――怪盗改め、情報斥候となった『土くれ』のフーケはご機嫌であった。
トリステインからの逃亡成功後、彼女は隣国である帝政ゲルマニアの首府・ヴィンドボナへ渡りその身を隠していた。
そして、新たな上司となった太公望との約束通り、伝書フクロウで潜伏先を知らせてからわずか数日後。すぐに返事が返ってきたのである。
「カット済みの石に、原石が半々か。しかも、売り払うには安過ぎず高過ぎずで取引しやすいようなものが選ばれてる上に、傷がつかないようにちゃんと梱包されてるなんてね」
上司から寄越されてきた伝書フクロウの足には、報酬として約束されていた宝石――なんと当初の予定であった1ヶ月分の前渡しどころか、3倍の額に相当する品が同梱されていたのである。
『約束の1月分、および例の情報料だ。それと、打ち合わせの際に逃亡先での一時的な滞在費について詳細を話し合っておくのを忘れておった、すまぬ。よって、今回併せて同封させてもらうこととする』
そう記された手紙を見て、フーケはにんまりした。これは予想以上の
『また、今回はカット済みの品と原石を半々で送ったが、もしもどちらか片方がよい、あるいは希望する石や貴金属、装飾品などがあるということであれば、その都度教えて欲しい。可能な限り対応する』
「まったく、あのセクハラジジイなんかよりもよっぽど気が利いてるじゃないか、あの坊や。おっと、確かわたしよりも年上なのよね……あれで。さて、それで肝心の仕事内容は……って! あはははッ、なるほどね。これはわたしの〝力〟を欲しがるはずだわ」
そこに書かれていた仕事内容とは――。
『〝
『近隣諸国の最新の噂話、および可能であれば政治関連の情報調査報告』
……だった。
貴族の家に押し入っては貴金属や宝石、魔道具を頂戴していたフーケにぴったりの仕事であり、彼女以上に優秀な者はそうそう居ないだろう。後者についても、今後情報入手のために世界各地を移動することを考えればさほど難しくはなさそうだ。
「ふむふむ。魔道具のほうは、最近確認したものであれば下調べをしてあった情報でもいいのね。それなら、すぐにいくつかリストアップできるわ」
そう呟いたフーケは、かつて入手していたアイテムの情報について書き連ねる。
「それにしても、最後のコレはまた変わった注文だね」
『なお〝魔道具〟について、特に以下のような特徴を持つものの情報を強く求める。これらについては入手難易度は一切問わない。たとえば王宮の金庫に仕舞われているようなものでも構わない。情報だけでも寄せられたし』
その特徴とは。
『破壊の杖と同様〝魔道具〟とされているにも関わらず、使用方法が一切不明であるもの』
『触れると呪われる、あるいは気絶・干涸らびて死亡する等の噂、或いはそういった特徴を持つ〝魔道具〟または、それに類するとされているもの』
「なんだい、えらく物騒なものをご所望だねえ。でもまあ、わたしが使うわけじゃないし、あくまで情報を送ればいいだけなんだから構わないか」
手紙の内容を反芻しながら、フーケはひとりごちた。
(そういえば、いくつかそんな魔道具があったっけ。思い出すだに忌々しいけど――)
彼女とその家族を不幸のどん底に叩き落とした人物が所持している、古ぼけたオルゴール。
「〝魔法探知〟はしっかり反応するのに、おかしな〝魔道具〟だったねえ、あれは。腕のいい職人でも、どうして音が鳴らないのか突き止められなかったみたいだし。他にも何かあったっけ? ああ、そういえばあれと似たようなものが三王家とロマリアの教皇に代々伝わっているんだったわ。ついでにそれも書いておこうかしらね」
――この彼女の思いつきが、後の歴史へ大きな影響を与えることとなる。
「さて、他には何か書かれてないのかしら」
と、改めて手紙を読み続ける。
『とりあえず、今回は以上だ。なお、この手紙の内容が他者へ漏れることがないよう、開封してから30分で自動的に爆発する』
