言ってたよな」

 

美嘉「……?」

 

八幡「『初めまして765先輩! アタシたちシンデレラプロダクションでーす★ 先輩なんだろーがなんだろーが、正々堂々勝負を挑みますんでよろしく♪』……って、感じだったか?」

 

美嘉「うっ……!」

 

 

 

俺が出来るだけアホっぽくキャピッとした感じで言うと、美嘉は痛い所を突かれたように顔を顰める。

ふむ。どうやらあまり触れてほしくはない話題のようだ。

 

 

 

美嘉「や、やめてよ~あの後すっごい言って後悔したんだから!」

 

八幡「いやいや、大先輩に向かってあんだけ啖呵きれるとか俺でも尊敬するレベルだわ。俺だったら絶対やらないけど」

 

美嘉「う、う~」

 

 

 

いやーこんな状態の美嘉は中々見れそうにないからな。ギャップ萌えギャップ萌え。

 

ここぞとばかりに弄りまくって楽しんだ後、俺はソファに腰を降ろす。

 

 

 

八幡「……あん時、ああ言ってくれなかったら、俺らずっとだんまりだったからな」

 

美嘉「え?」

 

八幡「助かったよ」

 

 

 

半ば放心状態だった俺らを、美嘉のあの一言がなんとか突き動かしてくれた。

本人にその気があったかは分からないが、それでも、あの時は助かった。

 

 

 

美嘉「……何の事やら」

 

 

 

そう言って、俺の隣にドカッと座る美嘉。

 

ちょ、なんか今ふわって良い香りがしたんだけど。

こういうタイプの子は香水臭いってイメージ(偏見)だったんだが、考えを改めなければなるまい。

 

 

 

美嘉「あーあー。あれでアタシ、765プロの人たちに礼儀のなってない人って思われちゃってるかもなー」

 

八幡「別にそれは間違ってないような気もするがな」

 

美嘉「悪いことを言う口はどの口かな~?」

 

八幡「いや、だから待っ、ちょっと、近いって」

 

 

 

手をわきわきさせて躙り寄ってくる美嘉から、なんとか身を捩って逃げようとする。

こいつ肌の露出が多いから、下手に押し返せないんだって! 触ったら問題になる所にしか布が無ぇ!

 

 

 

美嘉「……くふふ、あはは♪」

 

八幡「なんだよ、急に笑ったりして」

 

美嘉「いや、こうして一緒にソファに座ってたらさ。臨時プロデュース前に会った時のこと思い出して」

 

 

 

そう言うと美嘉は、俺の斜め向かいのソファに座る。

 

この位置は……

 

 

 

八幡「お前、覚えてたのか?」

 

美嘉「そっちこそ。まさかあの時は、キミにプロデュースしてもらうなんて思ってもみなかったけどね」

 

 

 

ちひろさんに紹介されるより前に、シンデレラプロダクションの休憩所で出会った俺たち。

会話も無く、視線すら合わせた事も無かった。

 

だがそれでも、俺は覚えている。

 

あの、愛おしそうな笑みを。

 

 

 

美嘉「最初は凄い暗いし、目つき悪いなーって思ってたんだけどね」

 

八幡「オイ」

 

 

 

なにこの子。そんなイメージで俺のこと覚えてたの?

だったら忘れていてほしかったわ。

 

 

 

美嘉「あの時、プロデューサー少しだけ電話してたよね?」

 

八幡「電話? ……あーそういやそんな気も」

 

 

 

確か、小町からだったか?

