そういえば明日は紅楼夢ですね。
例大祭も近いですし、行く方は体調管理に気を付けて下さい。
土壇場で風邪で倒れたら元も子もないですから。
――古明地さとりを仲間に加え、フランドールの日記を覗き隊一行は八月編を開いて目線を落とした。
彼女らはそれぞれ椅子に腰掛け、目の前のテーブルにはそれぞれ紅茶と菓子という万全の体制である。
期間的にはまだ三分の一ということで先は長く、一旦休憩を取ったのは良い判断だったと東風谷早苗は切に思う。
「さて、準備はオッケーですか? 皆さん」
先程の騒ぎや日記を読む最中の時のツッコミで疲れていないか全員の顔色を伺うように早苗はそう言った。顔色を見る限りは問題無さそうだがはてさて。
そして返事を待つ早苗だったが、その時横合いでボソリと呟く声があった。
「……それにしても、不思議なものね」
椅子に深く座るレミリアが慣れた所作で紅茶を呑み込んで、正面に座る顔ぶれに呟いたのを聞きつけて顔をそちらに向ける。
向けられた視線の数は合計三つ――この場にいるのはレミリアも含めて四人なので、全員が彼女を向いた形だ。
「不思議って何がよ?」
「いや、大したことじゃないんだけどね、霊夢。ただまぁ、こうやって関連性の無い四人が紅魔館に集まって妹の日記を覗く事になるとはまさか思ってなかったから」
霊夢の疑問に肩をすくめて、レミリアはそう応じる。
この場のメンバー。つまりレミリア、霊夢、早苗、さとりの四人だが確かに関連性は無いに等しい。前述にあった通り『霊夢と早苗』や『霊夢とレミリア』ならまだ面識も付き合いもあるので分かるが、四人がこうして一堂に会して――あまつさえレミリアにとっては妹の日記を覗き見るという意味ではほぼ接点の無い人に見せるには少し抵抗があるというものだった。
「まぁそう感じるのも仕方ないかもしれませんけどね。実際のところ、私も珍しいメンバーが揃ったなって思ってましたし。レミリアさんが違和感持つのも当然の話です」
「……そうですね。それに早苗さんはフランさんの家庭教師のようですが私はまだレミリアさんから見たらフランさんと面識があるかすら疑わしいでしょうし、見せるのに抵抗があるのには納得出来ます」
苦笑してレミリアに同調するように言ったのは早苗だ。続いてさとりが居心地悪そうに同じく納得の意を見せる。
対応しづらいさとりの様子に眉間にしわ寄せるレミリアだが、そこでまぁまぁと早苗が声を上げた。
「それよりも私としては咲夜さんがあまり入って来ない方が不思議ですね。まぁよっぽど前からフランさんの日記を覗いていたからでしょうけど?」
「手厳しいわね、守矢の巫女。空気を変えたいからって雑に私を煽るのはやめて頂戴――それに私はメイドの身よ。妹様の日記に書き込んだりしているのは単に内容が読みたいのではなく、文章の添削と言葉の間違いを訂正して差し上げる為だもの」
「……すみません。この場に居なかったので、つい」
てへっ☆と舌を出し
当たり前といえば当たり前のこと。紅魔館が今日までやって来れているのも彼女のお陰という言葉が付く。
この程度のこと、あしらえずして紅魔館に今日はない。
と、
「……ともかく話を戻しましょうか」
咲夜の登退場でまた静寂に染まる空間を振り払い、そこで声を上げたのは霊夢だった。
彼女はとても面倒そうにレミリアを見つめて言う。
「見せるとか見せないとか話してる時間あるなら見ましょ。いい加減時間無駄にしてたらあの子――フランが帰ってくるわよ?」
その言葉をぶつけられたレミリアは一、二秒停止した。
だが、やがて。彼女は大きく溜息を吐き出して頷く。
「……はぁ、仕方ないわね。その代わりもしバレたら全員一緒にフランに謝ってよ? 私達は一蓮托生。怒られる時も一緒だから。それが見る条件」
彼女に出来る最大限の譲歩である。内容も当たり前なものだ。
レミリアの返事を聞いてメンバーは顔を見合わせ、頷いた。
