ジータちゃんが闇堕ちしたら……   作:もうまめだ

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お久しぶりです、長く時間を空けてしまいました。


何度ももうすぐ終わる詐欺をしてきましたが、本当にもう終わります。

次かその次の話で。………

エイプリルフールじゃないよ?


というわけでどうぞ


告白

 空と雲の境界に沈みゆく太陽が視界を橙色に染め上げる頃、搭乗席に座っている俺の目には、おぼろげながらも目的の島の輪郭が映り始めていた。シェロの言っていた通り余裕を持って小型艇は俺たちを島まで導いてくれたが、さすがに狭い空間で疲れたのかルリアは頭を俺の肩に傾けたまま静かに寝息を立てている。俺の頭に乗っかっているビィも羽根を伸ばせずに居心地が悪いのかさっきからせわしない。

 

「んっ?、あれじゃねぇのか?」

 

「そうみたいだね」

 

 

 そんな短い会話の内にも、その島の外観ははっきりとしてきて。とても懐かしく感じるのは、故郷のザンクティンゼルと似ているからだろうか。といっても旅に出始める前に島の外観を見たことは数度しかなく、というか見た目は全く似ていない。それなのに最初に見たときに、俺もジータも懐かしく感じたのはなぜなんだろうか。一度も……来ていなかったはずなのに。

 

 

 すぐ目の前まで島は迫ってきていたので、シェロに言われた通り自動航行から手動に切り替えて着陸の準備をし始める。山々によって光が遮られているところでは、すでに街灯の明かりがつき始めていて、粒のように小さい人々が歩いているのが見える。その様子が最初に訪れたときに感じた灰色とは全く異なっていて、俺の心は温まっていく。薄く記憶に残っている港の位置を目の前の島に当てはめて探してみると、すぐに何隻かの騎空艇が見つかり、そこへと艇を傾ける。空いている場所を見つけそこに停めるときに、港の入り口に誰かが立っているのが見えた。

 

 

「んっ……、あれっ、グラン、着いたんですか? 私、眠っちゃってて」

 

「うん、着いたよ。ほら、行くよ?」

 

「ちょっと待ってくださいよ~」

 

 

 

ーーー

 

 

 艇を降りるとさっき見た人影はすぐそこに立っていた。その姿に一瞬言葉を躊躇っていると、向こうから話しかけてきた。

 

「グランさん、ルリアさん、ビィさん、こんばんは。そして本当にありがとうございました」

 

「こんばんは、アネバルテ。それにいいんですよ? この人はこう見えてすごくお人好しで、困っている人を放っておけないので。それに私たちもうれしいですしね」

 

「そうだぜぇ! 頭下げることはねぇって!」

 

 深々と頭を下げるアネバルテにルリアとビィが声をかけるが、それでも頭を下げ続けるアネバルテに俺も声をかける。

 

「そうだよアネバルテ。頭を下げる必要なんてないって。それよりさ、ほら、街が今どうなっているか見せてよ。お祭りの前だしみんな明るくなってるんでしょ? 俺もそういうのを見て依頼が成功したことを実感したいんだ」

 

 

 顔を上げたアネバルテは泣くのをこらえた顔をして何度か感謝の言葉を繰り返し、すぐに笑顔に戻って俺たちを案内するかのように手を上げる。

 

「はい、そうですね。僭越ながら私が街を案内させていただきます。夕食ができる頃に長老が鐘を鳴らして知らせてくれることになっているので、一旦はそれまでですが、行きましょうか」

 

「まるで俺たちが来ることを知っていたかのようだね。艇を停めようとしたときももう港にいたし」

 

「それについては案内をしながら話しますね」

 

 笑顔のまま背を向けたアネバルテは街灯が明るい街の方へと足を進めていく。その姿は俺たちがこの島を離れたときと同じ、ジータの姿で、それが俺をざわつかせる。

 

 

 

アネバルテに案内されて通る商店街は、以前来たときとは比べられないほどの活気があり、人通りも多くにぎやかだった。その様子に口を開けて歓声を上げているルリアとビィに、アネバルテは優しく微笑み、まだまだこんなもんじゃないと先を促すのだった。通りを少し歩いていくと、まだ記憶に新しい芳しい小麦の香りが漂ってきて、いち早くそれに感づいたルリアが俺の顔を覗き込む。

