十一月編十七日
昨日のあの後は大変だった。
アリスさんのお母さん。神綺さんの柔らかい腋と胸と腕で完全に頭部を押さえ込まれた瞬間はまだ大丈夫だったんだ。
でも、数秒で万力のような圧搾に達してさしもの私も息は出来ないやら頭部がヘッドロックを掛けられたように動かないやらで意識ごともっていかれてしまった。
反射的に妖忌さんやめーりん直伝の技で腕から逃れようとしたけど全く通じなかったよ。なんだろうね、魔神って凄い。
で、私達が目覚めてから真っ先にしたことなんだけど。
「初孫って本当に可愛いわぁ。目に入れても痛くないって本当ね! と、それはそうとアリスちゃん! 結婚式にお母さんを呼ばないってどういうことっ!? 私、おかんむりなんだけど!!」
「おかんむりってきょうび聞かないわね……」
そう、
「ねぇお母様、その事で説明したいんだけど……」
そんなわけで私達はここに来た理由と事情説明、そして誤解を解くために話をした。
「――というわけで神格をなんとか出来ると聞いて来たんです」
「……ふんふん。つまりフランちゃんは私の初孫じゃなくてアリスちゃんの友達で、私に神格を解くお願いをしにきたのね?」
「そうよ。それを早合点して……それに魔神だからって入国管理局に無理言って私が来たら家に来るよう伝えておくとか権力行使して私ちょっと怒ってるんだからね!?」
アリスさんは説教モードだ。それに言葉遣いもいつもと違って崩れているあたり自然体だった。どうやらお母さんが嫌いなわけじゃないらしい。
「だってー……アリスちゃんがアリスちゃんそっくりの女の子が連れて帰ってきたってルイズが言うんだもん。あと神格とかイエス・キリストの加護だって一目見て気付いたけど、私の初孫ならおかしくないし〜」
ヒューヒューと吹けてない口笛を吹きながら神綺さんがぶーたれる。孫じゃないと知ってちょっと残念そうだ。
だがやがて神綺さんの顔がちょっと困ったような色に染まる。
「んー……別に解くのは良いんだけどちょっと頼まれてくれない?」
頼みごと? どういうことだろう、と私が話を聞く体勢を取ると神綺さんは話し始めた。
「さっき私が初孫が出来たって早合点したって言ったでしょ?」
「うん、それがどうしたのよ」
「えっとねー……ちょっと言いづらいんだけど、自慢しちゃったの」
「は?」
「友達の神様にね? 初孫が出来た! って、しかも会わせる約束までしちゃっててどうしよっかなって思ってたんだけど……」
「はぁ!? そんなの間違いでした、で良いじゃない!」
「やんアリスちゃん当たり強いーっ! お母さんなんだからもっと優しくしてよー!」
アリスさんの鋭いツッコミに神綺さんが腕をブンブン振り回して反抗する。子供か。
しかしそれも数秒のこと。神綺さんは私の顔をジッと見つめて内緒話をするように手を口に横に合わせて言う。
「でね、物は相談なんだけどフランちゃん。神格を解く代わりに、ちょっと私と一緒に
「何言ってんのよ!? そんなの問題が解決しないでしょ!! ちゃんとスパッと言いなさいよ!」
「別にそれでも良いんだけどぉー、どうせなら連れて行って誤解させた方が面白いかなって?」
「馬鹿なの!? お母様は馬鹿なの!?」
「だって暇なんだもーん♪ 暇を持て余した神々の遊びって事でさっ! 絶対フランちゃんに悪くならないようにするから!」
うーん……まぁ私としては別に良いよ? むしろ神格を解いてもらうのに何もしないってのも気持ち的にアレだし。
「決定ね! じゃあそっちは明日行くから、今日のところはフランちゃんの神格と加護チェックをしようかな?」
「チェック?」
何だろうそれは。
「簡単に言えば神格はどの程度の神様と同等の力を持つか、加護はどんな神様に与えられているのかを調べるのよ。別に魔神の力で全部ぶっ壊しても良いんだけど、それをやるとフランちゃんがボンッ! ってなっちゃうから」
「ボンッ!?」
擬音だけ聞くと大した事ないけど、多分あれだよね!? 私の存在そのものが消えるよねそれ!?