 

なんか病院に寄ってくから飯の当番変わってほしいとかって。

何かあったのかとえらく心配したが、体育で軽く手首捻っただけだって聞いて安心した記憶がある。

 

 

 

美嘉「……その時の表情が、なんとなく忘れられなくてさ」

 

八幡「表情?」

 

美嘉「うん。……すっごい優しそうに笑うんだなーって、思った記憶がある」

 

 

 

その時を思い出すかのように、微笑む美嘉。

……優しそうに笑う、ねぇ。

 

俺がそんな高等テクを使えるとは思えんし、そもそも使った相手が小町という時点でワロエない。

 

どうにも俺がやりきれない気持ちになっていると、何やら美嘉がニヤニヤしながら見てくる。

 

 

 

美嘉「なに? もしかして照れちゃってんの~?」

 

八幡「うるせぇよ。そう言うお前こそ、あん時ケータイ見てニヤニヤしてただろ」

 

美嘉「なっ、に、ニヤニヤなんてしてないし!」

 

八幡「嘘こけ。おおかた莉嘉とメールでもしてたんだろ」

 

美嘉「え、なんで知って……ああいや、やっぱ今のナシ!!」

 

 

 

わーわーぎゃーぎゃーと、漫画だったらそんな背景文字が出そうなくらいに騒ぐ美嘉。

嗜めるのには苦労したが、それでも、こんだけ元気なら大丈夫だろ。

 

ホント、碌なプロデュースが出来ねぇな、俺は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛「…………なにイチャイチャしてんの」

 

 

八幡・美嘉「「うっ……」」

 

 

 

 

 

 

凛、入室。

 

びっくりした……なんだよあのオーラ。戦艦ル級かと思った。

緊張を抜きにしても、どこか只ならぬ気を感じるぞ。

 

 

 

八幡「別に、イチャイチャなんてしてないぞ。な」

 

美嘉「う、うんうん。それよりも、凛ってばどこ行ってたのさー」

 

 

 

なんとも下手な誤摩化し方だが、今は話題を逸らせ!

 

 

 

凛「いや、ちょっとお花を摘みに……」

 

美嘉「え。何それ流行ってんの?」

 

凛「……流行ってるも何も、皆行かないと大変なことになると思うけど」

 

 

 

美嘉の語彙の少なさに、今は感謝しとく事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、ここでもう一度繰り返すが、今回のテレビ出演は生放送だ。

 

普通の音楽番組の収録とは違い、失敗は許されない。

 

 

まぁ普通の収録でもプロは皆失敗等しないように本気だろうし、そもそも歌の収録で失敗自体あまり無いだろうがな。

つまり問題なのは、その本番一回でどれだけ力を発揮出来るかという事だ。

 

 

その本番までの下準備、練習と言ってもいい。

 

歌番組の本番前には、それがある。

 

いわゆる、リハーサルである。

 

 

 

八幡「……そろそろだな。行くぞ」

 

 

 

時計を確認し、席を立つ。

 

美嘉は無言で頷くと、ソファから立ち上がる。

しかし凛は……聞こえてねぇな。

 

 

 

八幡「おい凛」

 

凛「っ!」 ビクッ

 

八幡「大丈夫か?」

 

凛「う、うん」

 

 

 

顔色が全く大丈夫じゃない件について。

 

顔面蒼白とまではいかないが、多少青い事は確かだ。どんだけ蒼好きよ。

しかも、衣装も青と白がメインだからなぁ。

 

 

襟の白いノースリーブシャツに、青色のフリルスカート。

なんとも、凛のイメージにピッタリである。

 

この間の川崎デザインの黒ゴシックも格好良かったが、こっちも爽やかさが出てて実に凛らしい。

 

 

正直、似合ってるかとか訊かれたら美嘉の時みたく困る所だったが、そんな余裕も無いのか訊かれなかった。

いや、その方が俺としては助かるんですけどね? ……だがそれはそれで複雑である。

 

 

二人を連れ、控え室を出てスタジオへと向かう。

廊下を歩いている間、誰も言葉を発する事は無かった。

 

そして、スタジオの入り口まであと少しという所。

 

 

 

美嘉「凛?」

 

凛「……」

 

 

 

振り向くと、凛が立ち止まっている。

 

 

 

凛「ご、ごめんね。ちょっと、緊張しちゃって」

 

 

 

