ジータちゃんが闇堕ちしたら……   作:もうまめだ

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もう少しだけ続くらしいのです





声は届かず

ーーー

 

「おい、どうやらこの建物は魔法に対する耐性は万全だが、錬金術に関しては素人並みてぇだぞ?」

 

「へぇ~、でもそれでどうするんだ?」

 

「お前の見立てだと、オレ様達がいる真上なんだろ? だからこうやるのさ」

 

 

 少女が天井に向かって手を伸ばす。その先から数本の小さな光が糸のように漂いながら昇っていき、天井へと付着すると仄かに部屋全体が明るくなる。そのまま十数秒間、少女は上を向いたまま動かない。身長差だけ見れば父のような風貌の剣士は、隣に立っている少女の行動を訝し気に見ながらも静かに待っている。

 

 

「一瞬だからな、仲間を見極めて助けるぞ」

 

 

 準備ができたのか少女は口を開き、そばにいる剣士を見、にやりと笑う。

 

 

 

 

 不意に地面が消えた。

 

 黒騎士がその手に持つ黒剣を振りおろすために足で踏みしめている地面が、オイゲンとラカムが星晶獣のブレスを避けるために右に左に動いていた地面が、フリーシアが魔晶で纏う、蜘蛛のような外骨格の6本の脚を支えている地面が消えた。その部屋にいた全員が、存在に疑問さえ感じていなかった支えを失い重力に伴って下に落下する。

 

 

「うわっ、なんだこれ! どうなってんだ?」

 

 

 落下とともに体勢が崩れたラカムが驚きの声を発する。自分と同じ速度で落下していく人や物、星晶獣の背後で壁が下から上へ流れていく。下に目を向けると二人の人影が上を見上げているのが見える。それが誰なのかを理解したラカムはため息をつきつつ、加速していくその速度が急に収まっていくのに、ほっと溜息をつく。すぐに目に見えない何かで身体全身が包まれ、体勢も元に戻り無事に新たな地面に足を着けた。横を見るとオイゲンと黒騎士も無事に立っている。

 

「オルキス!」

 

 落下している最中に拘束から逃れたのかオルキスもすぐそばに立っていた。それを見た黒騎士がオルキスの元へ駆け寄る。

 

 

「大丈夫か、オルキス?」

 

「うん……大丈夫」

 

「オルキスちゃんも無事に戻ったが……カリオストロ、これは一体どういうことだ?」

 

 

 オイゲンが痛みに苦悶の表情を浮かべるフリーシアを見つつ、カリオストロに問いかける。フリーシアは無事に着地できなかったのか背面から地面に激突していた。外骨格自身の重さのせいなのか、衝撃に耐えきれず蜘蛛のような機械にはひびが入り、ダメージが直接フリーシアに伝わったようだった。先ほどまで部屋を囲っていた星晶獣たちは拘束力が弱まったのか、幻のように宙を漂っている。

 

「カリオストロぉ、階段でこのおっきな建物を上るの疲れちゃったの。だから上にあるものを下に引きずり降ろしちゃえばいいって思ったんだっ。カリオストロは天才錬金術師だからぁ、こんなこともできるんだよ!」

 

「あぁ~、そうか。まぁ結果的にうまい具合に事が運んだから良かったが、もうするなよ」

 

「あぁ、もうしねぇ。仲間だけ選んで助けるってのは随分面倒な作業だったからな。今度は堂々と扉をぶっ壊す。だが、あぁ~こっちは外れだったか。おい、グランの居場所はどこかわかるか? そこにあいつはいるはずなんだ」

 

「いや俺たちは知らねぇ。傭兵君二人が先にリアクターを止めに行ったが。多分グランもいるはずだ、そして……ジータも」

 

「ん?、知ってたのか、なら早い。オレ様達はちょっとジータに貸しがあってな、なぁシエテ」

 

「リアクターを止めるのが先決だけどね?、でも、うん、貸しがあるね」

 

「お前ら、リアクターの場所の心当たりとかねぇのか?、少し急いでるんだ」

 