「今更ですね。そんなの当たり前です。ねっ、さとりさん?」
「……はい、見せてもらうのですから当然です。霊夢さんもそうですよね?」
早苗、さとりの両名は笑顔で答える。
その言葉、態度共に問題は無い。その様子に安心したようにレミリアは頰を緩めた。
続いて霊夢を見る。
が、
「……あぁうん、そうね」
「待って! なんか霊夢だけ怪しい!」
やはり博麗霊夢は格が違った。
明らかにやる気のない返事だった。うがー! とレミリアが突っ込むが彼女は気にもせず曖昧な顔を見せる。
「いや。そんなことないわよ。ちゃんと謝るわよ、うん」
「なんでか分からないけど全く説得力がないんだけど!?」
「…………気のせいよ」
「目を逸らしてるわよ霊夢! ちゃんと目を合わせて! なんか明らかになんだコイツメンドクセー、とりあえず頷いとこって雰囲気漂ってるわよ霊夢!?」
「なんだコイツメンドクセー、とりあえず頷いとこ」
「本当に言いやがったな駄目巫女!」
「ああん? 誰が駄目巫女だコウモリ」
一見すると売り言葉に買い言葉だがこれは彼女達のスキンシップである。端的に言えばいつもの、というやつだが巻き込まれる側からしたら大変困るものだった。
「ちょ、ちょっとお二人とも落ち着いて!」
「……そ、そうです! 二人とも本心から怒ってないんですからそんな漫才やめてください! それに霊夢さん、さっきから尺がヤバイとか変なこと考えてますけどそれは良いんですか!?」
「……分かったわよ。確かに尺が足りないから今回は矛を収めておく。ともかくサッサと見るわよレミリア」
大きく息を吐いて霊夢が言う。
興が削がれた、と呟く彼女だがどうやら落ち着いてくれたらしい。ホッと落ち着く二人だが、まだもう一人の少女は諦めていなかった。
「……ねぇ、一緒に謝るのは――ってきゃっ!?」
「次に
レミリア・スカーレットである。
だが彼女が声を上げた瞬間、霊夢から放たれた弾幕が彼女の真横を突き抜けていった。突然の所業にレミリアが悲鳴を上げる。
――霊夢の手には博麗印の護符が握られていた。
ついでに言うと彼女の顔はこれ以上ないくらいの笑顔だった。
満面の笑みから放たれるプレッシャーにあわわわ、とレミリアは屈する。
「……次のページ読みましょ」
「えぇ」
「「…………」」
その姿に不憫な、と思わざるを得ない早苗とさとりだった。
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八月一日
やる事がない。
やっと落ち着いて来て前向きになろうと思えた私だけど、どうも目的が無いと行動する気も起きないね。
とりあえず前向きになるって事がよく分からなかったのでインターネットで色々調べてみた。
でも出てくるのって大抵前向きになる偉人の言葉とか歌なんだよね。
言葉じゃなくて何か行動で前向きになれないかな?
そう思ってオンラインゲームの友達にも聞いてみた。
いえっささんは「難しい質問だね。でもそうやって前向きになろうとしている時点で既に『妹様』さんは前向きになっていると思うな。僕には知り合いにユダって子が居るんだけど、もっと酷いし。強いて助言をするなら、後は自分がしたいことは何かって考えてごらん」って返事で。
☆サナ☆さんは「あ、じゃあ新しい趣味を作りましょう! 旅とかどうですか? 見知らぬ土地を旅するって楽しいですよ!」って感じ。
ぐーやさんは「思った通りの事をして日々好きな事に生きる。飽きることが一番不幸でネガティヴになるから気を付けなさい」って助言で。
天使さんは「気まぐれに破天荒な事をしてみなさい。気持ちがスカッとするから」って具合だった。
皆違う言葉をくれたけど、難しいな。
私は既に前向きだから、好きな事をやってみろ。
……そうだなぁ。ちょっと、あちこち幻想郷を旅してみようかな。
思い立ったが吉日って言うしね!
