雪風と風の旅人   作:サイ・ナミカタ

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星降る時
第41話 軍師、はじまりを語るの事


 ――夜。宴席となってしまった夕餉の最中に、

 

「飲み過ぎてしまった」

 

 と言い訳をして外へ抜け出した太公望は、独りタルブ村の側に広がる草原に立ち、そよぐ風に頬を嬲られながら……空を眺めていた。

 

 彼の視線の先には、双つの月がこれまでと変わらず輝いていた。

 

「思えば、ヒントになるようなことはたくさんあった。だが、このわしともあろうものが先入観に惑わされた結果、今の今まで気付かなかったとは。何故、これが()()()()ことに考えが至らなかったのであろうか」

 

 気が付いたのは、あの黒い墓石を見た時だった。

 

 全てを読み取ることはできなかったが、太公望――いや、かつて『繰り返す歴史』を見続けてきた地球の『始祖』伏羲には、あそこに刻まれていた文章の一部が読めた。

 

 何故なら墓碑銘に書かれた文字は、彼の切り札『太極図』によって紡ぎ出されるものと非常に似通っていたからだ。その文字を才人がすらすらと読み、シエスタに語ってみせたとき――疑問は確信に変わった。

 

「魔法のない世界。にもかかわらず、何故わしらの間ですら廃れかけていた〝術〟がおとぎ話などという形で残っているのか。どうして〝気〟のコントロールなどという言葉が出てくるのか。考えてみれば、おかしな話ではないか」

 

 まだまだ多くの謎が残っている。しかし、ここに至るまでに揃えた情報という名のパズルピースは太公望に――それが明確な事実であることを告げていた。

 

「民の間で科学技術が大きく発展していること……そして、月がひとつしかない惑星。わしと同じ黒い髪と肌の色、よく似た顔の造形。全く同じ時間軸に現れたふたつの羽衣と、大陸の話。これらが示す答えはひとつしか考えられない」

 

 思わず口に出してしまったその思考は、本来であれば誰にも聞かれることなく、風と共にこの地を去るはずであった。しかしそれは……いつの間にか太公望のすぐ側に集っていた四つの人影によって受け止められていた。

 

 人影の正体はタバサとキュルケ。そして才人とルイズであった。

 

 双月の光を背にゆっくりと振り返った彼は、おどけたような口調で言った。

 

「どうやら……宴の主役が、こちらへ移ってきたようだのう」

 

 その声に、まずタバサが答えた。

 

「あの黒いお墓を見て、サイトの話を聞いた後……あなたの様子がおかしくなった。それに、わたしも疑問に感じていた。タイコーボー、あなたとサイトには共通点がありすぎる。おそらく、わたしにしか開示されていない情報とこれらを合わせて検討したとき、わたしは可能性に至った」

 

 その解答に、太公望は小さく笑いながら思った。

 

(この娘、やはり聡いのう。偶然とはいえ、このわしを〝召喚〟できただけのことはある)

 

 いや、もしかするとこれは必然だったのかもしれない。タバサはわずかな手持ちのカードだけで、自分と同じ答えに行き着いた。

 

 しかし彼女の性格からして、この状況下で他人を連れてくるとは思えない。ならば、どうして残りの三人はここへ現れたのだろうか。

 

 前もってその答えを予測しつつも、太公望はあえて彼らに問いかけた。

 

「で? おぬしらはどうしてわしらの後をつけてきたりしたのだ?」

 

 あえて『タバサの』とは言わない。何故なら、自分たちふたりが――時間差はあったにしても――揃って外へ出て行ったが為に彼らは興味を抱いたのであろうから。

 

 太公望の問いに、気まずげな顔をして俯く三人。

 

 太公望は苦笑した。思考に深く囚われるあまり、彼らの接近に寸前まで気が付かなかった自分にも非はある――それに。これはこの世界の『始祖』とやらが導いた結果なのかもしれない。彼がそんな思いに至ったのは、ここに集いし者が……自分を含む『最初の五人』だからだ。

 

 タバサによって、この世界に〝召喚〟された。

 

 新たな世界を見ようとしたときに、才人との〝出会い〟があった。

 

 キュルケの橋渡しによって、大きな〝縁〟が生まれた。

 

 ルイズが流した涙の光で、彼女が背負おうとしている〝運命〟を知った。

 

