雪風と風の旅人   作:サイ・ナミカタ

14 / 111
第13話 軍師、北花壇の主と相対す

 ――ハルケギニア最大の国家ガリアの王都リュティスは、隣国トリステインの国境から1000リーグほど離れた内陸部にある、人口30万人を越える大都市だ。

 

 街のそこかしこに魔法で動く鉄人形・ガーゴイルが配置されている。このような都市は他に例がない。警邏任務や清掃を可能とするほど高い知能を持つガーゴイルを造る技術は他の国には無いものだ。つまりガリア王国は、このハルケギニア世界において最も魔法文明が発達した国ということになる。

 

 王都の東端に位置する巨大で壮麗な宮殿ヴェルサルテイルは、ガリア王家の人々が住まう城だ。中央にそびえ立つ蒼い大理石で組まれたグラン・トロワと呼ばれる建物では、当代の国王ジョゼフ一世が政治の杖を振るっている。

 

 そして、その政治的中枢から少し離れた場所に建つ薄桃色の大理石で組まれた小宮殿プチ・トロワの謁見室で、ひとりの少女がふて腐れたような顔をして上座の椅子に腰掛けていた。少女は苛立ちを露わにした口調で、ぽつりと呟く。

 

「あの人形娘はまだ来ないのかしら」

 

 歳のころは17~8歳といったところだろうか。細い目の内側で瑠璃色の瞳が鋭く光っている。陶磁器のように白く滑らかな肌と、艶めかしいふっくらとした唇が印象的な娘であった。

 

 しかし、彼女を最も引き立たせているのはその蒼く輝く髪であろう。丁寧に梳かれ、まるで最高級の絹糸のようだ。その一部である前髪が、ミスリル銀をふんだんに使用した豪奢な冠によって持ち上げられ、小さな額が覗いている。

 

 ――娘の名は、イザベラ・ド・ガリア。この王国の王女であった。

 

 イザベラは豪華絢爛な装飾が施された椅子にだらしなく腰掛け、なんとも気怠げな様子で近くの小机に置かれていたベルを鳴らす。すると、三人組の侍女が早足で謁見室に駆け込んできた。

 

「お呼びでございますか、姫殿下」

 

「退屈よ。何か面白いことをしなさい」

 

 侍女たちは震え上がった。周囲にいた侍従たちが首をすぼめる。この王女が『退屈』と口にした時は、大抵ロクなことにならないからだ。

 

「で、では、将棋(チェス)のお相手でもいたしましょうか?」

 

「将棋なんて、もう飽き飽きしたよ」

 

「ならばサイコロ遊びなどは……」

 

「そんなもの、王女がやる遊びじゃないだろ!」

 

「それでしたら、外で狩りなどはいかがでございましょう? 昨日、ピエルフォンの森に鹿を放ったと、犬狩頭のサン・シモンさまよりご報告がありまして……」

 

 それを聞いたイザベラは、バンッと派手に椅子の肘掛けを叩いて立ち上がると、外での狩りを提案した侍女の顔を睨め付けた。

 

「馬鹿かお前は! どうしてわたしがこの部屋で退屈な思いをしているのか、全くわかっていないんだね!!」

 

 ひいっ、と小さく悲鳴を上げて、侍女たちは後ずさる。

 

「まったく、父上は自分の娘が可愛くないのかしら。わたしだって、父上のお役に立ちたいのに。わたしはね、あの人形娘なんかと違って本当に有能なんだよ! だから官職に就きたいと願ったのに――こんな地味な仕事を寄越すだなんて、あんまりだわ!!」

 

 謁見室に居合わせた者たちは、びくびくとしながら互いに顔を見合わせる。イザベラはそんな侍従たちの様子を見て、さらなる苛立ちを募らせた。

 

 ヴェルサルテイル宮殿には、季節の花が咲き乱れる無数の花壇が存在する。由緒あるガリア王国の近衛騎士団は『東薔薇花壇警護騎士団』『西百合花壇警護騎士団』といったように、それらの花壇にちなんで命名されている。

 

 しかし、陽が差さない宮殿の北側には花壇がないため、その名に『北』が入る騎士団は存在していない……表向きは。

 

 ――北花壇警護騎士団。

 

 それは、ガリア国内や国外で起こる様々な面倒ごとを『裏』で処理するための組織。一応は騎士団であるため、多くの騎士(シュヴァリエ)を抱えている。しかし、その組織としての在りようがゆえに、所属している者たちは互いに顔も名も知らない。

 

 もし仮に仕事を共にすることがあっても、互いを番号名で呼び合う――立身出世や名誉とは全く無縁の裏組織、闇の騎士団。イザベラは、その団長任務を父王ジョゼフから任されている。王女はそれが気に入らないのだ。

 

「で? あの娘はまだ来ないのかい!?」

 

「その、も、もう間もなくかと思われますが……」

 

「そうかい。じゃあ、退屈しのぎに賭けでもしようか」

 