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「……ねぇ、フランが旅したなんて聞いた事ないんだけど」
「……妹にはお互い困らされますね。心中お察しします、レミリアさん」
「というか全く教えない咲夜とかに問題があると思うんだけど……」
「私も霊夢さんと同じ意見です……。というか話を戻しますけど、幻想郷を旅って中々勇気がある事をしますね」
「でもちょっと楽しそうよ。あちこち行く当てもなくふらりと旅するって。まぁちょっと前の出来事のせいで妖忌さんが浮かんでしまうけど」
「行く当てもなく修行をした結果行き倒れたアレですね」
「瞬間移動があるし問題ないと思うけどさ」
「……でも旅って思い立ったが吉日ってレベルじゃないですけどね」
最後にさとりが突っ込んで一同は次のページをめくる。
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八月二日
早速昨日の夜に仕込みをして旅用のご飯とかの準備をした。
とりあえず五日分。時間を止めた空間に放り込んでおいたので腐る心配とかもない。追加の食料は咲夜がその都度その空間に放り込んでくれるみたいだし、着替えとかお風呂は汚れと汗を能力で破壊して無かったことにすれば問題無い。
まぁ何かあれば帰れば良いし気楽なものだ。お金もバイト代で沢山あるしね。念の為出発の前に咲夜とめーりんには事情を話したけど思いの外あっさりと許可をくれた。
それで、早速外に出たけど何処に行こうか。
行く当てのない旅だ。どうせなら気楽に行きたい。
そう思って最初の行き先はそこら辺に落ちていた木の棒に任せることにした。具体的には上に放り投げて、切っ先が向いた方向に行こう。そんな感じだ。
そして向いたのは、妖怪の山がある方向だった。
よし、じゃあそっちに行こうか。
なんだろう。凄いワクワクする。行く当ても目標も無くて、これからどんな事をこの旅はもたらしてくれるんだろうって考えると凄くワクワクする。
移動は歩きだ。飛んだらすぐ終わるし味気ない。ゆっくり歩いて行こう。
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「行き先が木の棒任せ……本当に当てのない旅なのね」
「はい、本当に行き当たりばったりですね。なんだかこっちまでハラハラしてきました☆」
「……こうしてみるとちょっと羨ましいわね。フラン」
「……うちの妹――こいしもこんな感じなので物凄く共感してしまうんですけど、同時に不安になってきます」
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八月三日
昨日は野宿した。
とは言っても魔法で簡易的なテントを作ってだからキャンプみたいな感じかな。
ご飯も作り置きだし。まぁ材料もあるから調理も出来るけどね。
あとパソコンも持ってきているので暇な時間は出来ない。パソコンが使えるのは幻想郷中に『Yukarin17』ってWi-Fiが行き届いている為だ。
それと充電も問題なかったりする。
その理由は、なんか私のパソコンが付喪神になってたからだ。
経理を教わる時に森近さんが前に触って驚いてた。「これ……イエス・キリストの加護が付いてるんだけど」って。
まぁそれでも充電した方が良いけど、最悪紅魔館と空間を通してコンセントに繋げば良いわけで問題は無いのだ。
閑話休題。
それはともかく今日は妖怪の山を目指して歩いた。
歩きだと思ったより遠いね。でもその代わり景色が楽しめたよ。
森とか草原とか。後は道々に咲く花とお話ししたり、風の声を聞いたり。
花って物知りだね。風の噂で色んなことを知ってた。
……あれ、そういえば、いつの間にか本当に花と会話出来てるや。
これってもしかして幽香さんの言ってた『花と会話』のスキルを習得出来たってことかな?
なら嬉しいな。
これで一人旅でも寂しくなくなったし。まぁ周りから見たら花と笑顔で話す変人になっちゃうけどさ。
ともかく明日には妖怪の山に着くし、ついでだからにとりさんのところに顔を出そうかな。
そういえば機械について教えてくれるって前に言ってたのにすっかり忘れてたなぁ。それも謝っとこう。
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「……イエスキリストの加護」
「……花と会話」
「フランが手の届かない方向に向かってるのだけど!?」
「……落ち着いて下さいレミリアさん。心を読む限り今更です」
「はうっ!?」
「残酷なこと言わないであげて下さい、さとりさん……」
「……あれっ? あれっ!?」
冷静なさとりのツッコミだが完全にトドメを刺していた。