「それなら、オルキスが分かる」

 

 三人の会話を聞いていた黒騎士が口をはさむ。シエテがその顔を見え少しの驚きを浮かべ、もとから顔見知りだったのか話しかける。

 

「これは珍しいね。七曜の騎士様にこんなところで会えるとはね~」

 

「私もこんなところで空を統べる騎空団の団長に会えるとは思っていなかった。だが今はそんなことはいい、オルキス、リアクターはどこだ?」

 

「さっきよりも……弱い気配だけど、あっちの方向にいる」

 

 オルキスが斜め上を指さす。カリオストロも大体の方向が分かったのか、にやりと笑い踵を返す。

 

「もうこの場は大丈夫だよな?、まさか魔晶の力を奪われて、さらに負傷してる一人に負けるなんてことはないよな、黒騎士殿」

 

「もちろんだ、こちらの心配はするな」

 

「じゃあオレ様は、ジータを一発ぶん殴りに行ってくる」

 

 

ーーー

 

 

「というわけだ。だから黒騎士たちの方は無事だし、フリーシアに関してももう問題はないと思うよ」

 

 シエテは自らのマントを地面に敷き、その上にクラリスとルリアを寝かせている。ルリアは気絶しているだけで、けがはないみたいだった。

 

「ビィ君は大丈夫そうなのか?」

 

「うん。思いっきり壁に叩き付けられたんだけど、なんでか怪我がないみたいなんだ」

 

 俺はカリオストロに治療してもらった腕でビィを優しく抱きかかえている。ジータを拘束した後、カリオストロはリアクターの停止を確認し、俺とクラリスの傷を治療したのだった。カリオストロの掌から放たれた滑らかな魔法が身体全身包み込んで傷跡すべてを消したのだが、彼女曰く、治療ではなく錬金術なので多用はできないらしい。クラリスは傷の治療を受けた後に一言礼を言うと、緊張の糸が途切れたように眠ってしまった。

 

 地面に転がるようにして倒れているジータをちらりと視界に捉えながら二人に問いかける。身体全身が動かないように錬金術を刻まれたのか表情はぴくりとも動かないが、その瞳の奥には憎しみの炎が燃え上がっているようで、俺には直視できなかった。さっきまでの緊迫感はすでになく、部屋は静けさで満たされている。

 

「カタリナたちは? 帝国兵をみんなに任せてきたんだけど」

 

「オレ様達が来た時にはほとんど勝負がついていたな。だが全員でここに来ると厄介だから、黒騎士たちと合流するように言っておいた。的が増えると守りづらくなるからな……。さて、お前の質問コーナーは終わりで、次はオレ様が質問者だ。まず、リアクターはお前が止めたのか?」

 

「俺じゃないよ。ジータが、壊したらしい」

 

「こいつがか?」

 

 そばに倒れているジータ一瞥し、カリオストロは続ける。

 

「なんの気の迷いなんだか、おかげでこれで全てに決着がついたわけだが。それじゃあ次だ、こいつは一体何なんだ?」

 

 

 カリオストロがジータを指さし、問いかける。俺は二人に再興の島でのこと、そしてそこでジータがミスラに誓約した内容を推測を交えて話した。団員全員に話したときは俺も頭が混乱していて、詳しい状況は話していなかったせいで、二人にとって初耳の話ばかりだっただろう。けれど、こんな状況もいまのジータも、もうすぐアーカーシャを使ってすべて元通りに解決できると思うと心が軽い。

 

「星晶獣との契約か……、こいつも随分と厄介なものに手を出したな。だがなんでジータはミスラに誓約する必要があったんだ?」

 

「いや、それについては詳しくは分からないんだ」

 

「そうか。星晶獣との契約となると、断ち切るには自身が死ぬか、契約した星晶獣が死ぬかだな。なんならいっそ、星晶獣をやっちまえば良かったのにな、なぁ星晶獣殺しの息子さん?」

 

「手厳しいな……」

 

