雪風と風の旅人   作:サイ・ナミカタ

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第37話 団長は葛藤し、軍師は教導す

「なんだ、この命令書は……」

 

 伝令兵からそれを受け取った男は使いが立ち去った直後、怒りで声を震わせた。

 

「どうかされましたかな? 団長」

 

 団長と呼ばれた男は振り向いた。声の主は髪に白いものが混じり始めた壮年の騎士だった。自分の父とほぼ同年代であるこの人物を、彼は肉親のように信頼している。

 

「副長か。これを見てくれ」

 

 老騎士は渡された羊皮紙を手に取ると、一読し――それからすぐに眉を顰めた。

 

「どうだ? とんでもないことを言ってきたぞ、あの薄汚い簒奪者めが!」

 

 憤る男を副長が窘めた。

 

「カステルモール団長。郊外の練兵所とはいえ、どこに目と耳があるのかわかりませぬ。お気持ちは理解できますが、どうか自重なさってください」

 

「わかっている! ……ああ、すまない。お前はわたしを気遣ってくれているというのに」

 

「それが役目でございますれば」

 

 柔らかに微笑む副長に、カステルモールと呼ばれた男は笑みを返す。

 

 男の名はバッソ・カステルモール。ガリア王国の名誉ある騎士団の一画・東薔薇花壇騎士団の団長を務めている人物だ。彼は練兵所での訓練中に届いたジョゼフ一世からの命令に憤慨していたのである。

 

 国王の側近くに仕える花壇騎士の団長として、主君に対しそのような感情を覚えるというのは不敬である。通常ならばそう受け取られてしかるべきなのだが――カステルモールが現在仕えている国王ジョゼフ一世が普通ではないのだ。

 

 ついつい漏らしてしまった「薄汚い簒奪者」という言葉通り、ジョゼフは一国の王として相応しい人物ではない。それが彼と、彼の周辺に集まっている者たちの共通認識だった。

 

 何せジョゼフは魔法が使えない。『始祖』の直系という尊い血筋に連なる幸福に恵まれながら、それに胡座をかき努力を怠ってきた証である。いくら皇太子として定められ、王位継承権第一位を所持していたとはいえ、騎士としてもブリミル教徒としても、そのような男に仕えるなど御免被る。

 

 しかも、ジョゼフは実の弟を手に掛けた。魔法の才に溢れ、心優しく、貴族たちの人望も篤く、大勢の民に慕われていたシャルル王子を暗殺したのだ。自分の地位を脅かす敵として!

 

 カステルモールは、かつてこの練兵所でシャルル王子に声をかけられた日のことを思い出した。

 

「お前はまだ若いのに見どころがある」

 

 そう言って、わざわざ時間を割いて魔法の手ほどきをしてくれたシャルル王子のお陰で今の自分がある。殿下が至高の座にお即きあそばされた際には、心からの忠誠と我が生涯を捧げよう。そこまで心酔していた。

 

 ところが、貴きお方は毒矢などという下賤な武器で若い命を散らされてしまった。当時まだ十代の若さで、かつ爵位の低かったカステルモールはガリア国内で吹き荒れた粛正の嵐から逃れることができたが……彼は今でもシャルル王子への恩を忘れていない。

 

 行き場のない彼の忠誠心は現在、恩人の忘れ形見であるシャルロット姫殿下に捧げられている。

 

 とはいえ、そんなことを公言すれば間違いなく粛正の対象となる。それだけならまだしも、大公姫殿下とその母君の身に危険が及ぶ。

 

 そう考えたカステルモールは影から彼女を支援すべく、賛同する者たちを少しずつ自分の元へと集め――そして現在。この東薔薇花壇警護騎士団の団員全てがシャルロット姫殿下に対し、表に出せぬ忠誠を誓う騎士団へと変貌を遂げていた。

 

 にもかかわらず、そんな彼の努力をあざ笑うかのような命令書が届いたのだ。

 

「よりにもよって……」

 

 今にも命令書を握り潰しそうな年下の団長をなだめながら、副長は溜め息をついた。

 

