「それでは話を聞こうか」
学院長室へ案内された太公望・タバサ・ルイズ・才人の4人は来客用のソファーに腰掛け、オスマン氏と向き合っていた。彼の後方にはコルベールが控えている。
「才人。すまんが、まずはわしに話をさせてはくれぬかのう」
俺のほうが最初に申し込んだのに。と、一瞬躊躇った才人だったが、コイツがわざわざ確認を取ってきたってことは何か理由があるんだろう――そう思い直し、頷く。
「感謝する」
太公望は、才人へ頷き返すと、まっすぐと学院長を見据えて会話を始めた。
「さて、それでは金一封とやらについて具体的に聞かせてもらおう。今回わしがした仕事は、情報収集に犯人の割り出し、破壊の杖の回収……他にもまだまだあるわけだが。中途半端な金額で納得するとは思うなよ?」
――才人は思った。
(なんか、映画の名場面集を見てるみたいだ。それも、極道モノとかマフィアの交渉シーンをダイジェストで並べたやつ。あーあ、ルイズは横で固まってるし。あのなんだっけ、コルベールとかいう先生は顔が真っ青だし。タバサは……あれ、目がキラキラしてるな。もしかして好きなのか、こういうイベント)
才人はすぐ側で繰り広げられるやりとりを、まるで劇場へ赴いた観客になったような気分でぼんやりと眺めていた――。
太公望の先制攻撃で始まった『交渉』は、時折学院長が攻勢に出るものの、そのほとんどが太公望側の優勢で進んだ。この話し合いの過程で、太公望がフーケ捕縛作戦全体の立案――なんと学院の教師たちを説得するための演説草案作成までこなしていた事実が判明し、この場に立ち会った者たちは驚愕した。
ついには1ドニエ(銅貨1枚)単位での攻防が始まるに至って、太公望はこれ以上攻めるのは無駄と判断したのか、折衷案を提示してきた。
「まあ、わしも鬼ではない。金銭以外での交渉もやぶさかではないぞ」
その白々しい物言いに、学院長を含む全員が「鬼以外のなんなんだ!」と心の中でツッコんでいたのだが、当の本人は涼しい顔だ。
「ふむ……君はわしにいったい何を望んでいるのだね?」
「『フェニアのライブラリー』の閲覧許可証を。なお、これはわしとタバサの両方へ出してもらいたい」
この提案に驚いたのはコルベールだ。
「なっ……! あそこは、教員以外立ち入り禁止、魔法学院秘蔵の書物庫ですぞ」
しかし、そんなコルベールを抑えて学院長は鷹揚に頷いた。
「んむ……まあ、ええじゃろ。ただし、その許可と引き替えに金一封は無しじゃぞ」
「よっぽど教員へのボーナスで懐が寂しくなったようだのう。わしとしては、もうひと声欲しいところなのだが……まあ、無い袖は振れぬというからな。仕方あるまい」
不承不承といった風情で納得した太公望を見た全員が、コイツやっぱり鬼、いや悪魔なんじゃないだろうか……と、内心評価を修正していた。
机の引き出しから2枚の羊皮紙を取り出したオスマン氏は、ペンでさらさらと何事かを書いて、太公望とタバサに手渡す。
「それを図書館の入り口にいる司書に見せるがええ。そうすれば『フェニアのライブラリー』に立ち入って、収められている資料の閲覧ができるようになる。ただし、あそこの書物は持ち出し禁止じゃからな」
許可証を受け取り頷くふたり。タバサの目が歓喜できらきらと輝いている。勲章申請の時よりも遙かに嬉しそうだ。それだけこの許可証が欲しかったのだろう、太公望の手を両手でガッチリと握り締めている。一方の太公望も、そんな彼女の様子を見て満足げだ。
「と、いうわけでだ。このあとサイト君たちとの話があるのでな、君らふたりは部屋へ戻って舞踏会の支度をしたまえ」
そう促す学院長に応え、席を立つタバサ。だが、太公望はその場から動こうとしない。彼は相変わらず笑っていたが……その笑みの質が先程までとは変わっていることにタバサは気がついた。
「その話には興味があるのでな。同席させてもらいたい」
「さすがにそれは許可できん。これは……」
と、そこまで口にしてようやく気付いた学院長は、苦虫を10匹くらいまとめて噛み潰したような顔をして太公望を睨み付ける。
「ふふん、才人の左手に刻まれたのは相当特殊な
――ここで聞けずとも、自力で調べる。太公望はそう主張しているのだ。
