「やーやー、まさかサグメさんが来てくださるとは思いませんでした。お茶のお味は如何です?」
コクリと頷く片翼さん。傷も八割型回復し、ようやく私が夢を食べに行こうとしてもルーさんに「私が行きますからドレミー様は安静になさって下さい」と止められ暇をしていた所、サグメさんが遊びに来てくれた。遊びと言ってもお見舞いらしいが。
「……傷は」
「ええ、もうほぼ完治です。お騒がせ致しました」
「そう」
そう言いつつカップを傾けるサグメさん。何処からお聞きになったのかは知らないが、こうしてわざわざやって来てくれるのは本当に嬉しい限りだ。サグメさん攻略は順調に進んでいると言っても過言ではないだろう。
「攻略?」
「や、失敬。なんでもないです」
またもや口に出ていたらしい。この悪癖も早く治さねば。考えていること全てを口に出していいことなどある筈もない。 サグメさんと同じである。
「……あの子は」
「あの子? ああ、ルーさんですか。最近は甲斐甲斐しく私のお世話をして頂いておりますよ。今日も夢を取りに行っています」
「そう」
言葉だけ聞いていれば素っ気なく聞こえるサグメさんとの会話だが、実際に話していると中々どうして面白い。表情豊かとは言えないが、羽の動きとか視線の動き、ほんの些細な変化が豊かなお人なのだ。それに何より美人。私は別段面食いというわけではないものの、美人と会話出来たら気分がいいのは誰だってそうだろう。
本当はサグメさんともっとガールズトークに興じたいのだが、サグメさんの口の紐は中々緩まない。
ここ、第四槐安通路は夢世界を土台にした地上と月を結ぶ特殊な通路である。ややこしい話は置いといて、要するにここは夢の中なのだ。夢の中と言えど、サグメさんやいつぞやの霊夢さんたちのように生身でここに来ることも出来る。夢世界でありながらかなり特殊な構造の夢通路が第四槐安通路なのだ。
さて、そんなわけで何故この話をしたかと言うと、サグメさんの能力である。曰く、「口に出すと事態を逆転させる程度の能力」これが厄介で、発言と逆のことが起きる能力ではなく、起こるはずの運命を逆転させる…みたいなものらしい。サグメさんに運命を見通す力がない以上、逆転させる時には全てが博打になる。それに一口に逆と言っても何を表とし、何を裏とするかもよく分からない場合はもうお手上げ。そんなこんなでサグメさんは私以上に口が災いの元になるお方なのだ。きっと普段の生活でも相当の不便を強いられているに違いない。
私なら退屈で死んでしまうだろう。SでもMでもとは言ったが、発言を縛られても嬉しくない。ドレちゃんは黙ると死ぬ獏なのだ。
私の話はさておき、サグメさん。彼女の能力が故の発言の面倒さだが、第四槐安通路ならばなんの問題もない。少し誇張があるので正すならば、夢世界であるならば現実ほど問題にならない。現実と夢は文字通り世界が違う。現実での何かが夢を左右するのは個人の夢に限られるし、夢で起こったことが現実に影響を与えることなど有り得ない。
「…ドレミー、 何してるの?」
「いや、考え事をしてまして。…鷹、要ります?」
「……いる」
「どうぞ」
まさか、いると答えられると思わなかった。サグメさんに鷹の人形を渡して話を戻す。ともかく、夢世界と現実世界は基本的にそういう意味では相互不干渉の世界である。だから例えば、サグメさんが現実世界の何かに関して発言する分には全く心配いらないのだ。残念ながら夢世界では現実の運命は同期されていないのだから。
サグメさんが夢世界でも注意しなければならないだろう事は、サグメさん自身のこと、私のこと、ルーさんのこと、要するに夢世界においても定義付けが可能な存在についての発言である。こう考えるとサグメさんの事をサグメさん自身から聞くのは中々に難易度が高いだろう。だが、私はそれでいいとも思っている。
「……チュンチュン」
今、私の目の前で鷹の人形で遊ぶ彼女は、見てわかる通りに感情豊かだ。見ていて飽きないし、じっと見る口実になるし。
「……何?」
