第8話 土くれ、学舎にて強襲す
――明けて翌朝。
太公望が目を覚ますと、真上から己の顔をのぞき込んでいたタバサと目が合った。
「やっと起きた」
「……? いつもと変わらぬ時間のはずだが」
太公望はよっこらせというかけ声と共に身体を起こし、上半身を伸ばした。そしてようやくタバサのほうに視線を向けると、既に着替えを終えていたらしい彼女は膝を揃えて畳み、彼の枕元に座っていた――節くれ立った長い木の杖を持って。
そういえば。昨日の夜、彼女と試合することを承諾していた。まさか、これから一戦やりたいなどと言い出すのではあるまいな。太公望は内心冷や汗をかいた。
彼はふと、崑崙にいた仲間のひとりである宝貝人間を思い出す。自分より強い者を見ると見境なく挑みかかるバトルマニア。
タバサは彼のようなタイプではないと思うのだが……いや、そういえばめったに感情を表さないことといい、言葉少なであることといい、微妙に特徴がかぶるというか……。
(高位の〝風使い〟などと言ってしまったのは失敗だったかのう……)
と、思わず頭を抱えそうになった太公望を思考の谷間から引き戻したのは、彼の寝間着の袖を掴み、くいくいっと引くタバサ。
「早く着替えて」
「いったい、何をそんなに急いでおるのだ?」
内心、頼むから早く戦いたいとか言わないでくれ……と願っていた太公望だったが、その祈りはどうやらこの世界の『始祖』に届いていたようだ。
「もうすぐ日が昇る」
すっ、と窓を指差したタバサがぽつりと言い、太公望の目をじっと見つめる。
「空」
ああ、そういうことか。太公望は理解した。
「わしの背中に乗って、日の出が見たいと?」
こくこくと首を小さく前後に揺らすタバサ。こんな玩具箱を目の前にした幼子のような態度で頼まれてしまっては、さすがの彼も断れない。苦笑いをして頷く。
「すぐ支度する。待っておれ」
――それから数分後。ふたりは窓の外へ飛び出した。
○●○●○●○●
――それは、まさに幻想的な光景だった。高度3000メイル。地平線の向こうから顔を出す太陽は神々しいまでの輝きを放っており、遙か下界に望む魔法学院はまるで玩具の城のようだ。
頬に当たる風が心地よい。風竜もかくやという速度で飛び続けているにも関わらず、向かい風の影響がその程度にしか感じられないのは、彼が周囲に張っている
タバサは本気で驚いていた。まさか〝飛翔〟の魔法でこれほどの速度が出せるとは思ってもみなかったのだ。その上で考えた。自分という『荷物』を乗せてなお、この速さを維持できるということは、ひとりで飛んだら……たとえ風竜の全力をもってしても、彼に追いつくことは敵わないのではないだろうかと。
この〝力〟を借りることができたら――そこまで考えて、彼女は思い直した。確かに彼はわたしの使い魔だ。しかし『事故』で無理矢理言葉すら違う異郷へと連れてこられた無関係の人間でもある。こうして側にいてもらえるだけでもよしとしなければいけないのだ。
それに……彼は争いを好まない。だからこそ、これまで自分の力量をひた隠しにしてきたのだろう。にも関わらず、手合わせを了承してくれた。スクウェアクラス、しかも異国のメイジと杖を交えることができるなど、得難い機会。そして、彼はほぼ間違いなく実戦を経験している。そんな相手と戦い、語り合うだけで、いったいどれほどのものが得られるか――それ以上を求めるのは、いくらなんでも贅沢というものだ。
思わず、太公望の肩を掴んでいた手に力が込もる。
「どうした、もしや寒くなってきたかのう?」
返ってきた反応は、暖かかった。
「大丈夫、なんでもない」
タバサは思った。これで充分。こんな風に空を飛べただけで――。
