ドレミースイートの夢日記   作:BNKN

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13 怪力乱神の生み出した物

「ぬんっ!!」

 

 仁王立ちする鬼目掛けて放たれた無数の紫弾丸は鬼の震脚、ただそれだけで散らされて消えた。

 

「……」

「不満顔じゃないか。理不尽だと思うかい?」

 

 弾幕ごっこで言うならスペルカード要らず、限度無制限のボムである。これがチートと言わずなんと呼ぼうか。しかし、そんな理不尽を前にしてもドレミーの態度は素っ気ないものだった。

 

「いえ、全く」

 

 それが当然とでも言う様に表情を動かさない獏に勇儀は関心した様に頷く。

 

「いいねぇ。じゃあサービスだ。もっと撃ち込んでみなよ。一発くらい当たるかもしれない」

「そうですね」

 

 言われるがままにドレミーは弾を作り続ける。対する鬼も何も言わず腕を組んだままそれを楽しそうに眺めているだけ。やがて色が変わるほどの弾丸が空を埋め尽くした。

 

「それでいいのか?」

「これ以上は作れません。一杯です」

 

 ドレミーが腕を下ろす。それと同時に一斉に勇儀に群がる弾の群れ。その様子はさながら滝であった。飲み込んだものを等しく殺す濁流を想起させる程の勢いで勇儀の身体を覆い隠し、地面を抉り、地を割る。それでもなお止むこと無く、超超巨大なクレーターを作り上げた所で弾切れとなった。

 

「……」

 

 浮かんだドレミーの顔は晴れない。曇もしない。ただ、漫然とその大穴を見ているだけだった。

 

「凄いじゃないか。五、六発は当たったぞ」

 

 爆心地から登る煙が吹き飛び、現れたのは依然として立つ勇儀。辺りは大量の球の死骸、というかトマトを潰したようなべしゃべしゃのソース状の紫色の液体まみれになっている。

 

「これはなんだ、嫌がらせか?」

 

 勇儀の顔面にも付着したその液体だったが、それも力むだけで全て吹き飛んでしまう。そのまま大地を破裂させてドレミーの目の前まで飛んだ。ドレミーもそれに一拍遅れて気付き、驚いたように眉をあげた瞬間に凄まじい力で地面に叩き落とされる。ドレミーは爆音と共に地面に着弾した。

 

「だから言っただろうが、お遊びなんだって」

 

 届いているかも分からぬ鬼の言。人間相手なら独り言になっているだろうそれも相手は妖怪、そこは安心である。

 

「お遊びでもなんでも勝てばいいんですよ勝てば」

 

 そう言いながら、煙の中から出てきたドレミー。無くなった左半身をぶくぶくと作り上げ、有り得ない方向に折れ曲がった腕を無理やり戻す。そのまま半分落ちかけている首を持ち直してつなげた。

 

「まるでゾンビだな」

「そんなおぞましいものに例えないで下さい。泣きますよ」

「じゃあ何がいい? サンドバッグとかか?」

 

 軽口を叩くドレミー。注意力散漫な獏にもう一度衝撃が走る。最早ほとんど瞬間移動と言っていいスピードで近寄った勇儀の拳が腹にめり込んだのだ。錐揉み回転しながら分断されたドレミーの体は二方向に飛んでいく。

 

「痛いですって」

 

 死体にしか見えないその体のままドレミーは何でもない様に口を開く。訝しむ勇儀を他所に遠く離れた向こうから半身を失った足が独りで歩いていき、上半身にくっついた。

 

「獏って奴は夢の中だと死なないのかい?」

「いいえ、そんな事ありませんよ。死ぬやつは死にます。私もキチンと死にますよ。というかむしろ夢の中で本当に死ぬ存在は獏くらいです」

 

 グチグチと体を無理矢理縫合したドレミーはやはりマイペースに服についた汚れを払い、破れた服を直す。

 

「じゃあ頑張ろうか!」

「ええ、どうぞ頑張って下さい」

 

 そこからは酷いもので、焼いて、千切って、爆発して、吹き飛んで、戦いと呼べるような高尚なものではなく、ただ鬼が暴れているというそれだけだった。壊して直して壊して直して壊して直して壊して直して……

 

 

 

「おい、戦う意志は無いのかい?」

 