「これも、ハルケギニアの『始祖』ブリミルのお導き、というやつなのかもしれぬ。よって、もしもおぬしたちが聞きたいと望むのならば全て話そう。ここではない別の世界。このわしがやってきた国……いや星のはじまりと『始祖』と呼ばれる者たちの物語を」

 

 どうする? そう瞳で語りかけてくる太公望に、全員が黙って頷いた。

 

 

○●○●○●○●

 

「タバサは既に知っておることだが、わしは東方ロバ・アル・カリイエの出身者ではない。あまりにも自国が遠く離れていたがために、そのように言って誤魔化すよう、オスマンのジジイから勧められていたのだ」

 

 最初にそう断りを入れた太公望。その発言に驚く三人。先程、彼は別の世界と言った。まさかとは思うが、彼は――。

 

「もしかして、あなたもサイトと同じように異世界から〝召喚〟されたの……?」

 

 ルイズの問いに頷く太公望。これにはタバサもびっくりした。

 

「違う世界。やっぱり、あなたも……なの?」

 

 タバサは太公望の出身地がロバ・アル・カリイエではないと知りつつも、これまでハルケギニアと同じ世界にある、遠い国から彼を呼び出したとばかり考えていたのだ。だからこそ才人との間にいくつもの共通点を見出しながらも、そこから先へ進むことができず――彼に話を聞きに来たのだ。

 

「ああ、そうだ」

 

「ねえ、どういうこと!? 別の世界って……いったい」

 

 困惑していたのはキュルケだ。それもそうだろう、太公望はロバ・アル・カリイエの出身者だと、彼女はずっと思い込まされ続けてきたのだから。

 

「キュルケも、それに他の者たちも、質問したいことが山ほどあるであろうが……それをするのは、どうか今からわしがする話が終わるまで待っていてほしい」

 

 そう断りを入れると、太公望は改めて語り始めた。はじまりの……はじまりについて。言っても構わない範囲で、かつ才人にとある確認をするため、事実と――そうでない話を交えながら。

 

「かつて。広大な星の海の中に、大いなる叡智によって栄華を極めた惑星……生物が住まうことのできる世界があった。そこは、例えるならば科学と魔法。このふたつの〝力〟を合わせた非常に高度な文明によって栄えていた。そしてその繁栄は――永久に続くと思われていた」

 

 ――しかし。それは唐突に終わりを告げた。今でも、その理由はわからない。

 

「その世界は、ある日突然消失してしまった。国が滅ぶなどという程度の生易しいものではない。文字通り世界が――いや星が爆発し――消えてしまったのだよ。偶然星の海――宇宙へ出ていたわずかな者たちだけが難を逃れた。だが、そのままではいずれ自分たちも星と同様、消えて無くなってしまう。そう考えた生き残りし者たちは、それぞれが乗っていた宇宙船で新たな世界を発見すべく、星の海の彼方へと飛び去っていった」

 

 まるで神話を紡ぐ語り部のように朗々とした声で話を続ける太公望。

 

「そのうちのひとつ。強い〝力〟を持つ五人の人間を乗せた星の海を征く船が、気が遠くなるほど長く苦しい旅の末に、大宇宙の果てで……美しい、青き星を発見した。そして彼らは船を降り、新たな大地に降臨した。彼らこそ、その世界の『始祖』。わしがいた星のはじまりを造った者たちだ。例えるなら、このハルケギニアに6000年前に現れたというブリミルと同様の存在であろう」

 

 そう語る太公望の瞳は、まるでその場面に立ち会っていたかのように遙か遠くを見つめている。

 

 タバサも、ルイズも、キュルケも――驚く以前に戸惑っていた。そして、彼女たちは空を見た。あの輝く星々の中に、このハルケギニアのような世界がたくさんある。そんなことは今まで思いも寄らぬことだったから。

 

 いや、ルイズとタバサに関しては才人という前例があっただけに異世界というものの存在を概念として理解していたが、それにしても太公望の話は、あまりにも荒唐無稽なもののように感じた。

 

 もしもこれが、彼と出会ったばかりの頃であれば「何を馬鹿なことを」と言って、即座に斬り捨てたに違いない。

 

 でも、彼女たちは既に聞いて知っていた。太公望が本拠地としていた場所が、月の裏側に浮かんでいるということを。中でもタバサは夢の世界のこととはいえ、星の海を征く船を実際に見ている。

 