その後10分ほど空中遊覧を楽しんだふたりは、ゆっくりと寮塔5階にある自室へと舞い戻った……のだが。
またもや〝解錠〟の魔法で部屋に突入していたキュルケ・ルイズ・才人の3人――キュルケと才人はタバサ同様、空への誘惑に抗えず待ちかまえていたらしい。ルイズは別の用件があったようだが――に見咎められてしまい。太公望はさんざん理屈を突きつけられた挙げ句、何度も空と地上を往復させられる羽目になり。
(スープーは、いつもこんな感じだったのかのう……)
全員が満足するまで飛ばされ続けた太公望は、その後夜まで起き上がれなかった――。
○●○●○●○●
――太公望が召喚されてから2回目の虚無の曜日、その夜。
トリステイン魔法学院の本塔外壁に、漆黒のローブを纏った不審人物が
「情報じゃ、物理攻撃が弱点らしいけど……こんなにぶ厚かったら、ちょっとやそっとの魔法じゃどうしようもないねえ」
この不審者は足の裏から伝わってくる感触で、塔外壁の状態を調べていたのだった。
「確かに〝固定化〟の魔法以外はかけられていないようだけど……」
新たに〝錬金〟を重ね掛けすることによって無効化しようとしたのだが、効果がない。
おそらく『スクウェア』クラス、それも相当の使い手がこの壁に〝固定化〟を施したのであろう。腕には自信を持っていたが『トライアングル』の自分には到底手が出せない。壁の上に立つ人物は、そう判断した。
「とてつもない試練を乗り越えて、やっとここまで来たってのに……ッ!」
小声でそう呟きながら、ぎりっと歯噛みする。
「だからといって『破壊の杖』を諦めるわけにゃあいかないね……」
その場で腕を組み、深く悩み始めたこの人物こそ今宵の主賓である。ただし、頭に『招かれざる』という注釈がつくのだが。
――いっぽうそのころ。
タバサの部屋では新たな騒動が持ち上がっていた。
「この状態のわしにモノを頼もうなどとは……おぬしは鬼か」
寝床の中から上半身だけを起こした太公望がぼやく。部屋の主であるタバサも、珍しくその瞳にはっきりとした怒りの色をたたえている。
「そ、それは、や、やりすぎちゃったとは思ってるんだけど」
「思ってるだけかい!」
ガーッ! と、大口開けて威嚇する太公望の姿にさすがに焦ったのであろう、才人は主人のマントの裾を掴んで軽く引っ張った。
「ごめん、やっぱ無理だよな。ほら、帰るぞルイズ」
今回騒ぎを持ち込んだのは、ルイズと才人の主従であった。せっかくの虚無の曜日、太公望の気が変わらないうちに、東方の技(?)で自分の魔法について調査してもらいたい……。
そう考えたルイズは彼と仲の良い才人を連れて、朝早くにタバサの部屋を訪れたのだが。キュルケと才人たちの悪ふざけに乗っかってしまった上に、空を舞う楽しさにうっかり我を忘れた結果……肝心な用件を伝える前に太公望は倒れてしまったのである。
「まあ、おぬしの事情はわかった。約束だからのう、わしなりに調べてやってもよい」
「ホント!?」
ぱっとルイズの顔が輝く。
「だが、さすがに今日のところは無理だ。回復し次第見てやるから、しばし待て」
「そ、そうよね。あ、えっと……ごめんなさい」
素直に詫びるルイズの姿に驚いた才人とタバサが目を丸くする。そんな彼らを見て、さすがの太公望も怒る気が失せたらしい。やれやれ、と疲れたように口を開く。
「だが、過度な期待は禁物だぞ。これまで誰にも失敗の原因がわからなかったおぬしの魔法について、教師でも研究者でもないわしが正しく見極められるとは限らん。むしろ、解明出来なくて当たり前。そのくらいの覚悟はしておいて欲しい」
その言葉にビクリと身体を震わせたルイズだったが、気丈にも声を絞り出した。
