十一月十一日
人里でも人気の料亭で一日バイトをする事になった。
女将さんが居るらしいけど産気づいてしまったらしく夫の人と二人が抜けてしまったようでしかも丁度贔屓にしてくれている方達の予約が入っていたんだとか。
それで森近さんの方に人をお願いされたらしく、私とリアラさんとで行くことになった。勿論、羽根はしまって人間として振る舞うよう言い付けられた上で。しかも完全に任されるみたいで私とリアラさんだけで対応することになってしまったんだよね。
森近さん曰く「偶に良くあるし僕も任されたことがあるよ」とのことなので信頼されているらしい。ちょっと期待に応えられるか不安なんだけど……。
と、ともかく私は料理と給仕を担当した。でも、やっぱり料亭って作法があるんだよね。きっちり着物を着こなしたリアラさんがお客様担当をしているのを見てそう思ったよ。
まず、約束の時間にお客様が来る時にはリアラさんはもう玄関で正座して待っていた。
「お待ちしておりました。○○様でお間違えありませんでしょうか?」
「あぁそうだよ。あら、仲居さん替わったのかい? いつも女将さんがやっていたけど。にしても美人さんじゃないか」
「お褒め頂きありがとうございます。とはいえ仲居を替わったわけではありません。当店の女将は産休を取っておりまして、臨時で対応させて頂いております。さて、ご案内致しますのでどうぞ」
それから部屋に案内して、注文を聞くとどうやらお客様は懐石料理をお望みらしい。
……懐石料理? え、私そんなの作ったこと無いんだけど。
「あらそうですか? ではフラン私が指示します。まずは飯碗と汁椀と向付を用意して下さい。ご飯は少なめ、汁物も具が頭を出す程度、向付は一汁三菜の一菜目に当たりますからまずは刺身にしておきましょう。ご飯は一文字に盛ってください」
「う、うん。任せて!」
リアラさんにお願いされて私はその三つを用意する。流石、理想の私。私の魔力から生み出された筈なのに私より有能だ!
うー、頼りになるなぁ。まるでお姉ちゃんみたいだ……あっ、別にお姉様が頼りにならないとかは言ってないよ、ホントダヨ。
ともかくそれらを用意するとリアラさんが
しかも作法もバッチリらしい。客側から見て、膳の手前左に飯椀、手前右に汁椀、奥に向付が置かれ、手前に利休箸(両端が細くなった杉箸)を添えて、箸置は用いず、箸は折敷の縁に乗せかけるのが普通らしいけど、まさにそれを当たり前のようにこなしていた。
それからは私も必死だったなぁ。汁物を飲み終わった段階でお酒の用意をして、リアラさんがお酌して。
一献目のお酒を出した後に一汁三菜の二菜目の漬物(すまし汁)を作って、それから飯次(人数分のご飯)を用意してその後汁物のお代わりの用意。
そんな私が料理をこなしているとリアラさんとお客様の会話が聞こえてきた。
「そういえば女将さんが産休って聞いたけど出産、近いのかい?」
「はい。今朝産気づいたそうで、今は医師の元におります」
「あぁ〜そうかぁ。ちなみに亭主も女将さんの方に行ってるのかい?」
「えぇ、そう聞いております」
流石だよね。飄々と対応している。
でも、ここからちょっと雲行きが怪しくなった。
「やっぱりな。料理の味がいつもと違ったんで、そうだと思ったよ。あ、でもこっちも美味しくて満足しとるわ。誰ぞ料理人でも連れてきたのかい?」
「いえ。私の……その、妹が料理を担当しております」
多分そういう設定だね。
私とリアラさんってやっぱり似てるからなぁ。理想の私とはいえ私は私だから。でも妹かぁ。リアラさんの妹なら嬉しいかも……えへへ。
「へぇ、妹さんかぁ。嬢ちゃんがこれだけ美人さんなんだから妹さんもさぞ可愛らしいだろうなぁ。良かったら会わせてくれんか?」
「畏まりました、ではお呼びいたしましょう。フラン、おいでなさい」
えへへ……え?
ちょっと待って。私を呼んだ? えっ、どどどどうしよう!?
