今回は霊夢達、少なめです。
一月二十一日
初めまして。私はフランドール・スカーレットという名前らしい。
目が覚めたら見知らぬお屋敷に居てさ、紅魔館って言うんだけど始めなんでそんなところにいるのか分からなかった。
ゆっくりと自分の身に何が起きたのか思い出そうとしたけど名前すら浮かばない。
そうこうしてたら見たことない綺麗な銀髪のメイドさんが来てさ、「妹様! お目覚めになられましたか!」って駆け寄ってくるの。
正直意味が分からなかったよ。私自身が誰なのかも分からないし、勿論相手のメイドさんも誰っ? って状態だったから。
だから「……あの、貴女は誰ですか?」って聞いてみたらメイドさんはギョッとした後に「い、妹様? 私が分かりませんか? 咲夜です」と声を掛けてきたんだよね。
うん、知らない。貴女誰? というかそもそも私は誰? ここはどこ?
……何も思い出せない。
正直にそう話すとメイドさんは卒倒してしまった。が、すぐに起き上がると私を病院に連れて行って、検査したんだ。
永遠亭ってとこ。私を抱えたメイドさん、咲夜さんって人がいきなり空を飛んだからビックリしたよ。だって人間が空を飛ぶなんて……ねぇ。それで行き途中に私のことについて聞いてみたら、色々信じられないことを教わったよ。
……簡潔にまとめるとね。
・私は紅魔館の主の妹らしい。
・名前はフランドール・スカーレット
・種族は吸血鬼
うん。色々おかしい。吸血鬼って何さ。一瞬咲夜さんの頭がおかしいのかな、と思ったけど証拠として私の体に生えてる羽がその疑念を否定していった。
でね永琳さんって女医さんに検査してもらった結果、私は記憶喪失なんだって。
なんでも体に猛毒が回った事で一時的に精神崩壊して記憶を失ってしまっているらしい。
私の胃の中から青酸カリ、消毒液、致死量の糖分、その他諸々が出て来たと懇切丁寧に説明してくれた。
よく死ななかったね、私。流石吸血鬼というだけはあるのか。というか永遠亭にあった鏡で初めて私の姿形が分かったけどかなり美少女だったよ。うん、なんていうかフランス人形みたい? 咲夜さんにフランドールちゃんはアイドルとかもやってて、デバイス事業というやつも成功させてて、メイドとしての能力も一流だったという話を聞いたし、元々この体の持ち主だったフランドールちゃんは文字通り言う完璧超人というやつなのだろう。
私が今書いている日記も、そのフランドールちゃんが元々は書いていたものらしいしね。なんか書いてると落ち着くからなんとなく記憶……というか感覚が覚えているのかもしれない。
でも良いのかなぁ……正直、フランちゃんの話を聞かされても私にとっては偉人の特徴とか話を教えられてる気分だよ。
ともかく女医さんの話だとしばらくしたら記憶は戻るらしいし、しばらくは大人しくしておいて、直すことに専念しよう。
変に記憶喪失だって広めてフランちゃんの元々の人脈を掻き乱すのは良くないしね……そうなった時、今の私がどうなるのか気になるけど……まぁその時はその時だ。考えるの怖いしやめとこう。
ともかく今を楽しんで生きよう。
そう思いました。
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「「「「………………」」」」
読み終えた一同は絶句していた。
レミリアの猛毒料理。それは確かにまずいと説教はした、したが実際に症状として『記憶喪失』という結果が出た以上さらなる糾弾が必要だと三人は確信する。
最初に動いたのは早苗だった。
「ちょ、どうすんですかこれぇっ!! レミリアさん!? 記憶喪失ってマジですかッッ!!?」
「げふっ、ゆらゆら揺らすな! がくんがくん首が揺れて舌を噛む……ううっ!」
レミリアの服の首元を掴みガックンガックン揺さぶる。
揺さぶられる側のレミリアは少し苦しそうに顔を顰めた。それからようやっと離してもらった後に彼女は叫ぶ。
「マジって聞かれても……私も初耳よ! 本当なのこれ!?」
「いやなんでだッッ!!」
「うわっ、だから揺ら――って持ち上げたぁ!? って回すな回すな! 傘回しの玉か私はーっ!!」
今度は霊夢の番だった。レミリアを持ち上げグルングルン回しながら彼女は尋ねる。
というかレミリアが記憶喪失を初耳だ、というのは幾ら何でもおかしいのだ。例え隠そうとしたって、もしフランが目を覚ましたと聞けば彼女は真っ先にフランの元に行くだろう。そこで一言二言でも会話すれば気付かないわけがない。