 いいことを思いついたと言わんばかりに笑みを浮かべたイザベラは、先程鹿狩りの提案をした侍女の元へ歩み寄ると、手にした杖で彼女の頬をすうっと撫でた。件の侍女はその瞬間、まるで雪像にでもされたかのように蒼白となり、固まった。

 

「あと10分以内に人形娘が来たら、お前の勝ち。来なかったら、わたしの勝ち。どうだい、わかりやすくていいルールだろう?」

 

 吹雪のように冷たい声を浴びた侍女は、恐怖のあまりガタガタと震え出した。イザベラはそんなふうに怯える姿を見ることこそが最高のご馳走だと言わんばかりの表情で、杖の側面でぴたぴたと侍女の頬を嬲りながら言葉を続ける。

 

「もしもわたしが負けたら、そうだね、お前を貴族にしてやろうじゃないか。なぁに、爵位のひとつやふたつ、どうとでもなるさ。ただし、お前が負けたときには……」

 

 侍女の震えが激しくなる。それを見たイザベラは、にたりと嗤って言った。

 

「その首をもらうよ」

 

 侍女が白目を剥いて卒倒した直後。呼び出しの衛士がイザベラの元へ駆け寄り、件の人形娘到着を告げた。報せを受けたイザベラが、つまらなさそうにふんと鼻を鳴らす。

 

 ところが、その報告には彼女にとって気になる情報が混じっていた。なんでも使い魔が一緒についてきており、どうあっても主人の側から離れようとしないのだという。

 

「ふふん。なんだい、あのガーゴイル娘。自分の使い魔を大人しくさせておくこともできないっていうのかい……」

 

「も、申し訳ございません、なんとか引き離して参ります」

 

 怯えた声でそう告げた衛士の姿を見て、イザベラは興味をそそられた。

 

「まあ、いいわ。その使い魔とやらも一緒に連れてきな」

 

「で、ですが……」

 

「このわたしが、いいと言っているんだ。わたしの命令が聞けないのかい?」

 

 震えながら外へ出て行った侍従の後ろ姿を見て、イザベラは満足げな笑みを浮かべた。普段『人形』と呼んで差し支えない程感情を顕わにしない従姉妹が使い魔に振り回される姿を見るのは、さぞ面白いに違いない……と。

 

 

○●○●○●○●

 

「おほ! おほ! おっほっほ!」

 

 イザベラは気の触れたような笑い声を上げた。周囲にはべる侍従たちは、みな戸惑いを隠そうともしていない。なんとなく面白そうだと感じてはいたが、まさかここまでの傑作とは予想だにしていなかった。

 

「あんたが! 溢れる才能を鼻にかけて、余裕気取ってた北花壇騎士7号さまが! 〝召喚〟に失敗しただって!?」

 

 しかも。従姉妹が語ることを信じるならば、そのせいで事故を起こし、よりにもよって異国――東方のメイジを誘拐同然に連れて来てしまったのだとか。

 

「で、そんなあんたの尻ぬぐいをするために、トリステインの魔法学院が責任を取って、その子を対外的に使い魔として雇った、と。あーっはっはっは、まったく、みっともないったら! ほら、お前たちも笑ってやりなさい!!」

 

 イザベラの命令で、侍従たちは仕方なしに笑みを浮かべた。それからしばらくの間、イザベラたちは王女の従姉妹姫――タバサをだしに笑い続ける。

 

 しばし笑ったイザベラは、ふいに問題の〝使い魔〟に言を向ける。

 

「おっほっほ、この娘が本当に迷惑をかけたわね。それにしても、どうしてここまでついてきたんだい? まさかとは思うけど、登城することを聞かされていなかったの?」

 

 王女から言葉をかけられた使い魔――太公望は満面の笑みで答えた。

 

「一応、外で待っていろとは言われたんですがのう。街の中はいつでも見られる。しかし、わたくしのような者がこんな立派な城の中へ入る機会など、これを逃したら二度とないと思いましてな! 逃げるご主人さまを追いかけて、無理矢理くっついて来たと。まあ、そういうわけでして」

 

 そう言った太公望は、物珍しげに周囲をきょろきょろと見回している。

 

「いやあ、実際長らく旅をしておりましたが、こんなに立派な建物は初めて見ました。しかもまさか、こんな大国の王女さまにお目通りが叶うとは! 初めからそう聞いておれば、さすがに遠慮しましたものを」

 

 頭を掻きながら恐縮する異国風の装束を身につけた少年へ、イザベラは鷹揚に頷いた。

 

「おほほほほ! 東方ロバ・アル・カリイエにも、この宮殿に並び立てるような城はないというのかい。それにしてもシャルロット。あんた、この子にわたしと会うことを伏せていたの? まったく使えない娘だね。事故を起こすのも道理だよ」

 

「シャルロット……とは?」

 

 首をかしげ、心底不思議そうな顔をしている太公望を見てイザベラはまた嗤った。

 