 そして才人はというと、説明し難い、不思議な胸の高鳴りを覚えていた。まるで、あのゼロ戦と出会ったときと同じように。

 

 理由はわからない。でも、この話を最後まで聞いたらわかるかもしれない。そう考えた彼は黙って太公望の話に聞き入っていた。

 

「その星は美しく、彼らが住むのに適していた。だが、人間はもちろんのこと……まだ知的生命体と呼ばれるようなものは一切存在していなかった。そこで五人の『始祖』は集い、話し合ったのだ」

 

 ――自分たちは異邦人。この美しい星を自分たちの思うように作り替えるには忍びない。しかし、長く苦しい旅を続けてきたせいで、我らはもう疲れてしまった。だから、最後にこの星と融け合うことで〝星の意志と力の源〟となろう――

 

「……とな。その言葉を最後に彼らは光の粒と化し、世界中に霧散した」

 

 ――ある者は〝風〟に乗り、世界の隅々まで広がっていった。またある者は〝土〟に宿りて細かな砂粒の1つに至るまで、その〝力〟を分け与えた。〝水〟に溶け、世界を慈愛で満たした者もいた。〝力〟の塊と化し、暖かき〝炎〟となった『始祖』も存在した。そうして彼らは星に宿る〝意志〟となり、消えていった――

 

「それから、さらに数万年の時が流れ……青き星に様々な知的生物が現れ始めた。彼らは進化を繰り返し、ついに人間が誕生した。やがてその人間たちの中に……ごくまれに、特別な〝力〟を宿した者たちが現れた。『始祖』の流れを汲み、その〝力〟を発現させた〝力在る者〟。ハルケギニア風に言うメイジの原型となる者が誕生したのだ」

 

 その言葉に全員が一斉に反応した。つまり、太公望はその世界に生きていたメイジなのだ。

 

「いっぽう、人間以外――たとえば巨大な木。意志を持った岩石。人間ではない生き物たち。それらにも〝意志〟と〝力〟を持つ者が現れた。彼らは妖怪あるいは妖精などと呼ばれ、基本的に好戦的で……人間よりも遙かに強い〝力〟を宿していた。こっちで言うなればエルフや妖魔、亜人たちがそれにあたる」

 

 世界の誕生を語る吟遊詩人・太公望の声と話に、集う者たち全てがいつしかぐいぐいと引き込まれていった。

 

「彼らはそれぞれ異なる文明を築き、発展していった。そんな中……とある〝力〟を持つ者たちが現れた。それは過去の歴史を視る〝力〟だ。彼らはその〝力〟によって知ったのだ。かつて青き星に散った『始祖』の意志を。そして〝力在る者〟たちは種族を越え、ひとつところに集い、語り合ったのだ……『始祖』について。結果、彼らは『始祖』の御心を継ぐ決意をした。その内容とは――」

 

 そこまで言った太公望はふいに言葉を止めると、こう告げた。

 

「なにやら、ここのメイジたちを非難するような話になるので申し訳ないが……これはあくまで価値観や世界の(ことわり)に関する問題なので、どちらが正しいとか、そういったことを論じる意図はない。よって、怒らないで聞いて欲しい」

 

 そう注釈を入れ、自分たちの世界の〝力在る者〟が決定した内容を話した。

 

 ――〝力在る者〟が〝持たぬ民〟を支配してはならない。それは〝星の意志〟に反する。だが、このまま同じ場所に住んでいれば、いずれ両者が衝突するのは間違いない。だから、自分たちは別の世界を作り、そこへ移ろう――

 

「……とな。そうして、かすかに残る『始祖』たちの科学や魔法を代表する超文明の叡智を生かし、人工的に『空飛ぶ街』や『空間を隔てそびえる山脈』、『雲間の大陸』を造り〝力在る者〟と〝持たぬ民〟。つまりメイジと平民……お互いを隔て、それぞれの上層部……王族や代表者、特別な許しを得た者以外とは一切の交流を断ったのだ」

 

 ここから太公望は、お得意の作り話をより大幅に付け加えることにした。そうしないと、彼にとって色々と不都合なことが発生するからだ。特に『不老不死の仙人』であることを悟られるのだけは、絶対に避けたかった。

 

