ドレミースイートの夢日記   作:BNKN

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2 無意識無能の夢マスター

 

 

 

 

「ふうむ。これは困りました」

 

 暗い暗い森の中。積み上げられた闇の壁に遮られて自分のいる位置さえ危ぶまれる程の暗闇。ほんのわずかばかり上空から漏れでる光を辿れど、見えるのは木の葉の屋根ばかり。図太い木の幹と根が複雑に絡み合い、迷路と化したその森の中で顎に手を添え、困ったような声を上げる一人の女性。いつも通りのゆったりコーディネートのドレミー・スイート。

 夢という広大な物を支配する彼女は夢の中で絶賛迷子中であった。

 

「はてさてどうしましょうか」

 

 

 

 〇

 

 参った参った。

 まさか私ともあろうものが夢の中で迷うことになろうとは思わなかった。初めての体験にドレちゃんもちょっぴりドキドキである。か弱いドレちゃん、こんな助けが来そうにない森の中で暴漢に襲われたら大変である。いや、流石に暴漢は無いか。

 

 んーっと、猛獣に襲われたら大変である。きっとなすすべなく私は殺されてしまい、夢世界を見張るものがいなくなり、皆さんの悪夢を処理をする善良有益な可愛い妖怪がいなくなってしまう。それはいけない。というわけで私はこんな所で野垂れ死ぬわけにはいかないのだ。

 

 冗談はさておいて、真面目に迷っている。今日も快眠から目覚め、保存していた美味しそうな悪夢を腹の足しにしようと覗いた所までは良かった。ただ、選んだ夢が良くなかったらしい。パッと見で結構良さげな夢に何も考えず飛び込んだと思ったらこれである。因みに実時間にして既に結構な時間を歩き回っているが、一向に景色が変わらない。ぶっちゃけ進んでいるのかどうかも定かではない。

 

 残念ながら夢には距離も時間もないので本当に何も分からない。正確に言うなら距離の変動と時間の経過がない。歩いて景色が変わったならばそれは夢の見せる映像が変わっただけ、夢の中で半日たったなら場面が半日後の設定に変わっただけなのだ。

 例えるなら小説と現実世界みたいなもの。小説の中で描く場面や時間が劇的に変われど、それを読んでいる我々の世界に変化があるわけではない。それ程夢世界と現実世界は次元が違うのだ。

 

 話を戻すと私はここに来て、歩き回った…つまりは小説を読み進めたわけだが、何も見えないものだから訳がわからない。常に暗転している演劇を見せられている気分だ。全て食べてしまっても良いのだが、この暗闇が悪夢ではなかった場合、見ている方に申し訳ない。私はあくまでも皆さんを苦しめる悪夢を処理する獏であり、たまーに悪夢以外も失敬する事はあるが基本的にそこを変えるつもりは無いのだ。皆さんから愛されるキャラになるべく奮闘中である。

 ともかく、そういう理由だから此処を食べても良いかどうかを判別する為にも夢の持ち主を探したいのだが見つからない。そろそろ何かしら変化があってもいいと思うのだが。

 

「お?」

 

 と思った矢先に私の目の前、足元を一匹の黒い……何だろう。猿とナマケモノを足して二で割ったみたいな生き物が通り過ぎた。ようやく見せてくれた光明――と言うには怪し過ぎる気がしなくもないが、手掛かりには違いない。みすみす見逃すわけにはいくまいと、私はそれの後に続いた。

 

 あれ、もしかして今私凄くファンタジックじゃないでしょうか。不思議の国のアリスみたいな。なんて考えながらそれらしく振舞ってみようとしたのだが恥ずかしくなってすぐに止めた。私はクールでミステリアスなキャラを演じたいのであってアリスになりたいわけではない。ああ、そう言えば幻想郷にも同じ名前の魔法使いがいたような。彼女の方ならクールでミステリアスになれるだろうか。…いや、彼女も大概はっちゃけてるから駄目か。

 そんな事を思いながら、てくてく進んで徐々に景色が変わり始めた。

 

「おやおやおや…これはまた…」

 