なるほど……この流れに持って行きたかったからこそ、最初に話をさせろと主張したわけか。つまり金銭交渉は囮。本命はライブラリーの閲覧許可証と印に関する情報だったって訳だ……うん、こいつ悪魔だ。決定。太公望に対する全員の評価が確定した瞬間であった。
「わかった、ミス・タバサも同席したまえ。まったく……君がトリステイン貴族の子弟なら、卒業後に次代の宰相候補として王宮で修行を積ませるよう、マザリーニ枢機卿宛てに推薦状を書いとるところなんじゃが」
そう言って深いため息をついた学院長は、普段よりもさらに老けて見えた。
○●○●○●○●
「ガンダールヴ?」
その名前に覚えがあったルイズは、思わず首をかしげた。以前、自分の魔法について調べていたとき、何かの本で見た覚えがある名前だったのだが……思い出せない。
「そう、あらゆる武器を使いこなす能力を持つ〝伝説の使い魔〟の証じゃ」
「伝説……これが?」
才人は改めて自分の左手に刻まれたルーンを見た。伝説の勇者とかならまだしも使い魔ってなんだよ! という台詞が喉元までせり上がってきていたが、賢明にも口には出さなかった。
「これまでに、何かそのルーンがらみで変わったことはなかったかね?」
「ええと、武器を持つと身体が軽くなったり、使い方が頭の中に流れ込んでくるような不思議な感じがしました……そういえば、デルフも『使い手』だからとかなんとか言ってたような」
「デルフ、とは?」
問う学院長に、才人は後ろに立て掛けていた剣を見せ、鞘から少しだけ引き抜いた。
「話は聞かせてもらったぜ! 俺っちがご紹介に与ったデルフリンガーさまだ。〝ガンダールヴ〟ね。そうそう、確かそんな名前だったな」
「なんと! 〝インテリジェンス・ソード〟ですか」
身を乗り出して興奮するコルベールを制して、オスマン氏は話を続ける。
「武器の情報に、身体の強化……やはり間違いないか。デルフリンガー君といったな。他に、君が知っていることはあるかね?」
「う~ん。あるはずなんだが6000年以上生きてるもんでな、記憶がどうにもあいまいなんだよ。すまねえな」
「そうか、それは残念じゃ」
「でも、何で俺がそんな〝伝説の使い魔〟に?」
そう尋ねた才人に対し、学院長は肩を落として「さっぱりわからん」と答える。すると、それを聞いた太公望が何かに気付いたのか、腕を組んで考え込んでいる。
「タイコーボー、何か知ってるのか!?」
「いや、いくらなんでもそこまではわからぬ。少々気になることはあったが、こっちの話での。でだ、ルーンについてはだいたいわかったことだし『破壊の杖』についても聞いておいたほうがよいのではないか?」
そう促されたことで、今度は『破壊の杖』の由来に関して学院長が滔々と語り出す。
曰く、今から30年ほど前。他国をひとりで旅行していた際に、突如飛来したワイバーンに襲われ危機に陥ったこと。
そこに現れた若い男が、持っていた2本の『破壊の杖』のうち1本でワイバーンを吹き飛ばした後にばったりと倒れ、気を失ったこと。
彼は深手を負っており、看病の甲斐なく息を引き取ってしまったこと。そして、彼が使った1本を彼の墓に埋め、残されたもう1本を彼の形見として持ち帰り、学院の宝物庫へ厳重に保管していたこと――。
「彼は、死の間際までうわごとのように呟いておったよ。『ここはどこだ。元の世界に帰りたい』とな。命の恩人だ、何としても助けたかったのじゃが〝
当時を思い出しているのだろう、オスマン氏は遠くを見るような目で語る。そんな彼の感慨を打ち壊したのは才人の言葉だった。
「そのひと……きっと、俺のいた世界から来たんです」
老メイジの目が光った。
「君は彼の故郷を知っているのかね?」
「そこまではわかりませんけど……あの『破壊の杖』はマジックアイテムなんかじゃなくて、俺がいた世界の武器なんです。さっきケースを貸してもらったとき確かめたから、間違いありません。あれの本当の名前は『
その場にいた者達が驚きに目を見張る。そんな彼らの反応を見てから才人は語り始めた――自分が、ここではない別の世界から〝召喚〟されてきたこと。そこには月が1つしかなく、魔法が存在していないこと。家族が待つその場所へ帰るための方法を探していること――。
異なる世界――本当にそんなものがあるのか?