というかキュッとしてドカーンよりタチ悪いよそれっ!! と私は戦々恐々とする。
「怖がらせんな!」
「はうっ!? アリスちゃんの槍人形による
私がビクついていると途中、アリスさんが人形で神綺さんが攻撃したけど本人達にはこれが日常なようだ。
バイオレンスだね、というかアリスさんツッコミキャラだったんだね。
「もー、アリスちゃんってば容赦しないんだから!」
しばらく槍で攻撃されていたり、人形の糸で縛られたりしていたけどやがて満足したのか神綺さんが脱出してきた。
それから私へさっき途切れた説明を続け始める。
「ともかくね、チェックするから動かないでね」
「はい!」
「えーと……上から140、69、52かな? 吸血鬼の五〇〇歳くらいと考えると魔神測定だと将来有望ね。ふんふん……よく訓練してあるけどこの頃はすべすべで柔らかくて良いわねぇ」
「いや何を測ってるんだごらぁっっ!!」
「はぅんっ!?」
私の身体に触れながら神綺さんが言うと、アリスさんが叫んで飛び蹴りをかました。楽しそうに神綺さんが悲鳴を上げる。
いや本当に何を測ってるのよ。えっ……スリーサイズ!? ちょっと待って!
「じょ、ジョークよジョーク! イッツ魔神ジョーク!!」
「ジョークの割に数字が生々しいのよ!! ふざけてないで真面目にして、お母様!」
「もー、アリスちゃんったら。昔みたいにママって呼んで良いのに〜」
「うるさい! だからここには来たく無かったのにぃ……!」
凄いね。こんなアリスさん初めてみたよ。幻想郷じゃ、知り合いも多くてアグレッシブで慎みある女性の代表として知られているのに。
でもこんな感じの自然なアリスさんも好きだな。
「ともかく真面目にするとね。神格化はかなり進んでいるわ。それこそ今すぐ神様になれるわよ? 二つの神器の所持者で信仰者も居るし。下手すれば神話の神様と対等に渡り合える神様になれるかも。というか既に神話が生まれちゃってるし」
「え?」
「天狗の山に単独真っ正面から侵入し炎剣レーヴァテインで暴れ回った。吸血鬼ながらイエス・キリストやゴータマ・シッダールタに臆する事なく話し合い彼らと友人となった。先の二神と共に大量の不浄を抱えたまま月に押し入った。人々の前でブラギの竪琴を披露し魅了した。神話レベルだとこんなところかしら? とはいえ信仰者が多い理由はそのいずれでもなく……アイドル?」
妙ねぇ、と神綺さんが言うけど正直殆ど身に覚えないんだけど。
私、イエス・キリストに会ったこと無いしシッダールタさんにも会ってないよ? 同姓同名のイエスさんとブッダさんは友達だけどさ。
それに天狗の山……妖怪の山に行った時、確かにレーヴァテインを振り回したけどアレは香霖堂でもらった武器だし……あれ?
あれあれあれあれあれ?
あれれー、おかしいぞー?
その時だった。
何だろう。思考に靄がかかったような、上手く頭が働かない。明らかな矛盾があるのにそれを矛盾と気付かないような変な感じが私を襲った。
「んー、あぁそういう感じなのね。じゃあ変に気付かせない方が良いかしら?」
神綺さんは何か納得してるけど……。
「とりあえず疲れてるみたいだしゆっくり寝なさい。夢子、フランちゃんを寝室に運んであげて?」
「はい」
何だろう。何だか眠いや。
お言葉に甘えて寝ることにしようと思う。
じゃあおやすみなさーい……。
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「……思考に靄ですか」
「そういえば神様って無意識のフィルターを弄れるんですよね。例えば神様である事を隠して下界に降りる際に周りの人々に混乱をもたらさないために人々の思考が誘導され、目の前の存在が神だと気付かさせないとか。それでしょう」
「……こいしの力のようですね」
「あんなの比べ物にならないでしょ。だって目の前の人物がイエスとかブッダだと名乗って、目の前で奇跡を起こしてもあのフランが全く気付かないフィルターって考えると」
「ありとあらゆるものが破壊出来るフランが気付かない……確かにそう考えるとかなりの力よね」
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十一月十八日
いやー日が経つのは早いね。
昨日の今日でだけど早速神様のところに私を連れて行くらしい。
「そういえば誰と会うんですか?」
「んー、えっとエリスちゃんと、フレイヤちゃんとイザナミちゃんだね」
「どんな接点ですかそれ……」
ギリシア神話に北欧神話に日本神話に魔神という豪華ユニットだ。
というか神綺さんって魔神なんだよね?