 

「グラン……」

 

「分かってるって。ほら、これで買ってきてもらっていい?、俺の分も」

 

「はい! 行きましょう、ビィさん!」

 

 

 財布をもらってあのパン屋に駆けていく少女の背中を見送りながら、俺は島の再興をかみしめていた。依頼をこなして依頼人に感謝されるのもうれしいが、それよりも自分の行動により世界が良くなるのを身に染みて感じることができるのが、騎空士の醍醐味ともいえるだろう。俺はエルステでのいざこざ、ジータのことを忘れ、つかの間の休息を得ようとしていた。この島にいるときだけでも、そう思う俺の耳にアネバルテの声が飛び込んでくる。

 

「グランさん、あの、ジータさんはもう、お元気なのですか?」

 

「ジータ……まぁ、元気かな……。この島を離れたあとちゃんと意識も戻ったし……ね」

 

「今日は来られていないようですけど」

 

「それは……、今の依頼先でちょっとしたいざこざがあってね。全部終わったら、またみんなで来るよ」

 

 それが叶わない未来だと知りながら、心苦しくも俺はこの世界では叶うことのない希望を口にする。ジータを救う、それはすなわちアーカーシャを使って歴史改変をすることであり、この歴史上、世界線上ではこの島に来ることはないだろう。そして失敗したら……ジータはこの世界からいなくなる。

 

 歯切れの悪い俺の言葉に、空気を読んだのかアネバルテはそれ以上何も言わなかったが、ジータそのものの瞳が俺の目を貫いて、心の底まで見通されるかのようだった。落ち着かない俺はその視線から目を離したくなるが、なぜかそうはできず、明るい声と共に戻ってきたルリアたちに救われる。ルリアが袋を持ち、なぜかビィはその手にリンゴを抱えて戻ってきた。

 

「グラン!、買ってきましたよ~」

 

「あ……あぁ、早かったね」

 

「即決だったもんな!」

 

「ビィさんがあのアップルパイ食べたいってうるさかったからですよ? はい、グラン。あと、はい、アネバルテ!」

 

「私の分も?」

 

「もちろんですよ! みんなで食べたほうがおいしいじゃないですか!」

 

「ありがとう……ございます」

 

「お店の人、どうだった? 元気になってた?」

 

「はい! 顔を覚えてくれていたみたいで、すぐに私たちに気づいてくれたんですよ? すごく明るく私たちに話しかけてくれて……ビィさんなんかサービスでリンゴもらってましたし」

 

「それでリンゴか」

 

「だけどよお、生のリンゴとアップルパイ、どっちを先に食べるか迷っちまってよぉ……」

 

 そんな風に談笑しながらアップルパイを食べていると、ふと疑問を浮かべたようにルリアがアネバルテに質問をする。それは俺がここに来た当初から聞きたかった質問であり、俺は静かに耳をすます。

 

「そういえばここに来てからずっと思っていたんですが、アネバルテはどうしてジータの姿のままなんですか?」

 

「はい、それについては私も言わなくてはいけないことなので……」

 

 

ーー

 

 そうですね、何から話しましょう……。気の遠くなるような昔、私は星の民によってこの世に生を受けました。星の民にとっては私たちは機械のようなものなので、何かしらの役割を持って生まれてきます。私のそれは今も昔も変わらず、人の心を支えるというものでした。最初に私が支えたのは私の創造者。けれども彼は私自身よりも、私の役割を重要視したのでしょう。私は心は持っていましたが、姿を持たないままこの世に生まれました。彼は応急策として、私の姿を彼自身の姿にし、私は最初の役目を果たしました。

 

 その後私は彼に命じられてこの空域に降り立ち、今は再興の島と呼ばれているこの島を住みかとしました。無人だったこの島も長い年月とともに人が住み始め、私は自身の役割を果たすべく、人選し、心を支えてきました。そして、私にとってはつい最近のことですが、この島は再興の島と呼ばれるようになり、空域中から関心を向けられるようになりました。

 