苦笑いしながら言う凛。

そんな事、わざわざ言わなくても分かるっつうの。

 

 

 

美嘉「……じゃあ、アタシ先に行ってるね★」

 

凛「え?」

 

 

 

突然そう言うや否や、美嘉は凛を置いて一人スタジオに向かって行く。

 

 

 

八幡「ちょ、おい美嘉…」

 

美嘉「よろしくね」 ボソッ

 

八幡「ッ!」

 

 

 

俺の横を通り過ぎる間際、小さな声で囁く美嘉。

そのまま、スタジオへと行ってしまった。

 

……はぁ、ったく。

 

 

 

八幡「……仕方ねぇなぁおい」

 

凛「え、ちょっとプロデューサー?」

 

 

 

俺は深く溜め息を吐くと、廊下の壁にもたれ、ズルズルとそのまま腰を降ろす。

 

 

 

凛「プロデューサー、もうすぐリハーサル始まっちゃうよ?」

 

八幡「大丈夫だ。余裕みて控え室出たからな。それよりも…」

 

 

 

俺は顎をしゃくって、隣に座るよう促す。

 

いや、よく考えたら女の子を地べたに座らせるってのも如何なもんかと思うが、事態が事態だしな。なんか見下ろされてるみたいで嫌だし。

それに、ちょっと色々と見えそうで目線が定まらん。

 

 

凛は逡巡した後、小さく溜め息を吐いて、俺の隣にしゃがみ込んだ。

さすがに地べたに座るのは抵抗あったかね。

 

途中廊下を通るスタッフさん達に不審な目で見られたが、今は些細な問題なので捨てておく。

 

 

 

凛「……それで? 今回はどんなトラウマ話を聞かせてくれるの?」

 

八幡「いやなんで俺がトラウマ話をする前提になってんの? そもそも何故そこまでストックがあると?」

 

 

 

いや実際あるんだけどさ。俺のトラウマ話は108話まである。ちゃんと数えた事ないけど。

 

 

 

八幡「悪いが、今回はそういうのは無しだ」

 

凛「?」

 

八幡「今回俺がお前らにしてやれる事は、ほとんど無い」

 

 

 

今回で痛感した。

 

俺には、プロデューサーとしてやってやれる事があまりにも少ない。

所詮は一介の高校生。長年の経験も無ければ、培った知恵も無い。

 

けど、よくよく考えればそれは当然の事なんだよな。

 

このプロデューサー大作戦自体が、一つの大きな試験のようなモノだ。

アイドルだけじゃない。プロデューサーも、試されている。

 

その素質を。

 

 

 

八幡「俺には、他の一般Pが持っているような能力は無いんだよ」

 

 

 

聞けば、前川のプロデューサーは元大手企業の営業職に就いていたらしいし、新田さんのプロデューサーだって有名女子大の主席とかなんとか言っていた。

 

このCDデビューというチャンスに選ばれたのには、アイドルだけではなく、プロデューサーにも何らかの要因がある。俺はそう思っていた。

けれど、俺には何もない。ただのぼっちの高校生……って言ったら今は怒られるか。クラスではぼっちの高校生だ。

 

 

プロデュースに関して、俺は何のカードも持っちゃいない。

とっておきのワイルドカードなんて、俺には無い。

 

 

 

八幡「だから、今回俺に出来るのは一つだけだ」

 

凛「それって……」

 

八幡「“信じること”」

 

 

 

大切な友達に教わった、俺にしか出来なくて、俺だから出来ること。

 

 

 

八幡「俺は、お前を信じてる。……まぁそりゃ、心配にならないって言ったら嘘になるが」

 

 

 

恥ずかしさを隠すように、俺はそっぽを向いて言葉を吐き出す。

 

 

 

八幡「それでも、お前がここで立ち止まるような奴じゃないってのは、理解してるよ」

 

凛「プロデューサー……」

 

 

 

凛は俺の顔を見つめた後、下を向き、うずくまるように膝を抱える。

 