と、とりあえず行かないと、だよね? でも私着物ちゃんと出来てるかな? うー……不安だけど行くしかない雰囲気。
「失礼致します」
障子の前で正座して声を掛けてそっと障子を開ける。
するとお客様が私を見て目を丸くした。が、間髪入れずに私は挨拶する。
「リ……リアラの妹のフランと申します。きょ、今日の料理を担当しております」
「こ、こんな小さな子がこれを作っていたのかい?」
「えぇ、今日の料理はフランに一任しております」
「ほおそうか。にしても随分可愛らしい子だなあ。フランちゃん、ありがとうな。ご飯美味しく頂いとるよ」
「こっ、こちらこそありがとうございます!」
「ハハハ、愛嬌あって良いじゃねーか。わざわざ呼び出してすまんね。にしてもあの年でこれだけの腕を持つとは、将来有望だなぁ」
「私の自慢の妹ですから」
ちょっとどもっちゃったけどリアラさんが上手くフォローしてくれた。
それから和やかな雰囲気のまま接待を終えることが出来たけど、こういう料亭で料理を美味しいって言ってもらえて嬉しかったなぁ。
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和やかな内容とは一転して、読んでいたレミリア達の空気は重苦しくどんよりとしていた。
「…………」
「あの、レミリアさん?」
読み終わって黙りこくるレミリアに早苗が声を掛けるが彼女は下を向く。
が、やがてガバッと顔を上げて叫んだ!
「ポッと出の妙な輩に私の姉としての地位が揺るがされているのはどう考えても間違っている!」
「なんですかそのラノベみたいなタイトルのような叫び!?」
「うるさい! 何なのよこれ! リアラとかそんな意味分かんないポッと出の式神なんぞに私が負けているなんてあり得ないわ! フラン本人も満更でも無いみたいだけど、私の方が頼りになるから!」
「いやいやいやレミリアさん!? ちょっと落ち着いてください! 別にフランちゃんは『お姉様って頼りにならないよね』とは書いてませんよ!?」
「シャラップ! 何にせよこれは由々しき事態よ! 書いてなくてもそれくらい分かるわよ! アレだけ匂わせること書いてあったら! というかそうじゃなくてもお姉様は頼りにならないって思われてると思わされる文章がある時点で癪に障るわ!」
「理不尽!? というかそうならレミリアさんがしっかりすれば良いじゃないですか! それこそリアラさんより!」
早苗もつられて叫ぶがその様子を見てさとりと霊夢は呟く。
「……口ではあぁ言ってますがレミリアさんも自分がポンコツなのは気付いてるんですよねぇ……」
「気付いた上でやってんの!? えっ、ちょっと待って。だとしたら何あの面倒臭い性格は!?」
「……まぁそれがレミリアさんですから。落ち着いている時は良いんですけど、いかんせん今は思考停止しているようですし仕方ないでしょう。長く生きていればそういうこともあります」
「いや、あんな様子を結構見るけど」
「………………」
「………………」
二人は可哀想なものを見るような目でレミリアを見た後、場が鎮静するのを待って次のページをめくったのだった!
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十一月十二日
夜に魔理沙がやってきて「今から人里に行くぞ!」と私を引っ張っていった。
もう少しで寝る時間なのに何の用だろう、と思っているとどうやらアイドルとして参加してもらいたい仕事があるらしい。
で、目的地らしい人里の一角に着くとそこには『少女達の聖戦ーー料理対決!』と書かれた横断幕といつか会った射命丸文さんが居た。
「あやや、これはフランさん! お待ちしておりました」
「いや、何ですかコレ」
「説明しましょう! 少女達の聖戦、料理対決とは幻想郷のアイドル達の料理対決となります! ルールは各チームにつき一つのブースと材料が与えられますので、それを使った手料理を販売し、最後にどのチームが一番稼いだかで勝敗を付けます! しかしそれだけではありません。金額のみですと、知名度により有利不利がありますのでそれぞれ五名の審査員が料理の美味しさを判定しポイントに追加します! 美味しさも大きなポイントというわけですね! そして幻想郷から選ばれた審査員を紹介しましょう!」
いや、すっごい元気に説明してくれるのは良いんだけど何よそれ。