 いかようにしても死なぬドレミーに目を細める勇儀。勇儀にしてみれば勝負を望んでいたのであって、今のままならば今までと何ら変わらない悪夢なのだ。大口叩いた割には手応えのない獏に怒りさえ抱き始めていた。

 

「はい?」

「一向に攻撃してこない。殴られては治すだけ。私を舐めんのも大概にしろよ。これじゃ悪夢のままさ」

 

 空気の重みが増す。どんよりとした熱が、凄まじい鋭さで鬼から漏れだしていた。

 

「笑わせないで下さい」

「あん?」

「私は貴方が躍起になっている間、ずーっと攻撃し続けていますよ。舐めているとしたらそれは貴方の方だ」

 

「一体何を――っ」

 

 その時、鬼の視界が揺らいだ。

 

「私は最初に言いましたよ。眠らせてあげましょう、と。そろそろお眠の時間です」

 

 体勢の崩れた鬼。ドレミーが使ったのは極めて人間臭い手法であった。それは

 

「――ガスか」

「少し違います。最初の球は皮膚から浸透するタイプの神経毒です。まぁ、毒とは言っても勇儀さんを快眠へ誘うだけですが、それでも生半可なものではありませんよ。ほっぺたを抓るなんてしても無駄です」

 

 次第に滲んで行く視界に鬼が遂に膝をついた。この戦闘が始まって初の事であった。

 

「お前、やっぱり舐めてるだろ…。私が望んだのはこんな……夢……じゃ……」

 

 うつらうつらと船を漕ぎ、やがて倒れた一本角。

 

「さて、ここから――」

「夢じゃない! まだ眠れないねっ!」

 

 目を閉じたドレミー、同時に鬼の爆音が大気を震わせた。

 

「…まったく無茶を」

 

 左腕を自ら引きちぎった鬼。その痛みに目を覚ました勇儀に初めてドレミーの表情が崩れ、汗が頬を伝った。

 

「小細工は終いかぁ!? 悪いがまだ付き合ってもらうぞ! 誰かさんのせいで虫の居所が悪いもんでなぁ!!」

 

 怒髪天と呼ぶに相応しい。滲み沸き立つ妖力が怒りを体現していた。一言叫ぶだけでビリビリと岩山が震えた。一歩歩みを進める毎に地を割るその姿は正しく古から続く恐怖の権化、鬼そのものだった。

 地に縫い付けられた様に動かないドレミーの前に立ちはだかった鬼は右腕を大きく引く。その拳はある一人を除き、全てを屠ってきた無敵の矛。一切の命を破壊する鬼の拳である。

 

「おらっ!!」

 

 その拳がドレミーに向けて放たれた。

 これまでにない程の轟音。だがしかし、目を見開いたのは鬼の方だった。

 

「眠らせて終わりなんて、そんなつまらない。私の仕事は貴方の意識をほんの一瞬だけ奪う事で、ここから先は彼に任せます」

「お前はっ」

 

 勇儀の拳を止めた人影。彼こそ唯一今まで勇儀の拳を止めたことのある存在。人間にして妖怪から恐れられた異常にして頂上なる大英雄。

 

頼光(らいこう)!」

 

 酒呑童子を初めとする鬼を大江山にて退治した源頼光(みなもとのよりみつ)その人である。

 

「あくまで彼は貴方の記憶にある存在です。長い時を経て、貴方に美化され尽くした化け物退治のエキスパートです。貴方の眠ったその一瞬に貴方の中から取り出してみました」

 

「…こんなサプライズがあるとは思わなかったよ」

 

 怒りをから一転、驚きと喜びに打ち震える鬼は極めて獰猛な笑を見せた。常人からしたらその笑だけで失神してしまいかねない程の迫力だったが、ドレミーはそれを見てとても満足そうに表情を和らげた。

 

 

 

 

 

「あっはっはっ!! 楽しいなぁっ懐かしいなぁっおい!!」

「うわぁ凄い」

 

 高らかに笑う勇儀。それを遠く、手頃な岩場に腰掛けて足を組みつつ頼光と鬼の戦いを眺める獏が引き気味にこぼした。

 

「勇儀さんはともかく、彼も完全に化け物ですねぇ」

 

 勇儀の拳が振り抜かれる度に山が消え、地が割れる。その嵐の中、まるで舞でも踊るかのように飛び回る頼光。本気を出した鬼の四天王が一角と渡り歩く人間なんて何処の世界にいよう。あれもまた化け物には違いない、ドレミーはそう一人で納得した。