 

 

凛「……ねぇ、プロデューサー」

 

 

 

やがて、躊躇いがちに声を出す凛。

小さく呟くように、俺に問うてくる。

 

 

 

凛「私の話、聞いてもらってもいいかな……」

 

八幡「ああ」

 

 

 

そんなもん、断る理由が無い。

むしろいつも俺の話を聞いてもらってるからな。お前の話だって、いくらでも聞いてやるよ。

 

俺の答えに凛は小さく頷くと、ぽつりぽつりと語り始める。

 

 

 

凛「……私ね。ここ最近は何だか、自分自身に現実味を持てなかったんだ」

 

八幡「自分自身に……?」

 

 

 

何とも、浮世離れした表現をするもんだ。凛ってこんな中二病的な子だったっけ? ……いや、前から若干そんな毛もあった気もする。

 

 

 

凛「ちょっと大袈裟に言い過ぎたかな」

 

 

 

俺の困惑した表情を見て苦笑する凛。

 

 

 

凛「……でも、CDデビューして、テレビ出演して、しかも生放送で……私には、とてもじゃないけど実感が湧かなかった」

 

八幡「……」

 

凛「正直、私でいいのかって思ったよ」

 

 

 

その言葉には、凛の葛藤が込められているように思えた。

 

 

 

凛「そりゃ私だって、アイドルになりたくてこの業界に入ったよ。でも、それでもなれたら良いなって気持ちだけ。私なんかより必死になってアイドルを目指してる子たちは、沢山いる」

 

八幡「…………」

 

 

 

凛のその言葉を否定する事は、俺には出来なかった。

 

 

 

きっと、現実に気持ちが追いつかないのだろう。

 

自分が思うよりも速く周りが流れていって、期待されて、結果を求められる。

凛だって、まだ15歳の女の子だ。

 

嬉しい事だろうが、祝うべき事だろうが。

 

 

そんな簡単に、受け入れられるものじゃない。

 

 

 

凛「……千早さんみたいに歌えたらって思った。でも、千早さん程の歌に対する覚悟も、私は持っていない」

 

 

 

そこで凛は、もう一度俺の目を見つめる。

俺に対し、訴えかける。

 

 

 

凛「そんな私が、千早さんと同じ舞台に立っていいの? ……そんな私を、信じてくれるの?」

 

 

 

その真剣な目に、俺は何と答えればいいのか。

 

……いや、そんな事は分かり切っている。

 

考える必要すら、俺には無い。

 

 

 

俺は人差し指を凛に向けてやる。

 

 

 

凛「? プロd…」

 

八幡「てい」

 

凛「あたっ」

 

 

 

THE・デコピン。

 

俺の夢は伊織ちゃんにデコピンしてやる事だが、今は置いておく。

俺のデコピンを受け、凛は軽く尻餅をついていた。……ちょっと罪悪感湧くな。

 

 

そして俺は突き出した手をそのまま移動させ、ポンっと凛の頭に乗せてやる。

これぞ小町直伝“女子もイチコロ頭ポン♪”である。胡散臭ぁー!!

 

 

 

凛「ぷ、プロデューサー?」

 

八幡「いいか。すっげー大事なことだからもっかい言うぞ?」

 

 

 

改めて、言ってやる。

 

 

 

八幡「俺は、凛を信じてる」

 

凛「ッ!」

 

八幡「お前だから、今この場に、お前はいるんだよ」

 

 

 

他の誰でもない、凛だからこそ、アイドルとしてここまで来れた。

CDデビュー出来たのも、テレビで歌う事が出来るのも、他でもない。凛だからだ。

 

 

 

八幡「どんだけ迷って自信が無くても、お前がやってきた事に嘘は無い。レッスンに費やした時間も、そこまで真剣に考えられる気持ちも、全部、本物だ」

 

 

 

たとえ自分自身が信じられなくても、凛がやってきた努力は裏切らない。

 

だから俺も、信じられる。

 

 

 

 

凛「……ただ、テレビ見て歌いたいって思っただけだよ…?」

 

 

八幡「きっかけなんて皆そんなもんだ。お前は、そっから一歩踏み出したんだろ」

 

 

凛「…………全然ファンの為とか考えてないし、自分の事で精一杯なんだよ……?」

 

 

八幡「応援するかどうかはファンが決める事だ。お前が真剣にアイドルやってりゃ、結果もファンもついてくる」

 

 

凛「………………私に、出来るの、かな………?」

 

 

 

 

あーもう!

