「それじゃこれ、頼まれていたモノっす」ヨセフはこの前注文された品をエチゴヤへ運んできた。
「ありがとうございます、お代はいくらですか?」
「ただでいいっす、本来捨てるモンなのに金なんて取ったら親父にぶん殴られるっす」ゴミにしかならないこんなモノをダイスケが欲しいといった時は家族揃ってビックリした。
「それじゃ、今度ご家族でいらして下さい、これを使った料理をごちそうします」大輔からみれば貰ってばかりでは忍びないのでこれでお互いに手を打つ事にした。
季節は廻りラターナ王国に春が近づいてきた。今年もマイルーンが去っていく、美しい人間の姿に背中に翼を持っていて空を飛ぶ事ができる種族である。寒い地域を好む彼らは渡り鳥のように毎年晩秋になるとここへくるが暖かくなる前に冬を向かえる別大陸の土地に移動する。
マイルーンの若き族長、ミルコはこの冬エチゴヤへ通うようになりすっかり虜になった。中でも熱いスープ類の料理を特に好んだ、寒い場所に生きるとはいえお腹の中は温かい方がいい。
「いらっしゃいませ、ミルコさん。今年もそろそろ旅立ちですか?」
「ええ、しばらくはここの料理も食べ納めね」ウェートレスとそんな会話をしていると中年夫婦と恰幅のいい男が来店してきた。
「いらっしゃいませタックさん、パティさん。カウンターへどうぞ」肉屋夫妻と息子のヨセフは並んで席に着いた、両親と一緒にこの店に来るのは初めてだ。
「しかし、山イノシシの骨で料理なんて作れるのかね?」ヨセフの父、タックが問う。
「勿論骨そのものを食べる訳じゃありません、スープ作りに使うんです」ダイスケの後ろには中で骨が煮込まれている鍋が音を立てていた。相変わらずこの店は食欲を刺激する香りが立ち込めている。
「あの骨でどんなスープができるの?」パティは捨てるしかないモノが料理になるのが未だに信じられない。
「説明するより召し上がって頂く方が早いですね、ちょうどできました。今盛りつけます」器にサウルをいれさっきのスープで溶かしたら別の鍋で茹でていたパスタを上げて器の中へ、細かく刻んだポルムに数種類のピクルスと燻製肉を乗せて完成した。
「お待たせしました、豚骨ラーメンです、上に乗せた叉焼という燻製肉も山イノシシから作りました」靴紐よりも細いパスタが真っ白なスープを泳いでいる今まで見た事ない料理がきた。
「一見ラクの入ったスープにみえるが、こりゃ違うみたいだな。骨そのものから白い色がでるのか?」タックは呑み仲間のディーンやフンダーがエチゴヤのマスターは普段なら食べない魚も旨い料理に換えてしまうと絶賛していたのを思い出した。
(今度あの肉が手に入る機会があったら真っ先に相談してみよう)そう考えていた。
「また山イノシシを丸ごと仕入れたらまたヨセフに骨を持ってこさせるよ、今度は肉も一緒にね。そしたらこの燻製肉も作り方教えとくれ、店には出さないからさ」パティは叉焼が気に入ったようだ。実際売り物にする気は更々ない、あくまで自分で食べるのが目的だ。
一方今日の注文を決めかねていたミルコは肉屋一家の様子をみてると口の中が唾で溢れて食べたくて堪らなくなり自分も同じモノを頼んだ。
「ハフハフ」熱々のスープを啜る、ゆで卵の黄身が溶けた部分がまたいい味わいをだす。本格的な春はまだなのに汗をかくほど体の中が熱い、ピクルスと燻製肉が細いパスタによく合う。他所の街や海を越えた別大陸でこのトンコツなんたらを食べるのは無理だろう、このままエドウィンに定住してしまいたい気持ちに捕らわれるが族長たる自分が仲間を見捨て居残るなんてできるはずもない。マイルーンは狩猟民族でもあり、獣を狩って肉を食べるがその場合、焼くかただ湯に通すだけのいい加減な方法だけでとても料理といえる代物じゃない、これを再現するのは難しいみたいだ。少なくともミルコには真似できない。
2日後、ミルコは仲間達と別大陸へ旅に出た。次の晩秋、またこの街へ戻ってきてトンコツラーメンを食べると自分自身に誓って。
タイトルとは裏腹に肉屋夫妻がメインになってしまった
(;_;)ミルコはまた冬の話を書く時再登場させます