「だが、そんなことをしては血が濃くなりすぎてしまい、やがて生物としての限界が訪れてしまう。事実、それによる弊害があった。それに、地上ではまだ〝星の意志〟を継ぐものが誕生し続けていた……ごくわずかにだがな。そこで〝天界〟――さきほど語った人工的な別世界を以後こう呼ばせてもらう――で『千里眼』と呼ばれる世界を見通す目を持った者たちが、地上を監視し……〝力在る者〟が現れたとき、使いをやってスカウトを行うようになった」

 

 この言葉に反応したのがルイズだ。

 

「まさか、その『スカウト』って前にわたしに言ってた……」

 

 彼女の言葉に、太公望は笑って頷いた。

 

「そうだ。わしらはここのメイジたちほど数が多くないからのう。だから〝天界〟それぞれの島で、スカウト合戦が繰り広げられたのだよ。ルイズなら……いや、今ここにいるおぬしたち全員が、間違いなく〝天界〟に誘われる……しかも取り合いになるほどの高い素質を備えておるよ」

 

「お、お、お、俺も!?」

 

 興奮して自分を指差す才人に、苦笑しながら太公望は答えた。

 

「ああ、もちろんおぬしも含まれる。『武器による攻撃を得意とする能力者』扱いでな。わしのところでは杖を持ち、奇跡を起こすことだけが〝力〟の全てだとは見なされないのだ。専用の武器を手にすることで、体内に眠る〝力〟を引き出し、戦う者たちが大勢いる」

 

(なるほど。彼がハルケギニアのメイジには想像できないような魔法の使い方をするのは、そのあたりが関係しているのかもしれない)

 

 タバサはそう考えた。

 

「ところが、そのスカウト合戦から悲劇が始まったのだ」

 

 そう告げると、太公望は再び真剣な顔をして語り始めた。

 

「スカウトによって人間やそれ以外の者が大勢集えば、当然のことながら派閥が生まれる。それに、姿が違えば考え方も変わってくるものだ。やがて〝天界〟にあった三つの島には、それぞれに異なる理想を持つ者たちが集うようになり……対立が始まった」

 

 太公望は左手指を1本立てた。

 

「ひとつめは〝崑崙山(こんろんざん)〟。空に浮かぶ山脈。これはわしが所属していた派閥であり、人間出身者がほとんどを占めていた場所だ。『始祖』の意志を継ぎ〝力在る者〟が〝力無き者〟を虐げることがあってはならない。そう考える者たちが集まっていた」

 

 そして、指をもう1本立てる。

 

「ふたつめは〝金鰲島(きんごうとう)〟。空を飛ぶ街。ここはおもに妖怪などの亜人が住まう街だ。わしら〝崑崙山〟よりも遙かに文明が進んでいた。彼らの多くが『強い者が弱い者を支配して何が悪い』と考えていた。もちろん、そうではない者たちもおったがな」

 

 再び指を立てる太公望。これで3本目だ。

 

「そして最後の〝桃源郷(とうげんきょう)〟。雲間の大陸。ここは完全中立地帯。どちらにも所属せず、地上と関わることすらしなかった。最後の最後までな」

 

(だいたい〝桃源郷〟はそこに住まう民を統べる者からして、可能な限り他者との関わりを持ちたがらなかったからのう……)

 

 過去の出来事を思い出し、ため息をつきそうになるのをこらえつつ太公望は言葉を紡ぎ続けた。

 

「やがて〝崑崙山〟と〝金鰲島〟の対立は激しくなり、とうとう戦争が勃発した。当然、そんなことになれば互いの監視が弱まる。その隙を見た一部の者たちが、ついに地上世界に干渉をはじめてしまったのだ」

 

「それって、つまり……」

 

 ごくりと唾を飲み込む音が、辺りに響く。

 

「そうだ。奴らはその強大な〝力〟をもって、平民たちの王の側へ現れ、彼らの野心と欲望をかき立てたのだ。その結果、地上に戦の種火がまき散らされた。多くの男たちが兵として駆り出され、残された者たちには重税がかけられ――大陸中が混沌の渦に巻き込まれた。世界は流された血で赤く染まり、諸国はまるで麻のように乱れた」

 

 空に浮かぶ双月を見上げながら、太公望は続けた。

 

「それから数百年ほどが経ったある時。長き動乱の時代を迎えていた地上世界に、わしは生まれたのだよ。国境付近に小さな小さな領地を持っていた――地方領主の息子としてな」

 