でも怪訝そうな顔の私を無視して文さんは相変わらずのハイテンションで説明していく。
「幻想郷の異変解決はお手の物!? 審査員一人目、博麗霊夢!」
「タダ飯食えるって聞いたからきたけど何よこれ? 私聞いてないんだけど」
「ちょっ! 霊夢さん台本通りお願いしますって!」
「えー? はぁ、しょうがないわね。コホン、参加者の皆さん、存分に腕を振るって下さいね。あ、酒に合う料理期待してるわ」
「はい博麗霊夢さんありがとうございます!」
勢いよく言って文さんは次の人を紹介し出す。
「次、ラリホー授業はステータス! 人里の守り人、上白沢慧音さん!」
「よろしく。皆フェアプレーを心掛けて挑んで欲しい」
「さぁさぁ続いて参ります! 大食いといえばこの方! 腹ペコ亡霊の西行寺幽々子さん!」
「あら〜大食いですって? まぁ良いわ。皆さん美味しいご飯をお腹いっぱい食べさせて下さいね?」
「続いてはこの方! 誰の料理が最も美味か、白黒ハッキリ付けましょう! 閻魔大王、四季映姫ヤマザナドゥさん!」
「その料理、白黒ハッキリ付けさせて頂きます」
「そして最後に審査員長! 幻想郷に知らぬ者はいない!? 妖怪の賢者、八雲紫さん!」
「ふふ、美味しい料理を期待してるわ」
「以上の審査員でお送りいたします!」
うん。
それは良いんだけど料理を作れば良いんだよね? とりあえず。
「続いて参加する少女達の紹介です!」
あ、まだやるの? 聞いてて疲れてきたんだけど。
「トップバッターは腹ペコ亡霊の従者にして、幻想郷で最も料理を作ってきた少女! 魂魄妖夢!」
「え、えっと気付いたら主に参加させられていましたが、精一杯頑張りますのでよろしくお願いします?」
「続いては地底より参戦しました! 地底のアイドル黒谷ヤマメ!」
「よーし、頑張っちゃうぞ。皆応援よろしくねー!」
「お次は、山の上の巫女さん! 奇跡の使い手、東風谷早苗!」
「私も妖夢さんと同じで気付いたら諏訪子様に登録されてて、ちょっと混乱してますが出る以上は優勝目指して頑張りますよ!」
こんな感じで紹介されてった。
中には誰一人彼女の料理を完食したことない!? 完食出来るならしてみろ! ゲロマズ料理の○○! とかひどい紹介の人もいたけど。
ちなみに私の紹介は、
「悪魔が住む館、紅魔館に住む天使! 紅の幽霊楽団より参戦、フランドール・スカーレットさん!」だった。
で、ブースごとに分かれて料理作りになったんだけど。
「……周りの人皆お酒呑んでるし、時間的にもう夜ご飯を食べた後だよね?」
現在時刻深夜一〇時である。色んな人たちがブースで出してると考えるとガッツリした料理は駄目だよね。幽々子さんを除いて。
周りの人を見る限りお酒のツマミを作るのがベストじゃない?
「……鳥もつ煮でいっか」
作るからには手は抜かない。お手軽だし、回転率を上げると考えるとすぐ作れるものの方が良いしね。
それにまだ作り始める前段階なのに既にブースの前に行列出来始めてるし。
「こちらは紅の幽霊楽団所属アイドル、フランのブースとなっております! あのフランちゃんの手料理が食べられるチャンスです! あっ、列は一列にお願いします!」
魔理沙がやたらやる気で列整理をしている。
多分、これで得た収益が懐に入るからだろうなぁ。とりあえずちゃっちゃと作りましょ。
「まずは鶏レバーからレバーとハツを切って、脂肪を捨てよっか」
呟いて私はキッチンバサミでレバーとハツを切ると、白く見える脂肪部分を取り除く。
「次はハツを切って血を取って、と」
ここがポイント。血抜きは一番重要と言っても過言じゃないので丁寧に取り除こう。脂肪は捨ててね。
「次は醤油と砂糖を混ぜて入れたフライパンをあっためる、と」
その際に強火でぶくぶく泡立たせてから、下ごしらえをしたレバーを入れよう。
「あとはお箸で混ぜながらレバーにタレを絡めて、三分待つ♪」
その間に色々手順の説明をしておこうか。
まず脂肪と血を捨てた理由だけど、あの二つを抜くとクセが無く美味しく食べられるんだよね。
続いてフライパンに入れた醤油と砂糖だけど、あれは少なめでオーケーかな。理由はレバーって焼くと水分が出るから。
まぁモツ煮というよりレバー炒めだけどそこらは気にしない。
「最後にツヤツヤになるまで焼いたら、完成! 焦げのつくタイミングを見計らうのが難しいけどまぁノープログレム」
ちなみにフライパンで作ると後処理が楽だから覚えてね!