「もしかして神綺さんって最上位の悪魔だったり?」
「違うわよー。私はお茶目な神様よ! あっ、でも魔神だからって何でも出来ると思わないでね? オティヌスみたいに世界を丸ごと壊して創ってとかは多分出来ないし、無限にある力を無限に等分しなければ顕現出来ないとかそんなインフレはしてないから」
「いやオティヌスって誰ですか……」
カルチャーショックってやつかな。いまいち話が噛み合わない。
ともかく私、これから凄い女神様達と会うんだよね。
今日の私はアリスさんの子供の頃の服でしっかりおめかしして来たけどちゃんと演技しないとなぁ。神綺さんの孫として。
「というか神綺さんを何て呼べば良いんですか?」
「ばーばでもおばーちゃんでも良いわよ? それだけの年は経ってるし」
「いやいや……こんな若いお姉さんに向かってばーばは無いでしょう。むー……」
「まぁ勢いで何とかなるわ。別にバレちゃっても良いしね」
「それはそうですけどぉー……」
なんとなく私のプロ意識が納得しない。
そんな風に思案していると神綺さんがこっちを向いて言う。
「ともかく行くわよ。そうね、どうせだしワープしましょうか。世界の方を移動させる準備っと」
「ちょっと待って下さい!! 今不穏なワードが聞こえました! 世界を移動させるってなんですか!?」
「簡単よ? 私達が移動するのは面倒だから、私達以外の全て。この惑星を移動させて私達を目的地の前に着かせるの。ぐるりとね?」
「待って!? もうなんか私の中の常識が壊れた!」
でも私の悲鳴もなんのその。直後に景色が丸ごと歪んでいった。
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気が付いたら天界に居た。
大切なことなのでもう一度書こう。
「はぁ!?」
「おー、良い反応♪ そうそうこういうのを求めてたの!」
「待って、意味分かんない。天界? what?」
「天界よー、神々が住まう世界ね。実は天界ですっごく美味しいケーキバイキング店があってね! そこで皆で食べる予定だったの」
楽しそうに告げる神綺さんだけど私は反応出来ない。
単純にスケールが違い過ぎた。ワープに世界の方を動かせるなんて時点で意味分からないのに、超お気軽に天界なんて場所に来ている。
うん、頭が追いつかないや。
(しかもそれだけの事やってながらケーキバイキングって意外と庶民的なの神様って!?)
ともかく会う心の準備だけはしないとね。
意味分からな過ぎてちょうど子供返りしたいところだったんだ。今ならすごーく子供っぽく演じられる気がする。
「ダイジョウブ……ワタシハヤレル」
「ちょっとフランちゃん? 現実逃避してない?」
思考停止したのか変なスイッチが入ったのか、私は意味不明な事を言いながら意外と現代的な街並みの天界を歩いて行く。
で、それから十分後。
ようやく着きました。目的地。
ケーキバイキング店です!