目の前にいる老人は、そう言いたげな表情をしている。才人内心で苦笑した。
(まあ、ルイズだって未だに信じてくれないし、この世界の人間にとってはそれが普通の反応だよな。もしも俺が日本にいた頃に『自分は異世界から来た魔法使いだ』って名乗る奴が出てきたら……やっぱりそう感じただろうし)
と、才人が半分諦めたように周囲を伺うと……ひとりだけ、あきらかにおかしな反応をしている人物がいた。太公望だ。腕を組み、目を閉じてなにやらぶつぶつと呟いている。
「なあ、タイコーボー……もしかして、お前は信じてくれるのか!?」
「ああ、信じる。というか、まさか異界人だったとはのう……おぬしと初めて会ったときから、どうも他の人間と毛色が違うと感じておったのだが、なるほど。そういうことであれば……」
信じてくれた! おれの、この世界に来て初めての友達が!! 才人は本気で感激した。
「何か知っているの?」
この部屋に入ってきてから初めて口を開いたタバサへ、太公望はぼりぼりと頭を掻き毟りながら答えた。
「異世界云々についてはこれから検証せねばならぬだろうが、ひとつ確実に言えるのは――ルイズが、とてつもない可能性を秘めたメイジだということだ」
○●○●○●○●
このわたしが、とてつもない可能性を秘めたメイジ――?
ありえない。でも、ロバ・アル・カリイエから来たメイジが。調査をお願いしたひとが。学院長が、トリステイン貴族だったら王宮に推薦するとまで言った人物がそう言っている。ルイズはその一言に縋った。
「おねがい、教えて。わたしの魔法がどうして失敗するのか。先生たちも、父さまや母さまにも、王立アカデミーで研究している姉さまにすらわからなかったの。どんなに勉強しても、毎日ぼろぼろになるまで練習してもできなかったのよ。おねがい……!」
最後はもう言葉にならない。気がついた時、ルイズはほろほろと涙を零していた。
「こっ、これ、泣くでない!」
一方、ルイズの様子を見た太公望は、いつもの人を喰ったようなそれから一転、まるで別人のように慌てふためいた。ぐずり続けるルイズをあやし、困ったように空中へ視線を這わせる。ついには助けを求めるように学院長に目を向ける。
オスマン氏はしばし逡巡したが――頷いた。
そしてオスマン氏が口を開こうとしたそのとき。彼の代わりに、別の人物が声をかけてきた。それは、この場に同席していた教師『炎蛇』のコルベールであった。
「私も、是非きみの見解が聞きたい。己の無力を告白することになりますが、私たちがどんなに調べてもミス・ヴァリエールが失敗する理由がわからなかったのです。彼女はこんなにも追い詰められていたというのに」
そう言って、頭を垂れる。しん……と静まりかえった室内に、唯一ルイズのぐずる声だけが響いていた。
――数分後。ルイズがようやく落ち着いたのを見計らって、太公望は説明を始めるべく動き出した。その手始めとして、椅子から立ち上がって頭に巻いていた布を取ると捻って縄状にし、テーブルの上に乗せた。
「さて、ここに1本の縄がある。これを使って簡単に説明する」
一同を見回すと、皆真剣にテーブルに注目していた。
「その前に
「うむ。開かれる場所や選ばれる対象がどうやって決まるのかについては不明だが、己に最も相応しい使い魔との間に一方通行の『門』を創り出す」
うむ、と頷いた太公望はテーブルに置いた縄を指差す。
「この縄の両端、これを『門』。そして縄の長さを『距離』と考えて欲しい」
そう言うと、彼は縄を持ち上げてその両端を掴んでぴたりと繋ぎ合わせた。
「『門の接続』とは、こういうことなのだ。中間の距離をねじ曲げ、空間同士を繋ぎ合わせる……タバサよ」
自分の主人に声をかけた太公望は、持っていた縄をテーブルへ戻した。
「今わしがやってみせたように、この縄の端と端をくっつけてみてくれ。ただし、手ではなく魔法を使って、だぞ。よいか、ぴったりと合わせるのだ」
頷いたタバサは得意の
「このように『接続』にはたいへんな〝力〟と、先端同士……つまり、向こう側とこちら側の空間をしっかりと認識する感覚を必要とする。
