雪風と風の旅人   作:サイ・ナミカタ

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第34話 水精霊団、暗号名を検討するの事

 ――静かな湖畔で友情の宣誓を行ってから一時間ほどが経ち、ひと段落ついた頃。

 

 太公望が突然おかしなことを言い出した。

 

暗号名(コードネーム)で行動するゥ!?」

 

 例の冒険期間中は本名を一切明かさないというこの通告に、全員が驚きと批難の声を上げた。

 

「どうして!? それじゃ、意味がないじゃないのよ!」

 

「ヴァリエールの言う通りよ! それじゃあ名を上げられないわ」

 

「わたしもそう思うわ。せっかく立てた手柄を自慢できないなんて、面白くないもん」

 

「まったくだぜ!」

 

 真っ向から反対するルイズ、キュルケ、モンモランシー+デルフリンガーの全四名。彼らの言い分はある意味当然である。ところが、

 

「ぼくは暗号名に賛成だな」

 

「俺も!」

 

「ぼくも、そのほうがいいと思うね」

 

「わたしも賛成」

 

 彼らとは対照的に、タバサと残る男子生徒陣は暗号名の採用に賛同した。

 

「ふむ。では、賛成側にまわったものは順番に理由を言うのだ」

 

「下手に本名を使うと、不都合が生じる可能性があるからね」

 

 太公望に促され、最初に答えたのはレイナールだ。

 

「不都合って、たとえばどんな?」

 

「着手する任務によっては身分を明かしてはいけない、あるいは貴族であること自体が逆に枷になることがあると思うんだ。依頼人が萎縮してしまうかもしれないし、現場の領主とモメるようなことがあったりしたら大変だろう?」

 

「確かに、それはあるかもしれないわね」

 

 モンモランシーがしみじみと頷いた。父親が起こした不祥事を思い出したのだろう。そこへ、今度はギーシュが自分なりの補足を加えた。

 

「ぼくの家は国内でも有数の軍閥貴族だからね。家名に泥を塗るような真似は絶対にできないのさ。『命を惜しむな、名を惜しめ』が家訓のグラモン家の男が、いったい何を言うんだと思われるかもしれないが、できれば保険をかけておきたい――というのが正直なところなんだよ」

 

 さらにタバサが意見を述べた。

 

「名前を隠すことによる利点もある」

 

 その言葉に全員が注目した。

 

「どういうことかしら? タバサ」

 

「本名を隠すことによって、家名に頼らず、実力のみを見てもらえる。あの家の人間なのだから、この程度できて当たり前。逆に、あんな低い家柄の者にできるわけがない。そう思われる可能性がなくなるということ」

 

「ああ、なるほど」

 

 と、反対側にいた者たちが納得しかけたその時。太公望がさらなる追撃をかけた。

 

「家名に頼らないということは、すなわち実力の証明となり、おぬしたちにとって大きな自信に繋がるであろう。だからこそ、わしは暗号名採用を推すのだ」

 

「そっか。そういうことなら理解できるわ」

 

 家名やコネに一切頼らず、己の〝力〟のみで問題を解決する。それはまさしく自分の手で掴み取った栄光だ。暗号名の採用に不平を述べていた者たちも、この説明を受けて完全に納得した。

 

「ところで……才人は何故賛成にまわったのだ?」

 

「えー! だってさ、コードネームってなんか響きがカッコイイじゃん!!」

 

「おぬしに聞いたわしが間違っていた」

 

「閣下ひでえ!」

 

「いや、いまのはきみが悪い」

 

 ――とまあこんなやりとりがあり、気持ちのよい湖畔で暗号名を考えてみようという、いまいち噛み合わないシチュエーションの中、太公望がひとつの提案をした。

 

「そうだのう。できればで構わないので、その名前を聞いたら誰を指すのか。それが仲間内ですぐわかるようなものが望ましいのだが」

 

「二つ名みたいなものかしら?」

 

 ルイズの質問に、その通りだ! と答えた太公望。と……ここで才人がふと閃いた。

 

