ドレミースイートの夢日記   作:BNKN

6 / 22
6 鼓と夢囚と偏向不穢の都

 

 ルーさんが私と暮らすようになって早一週間。未だにルーさんのビクビク癖は消えないけれどドレちゃんは距離を縮めようと必死であります。

 

「おはようございます。朝ごはんが出来ましたよ」

 

 彼女の部屋の扉を2、3回ノックして呼びかける。起きているかどうかは分からないが今のところ私が呼びに来て起きなかった事は一度もない。本当にしっかり寝れているのだろうかと不安になるところである。今だって扉の奥でドタンバタンと賑やかな音が鳴っているし。

 

「もももも申し訳ございません! 3秒ほどお待たせしてしまいましたっ!!」

 

 3秒も待っていない上に3秒だろうが3分だろうが待つのだけれど。寝癖で跳ね返った髪の毛とか、適当に巻いたマフラーとか肩まで落ちかかっているケープとか、色々とアレなところを直すのに時間かけてもいいと思う。

 

「そんなに急がなくてもいいですよ。何も取って食おうってわけではありませんから」

「取って食う!? おおおお許しを」

「いや、ですから食べませんってば」

 

 ルーさんは少々耳が悪いらしい。こういった事がよくあるのだ。なんというか、良くないところばかり聞き取れる耳である。

 きっとこれも私に対する信仰にも似た造り話のせいであろう。ルーさんにも言ったように、確かに私もここに来るまではなんやかんやあったことは認める。けれどゴリラなんて殺さないし、国を潰した事なんて一度もない。噂には尾ひれが付いて回るものではあるが、これはそういうレベルではない。火のないところから物凄い勢いで火柱が上がっているみたいなものだ。

 

 ルーさんが私と一緒にいたいと思っていない事など自明の理ではあるが、私としてはこの誤解を抱いたまま…というか拍車をかけたまま返すわけにはいかない。私が幻想郷で干された時に他の獏からも干されるなんて事になったら私は生きていけない。私は寂しさで死ぬ自信がある。

 そうならぬ為にもルーさんには私のいいイメージを他の獏に広めて貰わねばならないのだ。幸いにも私の名前はそれなりに通っている様なので一度広まり始めたらそこそこイけるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「お口に合いましたでしょうか」

「はい! 大変美味しゅう御座いました!」

 

 何気なく聞いた質問でも、これではまるで軍隊である。それに大変美味しゅう御座います以外の返答を聞いたこともない。不味いなら不味いと言って貰った方がコチラとしては嬉しいのだけれど、ルーさんからしたらそういうわけにもいくまい。ドレちゃんはその辺には理解ある女なのだ。

 緊張した空気の中、ルーさんの服の布の擦れる音が響く部屋。因みに、服は相変わらず私のを着ている。私が何気なく「似合ってますよ」とルーさんに言ったら「はいっ未来永劫着させて頂きます!」と言ってそれきりであるのだが、ここまで徹底していると私までどうしたらいいのか分からなくなってくるが、それはともかくとしてルーさんが朝食を済ませたのを見計らって今日の予定を告げる。

 

「えーと…申し訳ないんですが、今から少し用事があるので私に付いて来て下さい」

「っ!? わ、私、何か粗相を致しましたでしょうか!?」

 

 椅子に座った体制から土下座までのモーションの速さたるや私の目を抜く程である。この俊敏性があるなら私くらいなら怖くないはずだ。

 

「粗相…粗相と言われると粗相かもしれません。ですが、殺されるわけでは多分ありませんよ」

 

 ルーさんはかなりこういった話題に非常に敏感なので早口で考える余裕を与えず、ハキハキと喋ることで誤解を招かない様に心掛けている。

 

「粗相だけど殺しはしない? …でも何処かへ連れていく? っは、懺悔室ですか!? 懺悔ですね!! 私、懺悔大好きです! 早く行きましょう、すぐ行きましょう、今すぐ行きましょう!」

 

 一人で盛り上がっているところ悪いが懺悔室ではない。それに懺悔大好きって発言もどうなのか。

 

「残念ながら懺悔室ではありません」

「ああっ! やっぱり食べられちゃうんだ! ゴリラの代わりなんて嫌だよ、お父さんー!」

 

 まるで私がゴリラを常日頃食べてるみたいな言い草である。

 

「はいはい、駄々捏ねないで行きますよー」

 

 ルーさんの襟元を引っ摘んでズルズルと引っ張っていく。残念ながら今日は予定に遅れるわけにはいかぬのだ。何故なら今から向かうのは月の都。サグメさんに報告と顔見せと謝罪に向かうのだ。

 勿論、アポありで。

 

 

 

 〇

 

「うわあ…何ですかここ…凄いですね」

 

 第4槐安通路を経て月の都に降り立つ2匹。マフラーを巻いた方の獏がその発展した街並みに思わず感嘆の声を上げる。

 