その文章を見た途端、フーケは「ヒイイイッ!」と、情けない悲鳴を上げて、机の下に潜り込んだ。何故なら、間もなく開封してから30分が経過するからだ。
だが――待てど暮らせどその時は訪れない。と、おそらく最後の1枚であろう手紙が、ひらりと彼女の前へ舞い落ちてきた。
『……と、いうような便利機能は搭載されていないので、内容を暗記したら即座に燃やして処分して欲しい――望』
その一文を見た彼女は、両手をプルプルと震わせ……大声で叫んだ。
「やっぱりガキだよ、あいつはッ!」
○●○●○●○●
――さて。その頃フーケにガキ認定された者はというと。
「……ヘッキシッ!!」
「おや、風邪ですか? でしたら無理はなさらないほうがいいですぞ」
「いや、そういう訳では……誰か、わしの噂でもしておるのかのう」
コルベールの研究室で、才人と共に例の『試作品』を見せてもらっていた。注文の品を受け取った才人は、早速手にはめてみる。
すると……身体中が軽くなり、その『武器』の使い方が才人の頭の中へ流れ込んできた。拳の使い方のみならず、足技まで網羅したそれは――格闘ゲームの操作説明書が脳内にインプットされていくような、なんとも不思議な感覚であった。
「ちゃんと武器として認識できてるみたいです! 使い方もバッチリ」
「おお、それはよかったのう!」
「はめ心地はどうかね?」
「ちょっとキツめかな……とは思いますけど、皮だから馴染めば大丈夫そうです」
「それでは、さっそく試してみますか」
……で。
開発関係者3名と、それを知った見学者数名――ルイズ、タバサ、ギーシュの3名+デルフリンガーが、人通りのない中庭へと移動する。ちなみに、キュルケは先約があるとかで今回は参加していない。
なお、この時ルイズは練習を兼ねて、柄の部分に柔らかい布を巻き付けた箒に乗り――跨るのではなく横に腰掛ける形で、ぷかぷかと宙に浮いていた。そう、既に太公望から『物体を浮かせて飛ぶ』のはやっても構わないという許可が出るまでに彼女の〝念力〟の腕は上達していたのだ。それにしてもルイズ、すごいバランス感覚である。
そして中庭中央まで移動すると、全員の見ている前で早速シャドーを開始した才人。正拳突き、回し蹴り、両手を交互に動かしたコンビネーション……などなど、それらはかなりのスピードで展開され、見学者たちを驚かせた。
「いやはや……これはたいしたものですぞ」
「すごいな。サイトは剣だけでなく素手での格闘もここまでやれるのだね」
そう呟いたギーシュは、彼の動きにすっかり魅入られていた。
一通り試して身体が温まった才人は、全員の元へ戻ってきた。観客たちはそれを盛大な拍手で出迎える。才人は照れくさそうに頭を掻いて笑っていた。
「すごいじゃないのサイト!」
「わたしでも見切れなかった」
そう褒め称える彼らに満面の笑みでもって応える才人。相変わらず調子に乗りやすい男である。まあ、気持ちはわからなくもないが。
「うーん、できれば組み手とかもやりたいとこなんだけどな……さすがに『ワルキューレ』殴ったら痛そうだしなあ」
そんな彼のリクエストに応えたのは、なんと太公望であった。コキコキと全身を鳴らしながら才人の元へ近づいてゆく。
「よし、ならばわしが相手をしてやろう」
「おい待てや将軍閣下。お前、魔法使いじゃねーか!」
「魔法が使えぬ相手に『打神鞭』は使わぬ」
「じゃあ、どうするっていうんだよ!」
才人の問いに、太公望は握り込んだ左手をぐっと突き出し、腰だめに構えて見せた。
「武器ナシでやるのだ」
「……面白ぇじゃねえか!」
不適な笑みを浮かべる才人。ふたりは広場の中央へと移動すると、向き合って礼をした。
「ミスタ・タイコーボーは大丈夫なのかしら」
「彼はああ見えて元軍人ですからな。おそらく勝算があるのでしょう」
共に見学者の輪に加わっていたタバサも太公望を心配するひとりであった。
(たしかに彼は軍人。でも、杖なしであれほどの動きをする相手にどう立ち向かうの?)