「なあ、みんなの『二つ名』か系統を、俺の国の言葉に直すっていうのはどうだ?」

 

「ふむ、具体的には?」

 

「そうだな……たとえばルイズなら『コメット』。これは『箒星』の別名なんだ」

 

 別名というか別言語なのだが、そのあたりはさすがに伏せる才人であった。

 

「あら、可愛い響きじゃない? それ」

 

 笑顔でそう言ったルイズに、だろう? と、得意げな表情でもって応えた才人は、続いてタバサに目を向けた。

 

「あとは、そうだな。タバサなら『スノウ』とか。これは『雪』って意味」

 

「悪くない。わたしはそれでいい」

 

 このやりとりに、残る全員が面白そうじゃないか! と、食いついてきた。

 

「なるほど。サイト、それだとぼくの『青銅』はどういう名前になるんだね?」

 

「『ブロンズ』だな」

 

「あたしの『微熱』はどうなのかしら?」

 

「キュルケの『微熱』はちょっと難しいなあ……どっちかっていうと『フレア』とかのほうがカッコいいかな。太陽の炎のことをそう呼ぶんだけど」

 

「あら、いいじゃないの! あたしの系統や情熱の象徴に、太陽の名は相応しいわ!」

 

 実際には炎ではなく、太陽で起こる爆発現象のことを指すのだが――才人はわかっていてもあえてそこには言及しないことにした。説明すると、ややこしいことになるからだ。

 

「ぼくは風と火の両方が使えるんだけど」

 

 レイナールの申し出に、才人は難しそうな顔をして答えた。

 

「それだけだと難しいな、他に何か特徴ないんか? 得意な魔法とか、あだ名とか」

 

「〝魔法剣(ブレイド)〟の腕なら、クラスで一番だよ」

 

「お、マジか! 今度手合わせしてくれよな……と、それなら『ブレイズ』とかどうだ? 火炎と、(ブレイド)をかけてるんだけど」

 

「あ、それちょっとかっこいいかも」

 

 レイナールはその名前について、真剣に検討し始めた。

 

「わたしはどういう名前になるのかしら?」

 

 期待に溢れる顔で聞いてきたモンモランシーに対しては。

 

「モンモンでいいんじゃないか?」

 

「ちょっと! それはひどいんじゃないの!?」

 

「冗談だって! ええっと『香水』はなんだっけかな……あ、フローラルな香りなんてよくテレビとかで聞くから『フローラル』とかどうかな?」

 

「てれ……なんとかはよくわからないけど『フローラル』は悪くないわね」

 

「ちなみに、わしの場合はどうなるのだ?」

 

 才人は首を捻った。

 

(たしか、こいつの二つ名って『腹黒』とか『悪魔』とか、ぶっちゃけヤバイのばっかりだったような気が。まさか『魔王』とか『閣下』って呼ぶわけにもいかないし……なら系統が安全かな)

 

 才人は地雷原を避け、無難なほうへ流れることにした。

 

「それなら『ウインド』かな」

 

「〝風〟の初歩魔法そのままじゃないか」

 

「わしはそれでかまわぬのだが」

 

「まぎらわしいから却下」

 

「まあね、ちょっと混乱するかもしれないわね」

 

 これまで順調にきていたにもかかわらず、思わぬところで躓いてしまった。

 

「えっと……それじゃあ、閣下がいちばん気に入ってる『二つ名』って何だよ?」

 

「それなら決まっておる。『太公望』だ」

 

「ああ、そうなんだ……って、ええええええ!」

 

「ちょっと待って! それ『二つ名』だったの!?」

 

「ずっと名前だと思ってたんだけど……」

 

「わたしも聞いてない」

 

「普通に本名だと」

 

「ぼくもそう思っていたよ」

 

 大騒ぎをする生徒たちを相手に、太公望は頭を掻きながら説明した。

 

「召喚された時に、ちゃんと『太公望』呂望と名乗ったはずなのだが」

 

「あら? じゃあ『リョ』って呼ぶべきなのかしら」

 