 けれども人は増えど、私は孤独でした。心を支える人と話すのは一番最初だけで、それ以降は私の分身のようなものがその人を助け続けます。私自身はその最初の時だけこの世界に見える姿で顕現し、それ以外は漂う風のように実体なく存在しています。それは私の創造主が私に話してくれた、人間の傲慢さと嫉妬によるものです。私は比較的おしゃべりが好きなので、人間たちと話すことは楽しいのですが、私が力を持っている以上それは枷となります。私の役目は真に自らを再興したいものを助けること。けれど私が特定の人と話してしまうと、その人の傲慢さ、そして他の人の嫉妬が彼らの心を蝕みます。私の創造主はそれを危険視し、拘束力はありませんがそのことを私に注意しました。

 

 私は創造主の言葉を守りました。誰かと話して何か致命的な問題が起こるのであれば、その根本的な原因、つまり私が誰とも話さなければいい。それがつい先日まで、もう何年も何年も続いてきたのです。

 

 今回の連続した事件、一か月前に起こった事件と数日前の事件は私が誰とも話さず、私の中に灰色の感情をため続けてしまったことにあります。だから、あなたがたが島を離れた後、私は長老と相談し、今までの方針を変えることにしました。また私が一人のままでいたら、問題が起こる可能性がある。それよりも、人間の力を信じようと。傲慢や嫉妬という感情は誰しもが持っているものですが、それを抑え、本来の目的を成就するという強い意志を持っているということを。そこで私は、常にこの島に見える姿で存在し、いつでもこの島の皆さんと話せるようにしておこうと思ったのですが……

 

 

ーー

 

 

「……そこで、問題が起きたんです」

 

「問題?」

 

「はい。皆さんに見せる姿がなくて……」

 

 少し顔を赤らめ、恥ずかしそうにアネバルテは口にする。

 

「先ほども申しましたが、私の創造主は私の姿を作りませんでした。誰かの前に現れるときはその人自身の姿になる、それを今までずっと続けてきていたのでこんな状況は初めだったので。今まで通り話す相手の姿になればいいと長老には話したのですが、それでは島民が私を私と認識づらくなるとおっしゃって。その時に長老に言われたのです、その姿でいいじゃないかって」

 

「その姿っていうのは、今の、ジータの姿?」

 

「はい。私自身、特定の誰かの姿のまま丸一日を過ごすことが初めてだったのですが、その時にはこの姿が私にはぴったりの者のように思えてきていました。長老も島の救世主なんだから、それを称える上でもいいんじゃないかって」

 

「それじゃあ、それ以来今の姿のままってこと?」

 

 俺はタワーで会った囚われていたアネバルテの欠片を思い出す。あのアネバルテもジータの姿をしていたけれど、それは本体がジータの姿だったからだろうか。ということはルリアの言っていた、星晶獣は力を分割されても本体と何か、どこかでつながっているというのは本当なのかもしれない。

 

「もちろんみなさんが迷惑なのであれば、すぐに姿を変えます。まだジータさん本人にも許可をもらっていませんし……」

 

「それぐらいなら別に許可なんていらないよ? ジータも、悪い顔はしないと思う」

 

「そうですか……良かった」

 

 アップルパイを食べ、歩きながらアネバルテの話を聞いていた俺たちは気づいたら見覚えのある、中央に噴水の坐した広場に来ていた。広場の何人かがアネバルテを見、挨拶をしていく。その中の一人が深々とこちらに頭を下げていて、それが顔の知っているエルーンの女性なことに気づく。

 

「あの人は……」

 

「彼女はあれから毎日ここにきて自身の罪を悔いています。私はもう大丈夫だからと、彼女のことを許しているのですが、彼女の気がそれではすまないようで。あのように私に会うたびに、頭を下げていくのです。本当につらいのは……そうですね……私も」

 

 何か思いつめたような顔をして、アネバルテは歩みをとめその場に立ち尽くす。言葉を逡巡するかのように言い淀んだ彼女は噴水を見、口を開き、そして閉じる。静寂の中で水の音だけが耳に響き渡り、そしてそれを貫くかのように聞き知った声が届く。

 

「私は人の心を見ることができます。といってもすべては分かりません、人間の感覚で言えば……心の色が分かるという感じです。私はそれによって、偽りの意志なのか真の意志なのかを見極め、人を選んでいます。……先ほど私は質問しましたね、ジータさんのことを。口ごもるあなたを見て、してはならないことだと分かっていたのですが、心を覗きました。あなたは嘘は、ついていなかった。そこには優しさと苦悩しか見えなかった、私が傷つかないよう、けれど嘘はつかないよう、どう答えればいいのかと。いえ、それだけじゃないですね……」

