雪風と風の旅人   作:サイ・ナミカタ

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第27話 雪風、幻夢の中に探すの事

 ――そこは、不思議な『部屋』だった。

 

 白くつややかな――それでいて大理石でも花崗岩でもない、これまで目にしたことにない石材で造られた壁。それと同じものを用いているらしき床の中心には、透明のガラス板が張られている。その中で魚影らしきものが動くのが見えた。これは、もしや水槽だろうか。

 

 部屋の奥には大きな天窓がついている。タバサは伏羲の後を追う際にちらっと窓の中を見た。そこには何処までも続く、星の海が広がっていた――。

 

「さあ、こっちへ来るのだ」

 

 タバサはハッとした。

 

(いけない、思わず見とれてしまっていた。今は母さまを助け出すことを第一に考えなければならないのに)

 

 窓から目を逸らした彼女は、急いで伏羲の元へ駆けていった。

 

 ――案内された奥の部屋は、もっと不思議だった。

 

 丸い光の玉が、いくつもふよふよと室内を漂っている。魔法のランプの一種らしく、部屋全体を昼間のように明るく照らし出している。部屋の隅にはベッドと机……何かの道具だろうか、見たこともないような品々が棚の上に所狭しと並んでいる。

 

 伏羲は机の側に設置されていた、これまた不思議な形の一人がけ用のソファーに腰掛けると、タバサを手招きした。

 

「質問したいことがたくさんあるだろうが、今は時間がない。まずはここにいるうちに、タバサの母上の魂魄(こんぱく)がどこに囚われているか当たりを付けねばならぬ」

 

 いやはや、この姿で調査できて助かった。『夢』に入る前のわしだったら、最悪当たりづけだけで終わってしまう可能性があったからのう。などと呟きながら、伏羲は机の上を片付けている。

 

(この姿。いま、彼はそう言った)

 

 いつも先の割れた外套の内側に着ている橙色の胴衣と手袋。だが、それ以外は全て黒を基調とした服装をしている。頭にいつもの白布も巻かれていない。代わりに左頬を守るような形をした金属製の装飾品を身につけている。

 

 幾重にも折り重ねられた肩当てに、皮のような、そうでないような見知らぬな素材で作られた胸当てと、細かい意匠が施されたフードがついた、足元まで届く黒く長いマント。それは中心から先が3つに割れている。そのマントは、肩当てのところに、金や銀とは明らかに違う、それでいて高級感の溢れた鈍い光沢を放つ金属でできた複数のボタンによって留められていた。

 

 そのマントも含め、胸当てを除く全てが最高級の絹のように上品な光沢を放つ、美しい布地で作られている――。

 

 タバサの探るような視線が気になったのだろう、伏羲は苦笑して答えた。

 

「ああ、これはな……軍にいた頃の服装なのだ。おそらく、当時の記憶と影響が強いせいで『夢』に入り込もうとした際にこうなってしまったのだろう。おかげで『空間操作』が使える。これは正直嬉しい誤算だ」

 

 言い終えると、伏羲は左手を正面にかざした。すると、さっきまでは何もなかった床の上に落ち着いた色のソファーが現れた。

 

「さあ、タバサよ。それに座るのだ」

 

 言われた通りにソファーへ腰掛けてすぐにタバサは気がついた。

 

(さっき、彼は『今は空間操作が使える』と言った。ひょっとして――)

 

「タイコーボー、ここは……」

 

「そうだ。これが『自分の部屋』というものだよ。前に話した、わしらの本拠地である星の海を征く船、その船室のひとつをイメージしてわしが作り出した『小さな異世界』。『夢』の中でもそれは可能なのだ」

 

 ……いや、夢の中だからこそできたのか。伏羲はそう独りごちた。

 

 伏羲は隣の一人掛けソファーに腰掛けたタバサと話しながら、机の上に薄緑色をした、幾つものガラスのような透明の板――なにやら文字が書かれているが、ハルケギニアのそれではない。付随して複雑な図形の類が描き出されているものを、何枚も空中に並べている。

 

「よし、タバサよ。それではこれからお母上の魂魄、すなわち心を構成する魂が薬による影響で、夢の中のどこに囚われているのかを探し始める」

 

 その言葉で、タバサの顔がより引き締まったものとなった。

 

 すると、タバサの目の前に4枚の『鏡』――いや、姿が映らない『窓』が現れた。不思議なことに、その中には様々な場所の様子が映し出されている。

 