「これは……まるで考えてもみなかった理屈じゃが、納得できる」
「ええ、ええ! アカデミーで研究していてもおかしくない内容ですぞ!!」
研究者としての血が騒いできたのだろう、オスマンとコルベールが興奮したようにまくしたてる。しかし、ひとり納得していない人物がいた。ルイズである。
「でも、これとわたしが魔法を失敗することに何の関係があるの?」
「そう急くでない。これからちゃんと説明する」
そう告げた後、どっかと椅子に腰掛けひと息ついた太公望は再び持論の展開を開始した。
「さて。『空間』をねじ曲げるのが大変な作業であると理解してもらえた、そう判断して話を進める。普通のメイジはあくまでハルケギニアの中でしか両端を『接続』することができない。ところがルイズは……」
一端言葉を句切り、ルイズにまっすぐ視線を向けた太公望は、結論する。
「空に浮かぶ月よりも遠い異世界――ハルケギニアの外にある国と自分を結ぶ縄の両端を、寸分の狂いなく繋いでみせた。そんな娘が無能だと? 絶対にありえん。もしもルイズがわしの故郷に生まれておったら、間違いなく幹部候補生にすべくスカウトが飛んで来るわ。『空間ゲート接続』というのはそれだけ難しく、強い〝力〟を必要とする高度な技術なのだよ」
静まりかえる室内。と、コルベールが手を挙げた。
「ミス・ヴァリエールが素晴らしい可能性を秘めている、ということは理解しました。しかし、何故魔法を失敗するのか、それについてわからないことには……」
コルベールの疑問はもっともだ。ルイズとしても、自分がどんなに優れた力を持っていると言われても、失敗の原因が判明しなければ意味がないのだ。
「ここからは、あくまでわしの推測に過ぎないのだが……今度はコルベール殿にお訊ねしたい。魔法を失敗したときに〝爆発〟が起きるのはルイズだけなのであろう? 魔法学院の歴史を遡ってみても、同じ現象が起きた例は皆無。違うか?」
それを聞いた才人が「えっ」と驚きの声を漏らす。
「魔法って、失敗したら爆発するもんじゃないの?」
「もしもそうなら、教室の中で実習したりするものか」
「ああ、そっか。そりゃそうだ」
才人は〝錬金〟に失敗したルイズが罰として教室の片付けを命じられたことを思い出す。机や黒板にはヒビが入っており、わざわざ倉庫まで取りに行って交換する羽目になった。あれが魔法使いの日常茶飯事だとしたら、備品がいくらあっても足りない。
それに、怪我人だって出るだろう。実際、あの赤土先生は気絶して医務室に運び込まれたし、他の生徒は明らかに怯えていた。だったら狭い教室の中ではなく外で練習させたほうがいいに決まっている。そうしないのは、きっとルイズが特殊なのだろう。
納得した才人をものすごい表情で睨み付けるルイズ。「失敗して爆発」というキーワードを発するのは、彼女の逆鱗に触れる行為なのだ。
……険悪になりそうな雰囲気を破ったのはコルベールだった。
「はい、その通りです。私や他の教師が見たところ、ルーンの詠唱が間違っているわけでも、杖との契約が失敗しているわけでもありません。なのに、何故か爆発してしまうのです。ミス・ヴァリエールの魔法や呪文に関する知識が足りないということでもありません。何せ、彼女は実技はともかく座学では常に学年でトップクラスの成績を残しているのですから」
「伝統ある魔法学院の教師が指摘できるようなミスがない。本人にも充分な知識がある。にも関わらず魔法が爆発する。つまり、原因は他にあるということだ」
ルイズの瞳が揺れる。
「それって、わたしが『出来損ない』ってことじゃ……」
「だから、何故おぬしはそう自分を卑下する方向に考えるのだ!」
「だ、だって……」
「あのな。わしがおぬしに可能性を見出した理由は、遠い世界に『門』を開いたことだけではない。『失敗で爆発という現象を起こした』からだ」
「どういうことかね?」
オスマン氏の問いに、太公望は説明を続ける。
「まず、何の力も持たぬ平民が杖を持ち、ルーンを詠唱したとしてだ。いかにそれが正しくとも、魔法は発動しない。そもそも何も起こらんだろう?」
「そ、そんなの当たり前でしょ!」