 

どんだけ不安なんだよこのお姫様は!?

 

 

俺は面倒になり、凛の手を引いて立ち上がる。

だがちょっと頑張り過ぎた。女の子の手を握るとか俺にはハードルが高過ぎる。

 

速攻で手を離し、腕を組む。顔が熱い。

 

 

 

八幡「……結構前にやってた、まだ有名じゃない時の765プロのドキュメンタリー番組見た事あるか?」

 

凛「へ?」

 

 

 

俺の唐突の質問に、上ずったような声を出す凛。

 

 

 

凛「……あの、あなたにとってのアイドルとは? って質問していくやつ?」

 

八幡「それだ。…………お前なら、なんて答える?」

 

 

 

俺がそう訊くと、凛は俯き、しばし考えたが、やがて首を横に振る。

 

 

 

凛「……分からない。私には、明確にアイドルを目指す理由が無いから…」

 

八幡「なら、それを探せよ」

 

 

 

凛の隣に移動し、スタジオの向こうを見据える。

その向こうは、照明のせいかキラキラと輝いて見えた。

 

 

 

八幡「まぁ、少しばかり探すのには苦労するかもしれん。道なりも困難だ。その上終わりが見えないときてる。フルマラソン所じゃない。見つかるかも分からんし、めちゃくちゃつれーだろうな」

 

 

 

凛に、視線を移す。

その瞳は、俺をジッと見つめていた。

 

 

 

八幡「けど、走り切った時の感動はヤバイだろうな。きっと途中で応援してくれる奴らも増えてくし、競い合うライバルも現れるだろ。もちろん、背中を押してくれる仲間もいる。…………そんでもって」

 

 

 

俺は、多少の、というかかなりの恥ずかしさと共に言ってやる。

 

 

 

八幡「隣には、俺がいる」

 

 

 

こんな事を言うのは、一生で最後だと思いたい。

 

 

 

八幡「なんの力にもなれないかもしれないし、途中でリタイアするかもしれん。…………けど、あん時約束しちまったからな」

 

 

 

 

 

 

夜の町を、二人で歩いたあの日。

 

 

 

 

 

 

八幡「隣で、ちゃんと見てるって」

 

 

 

 

 

 

だから、信じないわけにはいかないだろ。

 

 

 

 

 

 

凛「…………」

 

 

 

 

 

 

凛は俺の言葉を聞いて、静かに目を閉じる。

 

さっきまでの動揺や焦燥とは違う、落ち着き払ったその仕草。

 

俺は、声をかける。

 

 

 

 

八幡「さ、周りの準備は万全だ。ーーお前はどうする?」

 

 

凛「……そこまで言われたら、もう立ち止まっていられないよ」

 

 

 

 

凛が、目を開く。

 

 

 

 

凛「ありがと、プロデューサー」

 

 

 

 

その声は、どこまでも真っ直ぐで。

 

 

 

 

 

 

凛「ーーーー全力で、駆け抜けてみせるから」

 

 

 

 

 

 

その瞳に、迷いは無かった。

 

 

 

 

 

 

その一歩を、踏み出す。

 

 

スタジオに向けて、歩いていく。

 

 

 

 

八幡「……その衣装、似合ってるよ」

 

 

凛「えっ?」

 

 

八幡「何でもねぇよ」

 

 

 

 

 

 