「冗談だ。それでその両方の手段はとらずに、アーカーシャの力を使って契約を破棄しようって魂胆か。聞いたところそのアネバルテっていう星晶獣はアーカーシャよりは強くはないから問題はないだろうが……。一個人の目的のためにアーカーシャを利用するのは、どうなんだ、シエテ?」

 

「あんまり褒められたものじゃないかもね」

 

「で、でも……」

 

「オレ様もシエテとは同意見だ。目的は違うとはいえ、やっていることはフリーシアとそう変わらない。アーカーシャの能力は星の民にも恐れられた、歴史を改変する能力。使い方一つでこの世界を終わらせることも可能だ。もちろんグランにその気がないことは分かっているが、小さな歴史改変の一つでも、その影響は離れたところで大きな変化になりうるんだ。バタフライエフェクトって、ずっと昔の研究仲間が言っていたな。お前はそのすべてに責任が持てんのか?」

 

「俺はジータを取り戻すだけだって! そんなことで悪い方向に進むことなんてないだろ?」

 

 予想外のまさかの反論で俺の言葉にも熱がこもる。

 

「リアクターを止めたのは誰だ? どうして都合よくタワーの扉が開いていた?」

 

「それは……」

 

「すべてジータが帝国側についていたからだ。フリーシアはそれで油断して門を開けた、ジータは暇つぶしでリアクターを破壊した。偶然の産物といってもいい。ジータを取り戻したときに、お前はもう一度帝国を止める歴史を繰り返すことができるのか?」

 

「……」

 

 カリオストロの正論に俺は言葉を返すことができない。敵はファータ・グランデ空域を牛耳る一大帝国、こっちは小粒ぞろいとはいえせいぜい百人単位の一騎空団。今日の勝利をもう一度つかみ取るのは難しいのかもしれない。

 

「アーカーシャの能力でジータは取り戻せるが、時間を巻き戻すわけじゃないんだろ? あっちの世界でフリーシアが勝っていたら歴史を改変したとたんにオレ様たちは勝利から敗北へひっくり返るわけだ。だったら、ジータ一人の犠牲で世界を救った方がみんな幸せなんじゃないか、幸いこいつも死にたがっているみたいだしな」

 

 あごでジータをさすカリオストロに、シエテが苦笑交じりに口を出す。

 

「カリオストロ、もうグランをいじめるのはやめてやれよ。本心は違うんだろ?」

 

「ふっ、うるせぇな。まぁあれだグラン、オレ様達は都合のいいことに今はお前の団の団員だ。団員は団長の命令には従わなくちゃいけないからな。ほら、さっさとこの世界からおさらばして、お前の姉を取り戻しに行くぞ」

 

「……いいの?」

 

「当たり前だ。それともなんだ?、お前は天才錬金術師がこんなへっぽこ帝国に負けるとでも思ってるのか? そいつは心外だが」

 

「いや!、そんなことはないけど」

 

「ならいいだろう。さてどうする、今のそこのジータに挨拶していくか?」

 

「うん、ちょっと聞きたいことがある」

 

 

 カリオストロがジータの身体に刻まれた魔法陣に触れ、何かを書き足すように指を動かしていく。それに呼応するように古代文字が一瞬輝く。

 

「ほらできたぞ。これでこいつもしゃべれるはずだ」

 

 

「ねぇ、ジータ……」

 

 

 この世界を変える前に聞いておきたかった。歴史が変わっても昔のジータは昔のジータのままなんだから、もしジータが本当にそうなのなら、俺には……。だが俺の言葉はジータによって遮られた。

 

 

「カリオストロ、どうやったの?」

 

「ん、どのことだ? お前をそうやって拘束していることか、それともお前の魔法に当たっても無事だったことか?」

 

「全部。まぁ今ので頭が冴えてなんとなくは分かったけどね」

 

