雪風と風の旅人   作:サイ・ナミカタ

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第33話 伝説、剣を掲げ誓うの事

 ――ニューイ()の月・エオロー(第三)の週、ダエグ(八日目)の曜日。

 

 夏の日差しを避けて木陰のベンチで涼を取りながら、ギーシュがひとつの提案をした。

 

「明日は夏期休暇に入る前の最後の休日だね。せっかく仲間が増えたのだから、みんなで集まって、どこかで歓迎会をしようじゃないか」

 

「歓迎会だって? ぼくたちのために!?」

 

「あら。それは素敵な考えだわ、ギーシュ」

 

 新たに『水精霊団』に加わったレイナールとギーシュと正式に付き合い始めたばかりのモンモランシーはその提案を諸手を挙げて歓迎した。もちろん、喜んだのは彼らだけではない。その他の仲間たちも同様だった。

 

「あ、それいいな! みんなでどっか行こうぜ」

 

「わたしも賛成!」

 

「わしも参加するぞ」

 

「あたしも行くわ!」

 

「わたしも」

 

 ギーシュは気取った仕草で髪を掻き上げながら、満足げに言った。

 

「全員参加で決まりだね。では、明日はトリスタニアの街に出て……」

 

 と、ここでキュルケがギーシュを遮った。

 

「確かに王都へ出るのも悪くないんだけど、もっといい場所があるわ」

 

「それはどこだね? ミス・ツェルプストー」

 

「ラグドリアン湖よ。厨房で何か用意してもらって、あそこでピクニックなんてどうかしら? 今の季節ならまだ過ごしやすいし、眺めもいいと思うんだけど。それに……」

 

 キュルケはモンモランシーを見て、こう言った。

 

「チーム『水精霊団(オンディーヌ)』結成祝いには、ぴったりだと思わない?」

 

 その意見に反対する者は誰もいなかった。

 

「じゃあ、厨房へはあたしが頼んでくるわ」

 

「一緒に行く」

 

 そう言ってキュルケとタバサが席を立つ。

 

「それじゃあ俺は厩舎に行って、明日の馬車予約してくるよ」

 

 厩舎へ向かおうと、立ち上がって歩き出しかけた才人を太公望が止めた。

 

「いや、それには及ばない」

 

「なんでだよ? 馬車がないと、あんなに遠くまで行けないだろ?」

 

「そろそろおぬしが考えた()()の試運転をしてみようと思うのだが、どうだ?」

 

 その発言に驚いたのはルイズと才人だ。他のメンバーはなんの話をしているのかさっぱりわからないので、ぽかんとした表情で彼らを眺めている。

 

「で、でも、まだわたし、浮かせることしかできないわ」

 

「そうだよ。おまけに結構人数いるし、荷物だってあるだろ?」

 

 彼らの答えを聞いて、してやったりとばかりに太公望は笑った。

 

「浮かせることができれば充分だよ。なに、わしにいい考えがあるのだ。それを試してみて、もしも駄目なようであれば、改めて馬車を借りに行けばよい」

 

 ――それから三十分後。誰の目にもつかない裏庭のさらに奥に位置する場所へ、問題の()()が設置された。

 

「これ……ベッド?」

 

「ベッド……よね? おかしな形をしてるけど」

 

 そう。これは以前才人が太公望とコルベールにひとつのアイディアを披露し、それを元に検討を重ねて作成された、題して

 

『空飛ぶベッド』(折りたたみ式、バラして持ち運び可能)

 

 である。ちなみにこれは当初のものから改良を重ねた『弐号機』(才人命名)で、試作品である『初号機』は現在、ルイズの部屋で才人が寝起きをするために使われている。

 

「これで、なにをするのかしら?」

 

 不思議そうな顔をして訊ねるキュルケに、太公望は答えた。

 

「皆でこれに乗り、空を飛ぶのだよ」

 

「ええええぇぇぇぇえぇえええ―――――――ッ!!」

 