「彼らの技術力は人間を凌ぎますからね。家にも貰い物のお掃除(穢れ用)ロボットとかありますよ」

 

 子供のように目を輝かせるルーを引き連れて街道をいそいそと進んでいくドレミー。

 ここ、月の都では妖怪はまず歓迎されない。歓迎どころか、まず最初に排除対象になるくらいのものだ。それはひとえに月の民たちが穢を嫌うからである。穢とは命であり、俗であり、死である。死や俗を象徴する妖怪など是が非でも駆除したいのだ。そんな、本来は立ち入りを許可されていない妖怪だが、ドレミーだけは特別である。第4槐安通路の管理者ということと、獏という種族ゆえに夢に浸透し、死や命から遠い存在であることがギリギリ許容範囲内に押し込んでいるのだ。

 まあ、立ち入りを許可されてるとは言っても、実際に月の都で自由に出来るかと言うとそうでもないのだが。

 

「……ど、ドレミー様。な、なんか凄い睨まれてませんか?」

「放っておきましょう。いつもこんな感じです」

 

 歩く度にギロりと睨んで顔をしかめる月の民。まるで汚物を見てしまった様なリアクションである。いかにドレミーが特別とは言っても、妖怪は妖怪。出来れば視界に入れたくないというのが彼女たちの心象であろう。今回はルーというおまけも付いているのだから尚更だ。

 

「でも、ドレミー様はいつもこの方達の悪夢も――」

「それはそうですが、中々受け入れてもらえないもので。まあ、夢の内容を覚えている方の方が稀でしょうがね」

「……」

 

 未だ緊張は消えず、ドレミーに対して恐怖を抱くルーではあるが、それでもルーは次第にドレミーという妖怪を理解し始めていた。ドレミーは孤独な妖怪である。夢の中では数え切れぬ程の妖怪や人と関わりを持つが、実世界で他人と関わることはほぼない。それこそ稀神サグメとたまに顔合わせをするくらいである。

 それを憂うドレミーは夢の中で非常に優しい。常に夢の所有者に敬意を払い、慮る。一度だけ食事に同行したルーはそのあまりの丁寧さに拍子抜けしたほどだ。

 

『どうしてそんなに…その、紳士的なんでしょうか』

『何がです?』

『さっきの夢… 』

『ああ、私はただ彼らの夢を横から頂いているだけですから粗野に振る舞うのも、横暴に振る舞うのも違うと思いまして。元々そんな野蛮な性格でもありませんしね』

 

 それは悪夢を処理してやっているというルーからすれば新たな見方であった。ルーは圧倒的な力を持ちながら献身的な姿勢を崩さないドレミーに驚く一方、力があるのにどうしてそんな考え方でいられるのだろうかと首を捻る。勿論、性格と言われればそれまでではあるのだが、元々ルーも好戦的なわけでは無かった。しかし、持て囃され、名実共に成長すると性分すらも変わってしまった。

 そして、自分より上がいなくなると一気に天狗になり、上が出てくるとその鼻っ面を叩き折られる。力とはそれだけの影響力があるということは他ならぬルーが一番よく分かっていたのだ。

 

 ドレミーは最早、獏を超えた獏である。現時点で彼女の以上に力を有している獏はこの世に存在しないと言い切れるほどに異常である。で、あるのに謙虚な態度を取るドレミーにルーは疑問を感じずにはいられなかったのだ。

 

『それに』

『?』

 

 首を傾けたルーの隣でドレミーは続けた。

 

『折角なら私にいい印象を抱いて貰いたいじゃないですか。私は他との関わりを大切にしたいのです。そうある為に必要ならば、私はペットにでも何にでもなりますよ』

 

 ルーは一人納得した。この人は単に寂しいのだと気付いたのだ。ドレミーはしっかりと記憶していても相手はドレミーに会ったことすら知らない、そんな虚しい世界で彼女は一人で暮らしてきた。

 そのつまらなさは取り巻きのいなくなって久しいルーにもよく分かっていたから。

 

「ルーさん?」

「っは、はい!」

 

 突然物思いに耽り、静かになったことを心配してドレミーはルーの顔を覗き込む。

 ルーはドレミーという妖怪の本質の一端を覗き見ているけれど、それでもドレミーのことを怖がってしまうのはそれだけ尊敬に近い畏れの念があるからである。尊敬以上に抱く感情があれば彼女も変われる筈だ。

 

「着きましたよ」

 

 二匹は都の中心部からやや離れた大きな施設を前にしていた。閑散とした道に佇むドレミーは尻尾を左右に揺らし、ルーは堅く伸ばしきった状態で止まっていた。

 

「入る前に注意事項ですが、ここは私が入ることを許可されている数少ない月の重要施設です。

 穢斥乖離公務執行室。要するに妖怪関連はここでやれって場所です」

「はい」

 

 何故か声を潜めて返事をするルーに吊られてかドレミーも少し声のボリュームを下げる。

 