「うっぷ……うぇぇ、三半規管が……、うぅ。だ、だって本当に知らなかったのよ! ちゃんとフランとも会ったしお話もしたけどいつも通りの対応だったし……」
「……マジですか」
心を読んでさとりが言葉通り「本当かよ……」という顔で何こいつあり得ねぇと暗に示す。
どうやら真実らしい。
「……うっそでしょ。と、ともかく次読むわよ。レミリアに聞いてもラチが明かないわ」
「「賛成です」」
「なにおう!? けど……私も気になるから次のページに行きなさい」
そんなこんなで全会一致で一同は次のページをめくった。
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一月二十二日
私のお姉様なる人と会った。
こんな立派な館の主で、しかも私のお姉さんって話だからさぞ美人な出来るタイプの人なんだろうなぁと思ってたら予想外にちっこい子が来た。
青い髪の女の子。レミリアという名前らしい。
「ふ、フラン? お加減は大丈夫?」
「大丈夫です、じゃなかった。大丈夫だよ」
「そう、良かった……!」
頷くとお姉様はパァっと太陽のような笑顔を浮かべた。可愛い。
それからいくつかお話ししたけど中二病なのかな? 話してる最中に眼帯と魔法の杖を取り出して部屋の中で魔法を発動させてた。
エクスプロージョンというらしい。英語で爆発ってまんまだね。私的にはイオナズンとかイオグランデの方がしっくりくるけど。
まぁ魔法陣だけで爆発してなかったから見かけ倒しというか、お姉様は本気でぶっ放すつもりだったみたいで愕然としてたよ。
……詠唱が長くて途中で飽きた私はなんかそこら中に見える目みたいなのを見てたけど。
あぁそうそう、目といえば今更だけど視界が変なんだ。
モノとかに『目』が見えて、その目を握りしめるとモノが壊れちゃうの。咲夜さんに話を聞いたらどうやら私には『ありとあらゆるモノを破壊する程度の能力』ってチート極まりない能力があるらしくて、それだろうって話だったけどさ。
……うーん、視界が見えづらくてしょうがない。あとお姉様とか咲夜さんにも『目』が見えるけど握り潰したら駄目だよね。死んじゃう……よね?
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読み終えて、レミリアが騒ぎ出した。
「ちょっ、サラッと私死にかけてる!? きゃー! きゃー!!」
「うるさい」
が、一瞬にして霊夢の鉄拳を喰らい地面にめり込むレミリアを一同は放置してそれぞれ思い思いに話し始める。
「あの、咲夜さん。良いですか?」
「……質問するなら地面のお嬢様を何とかして頂戴。主人の許可なく紅魔館の内情はペラペラ話せないのよ」
最初に手を挙げたのは早苗だ。彼女はより詳しい情報を知るべく咲夜の名前を呼んだが、出てきたのは「お嬢様をちゃんと話に参加させろ」という意思表示であった。
「……もう、ほらレミリアさん。起きて下さい」
「むきゅー……うー……」
地面にばったり倒れたままのレミリアをグイッと引っ張って早苗は自分の膝の上にレミリアを座らせる。
一人で椅子に座らせるとまたばったり地面に倒れてしまうからだ。その態勢のまま早苗は「さぁ情報プリーズギブミー、咲夜さん」とグーサイン☆を決める。
……しばらく膝の上にちょこんと座るレミリアを見てジト目を浮かべた咲夜だが、やがて溜息を吐いて話し始めた。
「……はぁ、簡単に話すわ。妹様は記憶喪失になってからもそのご様子はあまり変わられておられなかったわ。強いて言えば初めて見るモノや事柄が珍しいのか、楽しそうにしていたことくらいね。後は、妹様はふとした時に説法のような、良い言葉を言う時があるのだけどその時に頭の後ろから後光が射していた……くらい?」
「くらい、というか大問題じゃないですか!?」
特に後光のくだり! 神格漏れてる! 漏れてます! と早苗が声を張り上げる。
「……漏れている、というかそうなると無意識のうちに周りが救済されたり救われたりするのよね。ありがたい、というか。なんと言葉にすれば良いかしら。悪い影響は無いから放置していたのだけれど」
「いやそれ問題なんですよ! それ思いっきり神様ですから! それこそブッダとかイエスの領域ですからそれぇっ!!」
「……本当よね。でも万単位の信者でそれが出来るものなのかしら。ちょっと引っかかるわね」
早苗のツッコミに霊夢が疑問を付け足す。