二人で、一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛「それで、何が俺に出来ることは一つだって?」 ジトッ

 

 

 

リハーサル終了後、俺は我が担当アイドルに睨まれていた。

正直、本当に石になりそうな勢いである。

 

 

 

八幡「いやー出来ることならお前らの緊張を和らげてやろうと思ってな?」

 

凛「ある意味本番以上に緊張したよっ!!」

 

 

 

そう声を荒げる凛に、後ろで笑う765勢。

 

そう、今回俺がした一つの仕込み。それはーー

 

 

 

美嘉「まさか、リハとは言え765プロの人たちと歌うとはねぇ……」

 

 

 

疲れたように呆れた声を出すのは美嘉。

よほど緊張したのか、パイプ椅子に座り込んでいる。

 

 

 

千早「でも、楽屋に来た時は驚きました。『一緒に歌ってやってください』って急に頭を下げるんですから」

 

八幡「う……」

 

 

 

いや俺だってめちゃくちゃ緊張したかんね?

何故か他の仕事が入ってるとかで765のプロデューサーさんはいないし、開けたらいきなりやよいちゃんいるし。いや楽屋なんだから当たり前なんだけども。

 

 

要は俺がやりたかったのは、本番に緊張するなら、その前にもっと特別な事をやらせるって事だ。

生放送のインパクトには勝てないだろうが、それでも憧れの765プロとユニット組んで即興で歌うんだ。中々緊張も飛ばせたんじゃなかろうか。

 

 

 

貴音「相も変わらず、あなたは嘘吐きですね」

 

 

 

クスクスと俺を見て笑う四条。やめろ。この間も言ってたが、俺は皇帝陛下なんぞにはなれん。

 

 

 

八幡「何言ってんだ。俺ほど自分に素直な奴はいないぞ? 素直過ぎて俺が自分の話すると皆『う、うん』って頷くくらいだ」

 

凛「それは引いてるって言うんだよ……」

 

 

 

その通りだった。

 

 

 

凛「……というか、プロデューサーって四条さんと知り合いだったの?」

 

美嘉「そういえば、話す時もタメ口だしね」

 

八幡「あ? あー……それはだなぁ」

 

 

 

深夜のラーメン屋で出会いましたと言って信じられるのかっていうね。

敬語を使わないのも、なんかあの時からそうだったし……

 

 

 

貴音「彼とは、因縁があるのです」

 

凛「え!?」

 

やよい「いんねん??」

 

 

 

やよいちゃん可愛い。

じゃなくて、なんだその誤解を招く言い方は。ただラーメン奢っただけなんですけど?

 

 

 

貴音「そして、渋谷凛。あなたとも」

 

凛「え!?」

 

千早「話が見えてこないわ……」

 

ディレクター「あの~……とりあえず、リハの続き始めていい?」

 

 

 

どうにかディレクターのおかげで煙に巻く事が出来たな。

このままなぁなぁになってくれれば尚良しだ。

 

 

 

やよい「あ、あの!」

 

八幡「っ! ひゃ、ひゃい!」

 

 

 

と、そこで突然の背後からの呼びかけに驚く。

しかも相手はあのやよいちゃんである。思わず変な声が出てしまった……

 

 

 

八幡「な、なんでしょうか…」

 

やよい「これ、私から比企谷さんへのプレゼントです!」

 

八幡「え…」

 

 

 

そうして手渡されたのは、一枚の色紙。

そう。高槻やよいの、直筆サイン色紙だった。

 

しかも、俺宛て……だと……!?

 

 

 

やよい「実はさっき渋谷さんに、比企谷さんが私のファンだって教えてもらって……迷惑でしたか?」

 

八幡「ととととんでもないっ!」

 

 

 

さすがは凛だ! 良い仕事をしてくれる!!