「さあ! ラウンドワンだ!!」
――そして、ふたりの戦いは始まった。
「そんじゃ……行くぜッ!!」
かけ声と共に一気に距離を詰めた才人は、太公望に向けて殴りかかる。だが、やや大振りにすぎたその拳はあっさりと躱され、地面へと叩き付けられる。驚いたことに、彼の拳はそのまま土をえぐり、派手に土砂を舞い上げた。
「なんなのだ、そのパワーは! とんでもないのう」
思わずひるんだ太公望の隙を、才人は見逃さなかった。ザッと太公望の懐へ入り込むと、素早く蹴りを叩き込む……が、これは「どひゃー!」というちょっと間の抜けた声とともに綺麗に躱されてしまう。
「くそ、結構動きが速いな」
「わしは、逃げ足には定評があるのだ」
「威張って言うことじゃねえだろ!!」
軽口をたたきあいながらも彼らの戦闘は続く。そのうち、だんだん太公望の動きに慣れてきたのだろう、才人の動きに無駄がなくなってきた。次々に繰り出される攻撃を紙一重で躱しながら、太公望は反撃のチャンスを伺う。
「ふ、ふたりとも凄いな……」
「予想外」
「いやはや、まったくですぞ」
「わ、わたし、どうやって戦ってるのかよく見えないわ……速すぎて」
集まった観客たちは、驚きの目で彼らの動きを必死に追っている。そんな中、ついに反撃のきっかけを掴んだ太公望は身体をサッと沈めると、下段回し蹴りで、才人を転ばせることに成功した。そしてそのまま拳による追撃に入るも、あっさりと避けられた上に、即足技によって反撃される。なんとかギリギリでそれを躱した太公望は、いったん距離を取ると額の汗をぬぐう。
「だまされた! 才人のくせに強いではないかっ!!」
「聞き捨てならねぇ台詞だぞコラ」
「仕方ない……こうなったら、これを使うしかあるまいのう」
と、太公望は懐に手を入れると一本の瓶を取り出した。
「ワイン……ですな」
「ワイン……よね」
観客たちの呟きをよそに、
(そんなデカイ物、懐のどこに入ってたんだよ!)
そうツッコみたくなるのを必死にこらえた才人は、太公望に向かって訊ねる。
「おい、なんだそりゃ」
「かかかかか! 厨房からアルビオンの古いのをパクってきたのだ」
「マルトーさんにチクんぞヲイ」
と、太公望はワインの瓶口を手刀でスパーンと綺麗に叩き切ると、ゴクゴクといっきに飲み干してしまった。
「ウィ~、ヒック……」
しゃっくりを上げた太公望の顔は赤らんでいた。それはもう見事な酔っぱらいの完成である。
「おい、どういうつもりだよ!」
そう問うた才人へ、足元をふらつかせながら太公望は答える。
「酔えば酔うほど強くなる~。師匠直伝の
「テメェ、ふざけんな!」
そう叫んで飛びかかっていった才人をぬらりと躱した太公望は、ちょこんと片足を前に出して相手をあっさり前へと転ばせる。そして空中へ飛び上がると、彼の背中へ落下による力を加えた強烈な肘撃ちを炸裂させた。
「ぐはッ……!」
思わず昼に食べたものを戻しそうになった才人は、なんとか立ち上がろうとしたものの、そこへさらに太公望の蹴りが飛び、2メイルほど吹っ飛ばされる。悶絶する才人をよそに、太公望は余裕の表情でその場に横になってしまった。
「き……きったねえ……! 急に強くなりやがって……ドーピングじゃねえのか」
よろめきながら立ち上がり、抗議した才人へ太公望は答える。
「泥酔拳は立派な技。おぬしが弱いのでは~?」
「こっ……このヤロー!!」
そして。必死の攻撃をはじめるも、ぬらりくらりとトリッキーな動きで躱されまくった才人はだんだんと体力を削られていき……ついには、大振りの右正拳突きにカウンターを合わせられ、その場で気絶してしまった――。
「いやぁ強ぇな兄ちゃん。さすがは元軍人だ」
木の根元に立て掛けられたデルフリンガーは、感心した声で褒め称えた。
「本当よね。あなたはメイジなのに」
そう言ったルイズへ、太公望は答えた。
「戦場で『杖がなくなりました、もう戦えないので命だけは勘弁してください』が通用するわけなかろう? 当然、体術も鍛えておるのだ」