「左から……1、2、3、4。これらの『窓』に、このあと色々な場所が映し出される。そのなかで、タバサと母上にとって思い出深い場所。あるいは、例の薬を飲まされたであろう宮廷の景色が映ったら、その番号を言ってくれ」

 

 伏羲はタバサへ説明しながら、自分の右手にある薄いガラスのような板――タバサには何だかわからないが、実は記録操作用のコンソール・パネルを片手でいじっている。

 

「その景色の近くにおぬしの母上が閉じこめられている可能性が高い。ちなみに、母上自身を見つけた場合にも、同じく番号を教えて欲しい。映っている窓がひとつもなかったら、次、と言ってくれれば映し先を変えるからの」

 

「わかった」

 

 コクリと頷いたタバサへ、優しい笑顔で答える伏羲。

 

「では、始めるぞ。ふたりでお母上を捜すのだ」

 

 ――こうして『調査』は始まった。

 

 

○●○●○●○●

 

 ――調査は約40分に及び、その末に伏羲はタバサの母の魂魄らしきものの居場所をほぼ特定することに成功した。「らしきもの」としているのは、病み衰えた現在の姿ではなく、若く瑞々しい姿をしているからだ。

 

 彼女はとある扉の前――何故か蔦のようなもので固く封印が施されているそこに、全身を縛り付けられていたのだ。おそらくあの『植物の枷』が彼女の心を縛り付けているモノなのだろう。その扉の奥に、彼女を狂わせている原因があるのだろうと当たりをつけた。

 

「あれがタバサの母上で間違いないか? もしもそうならば、何かおぬしの身体に不思議な感覚が現れるはずなのだが」

 

「身体を包み込まれるような感じならある」

 

「それだ! よし……間違いないな。このふたつほど手前の部屋の座標を記録しておけば、次に来たときに危険なく入り込めるであろう」

 

 その言葉に、タバサは驚きと失望がない交ぜとなったような表情を浮かべた。

 

「今日は治せないの?」

 

「うむ、おぬしも承知の通り心とは複雑なものだ。よって、その在処を特定したのちに、丁寧な処置を行う必要がある。そうでなければ本当に壊れてしまう危険性があるからのう。診断の結果は悪いものではないので、外に出てから改めて説明しよう」

 

 その言葉に、タバサは深々と頭を下げた。

 

「お願いします」

 

「なんなのだ、いきなり改まって。調子が狂うから、いつも通りで頼む」

 

 慌てたような口調でそう告げた彼の姿がなんだかおかしくて、タバサはつい笑みを浮かべてしまった。そして気付いた。こんな笑みを浮かべたのは、いつ以来だろうか。

 

「さて、それではわしは、今後の治療のためにいろいろとしなければならない作業があるので、おぬしは部屋の中を見学してきてよいぞ」

 

「あなたの作業を見ていてもかまわない?」

 

「見ておっても、おぬしには何が何だかさっぱりわからんと思うぞ?」

 

「それでもかまわない」

 

「ならば、おぬしの好きなようにしてくれてかまわぬ」

 

 ――それから10分ほど経過して。行うべき作業を終えたふたりは、突如夢の世界から引き戻された。指定していた『目覚め』の時間が訪れたのだ。

 

 起き上がったふたりを見て、ペルスランは涙を流していた。

 

「おかえりなさいませ、お嬢さま。そしてタイコーボーさま。お疲れでしょう、すぐに軽い食事と飲み物をご用意致します」

 

 老僕はそう言ってふたりを客間に通した後、急いで屋敷の奥へと戻っていった。

 

 そして、さらに10分後。太公望は診察のより詳しい結果を、ふたりに話していた――ペルスランの手によってカットされた林檎を咀嚼しながら。当然のことだが伏羲の姿ではなく、現在は太公望のものに戻っている。

 

「それで治療にかかる時間だが、おそらく最長で2週間。ただし、まる一日を全て治療に費やすことができればほぼ1日で終えられると思う。基本は三日程度と考えておいてもらいたい」

 

 タバサとペルスランは頷いた。

 

「とはいえ、ここは敵地。つまり……」

 

 太公望の言葉を継いだのはタバサであった。

 

「この屋敷で治療を行うのは危険。あの無防備な姿を晒すのはだめ」

 

「その通りだ。よって、おふたかた共に安全な場所へ移動していただいてから、治療を行うのが最善だと思われる」

 

 その言葉に慌てたのはペルスランだ。

 