「……ええ。王立アカデミーにいる姉さまにもわからなかったんですもの。覚悟はできてるわ」
その答えに満足したのか、太公望はしっかりと頷いた。
「ならば……」
ドゴォォォオオ……ン。
だがしかし、その言葉は外から聞こえてきた突然の轟音によってかき消される。いち早く異変に反応し、窓の側へと駆け寄ったタバサは見た。
――本塔のすぐ側。月明かりの下に、巨人が顕現しているのを。
○●○●○●○●
タバサは急いで〝遠見〟の呪文を唱え、外を確認した。本塔脇の中庭に土で造られたとおぼしき巨大なゴーレムが立っている。あれは、まさか……。
「土くれ」
「何だ、それは」
「最近、この国を中心に暴れ回っている盗賊。あなたはそこにいて」
未だ起き上がれない太公望へそう告げると、タバサは杖を持って窓から勢いよく空へ飛び出した。だが、そのとき部屋から飛び出したのは――窓ではなく廊下の扉からだったが――タバサだけではない。ルイズが『土くれ』という名前にいち早く反応していた。
彼女はその名を聞いたことがあった。強力な土魔法を用いて頑丈な建造物や金庫の壁をただの土くれに変え、奥に納められた魔法の宝物を盗み出すという神出鬼没の大怪盗――それが『土くれ』のフーケだ。とある貴族の家に代々伝わる魔法のティアラが奪われたとか、王立銀行を白昼堂々襲撃したといった噂話がまことしやかに流されている。
ただし、どんなに金を持っていても平民の元へは決して押し入ることがなく、あえて貴族の財宝だけを狙うことから、一部の平民たちからは義賊などと持て囃されていた。それがまた貴族たちにとって癪の種となっているのだ。
「『土くれ』がここに来たってことは、本塔にある宝物庫狙いに決まってるわ!」
なら、自分がするべきことはひとつだ。ルイズは中庭へ向かって駆け出した。そんな彼女を才人は慌てて呼び止める。
「おい、どこ行くんだよ。まさか……」
「そのまさかよ」
「あんなデカいの、お前ひとりでどうするっていうんだ! 下手すりゃ死ぬぞ!!」
慌てて制止しようとする才人を振り払う。
「こういうときに何とかするのが貴族の役目よ!」
彼女のどこまでもまっすぐなその姿勢が、才人にはとても眩しく見えた。ルイズの手助けがしたい――彼はこのとき初めて、心の底からそう思った。
「使い魔は主人の盾になるんだろ。デルフ取ってくるから、出口で合流しようぜ」
「なによ、無理しちゃって」
「お前にだけは言われたくねえな」
そして、すぐさま相棒を背負って玄関へ駆けつけた才人と、同じく外の轟音に気がついて駆けつけてきたキュルケを加えた3人組は、互いに憎まれ口を叩きつつも、ばたばたと事件現場へ向かって急行した。
――結論から言えば、彼らの行為は無駄にはならなかった。ただ残念なことに、怪盗捕縛という結果ではなく、より事態を複雑にしてしまったという意味において……だが。
○●○●○●○●
「くそッ、ここで諦めてたまるもんかい!」」
『土くれ』の2つ名で呼ばれ、トリステイン国内はおろか、隣国までその名を轟かせる大怪盗フーケは、珍しく焦っていた。
ウルの月――フレイヤの週、虚無の曜日。
この日、学院長のオスマン氏が所用でトリスタニアの街へ出向く。学院最高責任者にして、いちばんの使い手である彼が1日中不在となる――その情報を元に決行の日を定めたはずだったのだが……想定以上に目標の守りが堅かった。
得意の〝錬金〟は、やはりこの宝物庫を護る壁には通用しない。しかし、この場でぐずぐずしていたら人目に付く危険性がある。こうなれば最後の手段とばかりに、フーケは人型のゴーレムを生成した。全長30メイル、単体で城攻めすら可能な『土くれ』自慢の巨大ゴーレムだ。