彼の言う通りです。そう頷いたコルベールへ、ほえ~っとした顔をするルイズ。タバサも何か思うところがあったのだろう。考え込むように下を向いていた。ちなみに、才人はそのタバサの〝
「ところでデルフリンガーよ。おぬし、確か才人に剣を教えておるのだったな」
「まあな。伊達にこの6000年の間、いろいろな剣士に使われてきたわけじゃねぇからな。基本的な動きから応用まで、強かった奴らの剣技はだいたい覚えてるぜ」
「それは素晴らしい」
そう褒めた太公望は、次に才人に向かって言った。
「と、いうわけで剣についてはデルフリンガーから教えてもらうとして……素手の組み手については、ある程度わしが相手になってやれると思うが、どうだ?」
「やる。つーか、絶対お前の顔面に一撃入れるまで諦めねェ」
「ニョホホホホホ。さーて、いつになったら実現するのかの~」
「チクショー! マジムカツクーッ!!」
こうして、平和な一日は過ぎ去っていった……。
○●○●○●○●
時は流れ――才人が新たな『武器』を手に入れてから2週間が経った。
この間、彼の周囲には劇的な変化があった。まず、自分への待遇がこれまでの使い魔扱いから一転、ルイズの『護衛役』として認識されるようになったこと。
そのいちばんの理由として、例の『才人は武成王の妾腹の息子』云々の話について、学院長から教師達に対し、その旨の通達が行われたからである。
当然のことながら、最初はほとんどの者達から反発の声が上がった。だからどうした、所詮は他国。しかも遠い東方の平民だろう……と。
そこで、オスマン氏が次の段階――もしも彼、サイト君を侮辱するならば、そのブセイオー将軍の祖国であり、ミスタ・タイコーボーの出身国にしてロバ・アル・カリイエ最大の国家・シュウを侮辱したと見なされ、最悪の場合戦争になる可能性があると話した。これで、教師たちは遠い東方とはいえ国際問題を懸念し、了承した。
数こそ少ないが、商人たちのキャラバンがサハラを超え、東方の品々を交易品として持ち帰ってきている以上、絶対にありえないとは言い切れない。
……さすがに教職に就いている者に、そこまで説明する必要はなかったのだった。
生徒の見本たるべき教師が才人を無体に扱わない。これは大きい。
また、召喚者であるルイズ――トリステインでも特に有名な大貴族の娘が、あえてクラスメイト達の前でこれまでとは一転、才人に対しての扱いを変えたという事実もまた、周囲の子供たちに衝撃を与えた。
あのプライドの高いルイズがあそこまで態度を変えるとは……実はこいつ、ただの平民じゃないのではないか? と。
それに続いて。既に生徒たちのほとんどと仲良くなっていた太公望が、才人の父親である(という設定の)武成王の武勇伝や、自国……つまりは東方のメイジについて、これまた捏造設定を交えつつ面白おかしく語り――それの受けが思いのほか良かったことで、才人が『東方最強の〝メイジ殺し〟の息子』という認識が少しずつ染み渡っていったこと。
――そして。その認識が広範囲にまで至った頃。タイミングを見計らったように太公望がギーシュに協力を依頼した。
快くその申し出を受けた彼の『ワルキューレ』7体を瞬殺してのけた才人の剣技と、おまけに太公望との組み手までも見せられた生徒及び学院関係者たちの内心に、この少年……メイジでこそないが、実はとんでもない存在なのではないか、という意識が生まれ。さらに、それによって相対的に同じ平民たちの間での評判も上がった。特に、厨房の責任者であり料理長のマルトーなど、
「あの若さで、貴族どもとまともに戦えるほどの武芸の達人なのに、ちっとも偉ぶらない。妾の子ってことで今まで大変だったみたいだが……そのせいなのかね。苦労は人を成長させるっていうからな」
などと周囲に話してまわっていたほどだ。