「まさか、例の異邦人をこの騎士団の末席に加えろと言ってくるとは……」

 

 ――異邦人。問題の人物のことを、カステルモールや副長の老騎士のみならず、東薔薇花壇騎士の団員たち全員がそう呼んでいた。

 

 彼らが本来仕えるべき主人が、留学先であるトリステイン王国の魔法学院で執り行なった〝使い魔召喚の儀〟。そこで事故を起こした結果であり、異物的な存在。直接その姿を見た者によれば、貴族に対する礼儀もろくに知らないような、学の無い流浪の民だという。ハルケギニアでは珍しい黒髪の少年は彼ら『シャルル派』にとって、目の上のたんこぶそのものだ。

 

「例の異邦人が〝召喚〟されてからというもの、我らも肩身が狭くなり申した」

 

 副長から出た偽らざる本音に同意するカステルモール。

 

 この召喚事故により、それまでシャルロット姫に忠誠を誓っていた大勢の貴族たちが掌を返すように多数離反してしまった。そして、それを憎き簒奪者の娘――北花壇警護騎士団長のイザベラが派手に周囲へと喧伝した上で、嘲笑っているのを、彼ら東花壇警護騎士団の団員たちは皆知っていた。

 

「とはいえ、喚ばれた子供に罪はありません」

 

「ああ、もちろんわかっている。本人も、わざと召喚の邪魔をしたわけではない。たまたま、ゲートが彼のすぐ近くに現れてしまっただけなのだろう……」

 

「はい。姫殿下もお気の毒ですが、彼とて一方的に故郷から連れ去られた被害者なのですから。しかし、憚りながら……団員たちがそれを悔しいと思っているのも事実です」

 

「そうだな。わたし自身、時折もっと姫殿下に相応しい――たとえば風竜などが召喚に応えてくれてさえいれば、今の苦境は無かっただろうと考えてしまう。すまんな副長、未熟な団長が苦労をかけてばかりで」

 

「いいえ、団長たちを支えるのが私の生き甲斐ですので」

 

 優しく微笑む副長に、カステルモールは心の中で頭を下げた。この老爺には〝騎士〟(シュヴァリエ)に叙勲されたばかりの頃から世話になりっぱなしだ。いつかその恩に報いねばなるまい。

 

(例の異邦人は、基本は北花壇警護騎士団に配属される。あくまで東薔薇警護騎士団への所属は偽装に過ぎないようだ。それでも、最低一度は面通しの為に顔を合わせねばならない。そのとき、わたしは……己の胸に秘められた感情を抑えることができるのだろうか――?)

 

 カステルモールは思わず天を仰いだ。雲ひとつ無い澄んだ青空が、そんな彼を悠然と見下ろしていた。

 

 

○●○●○●○●

 

 ――いっぽう、そんな理不尽な憤りを向けられつつあった当の太公望はというと。

 

「で、でも、私、そんなこと……」

 

「もう! シエスタったら。いつまでもウジウジしてたら、欲しいものは手に入らないのよ! ここは押して押して押しまくるべきよ!! ミスタもそう思いませんか?」

 

「いや。あやつの性格から察するに、押し過ぎると逆に引かれてしまうと思うのだが」

 

 ……厨房の片隅にある休憩所で、メイドたちと暢気に雑談を楽しんでいた。

 

 温めのお茶をぐいとひと飲みしたシエスタは、困ったような顔をして同僚に言った。

 

「ほら、ローラ! タイコーボーさまもそうおっしゃってるじゃないの」

 

「えーっ、でも……落としたい相手に迫るのは当たり前じゃない!」

 

 ローラと呼ばれた眩い金色の髪のメイドは頬をぷうっと膨らませ、不満げに口をすぼめている。ふたりの意見が気に入らないのであろう。そんな彼女の様子を見て、思わず苦笑いする太公望。

 

「押すのが悪いと言っておるわけではない、程度というものを考えねばならぬのだ。やりすぎて、万が一ストーカーなんぞと勘違いされたら、目も当てられぬぞ?」

 