「いや、名前は『望』で『呂』は家名なのだがのう……呼ばれ慣れているという意味では、やはり『太公望』だろう」

 

「風習?」

 

 キュルケとタバサの質問に答える太公望。

 

「それもあるが、わしには名前が沢山あってのう。全部並べると、とんでもなく長くなってしまうので、師匠からいただいたこの二つ名を普段から名乗りの際に使っておるのだよ」

 

 厳密には『二つ名』ではないのだが、意味合いは同じようなものなので、そのように説明する太公望。名前については「呂望」の他に「王奕(おうえき)」「伏義」さらに「羌子牙(きょうしが)」というものもあるのだが、それらについては割愛する。

 

 それを聞いてうんうんと納得したように頷く才人。

 

「わかる。ルイズの名前とかめっちゃ長いし! 舌噛みそうになるもんな」

 

「ちょっと! それどういう意味!?」

 

「そのまんまの意味ですが何か」

 

「ウガ――ッ!!」

 

 じゃれ合うピンクブロンドと黒髪の主従をよそに、タバサは再び太公望に尋ねた。

 

「『太公望』とは何のこと?」

 

「わしが軍に所属していたのは師匠の肝煎りだ、という話は前にしたと思うが」

 

「覚えている」

 

「今から十年ほど前のことだ。わしの師匠が、とある老いた大公さまから『将来的に、軍事や政治などの面で息子を補佐できる者を紹介して欲しい』という依頼を受けたのだ。それと例の敵対派閥の件があり――白羽の矢を立てられたのが、このわしだったのだよ」

 

 わしの師匠と既にお亡くなりになられた大公さまは旧知の間柄だったのだ。そう説明を入れつつ、太公望は先を続ける。

 

「師匠の弟子の中で、わしは〝術者〟としての実力は中の上程度であったのだが、軍学や政治学を専門に学んでいたことと、大公さまのご子息――今の国王陛下と性格的に合いそうだというのが選ばれた理由らしい。わしはまだ師匠の元で学んでいたかったので、一度は断ったのだが……」

 

「ああ、それで『受けなければ破門』だと言われたのか」

 

「酷いわ! ほとんど強制みたいなものじゃない!」

 

 ギーシュの言葉にモンモランシーが眉を顰める。この話を聞いていなかったルイズとレイナールのリアクションも似たようなものだ。

 

「でだ、結局は師匠の命令に従うことにしたわけだが……」

 

 太公望は珍しく生真面目な表情で続けた。

 

「その際に、師匠から『今後は大公が望む通りの者となれるよう、研鑽を続けよ』という意味で『太公望』という名を与えられ、以後そう名乗るよう命じられた。これがわしの二つ名の由来なのだ」

 

 ――この説明は九割方が嘘である。

 

 何故太公望がわざわざこんな偽りを述べているのかというと……例の『惚れ薬事件』の際に漏らしてしまった「国王がわしに文句を言えるはずがない」という強烈な発言を打ち消すためだ。それと、魔法薬でおかしくなった自分を気遣ってくれていた者たちに対するフォローも兼ねている。

 

「ああ、なるほどね……やっと理解できたわ」

 

「同じく」

 

「わたしも」

 

 そういうことなら『二つ名を常に名乗る理由』として納得できる。そして、彼が王族ではない(らしい)ことがわかった。太公望の説明により、今まで色々な意味で心臓に負担がかかっていた者たちは少しだけ気分が楽になった。

 

(それにしても……)

 

 タバサは思った。

 

(今から十年前ということは――つまり彼は十七歳で王宮に出仕するようになったということだ。わたしは今十五歳だけど……二年後は、いったいどうなっているのだろう)

 

 彼女は、珍しく自分の将来について思いを馳せる。

 

 そんな中。この話を聞いていて、頭の隅に引っかかりを覚えた者がいた。それはもちろん才人である。地球上の歴史に残る有名な軍師とよく似た二つ名。偶然にも程がある。と、そんな才人の思考を中断するような形で太公望から声がかけられた。