ついには、才人本人が持っていた最大の資質――性格が人なつっこく明るい。また、ある意味誰に対しても公平に接するため、いつのまにか周りに人の輪を作ること――のおかげで、彼は最初からこの学院にいたのではないのかというまでに周りにとけ込むことに成功したのであった。
――そんな彼を召喚したご主人さまはといえば。こちらも大きな変化があった。
二つ名が『ゼロ』から『
『箒に腰掛ける』という、他のメイジ達と比べると特殊な形ではあったが、はじめて自力で空が飛べるようになったルイズはそれを心から喜んだ。
そして、宙を飛び回ることでさらに『空間把握』の能力が上がるであろう、という太公望の言葉と、自分自身の「もっと自由に空を飛べるようになりたい」という願望から、彼女は放課後になると練習のためずっと箒で空を飛ぶようになっていた。
当然、そんなことをしていれば人目につく。当初は奇異の目で見られていたのだが、しかし。そんな彼女の姿を目撃した一部の者――おもに男子生徒が、その可憐な姿に、文字通り
本来、平民が使う箒という粗末な道具。そこに貴族の娘――それも、学院内でもとびきりの美少女が可愛らしくちょこんと腰掛けてぷかぷかと宙に浮かぶ姿は、そのアンバランスさが故に男たちの心を捕らえた。才人の祖国風に言うならば、所謂『ギャップ萌え』というやつである。
さらに、ルイズは常に気難しい表情を浮かべていた以前と異なり、よく笑うようになった。
系統魔法は今までと同様、全く成功しなかったが……、
「また失敗するかもしれないから、気をつけてね」
などと周囲に注意を促すようになり、予想通り爆発を起こした場合には教師やクラスメイトたちへきちんと頭を下げるようになった。
「
教師たちはそのように解釈し、
「もう『ゼロ』とか言えないよな」
「ま、まあ、ちゃんと迷惑かけたことを謝るなら、受け入れてあげても構わなくってよ」
「そうね。前みたいに開き直られたりしたら頭にくるけど、今のあの子となら仲良くなれるわ」
こんな感じで生徒たちからの評判も徐々に改善されつつあったあるときのこと。
ギーシュが、そんなルイズに対して……よりにもよって教室の中で、
「きみが空を舞う姿は、まるで流れ星のようだよ」
……などと、実に格好良く例えてしまったからさあ大変。
彼とよりを戻した(と、周囲から噂されている)モンモランシーという名の少女が「また他の女に目移りして!」などと騒ぎ出すわ。
ギーシュの言葉に心から同意した男子生徒がそれを取りなすわ。
言われたルイズ本人が――気性の激しい彼女にしては珍しく、顔を赤くしてうつむきながらもじもじする姿を見たその他男子生徒が床を転げ回って悶絶するわの大騒ぎに発展。
そんな中、周囲にとけ込みつつあった才人が
「流れ星っていうより、どっちかというと『彗星』って感じだな」
などと発言し。
「スイセイって何?」
というルイズの質問に対して、
「流れ星の中にも、キラキラ光る、綺麗で長い大きなしっぽがついてるやつがあるだろ? 俺たちのところでは、それを『彗星』って呼ぶんだ」
と答えたところへ「確かにそれっぽい」という同意の声があがり。調子に乗った才人がさらに、
「だろう? それにルイズの髪ってさ、桃色だよな。俺たちの間では、赤い彗星は他のより3倍速いって相場が決まってるんだ。近い色の髪色のルイズに『彗星』の二つ名はピッタリだと思うぜ」
……などとまたハルケギニアの人間には全く意味のわからないことを言って辺りを騒然とさせたところへ、さらに割り込んできた太公望が、
「わしのところでは彗星のことを『
と、口を挟んだ結果。
「それだあああああ!!」
という男子全員の意見一致をみることとなった。
ただ、ここまでなら二つ名が変わるほどのことではなかっただろう。だがしかし……そこでまた才人が余計なことを付け加える。