「お待ち下さい! 私どもがこの屋敷を出るのは無理でございます。時折見回りの兵がやって来ますし、なにより我らがここからいなくなってしまったら、王家への叛意ありと見なされ、お嬢さまはもちろん、シャルル派の生き残りが粛正されてしまう可能性が」

 

 そんな彼を頼もしそうな表情で見遣った太公望は、まあまあ……と両手でペルスランを落ち着かせると、説明を続けた。

 

「それについては問題ない。おふたかたが逃げたと思われぬとっておきの策がある。詳細は逃亡の当日になってから改めて説明するが、他の関係者に迷惑をかけるようなことはない」

 

「承知いたしました。で、迎えはいつごろに……?」

 

「早くて二週間。遅くとも一ヶ月以内には。もしもそれ以上かかる場合は、必ず前もって報せに来る。今回のように、夜半過ぎに」

 

「伝書フクロウは気取られる可能性があるので出せない、ということですな」

 

「その通りだ。では、本日はこれで……」

 

 話を終えた太公望とタバサのふたりは、老僕ペルスランに見送られながら、夜が明ける前にオルレアン公邸をあとにした――。

 

 

○●○●○●○●

 

 ――魔法学院へと戻る道すがら、太公望とタバサのふたりは件の逃亡作戦についての詳細を煮詰めていた。

 

「逃亡先だが……できればゲルマニアが望ましいのだが」

 

「キュルケに土地勘がある、から?」

 

「それもあるが、実はわしの手のものをヴィンドボナへ放ってあるのだ」

 

 その言葉にタバサは仰天した。今日はもう何度彼に驚かされたのかわからない。

 

「時折、わしの元へ伝書フクロウが飛んできていたことを?」

 

「知っていた。でも訊ねるべきではないと判断した」

 

「それはありがたい」

 

 そう言って太公望は先を続けた。

 

「あれはな、わしがスカウトした情報斥候(スパイ)からの調査報告書なのだよ。非常に有能な人物でのう、おかげで色々と助かっておるのだ」

 

 いつのまにそんなことをしていたのだ、このひとは……タバサは頭を抱えた。まさか、自分の『パートナー』が、個人的に斥候を雇っていたなどとは思いもよらなかった。

 

「でだ。その者に逃亡の際の案内協力と輸送用の風竜の手配をしてもらう。他国の人間だからガリア経由で足がつくこともない。避難先についてはできれば誰の手も借りたくはないのだが、キュルケならば信頼できる。彼女はなんだかんだで口も堅いし、気が利く娘だからのう」

 

「全面的に同意する。では、キュルケに場所の確保、あるいは推薦を依頼するということで」

 

「うむ。次にひとがいなくなってしまう、おぬしの屋敷についてだが」

 

「あなたが何をしようとしているのか、おおよそ理解している」

 

「そうか……この件についてはユルバン殿と男爵夫人に感謝せねばならぬな」

 

 太公望の言葉にタバサはその背の上で頷いた。

 

 かつて彼女たちと共に戦った老戦士――いや『騎士』ユルバン。その彼を守るために造られた『箱庭』を立ち去る時、彼らはロドバルド男爵夫人の魂を宿したガーゴイルから、ふたつの魔法人形を手渡されていた。

 

 その人形は血を、吸わせることでその人物の姿形を写し取り、性格や記憶までコピーする。さらに、意思を持った個人として完全自立行動を可能とする。おまけに、年を追うごとに老化までするという、魔法研究の進んだガリアの王都でも絶対に手に入らないほどに優秀、かつ激レアな〝魔道具〟だ。

 

 同梱されていた説明書きによれば〝土石〟と呼ばれる先住の〝力〟の結晶を元に作られたために〝魔法探知〟(ディテクト・マジック)にすら反応しない。メイジを写し取った場合はその限りではないが、むしろそのせいで入れ替わりに気付くのは至難の業であろう。

 

「あの人形を、ふたりの身代わりにする」

 

「そうだ。あれを使えば、しばらくの間――最低でも数年間は時間稼ぎが可能であろう。何せ、このわしですら直に触れて、そこに宿る魂魄の儚さを感じ取り、ようやく人間ではないと気付けたほどのシロモノなのだ。そう簡単には見破られまい」

 

「あれと似た『スキルニル』という魔法人形があるけれど、スキルニルは老化なんてしないし、思い通りに動かすためには、所有者がしっかりと指示を与える必要がある。スキルニル自身が全てを判断して行動することはできない」

 

「つまり、その『人形』と疑われる心配も少ないということだな」

 

「そう」

 

「あとは逃亡後の生活資金かのう」

 