「すとおか……って、なんですか?」

 

 首をかしげたシエスタとローラに、太公望は暗い顔をして語り始める。

 

「実はな、昔……こんなことがあったのだよ」

 

 かつて、知り合いの娘に一目惚れをした男が、彼女のことを一方的に『運命の相手』だと思い込んで暴走し、異常なまでの行動(ストーキング)を繰り返した結果――その娘に決定的なまでに嫌われたばかりか、ついには命を落とす結果になった事件の顛末を。

 

「ずっと後ろをつけてこられるとか、めちゃくちゃ怖いんですが……」

 

「何をしていても見られてるとか、想像しただけで鳥肌が立ってくるわ……!」

 

 両手で自分の身体を抱え込み、ガタガタと震えるメイドたち。

 

「で、あろう? もしもそんな輩と勘違いされてしまったら……」

 

「た、確かに押し過ぎは問題ですわね……わたしも考えて行動しなきゃ」

 

「勘違いはされたくないけど、想いは伝えたい場合はどうしたらいいんでしょうか」

 

「普通に告白すればよいのでは?」

 

「それが難しいから悩んでるんですよォ~!」

 

 ……などという実に緊張感のない会話をしている太公望。昨日の今日でもうこれである。

 

 まあ、今の時点でじたばたしても焦るだけで意味がないということと、彼なりにちゃんとした理由があってこの場を訪れていたわけだが。

 

 と、そんなところへ厨房の長マルトーが顔を出した。恰幅の良い四十過ぎの親父である。特別にあつらえたシェフコートを身に纏い、コック帽からはみ出た金色の髪は、厨房と外の熱気により吹き出した汗で濡れている。

 

「待たせたな! 頼まれた件についてはもちろんオーケーだ。けどよ、本当にいいのか? 男連中を連れていったほうが役に立つんじゃねえか?」

 

「いや、申し出はありがたいのだが、そもそも危険なことや荷物持ちをさせるつもりはないので男手は必要ないのだ。それに、シエスタは土地勘があるからのう」

 

「そういや、タルブへ立ち寄るって言ってたっけな」

 

 ――タルブ村。トリステイン北部にある国内最大のワイン産地だ。

 

 太公望は魔法学院が夏休みになった翌日から、水精霊団に所属するメンバーたちと共に『宝探し』に出る予定だった。最初の目的地は深い森の奥にある、とある事情で廃村となった場所だ。そこへ同行してくれる、山歩きができて、なおかつ野外での調理が上手い料理人をひとり手配してもらいに来ていたのである。

 

 偶然、廃村の次の目的地としていたタルブの村がシエスタの故郷だったこともあり――太公望はシエスタを一週間ほど借り受ける旨、オスマン氏にまず確認をした上で、現場の責任者であるマルトーへ依頼しに来たのだ。ついでに当日昼の弁当の注文を兼ねて。

 

「ちょうどシエスタも再来週から休みに入るところだったんだ。少し早い里帰りだな」

 

「は、はいっ! ありがとうございます!」

 

 シエスタは笑顔で許可を出してくれたマルトーに感謝した。もちろん早めの帰郷は嬉しい。でも、それ以上に彼女にとってはありがたいことがあった。何故なら今回の冒険には彼女が以前から好意を寄せている男の子――才人が同行することを知っていたからだ。

 

「それじゃ、例の件は頼んだぜボウズ」

 

「かかかか、任せておけ! タルブのいいやつを数本見繕ってきてやるわ。まあ、どうせまたわしがこっそりいただいて飲んでしまうわけだが!」

 

「へッ。ウチの厨房特別守備隊を、そう何度も突破できるもんかい! なあみんな!!」

 

「我々は、防衛ラインを突破させない!」

 

「させない!!」

 

 手の動きは一切止めず、ぐるりと首だけ休憩所方面へ向けて唱和するコックたち。

 

 ――料理長のマルトーと厨房で働くコック一同。彼らはこの学院における全ての食を担う存在だ。

 