これは家宝にせねば……

 

 

 

やよい「それじゃ、私行きますね」

 

八幡「っ! あ、あの!」

 

やよい「?」

 

 

 

俺は少し躊躇った後、何とか言葉を紡ぐ。

 

 

 

八幡「……いつも、ありがとう」

 

やよい「え?」

 

 

 

もしも、会う事が出来たなら、絶対に言おうと決めていた。

 

 

 

八幡「辛い時も、嫌な事があっても、いつでも元気をくれたから。……だから、ありがとう」

 

 

 

上手く、言葉に出来ない。

 

何故だか、涙腺が緩む。

 

俺の気持ちは、ちゃんと伝わっているのだろうか。

 

 

 

やよい「っ……はいっ! こちらこそ、いつも応援ありがとうございます! これからもよろしくお願いしますね♪」

 

 

 

そう言って、彼女は戻っていった。

 

 

それは、こっちの台詞なのに。

 

いつだって応援して貰ってるのは、こっちの方だ。

 

 

 

美嘉「プロデューサー? そろそろ凛のリハ始まるよー?」

 

 

 

美嘉の声で我に帰り、俺は慌ててスタジオの後ろ側へと戻る。

ここからなら、スタジオ全部を見渡せるからな。

 

 

 

見ると、凛は既にステージに立ち、早速準備を始めていた。

 

 

 

凛『あーあー……マイクは大丈夫だね』

 

 

 

スピーカーから凛の声が聞こえる。

どうやら、緊張は程良く解けたらしい。

 

 

 

凛『……ごめんなさい。歌う前に、少しだけ言いたい事があるの』

 

 

 

と、そこで凛は曲が始まる前にふいに話し出す。

 

 

 

凛『この間、CDデビューするって聞いた時は言いそびれちゃったから……今ここで』

 

 

 

そこで凛は俺の方を向き、満面の笑顔で言った。

 

 

 

凛『ここまで来れたのは、プロデューサーのおかげ。…………だからありがとう、プロデューサー』

 

 

 

その言葉の後、スタジオにいる全員が俺の方を向く。

 

いや何よこの公開処刑。しかも何か言わなきゃならない空気になってるし……!

 

 

 

俺はたっぷりと苦悶した後、頭をガリガリと掻き、明後日の方向を向きつつ一言だけ言った。

 

 

 

 

 

 

八幡「…………おう」

 

 

 

 

 

 

それを聞いて、凛はもう一度満足そうに微笑んだ。

 

……何故だか、スタジオ中からニヤニヤとした視線を感じるぞオイ。

 

 

 

やがて、曲が始まる。

 

ったく、ホントにこいつといると飽きねぇな……

 

俺はジッと凛を見つめ、その歌声を聴く為に、耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

凛『ーーーー♪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テレビ生出演の翌日。

つまり、今日は凛と美嘉のCD発売日である。

 

俺は既に手にした二枚のCDを持ち、シンデレラプロダクションにいた。

 

 

 

ちひろ「いや~中々の盛況でしたよ! コレは今日のCD売り上げにも期待出来ますね~♪」

 

 

 

ものっ凄い笑顔でコーヒーを出してくれるちひろさん。正直引くくらい機嫌が良い。

単にテレビ出演が成功したのが嬉しいのか、その収入が嬉しいのか。……前者であると信じたい。

 

 

 

ちひろ「そんなの、どっちもに決まってるじゃないですか♪」

 

八幡「さらっと心を読まないでください」

 

 

 

つーかやっぱ金銭面もかェ……

 

 

 

ちひろ「あれ、そういえば凛ちゃんは?」

 

八幡「なんか、765プロの如月千早とお食事らしいですよ」

 

ちひろ「ええ! 凄いじゃないですか!?」

 

 

 

なんでもあの後、二人は意気投合して連絡を取り合っているらしい。

今度一緒にレッスンを見てもらえるとか喜んでたな。

 

 

 

ちひろ「しかも、あれから早速オファーが来てるみたいですね。やっぱりテレビ出演は大きいですねぇ」

 

八幡「ですね。正直今も俺のケータイが鳴っている事に恐怖を感じます」

 

 

 

いや仕事が舞い込むのは良い事だけどさぁ……こんだけ露骨だとげんなりもしますがな!