 この意見にタバサは小さく眉根を寄せた。現在彼女が自由にできるお金は、毎月送金されてくる〝騎士〟の年金、五百エキューだけ。平民の四人家族が一年間裕福に生活できるだけの金額だ。今はそこから自分の学費や母たちの生活資金をやりくりしているのだが、それは土地屋敷があるからこそできることであって、それらを手放した後のことを考えると頭が痛くなる。

 

「だからと言って屋敷から何か持ち出したりしたら怪しまれる」

 

「まあ、それに関してはちょっとわしに当てがある。そのかわり、タバサだけではなく、例の仲間たちに協力を依頼する必要があるが」

 

「当てとは……いったい何?」

 

「ふっふっふ……懸賞金つきの討伐依頼受領を兼ねた宝探しだ!」

 

 

○●○●○●○●

 

 ――キュルケは、夜明け前ふいに目を覚ました。

 

「う……テーブルで寝ちゃってたなんて……か、身体が痛い……」

 

 とりあえず立ち上がって、伸びを……そう考えたキュルケが偶然窓の外へ目をやると。なんと太公望とタバサが共に空から舞い降りてきたではないか。

 

「あらあら……とうとうあのふたり、外で一晩過ごしちゃった?」

 

 キュルケはにんまりとした。これは是非ともふたりに突撃していろいろと聞き出さねば。急いで身支度を調えると、上の階にあるタバサの部屋へと急ぐ。

 

 キュルケが足音を忍ばせ、タバサたちの部屋の扉に耳をつけて外から様子を伺うと……中から「今日は授業を休む」だの「いや、仮眠だけ取って出席せねば怪しまれる」などという、実に想像力をかき立てられる台詞が飛び交っている。

 

「やっぱり、タバサってば大人になっちゃったのね」

 

 ここで突撃しないでいつするのだ。燃える恋愛を至上とするツェルプストー家の者としては、どうしてもやらずにはいられない。いや、やらねばなるまい。

 

 そして、キュルケはいつものように(校則違反の)〝解錠(アンロック)〟を唱え、勢いよくタバサの部屋の扉を開いた……すると。

 

「いいところへ来たキュルケ!」

 

「あなたに頼みがある」

 

 ふたりの思わぬリアクションに、固まることしかできないキュルケであった。

 

 ――そして、タバサは改めてキュルケに事情を語った。

 

 もちろん彼女を信頼した上で、全てを話し、頭を下げた。

 

「どうか母と忠実な老僕が過ごすための、安全な場所の確保をお願いします」

 

 全てを聞いたキュルケは、泣いていた。しかも〝消音(サイレント)〟がかかっているにも関わらず、声をあげずに。内容が内容だけに間違っても聞かれてはいけない。そんな思いに駆られているのだろう。

 

 キュルケは静かにタバサの元へ歩み寄ると、親友を優しく抱き締めた。

 

「大丈夫、あたしに任せて! うちの実家には、いくつも別荘があるわ。そこのひとつを貸し出してもらえるよう、お父さまにお願いしてみるから」

 

「ありがとう……」

 

 タバサとキュルケのふたりは声もなく泣いた。そして、そんなふたりを見守っていた太公望は、彼女たちが落ち着くのを待って、その後改めて話を切り出した。

 

「お父上への報せだが、念のため直接にではなく中継点を通して送りたい。よって、のちほど手紙を書いて、わしに預けてもらえないだろうか。ちなみに預かってもらいたい人数はふたりだ」

 

「わかったわ。急いで連絡用の手紙を用意してくる」

 

 そう言って部屋へ駆け戻っていったキュルケを見送ったふたりは呟いた。

 

「タバサ。おぬしは素晴らしい友を持ったな」

 

「……うん」

 

 ――キュルケが覗き兼冷やかし目当てに部屋を訪れたなどとは、これっぽっちも気付いていない太公望とタバサであった。

 

 

○●○●○●○●

 

「畑仕事ォ!?」

 

 その日の夕方。新たに仲間に加わったモンモランシーを含めたいつものメンバーは、中庭に集まっていた。そこで太公望が「そろそろ初歩の応用授業に入りたいと思う」と切り出した際に、内容を聞いた全員から返ってきた言葉がコレである。

 

「うむ。と、いっても別に野菜を作れというわけではない。本来次の虚無の曜日から参加してもらうはずだったモンモランシーを呼んだのも、それが理由なのだ」

 

 一斉にモンモランシーを見る一同。だが、見られた本人も、いったい何故自分が呼び出されたのかわかっていなかった。

 