 そんな彼らは腕の良い職人たちの例に漏れず、魔法と、それを用いるメイジたちを毛嫌いしていた。マルトーなど、魔法学院の料理長という立場にありながら堂々と「給料がいいからここで働いてやっているだけだ」などと嘯いているほどだ。

 

 そんな厨房の料理人たちだったが、彼らは同じ平民の才人と、彼と仲の良い太公望、そしてその主人であるタバサのことは結構気に入っていた。

 

 才人は以前、シエスタを庇い貴族に立ち向かったその勇気と『平民は貴族に勝てない』という常識を打ち壊した英雄であること。時折「いつも美味しい料理を食べさせてくれるお礼」などと称して、薪割り他の手伝いをしていく義理堅さが大いに受け。

 

 タバサに関しては、彼らが精魂込めて作った料理を絶対に残さず、全部綺麗に食べてくれることを評価しており。

 

 そして太公望はというと、全く貴族らしくないその態度と――マルトー率いる『厨房最終防衛ライン』を巧みに突破してはワインや果物をちょろまかしたり、つまみ食いをしていくいたずらっ子として認識していた。

 

 料理人たちは最初のうちこそ腹を立ててはいたものの、最近ではいかに太公望に見つからないよう秘蔵の品々を隠し通すか。それを考えることを一種の娯楽として昇華している。彼を引っかけるための罠について、わざわざ定期的に作戦会議を開いているほどだ。

 

 ちなみにその会議にはこっそり才人も顔を出していたりする。もちろん、太公望には内緒で。

 

 ――なお、これまでの最高傑作は才人が作成した『ぴたごらすいっち』なる罠である。

 

 太公望が人気のない時間帯にこっそりと厨房へ忍び込み――ワインのある戸棚を開けた瞬間。棚の裏側に取り付けられていた糸が引っ張られ、フライパンの大演奏会だの、そこらじゅうの扉の連続開閉だのが発生した挙げ句、何が起きたのかわからず混乱していたところへ棚の上に仕掛けられていた金属製のタライが落ちてきて、実にいい音を立てた。

 

 あの時は隠れて見ていた厨房の者たち全員が、大いに湧いて――と、まあそんなことはさておき。

 

 週明けの早朝――夏期休暇初日の朝、所定の場所へ集合とシエスタへ告げた太公望は、厨房を後にした。果物籠の中から、さりげなく桃をふたつほど懐に忍び込ませながら。

 

 

○●○●○●○●

 

 ――そして夕方、最近ではすっかり水精霊団の溜まり場となっている中庭にて。

 

「と、いうわけで食事の手配その他諸々は済んだ」

 

 太公望の言葉に、わっと歓声を上げた水精霊団メンバーたち。

 

 もうすぐ夏休み。彼らが楽しみにしていた胸躍る冒険の日々が、目前に迫っていた。

 

「最初にこれだけは言っておく。今回行われる『冒険』で、わしは一切手を出さない。たとえ戦闘になっても、あくまで見ているだけとする。おぬしらだけでなんとかするのだ」

 

 それを聞いたギーシュが抗議の叫びを上げた。

 

「そんな! どうしてだい? ミスタは我が水精霊団の最高戦力なのだよ!?」

 

「だからなんじゃないの?」

 

「は?」

 

 ぽかんとしている同級生たちに、ルイズは自分なりの考えを述べた。

 

「これはわたしたちの冒険なのよ。彼に手伝ってもらったら、暗号名を決めた意味が無いじゃないの!」

 

「あ、ああ、そういうことか」

 

 彼らのやりとりに太公望は満足げに頷いた。

 

「今のおぬしたちが〝力〟を合わせれば、それほど危険はないであろう。万が一の場合は一応手助けはするが……」

 

「するが?」

 

 タバサの問いに、太公望はあっさりと答えた。

 

「その場合、全員が減点対象となるので危険な状況に陥らないよう注意するのだ」

 

「減点対象ってなんだよ!?」

 