 一見すると互角に見えるその戦いだが、方や手負い、方や万全、全盛期である。おまけに勇儀は彼相手に黒星を上げた過去もある。如何にあれから勇儀が己を鍛えたと言っても圧され気味であるのは致し方ないことだろう。

 

「アッハッハ…んー、不味いか?」

 

 腕は落ち、胴も大きく袈裟に斬られ、流れ出る血は止まりそうもない。その姿は勇儀にかつて頼光に負けて無様に逃げることとなった自分を思い出させた。他の鬼たちは酒に毒を盛られたから退治されたのだと言い訳出来るだろうが勇儀はそうではななかった。

 実はあの場で勇儀だけはたまたま酒に口をつけていなかったのだ。だというのに勇儀は負けた。正真正銘ただの人間に負けたのだ。その悔しさは図りきれず、仲間に担がれて生き延びてしまったその情けなさは彼女にしか分からない。

 しかもその汚名を返上するより前に頼光は死んでしまった。人間に勝ち逃げされてしまったその無念は計り知れない。戦うことが生きがいで、勝つことがアイデンティティの鬼の悲しみは他でもない鬼にしか分からぬものだ。

 

 しかし、その無念を晴らすチャンスが遂に巡ってきたのだ。本人とは言わないが、それでも死してからしか出会えぬと諦めていた頼光と再び拳を交える機会を得たのだ。満身創痍の鬼であるが、たかが満身創痍であることは、たかが体が上手く動かぬことは諦める理由にならなかった。潔く負ける理由にならなかった。

 

「これで最後にするかぁ!」

 

 それは勇儀が死に損なったあの日に出しそびれた鬼の秘技。破壊を司る鬼の必ず殺す、必殺の力である。

 

「あれはっ」

 

 遠くからぼーっと眺めていたドレミーも立ち上がる。それほどに勇儀が拳に溜め込んでいるエネルギーは尋常ではないのだ。先までの戦闘が嘘のように静まり返り、勇儀の掠れた声もよく響いた。

 

「一つ」

 

 大気が怒り狂ったように唸る。

 鬼が踏み出す。それだけで地面が割れて火の柱が幾つも登った。あまりの力に勇儀自身の皮膚にもヒビが入っていた。

 

「二つ」

 

 それは怪力乱神。勇儀が誇る最大の力である。

 

 怪力乱神とは何か。物体を破壊する力? 生き物を殺す力? 山一つ無くすほどの力? はたまた海を割る力?

 

 全て否。怪力乱神とは世界を壊す力である。その力で壊された物は二度と元に戻らず、破壊されたという結果を未来永劫残し続ける。世界そのものに消えぬ爪痕を残す力こそ怪力乱神なのだ。

 

「不味いっ!」

 

 先ほど述べていた獏を殺す方法。それは現実世界で実際に殺すのともう一つ。獏が夢にある状態で夢ごと壊すという強引な方法がある。

 怪力乱神の壊す世界とは、今なら夢世界がそれに当たる。勇儀の力は頼光に向けられたものだが、同時に夢世界に向けられたものでもあるのだ。すなわちドレミーそのものに向けられた物であるのだ。

 

「三歩必殺」

 

 ドレミーが夢から逃げ出したのと勇儀が拳を放ったのはほぼ同時であった。

 

 

 

 〇

 

「あっはっはっは!! おら飲め飲め!! 飲んでないやつは飲みまくれぇっ!!」

 

 地底に響く鬼の声。いつも響いて聞き慣れているハズの地底住人も驚く様な大声に、無理やり連れてこられた土蜘蛛と橋姫は耳を塞ぎながら眉をひそめた。

 

「ちょっと! ヤマメ!!」

「あーっ!? 何!? 聞こえない!!」

「あいつなんであんな上機嫌なのよっ!?」

 

 騒音に負けじと大声を出すも全く聞き通らないので身振り手振りで一所懸命に尋ねる尋ねる橋姫に土蜘蛛も同じようにして答えた。

 

「なんか夢見が良かったらしいよ!!」

「はーっ!?」

 

 一人で喜んでろとでも言いたそうな目で勇儀を睨む橋姫。付き合わされている彼女達は不憫極まりないが、当の鬼はご覧の通り幸せらしい。

 どんな夢を見れたのかは本人にしか分からぬことである。

 

「あっはっはっは!! 今日は飲むぞーっ!!」

 