「今は、その
そう告げて周囲を見回した後、彼はさらに語る。
「ところが、ルイズが同じことをすると爆発が起きる。ここまではよいか?」
「なるほど。原因はわかりませんが、少なくともミス・ヴァリエールには魔法を使うための〝力〟があるから爆発が起きると言いたいんだね?」
「その通りだコルベール殿。ルイズは魔法が使えないのではなく、正しく発動させられないだけだ。それに、どんな魔法でも爆発という結果に繋がるということは……全ての系統に反応があるということではないか?」
「そ、そういえば! 本来なら一切使えない系統の呪文を唱えた場合、何も起きないはずですぞ! なのに〝爆発〟が起きているのは……」
「その通り。ルイズは決して〝出来損ない〟などではない!」
オスマン氏が顎髭をしごきながら確認する。
「なるほど。その言い方からして、君はその
「うむ、ほぼ間違いないと考えておる」
ルイズの両肩がビクリと揺れた。
「どうやらこの国では過去に例のないことのようだが、幸いと言ってよいものかどうか、わしの出身地にルイズのアレと似た事例がいくつかあってのう」
「そ、それって……」
震える声を抑えきれず、ルイズは尋ねる。そんな彼女を見た太公望は、真剣な表情で続きを語り始めた。
「〝力〟をうまく制御できずに暴走させてしまったとき、行き場を失った〝力〟が暴れ回り、結果〝爆発〟することがある」
「『トライアングル』以上の火メイジが起こせる〝爆発〟とは違うのですね?」
「うむ。炎を伴う場合もあるが、その場合は火の術の制御に失敗していることがほとんどだ。ところがこの〝暴発〟はな、袋の中に限界を越えるまで物を入れ続けた結果、あちこち破れて中身が飛び出してしまうように、こう……パンッと破裂するのだ」
――と、そこまで太公望が述べたところで、いきなり才人が大声を上げる。
「そうだよ! ルイズの〝爆発〟ってさ、燃えてないじゃん!!」
「えっ?」
一斉に才人に振り返る一同。
「なんかおかしいって思ってたんだ。やっとわかった。教室で爆発させたとき、色々吹っ飛ばされたり、煤で真っ黒になってただろ? けど、ルイズもあの赤土先生も火傷してなかったし、火事だって起きなかった!」
ルイズをはじめとしたメイジたちが、あっと声を上げた。言われてみればその通り、これまで何度も彼女は失敗してきたが、せいぜい爆風で机が吹き飛んだり、周囲が煤けたりする程度だった。
過去の記憶を思い返しながらコルベールが補足する。
「一度だけ机が焦げたことがありますが、あれは確か1年時のオイルランプに火を灯すという授業の最中でしたな。煤が出ていることから考えるに、ごくごく小さな火花が散っているのではないでしょうか。それが油に引火したのかもしれませんぞ」
「けど、ギーシュと決闘したときだって、ルイズはあんなに土煙があがるほど爆発させてたのに……俺、ちっとも熱くなかった。なあ、これってルイズの〝爆発〟が普通じゃなくて、特別なんだっていう証明にならないか?」
全員が息を飲む。思わぬ場所から援護をもらった太公望が破顔する。
「確かにそれは証明のひとつになる。ルイズよ、おぬしが魔法を失敗していた理由。それは……巨大すぎる〝力〟が、魔法という器に収まりきれずに溢れ出し、破裂してしまっていたからだという可能性が高い。つまり〝力〟のコントロールを覚えれば……」
その言葉を引き継いだのは、コルベールだった。
「彼女は『スクウェア』……いや、それを凌駕する可能性を秘めている、と?」
室内は一瞬の静寂の後……大きな歓声に包まれた。
――ルイズは、泣いていた。だが、今流している涙は、これまで幾度となく溢れさせていたものとは異なり、暖かいものだった。
自分の肩を無遠慮にバンバンと叩きながら「だから言ったろ! お前はゼロなんかじゃないって」と、笑いかけてくる使い魔。無礼だなんて思わない。不思議なことに、この痛みすら心地よく感じていた。
最初は初めて成功した魔法でただの平民を呼び出してしまったと、やり場のない怒りに囚われていた。でも、そんな彼が、実は伝説と呼ばれる使い魔で。しかもその存在そのものが、誰にもわからなかった失敗の、原因判明の為に役立ってくれたのだ。
