八月編終わりです。
八月二十六日
今日は修行だ!
と思ったけど運悪く台風がきた。大型の台風だ。
風がビュウビュウ吹いて窓がガタガタと揺れた。今更だけど吹き付ける雨って吸血鬼にとったら超辛い日なんだよね。
ほら、流水が弱点だからさ。まぁ私は防げるけど。
それはともかく、何か大切な用でも無い限り外に出る気は起きない日だ。
とりあえず向日葵を守るためにビニールかぶせたくらい。
後は家に引きこもってるよ。
お姉様も散歩出来なくて苛立たしかったのか曖昧な顔しながら「……うー」って呟いてた。
「……うう、横暴です。傘一本は酷いですよう!」
……めーりんは外で門番だ。
傘一本だけ与えられてたけどすぐ壊れてた。
もしかしたら紅魔館ってブラック企業なの?
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「台風の中外で門番って……オイお姉様?」
「し、し、知らなかったわよ! 咲夜! どういうこと!?」
「はい、お嬢様。私はお嬢様に美鈴を中に入れるか尋ねましたよ? ただお嬢様が難しい顔でうーん、と首を振るものですから……」
「それ考えごとよ! 話聞いてなかった私のバカ!」
「美鈴さん可哀想ですね」
「……そうですね」
「そうね」
「やめて! 三人揃ってそんな目で見ないで! 咲夜も咲夜で私の態度を察しなさい! というか分かった上でやったでしょうそれ! ドSだったの咲夜!? ねぇそうな――ムグッ!?」
「お口チャックですお嬢様。ドSだのドMだのそんなことを仰ってはいけません。淑女たるもの振る舞いを忘れてはなりませんよ」
「むぐぐ! ップハ! その前に主君の口を手で覆う従者にも問題があると思うのだけど……?」
「…………」
「…………」
「……、可愛い子ほど虐めたくなりますよね☆」
「やっぱりドSじゃないか! というか主君を人前でその相手にするんじゃない! あとそこの緑ピーマン! レミ咲じゃないから! フリップを取り出していきなり何でそんなこと書いたとか分からないけど違うから!」
「うわっ、飛び火してきましたよ?」
「最低ね」
「…………。(←助けたいけど何も言えない困った顔)」
「……、うう味方が居なくたって関係無いから! ほら、ともかく次のページ行くわよ!」
何となく悲しくなったレミリアはこの空気を打破するため次のページをめくるのだった!
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八月二十七日
寺子屋だ。
今日は普通の男の先生の授業を受けた。黒髪黒目で雰囲気も普通の人。どこにでもいそうな普通の二〇代前半の先生。
でも今日、認識が変わったよ。
「じゃあ今日は算数だ。分数を少数に直すやり方を教えるぞ」
「先生! そんなこと覚えて将来何の役に立つんですか?」
算数の授業。初っ端から一人の不真面目な生徒が手を挙げてそう言った。いやまぁ気持ちは分かる。躓くの早過ぎだけど。
すると先生はこう答えたんだ。
「じゃあ逆に聞くけどこんなことも出来ないやつが将来何の役に立つんだ? あと俺は『こんなの』で飯を食べてるぞ」
少々辛い質問だが投げかけられた子はうっ、と言葉に詰まってた。
「なっ、そういうことだよ」って優しく声がけしてたけど、やっぱり先生なんだなぁ。
でもやられた側は素直じゃなくて、なんか貶めてやろうと集中砲火することにしたらしい。ノリでクラス全員も参加しやることになった。
で、次の時間。黒板に「面白いこと言うまで起きません」って書いた上で全員で机に突っ伏して寝ていると先生が入ってきた。
「よーす。じゃあ授業始まるぞ……って、面白いこと? お前らこのネタ振りは厳し過ぎるだろ……寝たふりだけに」
思わずだったんだろう。子供って笑いの沸点低いよね。何人かの子が思わずブハッって噴き出して一発オーケー貰ってた。
なんか冴えないと思ってた先生がやたら格好良く見えたのは気のせいだろう。
続いて。
次の時間の授業中、ポケットからピー♪って音が鳴った。
「なんだ今の音」
「……私のたまごっちが死んだ音です。昨日から様子がおかしくて心配で連れてきて……それでっ」
その時先生がその生徒に近寄って行った。没収かな、と思ったのかその子も首をすくめて涙目を浮かべてたけど、違った。
先生はそっと頭を撫でてこう言ったんだ。
「もういい、何も言うなよ」
続いて先生はこう続けた。
「皆、亡くなった◯◯のたまごっちに……一分間黙祷!」
皆で黙祷した。正直面白い先生だと思った。