 その答えに全員が驚愕の叫びをあげた。

 

 それはそうだろう。一見なんの変哲もない――いや、前後と両脇に変わった形の手すりが取り付けられた珍しいスタイルではあるのだが――ベッドに乗って空を飛べるというのだから。しかも、これだけの人数を乗せて飛行可能とは、それだけで充分驚くに価する。

 

「これ、もしかして東方の魔道具(マジック・アイテム)なのかい?」

 

 銀縁の丸眼鏡に手をやりながらまじまじと問題のベッドを見遣るレイナールと、その発言に目を輝かせた一同。しかし、才人の答えはあっさりとしたものだった。

 

「これはコルベール先生が作ってくれた特別製なんだ。魔法は〝固定化〟以外かかってないぜ」

 

「そうなの? だったら、どうやって……」

 

 モンモランシーの質問を途中で遮った太公望は「実際にやってみせるから……」と、ルイズと才人のふたりを手招きした。

 

 それから彼らの耳元に何かをゴニョゴニョ、ゴニョリ、ゴニョリータ……と囁く。この提案に目を見開いて驚いたふたりは顔を見合わせると……直後、同時に太公望へと向き直ってこう答えた。

 

「なるほどな、それならいけそうだ!」

 

「ええ、やってみるわ!」

 

 ――こうして『試運転』が始まった。

 

 まずはベッドの中央にルイズが座る。前方には太公望。そして後ろ側に才人がつく。

 

「ルイズよ。まずは三十サントほど浮き上がらせてみるのだ!」

 

「まかせて!」

 

 ルイズはマントの内ポケットから杖を取り出すと、早速〝念力〟でベッドを浮き上がらせた。そこそこの重さがあるためか最初は少しふらついたが、それでも何とか指定通りの高さまで持ち上げることができた。

 

「では、ルイズはそのまま浮き上がらせ続けてくれ。次はわしの番だ!!」

 

 その言葉の後、太公望が『打神鞭』を取り出して、軽く一振りした。すると……ベッドが〝風〟に乗り、ゆっくりと前進し始めたではないか!

 

「ルイズ、まだ大丈夫か?」

 

「ええ、ぜんぜん問題ないわ」

 

「よし、ならばもう少しスピードを上げるぞ!」

 

 太公望の言葉と共に、ぐんと速度を上げた『空飛ぶベッド』は中庭をぐるぐると飛び回り始めた。最初は徒歩程度の速さだったが、すぐに駆け足よりも速くなり――ついには馬車並の速度まで到達した。

 

「すげえ! 閣下の言った通りだ!!」

 

 大声をあげながら興奮する才人に、太公望は大笑いしながら答えた。

 

「かかかか、そうであろう? 何も全部をひとりでやる必要はないのだ。このように浮かせる者と動かす者を別々に分担してやれば、単独ではできなかったことが可能となる」

 

 呆然と彼らの様子を見守っていた残りのメンバーの前に降り立った三人は、それはそれはもう得意げな笑みを浮かべ、こう言った。

 

「どう?」

 

「これが俺のアイディアだ」

 

「それをわしがアレンジし、コルベール殿が実現したのだ」

 

 見たかとばかりに胸を張るルイズ、才人、太公望の三人の前へ全員が一斉に駆け寄ってきた。

 

「ちょっと何これ!」

 

「着想が面白いね!」

 

「すごいな! きみたちは」

 

「これ、みんな一緒に乗れるの!?」

 

「たしかに、これなら馬車で行くよりずっといいわね!!」

 

 ワイワイと盛り上がる一同。だが、唯一心配そうな顔をしたのはタバサだ。彼女は自分の考えた案が実現可能であるかどうか、太公望へ聞いてみることにした。

 

「今のままではルイズとタイコーボーへの負担が大きすぎるように思う。そこで、サイトを除く乗員全てが〝浮遊〟(レビテーション)や〝飛翔(フライ)〟などを唱え、少しだけ浮いた状態でベッドに掴まることを提案する」