 

 俺はなんて答えばいいかわからず、無言のまま次の言葉を待っていた。静かな水音の中、アネバルテは苦しい表情のまま絞り出すように口を開いた。

 

「あれから何度かジータさんの心を覗きに行きました。遠く離れていても、最初に会った時のその心の純真な音はすぐに見分けがつくと思っていたんです。けれど……彼女は変わってしまっていた。グランさんやルリアさんの心の音色を頼りにやっとのことでジータさんを見つけ出したとき、彼女は、彼女の心は私の知っているものとは違っていた。黒くて、怒りや憎しみに満たされていて、私はそれが本当にジータさんのものなのか疑いました。けれど何度確かめても、時間が経っても変わらなかった。そして今ではどこかに消えたのか、接触することもできない。……グランさん、ジータさんは今……どうしいるのですか?」

 

「……」

 

 俺は数瞬戸惑い、けれどちゃんと答えようと口を開く。けれど俺の声はアネバルテの声と重なり、かき消される。

 

「いえ、いいんです。私には、そんなことを聞く資格なんて……、違う、私こそ謝らなくちゃいけないことがあるんです。保身のために、隠していた、あの日の事実を。私はただ、もう苦しみたくなくて、傷つきたくなくて……」

 

 二つの瞳から涙が零れ落ち、アネバルテは崩れるようにその場に跪く。首を垂れたその姿は堕落した神のようにも見えた。

 

「本当は私、見ていたんです。気づいていたんです。あの日、この場所で何が起こったのかも、ジータさんが何を宣誓したのかも、そしてその意味と、ジータさんがこれから背負ってくのもその重みも全部。それなのに、私は自分が可愛くて、また何かされてしまう、苦しめられてしまうってそれだけで、黙っていて……」

 

 だんだんと細くなっていく告白は涙声にかき消されて。懺悔する星晶獣を前にして、夜は更けていく。

 

 

ーーー

 

アネバルテの口から発せられた言葉はある意味では俺を裏切らず、ある意味では俺を裏切った。ジータがガロンゾの星晶獣との間に結んだ誓約は俺が予想していたものとほとんど同じだったが、ジータがその言葉に込めた思いの強さは俺の想像を超えていた。再興の島をもう一度訪れれば何かつかめるかもしれない。アガスティアを出発した俺の心の片隅にはそんな思いがあったが、俺に与えられたのは解決策は一つしかないことを示す事実そのものだった。

 

 

 翌日の夕方、俺たちは長老に見送られて港を出ようとしていた。お祭りムードの再興の島は日が沈んだ後もその賑やかさは衰えず、街の中心からは陽気な太鼓の音に乗せられた歓声が時折聞こえてくる。それに背を向け、小型騎空艇に身を入れようとする俺の横には、アネバルテが立っている。

 

 アネバルテの告白の後、彼女は俺たちに同行することを希望した。行って、直接謝りたいと。俺はそれを断ろうとした。暴走状態ともいえる今のジータに何を言おうと何も返ってこないだろうし、それ以上にみんなの安全のためにこれ以上誰かをジータの近くに近づけたくなかった。

 

 でも俺は断れなかった。直接行って、ジータの目の前に立って謝る。そんな単純な行動を、アネバルテが切望していることが痛いほどわかったからだ。俺は了承し、島を出発する時間を告げた。

 

 

「長老、行ってきますね」

 

「あぁ、ジータさんによろしく頼むぞ」

 

「はい。それじゃあルリアさん、お願いします」

 

「はい!」

 

 狭い艇の中にこれ以上誰かが入るのは無理なため、アガスティアまでも道のりはルリアの中に入ってもらうことにしていた。ルリアが星晶の力を発現させ、一瞬の蒼光とともにアネバルテの姿は消失する。

 

「それじゃあ行ってきますね」

 

 一言長老に言い、頭を下げて乗り込む。ルリアとビィが続けて乗り込み、俺たちは長老に見送られながら最後の目的地へと艇を飛ばす。

 

  




ありがとうございました。


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