「あはははっ、お前、本当に何も聞かされていないのね。光栄に思いなさい、このわたし自ら教えてあげるから。いいこと? お前を攫ったそこの小娘の名前はね、シャルロット・エレーヌ・オルレアン。この国の、王族だよ」

 

「んな!? なっ……なっ……わ、わたくしはそのようなおかたに」

 

「ああ、そんなにあわてなくていいんだよ? だって、それはもう過去の話。その娘はもう王族なんかじゃないんだから。家を取り潰された、ただの没落貴族に過ぎないわ。ねえシャルロット? なんとか言ったらどう?」

 

 ニヤニヤと笑って問いかけるイザベラに、タバサは答えない。

 

 だが……いつもなら真っ直ぐ見返してくるはずの視線が、今日は下を向いたままだ。イザベラにはそれがこのうえもなく愉快だった。

 

「ねえ、シャルロット。本当なら、すぐにでもこのわたしに事故の件を報告すべきだったと思わない? けど、寛大なわたしは許してあげるわ。だって……言えないだろ、こんなこと。あの天才、王弟シャルルの娘が――まさか汎用魔法(コモン・マジック)を失敗しただなんて……ねえ?」

 

 静まりかえったプチ・トロワの謁見室に、イザベラの高笑いだけが響き渡る。

 

 彼女は思った。こんなに楽しい気分になれたのはいつ以来だろうか。もっとこの愉悦を味わい続けたい。どうすればそれが叶うのかと知恵を絞った。

 

 そしてイザベラは名案を思いついた。この奇妙な異国のメイジ――王侯貴族に対する礼どころか王宮を訪れる際の常識すら知らない無知な子供の扱いを、人形娘よりも高くしてやればいいではないか――と。

 

 

○●○●○●○●

 

「あの反応、見たであろう? 魔法学院近辺に、あの姫の間諜がいない事は確定したな」

 

 風竜の背に乗って命じられた任務へと向かう道すがら、太公望とタバサは先程までのやりとりについて確認を取り合っていた。

 

 上機嫌のイザベラは、現地まで着いていくといって再びタバサを困らせた(ように見せかけていた)太公望のために、なんとわざわざ自分の名を使ってまで風竜を用意したのだ。

 

「わたしは、お前を誘拐した娘と違って寛大な王族だからね。このくらいは当然さ」

 

 などと言いながら。

 

 もちろん、その風竜に〝盗聴〟や〝遠見〟の類の魔法が仕掛けられていないかどうかについてはタバサの〝魔法探知〟によって確認済みだ。

 

「本当に大胆なことをする」

 

 正直心臓に悪かった。そう話すタバサに、太公望は人の悪い笑みを浮かべる。

 

「現時点で見せてもよい手札を切った、それだけのことだ」

 

 共に宮殿へ行き、イザベラ王女に謁見する。王都リュティスへの空路でそう言った太公望を、当然ながらタバサは止めた。しかし、いくつかの理由を聞かされたタバサは結局――渋々ながらも同行を許可したのだ。

 

 太公望はまず、タバサから普段の謁見の様子――特に王女イザベラとその周辺にいる侍従たちの言動を、出来る限り詳しく聞き出した。

 

 そしてイザベラの能力と性格――少なくとも、王から国の裏仕事を任されるだけの器量があること。にも関わらず子供のように周囲を振り回し、タバサに対して血の繋がった従姉妹とは思えないほど辛く当たること、その他諸々の情報から、周囲の者達の忠誠心がおしなべて低いであろうことを推測した。

 

 それらをふまえた上で、疎ましい従姉妹が本来隷属すべき使い魔を御することができないと知ったら……イザベラはどういった行動を取るか。ほぼ間違いなく、謁見の間へ連れてこいと命令するだろう――そう、タバサに語り。

 

 さらに。タバサが事故で〝召喚〟に失敗したこと。その責任を取るという形で学院側が異国のメイジである太公望に頭を下げ、相応の対価を支払っていることを話すよう指示をした。

 

「取引について口外しないという契約があったはず」

 

 最後はそう言って反対したタバサに対して、

 

「それはあくまでわしが、だ。おぬしがバラす分には問題ない」

 

 ケケケ……と、意地の悪い笑みで反論した太公望は――実際嘘ではないので――そのまま堂々と彼女にくっついて行ったわけだが……結果はご覧の通りである。

 

「召喚に失敗したなどという珍しい話は、黙っていてもいずれ噂となって伝わる可能性がある。ならば、その前にこちらから開示してしまったほうがよい」

 

「下手に隠すと、余計な探りを入れられるから?」

 

「その通りだ。いらぬ憶測を生む前に、ある程度手札を晒したほうが後々の為になる。最初につけられた強い印象は、なかなか変えられぬものだからのう。ただ、そのせいでおぬしには不愉快な思いをさせると思うが……」

 

「問題ない。わたしのほうこそ、あなたを巻き込んでしまった」

 