 

 それを聞いた太公望はにんまりとした。

 

「実はそれを前提とした乗り物なのだよ。だから、このような手すりがついているのだ」

 

「なるほど」

 

 全員は改めて『空飛ぶベッド』に注目する。柵のような手すりは太すぎず、細すぎずで掴みやすそうだ。ベッド全体をぐるりと囲むような形で取り付けられていることから、転落の可能性もしっかりと考慮されていることがわかる。

 

「みんながほんの少しだけ身体を浮かせてくれれば、ルイズやわしにはほどんど負担がかからない。もしも誰かが途中で疲れたら、交代しながら進めばよい。移動に関しては、ルイズがもっと操作に慣れるまでは、わしが全て担当する」

 

 早く乗ってみたくてたまらないキュルケが、きらきらと顔を輝かせて言った。

 

「ね、ね、早速試してみましょうよ」

 

「賛成!」

 

 というわけで早速全員が乗り込んだわけだが。

 

「……スピードを上げすぎると向かい風がきついね。これ」

 

 レイナールが風でぼさぼさになってしまった髪を、手櫛で軽く直しながらぼやいた。馬程度の速さならば問題ないが、それ以上に速度を上げると、向かい風でバランスを崩しやすくなるのだ。

 

「ふむ……では、ここで問題を出そう。誰か解決案はないか?」

 

 その太公望の問いに、レイナールが確認を取る。

 

「問題……ということは、解答があるという意味だよね?」

 

「その通り。当然、解決策が存在する。さあ、全員で考えてみるのだ」

 

 と、即座に解答へ辿り着いたらしきタバサが、ちらりと太公望に目を向ける。

 

「む、タバサはもう気が付いたようだな。まあ、ある意味当然ではあるな。すまんが、おぬしは発言を控えていてくれ。できれば他の者たちに、自力で答えを出してもらいたいのだ」

 

「わかった」

 

 タバサはコクリと頷いた。

 

「向かい風で問題になるのはなんだろう、まずはそこから考えないと」

 

「髪が乱れるわ」

 

「そんなことはどうでもいい」

 

「え~」

 

「振り落とされるのはまずいよね。メイジのぼくたちはともかくサイトが落っこちたら大変だよ」

 

「ベッドにしがみつくしかないか?」

 

「ベッドだけに寝ころんでみるとか」

 

「なるほど。そうすれば、向かい風の負担はだいぶ軽減されそうだね」

 

「いや、それ根本的な解決になってないんじゃないか?」

 

 様々な意見が飛び交うが、なかなかよい解答を出すには至らない。と……ここでキュルケがあることに気が付いた。

 

「ヴァリエールの『見えない盾』が使えれば解決しそうなんだけど、あの子には浮かせる役目があるし……」

 

「いや、ちょっと待ってくれないか」

 

 このキュルケの言葉に反応したのはレイナールだ。

 

「そうだ、盾だよ! 誰かひとりが風を受け止めるのではなくて、うまく受け流すことができる盾をベッドの前に出すことができれば……」

 

 彼の発言に、一瞬反論をしかけたのはギーシュだ。

 

「しかし、それほどの盾を作れるとなると『トライアングル』以上の……あッ!」

 

 会議に加わっていた全員が、いっせいにタバサのほうに向き直る。

 

「そうか! 風の『スクウェア』のタバサに盾役を担当してもらえばいいのか!」

 

「えっ! 彼女、いつのまにランクアップしていたんだい!?」

 

 隣のクラス所属のレイナールにとって、当然そんなことは初耳だ。

 

「あ……ええ、つ、つい最近ね……」

 

 例の惚れ薬事件のことを思い出して冷や汗を流すモンモランシー。そして、彼らの答えに満足したらしき太公望とタバサは揃って拍手した。

 

「それが彼の考えていた計画」

 