 歩いて見えてきたのは霧だった。変化は欲しかったけど、霧って…。タダでさえ視界不良の森の中、濃い霧が包み始めて不良どころではない。もう最悪。

 

「すみません、どちらへ向かっているのでしょう? 森の外か主さんの元へ案内をお願いしたいのですが」

 

 これ以上深みにハマるのは勘弁願いたい。昨日の白蓮さんの悪夢が中々多かったので今はそんなに多くお腹に入らないのだ。太るのは勘弁である。夢を見る皆さんにしても折角自分の夢に現れるならスレンダーでビューティな女性がいいでしょう。ビューティかは分かりませんがスタイルくらいは美しくありたいものです。そして、今いる悪夢。全体像を掴みきれていないので何とも言えないが、かなり大きそうな気配が漂っている。これは最早夢の主さんではなく、私の戦いである。

 

 超大量の悪夢VSフードファイター・ドレちゃん、ファイ!

 

 なんて事にはなりたくない。因みにフードファイタードレちゃんと呼ばれた事は一度もない。呼んでくれる様な友人もいない。でも私は悲しくなんてない。なんせ私は夢喰いバク。謂わば餌付けされている皆さん共通のペットみたいなものだ。ペットはペットらしく扱われればよいのだ。そして、私自身もそれらしく振る舞うとしよう、わんわん。

 

「突然犬の真似なんて変な人だね」

 

「おや、口に出ていましたか。そして聞かれてしまいました。恥ずかしくて顔から火が出てしまいそうですね」

 

「顔から火が出るわけないじゃない」

 

「言葉の綾ですよ」

 

 さて、ようやく現れてくれた主さん。くすんだ黄色の洋服の上から藍色のコードが体中にまとわりついており、それは全て一つの閉じた瞳に繋がっていた。

 

「さとり妖怪でしたか」

 

「うん。でも心は読めないよ。目を閉じちゃったから」

 

「おや、どうして閉じてしまったので?」

 

「見ても面白くなかったから」

 

「そうですか」

 

 地雷臭が凄まじかったので早々に会話をやめる。私に本質的な悩みを解決するだけの力はないのだから聞く必要も無い。ただ、会話を切ったからと言って、何も話さないわけにも行かない。食事を済ませるべく、何が悪夢かを見極める必要があるのだ。

 

「貴女は――」

 

「こいし」

 

「はい?」

 

「こいしって呼んで」

 

「ああ、ええ。成程、でしたら私の事も気軽にドレちゃんとお呼びください」

 

「ドレちゃん…うん分かった」

 

 思わず心の中でガッツポーズである。苦節何年目かで初めてドレちゃん呼び。あだ名で呼ぶことで親近感アップで急速に距離が詰まっていくこと間違いなし。

 

「ねえ、ドレちゃん」

 

「はいはい、何でしょう」

 

「これあげるね」

 

「?」

 

 薔薇の刺繍の施された可愛らしいスカートの方ポケットから取り出したのはエナメルの緑の首輪だった。

 

「ドレちゃんの首輪。犬になるのが好きみたいだから私のペットにしてあげるね」

 

 一気にアダルティな香りが漂ってまいりました。ペットとは言ったが、個人に飼われるのはまた話が違う。てか何で首輪を常備しているんだ。

 

「申し訳ありませんが私に緑色は似合いません。誰か別の方にその権利をお譲り致しましょう」

 

「何色でもいいでしょ。ほらお手」

 

「わん。っは!?」

 

 自分でも驚く程自然に手を差し出していた。やはり私にはペットとしての才能があるのやもしれない。

 

「ほらね」

 

「いやいや、これは何かの間違いですね。間違いない」

 

「間違いなのか間違いないのかハッキリしてよ」

 

「紛れも無く間違いですね」

 

「むう、面白くない」

 

 はてさて困りました。お近付きにとは思いましたが、一転してこの子から漂う危険な香り。幻想郷の方はどの方も色々ぶっ飛んでいて怖い。我の弱い私などすぐに飲み込まれてしまいそうになる。

 

「こいしさん」

 

「なに?」

 