というわけで完成。
紙皿に盛って、販売。一皿五〇〇円。ちょっと割高だけどこういうイベントは大抵そうなのでまぁ別に良いや。そこは私の関与するところじゃない。
「ここで朗報です! 五皿買うとフランちゃんと握手出来ますよー! あとビールも販売していますので、そちらを買うとフランちゃんの料理がナイスおつまみになります!」
「うおおお!! 五皿くれ!」
「俺も五皿!」
「五皿……いや、十皿くれ! 二回握手してもらうんだ!」
「俺は五皿と酒もだ!」
うわっ、凄い。
え? そ、そんなに私と握手したいの? えへへ、ちょっと恥ずかしいな……。
「お買い上げ、ありがとうございます♪」
「あ、ありがとうございます! 二度とこの手洗いません!」
いや、大袈裟だなぁ。というか洗ってよ。
ばっちぃよ? 数日たったら。
で、食べたお客さんの感想なんだけど。
「キンキンに冷えてやがる…! モツ煮も美味ぇ…! あぁぁぁありがてぇ…! 涙が出る…! 犯罪的だぁっ…! 美味すぎる…!!」
何その感想。なんか大袈裟だよ!?
というか背中から『ざわ…ざわ…』って文字がリアルに飛び出てるけどどうやってんのそれ!?
とまぁそんな感じだった。
ちなみに終わった後、結果発表までの間にファンの前で一曲歌ったり、妖夢さんや早苗さんの作った料理を食べに行ったけどやっぱり上手だったなぁ。
一口寿司と、ケバブ。妖夢さんは流石和食が上手いね。でも一つ疑問があるんだよ。海のない幻想郷でどうやって海の魚を取ってきたんだろうか? 気になって仕方ないんだけど。聞いても「禁則事項です」って言われたけど超気になるんだけど!?
「フランちゃんの料理はお酒によく合いますね」
「あ、ありがとうございます」
対して早苗さんは私のモツ煮を食べてそんな感想をくれた。
早苗さんのケバブも美味しかったですよ!
ちなみに料理対決の優勝者なんだけど……、
「満場一致で決定! これが王者の貫禄というものか。三年連続優勝の十六夜咲夜! 個人参戦ながら今年もまたやってくれました! いやー、審査長の八雲紫さん。コメントをお願いします」
「私としては従者の藍が優勝出来なかったのが少し残念ですが、流石料理がお上手だと思いましたわ。私たちの顔色や仕草などから合う味付けを分析し、それぞれ微妙に味付けを変えて瞬時に料理を出すあのスタイルは彼女にしか出来ない芸当ですし」
「そうですか、ありがとうございます。では優勝者の咲夜さん、コメントをお願いします」
「今年で三度目の参戦になりますが、優勝出来て嬉しいです。個人としては妹様に注目していましたがメイドとしては料理ではまだ負けられませんから、勝てて良かったと思います」
「ありがとうございます、優勝者の十六夜咲夜さんでした!」
いや、咲夜居たの!?
というか三年連続優勝なの!?
……にしても料理で負けたかぁ。流石だなぁ。
まだまだ精進しないとね! まだ私には顔色から判断して味付け変えるなんて出来ないし、そこらも鍛えないと!
まさかの展開だったけどまぁ楽しかった手料理対決でした!
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「あったわね、こんなこと」
「まさかの咲夜さんですからねー。まぁ流石ですけど」
「……こんな催しがあったんですね。ヤマメさんも行っているようですし、地底からも本格参戦させようかしら」
「良いんじゃないですか? 私も今年も参戦しますし、さとりさん達が来るなら歓迎しますよ」
「……というか咲夜がそんな催しに参加していること自体知らなかったんだけど」
「プライベートなんでしょ。察してあげなさいよ」
「いや、咲夜もこういうイベントを楽しんでいたのねって初めて知ったからよ」
だから良かったわ、とレミリアは言う。
そしてそこで話を切って、四人は次のページをめくるのだった。