 頭を下げるタバサに太公望は笑いかけた。

 

「命に関わるような危険はない。失敗してもせいぜい謁見室に入れない、その程度だ。そもそも()を取り仕切れるほどの娘が、他国の国営施設が雇った者に対して危害を加えたらどうなるかぐらい判断できぬはずがないのだ」

 

 しかも雇用契約書まで交わしてあるのだ、下手に太公望へ手出しをしようものなら国際問題に発展するのは間違いない。タバサ自身も、そういう意味においてはイザベラを信頼していた。もしも『北花壇警護騎士団』の団長である彼女が、本当に『無能』で『愚か者』であってくれたなら、タバサはここまで苦労していなかっただろうから。

 

「だが、この件をきっかけに、おぬしを支援しようとする者が減るかもしれぬ」

 

「かまわない。逆にこれがいい踏み絵になる」

 

 確かに大きな失敗ではあるが、たった一度の間違いで、それまで担ぎ上げようとしていた御輿を簡単に下ろすような者たちを信頼することなどできない。そもそも、わたしはこれ以上誰も巻き込みたくはない。

 

 タバサはそう答えてから、真摯な表情で訴えた。

 

「でも、勘違いしないで欲しい」

 

「む、何をだ?」

 

「わたしは、あなたの存在を失敗だとは思っていない」

 

「当たり前だ。もしおぬしがそんな輩なら、とっくの昔に逃げ出しておるわ」

 

 かかかと笑いながら答える太公望を見ながら、タバサはふとプチ・トロワ宮殿でのやりとりを思い出した。

 

(イザベラが自分の父親と敵対する――つまり、反ジョゼフ派貴族の旗頭となりえるわたしを疎ましく思うのは理解できる。でも、何故あんなに挑発するの? 最初はわたしが反乱を起こすのを期待しているのだと思っていた。けど、それでは説明がつかない気がする)

 

 そんな疑問を太公望に向けると、彼はイザベラをしてこう評した。

 

「あの娘は、他人に自分の存在価値を認めてもらいたくてたまらない……孤独な子供といったところかのう」

 

(ある意味ルイズに似ておったな……)

 

 内心でそう呟く太公望。

 

 それを聞いたタバサの顔が強張った。

 

(孤独な子供? 豪奢な王宮で大勢の家臣に傅かれ、それでもなお孤独だというの? そんなの、あまりにも理不尽。わたしに比べたら、彼女はずっと恵まれている)

 

「理解できない」

 

 そう答えたタバサに、

 

「あくまでわしの印象だからな? そもそも、ひとの心とは複雑なものだ。簡単に理解しあうことができるなら、争いなどそうそう起こらぬはずだしのう」

 

 そう言って小さく笑う太公望の声は、どこか寂しげだった。

 

 

○●○●○●○●

 

 ――それから数時間後。

 

 風竜の背に跨ったタバサと太公望のふたりは、ガリアの王都リュティスから300リーグほど南の空を飛んでいた。

 

 現在彼らが向かっているのは、ガリア南部の山中にあるアンブランという名の村である。今回イザベラ王女から命じられた任務は、その村を襲うコボルドの群れを殲滅することであった。

 

「で、コボルドとは何者なのだ?」

 

 そう問うてきた太公望に、タバサは所持していた生物辞典を開きながら答える。

 

「犬のような頭を持つ亜人の一種。腕力と知能はそれほど高くない。単体なら平民の戦士でも何とかなる相手。ただし、基本的に30匹以上の群れで行動することが多く、注意が必要」

 

 ふむふむ……と、相づちをうつ太公望。

 

「戦場であればともかく、それ以外の場所で無益な殺生を行うのは、人外問わず我らの間では御法度なのだが……そのコボルドとやらは、話し合いの通じる相手ではないのかのう?」

 

 眉根を寄せて唸る太公望に、タバサは説明を続ける。

 

「コボルドの戦士は凶暴で、人語は解さない。稀にいる神官(シャーマン)が言葉を操る場合もあるけれど、彼らには人間を生け贄にして、その肝を自分たちの神に捧げるという習慣がある。コボルドが人里に降りてきて街や村を襲うのはそのため」

 

「うげッ! もしや人を攫って生け贄にするだけではなく、食う習慣もあるのか?」

 

 思わず表情を歪めた太公望に、コクリと小さく頷くタバサ。

 

「彼らはなんでも食べる。中でも特に人間を好む。だから討伐しなければならない。これまでいくつもの街や村が、放置していたコボルドによって滅ぼされている」

 

「どうにかしてその神官とやらに交渉を持ちかけることはできぬのかのう?」

 

「無理、脅しも効かない。そもそも彼らには理解不能」

 

「何故断言できる?」

 

 タバサは手にした生物辞典のページを指し示した。

 

「これを見て」

 

「ふむふむ、定期的に家畜を捧げることで村の安全を保証するよう交渉した例か」

 