 才人からのツッコミを受け、太公望は懐から一冊のメモ帳を取り出して見せた。それは皮ごしらえの表紙で、単なるメモ帳にしてはなかなかに立派なシロモノだった。

 

「これは学院長から預かった、全員分の考課表だ。道中、皆の行動をわしが評価した上で点数をつける。そしてその点数は、実技の成績表に加味される」

 

「つまり……テストの成績が悪かった場合、ここで頑張れば取り返せるってこと?」

 

 これまで魔法の実技がボロボロだったルイズが顔を輝かせた。最近はともかく、以前のマイナス分がここで取り返せるというのは彼女にとってありがたいことなのだ。

 

「そういうことだ。なお、冒険中は『授業に出ている』とみなされ、そのぶんの日数を別途休日として申請できるようにすると狸が言うておったわ」

 

 わっと沸く生徒たちと、やや不満げな態度の太公望。

 

「なにか問題があるの?」

 

「その代わりにわしがしっかりと考課表をつけねばならぬのだ! まったく面倒な……」

 

「何と引き替え?」

 

「桃のタルトだ」

 

「安ッ!」

 

「何を言うのだ。なんと、ホールまるごとだぞ!?」

 

「デザートに左右されるわたしたちの成績表って一体……」

 

 漫才化しつつあったやりとりを中断し、無理矢理確認を入れたのはレイナールだった。

 

「つまり、教導官つきの実戦訓練みたいな扱いになるということかな?」

 

「そういうことだ。ただし才人は学生ではないので、冒険後にもらえる報酬が増減すると考えてくれ。ちなみに手を貸さないというのは、あくまで今回のみの措置だ。以後、冒険の難易度が上がっていくに従ってわしも参加するようになる……かもしれぬ。まあ、完全に状況次第だのう」

 

「本格的にゲーム始める前の、チュートリアルみたいなもんだな!」

 

 才人の言葉に全員が首をかしげた。ハルケギニアにゲーム用語があるわけがない。失敗したかな……などと思いつつ、才人は頭を掻いた。

 

「あー。えっとだな、前準備を整えてもらった上に、説明つきの冒険ができるって意味だ。何も無い状態から始めるよりもずっと安全だし、勉強になるわけだ。うん」

 

「なるほど」

 

「ところで教導官って何かしら?」

 

 そう尋ねてきたモンモランシーには、ギーシュが答えた。

 

「軍隊における教官……つまり、先生のようなものでね。当然のことだけど、実戦経験が豊富で、かつ指揮や作戦立案能力の高い人物が特別に選ばれて任官するのさ。士官学校の生徒じゃなく、既に実戦経験を積んだ相手に実技や指揮を教えるんだ、そんな大切な役目を実力のない者が果たせるはずがないからね」

 

「そういうことなら、ミスタは適任よね」

 

 そのルイズの発言に、タバサを除く全員が太公望の左胸――濃紺色の外套に着けられた〝騎士〟と〝東薔薇花壇警護騎士団〟の略章を見る。

 

 ――太公望はタバサと色々話し合った結果、まずは水精霊団のメンバーにのみ略章のお披露目をすることにしたのだ。もちろんこれはヴァリエール公爵家の歓待前に行うべき下準備と、ガリア王政府の目がどこまで届いているのかを確認するための措置である。

 

 当然ながら、才人を除く全員が驚いた。才人も説明を受けてびっくりした。もっとも、彼の場合は「外人が日本国籍もらえたようなもんか」程度の認識だったのだが。

 

 最下級の爵位とはいえ、出自もわからぬ異国の民が貴族としての身分を手に入れただけに留まらず、他国にもその名を知られた〝花壇騎士〟に叙せられたとあっては、驚くなというほうが無理だ。先進的な意識を持つ帝政ゲルマニアならばともかく、他国ではまずありえないような厚遇である。

 

 つまりこの略章は太公望という人物の実力を、大国ガリアが認めた証なのだ。

 

 ……本人がちっとも喜んでいないのは、この際脇へ退けておく。

 

 余談だが。太公望が使用人のひとりを借り受けるための許可を得にオスマン氏の元を訪れた際に、件の略章を見た氏は、内心で悶絶していた。

 

(おのれ、まさかガリアに先を越されるとは……!)

