書いてから思う。
これ東方ほぼ関係無いな、と。
ま、次回から魔界編なので偶にはこういう回もあるってことでここはひとつ。
十一月十三日
寺子屋には一人、少し計算や話すスピードが遅い知的障がい者の子がいる。
単純な問題でもええと……ええと、と解くのに時間がかかるのだ。
でもそんな子相手でも算数の先生が解けないと分かっていながら問題を解かせようとするのを私は春から見ていた。
「○○、この問題を解け」
その時指示されたのは42×2という掛け算だ。簡単なもので、それこそ暗算でも答えが出せる程度の問題だけど、それでもその子はええととどもる。
それでいて解くスピードも遅くて何度も間違えるのに、算数の先生はしつこく何度でも答えさせた。
そのどもる様子を見て、周りの子供達は解くの遅いなあと笑う。
ああまただ。
私は唯一、この光景が寺子屋で嫌いだった。
笑い声を隠そうとしないクラスメイトにも、先生にも腹がたつ。あんなに頑張って解いているのになんであんなに酷い事するんだろう。
私はこの算数の先生が嫌いだった。
だって不条理じゃないか。理不尽じゃないか。
あの子にはあの子なりのペースがあるのに無理に問題を解かせようとして、それでクラスメイトの笑い者にさせるなんて最低だ。
だから私は算数の先生が嫌いだった。
でも今日、算数の先生は別の仕事に移ることになり教職をやめることになった。
それから寺子屋でお別れの会を開こうという話になって、私達のクラスから『生徒代表』で言葉を送る人を選ぶことになった。
でも考えてみて欲しい。体育館の壇上に上がって、算数の先生にお礼を言う役だ。そんなの算数の先生に限らず大体の先生が相手でも皆やりたがらないだろう。
一番先生に迷惑掛けてた○○にやらせよーぜ。
そう、知的障がい者の子に白羽の矢が立ったのは予想の範疇だった。
それにそう言ったクラスメイトの子は期待していたんだ。壇上でどもる○○君をまた笑い者に出来るって。他にも面倒な役を押し付けるという魂胆もあったのかもしれない。
でも、私はそれを見過ごしたくは無かった。
だから、
「わ、私がやる」
そう言ったんだ。でも、それを拒否したのは他ならないその障がい者の子だった。
「え、えっと、いや……ぼくにやらせて欲しい」
たどたどしい言葉で、それでもいつもよりは早いペースでその子がそういうので私はもう引き下がるしかなかった。
それから算数の先生のお別れ会が始まった。
生徒が体育館に集められて、算数の先生からお話を聞いた。
「転職という形で教職をやめる事になりましたが、皆さん本当にありがとうございました。後任の先生とよく勉強に励んで下さい」
そう言って算数の先生はマイクを持って深々と頭を下げていた。
それからすぐに障がい者の子の出番がきた。
生徒代表の言葉だ。名前を呼ばれてから少し時間をかけて知的障がい者の子が立ち上がり、花束と手紙を持って壇上に向かって歩いていく。
私たちは体育座りをして見ていたけど、中にはこれからどんな醜態を晒すのかと既にほくそ笑んでいる子もいるようだった。
不愉快になった私はそちらへの意識をシャットアウトする。
そして知的障がい者の子は壇上に立つと算数の先生に対してこう語り始めた。
「先生……ぼくを、普通の子と一緒に勉強させてくれて、ありがとうございました」
そう言って深々と頭を下げた彼の姿はよく記憶に残っている。
それまでガヤガヤ話していた生徒達も黙り込んで彼の話を聞いていた。
彼はゆっくりと……所々つっかえながらも話していく。
一年生の頃、足し算や引き算が何度やっても出来なかった彼に、何度も何度も根気強く教えてくれたこと。
図工の授業のあと。絵を馬鹿にされた時、通りがかってくれて水彩画を教えてくれたこと。
二桁の計算が出来なくて、放課後つきっきりでそろばんを勉強させてくれたこと。
彼の感謝の言葉は十分以上にも及んだ。
彼が一つ一つ、算数の先生がしてくれたことを話すたびに私にも大きな衝撃が襲ってきた。
無茶な質問ばかりをして生徒をいじめていたと思っていた。だから嫌いだった算数の先生は、そんな人じゃなかったんだ、とその時私は初めて知ったんだ。
その間、私を含めおしゃべりをする子供達は誰一人居なかった。
ただ、算数の先生がぶるぶる震えながら嗚咽をくいしばる音だけが、体育館に響いていただけだった。
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「……良い話ですね」
「……そうね」
「……流石にこれにボケはかませないわ」
「……当たり前です。何を言ってるんですか」
四人もこの話を広げるつもりはなく、さとりの言葉を最後に次のページへと手をかけるのだった。
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十一月十四日
また外の世界との境界を見つけた。
前に向こうの世界に送られたことがあったから感知してから他の人が危険な目に遭わないよう、現場を守っておこうと思って近寄ったんだ。
すると結界の綻びの近くで一人のおじさんが首を切って倒れていた。
「……ひうっ!?」
思わず驚いて喉元から変な音がした。でも一大事だから、慌てておじさんの生死を確認すると辛うじて息をしていた。
