四月一二日。
今日も今日とて修行なのだ!
午前中はランニングである。修行の中で一番体力使うやつだ。といっても前回で大体のペースは掴んだのである程度はマシだったと思う。
コースも紅魔館から魔法の森まで行き、何故か目をハートマークにした妖怪達に追いかけ回されながらデッドレース! そして帰り道も同じく駆け抜ける。……にしても今更ながらなんなんだ猫耳メイドって。そもそも亀の甲羅と猫耳メイドっていう選択肢がおかしいけど。
仮に亀の甲羅を選んでいたらそれを背負うことになっていたのだろうか? そう思えば猫耳メイドの方がマシだけど。
で、細かく書くと長くなる午前中が終わって午後。
そう、自由な午後だ。なんでも出来る午後……。
――そうだ、人里に行こう。
ふと思い立った私は人里に行くことにした。昨日の日記にも書いたけどガーデニングスペースに植えるための植物を見に行くためだ。まだ何を植えるかは決めていない。花も良いし家庭菜園にしてもいい。
内心ワクワクしながら出発準備を進めていたんだけど、そこでひとつ障害に気付いた。
――お姉様から許可を取らないといけない。
え? 前まで散々外に出てただろって? うん、出てたよ。
『咲夜かめーりんの付き添い』アリでね!
もう私自身半分忘れていたけど私には『気が触れている』って設定があるのだ。気が触れているというのは「アハハハハハ!!」みたいな発狂モードと思ってもらえればいい。
簡単に言えば破壊衝動に駆られるのだが、正直その状態でもある程度理性的な会話は出来るらしい。
けど危険は危険なのだ。どんな感じに危険かというと。
分かりやすいところだと
いずれにせよかなりの実力者じゃなければ私は止まらないし止められない。
で、その死に設定のせいで私は自由な外出は許可されていないのだ。え? ガーデニングの時とかかなり放任だったから屋敷の警備がガバガバだって? いやいやそれはないのよ。めーりんのことだからパチュリーに頼んで、封印モードにする星に位置情報が分かる魔法でもかけていると思う。
そんなわけで私は一人での外出を認められていないのだ。
つまりお姉様から許可を取らなくてはならない。もしくはめーりんか咲夜を連れて行くかだけど二人とも忙しいので厳しいだろう。パチュリーはプロの引きこもりだから基本大図書館から出ないし、こあさんだと実力不足で認めてくれないだろうし……。
まぁ駄目で元々。試しに普通にお願いしてみようと思いお姉様を探すことに。
で、数分。見つけました……『厨房』で。
「ん♪ やっぱり美味し……あとこれと」
「お姉様、ここに居たのね。お願いがあるんだけど」
「ふきゃぁっ!? ふ、ふ、フラン!? どどどうしたの?」
いや、それはこっちのセリフだよお姉様。キョドッてるよ。明らかに不審だよお姉様。もうちょっと演技力鍛えなよなんか悲しいから。
……最近私の中でのお姉様のカリスマが落ちている。
さっきも書いたけど私がお姉様を見つけたのは厨房だった。何やらブツブツ呟きながら上機嫌にしているお姉様に声をかけたらこの反応である。いや、まぁ大体想像はつくよ。つまみ食いでもしてたんだろうって。でも口にしたら可哀想なので黙っておく。お願いをする前に機嫌を損ねるのは良くないだろう。
「いや、どうしたのよお姉様。むしろその反応にビックリよ」
「な、なんでもないわ! あ! か、勘違いしないでね? 決してつまみ食いなんかしてないから! 甘い匂いにつられてふらふら〜って来たわけじゃないから!」
あ、自分で言いやがったよ。もう完全に自爆してるよ。きょうび子供でもその誤魔化し方はないよお姉様。もうカリスマが完全に瓦解してかりちゅまになってるよ。可愛らしいけど、姉なのよね。妹ならなぁ……。
それはともかくこれ以上の突っ込みはやめておこう。それにアレだけ混乱している今なら外出認めてくれるかもしれないし。ちょっと打算的だけどこの程度なら大丈夫。ちょっぴり小悪魔なくらいなら女の子は許されるのだ!