そのゴーレムの拳で目的の場所――宝物庫の外壁を殴る。殴る。殴る。ビクともしない。拳の部分を鉄に変えて、さらに衝撃を与え続けてみた。が、ヒビひとつ入れることができない。
「ちッ。逃走後のことを考えるとこれ以上〝精神力〟を使うのは危険だ。悔しいけど、引くしかないのか……?」
その時、思わぬ事態が発生した。突如ゴーレムの脇――1メイルほどの位置で爆発が起こり、そこに亀裂が入ったのだ。しかも、ご丁寧に周囲の〝固定化〟まで解除されている。即座にそれに気付いたフーケは、ニヤリと嗤った。
「誰だか知らないが、ご協力感謝するよ」
このチャンスを見逃す手はない。生じた亀裂めがけてゴーレムの拳を振り下ろす。バカッという音と共に、人ひとりが通り抜けられるほどの穴が開いた。フーケはゴーレムの腕を伝い、宝物庫内部へと進入した。中にはたくさんのお宝――
去り際に、杖――今回持ち出したブツではなく、愛用のものをさっと一振りすると、宝物庫の内壁に文字が刻まれた。
『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』
そして、フーケは闇夜の中へと消えていった――。
「あれは、どういうこと?」
窓から飛び出した後、ゴーレムからの死角となる建物脇の植え込みに身を隠しつつ密やかに件の巨大ゴーレムへ接近しつつあったタバサは、突然の事態に眉をひそめた。
それまで、巨大ゴーレムの攻撃にびくともしなかった本塔外壁。そこにルイズの〝爆発〟が――ゴーレムの肩に乗っていた人物に当てようとして外したのだと思われる魔法が直撃した瞬間、あれだけの強度を誇っていた壁に大きな亀裂が走ったのだ。ついに攻撃に耐えられなくなったのか? それにしては――。
(検証している場合ではない。今行うべきは、早急にゴーレムを使役しているメイジ――おそらくは、あの肩に乗っている黒いローブを纏った人物。それを確保すること)
タバサは即座に思考を切り替え、行動に移った。
だがしかし、その作戦は失敗に終わってしまった。何故なら、それから間もなくして目標物――巨大ゴーレムが突如音を立てて崩れ落ち、それと共に舞い散った大量の砂煙が彼女の視覚を完全に遮ってしまったからだ。
視界が晴れると、そこには堆く積み上がった土――元はゴーレムであっただろうモノが小さな山を形成しており、黒いローブを着たメイジの姿は跡形もなく消え去っていた――。
○●○●○●○●
――翌朝。トリステイン魔法学院は喧噪に包まれていた。
魔法学院内で厳重に保管されていた秘宝『破壊の杖』が、昨今噂でもちきりの怪盗『土くれ』のフーケによって盗まれてしまったからである。しかも巨大なゴーレムを用い、その腕力でもって保管場所の壁を破壊するという大胆不敵な方法によって。
事件現場となった宝物庫には学院中の教員たちが集まっていたが、事態は昨夜から何ひとつとして動いていなかった。何故なら……。
「衛兵は何をしておったのだ! やはり平民など当てにならん」
「それより、当直の貴族は誰だったのだね!?」
と、まあ彼らはこんな風にずっと責任のなすりつけあいを続けていたからだ。
――わたしたちは、何のためにこの場へ駆り出されたのだろう。
タバサは冷めきった目で周囲を観察していた。無理もない、昨夜の事件を目撃した者のひとりとして招集を受けたにもかかわらず、未だに事情聴取すら行われていないのだから。
同じく呼び出された面々はと見ると、キュルケは欠伸をかみ殺した表情で側の壁に寄りかかっていて。才人は物珍しそうに辺りを見回しており。ルイズは俯いて、小さく肩を震わせていた。こんなことなら彼を部屋に残してきたほうが良かったかもしれない。自分の横に腕を後ろ手に組んで立つ、未だ顔色の優れぬ太公望に、タバサは心の中で詫びた。