「それで合ってると思うがな。街での戦闘でお前が言っていたことをそのまま使っただけだ。オレ様の錬金術が致命的にクラリスの錬金術に弱いことは分かった。だがお前の錬金術の師はオレ様なんだ。だとしたら、日ごろお前が使っている錬金術がオレ様の使っている錬金術と同じなのは予測がつくだろう? だったら、それに策を講じて代わりにオレ様がクラリスのを使えばいい」

 

「だと思った。シエテが剣で魔法を弾けたのは、先に剣に纏わせてたからかな」

 

「あぁ。シエテを守るためだったがあれは危険だった。いつものジータだったらすぐに違和感に気づいただろうからな」

 

「うん、油断しすぎたね。それで今私を縛っているこれは?」

 

 ジータが視線を下に向け、自身に刻まれた魔法陣に目を動かす。

 

「これか。これはオレ様がくそ長い間縛られていた魔法陣だ。お前とグランが解いてくれたやつでもあるな。その古代文字を見ることぐらいしかできなかったから、じっくりと考察できたわけだ。今じゃ自由に使える拘束術だよ」

 

「そっか。あとさ、アーカーシャで歴史改変をしたらこの世界はどうなるの? なくなるのかな?」

 

「それについては知らないな。歴史改変しても、誰かがしたとしてもそれをオレ様たちが観測することはできない。だからこの世界が消えるのか、それとも残るのかは誰も分からない」

 

「残るって、どういうこと?」

 

 カリオストロの口から聞き覚えのない事実が飛び出し、俺は口をはさむ。

 

「ん?、そんなのも知らなかったのか。まぁ、いろんな学者が提唱している説のいくつかだ。歴史改変をしたときに、この世界がそのまま過去に遡って変化した歴史を繰り返すっていう考えだとか、この世界はもともと並行世界で別の世界線にスライドするだとか、いろいろあってな。歴史改変する前の世界は残るのか、消えるのか、それさえも分かっていない」

 

「ありがとう、カリオストロ。いい時間稼ぎになったよ。私がしゃべれるようにするために体内の拘束を解いたのは間違いだったけどね」

 

 不意に、ジータを中心として魔法陣が形成される。無数の古代文字を空中に踊らせながら、ゆっくりと広がっていくそれにカリオストロは目を走らせていく。そして何かを察したのかジータの服を、そこに自身で刻んだ魔法陣を見る。

 

「お前、自分の血で……、おいグラン、早くここを離れるぞ!」

 

「え、うん、でもこれは何? なんでジータから?」

 

「話はあとだ。シエテ、お前もだ! そこに転がっている奴らも連れてこい! 部屋を出るぞ!」

 

 カリオストロの声から察したのか、すぐにシエテはクラリスとルリアの二人を抱きかかえる。俺もビィを持ったまま扉へと急ぐ。魔法陣はなおもゆっくりと広がっていき、氷が割れるような音を時折発している。扉へ向かう目の端に、床に横たわったまま動かないジータが映り、数瞬俺は立ち止まる。

 

「カリオストロ、ジータは?」

 

「なに言ってるんだ、無理に決まってるだろ!」

 

 俺とシエテが部屋を出たのを確認し、カリオストロが扉を閉める。その直前に、魔法陣の中心がひび割れ、そこにできた漆黒の隙間にシエテのマントが吸い込まれるのが見えた。

 

「なに……あれ」

 

「ちょっとそこをどいてろ!」

 

 カリオストロが扉の前に手をつく。同時に目の前の扉、そして壁に焼け焦げた縄の痕のようなものが何重にも巻かれていく。部屋の中では暴風でも流れているのか轟音が聞こえ、扉が耳障りな音を立てて振動する。

 

 カリオストロはさらにいくつか手を加え、目の前の壁に拘束を施していく。その様をただ俺は見ていることしかできなかった。

 

 




某アニメの影響が少し出ていますね。

というわけでありがとうございました。本話で終わらせても良かったのですか、なぜかもう少し続くようなのです。なので、もしよければもう少しだけお付き合い下さい。


展開もラストも考えてあるのですが、いざ書くとなると言葉が見当たらない、語彙力……


次回もまたよろしくお願いします。

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