「……ところでお姉様、私これから買い物したいんだけど人里に行ってもいい?」
「ひ、人里? 買い物ね! 別にいいわ――――」
「やったー! じゃあ行ってくるねー!」
よし、許可は得た。
すぐさま回れ右をして飛んで紅魔館から出て行く。すでに影魔法はかけてあるので太陽も問題無い。
強いて言うなら、私が紅魔館から飛び出した瞬間に「――え? あ、やっぱり待ってフランーーーー!」という声が聞こえた気がしたけど気のせいだろう。気がしただけだ。
にしてもやっぱり飛ぶと速いよね。最近は封印して走ってばかりだから久々だよ飛ぶの。しばらく乗って無かった自転車に乗る気分。風も心地良いし。
人里まではすぐ着いた。幻想郷の中で人間達が生活する里だ。商店も出ていて活気がある。時折妖怪も見かけながら里の中を歩いていく。
「えーと、植物屋さんは……」
着物とかも気になるけど今日の目的はガーデニングスペースに植える花とか食べ物の種を売る店だ。
何を育てようかなぁ。思えば花を育てるのも初めてなんだよね。500年以上も生きているのに。ゆっくりと買い物しに人里に来たのも初めてだし。初めてだらけで楽しいなぁ。未知ってこんなにワクワクするのか……。
で、しばらく歩いていると急に声をかけられた。
「あのぉ! す、すみません!」
「は、はーい? なんです……、っ!?」
振り返るとそこにいたのは変な人だった。
いや、そう書くしか無い。頭に「罪」って書いた袋をかぶっていた。声からして多分男の人だと思うけど……。
「あの、キミって最近ここら辺で走ってる女の子……ですよね?」
「は、はい。そうですけど……」
なんだろう。怒られるのかな? 思えば結構な速度で走っていたし。というか小鈴さんの時は疲れてた上にテンションがハイになってたから勢いで話せたけど、こうやって話すと少しどもる。
引きこもり生活がたたって若干コミュ障入ってるのかもしれない。怖くは無いんだけど、どうにも話し辛い。
一体何を言われるのだろうか、恐々する気持ちを抑えて言葉を待つと彼はこう言った。
「……俺は罪袋。あなたの名前を、教えてください」
「え? あ、はい。フランドール・スカーレットです」
「フランさん……良い名前だ」
戸惑う私にうっとりした声を上げながら罪袋さんはジリジリと近づいて来た。なんか得体の知れない感覚が身体を襲う。なんだろう、戸惑いじゃない。嫌悪も……少し違う。困惑、理解不能? そんな感じの感覚――――。
思わず後ずさりすると罪袋さんが顔の袋から何かを取り出すーー!
「フランさん、ファンです! サインしてください!!」
「えっ?」
えっ? えっ? えーーーーっ!!?
待って。訳分からない。ファンってどういうこと!? 私、別にアイドルじゃないよ!?
混乱する私に対し罪袋さんは色紙とペンを突き出している。うん、意味不明だ。ついでに理解不能だった。でも、とりあえずサインする。名前だけのサインだ。サインなんて書いたことないから大分適当なものだけど彼は満足してくれたようだった。
「ありがとうございます!! ……俺、実はあの猫耳メイド服を着て笑顔を振り向く姿に思わず見惚れて。ほんと、ほんと嬉しいです! 家宝にします!」
「あ、う、うん? ありがと……」
「早速他のヤツらに自慢しなきゃ! ではフランちゃん! 俺、失礼します!」
それだけ言い残して罪袋さんは走り去っていった。
取り残された私は動けない。しばらく呆然と立ち尽くしていた。でも、やがて頬を押さえて下を向く。
――思わず見惚れて。
そんな言葉を言われたのが初めてだったからだ。初めて女の子としての可愛い部分を人に褒められた。
それが素直に嬉しくて、思わず頬が緩んでしまうのを抑えられなかった。
――初めて『壊して』以来のその言葉が嬉しくて仕方なかった。
結局数分間はその場で立ち尽くしてしまった。
緩んだ顔を戻し切ることは出来なかったけど、上機嫌で私は改めて植物屋さんを探し始める。
そして探し始めて二十分くらいだろうか、目的の店は見つかった。
今日のためにお金もバッチリ準備している。めーりんから予め受け取っておいたのだ。曰くーー貸本屋に本を返してきたりとか咲夜のお手伝いした分のお小遣いなんだって!