「それはどういうことかしら? ミスタ」

 

「うむ。実はな、魔法の応用訓練を兼ねて薬草畑を作ってみたらどうかと思いついてのう」

 

「薬草畑?」

 

「そうだ。そこでな、傷薬などによく使い、かつ育ちがよい植物についてモンモランシーならば詳しいと思ってのう。それを教えてもらいたかったのだ。もちろん対価はきちんと用意してある」

 

 対価という言葉にピクンと反応したモンモランシー。実際、先日太公望が提示してきた別件の対価は非常に魅力的かつ良いものだった。彼がわざわざもちかけてきたことなのだ、悪いものではないだろう。

 

「しかし、ミスタ・タイコーボー。なぜ畑なんだね?」

 

 ギーシュの、ある意味当然とも言える質問に太公望は笑顔で答えた。

 

「うむ。それについては畑の作り方の説明を行う際に詳しく話そうと思う。そうすれば、どうしてそういう選択になったのかが理解できると思う」

 

 ……そして、太公望は説明を開始した。

 

「ここから五リーグほど離れた場所に、水場が近く、かつ割と開けた場所があるのだ。そこは魔法学院が管理している土地なのだが、これまで特に使われていなかった。そこで、オスマン殿に対価を申し出ることで、わしら一同だけが利用できるよう許可を貰ったのだ」

 

 わざわざ学院長に許可まで取ってあるのか。生徒たちは思わず顔を見合わせた。

 

「でな、まずは才人とギーシュ」

 

「ん、何だ?」

 

「何だろうか?」

 

「お前たちはな、そこを耕すのだ。才人は(くわ)を使え。ギーシュはあえて『ワルキューレ』を操り、同じように鍬を持たせて耕すのだ」

 

「ええーっ!」

 

「どうしてそんな農民の真似ごとをしなければいけないんだい?」

 

 嫌そうな顔で返事をするふたり。それはまあそうだろう。今まで毎日戦闘訓練をしてきたというのに、いきなり畑仕事をやれと言われて喜ぶ男の子がいるならば、今すぐ顔を見てみたい。

 

「気持ちはわからんでもない。だがな。鍬で耕すのは武器を振り下ろす訓練にも繋がる。つまり、ただ素振りをするよりもお得なのだよ」

 

「ああ、なるほどな。軍事訓練と食料……っと、この場合は薬草か。それの確保を同時にやろうってことを言いたいんだな? 屯田兵みたいなもんか」

 

 太公望の指示に対して才人がそう答えると、いままで無関心だった周囲の者たちの目に興味の色が現れてきた。

 

「その通りだ。そしてルイズはその畑に薬草の種をまいて、そののち水をやるのが主な仕事だ」

 

〝念力〟(サイコキネシス)で桶に水をくんで、って意味かしら。もちろん種まきも」

 

 ルイズの解答に満足げに頷いた太公望。

 

「よしよし、よくわかっておるな。たしかに貴族らしい仕事とはいえんかもしれぬな。だが、みんなの役に立つ上に、しかも魔法の練習になると思えば苦にならぬであろう?」

 

 コクリと頷くルイズ。

 

「そしてタバサとキュルケは畑に生えた雑草を〝念力〟でむしるのだ。これは、いかに効率よく魔法を使うかの訓練を兼ねている。また、小さな石などをどけて、植えたものの成長を妨げるものを排除するのだ。特に細かい〝力〟調整が必要のため、今後間違いなく役に立つであろう」

 

「ちょっと面倒そうだけど、訓練なら」

 

「……やってみる」

 

「ああ、そうそう。草むしりは才人とギーシュも手伝うのだぞ。そのころにはもう耕す仕事も終わっているはずだからのう。才人はもちろん手で、ギーシュは『ワルキューレ』でもって行うのだ。才人のほうは、体力の増強に役立つであろう。ギーシュはより細かな操作の練習だ」

 

 了解した、という顔で頷く才人とギーシュ。

 

「うむ。それで最後にモンモランシーなのだが……おぬしには、この畑全体の監督を行ってもらいたいのだ」

 

「監督、っていうのは具体的に何をするのかしら?」

 

「畑に植えるのに相応しい薬草の採択、育て方……たとえば正しい世話のしかたや、植える場所の選定など、これらを図書館で調べた上で、全員に指示を行う仕事だ。作業分担の振り分けもな。これはおぬしの『調合』の知識を深める上で、必ず役に立つであろう」

 