「や、何してるんです?」
「…今、ピーちゃんが恋人を攫われたところ」
「ハードモードですね。ピーちゃん」
「うん」
鷹の人形で遊ぶサグメさん。こういう所が私は大好きなのだ。
「因みにですがサグメさん、鷹はチュンチュンとは鳴かないと思います」
「…………く、クルックー」
「それも違います」
「……………………」
本当に可愛いお人だ。
「ただいま帰りました」
「お帰りなさい」
サグメさんと鷹の人形で遊ぶことしばらく。分かりやすい様に時間を説明すると、サグメさんの愛鳥のピーちゃんが無事に恋人を連れ戻し、二羽で逃げようとした所に新手の組織がやって来て、またもや恋人を連れ去られてしまう。ピーちゃんはそこから血のにじむ様な修行を経て敵組織に乗り込み、無事に恋人を奪還するという涙無しには語れない重厚なアクションストーリー。これを三巡くらいした所でルーさんが帰ってきた。因みに私は敵組織役の鷹を一挙に担当してた。
「ドレミー様、何してるんです?」
「え? ああ、これは今しがたサグメさっ!?」
そう言いかけた瞬間私の太ももに電流が走る! チラと見ればサグメさんはいつの間にか遊んでいた人形を後ろ手に私の太股を抓っていた。何事かと顔を覗きみれば、恥ずかしそうに赤らめた顔を小刻みに振っていたのでそういう事なのだろう。
「ええと、私がサグメさんに鷹の魅力について語っていた所なんですよ」
そう言って鷹の人形を弄ぶ。ルーさんは納得していなさそうに頷き、サグメさんの方へ向き直った。
「サグメ様、いらしてたんですね。…折角来て頂いた所恐縮ですがドレミー様は未だ療養中ですので、あまり無理をするわけにはいきません」
ほとんど治っているし、暇を潰して貰った身としては大丈夫と言いたいところだが、私の世話を焼いてくれているのはルーさんだ。ここは黙るとしよう。
「…元気そうで何より」
「もう少しで完全に回復するそうなので――」
「ドレミーがじゃない。…貴方が」
おおっとサグメさんのジゴロ発動ですね。っと、これでは私がドラマでも眺めるおばさんになってしまう。よく考えたらこの二人だけで会話してるのを見るのは初かもしれない。よく見ておくとしよう。
「――ええ、お陰様で」
「…随分、生活も慣れたみたい」
「…何か、仰りたいことが?」
「…何も?」
「そうですか」
「……」
「……」
おっもい。何であんな素晴らしいスタートダッシュを切った会話がこんなヘドロのように重い空気になるんでしょう。会話も電光石火で終わったし。サグメさんは元々多くを語る人では無いからいいとして、ルーさんは私といる時とキャラが違い過ぎて戸惑う。き、きっとまだお互い慣れていないからでしょう。まだまともに話したこともないだろうから。
「そうだ、これを機にルーさんとサグメさんで一つ、お茶――」
「ドレミー様。サグメ様はお忙しいらしく、もうお帰りになられるそうです」
「え?」
「…帰る」
「え?」
何が何だか分からない。私と遊んでいた頃の愛らしいサグメ様は何処へやら。剣呑とした空気のままお開きとなってしまった。せめて玄関まで、と思って席を立つもルーさんに「お疲れになったでしょうから少しお休み下さいませ」と背中を押されてベッド・イン。ドレちゃんこれでは介護される老人ではないか。
〇
「これはサグメ様の物ですね。どうぞお持ち帰り下さい」
そう言ってルーはソファーの上に放置されていた計12羽に及ぶ鷹の人形をサグメに渡した。
「…この悪の組織の鷹は――」
「悪の組織なんて知りません」
「………」
弁解しようとした台詞は強引にルーに止められてしまいサグメは少し頬を膨らませた。
「ドレミー様が弱っているのを嗅ぎつけて、恩でも売りに来ましたか」
「……」
ドレミーが同席していた時から更に態度を変えたルーにサグメはただ押し黙るばかり。
「残念ながらもう手は間に合っております。ドレミー様は私がお守りしておりますのでどうぞご安心を」
「……」