まぁ電話は後にして、今はコッチを優先しますかね。

 

 

ちひろさんが電話対応をしているのを尻目に、俺はCDプレーヤーにCDを入れ、再生ボタンを押す。

耳にかけたイヤホンから、軽快な音楽が流れてくる。

 

 

 

八幡「……ふむ」

 

 

 

中々良いのではなかろうか。

 

 

と、そこで突然右耳のイヤホンが外される。

 

驚いて横を見てみれば、そこにはいつの間にか帰ってきていた凛の姿が。

俺から奪いさったイヤホンを、耳に当てていた。

 

 

 

凛「……ふーん?」

 

 

 

あ。これヤバイやつだ。

 

 

 

凛「プロデューサーは担当アイドルより先に、臨時プロデュースしてるアイドルの曲を聴くんだ?」 ニッコリ

 

 

 

テーブルの上には、封の開けられた美嘉のCD。

そしてその横には、未だ未開封な凛のCD。

 

凛さん。目が笑ってないでござる。

 

 

 

ちひろ「うっふっふ~安心してください凛ちゃん♪」

 

 

 

と、そこで鬼登場。違った。悪魔か。

ちひろさんは凛の側まで寄ると、耳打ちするかのように言ってやる。

 

 

 

ちひろ「比企谷くん、既に凛ちゃんのデモCDは持ち帰ってますから♪」

 

凛「え?」

 

 

 

いや、ちょっ、丸聞こえなんですけどォ!?

俺はちひろさんを止めにかかるが、時既に遅し。

 

 

 

ちひろ「サンプルのCDは発売より全然早く出来ますからね。それを言ったら、比企谷くんってばわざわざレコーディング会社まで貰いに行ったんですから」

 

 

 

は、恥ずかしい……!

おのれチッヒー……自分がサトリナ声である事に感謝するんだな。じゃなきゃ張っ倒している。

 

 

 

凛「……」

 

 

 

と、そこで凛は何故か俺のデスクの引き出しを開ける。

そこには、俺のipodが。

 

 

 

凛「……」

 

 

 

無言で操作している凛。

一体何を……? ってまさか!?

 

 

 

凛「……『Never say never』、入ってる」

 

ひちろ「おお! もうipodにも落としてるんですね!」

 

 

 

いっそ殺せ。

 

 

 

見れば、凛はいつの間にか顔が真っ赤だ。

恥ずかしがってるその顔はとても可愛い。可愛いが……

 

俺の方が、もっと恥ずかしい。

 

 

 

凛「ぷ、プロデューサー」

 

八幡「…………」

 

凛「…………」

 

八幡「」 ダッ

 

ちひろ「あ! 逃げた!」

 

 

 

違う。これは戦略的撤退だ(逃げです)。

いつ以来だろう。こんだけ本気で走ったのは。

 

 

 

美嘉「あれ? プロデューサーどこ行くの……って速っ!?」

 

凛「ちょ、待ってよプロデューサーっ!?」

 

 

 

その後も、愉快な事務所内での追いかけっこは続いた。

 

途中島村や本田も加わり、最終的には社長に説教される事になるのだが、今は置いておこう。

 

 

 

……真に遺憾ながら、この生活に慣れて来てしまっている自分がいる。

 

そして楽しんでる自分も、な。

 

 

 

凛は今以上に有名になっていくだろう。

 

仕事も、ファンも増えていく。

 

 

正直、俺がプロデューサーで大丈夫なのか不安にもなる。

 

 

……けど、俺がアイツを信じてるように。

 

 

 

アイツも、凛も、俺を信じてくれている。

 

 

 

なら、俺はどこまでも一緒に走ってゆこう。

 

 

 

 

 

 

いつか辿り着ける、その日まで。

 

 

 

 

 

 

 


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