私、凄く困ってます。
私、鍛冶とかベビーシッターとかしてて最近では人里の色んな人に覚えてもらったりして凄く嬉しいんですけど、本業というか私のご飯が問題なのです。
「よーっし行くぞー…」
ご飯って言っても、人みたいにお米とかお野菜とかお肉とかを食べるわけじゃなくて、人の驚きを食べるのです。だから、お腹を満たそうと思ったら人を驚かせないといけないんですけど……
「ばあっ!」
「あら、小傘ちゃん。こんにちわ」
「あ、こんにちわ」
「これ、この前家の子みてくれたからお礼に」
「あ、わざわざどうも」
「それじゃあ、またよろしくね」
「あ、はい」
こんな感じなのです。
空腹に喘ぐ中、賢くはないけど私は一生懸命考えた。それで思ったのは驚かし方が古いのかもしれない。無縁塚で拾った外の世界の本には大体、流行とか先取りとかそういう事ばかり書いてあったから、やっぱりいつまでも同じやり方でやっていても飽きられるのだ。古臭い傘かもしれないけれど、せめて驚かし方くらいは新しいものにりにゅーあるしないとこのご時世、生き残れないのだ!
と言っても驚かし方なんてそう思いつかない。だからとあるかっ…からくりが好きな妖怪に相談してみたら秘密道具を貸してあげるとこれを手渡された。
片手で持てるサイズのこれは一見、ただの黒い箱。けど、にと…とある河童によると先を肌に押し当てるとバチッとするらしい。らしいというか実際にやってみたから分かってるけれど。
バチッとして驚いたけど、怪我とかするようなものじゃなくて静電気みたいな感じだから安心である。これなら間違いなく驚いてくれる筈なのでれっつとらい。
まず気配をけして後ろから近付く。そして首筋に押し当てるだけ。
目標は前方を歩くおじさま。せーのっ
「痛っ。ん? 小傘ちゃんかいな。そないにけったいなもん持ってどうした?」
「え、ああ、えと…そのえへへ、驚きました?」
「何がいや?」
「いや、何でもないです。それではさよーならー」
…全然驚いてくれなかった。多分、電気?が弱すぎて本当に静電気だと思われたのだ。ここでにとりを馬鹿にしてはいけない。にとりはキチンと火力あっぷぱーじょんを用意しているのだ。まあ一段階しかないけど。というわけで火力あっぷ! これで効かないようなら苦情ものである。
次なる標的は前方で日傘をさしてらっしゃる女性。顔は見えないけれどその整えられた身形から恐らく瀟洒な感じのご婦人であるだろうと大予想。そういった方ならガテン系のおっちゃんよりはビックリしやすそうな気もするから彼女に的を絞ったのだ。
経緯はさておき、それでは構えて
「せーの"ぉっ!?」
緊急警報! 緊急警報!
どうか驚かないで聞いてほしい。私が今まさに驚かせようとしている方、目の前まで気付いて、鼻に届いた花の香りで初めて気付いた。あの、花妖怪である。何かと良くない噂をよく聞くあの花妖怪である。そして何より重大なのは私がやろうとしていることはある意味で攻撃みたいなものだということ。そして彼女に攻撃するということが何を意味するかなど言わなくても分かるだろう。
「ああああっ止まってー!!」
全体重をかけて走り出した私の足は止まらず、腕を引こうとした時にはもう箱は着弾間近。その刹那の合間に私が巡らしたのは、せめて大したことないバチッでありますように。という思いだけ。ここに来てにとりの作りが甘いことを願うばかりだった。
3、2、1…
ドガァンっ!!
私の願いと裏腹に、麗らかな昼の人里に響いたのはバチッとかいう生易しいものではなく、落雷と聞き紛う程の爆音。そして発生した電気は瞬く間に花妖怪を包み込み、怒り狂ったように空気を震えさせた。
「は、はわわわわわわ…」
すっかり怖気付いた私は犯人の箱を投げ出して後ろに転けてしまう。私が悪いんじゃない。あの箱が悪いの。にとりが悪いの。
大体十秒ほど続いた放電の後に佇む花妖怪。ちらと頭の隅で気絶とかしてくれてたらいいなとか思ってたけど、あの花妖怪にこんなおもちゃが効くわけもなく。
「へぇ…後ろから近付いて来てるから何かと思ったら貴方だったのね」
「あ…あ、あ……あああ」
ゆらりと振り返った彼女は笑顔だった。気狂いの快楽殺人者が人を殺した後みたいな綺麗な笑顔だった。
「小傘ちゃんはイタズラっこね。怒ってないから安心して?」
「あ、…あああ………」
嘘だ。極々稀に酒の席なんかで花妖怪に名前を呼ばれる時は小傘ちゃんなんて呼ばれない。傘とか付喪神とか呼ばれるのだ。こんな時に限って小傘ちゃんなんて、ちゃん付けなんて…。
「に、にと…、にとりが! にとりがっ!」
「ごめんなさい。さっきので耳を壊したみたい。何も聞こえないわ」
嘘だ。絶対嘘だ。だってだって、あんなのでダメージを負うような妖怪じゃないもん。
「話すのも久々だし、そうね少しお茶しましょう? 私の家で」
「あ、あああ…はわわわわわ」
私の妖怪人生はここまでの様だ。私に手を伸ばす花妖怪を見て確信した。死んで霊になれるのならまず始めにやりたいことがある。にとりを呪う。
〇
ブイ!