 

 彼はタバサと太公望の主従ふたりを揃ってトリステインに取り込みたいと考えていた。

 

 タバサ――シャルロット姫はガリアの元王族だが、厄介払いも同然に海外へ留学させられている以上、宮廷政治にからむような真似をしなければ、むしろ歓迎されるであろうと睨んでいた。

 

 太公望に「教師にならないか」と持ちかけたり、秘書としての採用を匂わせていたのはその前振りだったのだ。タバサの卒業後にふたりを娶せ、自分の養子にしてしまえば、トリステインが受ける恩恵は計り知れない。そこまで考えていた。

 

 タバサの才能と太公望の知識は、オスマン氏にとって喉から手が出るほど欲しいものだったのだ。

 

 ところが、ガリア王政府の素早い行動で、それをあっさりと覆されてしまったのだからたまらない。ただの〝騎士〟なら既に学院で雇っているなどと言い訳をしても問題にならなかっただろうが――よりにもよって、ガリア王国騎士団の花形である〝花壇騎士〟に叙せられたとあってはもう手が出せない。

 

 従者扱いの魔法学院と貴族待遇のガリア王国。はっきり言って勝負にならない。

 

 用を片付け、部屋を出て行った太公望の後ろ姿を見送ったオスマン氏は、ぐったりとセコイアの机に突っ伏してしまった。

 

 ところで。ヴァリエール公爵家の招待について、ルイズは後から加入した友人二名を追加して欲しいとの旨を実家に問い合わせた上、了承をもらっている。もちろん、ふたりに予定の確認を取った上でだ。思わぬ役得に、モンモランシーもレイナールも二つ返事で頷いていた。

 

 ……閑話休題。

 

「そういうわけで、わしの立ち位置については理解してもらえたと思う。さてと……それでは、いよいよ今回の『冒険』について、詳しく説明したいと思う」

 

 この言葉に顔つきを変えた生徒たち。それを見た太公望は、冒険内容を説明し始めた。

 

「現場はトリステインとガリアを結ぶ街道にある廃村『ジャコブ村』。そこに巣くうオーク鬼三十体の殲滅、並びに村の解放だ。達成時に支払われる懸賞金は合計で五千百二十五エキュー。現地で手に入れた各種アイテムについての取り扱いはこちらに一任されている」

 

 歓声を上げるメンバー。だが、タバサだけが何かしっくりこないような顔をしている。その理由は単純だった。何故なら――。

 

「オーク鬼三十体……たしかに、それなりの賞金がかかる相手。でも、五千エキューを越える懸賞金が出るような討伐任務ではない。六~七百エキューが相場」

 

 その問いに「よくぞ聞いてくれました!」とばかりに太公望が答える。

 

「ああ、それなら簡単だ。懸賞金をかけていた団体が複数あったからだよ」

 

 これを聞いた才人がピンときた。

 

「ああ、そっか。なるほどな! クエストの重複受諾か!!」

 

「クエスト……という言葉の意味をわしが正しく理解しているかどうかはともかく、才人の言うとおり重複して依頼を受けたのだよ。村を捨てなければならなかった者たち、その地を治めていたものの、手持ちの駒が足りずに困っていた領主と……」

 

 指折り数えながら依頼主を挙げ続ける太公望。

 

「近辺の街道を他国との交易道として利用していた商人たち。村の近くにある石切場から良質な石を切り出していた石工の組合。そして……オーク鬼そのものにかけられたトリステイン王国の賞金。これらを合計した額が五千百二十五エキューになった、と。そういうわけだ」

 

 トリステインの王政府を除く全てと交渉し、重複受諾をすることを前もってきちんと明かした上で、通常よりも遙かに安い金額で討伐依頼を請け負ったという彼に対し、才人を除く一同は声も出ない。

 