 

「のう才人よ、こういう場合はどうなるのだ? そもそもわしは、職を辞した上で、身分も捨て、大陸を渡る風のように気ままな旅を続けていた『風の旅人』だ。いわば世捨て人、隠者といっても差し支えないのだが」

 

「あ、ああ、そうだな……悪い、ちょっと考えるから待ってくれよ」

 

 ある意味絶妙なタイミングで発せられた質問により、思考の淵から無理矢理釣り上げられた才人は本来の役目であった『太公望に合いそうな暗号名』を再検討し始める。

 

「うーん……旅人だと『トラベラー』でなんかイマイチだし、世捨て人だとよくわかんねーし……って、隠者!? ああッ、そうだ確か……!!」

 

 ふいに才人の脳内に閃いた名前。これはある意味、彼にぴったりだと思った。

 

「『ハーミット』とか、どうだろう? 『隠者』のことなんだけど、これには『隠れる者』以外に『助言する者』とか『迷い人を正しい道へ案内する賢者』っていう意味もあるんだ」

 

「彼にぴったり」

 

「わたしもそう思うわ!」

 

 即座に賛成するタバサとルイズ。他の者たちも「いいんじゃない?」といった感じで、賛意を示している。言われた太公望本人はというと、

 

「いや、それはちと格好が良すぎるというか……」

 

 などと、珍しく照れたような表情をしていたりしたのだが、結局全員に押し切られてしまい。暗号名は『ハーミット』で確定してしまった。

 

「ところで、おぬし自身の暗号名はどうするのだ?」

 

「……あ!」

 

 これに答えたのは、キュルケであった。

 

「ヴァリエールの『盾』にして『剣』なんだから、そこから考えてみたらいいんじゃないかしら? いつもつきっきりで守ってあげてるでしょう? サイトは」

 

「ちょ、ちょっと、えと、あの」

 

「あ、いや、ちょっと、待って」

 

 真っ赤になってゴニョゴニョと何かを言おうとしているふたりを「これは今後からかい甲斐がありそうだわ」と、遊んだら面白そうなおもちゃを発見した子供のようにニヤニヤ笑いを続けながら見守るキュルケ。

 

 結局『ナイト(盾から連想)』は騎士と混同されるといろいろと不都合なため『ソード(剣)』という、シンプルながらもそれっぽい名前に落ち着いた。なお、この名前にはデルフリンガーも満足した。まるで俺っちと一体化しているみたいじゃないか、相棒に相応しい……と。

 

 そして、彼らがどう呼び合うようになったのか。以下はその一覧表である。

 

 

 ・太公望『ハーミット』

 

 ・タバサ『スノウ』

 

 ・ルイズ『コメット』

 

 ・才人『ソード』

 

 ・キュルケ『フレア』

 

 ・ギーシュ『ブロンズ』

 

 ・モンモランシー『フローラル』

 

 ・レイナール『ブレイズ』

 

 

 以上、彼らが任務についている際に名乗る『暗号名』だ。

 

 全員分の名簿をまとめ終えた太公望は、にっこりと笑って頷いた。

 

「ふむ、これで冒険前の準備はほぼ整ったな。あとは、そうだのう。ちょうどラグドリアン湖に来ているので、おぬしたちにあることを教えておけば完璧であろう」

 

「あること……というのは?」

 

 タバサの問いに、太公望は改めて全員を見回しながら答えた。

 

「前にタバサには話したことがあるのだが……ここラグドリアン湖は〝霊穴〟(パワースポット)と呼ばれる〝力〟の溜まり場なのだ。しかも、ここは特に強い〝力〟が溢れている。この場所であることをすることによって〝精神力〟の最大量を増やすことができるのだよ」

 

 ――少しの間を置いて。

 

「えええええっ!」

 

「精神力の最大量が増やせる!?」

 

 タバサは大騒ぎしている仲間たちを見て、驚くのも無理はないと思った。彼女自身、初めてそれを知ったときには驚愕したのだから。でも、今、ここでそれを言い出した理由がわからない。