 その上で……と、太公望は続ける。

 

「畑で作った薬草を使って、傷薬を調合してもらいたいのだ。そして、それがわしを含む全員にそれぞれ10個ずつ行き渡ったら……」

 

「行き渡ったら?」

 

「残りの薬は、全て売り払っておぬしの小遣いにするのだ。ちなみに、買い取りは魔法学院側が適正価格で行ってくれるので、特に商売を行う必要はない。これがオスマン殿に提示済みで、かつおぬしに提案する対価だ」

 

 ええーっ!! と、全員が大声を上げた。

 

「ちょっと待って! モンモランシーだけ、なんでそんな」

 

「ひとりだけお小遣いって、凄い不公平感があるんだけど」

 

「傷薬はありがたい。わたしは歓迎する」

 

「あー、俺も薬があると助かるな」

 

「ぼくも訓練で使えるなら身体が鍛えられるし、いいと思うよ」

 

 当然のごとく一部から沸き上がった不満の声を「まあまあ……」となだめることによって静めた太公望は、改めてこれに関する説明を追加しはじめる。

 

「不満はもっともであろう。だがな……わしが何故傷薬を指定しているのか、それを聞いたらちょっと意見が変わると思うぞ?」

 

「どういうことだよ?」

 

 才人の言葉に、太公望はニヤリと笑って見せた。

 

「ククク……もうすぐ魔法学院は夏休みだ。この機会に胸躍る冒険をしたくないか?」

 

 胸躍る冒険。その言葉に、ピクリと反応したのは才人とギーシュ。

 

「しかも……困っている領民を助け、彼らに感謝されてしまうようなものを」

 

 これにピククッ! と反応したのはルイズ。

 

「さらにだ……喜ばれた上に、多額の懸賞金までもらえてしまう」

 

 懸賞金という言葉に大きく目を見開いたのはキュルケ、モンモランシー、そして訳ありのタバサの三人だった。

 

「おまけに! そこには、このわしが自ら厳選した情報によって! 複数の〝魔道具〟が確実に眠っていることが明らかとなっている!!」

 

 全員が静まり返った。

 

「領民を苦しめる妖魔……といっても今回はみな初陣なので、さほど強くないものを選んであるが……それらを訓練の成果をもって倒し、さらに魔道具を手に入れ、懸賞金までいただいた上に、ひとびとから感謝の言葉を受ける。どうだ? わくわくしてこんか? これが、畑完成後のわしからの褒美だ!!」

 

 ――少しの間をあけて。生徒たちの間から大歓声が上がった。

 

「ちなみにだが……わしはそこに安置された、とある〝魔道具〟のみ入手できれば、その他の分け前は必要ない。懸賞金もな。ああ、ちなみにその懸賞金は総額五千エキューだ。そこから諸経費を差し引いたものを、わしを除いた参加者全員で山分けだ!」

 

 この太公望の言葉に再び歓声が上がる。

 

「ご、ごご、五千エキュー!? 王都でちょっとしたお屋敷が買える金額じゃないのよ!」

 

「げ、マジかよそれ!」

 

「そんな大金がもらえるのかい!?」

 

「山分けでも、それだけあれば新作の服が、あれも、これも……」

 

「わたしも、新しい秘薬が買えるわ……」

 

「それは助かる」

 

 口々に冒険終了後の展望を語り合う子供たち。

 

「そうそう、わしの〝術〟をつかうことによって、まいた種をすぐに芽吹かせることが可能だ。よって、選んだ薬草によっては夏休み前に全て収穫できるであろう」

 

「東方の魔法って、そんなことまでできるの!?」

 

「もちろん内緒だからな」

 

 太公望はそう言い置いて、さらに言葉を続ける。

 

「でだ。薬草の収穫後は畑が空くわけだが。そのあとは監督のモンモランシーが好きなものを植えてよい。もちろん、全員で話し合いをして決めるのも自由だ。そうして収穫したものを売るなり、調合してさらに価値を上乗せするなりなんなりして、成果を皆で分配する。うまくやれば安定した収入源となるであろう」

 

 訓練になる上に、みんなが得をする。もう、誰も文句を言う者はいなかった。

 

「なお、この畑の運営についてわしは一切口を出さない。当然ながら出た利益もわけてもらわなくて構わない。よって、最初に指定したやりかた以外にもっと効率のよい運営法や、植えるものに関する選定を、知恵を出し合って考えるのだ。これが『応用訓練』と言った理由である」

 

 ……と。ここで才人が手を挙げた。

 