 だからこそ飲み込まれる前にこちらがペースを握らなければならない。あくまでも夢は私の口の中なのだからそこさえ覆らなければ私がこの世界ではナンバーワンでオンリーワンなのだ。ワンワン。

 

「貴女、今困っていることはありますか? 或いは苦しい事でも構いません。私がそれを取り払って差し上げましょう」

 

「困っていること? うーん…」

 

 大方、この森と霧だろう。これが現実世界で何を意味するのかは私には分からないことだが、せめて夢の中のものくらいは私なら取り払える。

 

「そうだ。ドレちゃんが首輪を付けてくれないのが辛いわ」

 

「それ以外でお願いします」

 

「えええーっつまんない!」

 

 ここまで想われるのも悪くない。少しくらいペットになってあげてもいいんではないかと傾きかけるドレちゃんがいるが、私はフリーを貫く独り身の獏ちゃんである。そうやすやすとリードを繋がせるわけにはいかない。

 

「例えばこの闇と霧とかいかがでしょう? 鬱陶しくないでしょうか?」

 

「え? まぁ、うんそうだね」

 

 こういう、何が悪夢か分からない事態は珍しくない。何が何だか分からないが、妙に苦しい。そんな時の対処も私、バッチリで御座いまする。まあ、誘導するだけなんだけれども。

 

「そうですよね。それではいただきま――」

 

「じゃあ変えちゃおうか。それっ!」

 

「――すぇ?」

 

 こいしさんがくるりとその場で回転するとすぐに景色が変わり始めた。今まで鬱々と辺りに重苦しい空気を撒き散らしていた悪質な加湿器は全てゴムのように歪んで縮んで無くなった。肌を湿らせて私をよりいい女にしていた霧も文字通り霧散。代わりにこの場を満たしたのは、極彩色のポップな空。そしてゴチャゴチャとした玩具箱にすら思えるほどの玩具たちであった。

 

「これなら鬱陶しくないね」

 

「すぇ?」

 

 ここまでコロリと変わる事が有るのか。しかも、自分の意思で。もしや明晰夢だったのかも知れない。それならば私が降りてきたのは完全にミスである。

 

「こ、こいしさん。貴女ここが何処だかお分かりで?」

 

「へ? ここは私の部屋なのかな。きっとお姉ちゃんが用意してくれたんだよ」

 

「お姉さんがいらっしゃるのですね…ではなく、ここが夢だとお気づきになっているのかと」

 

「夢? あーそうなんだ。夢なんだ」

 

 目を丸くして驚いた表情を見せるこいしさん。夢だと気付いていないのに世界を変えるとは、ますます意味がわからなくなってきた。

 

 本来、明晰夢…つまり、夢と知覚された夢を見ている時、その夢の主さんは二種類に分けられる。一つは夢と分かっているのにどうしようもないパターン。こっちが普通。もう一つは夢を自在に好きなように変えられるパターン。これは悪夢になる筈もないので私的にはあまり喜ばしいことではない。

 先ほどのこいしさんを見れば、後者かと思ったのだけれど、本当に気付いていなかったと言われてしまうといよいよわからない。

 

「夢なら夢でいいや。楽しまないと損だよね!」

 

 そう言ってこいしさんは人形の山に突撃していった。そして、あれでもないこれでもないと漫画のように人形を投げて、やがてお探しのモノを見つけ出すと胸に抱きながら私に走り寄り、人形を目の前に突き出した。

 

「これがお姉ちゃん! 可愛いでしょ?」

 

 少し暗い紫? ピンク? の髪の毛に、外の世界の幼児が着るスモックのような青色の服を着た人形だった。目は瞼が半分落ちて、ジト目になっている代わりにこいしさんと同じように三つ目の目が体からぶら下がっていた。

 

「ええ、とっても。でも何だか眠たそうですね」

 

「そうだよね。お姉ちゃんいつもこんな表情だから眠たそうに見えるよね。ちょっとドレちゃんに似てるかも」

 

「えぇ? 私はこんなジト目じゃないですよ。ほらこんなに目も開く」

 

「あっははは! 何それキモイ!」

 

「き、きもいって…」

 