手には血の付いたナイフが握られていたのでどうやら自殺しようとしたらしい。慌てて能力で治療して、それから人を呼ぼうとしたところでもう一人人が倒れていることに気が付いた。
「……へ?」
それは老婆だった。首を手で強く締められた跡があって、既に息絶えていた。多分、さっきのおじさんに殺されたんだと思う。
近くに車椅子が落ちていたので多分、身体の不自由な人だったんだろう。
「……、」
となると無理心中か。
ともかく人を呼ぶと首を切って倒れていたおじさんが永遠亭に運ばれていき、老婆の方は遺体安置所に保管されて、すぐに人里の医師達による実況見分が始まった。
それから程なくして、老婆の死因が判明する。
「やはり、老婆は先程の男性に殺されたものと思われます。首に残っていた指紋が彼の手のものと一致しましたし、それに持っていた身分証明書から彼とこの老婆は母と子の関係だったようです」
つまり殺人だ。多分二人とも幻想入りしてきたものと思われるけど殺人犯を野放しにするわけにはいかない。
程なくして永遠亭の薬師の手で回復し、目を覚ましたらしいおじさんが両の手に手錠を掛けられて人里の裁判所まで連れてこられて裁判が始まった。
それで第一発見者として私も出廷する事になったんだ。
まずは検事側による冒頭陳述から始まった。
「この事件は京都市の一角にある河川敷で、無職のN氏が認知症の母親を殺し無理心中を図りその後幻想入りして発覚しました」
そして事件内容は認知症の母親の介護で生活苦に陥り、母と相談した上で殺害したというもの。
N被告は母を殺害後、自身も自殺しようとしたが私に発見され一命を取り留めた。
元々N被告は三人家族で、十年前に父親が他界。その頃から母親に認知症が発症し始め一人で介護していたらしい。
しかし日に日に認知症は悪化し、五年前には昼夜が逆転し夜中に徘徊して警察に保護されることも度々起こるようになった。
仕方なくN被告は休職し、デイケアを利用したが負担は軽減せず同年に退職する事になる。
また生活保護は失業給付金などを理由に認められなかった。
そして介護と両立出来る仕事は見つからず、一年前に失業保険の給付金がストップする。
その後は貯めていた貯金を切り崩し生活するがやがてそれも尽き、カードローンの借り出しも限度額に達し、デイケア代やアパート代が払えなくなり心中を決意したそうだ。
そして今日、京都市内を観光したのち河川敷にて母親に、
「……もう生きられへん。ここまでや」
などと言うと母親は、
「そうか、あかんか。N、一緒やで」
と答えた。
N被告が泣きながら、
「すまん……すまんなぁ……」
と謝ると母親は、
「こっちに来い」
とN被告を呼び、N被告が母親の側によると、
「Nは私の子や。私がやったる」
と言った。
この言葉を聞いてN被告は母親の殺害を決意。母の首を絞め、自身もナイフで首を切って心中を図った。
「…………っ」
冒頭陳述の間、N被告は背筋を伸ばして上を向いていた。
肩を震わせ、眼鏡を外して右手で涙を拭うのを私は見た。
異例の裁判のことで、八雲紫が外から情報を得て検察官に伝えていた。検察官はN被告が献身的な介護の末に失職し追い詰められていく過程を陳述した。
殺害時の二人のやりとりや、ここへ来るまでの間に尋問した「生まれ直せるならまた母の子に生まれたい」という言葉も紹介。
先程も書いたが異例の裁判ということで閻魔である映姫さんや、外へ送り返す役目のある霊夢さんも参加していたが、霊夢さんは目を赤くして、言葉を詰まらせていて、映姫さんも涙をこらえるように何度も瞬きするなど法廷内は静まり返っていた。
可哀想だ、と言葉にするとちんけな言葉かもしれないけど私も泣いた。
やがて陳述が終わり、四季映姫さんは裁判官としてこう判決を付けていた。
「……尊い命を奪ったという結果は取り返しがつかず、重大ですが経緯や被害者の心情を思うと、社会で自立し更生するなかで冥福を祈らせる事が相当です。被告人を懲役二年六ヶ月に処します……」
続いてこう言った。
「……そしてこの裁判確定の日から、三年間その刑の執行を猶予します……」
そして被害者の心情に対し、
「……被害者は被告人に感謝こそすれ、決して恨みなど抱いておらず今後は幸せな人生を歩んでいけることを望んでいます。故に幻想郷での拘束はせず外に送り返すべきと判断します。また、今後絶対に自分を殺めることのないよう、お母さんのためにも幸せに生きて下さい」
という言葉を残した。
N被告は深々と頭を下げて一言。
「……ありがとう、ございました」と述べた。
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「……外の世界からそんな人が幻想入りをしていたんですか」
「……証人にはお母さんの魂も呼ばれていたわ。だから話を聞くたびに涙が止まらなかった」
「……幾つか分からない単語もありましたが、読みながら霊夢さんの心を覗いていると妖怪の私にも思いが伝わってきましたよ」
「……フラン、こんなことにも巻き込まれていたのね」
やはり人間と妖怪で多少感性は違うものの、それでも思うところはあるらしい。
四人は数秒黙り込んだが、やがて次のページをめくった。