で、これで終わりだと思ったんだよ。流石にこれ以上何かイベントは起きないだろうと。
……起きました。
「待て、早まるな!」
別の教室だろう。なんか慧音先生の悲鳴が聞こえた。
何事かあった様子に私たちが身構える間も無く先生はこう言った。
「お前らここで待ってろ! 先生はちょっと様子見てくる!」
言われたけど守るような生徒はここにはいない。
飛び出した先生の後を追いかけるように私達も走ってついていった。
慧音先生の悲鳴が聞こえたのは二階だった。
普段は空き教室なんだけど。その教室に飛び込むとナイフを持った生徒が居た。
自身の喉元にナイフを突き付けてた。どうやら自殺をしようとしているらしい。
「馬鹿な真似はやめろ!」
慧音先生が手を出さていない様子を見て、先生がそう叫んで生徒に近づいて行った。
「……来るな! 俺は、俺は死ぬんだ!」
「黙れ! たかが一五も生きてないガキが死ぬとか言うなよ!」
「うるさい!」
相手の生徒は半狂乱の様子で話を聞こうとはしていなかった。
近付くとナイフを振り回し、更に自分の首をかっ切れる体勢を取り続けたので手が出せない。
「キュッとして、どかーん」
「――――っ?」
だから私はナイフを『破壊』した。
バリバリと音を立ててナイフが壊れて使い物にならなくなる。思えば力をこうやって使うのも初めてだよね。
ナイフを壊された生徒はよくわからない顔でしばらくナイフを見つめた後、「ああああ!!」と悲鳴を上げた。
「フラン、ありがとう」
いえいえどういたしまして。
先生は一言言うと自殺しようとしていた生徒の胸ぐらを掴み上げる。
「さて、と。どうして自殺なんて考えた?」
「…………、」
そこからは鮮やかな手際だった。黙り込む生徒を根気よく説得し、宥めすかして理由を話させる。
うんうんと否定することなく生徒の話を聞いた先生は一度生徒の顔を殴った。馬鹿野郎! って叫んでた。
それから丁寧に生徒の話で納得のいかない部分や前向きになれる部分を一つ一つ提示した上で説教を始める。
「し、死ねば楽になれるんだ!」
「……まぁ聞けよ。人生を仮に72年にして、一日にすると18歳で朝の6時って時間帯らしい。お前はもっと若いだろう? なんでまだ起きてすらいない時間なのに「死にたい」とか「もう俺は駄目な人間だ」とか決めつけてんだよ? まずは朝食を食べようぜ。それに悲しいことも辛いことも全部乗り越えられるさ。仮に乗り越えられなくても時間がそうしてくれる。それでも駄目なら俺に話せ、話くらいなら聞いてやる」
優しい口調だった。
最後には「ごめんなさい」って何回も言いながら泣き出した生徒を抱きしめてた。
冴えない先生と思ってたけど、やっぱり先生って凄いね。
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「……良い話、でしょうけど」
「……この寺子屋事件多すぎない?」
「ま、まぁ良い先生も居るんだよってアピールになるし良いじゃないですか! 私は好きですよこういうの!」
「……あれ? なんか続きがありますよ?」
その時、さとりが声をあげる。
三人がどこ? と問いかけるとさとりは下の方に書かれた分を指差した。
「ほら、ここです」
そこには『追記』と書かれてあった。
追記
後日、最初に「こんなの将来に役立つんですか?」と言っていた男子生徒が先生に質問してた。
「先生、算数とか数学をやってて良かったことって何かありますか?」
「ん? ほらあそこ。慧音先生が居るだろ、数学やってるとあの巨乳美人のパンツが覗ける角度が分かる」
「おおお!」
「せんせーい! 積分分からないから教えて!」
「……なんでそんな先の範囲やってるんだよ。つかそれ幻想郷じゃ必修じゃねぇぞ。ま、良いか。積分は簡単だ。例えば脱衣所のカーテンから女の人の足が見えてるとするだろう。そしたらお前らそこから太ももやふくらはぎや尻まで想像してみろ。それが積分だ」
……先生、真面目な時は格好良いのになぁ。
ふざけるとこれだから残念でならない。というか授業で何てこと口走ってるんだ。
「「「「………………、」」」」
……読み終わった面子は全員黙りこんで顔を見合わせた。
暫しの間誰も喋らない静寂が続いたがやがて誰かがこう呟く。
「…………次、行きましょうか」
全会一致だった。
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八月二十八日
幽香さんのところにお邪魔した。
向日葵が咲いたことを報告するためだ。
太陽の畑に行くと満開の向日葵の海が見えた。