「神綺さん、待ってましたよー」
「そっちの子がお孫さんですか、可愛いですね!」
「こんにちは神綺さん。お孫さんもこんにちは」
「遅れちゃってごめんねー? お待たせ!」
入ると既に三人の女性が着席していた。
どうやら先に来ていたらしい。多分、雰囲気からだけど上からフレイヤさん、エリスさん、イザナミさんだと思う。
ともかく私達が席に着くと神綺さんが立ち上がり、私を紹介する。
「早速だけど紹介するね! この子が私の孫のフランちゃんよ! すっごくアリスちゃんに似てるでしょー?」
「本当ですね。よく見るとソックリ! 将来は美人さんですねー。あっ、私はエリスと申します」
「えぇ、そうね。初めましてフランちゃん。私はフレイヤよ」
「可愛らしいですね。私は
「わ、私はフランです。よろしくお願いしますっ!」
そんな具合に挨拶するとイザナミさんがへぇ、と頷く。
「神綺さん、お孫さん凄いですね。これだけの神格をお持ちとは……それに吸血鬼にも関わらずイエス・キリストやゴータマ・シッダールタとも交流を持つとは」
「でしょでしょー? 流石アリスちゃんの子よね!」
「いや、本当に凄いですよ? 将来が有望ですね」
「本当に、流石シンシンのお孫さんね」
上からイザナミさん、エリスさん、フレイヤさんの言葉だ。
というか随分とフランクだよね。
それぞれ私の頭を撫でたりして楽しそうにしているけど。
「ともかく折角のバイキングだし食べましょうか。あ、私ショートケーキ!」
「じゃあ私はモンブランで」
「そうですねー私はチョコレートケーキかなぁ」
「私は抹茶ケーキとやらにしてみましょうか。フランちゃんはどうしますか?」
「あ、じゃあ私はチーズケーキにします」
それから神綺さんの提案で早速それぞれケーキを取って食べ始める。天界のチーズケーキは美味しかった。
口の中で感じる甘い味を噛みしめるたび、美味しい。流石神様の世界。まだ私には作れないお菓子のレベルだね。
材料はなんとなく分かるけど。
「あ、そうだ。ここで会ったのもなんかの縁だし私達三人からも加護をあげません?」
「良い考えですね」
「フレちゃん良い考えね。分かったわ」
「あっ、ずるい! 私もあげる!」
ともかくそんな事を考えているとどうやら何か知らないうちに私に加護をくれる方向で話が進んだらしい。というか神綺さん、張り合わないでよ……。
で、そんなわけで貰いました。加護。
それから、
「大事にしてね?」
「何かあったら呼んでくださいね?」
「もしまた機会があれば会いましょう」
ケーキバイキングも無事に終了!
なんとかバレずに終わりました! ッハー、疲れたぁ。
と、私個人は思ってたんだけど。
でも帰り道で神綺さんに聞いてみると、「絶対バレてたねー」と笑ってた。
「流石に私の加護が無いのは致命的だったなー。まぁ加護はあって困るもんじゃないし、神格を抑える方面で行くわね?」
で、約束の神格の件だけど。
どうやら神格を抑える方法があるらしい。
「はい、これ」
それでなんか渡されました。
これは護符かな? 見たことのない文様の描かれた護符。
「これは私の作ったものなんだけど、まぁ端的に言うと力を封じる護符ね。これだけ持っておけば神格は防げるわ。これはフランちゃんの身体の中に入れておくから。もし神様の力が使いたい時は、念じれば使えるからね?」
なにその便利アイテム!?
ともかくそれを身体の中に入れてもらった。
同時に私の身体から神力が消失する。と、同時に言いようのない倦怠感が身体を襲った。
神綺さん曰く、
「身体から一気に力が抜けてるから錯覚してるだけよ。まぁ大事をとって明日まで私の家に居なさい?」
とのこと。
お言葉に甘えさせてもらいます!
というわけで今日はここまで、眠いし寝よう。
おやすみなさーい。
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「……女神の加護」
「なんというか意外に女子高生みたいですね、女神様」
「……ともかくこれで神格は何とかなったんですね」
「なのになんでかしら、全く弱くなった気がしないどころかただ封印ついただけで私より強いのに変わらないこの感じ……」
吐き出すようにレミリアは言った。
が、誰も返事を返さないのでやがてレミリアも黙り込んで次のページをめくる――――。