 読み進めるうちに太公望の顔が渋いものに変化していく。そこには、話をする間もなく槍で貫かれた交渉人たちと、彼らを信じて送り出した村が滅ぼされるまでの経緯が記されていた。

 

「確かに、亜人や妖魔の中には人間と友好な関係を築こうとする者たちもいる。その場合、最低でも人間と同程度かそれ以上の知能がある」

 

「なるほど、コボルドには他種族と話し合うという概念そのものが存在しないというわけか」

 

「そう。理解するだけの知能がないから」

 

「ううむ……しかしのう……」

 

 渋い表情のまま唸る太公望。未だに納得がいかないようだ。

 

「見えてきた。あの村」

 

 タバサの言葉を受け、太公望は風竜の飛び行く先に目を向けた。

 

 そこは四方を山で囲まれた、陸の孤島と呼んで差し支えない場所であった。高い岩山を越える必要があるため、最寄りの街まで徒歩で最低数日はかかるであろう。風竜の背から眼下に映る光景を眺めた太公望はそう判断した。

 

 アンブランの村はそんな人里離れた場所にあったが、それを感じさせない程に栄えていた。タバサは風竜を巧みに操作すると、村の中央にある大きな広場に降り立った。

 

「おや、竜だよ。風竜だ!」

 

 タバサと太公望が竜から降りると、大勢の村人たちが人なつっこい笑顔を浮かべながら彼らの周りに集まってきて、興味深そうにふたりに視線を投げかけてくる。

 

「この村にお客が来るなんて、珍しい!」

 

「マントを着けておられるよ。貴族さまだ」

 

 朗らかに笑いかけてくる村人たちを見て、太公望は戸惑いも露わに呟いた。

 

「妖魔に襲われているという割には、なんとものんびりした雰囲気だのう」

 

 太公望の所見通り、コボルドの脅威に晒されているという割には村に悲壮感や殺伐とした雰囲気はない。それどころか、ごくごく普通の日常を送っているようにすら見える。そんな村人たちに、タバサも、そして太公望も奇妙な違和感を覚えた。

 

 どこがどうおかしいという訳ではない。集まった村人たちは、老いも若きも、男も女も、ガリアのどこの村にでもいるような素朴なひとたちである。だが、何かが()()の隅に引っかかるのだ。

 

(ここ数日の強行軍で疲れているのだろうか)

 

 タバサはそう自問した。太公望も、頭を掻きながら周囲を見回している。

 

 ……と、人の輪の中から幼い少女がちょこちょこと出てきて、太公望を見上げた。

 

「お兄ちゃん、面白い格好! 頭にある白いのは、お耳?」

 

 太公望は、いつも通り頭に白い長布をぐるぐる巻きにしている。細長い結び目を、ぴん! と、まるで兎の耳のように立てているので、少女の目にはそう見えたのであろう。小さな両手がうずうずと動いている。

 

「む? 触ってみたいのか?」

 

「うん」

 

「仕方がないのう、ほれ」

 

「いいの? やったあ!」

 

 しゃがみ込んで少女に目線を会わせた太公望がそう言うと、少女は喜んで駆け寄ってきて、長布の結び目を掴んだ。

 

「こ、これ引っ張るでない! タバサ、何でおぬしまで掴んでおるのだ!!」

 

「一度触ってみたかった」

 

 そんな彼らの様子を見て、集った村人たちは一斉に笑い声をあげる。だが、唐突に響き渡った怒声が平和な雰囲気に水を差した。

 

「こりゃああああ~あッ! 貴様らああああ、なぁにをしとるかああぁ~ッ!!」

 

 声の主は長槍をかつぎ、時代がかった甲冑に身を包んだひとりの老爺であった。深雪のように白い髪と長い髭、そして顔中に刻まれた皺が、相当な高齢であることを伺わせる。古びた甲冑がいかにも重たそうだが、それでも老爺はしっかりとした足取りでタバサたちふたりに近寄ると、長槍の先を突き付けた。

 

「怪しいやつめ! 名を名乗れい!!」

 

 村人のひとりが、呆れたような声で老爺を窘めた。

 

「ユルバンさん。この方々は、おそらくお城からいらした騎士さまですよ」

 

 ユルバンと呼ばれた老戦士は、くわっと目を見開いてタバサと太公望を眺めた。

 

「ふむ、なるほど。よくよく見れば、おふたかたともマントを身に着けておられるな。だが、たとえ貴族さまといえども、このわしの許可なくしてアンブランへ立ち入ることは許されませぬ!」

 

 側にいた少女に大人たちのところへ戻るように言い聞かせた太公望は、その足で油断なく槍を構える老戦士に近寄り、名乗りを上げた。

 

「突然の空からの来訪、大変失礼した。こちらはガリアの花壇騎士タバサさま。わたくしは、その従者を務める太公望と申す者」

 