 物語の中に知り合いが登場すると、その話は俄然面白くなってくる。それがよく知る人物であればなおさらだ。一同は息を潜めて太公望の話を聞いていた。

 

「当時のわしは自分の中に〝力〟が眠っていることを知らない、ただの子供だった。両親に温かく見守られ、頼もしい兄たちに囲まれ、まだ幼かった妹からは兄さま、兄さまと呼ばれ、懐かれていた。あの頃は、毎日が幸せであった。だが、わしが十二歳になったあの日……唐突に、その平和な日々の終わりがやってきたのだ」

 

 ……少し、周囲に吹く風が強くなってきた。

 

「あの日……わしは偶然屋敷を離れていた。当時、早く両親の役に立ちたいと願っていたわしは父にせがんで、領内で飼われている家畜を調べて回るという仕事をもらったのだ。それがわしの命を救った――奇跡的にな。何故なら、わしが外へ出ていたほんのわずかな間に街は不可侵条約を結んでいたはずの隣国の軍勢によって蹂躙され尽くし……そこにいた者たちは当然の如く皆殺しにされ……全てが紅蓮の炎に包まれていたからだ」

 

 その言葉に全員が息を飲んだ。普段は飄々としている彼が、そこまで壮絶な経験をしていたとは思いも寄らなかったから。そしてタバサは気付いてしまった。太公望が例の惚れ薬を飲んだ際に、自分のことを妹だと思い込んでしまった理由と――迫り来る〝炎〟を見て怒り狂った訳に。

 

「わしが屋敷に戻ったとき、そこにあったのは……わずかに焼け残っていた家の柱だけ。家族の形見になるような品すらも、一切残っていなかった……」

 

 ――タバサは震えた。十二歳の誕生日。それは彼女の幸せな毎日の終わりと、波乱に満ちた現在の始まり。大きなケーキを前に、母と共に父の帰りを待っていたあの日。玄関の扉を開けて現れたのは優しい父親ではなく、彼が暗殺されたという知らせを持った使者だった。太公望の運命が変わったのも、タバサと全く同じ十二歳。皮肉にも程がある。

 

 だが、そんな彼女の思いをよそに太公望の独白は続く。

 

「しかし、そんな中。たったひとりだけ生き残りがいてくれた。長年我が家に仕えてくれていた従僕の老人がな。だが……その彼も既に瀕死の重傷を負っていたのだ。置いて行かないでくれと泣いて縋るわしに彼はただ一言、こう告げて世を去った」

 

 ――〝力在る者〟が全てを支配する……この世の中全体を変えなければ、悲劇は繰り返されるでしょう。どうか我らの無念を晴らすため、復讐してください。この世界と……戦争に――

 

「わしは憎かった。家族と領民たちを奪った戦争が。そして、地上の王たちに野心を吹き込んだ〝力在る者〟たちが! ところが……皮肉なことに、そのときの強い怒りと悲しみによってわしは目覚めたのだよ。己の内にあった〝力〟にな」

 

 ――また同じだ。タバサは両手の拳を握り締めた。醜い宮廷争いによって父は殺され、母は狂わされた。その上、当時まだ『ドット』だった彼女は討伐任務と称した処刑宣告を受けた。魔獣が闊歩する森に追い遣られ、子供の細腕では到底敵わない怪物たちと対峙させられた。

 

 その時出逢った狩人の女性がタバサに向けて放った言葉と、彼女を襲った悲劇。そしてタバサの前に横たわったとてつもない苦難と深い悲しみが『雪風』となって心の中に吹き荒れ、メイジとして大きくランクアップを果たした――つまり、己の内に眠っていた〝力〟に目覚めたのだ。

 

「その〝力〟の発現がゆえに、わしは彼らの目に留まった……〝崑崙山〟の『千里眼を持つ者』に。彼はわしを迎えにやってきた。そして、こう言ったのだ」

 

『お前には普通の人間には無い特別な〝力〟がある。それを〝天界〟で磨くがよい。その〝力〟は、いつかお前が望む復讐を成すために役立つであろう』

 

「……とな。だから、わしは復讐することにしたのだ。世の中と、戦争にな」

 

 ――やっぱり同じなのだ。彼もわたしと同じ復讐者だったのだ。タバサは戦慄した。〝召喚〟(サモン・サーヴァント)が起こした、皮肉と呼ぶにはあまりにも重い、自分たちの巡り合わせに。

 