「質問があるんだけど。そこって、結構広いのか? 畑は何面くらい作れる?」

 

 その質問に、ふむ……と、手を顎にやって考え込む太公望。

 

「そうだな。一般的サイズの畑ならば3面……いや4面いけるかもしれぬのう」

 

 その答えに才人は満面の笑みを浮かべた。

 

「だったら、薬草だけじゃなくて他にもいろいろできるんじゃないか?」

 

「ああ、それもそうね」

 

「途中で畑を休ませることもできるし」

 

 この才人の言葉にビクンと反応したのは太公望。その他のメンバーの中で「なるほど……」という反応をしているのはルイズ、タバサ、モンモランシー。ギーシュとキュルケのふたりはぽかんとしていた。

 

「休ませる、ってどういうことなのかしら?」

 

 キュルケの質問に、サイトが反応した。

 

「ああ。え……っと、なんていったらいいかな……」

 

 頭を掻きながら考えを纏める才人。いい例えがみつかったのか、身振り手振りで語り始める。

 

「土の中には、魔法で例えると〝作物を育てる魔力〟みたいなものがあるんだ」

 

「ふんふん……」

 

「でな、その〝魔力〟のおかげで、野菜とか畑の作物は育つんだよ。けど、同じ場所でずっと芋とか作り続けてると、だんだんその〝魔力〟がなくなっていくんだ」

 

 その説明に補足を入れたのがタバサだ。

 

「〝精神力〟の回復と同じで、たまに休ませてあげないといけない」

 

 さらに説明をくわえたのがルイズとモンモランシーだ。

 

「タバサの言うとおりよ。そうじゃないと、土地がどんどん疲れていって、しまいにはなんにも生えない場所になってしまうわ」

 

「だから、サイトは全部で4面の畑を作って、そのうち3つに薬草を植えて、1つは何も植えずに交代で休ませたほうがいい、って言っているのよ」

 

 ほぅ……と、感心するキュルケとギーシュ。さすがは本の虫タバサ、座学トップのルイズ、薬調合の名人モンモランシー。ただ、何故か太公望はひとり眉根を寄せていた。そんな中、どうにもその説明に納得のいっていない人物がいた。キュルケである。

 

「でも……それなら森とかの木や草は、どうして枯れないの?」

 

 彼女の質問はもっともである。ここで、タバサ、ルイズ、モンモランシーが脱落した。だが……才人はそれに関する解答もちゃんと持っていた。

 

「森とかには〝育てるための魔力〟を回復する仕組みがあるんだ」

 

 ……と、ここで太公望が口を挟んだ。

 

「それはひょっとして食物連鎖のことを言っておるのかの?」

 

「さすが閣下! そういや自然科学勉強してたって言ってたもんな」

 

「閣下って何かしら?」

 

 意味がわからない、という顔をしているモンモランシーはとりあえず無視し、ギロリと才人を睨み付けた太公望。さすがの才人もその表情を見て口元が引きつった。「ついクセで……」と、片手で拝むようなポーズで謝罪する。

 

「まったく……ああ、すまぬ。モンモランシーにはとりあえずあとでちゃんと説明するから、才人はこのまま先を続けてくれ」

 

(俺より閣下が説明したほうがいいんじゃないかなあ……)

 

 などと思いつつも才人はできるだけかみ砕いて食物連鎖についての解説を行った。日本においては小学生の理科で習う、動物が草を食べ、落としたフンによって植物が育つ。互いに喰い、喰われる関係で繋がっているというアレである。

 

「ロバ・アル・カリイエって、本当にいろんな研究が進んでるのね……」

 

 才人の説明と、それを明らかに知っていたとみられる太公望の反応を見たその他全員が感心している。特にモンモランシーは授業初参加だけあって驚きもひとしおだ。

 

「とりあえず〝育てる魔力〟についてはそれはいいよな。ところで……」

 

 説明を終えた才人は、今度はモンモランシーに言を向けた。

 

「モンモンって二つ名が確か『香水』だよな? ひとつの畑は花畑にするとかどうだ? 香草もありだな! んで、それで香水作って学院の女の子たちに売るんだ。わざわざ材料買いに行かなくても済むぜ」

 

「すっごくいいわそれ! 採用!!」

 

「でさ。厨房から、いつも捨てられてるだけの残飯をタダで引き取ってきて〝錬金〟で肥料に変えてから畑にまけば、金かかんない上に、植えたものの育ちもよくなると思うんだけど……畑休ませる期間も大幅に減らせる、ってか物によっては休みもいらなくなるかも。どう思う?」