「で、月の民(かれら)にとって妖怪(わたしたち)がどういう存在かは先ほど述べた通りです。ですから、ここからサグメさんに会うまでは不愉快な思いをするかもしれません。ですが、どうか堪えて下さい。私たちが問題を起こすと、それこそ駆除されてしまいますから」

 

 ずずいと乗り出して人差し指をたてるドレミーにルーは勢いよく首を縦に振った。

 

「では行きましょうか」

 

 ルーの反応を見て、ドレミーは満足気に頷き、建物の中に入っていった。

 

 

 

 〇

 

 入って直ぐにその嫌な視線に気付いた。

 簡素な受付に座る兎はまた来たのかという呆れた目をドレミー様に向け、なんだこいつはという拒絶の目を私に振った。

 

「通達していた通りです。サグメさんに話があるのですが」

 

 兎が何か言う前にドレミー様が捲し立てる。

 対する兎は何を言うでもなく、わざとらしく大きく溜息を吐いて、手元の紙を捲る。そして該当箇所を見つけたのか顔は書類に向いたまま目だけを私たちに向けて棒読みで続ける。

 

「ドレミー・スイート?」

 

 言うに事欠いて呼び捨てである。思わずこの方はお前らが呼び捨てていい方ではないと叫びそうになるのをぐっと堪える。

 

「ええ」

「と、そっちは?」

 

 顎で私を指す失礼兎。ドレミー様は気にした様子もなく笑顔で返す。

 

「私のツレです」

「はー…そういうのは事前に連絡頂かないと――」

「電話口ではお伝えしました」

「あー、そう。そうですか? 何も書いてないけどなぁ…まあいいや。こちらへどうぞー」

 

 ここが夢ならぶん殴って簀巻きにして悪夢の海にポイである。ここまで露骨なのかと嫌になる。思い返せば確かに私が恐れ多くもドレミー様の名を借りてコイツらを襲っていた時もろくな奴がいなかった。勿論、私の態度が悪かったのもあるが、それだけでは言い訳の聞かぬ見下した心を垣間見たものだ。

 

「こちらでお待ちくださいね」

 

 言葉だけ丁寧だが、扉を閉めながら雑に言われると腹が立つ。やがて扉が閉められた事を確認してから、止めていた息を戻すようにドレミー様に尋ねた。

 

「何ですかあれ。感じ悪過ぎませんか?」

「いつもこんな感じですよ」

 

 涼しげに笑うドレミー様。ドレミー様はいいと言うが私は腹に据えかねるものがある。いつ爆発してしまうか分かったものではない。こんな調子ではきっとサグメとかいう奴もろくな輩ではない。

「サグメさんは理解ある方ですから大丈夫ですよ。少なくとも私に対しては凄く良くして頂いてますから」

 

 心を読むとはドレミー様恐るべし。

 

「声に出てましたよ」

「あれ?」

 

 

 

 特にお茶等が出てくることもなく、待たされる事数分。

 ようやく扉が音をたてて開いた。慌てて立ち上がる私たちだったが、入ってきたのはさっきよりも上等そうな服を来た兎。聞いていた話ではサグメさんとやらは兎ではなかったようだが。

 

「おや、サグメさんは?」

 

 ドレミー様の反応を見るにやはり別人らしい。

 

「サグメ様がお前ら如きにお会いすることは無い」

「事前にお伝えしておりましたが?」

「知るか。緊急事態でな。手が離せなくなったとかでいいだろ」

 

 さっきの兎よりも横柄で偉っそうな奴だ。しかも『お前ら如き』とは随分といいご身分である。どうしてやろうか。

 

「何時ならお会い出来るでしょうか?」

「さあな。今日明日は無理だろ、知らんがな。分かったらさっさと帰るんだな」

 

 ムカ。

 

「では予定を合わせたいので余裕のある日をお教え願えますか?」

「さあ? 私はサグメ様の秘書でも何でもないからそんなの知らん」

 

 ムカ。

 

「でしたらここで暫くお待ちするとお伝え下さい。秘書の方と連絡が付いたらその時に予定を決めますので」

「あのなぁ…分かってない様だから言うけど、いつ来ても、いつ予定を合わせてもサグメ様は非常事態で来れねーよ。察しろ」

 

 ムカ。

 

「大体、お前が都に立ち入ることが許可されていること自体、私には理解しかねる。サグメ様も何だって所詮薄汚い妖怪なんかに――」

 

 仏の顔も三度まで。散々無礼を働いたことを後悔させてやろうではないか。まずは首を――。

 

「あれ?」

「ほらな。お前ら妖怪はこれだから穢いってんだよ」

 

 駆け出した私はいつの間にか兎に取り押さえられて関節まで決められていた。

 

「ルーさん…」

「こんな危険ヤツらはサグメ様にお目通し出来ねえよ」

 

 頭を抱えるドレミー様が見え、頭上から嘲笑った声が聞こえた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。