としてみても反応してくれる人もいないけど構うものか。ドレちゃんは久々のお食事にテンションアゲアゲなのだ。
さて、そんなわけで記念すべきドレちゃん復帰一回目の悪夢はとある付喪神のお客様。彼女は忘れられた傘の化身であり、俗に言う唐傘お化けというヤツで、なんでも驚かすことでお腹を満たすらしい。私が言うのも変な話だが、世の中には変わったものを食べる人が多いものだ。
と、そんな感傷に浸っていると小傘さんが某花妖怪さんに連れていかれそうになっているではありませんか。小傘さんなんかもうずっと目に涙を溜めてらっしゃる様なのでそろそろ食べちゃいましょう。
「んんっこれこれ。やはり自分で食べる夢は違いますねぇ」
幸いにも怪我が治るまで私を介護してくれていたルーさんから夢を頂いていたので飢えることは無かった。ルーさんがやって来るまではちょっとした腹痛でも人肌恋しく思っていたのが嘘のようであるが、それはそれこれはこれ。やはり自分で汗水垂らして働いて稼いだお金で作るご飯の方が美味しい様に、自分で動いた方が味の格が上がる気がする。まぁ、働いて稼いだことなんてないけども。
「ぁぁ……おしまいだよぉ………。にとりめ…ぅぅ」
背後から聞こえてくる啜り泣きに振り返るとうずくまって頭を抱えている小傘さんが目に入る。どうやら恐怖のあまり、目を瞑っているせいで助かったことが分かっていないようである。
「もしもーし、こんばんは。小傘さーん?」
「ひぅっ!?」
震える肩に手を置いて呼びかけると、私の手を跳ね除けんばかりに跳ね上がった。私は驚きを食べたりしないんだけどな。
「だっ、だっ…」
「だ?」
「誰!?」
鉄板ネタを振るがごとくのナイスパス。やはり復帰一発目だからキチンとやらねば気が済まない。
「よくぞ聞いてくれました! 私、幻想郷に住まい、皆々様の悪夢を頂いております獏のドレミー・スイートと申します。気軽にドレちゃんとお呼び下さいませ。是非!」
「えっ? えっ…? へ?」
ついついテンションが上がっちゃって早口になってしまい、クルクルと目を回す可愛らしい小傘さん。早口もあるだろうが、何より状況整理が追いついていないだろうからそこから始めるとしよう。
それにしても、世の中には便利な言葉があるものだ。
かくかくしかじか。
「それじゃあもう幽香さんはいないんですか!? やったー!!」
ここが夢の世界で私がもう処理し終わったと分かり、すっかり元気になった小傘さん。両手を上げて喜んでくれている所を見ると私としても嬉しい気持ちで、少しくすぐったい。素直な気持ちというのが一番見ていて心にクる。
「もう幽香さんにイタズラした時には生きた心地がしなかったよぉ…」
実は私、今話題の幽香さんにもお会いしたことがある。勿論、夢の中での話なので彼女が覚えているかは定かではないが。彼女を知っている私からすれば案外、実際でもイタズラ程度ならそんなに怒られないと思う。今回のアレがイタズラレベルなのかは分からないけども。実は幽香さん、私と同じように昔ヤンチャをしていて、その反動からか今ではかなり穏やかな性格であった。残念ながら私と違い、彼女のヤンチャが現実で起こしてしまったという事と、少し長くヤンチャしていた様なのでその伝承が人や妖怪たちの心に残ってしまっているのだろう。
以上が単なる私の推測。小傘さんの夢では悪者だった幽香さんだが、私の顧客には違いない。お客様のケアまでしてこそプロなのだ。
「小傘さん、いい事を教えてあげましょう」
「?」
「実は幽香さんはそんなに怖い方ではありませんよ。むしろ可愛いらしいお方です」
大きな声では言わないが、何というかほんの少しサグメさんと似た部分があると私は思っている。例えば、寝る時にナイトキャップ被って何かを抱いていないと寝れない所とか、苺のショートケーキが大好きで月七回は紅魔館からケーキを貰っている所とか、色んなイベント事で本当は幽香さんが色々な人を呼んでパーティー開きたいけれど、怖がって誰も来ないことは目に見えているので、そういった日には必ずと言っていいほど神社や紅魔館、命蓮寺、魔法の森等々に遊びに出歩いている所など、可愛らしい所が沢山あるお方なのである。