「よしよし、見事に辿り着いたのう。それでは答えが出たところでだな……全員まだ〝精神力〟に余裕があるのなら、どのくらいの速度が出せるのか、限界に挑戦してみようではないか!」

 

「お――ッ!!」

 

 ――結果。竜とまではいかないが相当な速度が出せることが判明し、全員が興奮した。もっとみんなの息が合ってきたら、さらに上を目指せるのではなかろうか――と。

 

 こののち、才人の出身世界風に表現するならばモータースポーツ――フォーミュラ・カーのセットアップが如く、効率のよい盾の展開方法やら、加速について議論が重ねられ。

 

 さらには技術開発担当者としてコルベール氏が招聘されるに至り、ベッドに使用されているパーツ各種の軽量化や取り付け位置の調節を行うなど、どんどんと改造と工夫が続けられていくのだが……それについては、また別の話――。

 

 

○●○●○●○●

 

 ――そして翌日、虚無の曜日。

 

 雲ひとつない晴天の中『空とぶベッド』でゆうゆうと――他人の目につくとさすがにまずいので、かなりの上空を飛行して――ラグドリアン湖に到着した一行は静かに波打つ湖畔の側で、大きな布製の敷物を広げ、バスケットいっぱいに詰め込まれたお弁当に舌鼓をうちながら、実に楽しい時間を過ごしていた。

 

 いよいよ、来週からは念願の夏期休暇。そして『胸躍る冒険』と題した実戦演習が待ちかまえている。レイナールにも当然その話は伝えられていて、彼は喜んで参加を希望した。

 

 畑の運営についても順調で、明後日には最初の薬草が収穫できるまでに成長していた。モンモランシー曰く、新規加入メンバー分の傷薬を作ってもまだかなりの余裕があるため、少し多めにストックしておいた上で、残りの薬を売り払い、そのお金で新しい種を購入する予定だそうだ。

 

 ちなみに夏休み中の畑の世話は、魔法学院の庭師に依頼することになっていた。これについての代金は、学院側が実習費用ということで負担してくれるらしい。

 

 よって、この期間中に植えるのは、それほど育成に手間がかからない、香水用の薬草にしておこうということで全員の意見が一致している。

 

「俺、こんなに楽しくっていいのかな……」

 

 才人は仲間たちの顔を見ながら、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。

 

 彼がこのハルケギニアに〝召喚〟されてから、もう三ヶ月以上が経過している。突然自分が姿を消したせいで、両親も、学校の先生や友人たちも、きっと心配しているだろう。

 

 才人自身、地球に残してきた家族や友達に会いたくないといったら嘘になる。

 

 だが……今こうして自分の目の前にいるのも、やっぱり大切な仲間で。しかも、過ぎゆく日々をごくごく普通の、どこにでもいる高校生として、これといった目標もなくただ漠然と過ごしていたあの頃とは違い――毎日が本当に充実している。

 

 輝く湖面を見つめながら、才人は心の内で謝罪した。

 

(父さん、母さん……ごめん。俺、まだもうしばらくこっちにいたい。いつか必ず帰るけど……もう少しだけ、わがままを許してほしいんだ。地球に戻ったら、土下座なんてもんじゃないくらい、とにかく謝るから)

 

 そんな彼の様子に気が付いたのか、ルイズが声をかけてきた。

 

「どうしたの? サイト。なんだか元気がないみたいだけど」

 

「あ、いや……なんでもないって! ほら! 俺こんなに元気いっぱい!!」

 

 さっきまでうっすらと感じていた望郷の念をルイズに悟らせまいと、無理にポーズをつけようとした才人は、指ぬきグローブ着用効果による〝ガンダールヴ〟の〝力〟を派手に無駄遣いし、連続でバック宙を繰り返した。

 

 が、いつもの如く調子に乗りすぎた彼は、目測を誤り、思いっきり湖の中へ飛び込んでしまった。ばっしゃーん! という激しい水音が周辺に響き渡る。

 