「わしは〝崑崙山〟の理念を知り、それに殉ずることで、世に平和を取り戻すために――あらゆることを学び、全ての原因となった〝金鰲島〟との対立を収めるべく、ただひたすらに邁進した。わしは争いごとが嫌いだとつねづね言ってきたと思う。それは戦争を憎んでいるからなのだよ。そのために本来すべきではない地上への干渉も行った。そうだ、公国の主に仕え軍を率いたのだ。破門宣告? あんなもの、ただの口実に過ぎぬ。むしろ、そこまでして地上へ遣わしてくれた師に、影ながら感謝したほどだ」

 

 太公望の言葉を聞いて、タバサははっとした。ふたりは確かに同じ復讐者だ。けれど、彼女と彼との間には、ひとつ決定的な違いがあると気付いた。それは復讐の対象だ。

 

 タバサは『個』であるジョゼフ一世ひとりを恨み、復讐を決意していたが――太公望は『全体』を見ていた。戦争と、その原因となった派閥を憎み、全てを収めようとしたのだ。そうして、彼女は初めて疑念を持った。

 

(わたしの復讐の方法は、今のやりかたで問題ないのだろうか?)

 

 そう思った瞬間。彼女の胸の内に……水の精霊に誓ったそれの片隅に、小さなヒビが入った。

 

 ……実際のところ、太公望の復讐心は当初ひとりの女狐だけに向けられていた。自分から家族と故郷を奪い、国を乱した彼女さえ倒せば全てが終わると考え――実行に移そうとした。

 

 だが、後にそれが大きな間違いであったことを身をもって体験していたため、あえてこのような話し方をしていたのだ……そう、聡いご主人さまが自分と同じ過ちを犯さないように。

 

 復讐をやめろとは言わないし、言えない。何故なら、彼も結局は復讐者だったからだ。

 

「で、結果として……おぬしたちには既に話していた通り、戦争は終わった。わしら〝崑崙山〟側の勝利でな。そして、地上にも平和が戻った」

 

 遠い目をして太公望は語る。

 

「後に〝金鰲島〟も、実は一部の強行派が〝力〟や薬によって反対者と全てを束ねていた代表者を洗脳していた事実が判明し――これは対外的な話ではなく、本当のことだ――それによって無理矢理対立させられていたと知った我々は、和平交渉に応じた。だが、その時点で〝崑崙山〟も〝金鰲島〟も激しい戦いによって荒れ果て……生き物が住める状態ではなくなってしまっていたのだ」

 

 そんなとき――まるで、それが定められていたかのように『始祖』の遺産が発見されたのだ。そう呟いた太公望は天を指差した。

 

「『始祖』たちが乗ってやってきた星を征く船『スターシップ蓬莱』。そこは〝力在る者〟全てが住まうに足る広さと環境が整っていた。我らは過去の過ちを繰り返さぬために、人間だけではなく――妖怪や妖精、亜人を含む者たち全てがそこへ移り住み、さらに亜空間ゲートと力の障壁によって、自分たちの世界を青き星から遠く隔てた。そこは、たったひとつしかない月の側。以後、我ら〝力在る者〟はずっと地上界を……ただ見つめているだけとなった。こうして――ごくまれに下界へ降りても絶対に悪さをしないと認定された者のみが、特別な許可を得て訪れる場合を除き〝力在る者〟は、完全に地上から消えた」

 

 ――この時、その青き星での『神話の時代』が終わりを告げたのだ――

 

 そう告げた太公望は遂に核心へと迫るべく、話を進めた。

 

「それでもごくごく稀に〝力〟に目覚める者や、眠らせている者が地上に現れる事実は変わらない。よって、スカウトは変わらずに継続されている。ひと知れず、な。そうして天界へ昇りし者は特別な事情がない限り、二度と地上には戻らない。戻れるのは、厳しい適正審査を受けたごく一握りの者に限られる。だから、いつしか〝力在る者〟の存在は忘れ去られ、ついには……おとぎ話や物語の中にだけ存在するようになったのだろう。地上は、わしが望んだ通りの世界になったというわけだ」

 

 太公望はその場で静かに立ち上がり、見つめた。自分と同じ色の髪と肌を持つ少年を。そして、決定的な言葉を解き放った。

 

「わしをはじめとした〝力在る者〟たちが見守る、月がひとつだけしかない、青く美しき星は――かつて『始祖』たちからこう呼ばれていた。太陽系第三惑星『地球』とな」

 