それを聞いたサグメは何も言わずただ一度だけ小さく頭を下げ、振り返りその場を後にしようとした。ゆっくりと離れていくサグメの背中にルーが小さく語りかける。それは語りかけと言うより、独り言に近いものだったかもしれない。
「ドレミー様の寵愛を頂くのは私だけです」
投げられた言葉に、僅かにサグメは立ち止まった。しかし、何かを言うわけでもなく振り向きもせず、やがてまた歩き出した。しばらく歩いた所で、胸いっぱいに抱き抱えた人形の山の一羽が落ち、足を止めた。
「……ホーホケキョッ」
そうではない。
〇
「あ〜暑い。霊夢さん、エアコンとかないんですか?」
「エアコンて何よ。新しい妖怪? なんでもいいけど余計に暑くなるから暑いって言わないで」
博麗神社にてうなだれて畳に大の字になり、大胆にボタンを上から開け放った女子高生、宇佐見菫子。貰った団扇を扇ぎながら汗を滴らせていた。
「こんなことなら来なきゃ良かった」
「帰りなさい帰りなさい。人が多いと暑いから」
「そんなこと言われても…行き方も帰り方もよく知らないですし」
現実で眠ることで幻想郷にやって来る菫子。夢魂なるものもそうだが、その移動は未だに本人もあまり良く理解していない。
「帰り方って寝りゃいいんでしょ。ほら、夢を通って――」
そう、菫子は眠ることで夢を見る。その際に夢を通して博麗大結界をくぐり抜けているのだ。
「夢ねぇ…この暑さじゃ眠れもしませんけど」
「紫あたりに催眠術でもかけてもらえば?」
「結構です。って紫さんと言えば『神隠し』の件はどうなりました?」
はたと思い出したように菫子は勢いよく起き上がり尋ねた。
「あー、そうだ。そんな話してたわね」
同じように横になっていた霊夢もゆったり体を持ち上げ、壁際に積まれた新聞の山から一部抜き出した。
「はいこれ」
「何ですかこれ、新聞?」
「それの裏の端っこ」
「裏…」
そう言いつつ新聞を捲った菫子の目に止まったのは神隠しの文字であった。
「妖怪の神隠し…」
「それ、結構前の新聞だけど関係ありそう?」
「うーん、これだけでは何とも」
首を傾げる眼鏡っ子に霊夢は退屈そうに欠伸を漏らした。
「そう言えば、紫さんは私の通った通路を誰かが使ってるって言ってましたよね」
「んーそうだった? そう言われたら確かにそんな気もするわ」
「あの時は通路って何のことかさっぱりでしたけど、夢の事じゃないです?」
「通路が?」
霊夢は菫子から受け取った新聞を畳みながら聞き返す。
「多分。夢を使ったら私みたいに行き来が簡単に出来るから、それを利用してるんですよきっと」
一人うんうんと満足そうに頷く菫子に端から声が上がる。
「夢を使うってアンタ簡単に言うけどね、フツーの人は夢なんて自由に行き来できるもんじゃないわよ」
眠ることで夢を見ることは容易い。しかし、夢を使って結界を超えるとなれば話は違う。それはたとえ霊夢であれ簡単に出来ることではないだろう。
「…たしかに。なら私はどうして出来るんでしょう?」
「アンタは何度かオカルトボールを使って越えてるから。分からないけど癖でもついたんじゃない?」
「そんなギックリ腰みたいな…」
結界を見張っている筈の巫女さんでもこんな感じなのだから案外博麗大結界も緩いものなのかもしれない。
「アンタみたいに自由に行き来出来るとしたら紫とかみたいに変わったヤツか…」
「か?」
「確か、ドレミーとかいう妖怪が夢に入り浸ってたハズだからそいつも多分出来るかもね」
「ドレミー…変わった名前の妖怪ですね」
「ドレミーって名前なだけで妖怪で言うなら獏ね」
それは以前、月の異変の際霊夢たちが出会った夢の管理者。その身で乗り込んできた霊夢たちに対して「生身!? もしかして生身!?」とユニークな反応を見せた妖怪である。
「獏は夢を食べに来るらしいから多分、眠っときゃその内会えるわよ」
「そうですか? それならぐっすり眠って待つとしますか。 おやすみなさーい」
「…獏云々が無くても関係なく寝るくせに」
やはり服をはだけさせたまま、またも大の字に寝転がる菫子に小言をもって返す霊夢であった。