「ちょ、ちょっと何やってんのよあんた!」

 

「ぶはっ……湖が近すぎたッ……この俺としたことが、失敗したッ!」

 

 ルイズを除くその場にいた全員が、湖面から顔を出した才人を指差しゲラゲラと笑った。

 

 それからすぐにずぶ濡れになってしまった彼の側に〝風〟の使い手たちが集まり、服を乾かした。そして〝火〟のメイジが小さな焚き火を作って、風邪をひかないように早く身体を温めるよう才人を促す。そんな友人たちの姿を顧みて、才人はつくづく思った。

 

(やっぱいいなあ、こいつら。みんなで馬鹿やって、楽しくて。俺、この世界に呼ばれて本当に良かった。最初のうちは、ほんとどうなることかと思ったけど……)

 

 才人がひとり思いに耽っていると、すぐ側にいたキュルケがぽつりと呟いた。

 

「例の『空とぶベッド』もそうだけど、こうやって、みんなで〝力〟を出し合うことで、本当に色々なことができるのね。『水精霊団』に入るまでは、こんなこと……考えてもみなかったわ」

 

 みんなで〝力〟を出し合う。この言葉に大きな反応を見せたのはタバサであった。

 

 今まで、彼女はずっとひとりで戦い続けてきた。

 

 母の心を取り戻すために、自分の身を守るために、そして――父の無念を晴らすために。孤独な『道』を歩み続けていた。

 

「わたしも……こんなふうに過ごせるなんて、思ってなかった」

 

 それがどうだろう。ほんの数ヶ月で自分を取り巻く環境は劇的に変わってしまった――もちろん、思いも寄らぬ良い方向へ。まもなく、母を助けるための準備も整う。そのための手はずも、ほぼ揃った。今日はその緊張をまぎらわすための大切な心の休日だ。昨夜自分のパートナーが、1日だけでも全てを忘れ、楽しく過ごせと言ってくれた。

 

 この湖を挟んだ向こう側――対岸に建つ屋敷で、母さまと……忠実な老僕が待っている。

 

(もうすぐです。もうすぐわたしが助けに行きます、心を許せる仲間たちと共に)

 

 そんな思いを抱きながら、タバサは親友の呟きに賛同した。

 

 そして、そのタバサの声で気付かされたのはルイズだ。ずっと魔法の才能『ゼロ』と馬鹿にされ、誰からも期待されず、ただひとり殻に閉じこもっていた自分。それが、今ではこんなに大勢の友人たちと共にピクニックを楽しんでいる。

 

 しかも、彼らを運ぶための乗り物は、彼女が魔法で浮かせたものだ。それを見たみんなが「きみはすごいんだなあ」そう褒めてくれた。

 

 他人から認められることのなかった自分が、今――みんなを支えている。その喜びが、溢れ出る感情が、ルイズに無限の〝力〟を与えてくれているのを感じた。だから、彼女はタバサの言葉に心から同意した。

 

「わたしだってそうよ。もしも、みんなと出会えなかったら……そんなこと、考えたくもないわ」

 

 一同の間に、なんとなくしんみりとした空気が流れた。

 

 まあ、その気持ちは俺もわからなくはないけどな。そんな風に思いながら、才人は陽の光を反射してきらきらと輝く湖へ視線を移した。

 

「そういえば、前にここへ来たときは色々と大変だったっけな」

 

 他の者たちに聞こえぬほどの小声でそう呟いた才人は、ふと、ラグドリアン湖に住む水の精霊のことを思い出した。そして、彼らが別名でなんと呼ばれていたのかを。

 

「確か誓約の精霊、だったよな」

 

 才人の脳裏には、今――ひとつの物語が浮かんでいた。

 

 それは、子供のころ母親に幾度となく読んでくれとせがんだ絵本に書かれていたもの。

 

 高校に上がってから、その物語が童話などではなく海外の有名な作家が書いたロマン溢れる冒険活劇が元であることを知った。才人はいつか翻訳版を読んでみようと思ってはいたものの、なかなか手にする機会がなかった。