それから約10分ほどして――その日の当直であったにも関わらず、部屋で眠ってしまっていたミセス・シュヴルーズが槍玉に挙げられたちょうどその時、押っ取り刀でトリスタニアの街から戻ってきたオスマン氏が姿を現した。唾を飛ばしながらシュヴルーズを責める貴族たちを一瞥した後、彼はこう述べた。
「この中でまともに当直をしたことのある教師は、いったい何人おるのかな?」
オスマン氏の問いかけに誰も反応しない。それどころか、顔を伏せて目立たぬようにする者までいる始末。
「さて、これが現実じゃ。責任を追及するというのなら、ここにいる全教員……もちろんわしも含めて、ということになる」
宝物庫の中に重い沈黙がのし掛かる。
「皆、この魔法学院が賊に襲われるなどとは思ってもおらなんだ。なにせ、国内で王宮の次に多くのメイジが集っておる施設じゃからのう。そんな場所へ忍び込むなぞ、ブレスを吐こうとしているドラゴンの眼前に飛び込むようなもんじゃ。そんな真似をする馬鹿がいる訳がない、そう考えとった。しかし、その認識が間違いだったということは……これが証明しておる」
オスマン氏は宝物庫の壁に開けられた大穴に目をやった後、再び視線を室内に戻す。
「つまり、これはわしを含む教員全員の認識の甘さが招いた事態だということじゃ」
苦々しげに告げると、オスマン氏は教師たちに尋ねた。
「で、犯行の現場を見ていた者達がいると聞いてきたのだが?」
「この3人です」
オスマン氏の質問にコルベールが前へ進み出て、自分の後ろに控えていたタバサ・ルイズ・キュルケの3人を指差した。才人と太公望も側にいたが、才人は使い魔なので数に入っておらず、そもそも太公望はただの付き添いなので目撃者ではない。
「ほほう……君たちかね」
オスマン氏は、興味深そうに才人と太公望を見つめた。才人はどうして自分がじろじろ見られているのかわからず、しかしどうやら相手が偉い人物だということは理解していたので、姿勢を正して畏まった。太公望はというと、一瞬ピクリと眉を動かしただけで、特に何もしなかった。
「では、当時の状況を詳しく説明してもらおう」
代表として前へ出たルイズが襲撃時に見たこと、聞いたものを伝える。
「夕べ、いきなり外で大きな音がしたんです。驚いて窓を開けたら、本塔の側に大きなゴーレムが立っていて、何度も壁を殴っていました。急いで駆け付けたんですけど、その、塔に穴を開けられてしまって……」
「この穴じゃな?」
「はい。それからすぐに、ゴーレムの肩に乗っていた黒ずくめのメイジが中へ飛び込んで、中から何か……たぶん『破壊の杖』だと思いますが、それを盗んだあと、すぐにゴーレムの肩に戻って学院の外壁を超えたんです。わたしたち、もちろん追いかけようとしました。でも、ゴーレムがいきなり崩れ出して……酷い土埃のせいで見失っちゃったんです」
「他に覚えていることはないかね?」
「申し訳ありません、これ以上は何も……」
説明を聞き終えたオスマン氏は、深々とため息をついた。
「後を追おうにも、手がかりなしという訳か」
立派な白髭を撫でつけながら何事かを考えていた彼は、ふとこの場にいるべき人物の姿が見えないことに気がついた。
「ときに、ミス・ロングビルはどうしたね?」
学院長の補佐をしてしかるべき彼の秘書、ミス・ロングビルがいないのだ。その場にいた教師たちに行方を尋ねたが要領を得ない答えが返ってくるのみ。一体彼女は何をしているのか……。
と、まさに『噂をすれば影が差す』という諺を実証するようなタイミングで問題の秘書ミス・ロングビルが姿を現した。
「いったいどこへ行っていたのかね? こんな大事件が起きていたというのに」