 紹介されたタバサは、老爺の目を見て小さく頷く。ちなみに太公望が従者を名乗っているのは、任務の際にはそのように振る舞うことを前もってタバサと打ち合わせていたからである。思いのほか丁寧な名乗りに少し警戒を解いたのか、老戦士の表情が緩んだ。しかし、長槍はそのまま油断なく構え続けている。

 

「これはこれは貴族のお嬢さまに従者殿、無礼を許されよ。わしはユルバンと申す者。畏れ多くもこの地の領主、ロドバルド男爵夫人よりこの長槍を賜り、アンブランの治安を預かっておる」

 

 そう言うと、ユルバン老人は改めて長槍を構え直す。

 

「であるからして、わしの言葉は男爵夫人の言葉であると心得られよ。さて、それではおふたかたが当村へおいでになった理由を述べていただきたい」

 

 その口上に、特に慌てることなく太公望は応じた。

 

「我らは王政府から依頼を受けてコボルド退治に参ったのだが……ユルバン殿は、男爵夫人よりその件について、何か聞き及んではおられぬのだろうか?」

 

 それを聞いたユルバンの顔が真っ赤に染まり、激しく歪んだ。

 

「うぬぬぬぬ、なんたることか! あれほど、わしひとりで充分だと申し上げたのに……ええい! 男爵夫人は、まだこのわしが信用ならぬとおっしゃるのか!!」

 

 ユルバンは長槍をひょいと担ぐと肩をいからせ、のっしのっしと早足で歩き出した。彼の行く先に男爵夫人の屋敷があるのだろうと判断したタバサは、無言で彼の後ろを追った。それを目にした太公望は、まずは近くにいた村人たちに、事情の説明を頼んだ。

 

「あの御仁は、いったいどういうおかたなのだ?」

 

 ユルバンに聞こえぬよう、小声でそっと尋ねる太公望に、

 

「あの爺さんは、この村を守っている兵士でね……昔は相当な使い手だったらしいんだが、今はご覧の通りってわけでさ」

 

 これまた小さく返事をする村人。

 

「ふむ。年齢に似合わず、足取りはしっかりとしておるようだが?」

 

「いやあ、それでもあの歳だからねえ。ひとりでコボルド退治に行くって息巻いていたんだが、年寄りの冷や水もいいところさね」

 

「その通りだ。あなたがたが来てくれて、本当によかった。あと3日も遅かったら、あの爺さん、痺れをきらして飛び出していっただろうからね」

 

 笑いながらそう答えた村人たちの声音には、ユルバンを馬鹿にしたような色はない。

 

(頑固な老人だが、住人たちに愛される存在なのであろうな……)

 

 そう判断した太公望は村人たちに礼を言うと、先行したふたりの後を追って駆け出した。

 

 

○●○●○●○●

 

 ロドバルド男爵夫人の屋敷は、立派な門構えの貴族屋敷だった。季節の花が咲く生垣でぐるりと周りを囲まれ、小さいながらも隅々まで手入れが行き届いている。ユルバンのあとに続いてタバサと太公望が外門をくぐると、この家の執事とおぼしき小太りの中年男性が駆けつけてきた。

 

「ユルバンさん、どうしたね?」

 

 ユルバンは興奮して叩き付けるような声で言った。

 

「奥様はおられるか!?」

 

 その剣幕に、執事はたじたじとなる。後ずさりしながらユルバンの問いに答えた。

 

「い、今は、書斎のほうにおられるかと……」

 

 ユルバンは執事のほうを見向きもせずに、ずんずんとひとり奥へと進んでいく。その後、彼についてきていたタバサと太公望のふたりに気付いた執事は、突然の来訪者たちに困惑している。

 

「我らは王政府の依頼でコボルドを討伐にしに来た者。門番のユルバン殿にそう告げたら、たいそうな剣幕でこちらへ向かっていったのでな、急ぎ追いかけてきたのだ」

 

 太公望が用件を告げると、執事は一瞬驚いた顔をしたが、すぐににっこりと笑みを浮かべた。

 

「これはこれは、お城からいらした騎士さまでしたか。遠いところを、わざわざありがとうございます。奥様がお待ちでございますので、こちらへどうぞ」

 

 タバサと太公望が執事に案内されて書斎へ到着すると、部屋の奥からユルバンの怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「奥様、あれは一体どういうことですか! お言いつけ通りコボルド退治を延期してみれば! 王都からあのような年端もいかぬ子供たちを呼びつけるとは……」

 

「だ、だって、ユルバン。いくらなんでも、あなたひとりだけでは……」

 

 書斎の奥に、困り果てたような顔をした銀髪の老婦人がいる。おそらく、あれがこの村を治めるロドバルド男爵夫人だろう。

 

「わたくしめは50年以上、たったひとりでロドバルド男爵家、ひいてはこのアンブランを守り続けてきた戦士ですぞ! コボルドごときに後れをとるなど、あろうはずがございませぬ!!」

 

「そういうことではないのです。わたしは、ただ……」

 

「では、いったいどういうおつもりなのか、このわたくしに納得のゆく説明を……」

 