「また俺の国の話で悪いんだけどさ、彗星……タイコーボーと俺の父さんがいた国だと、箒星だっけ? それはさ、何十年も、ずっと空の上にある世界を旅してるって言われてるんだ。で、一度消えても何年かするとまた帰ってくる。その星に向かって一緒に将来を誓い合った恋人同士は、幸せになれるっていう伝説があるんだぜ」
などという、いろいろと間違った解釈がまぜこぜとなった話を出したせいで、今度はそういうロマンティックな話に弱いルイズをはじめとした女子生徒達から「それ素敵!」といった声が出て。遂には、ルイズの真似をして〝念力〟で箒を浮かせ、空を飛ぼうとする者達が現れた。
しかし、これはもともとルイズの『才能』が可能とした技術であり、他の者にはせいぜい浮かんだ箒に座るのが精一杯であった。故に、いつしかルイズには『箒星』の二つ名が冠されることとなったのだ。
(わしのところでは、箒星は不吉の前兆なんだが)
とは、空気の読める太公望には口が裂けても言えなかった。
――彼らふたり以外にも、変化は訪れていた。
まずはタバサ。彼女は、太公望と同じ時間に起床し、彼と共に本塔の屋上で瞑想を行うようになっていた。
澄んだ空気の中、正しい形で『感覚』を研ぎ澄ますための訓練。これまでは騎士や狩人、あるいは刺客としての感覚に頼っていた彼女であったが、そこへ周囲に満ちる〝力〟の流れを掴む方法を付け加えようというわけだ。
これらを併せることで、最終的にはルイズや太公望が行っている『空間座標指定』による魔法の発動を行えるようになることが、彼女にとって現時点での最大の目標。実際これができるようになれば、ある意味『スクウェア』へ昇格する以上の価値がある。
キュルケは〝力〟のコントロールを。ギーシュは『太公望著・兵の動かし方基本編』なるマニュアルを渡されてそれを読み、学んでいた。
双方共に基礎の基礎であったが、特に〝力〟のコントロールについては、これまでハルケギニアにはなかった概念であったため、キュルケにとって非常に価値あるものとなり。少しずつではあったが1日に放てる魔法の最大数が増えつつあった。
そしてギーシュ。彼は軍学の基礎について、王国元帥たる父の薫陶を得てはいたものの、それはあくまでメイジ専用。平民の兵の動かし方についてはほとんど無知に等しかった。
そこへ『ワルキューレ』を運用する上で参考になる、しかも――ギーシュ本人は知らないことだが――地球の歴史において、後世の軍学に多大なる影響を与えた人物直筆のマニュアルという、コレクターからしたらまさに垂涎もののアイテムを授けられ、さらにそれを読んだことで雷鳴に打たれたかの如き衝撃を受けた彼は、なんと才人に一撃を入れられるほどにまで成長していた。
全員が少しずつ、それぞれの『道』を歩んでいる。
――以下、そんな日常の一コマである。
○●○●○●○●
その日。魔法学院の教師であり、優秀な〝風〟の使い手にして『疾風』の二つ名を持つ『スクウェア』メイジのミスタ・ギトーが教壇の前に立ち、授業を行っていた。
彼は自分の系統である〝風〟に、誇りを持っていた。だが、それが強すぎるがために、あまり生徒たちからの評判がよくない教師でもあった。
「最強の系統が何であるか知っているかね? ミス・ツェルプストー」
「〝虚無〟じゃないんですか?」
その答えを聞いたギトーは、鼻で笑った。
「伝説の話ではなく、現実的な答えを聞いているんだ」
その言い方にカチンときたキュルケは即座に反論をしようとした。ところが、その前にギトーは別の人物を指名したのだ。
「では、ミスタ・タイコーボー。君はどうかね? もちろん東方から来たメイジの視点からでよろしい、是非その答えを聞いてみたい」
ギトーは当然、太公望が〝風使い〟であることを知っている。例のフーケ事件の際に学院長のオスマン氏からそう紹介を受けているからだ。
(ったくこの先生は……言いたいこと丸わかりだよ)
教室の空気がそんな色に染まりかけたその時、太公望は口を開いた。
「そうですのう……ここは〝風〟と答えるべきなのでしょうな」