 

 

 〇

 

「ドレミー様っ! ドレミー様っ!」

「ん…ルーさん?」

 

 目を覚ました獏。もう一匹の獏が心配したように覗き込んで呼びかけてやっと目を開いた。

 

「良かった!本当に良かった!」

 

 意識を取り戻したドレミーに思わず抱きつくルー。そのきつく結ばれた瞼からは涙が滴っていた。

 

「大丈夫…大丈夫ですから」

 

 最初こそ驚いていたドレミー。自分の体からこぼれ出た大量の血を見て納得したのか、痛む傷口を抑えつつ、ルーを抱きとめた。

 

 

 

 〇

 

 危なかった。もう数秒でも退くのが遅れていたら、こんな傷では済まなかっただろう。左脇腹の三分の一程は消し飛んでいるし、左足も無くなっている。決して無事とは言えないけれど、ぎりぎり生きているのだから何の問題もない。それに、これは私のミスだ。

 本来なら頼光公を呼び出した時点で退いておけばよかったのだ。その時点で食事は済んでいたのだから。

 

 しかし、私は夢に残っていた。それは私が彼らの戦いに興味があったから。つまりは私の望みを叶えた結果がこれなのだ。だから私は後悔なんてしていないし、まして勇儀さんを恨んだりもしていない。人の夢に入り込むなんていうプライバシーを無視しまくった妖怪には相応の報いだろうとも思う。それに、体もほっときゃその内治るのだ。

 

 だから本当の本当に気になんてしていないのだが、気になるのはルーさんだ。私以上にショックが大きいらしく、あの日以来ブツブツと部屋に籠るようになってしまった。食事などは彼女が持ってきてくれるのでその時にだけ顔を合わせるのだが、何となく生気がない気もする。何か話しかけても大丈夫です、と言われるだけである。

 

 それだけショックを受ける理由も分かる気がする。自分で言うのもなんだが、私はルーさんから好かれているのだろう。それは性的なものではなく殆ど神に抱く様な信仰と言ってもいいものである。それは獏界での私の立ち位置と、私と初めて出会った時の衝撃がそうさせているのだと思う。私という存在を大きく見過ぎるが余り、その存在の傷を負った、もっと言うなら弱い部分を大きく見せつけられたのだ。信仰心、つまりは心の拠り所が揺らいでしまっているのだ。きっと私に対する態度も変わるはず。下手をすれば私に愛想を尽かす事だって十分に考えられる。こんな奴を私は慕っていたのか、と。

 

 実は私はそれでもいいと思っている。本来、私がルーさんをここに留めたのは私が言い伝えられているよう恐ろしい存在でないという事を理解してもらうため。勿論、話し相手ができて楽しかったというのもあるが、それが何よりのことなのだ。思わずとは言え、彼女にそれが伝わったのなら本望である。

 

 ただ、

 

「寂しくなりますね…」

 

 短い時間しか共に過ごせなかったのは残念であるが、これ以上彼女を無理やりに留めるのは彼女の尊厳をあまりに無視している。まだ分からぬが、もしルーさんが出ていくというのなら私は止めるつもりは無い。いつかまた会いたいとは思うけれどそれは神のみぞ知ることだろう。

 

 獏なんて現実世界じゃ脆いものなのだ。

 

 

 

 〇

 

 怖かった。

 

 ドレミー様が目を覚まさず、血を吐き、体が失われていくのが恐ろしかった。本当に死んでしまうのかと思い、泣くことしか出来ない自分を心の底から呪った。

 結果的に目を覚ましたから良かったでは済まない、一命を取り留めたらから万々歳ではない。私は愛する方がその命を危ぶんでいる時に無力だったのだ。それが情けなくて叶わない。

 

 日々邁進! なんて巫山戯ている場合ではない。私はドレミー様が次また同じことになった時に助けられるよう、そうした犯人をぶち殺せるように鍛えなければならない。一度救ってもらったこの命、次は私が救う番なのだ。いつまでも甘えたちゃんではいられないのだ。

 

 でも、今はドレミー様を助ける時。それを図り違えてはならない。私が救いたいと思うのは私の我が儘でしかないのだ。そんな私の願望をドレミー様に押し付けてはならない。今はもっと沢山の夢を掻き集め、もっと良質な夢を作らせなければならないのだ。

 

「ドレミー様がいればそれでいい」

 

 それ以外の物はいらない。


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