 そんなところへ執事に案内されたタバサと太公望が入っていったものだから、ユルバンはさらに興奮し、大声を上げた。

 

「おお、これはこれは騎士さまがた! 今お聞きになられた通りです。おふたかたの手を煩わせるほどのことではありませぬ。早速、王都へお戻り願いたい」

 

「これ、ユルバン。失礼ですよ。せっかく遠方からいらして下さったというのに」

 

「いくら貴族とはいえ、ふたりともまだ小さな子供ではありませぬか! 見たところ、実戦経験もなさそうだ」

 

 不快げに「ふん!」と鼻を鳴らしたユルバンを窘めると、ロドバルド男爵夫人は笑顔でふたりの元へ近付いてきた。

 

「まあまあ、ようこそアンブランへ。あなたがたが王都からいらしてくださった花壇騎士殿ね?」

 

 タバサは小さく頷くと、短く名乗った。

 

「ガリア王国花壇騎士(シュヴァリエ・ド・パルテル)、タバサ」

 

「わたくしは、従者の太公望と申します」

 

 子供になど構っていられない、とばかりに部屋を出て行こうとしたユルバン老人の背に向けて、ロドバルド男爵夫人が声をかけた。

 

「ユルバン。わかっているとは思いますが、この騎士殿たちがいらしている間は村の外へ出ることはまかりなりません。あなたには、この村を守るという大切な役目があるのですから」

 

 ユルバンの顔色が変わった。

 

「つ、つまり、それは……このわたくしめを、討伐隊から外すということですかな?」

 

 ロドバルド男爵夫人は、老戦士の言葉に重々しく頷いた。

 

「承服致しかねます! そのようなこと、認めるわけには参りませぬ!!」

 

 激しく頭を振る老爺に、ロドバルド男爵夫人は苦しそうな声で告げた。

 

「これは命令です」

 

「なんと……!」

 

 ユルバンは絶句し、それから悔しそうに何度も何度も首を横に振ると、ぶるぶると全身を震わせながら男爵夫人の部屋から出て行った。

 

「いやはや……ずいぶんと元気な御仁ですのう」

 

 呆気にとられた顔で太公望が呟くと、ロドバルド男爵夫人はふたりのほうへ向き直り、深々と頭を下げた。

 

「彼の無礼を、どうか許してくださいね。決して悪いひとではないの。ただ、責任感が強すぎるといいますか……」

 

 タバサと太公望は、了承の印に頷いた。

 

 ――それからロドバルド男爵夫人は、タバサたちに討伐依頼の説明をした。

 

 コボルドの群れが村から徒歩で1時間ほど離れた所にある廃坑に住み着いたのは、今から1ヶ月ほど前のこと。幸い村はまだ襲われてはいないが、偵察隊とおぼしき者たちが様子を探りに来るようになった。

 

「コボルドは、知性が低い割に用心深いのです。こちらの防御態勢の隙を見極めた上で、襲いかかってくるつもりなのでしょう」

 

「群れの規模は?」

 

「廃坑の大きさからして、おそらく30……多くて40匹程度でしょう。おふたりだけで大丈夫でしょうか?」

 

 タバサは頷いた。と、太公望がふいに口を開く。

 

「男爵夫人はコボルドの生態にお詳しいようですな。調査不足で申し訳ありませぬが、もしやこちらの村は過去に襲撃を受けたことがあるのではありませぬか?」

 

 怯えきった様子で男爵夫人は頷いた。

 

「ええ、仰る通りです。アンブランの山々に〝土石(どせき)〟の鉱脈があるからかもしれません。先代も、そのまた前の領主たちもコボルドの襲撃に頭を悩ませておりました」

 

「〝土石〟?」

 

「魔道具、特にガーゴイルの核を造るために欠かせない秘石です。このあたりの街や村の多くがそれを山から掘り出し、中央へ売りに出すことで生計を立てているのですが……どうやら、コボルドは〝土石〟を好む性質があるようでして」

 

 男爵夫人の発言に、タバサは目を丸くした。

 

「本には書かれていなかった」

 

「そうでしょうね。わたしとて、コボルド・シャーマンと杖を交えた経験がなければ到底知り得ない情報でしたから」

 

「詳しく伺っても?」

 

「それは構いませんが……失礼ですが〝消音(サイレント)〟をお願いできますか?」

 

 屋敷の者に聞かれてはまずい話でもあるのだろうか。疑問に思いつつもタバサはルーンを唱え、部屋の外へ声が漏れないように処理を施した。

 

「見事ですわ、感謝致します。実は今から20年ほど前のことです。先ほどお話しした廃坑に棲み着いたコボルドたちがこの村に襲撃を仕掛けてきました。ユルバンとわたしでぎりぎりどうにかできる程度の数だったのですが……そのとき、敵の中にいたコボルド・シャーマンが奇妙なことを口走ったのです」

 