ギトーは、実に満足げな笑みを浮かべる。さすがは同じ風のメイジ。よくわかっている。東方でもその考えは変わらないのだな……と。
「さて……その上で、何故〝風〟が最強であるのか。それについて、話をさせていただいてかまわぬでしょうか? あくまで持論ですが」
「もちろんだ。東方のメイジから話を聞ける機会はそうそうはないからな」
真剣な表情になったギトーに対し、
「それでは失礼して……」
と一言断りを入れると、太公望は改めて語り始める。
「まずは、結論から先に言わせてもらいますと。風の系統は……『最強』にして『最弱』である。わたくしはこのように考えます」
最強にして、最弱? 突然何を言い出すんだ。ギトーは目を剥いた。生徒たちもいつもとは全く違う展開に、これからどうなるのかを期待した。
「風は、時には己を守る盾となり、時には敵を打ち払う矛となります。しかし、他の系統に比べ、その万能さが故に使い手を選ぶのです」
使い手を選ぶという言葉に思うところがあったのか、ギトーは表情を改めた。
「ふむ……続けたまえ」
「例えば自分を狙う敵に囲まれたとします。このとき盾と矛、いったいどちらを出せばよいのか。風系統は、そのどちらも出せる……故に状況を的確に判断し、より良い選択を行うことを常に迫られる。そこに迷いは許されない」
これが〝風使い〟に付きまとう最大の問題です。そう語る太公望。
「もちろん、全てを吹き飛ばすだけの強大な〝力〟があるメイジであれば攻撃一辺倒でも構わないのかもしれません。しかし、残念ながら全ての風メイジが、そう……『スクウェア』といった高みに到達できるわけではありません」
「その通りだ。私も、ここに至るまでは本当に苦労したからな」
そう言って遠い目をするギトー。
「よって、そこに至るまでの間は常に最良の選択を迫られ続ける。当然、その選択に必要なものは……ギトー先生でしたら、もちろんおわかりですな?」
と、ここでギトーへ言を向ける太公望。そして、それに対して大きく頷き、持論を展開しはじめるギトー。
「君が最初に言った状況に対する的確な判断力と、どのように〝力〟を使うべきであるのかを常に考え、正しく実行するための知恵と技術、そして応用力だ」
その言葉を聞いて満足そうに頷く太公望。
「さすが先生、まさに仰る通りです。よって……それらを持たぬ者は〝風〟を使いこなすことができず、判断に迷い……自滅する。つまり『最弱』となるわけです」
ある意味、やるべきことがほぼ決まっている他の系統に比べ、多くのことができるがために取捨選択の即断力が必要となる。よって、正しく運用する上での難易度が圧倒的に高い。ゆえに風系統は使い手を選ぶ――そう言った太公望はさらに語り続けた。
「我が国では、古来より風は叡智の象徴とされています。風は知恵を運び、ひとを導くものである……と。そういった意味では教師という『道』を選択したギトー先生は、まさにその体現者ということになりますな」
ピクリとギトーの口端が上がる。思わず笑みを浮かべそうになったのを、必死でこらえているといった表情だ。それを見た太公望は、まとめにかかった。
「そう……風系統とはまさしく『知恵ある者』の象徴!」
バンッ! と、机を叩いて力説する太公望に、隣の席に座っているタバサが同意するようにコクコクと頷いている。ギトーの両手がプルプルと震えている。その他、風系統に属する生徒たちも皆一様に胸を張っている。
「万物の事象を学び、そしてそれを元に知恵を出すことによって! 他系統に比べ圧倒的な汎用性を誇るが故に!! たとえ元の〝力〟が弱くとも使い手次第でいくらでも『最強』に近付くことができる素晴らしき系統! それが〝風〟ッ!!」
腕を高く挙げ、周囲を見回した太公望は、最終結論を叩き出した。
「つまりッ……風系統、最ッ高!!」
そう大声で叫んだ太公望。そしてそれにつられるように、教室内の風系統メイジたちが、次々と雄叫びを上げはじめた。
「風、最高!」
「風こそ最高!!」
「風は最高」