 

(彼のことだから、何か特別な考えがあるのだろうけど)

 

 そんなご主人さまの思いをよそに、太公望は説明を続けていた。

 

「タバサには既に教えてあるのだが、わしの国に伝わる〝瞑想〟という技術を使うことにより、ただ眠るよりも圧倒的に早く精神力を回復できるのだ。さらに、それを応用することによって〝精神力の器〟の最大量を一.五倍……修行を積めば、より多くの〝力〟を溜め込むことができるようになるであろう。念のため確認するが、教えてもらいたい者は手を挙げよ」

 

 太公望の問いに、才人とタバサを除く全員が手を挙げたのは言うまでもない。

 

「よしよし、おぬしたちはメイジとしての修行をきちんと積んであるから、一時間もあれば〝回復〟と〝循環〟の両方ができるようになるはずだ。ところでギーシュよ」

 

「な、なんだね?」

 

「おそらくだが。これを覚えることによって、おぬしは『ドット』から『ライン』へランクアップできる可能性が高い。既に壁を破る直前まで到達しておったからのう」

 

 全員から驚きの声が上がった。ギーシュは嬉しさのあまり、その場で飛び跳ねている。

 

 友人の喜びがいまいち理解できない才人は、素直にそれを口にした。

 

「ランクアップって、新しい魔法が使えるようになるんだろ? やっぱ、嬉しいものなんか」

 

「当然だよ! 戦術の幅も広がるし、何より将来に関わる!」

 

「どゆこと?」

 

「ぼくはグラモン家の四男だ。うちには優秀な兄たちがいるから、家を継ぐことなんてできない。となると、戦場で名を馳せて王室から領地を貰うか、どこかへ婿入りするしかないのさ」

 

「お前モンモンいるじゃん」

 

 途端、真っ赤になるギーシュとモンモランシー。

 

「そ、そうだが! 将来的に、モンモランシーと一緒になるとしてもだね! 無名で、しかも『ドット』のぼくじゃ厳しいんだよ! 彼女の家は、トリステインではヴァリエール家に次ぐ名門中の名門なんだから!」

 

 未だ顔中に疑問符を浮かべている才人に対し、ギーシュは説明を続けた。

 

「貴族といっても、そのうちの六割が『ドット』なんだよ。『ライン』ならそこそこ優秀。『トライアングル』なら近衛隊やアカデミーにすら就職できるエリート。『スクウェア』に至っては引く手数多! 〝貴族は魔法を持って成す〟という言葉通り、ランクさえ高ければ多少身分が低くても重要視されるのさ」

 

 なるほど、日本でいえば学歴で見られるようなものかと納得した才人。そこへ、太公望が声をかけてきた。

 

「ちなみに才人。おぬしもこれを覚えておくといい。〝瞑想〟は精神を落ち着かせ、かつ体力の回復にも役立つことなのだ。もちろん、おぬしには基礎から教えるからな」

 

「もしかして〝気〟のコントロール、ってやつか!?」

 

「そうだ。よく知っておるではないか」

 

「……ひょっとして〝気弾〟が出せるようになったり、しちゃったり、して?」

 

「その〝気弾〟とやらのことはよくわからぬが……どれ、ちとやってみせようかのう。皆の者、少しの間静かにしていてくれ」

 

 そう断りを入れた太公望は湖のほうへ向き直って座り込むと、両手で印を結び、体内の〝力〟を集中させる。そして、湖面の一点へ向け気合いを発した。

 

「ほッ!!」

 

 ――と、それまで静かだった湖の水面が噴水のように勢いよく立ち昇り、その後バシャン! と音を立てて潰れた。

 

「……とまあ、こういう〝術〟なのだが」

 

「うは! 〝水遁の術(すいとんのじゅつ)〟!!」

 

「な、ななな、なに今の」

 

「ま、まさか先住魔法!?」

 

 怯える生徒たちを落ち着かせると、太公望は改めて説明を開始する。

 