オスマン氏の問いかけに、ロングビルは落ち着き払った態度で答えた。
「申し訳ありません、朝から調査に出ておりましたの」
「調査?」
彼女曰く、朝起きたら学院中が針でつついたような騒ぎになっていた。何事かと駆けつけてみれば、本塔の側壁に大きな穴がぽっかりと開いているではないか。
まさかと思い宝物庫へ急ぐと、壁に書かれたフーケのサインを見つけた。これは国中の貴族を震え上がらせている大盗賊の仕業かと畏れおののきながらも、自分にできる仕事――事件の調査を開始したのだという。
「仕事が早いのう、ミス。で……結果は?」
「はい。フーケの居所がわかりました」
室内中から、おおっという感嘆の声が漏れる。
「どうやってそれを調べ上げたんじゃね? ミス・ロングビル」
「はい。近隣の農民たちから話を聞いて回りました。そのうちのひとりが、近くの森の廃屋に入っていった黒づくめのローブの男を見たそうです。おそらくですが、その男がフーケで、廃屋は彼の隠れ家なのではないかと判断しました。ですので、こうして急ぎお知らせをと」
それまで後ろに控えていたルイズが叫んだ。
「黒ずくめのローブ!? それはフーケです、間違いありません!!」
オスマン氏は目に鋭い光を宿し、ロングビルに確認した。
「そこは、近いのかね?」
「はい、徒歩で半日。馬で4時間といったところでしょうか」
宝物庫の内部は再びざわめいた。
「すぐに王室へ報告しましょう!」
「左様、王国衛士隊の中から選りすぐりの兵たちを差し向けてもらわねば!」
学院長は大げさにため息をつくと、教員たちを一喝した。
「このたわけものどもが!!」
年齢にそぐわぬ大音声に、教員たちが竦み上がる。
「王室へ報せる? 馬鹿を言うでない! そんなちんたらした真似しとる間にフーケが逃げてしまうじゃろうが! それに、己の身に降りかかった火の粉を払えずして何が貴族、何がメイジか! 魔法学院の宝が盗まれたのは学院の問題である。当然我ら自身の手で解決すべきじゃ!!」
ミス・ロングビルは微笑んだ。まるで、この答えを待っていたかのように……。
○●○●○●○●
――ルイズには、現在の状況が理解できなかった。
ここに勢揃いしている教員たちは、全員が『トライアングル』以上の優秀なメイジだ。入学式で説明を受けたのだから間違いない。つまり、落ちこぼれで、いつも魔法を失敗してばかりいる自分などよりも、ずっと優れた貴族であるはずなのだ。
にも関わらず、学院長がフーケ討伐隊の有志を募っているというのに誰も杖を掲げ、我こそはと名乗り出ようとしない。そもそも、夕べはあんなに大きな音が学院内に響いていたのに、駆け付けてきたのは外国からの留学生であるキュルケとタバサだけ。
入学したての1年生はまだしも、普段から威張り散らしている上級生も、ルイズを『ゼロ』と馬鹿にして笑っていた同級生たちも現場に姿を現さなかった。それがルイズには不思議でたまらなかった。
何故なら彼女は、幼い頃からずっと、
「貴族は民の模範たるべき存在であり、決して敵に後ろを見せてはならない」
そのように親から教わり、育てられてきた。
だから至極当然のように――ルイズは自分の顔前に杖を掲げた。
「ミス・ヴァリエール! あなたは生徒じゃないですか。ここは教師に任せて……」
ミセス・シュヴルーズが驚いて彼女を思いとどまらせようとしたものの。
「誰も掲げないじゃないですか」
ルイズの反論を受け、黙り込んでしまった。そんなやり取りがあってもなお、誰も杖どころか声ひとつ上げない。
(どうして? わたしにはわからない……)
昏い感情が渦のようになって、ルイズの心の中でぐるぐると廻っていた。
(いいわ、それなら……わたしひとりでも!)