『森で生きる術を持たぬ毛無し猿ども。お前たちが持つ〝土精魂(どせいこん)〟と心臓を我が神に捧げよ!』

 

「〝土精魂〟とは〝土石〟のこと?」

 

「おそらくは。当時、この屋敷には鞠ほどの大きさの〝土石〟がありましたから」

 

 普通の〝土石〟は道ばたに転がっている小石程度がせいぜいで、そこまで大きな結晶が見つかるのは稀なことなのだとロドバルド男爵夫人は補足する。

 

「もしや、その襲撃の折に相手と交渉を?」

 

 悲しげに顔を伏せ、男爵夫人は肯定した。

 

「ええ。稀少なものとはいえ、例の結晶と引き替えに村を守れるならばと話を持ちかけてみたのですが……返ってきたのは『猿と交わす約定などない』という言葉と、棍棒の一撃でした」

 

「嫌なことを思い出させてしまい、誠に申し訳ございませんでした」

 

「ごめんなさい」

 

「いいえ、大丈夫です。お気になさらないで」

 

 素直に頭を下げた太公望とタバサ。気丈に振る舞っているが、当時相当怖ろしい思いをしたのだろう、男爵夫人は無意識に両の手で己が身体を抱き締めている。

 

「しかし、これでよくわかりました。お嬢さま、此度の討伐任務はより一層気を引き締めてかかることに致しましょう」

 

 太公望の進言に異論はない。タバサはしっかりと男爵夫人の目を見据え、頷いた。

 

「ところで騎士殿」

 

「何か?」

 

「ユルバンの件でお願いがあるのです。彼のことですから、おそらく自分も連れて行け、と、あなたがたに申し入れるはずです。そのときは、どうかきっぱりと断っていただけないでしょうか」

 

 タバサと太公望の瞳を交互に見遣りながら、ロドバルド男爵夫人は続ける。

 

「あの通り、ユルバンはもうかなりの歳です。昔ならばいざしらず、亜人相手の実戦には、とても耐えられないでしょう。彼は何十年もわたしたち一族のために尽くしてくれました。今や、夫も子供もいないわたしにとって家族も同然なのです」

 

 ロドバルド男爵夫人の言葉は、慈愛に満ちていた。あの老戦士を危険な目にあわせたくないと願っているからこそ、わざわざ王政府に騎士の派遣を依頼したのだろう。そう考え、頷こうとしたタバサを押しとどめたのは、太公望だった。

 

「いや、一緒に連れて行ったほうがよいでしょう」

 

 驚いて自分を見つめるタバサと男爵夫人の顔を交互に見た後、太公望は続ける。

 

「ああいった御仁は、下手に押さえつけようとすると反発する。男爵夫人、失礼ですが長年彼を側に置いていたあなたさまにお伺いしたい。もしも我らが断ったとしたら……彼はどういった行動に出ると思われますかな?」

 

「そ、それは……いえ、まさか!」

 

 自分が導き出した答えに畏れおののくように、男爵夫人は身体を震わせる。

 

「左様。ほぼ間違いなくひとりでコボルドの巣へ突入を敢行し……その先は、言わずともおわかりのようですな」

 

「でも」

 

 それでも反対しようとするタバサに、太公望は小さく笑って答える。

 

「わしらは風竜に乗って来ているのだ。耐えられないと思ったら、最悪竜の背にでも縛り付けておけばよい。男爵婦人も、どうかご安心めされよ。彼には傷ひとつ負わせは致しませぬ」

 

 太公望の言葉を聞いても、未だ躊躇っていたロドバルド男爵夫人であったが……最後にはゆっくりと頷き頭を下げた。

 

「わかりました。ユルバンのこと、くれぐれもよろしくお願い致します。食事と寝室の用意をさせますので、今日はこちらにお泊まりになられてください」

 

 会見後、タバサと太公望は食堂に案内された。そこには、ほかほかと湯気を立てる料理が処狭しと並べられていた。山盛りのきのこをバターで炒めたものと、山菜のサラダに、鹿肉のステーキ。タバサと太公望はさっそくステーキときのこのバターソテーをトレードすると、ナイフとフォークを手に取り、目の前の料理と格闘し始めた。

 

 だが、肉を一切れ口に含んだ直後、タバサは思わず眉をひそめた。味つけが薄いのである。特に塩気が足りない。おそらく、老齢で独り身のロドバルド男爵夫人にあわせた薄味なのであろうとタバサは判断した。

 

 ふと、隣の太公望はと見れば――なんの問題もないように、ぱくぱくときのこのソテーをたいらげている。

 

(単にわたしの好みの問題?)

 

 出された料理の味に文句をつけるのは失礼なので、タバサは首をかしげながらも、ひとり黙々と食べやすい大きさに切った鹿肉のステーキを口へ運んだ。

 

 

 




イザベラさま超ドS。
太公望はおじいちゃんだから薄味でも気にならない。

2016/09/22:加筆修正
たいへん参考になるご意見ありがとうございました!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。