一方男子は初めてのオリゼ洗い(研ぐと言うと伝わりにくいので大輔は『洗う』と表現した)に四苦八苦している、春とはいえ水はまだ冷たく指がちぎれそうなくらい痛い。
「お湯で洗ってはダメですか?」この店には火に掛けなくても自動でお湯がでる魔道具があったはずだ、生徒の質問に大輔は真剣に答える。
「オリゼの味が劣化するのでダメです。後透明感がでるまで水を2、3回交換してその都度洗います」
「「「「え~っ!」」」」
「ぼやいてはいかん!店主さんはこれを大量にしかも毎日やっておられるのだぞ」
「それならジャップ先生もやってみて下さい、これスッゲェ辛いっす」生徒の言葉に怯むジャップ、料理をはじめ家庭内の事は妻に任せっきりで自分でオリゼを洗うのは未経験だ、しかしやらなければ生徒に示しがつかない。挑戦してはみるものの、
「うぅ、指が痛い!これは確かに辛い」家にいるはずの妻が嘲笑っている気がする、そういえば生徒と同じ体験をするなんて今までなかったな、いつも上の立場で頭ごなしに叱るばかりだったと思い返す。
「マスター、これ。でっかい釜、おいら綺麗に洗った」
「サンキュー、パックス。次は火の様子をみていて」大男の店員が直径1メートルはありそうな釜を持ってきて厨房の奥にある竃にのせる。そこにオリゼを移していよいよ茹でる、今回は生徒の社会勉強の為、普段オリゼを茹でるのに使っているという魔道具は片付けられている、パックスとやらに火加減を任せて茹で上がるのを待つ。その間に今度は肉や魚、野菜を使ったツクダニという料理の作り方を教えてもらう、
「水分は全部蒸発させて下さい、焦げ付かないように鍋の中は小まめにかき混ぜる、そういい感じです。ジャップ先生お上手ですね」いつの間にか生徒と一緒に料理に夢中になっていたジャップ、案外楽しいものだ。
「オリゼも茹で上がったのでおにぎりを作ります、みんな手の平を水に浸けて準備しましょう」
「うわっちっちっ、茹でたてのオリゼって熱い!」焦る学生達に対して大輔は慣れた調子で炊きたての米を手にのせて彼らに手本を見せる。
「こうやって手にのせて真ん中に先ほどの佃煮をおきます、そうしたらオリゼを潰さないように握って、丸めて角の緩い三角形にしたら海苔、この黒い紙にみえる海草で包んで完成です」ジャップと生徒達は各自で作ったおにぎりを皿の上に並べる、大小様々なおにぎりが揃った。
「女子生徒の皆さんとバズさん、マデリーンさんがきましたね、それじゃみんなで作ったおにぎりで昼食にしましょう」再び生徒全員が揃いテーブルについたところで食事前の祈りが始まる。
「天におわす女神様、我らに生きる糧を与えて下さった事に感謝します」信心深いジャップは当然この世界の最高神たる女神様に祈りを捧げる、大輔とパックスは
「いただきます」と日本人らしく手を合わせ短く祈っただけである。
「今のは?」聞き慣れない祈りに対してジャップは訊ねる。
「僕の国では食事の時、神様に祈る人は稀です、元は生きていた、つまり命を頂く訳ですから殆どの人が目の前の料理とその食材に感謝の祈りを捧げます」命を頂くか。なるほど、言葉にするのは簡単だが考えてみると深い一言だ、それに彼のいう事も一理ある。
学生達は自分の作ったオニギリやサンドイッチを食べていたがその内
「〇〇君、私のサンドイッチ、食べてみて」
「これ、僕の作ったオニギリだよ」男女間で交換し始めた。
「若いっていいわね」溜め息混じりにルーシーが呟くと、
「君だって若いじゃないか、少なくとも私よりは。しかしまあ、こういうのを青春の一ページというのだろうな。私にもこんな時代があったよ」学生時代の自分の思い出と生徒達の姿を重ねて懐かしむジャップ。大人になるにつれて置き去りにしてきた思いが溢れてくる、ジャップ自身もこのくらいの
「それでは店主さん、お世話になりました」2人の教師が頭を下げる。
「「「「本日はありがとうございました!」」」」生徒達は声を揃えてお礼の言葉を述べた。このあと一旦学校に戻ってから解散となりそれぞれ家路につく。これを教訓に少しでも学生達が成長してくれるのを願うジャップであった。
翌日、食材代も含む学校からの礼金を届けにきたジャップはコッソリと大輔にある頼み事をした。
「私にもう少し料理を教えて頂けませんか?たまには妻を見返してやりたいのです」
社会科見学とその翌日、越後屋は休業日でした。
マティス 「アノ…ひょっとしてお給料減るとか」
大輔 「それはない、いつも通りちゃんとだすから」
ロティス 「マスター、私は体で払って欲しっ、ゴぶぉあ!」
マティス 「ラティファもいるのよ、変な事いうんじゃないの!(*`◇´)
ラティファ「?」