 

 その物語には、とある名場面が存在する。多人数競技などでたびたび登場するほど有名なものだ。才人はその名台詞を仲間たちに教えたくなった。

 

「あのさ、みんな……ちょっといいかな?」

 

 才人の言葉に一斉に振り向く『水精霊団』の面々。彼がいったい何を言い出すのか期待しているといった表情が、ありありと見て取れた。

 

「みんなと、この湖を見てて思い出したんだ。俺が住んでいた国の、ずっと西にある王国伝説になった、ひとりの騎士の話なんだけどさ」

 

 本当は物語の中のことなんだけど、それは黙っておこう。そう思いながら才人は語る。

 

「まだ田舎から出てきたばっかりで、世間知らずだったその男が――色々な偶然が重なったせいで、いきなり三人の近衛騎士と決闘する羽目になったんだ」

 

 異国の――それも、決闘の話。そういった話題に目がないギーシュとキュルケが、揃って瞳を輝かせた。

 

「そ、それで?」

 

「うん。で、いざ決闘――ってところで騎士団と対立してた枢機卿の護衛士たちが出てきてな、騎士たちをさんざん侮辱したんだ。でも、護衛士たちは十人以上、騎士たちはたったの三人。どんなに悔しくても戦力差がありすぎてどうしようもない、はずだった」

 

「はずだった、ってことは……当然続きがあるのよね」

 

「ああ。そこで、例の男が騎士たちの味方をするって大声で宣言したんだ。あきらかに不利なのがわかってたのに、だぜ? けど、それで勇気と加勢をもらった騎士たちは奮い立った。自分たちの倍いた護衛士たちを、こてんぱんにやっつけたんだ!」

 

 歓声を上げた一同。その反応に気を良くした才人はさらに続けた。

 

「それが、その男が伝説の騎士として名を上げた事件の始まりだった。それから男と、彼と決闘するはずだった三人の騎士たちはすごく仲良くなって――全員で酒を酌み交わした後で永遠の友情を誓うために、天に向かって剣を掲げ、交差させながら、こう言ったんだ」

 

 才人は背負っていたデルフリンガーを鞘から引き抜くと、空に掲げてその名台詞を声高らかに叫んだ。

 

「みんなは、ひとりのために! ひとりは、みんなのために!!」

 

 その才人の叫びに呼応したかのように、一筋の陽光がデルフリンガーの刃を照らし、反射した。まるで後光が差したような才人の姿は、宣誓を行う勇者そのものであった。

 

「四人の騎士たちは、その固い友情を武器にして、次々と襲いかかってくる困難を〝力〟を合わせて乗り越え続けた。そして、男と仲間たちは『伝説』になったんだ」

 

 その言葉を聞いて、まず立ち上がったのは太公望であった。

 

「みんなで〝力〟を合わせる……いい言葉だのう」

 

 続いて立ち上がったのは、タバサ。

 

「みんなで困難を乗り越え伝説になった……」

 

 次に立ち上がったのは、ルイズだ。

 

「みんなは、ひとりのために……ひとりは、みんなのために。いい言葉ね」

 

 その後に立ち上がったのは、ギーシュ。

 

「そういえば、ここは『誓約の精霊』が住まう場所……だったと思うんだがね」

 

 彼の言葉に、全員が頷く。そして、まだ座っていた者たちも立ち上がり、才人の側へ集まると――杖を抜いて、天に掲げ、交差させた。デルフリンガー自身も、そこに加わる。

 

 そして、彼らは大きな声で誓約を行った。『水精霊団』のメンバーとして。

 

「みんなは、ひとりのために! ひとりは、みんなのために!!」

 

 輝く湖畔は、そんな彼らの姿を、ただ静かにその水面へ映し出していた――。

 

 

 




こころに冒険したくなる。
おとなだもの。
みつを。


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