『メイジの実力を測るには、その使い魔を見よ』
この言葉は真実だったのだ。
太公望の言うとおり、本当にそれが失敗の理由なのかはわからない。だが、ルイズにとって一筋の光明となったのは間違いない。
――タバサは、胸の奥が熱くなるのを感じた。
そう、ルイズと同様……彼女もまたハルケギニアの外にゲートを開き、太公望を召喚しているのだ。つまり、研鑽次第では今よりもずっと強くなれるということを己の使い魔が証明してくれた。そんな彼は。
「まあ、乗りかかった船だ。〝力〟のコントロール方法についてはわしがある程度見てやろう。そのためにはルイズ、あとでおぬしの魔法をよく見せてもらう必要がある。かまわぬか?」
「も、もちろんよ! こっちからお願いするわ」
自分と同様、厳しい顔をして誰も寄せ付けなかった少女を、笑わせていた。
○●○●○●○●
「さて、だいぶ時間がかかってしまったが、今からでもまだ遅くない。舞踏会の支度に戻るがええ。君たちは主役なのじゃから……と、すまんがミスタ・タイコーボーは少し残ってくれ。フーケの件について尋ねたいことがある」
「まだ何かあるんかい。まあよい、手早く頼むぞ」
タバサ、ルイズ、才人、そして先程の講義によって研究熱に文字通り火が付いてしまったコルベールの4人が学院長室を後にすると、オスマン氏と太公望のふたりは椅子に座り向かい合った。
「……で、人払いをしてまで話したいこととはなんだ? まあ、だいたいの想像はついておるが」
対面に座る太公望の言葉にオスマンは舌を巻いた。これは下手に騙して不信を買うより、正確な情報を与えたほうが今後のためだろう。そう判断し、話し始める。
「君のことだ、おそらくわしが黙っていても結論にたどり着いてしまうじゃろう。まったく……〝ミョズニトニルン〟にならなかったのが不思議なくらいじゃわい」
「なんのことだ?」
「〝ガンダールヴ〟と同じ、伝説の使い魔の1柱じゃよ。『神の頭脳』『神の本』とも呼ばれ、〝ガンダールヴ〟を含むその他3体の使い魔と共に『始祖』ブリミルによって使役されていた存在じゃ」
「ルイズは『始祖』が使役した使い魔を呼び出した。つまり、始祖と同様の〝力〟を持ちうる可能性を秘めている……と?」
「その通りじゃ。君の話を聞いて確信した。ほぼ間違いなく、彼女の系統は失われしペンタゴンの一角〝虚無〟じゃろう」
「ふむ、やはりそうか……」
土・水・火・風の4大系統に属さぬ、既に失われて久しい伝説の系統。魔法の授業で名前だけは耳にしたものの、その詳細は未だ謎の存在――。
「失敗の理由もそれで説明がつく。合わない系統に、大きすぎる〝力〟……当然の帰結じゃな。もしも君に刻まれた印が伝説の使い魔のものであったなら、この仮説は崩れておったのだが」
「わしの左足の裏に刻まれとるアレは、それらに該当しないということかのう?」
「うむ。君の〝アンサズ〟は『知恵』を象徴する古代ルーン文字だ。それに、そもそも始祖の使い魔のルーンは現れる場所が決まっておるようだからの。左手、右手、頭……最後のひとつは不明じゃが、さすがに足の裏ということはあるまいて」
「ふむ……」
太公望はテーブルに両肘を突いてぼやく。
「これは、絶対に他言無用の案件だのう。タバサは勿論、本人たちにも言えぬわ」
「話が早くて助かる。もしこんな話が王宮にでも漏れたら大変じゃ。暇を持て余した宮廷雀どもが、戦がしたいと鳴き出しかねんわ」
「わしとて戦乱なんぞご免被りたいわ。しかし、異世界に、そこからやってきた使い魔、そして武器か……そのあたりも含めて、例の件を詰めておいたほうがよさそうだのう」
「うむ。かかるであろう予算は組んである。だが、ほどほどに頼むぞ?」
「やはりおぬしは狸ジジイよのう」
「君にそう評価してもらえるのは光栄だ、と返しておこうかの。ホッホッホ」
――お互いを認め合った曲者達は、その後舞踏会が始まる直前になるまで、夜空に浮かぶ赤い月も真っ青になるような談話を続けた――。
当方のオスマン氏は原作よりも50%増し(当社比)で黒いです。