異世界料理店越後屋   作:越後屋大輔

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話を考えるペースが我ながら遅い(T・T)
紫苑01様へ、以前感想に怪盗話をいただいたのを参考にしてみました。結果はコソ泥になりましたがm(._.)m


第92話泥棒とアップルパイ

 この世界における奴隷制度の歴史は1000年程前に遡る、文献等によると最初は負債を負った者がその埋め合わせとして自らを債権者側に売り込んだのが始まりでやがて犯罪者に対する刑罰となり、更に時代が移るにつれ近代のような形式に変化していったと記されている。この辺りはかつての地球の奴隷制度とあまり変わらない、そして現在はこのエクレア大陸の各国の王や元首が奴隷制度そのものを廃止して新たに『隷属禁止法』を施行して違反した者には厳罰が下される。

 

 そんな中、未だ秘密裏に奴隷を囲っていた宮廷料理長のジョルジオは越後屋に潜り込ませるスパイとしてこの奴隷に目をつけた。

 「ファス、お前エチゴヤに忍び込んでレシピを盗んでこい。失敗したら…分かっているな」

 ジョルジオの元で長い間奴となっている狐獣人のファスは制度廃止前に幼い双子のメイベルとライトの姉弟を出産した、相手は同じ狐獣人の奴隷だったが子供の誕生を待たずに病死した。それからはジョルジオから僅かな施し、親子三人で一欠片のパンと手のひら程度のクズ野菜でどうにか命を繋いでいる。

 「はい、ご主人様」ジョルジオの企みが悪事であるのは充分承知している、しかしもし断れば僅かな施しも貰えないどころかまだ歩くのもままならない子供達を売り飛ばされるかもしれないし殺される可能性もある、本心では卑怯者と罵ってやりたいが彼女にはこの男に逆らう術も逃げ延びる自信もなかった。

 

 いつもの営業が終わり越後屋には大輔とパックスの2人だけになった。明日の仕込みを済ませて休む、新月の晩で星の光しか見えないこの夜に店の回りをうろつく一つの影があった。

 「何よここ、裏口がないじゃない!」仕方なく表口から入ろうとするが

 「何これ?」表口にもドアはなくデコボコの連なった板で覆われていて鍵穴もない、これでは鍵穴をこじ開ける為に用意した針金も役に立たない。しばらくその場にへたりこむファス、ふと見上げると店に明かりが灯った。

 

 「なるほどねぇ」外からガサゴソと聞こえる物音に目を覚ました大輔はシャッターと入り口の戸を開けるとそこに絶望して座り込む女性を発見、とりあえず店内に入れて事情を聞くと軽く息を一つ吐いた。

 

 ファスはレシピを盗みにきたものの自力で中にも入れず挙げ句の果てには店の主人に見つかり尋問を受けている。こうなれば全て正直に話して衛兵に引き渡してもらおう、自分だけでなくジョルジオも逮捕されるだろうがまだその方が子供達だけでも助かる可能性はある。

 「これ、持って帰って下さい」大輔は紙の束を手渡す、字が読めないファスにもこれが料理のレシピなのは分かる。

 「いいんですか?」

 「ええ、別に門外不出って訳でもありませんし」泥棒は関心しないが悪いのは宮廷料理長だしこれで一家が助かるなら安いモノだ。

 「ありがとうございます、ありがとうございます」涙ながらに何度も礼を述べ頭を下げて感謝するファスに大輔は

 「早く帰らないと衛兵さんが見回りに来ます、今夜あった事は僕の胸の内に納めておきますから」一刻も早く戻るように促す大輔。

 「このご恩は決して忘れません」そういい残し家路を急ぐファスだった。

 

 しばらくして先代国王アルバートと王女様付きメイドのケイティが定休日の越後屋にやってきた。事前に連絡済みなので入り口は開放されていた、今日も身分を隠した上での訪問である。

 「しばらくじゃったな、マスター」

 「ご無沙汰しております」

 「ご隠居さんお久し振りです。そちらは以前のお連れ様ですよね、本日はどんなご用件ですか?」

 「実は宮廷料理長が隷属禁止法違反で逮捕されて後任をこのケイティが勤める事になったんじゃ」捕まったのがその夫とは流石に言えない。

 「そこで是非お料理の指導を頂けますでしょうか?」大輔はこの頼みに若干の疑問があったが

 (僕に宮廷料理の知識はないんだけど。物珍しいのは確かだし…まあいいか)引き受ける事にした。その後ろにはファスと2人の子供達が控えている、彼女は今後ケイティの助手として働くそうだ。

 厨房でケイティとファスに自らのレシピを伝授しつつメイベルとライトへ試作のスイーツをオヤツにだしてあげる事にした大輔、作りおきしてあるモノなので手間は殆どかからない。

 「はい、スターキーパイだよ。お母さんの用が済むまで食べながら待っててね」先代の越後屋主人の今は亡き熊実(ゆうみ)が得意としていたスイーツの一つだ、生まれて初めての甘味を口にした子供達はすぐに夢中になる。ファスは世話になりっぱなしの大輔に恐縮しまくりだがこのくらいのサービスは彼を始め日本の個人経営の店にとっては別に珍しくない、その日のレクチャーを終えると大輔は大人3名にも同じモノを振る舞う。

 (このお菓子は姫様方もきっとお気に召すわね、次の機会には作り方を教えてもらいましょう)

 「マスターの作る菓子はあまり甘さがしつこくなくて食べやすいの、ワシゃ普段甘いモンは好まんがここのは別格じゃ」

 

 「アラ、甘い良い香りがするわね」

 「おかちー」

 「チル、勝手に入るな」

 「菓子だと?マスター、俺にも食わせてくれ。金は払うぞ」王立衛兵小隊長リタ、炭焼き義親子リッキーとチル、街の冒険者ギルド長ゴドノフが店内に顔を出す、1ホールあったアップルパイがあっという間にみんなの腹に消えていった。

 

 戸締まりを済ませた大輔はビールを呑みながら首を捻る。

 「ケイティさんって確かご隠居さんのお宅の使用人だったよね、何でまた宮廷料理長に抜擢されたんだろ?別に僕が気にしてもしょうがないけど」ジョルジオが元宮廷料理長だともご隠居さんことアルバートがこの国の先代国王とは知らない彼だが

 「深く考えるのはよそう。だいいち僕がこの世界にいるの自体、謎なんだし」そうひとりごちてグラスを呷るとこの晩も静かに床についた。

 

 

 

 

 

 

 




そういえば前回もスイーツ話だった(゚。゚)次はメシ話書きます

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