「まあ、よくあることだよな。向こうは少ないお金で仕事を頼める。こっちは普通にやるよりもたくさんお金がもらえる。お互い得だし、全然アリだろ。おまけに、あちこちの団体に俺たち『水精霊団』の名前を売るチャンス。うまくやれれば依頼が入ってきやすくなる。そういうことだよな?」

 

 ネットゲームなどでよくある状況だ。同じ場所を指定されているクエスト――依頼を複数同時に請け負うことによって効率よくお金やアイテムを稼ぐのが『クエスト重複受諾』だ。地球にいた頃は「特技はアクションゲーム」などと公言して憚らなかった程のゲーマーである才人はすぐさまその利点に気がつけた。

 

「その通りだ。これら交渉や現地偵察を行った報酬として例の魔道具ひとつをわしがもらい受け、その他の懸賞金については経費を差し引いた上で全員に分配する……と。どうだ、誰も損をしてはおらぬであろう?」

 

 確かに、誰も損をしてはいない。むしろ、通常よりも安く依頼を請け負ってもらえた者たちや、自分たちにとっては得しかない。あえて挙げるなら、ふっかけていた傭兵たちがババを引いた程度だろうか。

 

「ところで、きみが欲しがっている魔道具ってどういうものなんだい? わざわざ交渉までしたのに、賞金はいらないからそれだけもらえればいい、だなんて」

 

 レイナールの疑問に、全員が「そういえば……」という顔をして太公望を見る。

 

「うむ、実はそれなのだが……この冒険を終えた後に立ち寄る予定の、タルブ村にある伝説のアイテムと似たような名前を持つ品なのだ。ただし!」

 

 そう言って、彼は左手の人差し指をぴんと立てて注釈を入れる。

 

「触れた者を砂に変えてしまうという……呪いのアイテムでもある」

 

「うげ、なんだそれ」

 

「なんでそんな危険なものを欲しがるのよ……」

 

 思わず引いてしまった才人とルイズ、そしてその他のメンバー。ただし、タバサだけが違った見解を持ち合わせていた。何故なら、彼女のパートナーは自分が持つ杖に似たような処置を施していたことを覚えていたからだ。

 

「それは……もしかして、あなたの杖と同じ呪いがかけられているの?」

 

 その問いかけに満足げに頷いた太公望。

 

「その通りだ。例の『破壊の杖』の持ち主が才人の住む国の近くから〝召喚〟されたと聞いてな。もしかすると、わしの国から来ているものがあるのではと思い、色々と調査していたのだ」

 

 所持者以外が手に入れようとすると呪われ、生命力を吸い尽くされるという盗難防止用の措置が施された杖。そう……太公望の持つ『打神鞭』と同様の処理が施されているというアイテム。もちろん、それが初耳だというメンバーたちは驚き、当然ともいうべき質問を太公望へ投げかける。

 

「所有者以外が手にすると呪われるってことは……危険なのではないのかね?」

 

 その問いに、うんうんと頷く一同。だが、太公望はこともなげに切り返す。

 

「それについては問題ない。わしの推測通りならば、既にそれに触れていて、しかも手に入れたことがある道具だからのう。ならば、わしが呪われることなど絶対にありえぬ」

 

 そう断言した彼に、タバサは疑問を呈した。

 

「どういう道具?」

 

 タバサの質問に「それでは……」と、もったいぶったような口調で答える太公望。

 

「先に依頼のあった村とタルブ村において、その道具がなんと呼ばれていたか教えよう。ひとつは『竜の羽衣』、もうひとつは『天使の羽衣』だ。共に空から舞い降りてきたという、曰く付きの〝魔道具〟だ」

 

「空から舞い降りてきた……」

 

「曰くつきのアイテム……かあ」

 

 その姿を想像し、空想の彼方へと飛び立っていった子供たち。

 

 ――空に関係するふたつの〝魔道具〟。こうして、本来交わるはずのなかったふたつの歴史は改めて交差することとなった――。

 

 

 




週末なので2話投稿!
……完全新作じゃないので、さすがにもう少しペース上げたい。

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