そう言葉を紡ごうとした途端、1本の杖が掲げられた。
「ふん、ヴァリエールには負けられませんわ」
キュルケだった。
ツェルプストー家の女。数百年以上前から国境を挟んで睨み合いを続けてきた、ヴァリエール家の仇敵……そのはずだ。
そんな彼女につられたように、もう1本杖が掲げられた。今度はタバサだ。
「心配」
そういえば、最近はよく彼女たちと行動を共にしてきた気がする。ついさっきまでどす黒い感情が渦巻いていたルイズの心の内に、ほんのりと暖かい何かが灯った。
「ありがとう……」
ルイズの口から、自然と礼の言葉が紡ぎ出された。
そんな彼女たちの様子を見ていたオスマン氏の表情が緩んだ。
「そうか。それでは君たちに頼むとしよう」
――わたしは、この期待に応えたい。そのためには、なんだってしてみせる。ルイズは心の中でひとり静かに誓いを立てた。
「そんな! わたくしは反対ですわ!」
「そうです! 生徒たちを、そんな危険に晒すだなんて」
生徒たちだけで盗賊討伐へ赴くという異常事態に対し、ようやく声を上げたのはシュヴルーズとコルベール。ところが『炎蛇』などという仰々しい二つ名を持つコルベールは、オスマン氏の視線を受けただけで後ろへ下がってしまった。
「ではミセス・シュヴルーズ。彼女たちに同行を……」
「あ、いえ、わたしは体調が優れませんので……その、申し訳ございません」
「そうか、ならば仕方ないのう」
肩を落としたオスマン氏は、ちらりとタバサに視線を向けた。
「ミス・タバサは若くして
タバサは返事もせずにその場に突っ立っている。教師たちは驚いたように小柄な少女を見つめた。彼女の親友であるキュルケも、初めて知ったというような顔をしている。
「シュバなんとかって、何?」
小声で聞いてきた才人の問いに、これまた小さくルイズが答える。
「王室から与えられる爵位のことよ。爵位としては最下級の称号だけど、国から認められるような業績を挙げないと手に入らない……正真正銘、実力の証」
「そしてその使い魔は……東の彼方、ロバ・アル・カリイエから召喚されたメイジにして〝風〟と〝火〟の使い手だという報告を受けておる」
場がどよめく。
「……火?」
ポツリと咎めるような口調で呟いたタバサに、
「薪占いの件、まだ根に持っとるんかいあの狸ジジイ! ああ、ちなみに触媒使ってやっと火花を起こすのがせいぜいであるので、そっちには期待しないで欲しい」
表情を全く動かさず、囁くように答える太公望。
ちなみに、これは彼がハルケギニアに来てから自分の能力について述べたものの中において、珍しく本当のことだ。かつて火属性の宝貝を手に入れた際もうまく使いこなすことができず、武器の扱いに長ける仲間に譲ってしまったほどである――閑話休題。
次に、オスマン氏はキュルケを紹介した。
「ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を多く輩出した家の出で、彼女自身も火の『トライアングル』と聞いておる」
キュルケは得意げに、髪を掻き上げた。
「そして、ミス・ヴァリエールは、その……数々の優秀なメイジを輩出した公爵家の息女で、あー、なんだ。将来有望なメイジと期待しておる」
すると、オスマン氏の言にかぶせるようにコルベールが口を挟む。
「しかも、その使い魔は伝説のガンダー……うぐ」
オスマン氏は、なにやら慌てた様子でコルベールの口を塞いだ後、集まった教師たちを見回して尋ねた。
「彼らに勝てる者がいるというのなら、前に出たまえ」
出て行った者は、誰ひとりとして居なかった。
「まあ、そうですよネ。メイジ優遇社会ですもんネ……」
ついに自分が紹介される! と、胸を張っていた才人はあっさりと流されてしまったことに肩を落とす。オスマン氏は5人に向き直ると、朗々と告げた。
「魔法学院は、諸君の努力と貴族の義務に期待する」
ルイズとタバサとキュルケの3人は、真顔になって直立し、唱和した。
「杖にかけて!」
原作で、伏羲が惑星上で空間移動を使わずに飛んで移動していたことが
ありましたが、描写からしてスープーよりも速いと感じたため
太公望はこんなに速くなりました。伏羲よりはだいぶ遅いですが。
とはいえ、これはあくまで私独自の解釈ですのであしからず……。
なお、前言撤回で恐縮ですが、ストックが半分を切るまでの間は
1日2話投稿になります。あらかじめご了承ください。