幽香さんはメディスンちゃんとお茶会をしていたらしく、私を歓迎してくれた。
「聞いたわよ。咲いたって、今度見に行くわね」
「私も私も!」
二人とも今度来るらしい。
ちゃんと用意しとかなきゃね。台風も被害なく乗り越えれたし、多分大丈夫のはずだ。
それから三人でお茶会した。まだまだ暑い日の下、巨大なパラソルを刺して日陰の出来た椅子に座ってのお茶会だ。
楽しかったなぁ。
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「お茶会かぁ、そういえば私達もお茶会ですよね」
「そうね。妹の日記を覗きながらって極めて異例な事柄が頭につくけれど」
「……良い紅茶です。それにお菓子も美味し……」
「あぁそうそうレミリア。一部持ち帰るから咲夜に包んでってお願いしてね?」
「……まぁ良いけど」
不躾な霊夢のお願いに曖昧な顔でレミリアは頷いた。
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八月二十九日
今日も寺子屋。
そして今日もあの男の先生。副担任だったらしい、初めて知った。
慧音先生が担任で忙しい時はこの男の先生になるんだとか。名前も知らないけど良いのかな? ま、いっか。
慧音先生だと皆寝るけどこの先生だと皆はしゃぐんだよね。
今日も、
「せんせーい、ピザって十回言って!」
あぁ。あるあるだよね。ピザって十回言わせて
で、先生の場合はこうだった。
「ああ良いぞ。ピッツァピッツァピッツァピッツァピッツァピッツァピッツァピッツァピッツァピッツァ」
とても英語訛りだった。これ大丈夫かな? ピザって言ってって振った子も不安だったのか、それでもじゃあここは? と肘を指差すと「
……面白い人だなぁ、本当に。
あとさ。
「せんせーい! 先生ってさ、部活の顧問とかやってないの?」
「ん? いや、やってるぞー」
「何の顧問?」
「帰宅部だ。毎年全国大会に進出してるくらい強いぞ」
……いや、帰宅部の全国大会ってなに?
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「帰宅部ですか。辛いですよね」
「辛いの? というか知ってるの早苗?」
「もちろんです。説明しましょう、帰宅部は精神的にも肉体的にも辛い競技なのです! うちの学校は横断幕で『祝、関東大会出場! 帰宅部』って出てましたけど、本当に厳しいんですよ。仮に女の子からのお誘いがあっても断って帰ることを優先しなければならないそうです」
って知り合いが言ってました、と早苗ははにかむがそれはそれでどうなんだろう……と思う一行だった。
ともかく次のページをめくる。
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八月三十日
ちょっと明日まで日記書けない。
明日まとめて書く予定。
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「あら、何かあったのかしら?」
「忙しかったんじゃない? 一年あるし偶にはこんな日もあるわよ」
「……ですかね?」
「ともかく次です! めくりますよぉ!」
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八月三十一日
とりあえず昨日の分から書こうかな。
日記を休んだ理由だけど、ちょっと土日ということでいつもより厳しい修行をすることになったんだよ。
それだけなら書くのは不可能じゃないけど、場所が問題だった。
妖忌さんとめーりんが指定したのはマグマの煮えたぎる岩場。
足元不安定なそこで二日間修行するらしい。突然火の粉も絶えず飛んでいるので日記なんて持っていったらたちどころに燃えてしまうのだ。
そんなわけで修行してました、はい。
技も覚えたよ。大地を切り裂く技とマグマみたいな海を切り裂く技と空気を切り裂く技。
あと気で体を守ることも出来るようになった。
とりあえず疲れたなぁ。熱かったよぉ。
うん、疲れたし寝る。おやすみなさい。
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「修行ですか、どう思います? 霊夢さん」
「……耳が痛いわね。何も聞こえないわ」
「……サボりはよくないですよ?」
「我が妹ながらよくやるわよね、ホント」
意見は違えど、全員の思いはレミリアの言葉に集約されていた。
そして一行は九月へとページを進めていく――――。