 

「素晴らしい考えだわ! うまく調整してあげれば収穫も早まるでしょうし」

 

「まてまてまてまて!!」

 

 盛り上がりまくるふたりを制止したのは、太公望であった。

 

「のう才人よ、おぬしは何故農業や自然科学に関して、そこまで詳しいのだ? まさかそれも高校とやらで習うのか?」

 

「いや、食物連鎖は母さんに教わったんだけど……子供の頃に」

 

 ついにはフリーズしてしまった太公望。

 

(母親から子供のころに食物連鎖を教わっただと……!? いったいどういう家庭に育ったのだ、こやつは!)

 

 日本のどこにでもいる、単なるちょっと教育熱心なお母さん。本当にそれだけの話なのだが、さすがにそんなことまでは太公望にはわからない。

 

 それからしばらくの後。ようやく硬直から解けた太公望は、改めて質問を再開した。

 

「才人よ、まさかとは思うのだが。おぬしの母上は、実は国でも著名な植物……あるいは農業関係の学者だったりするのか?」

 

「いや、ごく一般的な母親だと……って、普通じゃないかも。いきなり『頭が良くなる機械』なんておかしなモノ持ってきて『お前はヌケてるから、これで頭を良くしてあげる!』とかなんとか言って、電撃流されたことあるし」

 

 この発言により太公望はついに頭を抱え、がっくりと膝をついてしまった。なんだなんだと騒ぎ出す生徒たちと「俺、なんかおかしなこと言ったか?」という顔でぽかんとしている才人。

 

 太公望は混乱の極みにあった。

 

(いったいなんなのだこやつの国……いや、母親は! 頭がよくなる機械に、電撃だと!? もしや、わしの義手にマジックハンドなんぞを仕込みおったイロモノ三人衆の如きマッドな学者だとでもいうのか? そうか、ようやくわかった。それならば、才人のあの奇抜な閃きも血筋と教育ゆえのものだと納得できる……!)

 

 ……太公望に、個人的評価をおかしな方向に軌道修正されてしまった才人であった。

 

 ちなみに、この『頭がよくなる機械』は彼の母親が怪しげな通販で購入したシロモノである。『電撃』に関しては、その装置がショートした為に起こった現象だ。ある意味『この親にしてこの子あり』を実証した例のひとつともいえよう。

 

 ――その後。

 

「せっかくだからマンドラゴラとか育てたいわ! すっごい高値で売れるし!!」

 

 などと言い出したモンモランシーと、

 

「地面から引き抜くときの絶叫を聞いたら、ぼくたち全員死んでしまうよ!」

 

 それを必死の形相で止めようとするギーシュ。

 

 逆に賛成側にまわり、

 

「収穫時に〝消音〟をかけて外から〝念力〟を使えば呪いの叫びを聞かずに済む」

 

 などと提案したタバサに、

 

「その発想はなかったわ」

 

 と、目をキラキラさせて賛同するキュルケとルイズ。

 

「毎日新鮮な桃が食べたいから、是非果樹園を……」

 

 そう軽い気持ちで横から口を出し、

 

「桃が実るまで何年かかると思ってんだよ!」

 

「口を挟まないって約束よね!?」

 

 と、全員から猛反撃を食らい、精神的な意味でボッコボコにされた太公望。

 

 そんな感じで太公望を除く全員が知恵を出し合い続けた結果、しまいには揃って図書館へ移動して調べ物を始めるほどの盛り上がりを見せることとなり……そして。最終的にとんでもなくカオスな畑完成予定図ができあがったのは、既に日がとっぷりと暮れた頃であった――。

 

「わし……ひょっとして、とんでもない提案をしてしまったのではなかろうか」

 

 ……珍しく、とてつもない敗北感で胸がいっぱいになった太公望であった。

 

 なお、この図書館での話し合いの最中に、才人がハルケギニアの文字が読めないことが判明し、主人であるルイズが自ら彼に文字を教えることとなった。

 

 ――太公望と彼の周辺は少しずつ焦臭さを増してはきたものの、まだ平和であった。

 

 

 




夢の中だから好き勝手してみた。反省はしていない。
ぼやっと記憶しているのですが、
序盤を書いた当時、PHANTASY STAR PORTABLE2にハマっていて、
そこのマイルームをイメージしていたはず。
ご存じの方は、それを思い浮かべていただければと。

なお、設定的にはスターシップ蓬莱島(地球到着前)の伏羲の私室です。

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