「これは体内を巡るもうひとつの〝力〟。人間だけではない、全ての生物が宿す〝気〟というものを利用した技だ。よく『気配を消す』と言うであろう? あれは、この〝気〟を一時的に断つことで、相手に存在を気取られぬようにしておるのだよ」

 

「おおーっ!」

 

 感心の声を上げる参加者たち。これにはタバサも覚えがあった。

 

(なるほど……あのとき、わたしや()()は無意識にその〝気〟を扱って、敵の気配を探ったり、身を潜めたりしていたのか……)

 

「魔法と違いこうして〝印〟を結ぶだけで展開可能だ。杖も、ルーンも、精霊との契約も必要ない。ただ、ハッキリ言うが、見た通りたいした威力は期待できない。おまけに習得するには〝気〟を扱うセンスと長い修行時間が必要だ」

 

「ああ、なるほど。魔法に比べて難しい割に効果が今ひとつだから廃れてしまったんだね」

 

 レイナールの発言に頷く太公望。

 

「そういうことだ。これなら、普通に魔法を使ったほうがよいであろう? わしが扱えておるのは、単なる師匠の趣味だ。まあ、メイジ以外の者がこれを利用して土煙を発生させれば、逃げたりする時に便利かもしれぬがのう」

 

 理解できたといった面持ちで頷くメイジたち。いっぽう才人は「〝木の葉隠れ〟とか〝土遁(どとん)〟もできるんじゃないか!? コレ」などと、ひとり興奮していた。

 

「ちなみに才人にこれを教えるのは、体力の回復を早めることと、敵や味方の気配に敏感になってもらうことが目的なのだ。〝術〟に関しては難しすぎて、そうそう簡単に習得できるものではないぞ? わしだって、数年かかってようやくあの程度なのだ」

 

 その言葉に落ち込みかけた才人だったが、よくよく考えてみた結果、時間をかければいつかできるようになるという意味だと理解し、顔を輝かせた。

 

 ――本当にできるようになるのかどうかは定かではないわけだが。

 

「ねえ。これって、もしかしてわたしに魔法の感覚を教えてくれたときの……?」

 

「その通りだルイズ。あれは、あくまで流れだけだがのう。だからあのとき『ルイズは特別な感覚を持っているから、掴める。他のメイジには意味がない』と言ったのだ」

 

「そういうことだったのね」

 

(やっぱり、ミスタ・タイコーボーは『ハーミット』ね)

 

 ルイズは彼をこの地へ呼び寄せてくれたタバサと『始祖』ブリミルに、心から感謝した。

 

「それでは、さっそくやりかたを教えよう。だが、さっきも言った通り、タバサには既に教えてある内容なのだ。よって、悪いがタバサは少し休憩していてくれ」

 

 太公望はそう告げて、タバサを除く全員に水際まで移動するよう伝える。生徒たちが揃って水辺付近へ向かうのを確認した後、タバサへ向けて小声で囁いた。

 

「タバサ。〝遍在(ユビキタス)〟は何体まで出せる?」

 

「まだ二体」

 

「よし。よいか? 〝遍在〟二体を彼らに見られぬように出し、その〝遍在〟と自分自身の内に〝瞑想〟によって〝力〟を蓄えるのだ。その後、決して気取られぬよう付近の森に待機させておけ」

 

「つまり、これは」

 

「そうだ、例の件が動き始めている。だからこそキュルケにここへ来るよう誘導してもらったのだ。決行は明日の夜。心のほうは落ち着いているか?」

 

「みんなのおかげ。だいぶ、落ち着いた」

 

「よし。ここでの〝瞑想〟は、魔法学院で行うよりも遙かに効果が高い。〝遍在〟二体と自分の中に〝力〟を蓄えておくことで、このあと動きやすくなる」

 

「わかった」

 

「では、わしは向こうの者たちに教えてくる。おぬしは」

 

「瞑想しながら待っている」

 

 ――頷き合ったふたりは、それぞれの準備をすべく立ち上がった。

 

 

 




静かな湖畔の森の陰から♪

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