 ここ数年で一番傷ついたかも知れない。これでは私の悪夢ではないか。

 

「あれ、傷ついちゃった? ごめんね。ほらこれ上げるから許して?」

 

「ありがとうございますっていりませんよ。首輪は」

 

「あっははは。いい反応っ! お姉ちゃんとかお空とかお燐みたい!」

 

 その方々の気苦労お察しします。いつかは夢の中でお会いして色々と話を伺いたく存じます。私なんかは久しぶりにこんなテンションの方とお話するのでまだ、楽しめているけども毎日これは少し滅入る。可愛らしいのは否定しないが精神的にクるものがあるのは否めない。

 

 と、いうわけでそろそろお暇させて頂きましょう。

 

「こいしさん、こいしさん。少し離れてください」

 

「ん? 何、どうしたの?」

 

「いえ、そろそろ用を済ませようと思いまして」

 

「用?」

 

「ちょっとした食事です」

 

 要するに私は見誤っていたのだ。この夢の主さんがこいしさんだと、ここで初めに会ったのがこいしさんだから勝手にそう思い込んでいた。そこが間違いだった。この夢の主さんはこいしさんではない。では誰の夢か、大体予想はついているがそれは全て食べてからのお楽しみとする。

 

「何を食べるの?」

 

 折角、私のことをドレちゃんと呼んでくれる存在が出来たというのに勿体ない事この上ないが、このこいしさんはただの悪夢。食べないわけにはいきますまい。

 

「まあ、見ていれば分かりますよ。それでは気を取り直して――いただきます」

 

「わわっ」

 

 カラフルな世界が全て黒霧となって私の口の中へ。空も地も玩具の山もこいしさんだって全て私の開いた口の中。

 ポツンと取り残されたのは先程までこいしさんが胸に抱いていたお姉さんの人形だった。

 

 

 

「まあ、貴女ですよね。こいしさんのお姉さん」

 

「私はドレミー・スイート。宜しければ妹さんの様にドレちゃんとお呼びください。…ええと、お呼びくださいとは言いましたが、今日は聞いてもらうだけで結構です。喋れそうにないですものね。そんなに長居するつもりも有りませんので」

 

 元より喋れていたならこんなにややこしい事にはなっていなかっただろう。恐らく最初にこいしさんの元へ案内したあの生き物もお姉さんだったはずだ。悪夢を見ているのは自覚していたが、自分ではどうしようもなかったから私に助けを求めた。しかし、ポンコツ無能な私はそれをこいしさんの夢とはき違えたというわけだ。

 

「食べるのに時間がかかってしまい申し訳ありませんでした。きっと貴女は現実世界でも苦労されているのでしょうね。心中お察し致します。

 妹さんのセリフではありませんが、せめて夢の中くらいは楽しくお過ごしになってください。楽しまなきゃ損ですよ。

 ですがもし、もしもまた何か酷い悪夢を見る様でしたら私が参ります。また私が食べて差し上げましょう。その時は是非、色々とお話したいものです。夢の内容なんて大抵は直ぐに忘れてしまうものですが、私の名前くらいは記憶の隅に置いていただけると幸いです。

 

 それでは私はこの辺で。またいつか」

 

 

 

 〇

 

「ウエッぷ」

 

 まずい、吐きそう。単純に食い過ぎである。

 夢から戻ってきて直ぐに横になったはいいが、胃の中がぐるぐると渦巻いているのが手に取る様にわかる。

 タダでさえ昨日食べすぎたのに今日も凄まじい量だった。あかん全部出しそう。

 

「あー、あー…」

 

 こうやってこれみよがしに呻いても助けてくれる人はいない。孤高の獏はいつか孤独死を迎えるのでしょうか。今から寂しくなってまいりました。

 

 よし、決めた。私のこれからの夢は私の伴侶を見つける事です。私が辛い時は話を聞いてくれて、私が悪夢に苦しんでいる時は颯爽と助けてくれて、私が吐きそうな時は背中をさすってくれる。そんな存在を見つけよう。

 

「オエッ」

 

 

 うん。早く見つけよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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