「風!」
「か~ぜ!!」
もはや大合唱となって教室中を包み込んだそれは、教師であるギトーまで巻き込んだシュプレヒコールとなった。『最強』ではなく『最高』という話に見事なまでにすり替わっているのだが、場の雰囲気に飲まれ誰も気がついていない。
そもそも、系統の強さは地形やその他状況によって常に変わるので、どれが『最強』であるのかを語ること自体がおかしいのだ。『最高』ならばあくまで好みの問題とでも言い換えられるので問題ないと判断し、無理矢理そういった空気を作った太公望であった。
……もっとも。メイジではなく、かつ地球のコンテンツ産業に毒されまくっている才人だけは、似たようなシチュエーションの物語をたくさん見て目が肥えていた。そのため、太公望が行った論説のすり替えと聴衆のコントロールに気付き「閣下また煽りまくって遊んでるし」などと、ひとり呆れ果てていたわけだが。
だがしかし。当然の流れで――それに反対する者たちが現れる。もちろん、他系統に属するメイジたちだ。
「でも〝風系統〟って、あたしたち〝火〟に比べて地味よね」
ピタリ。文字通り、場の空気が止まった。
「地味……だと……!?」
ゆらり……と、太公望を始めとする〝風系統〟に属する者達の身体から、黒い何かが立ち上り始める。それでも流れは止まらない。
「そうよ! 〝火〟には〝風〟にない華やかさがあって最高だわ!!」
「〝土〟はあらゆるものを生み出す。これこそ最高の〝力〟だ!」
「〝水〟には、全てを包み込む寛容さがあるわ。〝水〟こそが最高よ!!」
こうなってしまっては、もう収集がつかない。そして各系統ごとに固まっての大論戦が始まる。と、いってもあくまで子供の口喧嘩レベルで。
「よろしい、ならば〝風〟が最高たる所以を証明してみせよう」
「地味? このわしに地味と言ったな!?」
「オホホホホホ、情熱の〝火〟。火傷じゃすみませんことよ」
「ぼくの『ワルキューレ』の本気をみせてあげるよ」
「〝水〟って結構面白いことができるのよね……フフ」
……で。ならばチーム戦で勝負をつけようではないかという話になり、まだ系統がいまいち定まっていない人物の取り合いが始まった。
「ルイズはわしが育てた。よって〝風〟チームへ来るのだ」
「歓迎する」
「あら? 〝爆発〟だから〝火〟が相応しいのではなくて?」
「いやいや、あの見事な〝土煙〟の〝錬金〟があるのだから〝土〟だよ」
「『箒星』のルイズ。その二つ名はもともとは『
「いや最後強引すぎだから!!」
思わず無関係な才人がツッコミを入れるほど、場はもうぐだぐだだった。
……それにしても太公望、ギトーとタバサという学院内の〝風〟メイジ2強に加え、さらに自分という極悪な風使いが所属しているにも関わらず、とどめとばかりにルイズをチームへ勧誘するあたり本当に容赦がない。
さて。そんなぐだぐだかつとんでもない大騒ぎをしていれば、当然の如く他のクラスにとっては大迷惑以外の何者でもないわけで。
あまりのやかましさに、とうとう堪忍袋の緒がブチ切れた隣のクラスを受け持つ『赤土』シュヴルーズが乱入。全方位に向けて粘土弾を解き放つというとんでもない暴挙の末――ようやく教室内は静まり返り、その後には。
「なあ、実はあの赤土先生が『最強』じゃね?」
という才人の感想の呟きと共に、ギトーの授業時間は終わりを告げた。
――なお、この事件がきっかけで、生徒間におけるギトーの評価が「実は、結構ノリのいい先生?」というものに書き換わった結果、授業を受ける者たちの空気がやや穏やかなものとなり。
それに気をよくしたギトーの態度もまた、少しずつ柔らかくなっていくという、お互いにとって良い意味での『風の循環』が発生することとなった事実をここに記す。
原作で、ガンダールヴをガンダムと聞き間違えた男、才人なら言う!
このあたりから、大幅に原作から逸れます。
そのため、この時点ではお姫様来訪も滑りやすい方のお知らせもありません。