お小遣いを貰ったのも初めてだから嬉しい。何を買おうかなぁ、と今からドキドキワクワクだ。
そしてはやる気持ちで店内に入ろう――――としたところで人にぶつかってしまった。
「あう」
「あら、ごめんなさい。大丈夫かしら?」
ちょうど向かい側の人も出てくるところだったらしい。私は思わず尻餅をつく。するとぶつかってしまった女の人が手を差し出してくれた。その手を掴んで私は立ち上がる。
「大丈夫? 怪我はない?」
「はい、大丈夫です。こちらこそごめんなさい」
謝ると「ちゃんと謝れて偉いわね」と頭を撫でられた。
……流石に子供扱いし過ぎだよ。まぁ500年も生きてる身からすれば慣れた事だし素直に受け取る。そういえばお姉様は同じ事された時口では怒るけど嬉しそうな顔してるよなぁ、とか思いながら撫でられていると女の人が、
「花を買いに来たの?」
と尋ねてきた。そこで改めて私は相手の人の顔を見たんだけどビックリしたよ。
とても綺麗な人だった。緑色の髪の女性で赤のチェックの入った服を着ていて、突き出たバストから色香が感じられる。女性らしい女性で、おしゃれな傘を持っていた。
「いえ、ガーデニングスペースを貰ったんですけど……何を植えようかなって考えて。実際見たら分かりやすいかなぁって」
本当に悩みどころだよね。何を育てるか考えるのが楽しくて仕方ない。幸せな悩みってやつだ。
質問に答えるとその女性が「あ、じゃあこんなのはどう?」と不意に口にした。
「実は私も大きなガーデニングスペースを持っているのよ。実際見るなら植物店より生えているのを見た方が良いだろうし、良かったら見にこない?」
ありがたい申し出だった。
それにガーデニングといえばめーりんの作ったものしか見た事ないし是非! とお願いする。
人が作ったガーデニングってどんなのだろう。どうせ作るならやっぱり綺麗に作りたい私はその女の人、
で、行ったんだけど……。
「綺麗……」
いやもうそれしか言葉が出なかった。見渡す限り向日葵が咲いた広大なガーデニングはもはやガーデニングの域を超えていた。
森――そうだ。向日葵の森だった。黄金に輝く花々はとても美しくて――そして太陽の光を燦々と浴びて力強かった。
あまりの衝撃に口を開けて感動していた私を見て幽香さんが嬉しそうな顔をする。
いや……だってこれは凄いよ。何が凄いかってこれだけの花々を全て育てきっているもん。『ありとあらゆるものを破壊する力』の副次効果で私は破壊する対象の『目』と呼ばれるものを見る事が出来るんだけど、そこに咲く花々の目は皆元気いっぱいだった。
そして。
気が付いたら私はこんな事を口にしていた。
「幽香さん! あの、私にお花について教えてくれませんか? 私――こんな風に花を育ててみたいです!」
その時の私の顔はきっとキラキラしていたに違いない。
会ってそんなに経ってない人がするようなお願いじゃないけど、どうしてもやりたくなったのだ。目の前の広大で綺麗で――生きている世界を自分の手で創り出したくなった。
ガーデニングってこんなに素晴らしいものなんだって知らされた気がした。
不躾なお願いだったと思う。傲慢なお願いだったと思う。
でも、幽香さんは小さく微笑んで「そう」と呟いて、
「――この種、向日葵の種なんだけど」
数粒の種を手渡し――――、
「植えて芽が出たらまた来なさい――待っているから」
――――そう言ってくれた。
初めて会ったのにすごく優しい人だと思う。
私もあんな女性になりたいものだ。帰ってから向日葵の種は植えたし、頑張って育てようと思う。
めーりんに聞いたら向日葵の発芽は一〇日から一五日らしいのでしばらくは朝晩にたっぶりと水やりをすると良いらしい。
一日の習慣にして忘れないようにしないと!
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その時、レミリアは顔面蒼白であった。
「……か、風見幽香?」
「本当それよね。罪袋の出来事が吹っ飛んだわよ……」
「…………(汗)」
「どうしたのよレミリア。もしかして幽香にトラウマでもあるの? なんかされた?」
レミリアの頬を一筋の冷や汗が流れていた。なんか震えている。何かあったのだろうか、霊夢が首をかしげると目の前に咲夜が現れる。
「うおっ、ビックリした」
「いらっしゃい霊夢。申し訳ないけどお嬢様は以前、太陽の畑の妖怪に勝負を挑んだ事があってトラウマになってるから」
「その言葉で納得したわ。つかアンタ、私達が日記覗いてるの見ても気にしないのね」
「……ふふ、なんのことでしょうか? このメイドには何も見えませんわ」
「……あぁ、成る程。そんな感じね」
ニコリと笑う咲夜は手拭いを取り出すとレミリアの汗を拭き取っていく。何か思い出したくない過去を思い出しているのか、レミリアの顔色は悪い。
どうせ月面戦争の時にみたいに散々にやられたんだろうなーとなんとなく想像ついた霊夢はそこに触れないことにする。
「レミリア、起きなさい。夢想封印撃つわよー」
「…………、はっ! ちょっと夢を見ていたわ、ごめんなさい」
その声で我に返ったらしいレミリアに「さっさと次めくりなさい」と霊夢は催促する――――。
【悲報】一日しか進んでない【5000文字で】
ちょっとこの速度だと先にモチベが尽きるので次回から一日当たりをもうちょっとザックリやっていきます。
今回出てきたネタ
・罪袋(東方MMDより)