本職だけあって二人の理解は早かった。さとりも心を読むことで大体の話を理解する。
……レミリアを除いて。
「ちょ、ちょっと待って! そもそも神格って悪いものなのかしら? 吸血鬼視点で見ればそりゃあ気に食わない点はあるけど人間から見れば基本は善でしょ?」
「それは神様にもよりますね。悪神も居ますし。ただ問題点はそこでなくて、封印してた神格が解けている点と先程霊夢さんが言った所詮万単位の信者で、ブッダやイエスといった神々と同じことが出来るのかどうかなんです」
説明して早苗はうーん、と悩むが答えは出ない。
霊夢も同上であった。仕方なく彼女は言う。
「……ともかく次のページに行きましょ。なんか私の勘が考えるだけ無駄って言ってるし」
「……霊夢さんの勘が言うならそうなんでしょうね。分かりました」
そして一同は次のページをめくった。
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一月二十三日
私はフラン。だけど私って誰だろう。
そんな哲学的なことを考えてしまう。
魔法とかは新鮮に感じるけど、人から話を聞いても感慨が湧かないんだよね。
今の私はフランドールとして生きてて、紅魔館って館でメイドさんにお世話されながら裕福に暮らしている。咲夜さんは良い人だと思うけど私からしたらまだ二日前に知り合ったばかりなのに、なんでそうまで甲斐甲斐しくお世話してくれるのかが理解出来なくて怖い。
お姉様、家族にも会ったけど誰だろう? ってことしか思えない。
一人になるとナーバスな事ばかり考えてしまう。
気付いたら涙が零れる。
自分は誰だろうって考えて怖くなる。
……だから気晴らしに屋敷の中を散歩することにした。途中でお姉様が居たので声をかけると「何言ってるの?」と返された。
少しお話しして、どうやら彼女は私が創り出した存在であることは分かったけど、なんだろう。お姉様にしか見えない。
ともかくそれだけ私と繋がりある人なら、と思って正直に記憶喪失だと話すと「えっ……?」と驚いていた。
それから記憶を取り戻す為に屋敷を案内してくれたけどごめん、分からないや。
しかも途中ではぐれて迷子になったし……広過ぎるよ。
「……ここどこだろう?」
エントランス? かな、入り口近くではない。大図書館と書かれた部屋が近くにあって、その横に地下室に続くらしい階段がある。
「……?」
階段? 一瞬見覚えのある光景だった気がして首を傾げると記憶がフラッシュバックした。
人形を抱きしめて……壊した?
閉まる扉を見て、私泣いてる?
そこに白黒の魔法使いがやってきて……。
「ハッ!」
そこで私は我に返った。
そして改めて地下室に繋がる階段を見る。
(……そうだ、私はこの地下室に居た)
記憶のフラッシュバック。それは間違いなく私の記憶だった。
ジッと暗がりの地下室への階段を見る。何処か記憶に引っかかる、けれど思い出せない。それが喉元までせり上がってきた痰のように私を襲いくる。
「…………」
誘われるように私は地下室に降りた。
そして、そして、そして。
「……ッッ!!」
扉を開いた先からふわりと香る香りと、見えてきた光景に頭が割れんばかりに痛んだ。
思わず頭を押さえるけれど痛みは消えない。
……ふらふらと部屋の中に入って、倒れる。
……今、書いてて何となく理解した。
多分、もうわたしは消える。
記憶が物凄い勢いで、波のように脳裏をよぎって……。
終わりは突然に、というけどまさにその通りだ。
とりあえず私は『わたし』として最後にフランに書き留めておきたい。
体を貸してくれてありがとう。
わたしは消えるけど、その分生きてください。
願わくば……貴女と、お話ししたかった……。
あ……り、……が、……と…。
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一月二十四日
目が覚めたら妙に清々しい気がした。
んーっ、と伸びをして起き上がると地下室。
……あれ? 私いつのまに地下室に来たっけ? しかも何で地面で寝てたの? と思って横に落ちてた日記を読み返してビックリした。
私、記憶喪失だったみたい。
力を振り絞って書かれたらしい文字を見て、何も言えなかった。
……私も、貴女とお話ししたかったよ、わたし。
ともかく約束するよ。
日記に書かれた思い、ちゃんと受け継ぐから。後悔の無いように生きるから。
だからいつか会いましょう、わたし。