 太公望の言葉に、才人が強烈な反応を見せた。彼は勢いよく立ち上がり、太公望の襟元を掴んで叫んだ。

 

「なあおい、今の星の名前……もう一回言ってくれ!!」

 

「ああ、何度でも言ってやる。青き星・地球。そこがわしとおぬしが住んでいた世界だ。違うか? 〝力在る者〟平賀才人よ。まだ〝力〟に目覚めぬうちに異界へ呼ばれし者よ」

 

 一陣の風が――タルブの草原を吹き抜けていった。

 

「嘘だよ! ありえねぇよ! だって、俺たちの世界で、そんな……そんな、魔法での戦争なんか無かったはずだ!!」

 

「ああ、既に神秘の類が神話の彼方へ消えていたのだろう。そうなるように表の歴史が操作されておったからのう。そして、ここからはあくまで仮定だが……おぬしとわしは、呼び出された時間軸が違う可能性が高い。もしも胡喜媚が現れてくれねば、それに気付けぬままだったかもしれぬのう」

 

「呼び出された時間軸が違う?」

 

 才人はその言葉に引っかかりを感じた。

 

「あの墓石に書かれていた文字だがな。わしにもある程度読むことができたのだよ」

 

「日本語をか!?」

 

「ニホン語――というのか。だいぶ簡略化されていたが、天界に伝わる文字――正確に言うと〝力を宿す記号〟そう、ルーンのようなものによく似ていたのだ。そして、おぬしの黒い髪と、住んでいた国の側にある大陸……これらの情報をふまえた上で、才人よ……改めておぬしに問おう。どうやらおぬしは軍事やそれに関連する事柄に詳しいようだが、その大陸の軍に関する知識はあるか?」

 

 才人の背筋にじとりと嫌な汗が浮かぶ。いやまさか、()()は前に否定したはずだ。

 

「あ、ああ……基本的なのはだいたい押さえてると思う、けど」

 

 その言葉に満足げに頷いた太公望は、ある意味ここまでで最大級の爆弾を投下した。

 

「改めて名乗ろう。わしは〝崑崙山〟に所属する術の使い手『太公望』呂望。地上では周の武王に仕える軍師として『殷周易姓革命戦争』を主導した者だ」

 

「殷周易姓革命戦争……せ、世界史の授業で習ったけど、嘘だ! だ、だ、だって……!」

 

 声を震える才人に全員の注目が集まる。

 

「ちょ、ちょっとサイト! どうしたのよ!?」

 

「シュウとニホンって、やっぱり近い国だったわけ!?」

 

「やっぱりサイトとあなたは」

 

 才人はどうしても信じられなかった。目の前で笑っている少年――いや、実際には妖精の〝力〟で子供にされてしまったらしい二十七歳の大人なのだが……それでも、絶対にありえないと何度も首を横に振り続けた。

 

「嘘だッ! だって、伝説の軍師太公望がいたのって……たしか三千年以上昔のはずだぞ!!」

 

 その言葉に太公望は驚愕した。互いに呼ばれた時代がずれているとは考えていたが、まさかそこまでの開きがあるとはさすがに想定外だったからだ。

 

「三千年だと!? そ、そんな未来、いや、おぬしらからすると過去か……そこまで離れた時代から〝召喚〟されてしまったのか、わしは! どおりで王天君と胡喜媚しか現れないわけだ……」

 

 そう言ってがっくりと膝をついてしまった太公望を見て才人はしばし困惑した後――やがて小刻みに震え始めた。

 

 広い宇宙の中に、同じ地球なんて名前の星がそういくつもあるはずがない。それに、かの大軍師『太公望』は生まれも――いつ死んだのかすらよくわかっていない、謎に包まれた人物だ。

 

(周の建国だけじゃない。他にもたくさん功績を残してるのにほとんどその実体が掴めなかった理由は……そうか、そういうことだったのか。それなら色々と辻褄が合うし、伝説にもなるはずだ)

 

 才人は月に向かって――魂が裏返るかのような大声でもって叫んだ。

 

「よりにもよって、地球の英雄を過去から連れてくるんじゃねえよ! ファンタジー!!」

 

 

 




「問おう。おぬしがわしのマスターか」

「趣味で釣りをやっている者だ」

後半修正中に浮かんできたワード。わけわからんちん!

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