もしかしたら私もサグメさんより先に出会っていたら惚れ込んでいたかもしれない。
「可愛らしい…?」
「ええ、とっても。ですからどうぞ怖がらず現実で驚かせて上げてください。いいものが見れるかも知れませんよ」
「…でもやっぱり怖いかなぁ」
やはり中々、勇気が持てない様子。ドレちゃんはそんな時にそっと背中を押してやれる系女子である。
「個人情報なので余り言いふらしたくないのですが、実は」
「…実は?」
「幽香さんは物凄い怖がりです。ええ、それはもう酷い怖がり。私が初めて夢の中で彼女にお会いした時は幽霊だと思われて大変でしたね」
懐かしい思い出である。私の言う事を中々信じて貰えず、ひたすら必死に塩を撒かれるもんだから体中塩だらけ。服の中に入ってベトベトするし本当に大変だった。
「えぇー!? そうなんだ。そんなイメージ無かったなー」
「人が伝えているものなんていい加減なものです。口伝えなんて五人伝われば内容がコロりと変わってしまう。そういうもんです。実際に会って話すことが一番ですよ。レッツトライです」
私が一番心掛けていることでもある。偏見を持って人と初めて話すこと程つまらないものは無い。事前に情報を知ることは結構だが、鵜呑みにすることは勿体ない。決めつける事ほど楽なこともないけれど、同時に損な事もないのだ。
「んー、そこまで言うなら…」
「是非是非」
小傘さんのお腹も膨らむだろうし、一つ価値あるものを残せたのなら私が獏以上の何かになれた気がして嬉しいのだ。
これでも伊達に長生きしちゃいないのだからそろそろ妖獣らしく尻尾とか増えないかな…とか思ったけど狐みたいにフワフワの尻尾ならまだいいが、私の尻尾はヒョロヒョロの先に筆が付いてる感じなので触手みたいになって気持ち悪そうなのでやめといた方が良さそうだ。夢の中で救ってくれたヒーローがお尻から触手蠢いているとか笑えないだろうから。
〇
「よ、よーしやるぞー」
某日、民家と民家の間で深呼吸をする水色。いつもミスを繰り返す大きな傘は奥の方に置いてあるようだ。そんな彼女の視線の先には人里にやって来ている花妖怪の風見幽香。どうやら小傘は夢で聞いた通り、彼女を驚かせるつもりらしい。小傘にしてみれば命を賭けた大勝負である。酒の席で数回数語話した時には分からなかったらしい、彼女が怖がりだという情報に賭けたのだ。
お気に入りの日傘を差さず、たたんで手に持つ彼女は軽快な足取りで歩く。すぐ側の物陰に小傘がいるということを知らずに。
「フーッ…行くよーっ行くぞーっ」
震える掌に人の文字を書き殴って飲み込んでを繰り返した小傘は勢いよく幽香の前に踊り出た。
「ばぁっ!!!」
とびきり大きな声は大通りによく響き渡り、歩いていた人間達も何事かと視線を漂わせる程であった。そしてその音の発生源を発見した人はげっと顔を歪ませ、一目散にその場を離れていった。
そんなことには目もくれず、やりきった感に浸る小傘は恐る恐る幽香の顔に視線を移した。
「!」
幽香は笑っていた。いつもと同じように笑っていた。
しかし、小傘は気付いたのだ。その笑の口元が引き攣っているだけであることに。そして、笑っているのは顔だけでなく膝もであった事に。そして何よりも、自分のお腹がかつて無い程に満たされていることに。
「な、な、中々やるじゃない。つ、つくみょ…付喪神。私をお、驚かせるなんて大したものね。是非おたっ…お話したいけど、その…私は急用が出来たからっ…その、失礼するわ。ご機嫌よう」
アナウンサーもビックリの早口で、そして緊張しいでもビックリなくらい声を裏返しながら喋り、冷や汗をかきながら競歩みたく、殆ど走って逃げた幽香。そんな幽香の背中を見つめながら小傘はお腹を擦り、満足そうに笑ったのだった。
以後、人里に限らず風見幽香のある所に水色の髪がいる光景が頻繁に見られるようになった。