閑話
四月二十日、午後二時。
紅魔館のレミリアの部屋で七月編を読み終えた三人は休憩を取っていた。
思えばこの三人が集まるのは珍しいものだ、と霊夢は思う。『霊夢とレミリア』か『霊夢と早苗』ならともかく、三人で話すことは中々ない。今回の場合は霊夢とレミリアの間に早苗が割って入った形だが、しかし流石コミュニケーション能力が高い彼女はすぐにその場に順応しているあたり流石と言うしかない。
そこは彼女の特技であり良い点であろう。
またほぼ面識のない相手を前に出されたお菓子などを当たり前のようにバクバク食べるのも彼女の度胸がある――というか彼女の軽い性格が起因していた。
「うん、このクッキー美味しいですね。あっ、このケーキも! やっぱり咲夜さんお料理上手ですね。私こんなに美味く作れませんよ」
感嘆の声を上げながら本当に美味しそうにお菓子を食べ紅茶を啜る早苗だが、一方二人の少女は色々と考えさせられざるを得なかった。
その視線は早苗の顔より下へ。具体的に言えばそのたわわに実ったおもちへと向けられている。
「うーん♪ 最高です! この繊細な味と舌触りがなんとも」
頰を手に押さえて、「んふー♪」と満足そうな声をあげるたびに彼女の胸が小さく揺れていた。胸――おもちは本来ブラジャーをしていればあまり揺れないものである。
しかし揺れる、その理由は一つだ。
日本の古き良き伝統、巫女服。それは神聖なもので本来下には何も身につけないと言われている。
守谷の風祝である彼女も――恐らく身に付けていないのだろう。
しかしおもちが垂れているわけではない。しっかりとハリがある。
とはいえそれは一旦置いておくとして二人の少女にとって重要なのは『一般的に巨乳と呼ばれる早苗の食生活』だった。
(あんな風にお菓子を沢山食べれば私もあぁなるのかしら……?)
レミリア、霊夢の両名は美味しそうにお菓子を頬張る早苗の姿を見てそんなことを邪推する。
早苗に対し現在二人はあまりお菓子を食べてはいなかった。理由は簡単である。過度な糖分摂取は肥満の元――そして糖尿病の元となるからだ。しかしあぁもパクパクモグモグと食べる姿を見ているとどうも同じように食べた方が良いのではという邪な考えが二人の頭の中に浮かんでいた。
(いやいや、でも太るし……)
とはいえレミリアに限っていえば彼女はつまみ食いをしたりとかなり食べる派に入るのだろうが、しかし。
うんうん悩みながら二人は紅茶を啜る。
七月編を読み終えた三人の休憩はそのような感じだった。
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一方。
博麗霊夢、東風谷早苗、レミリア・スカーレットの三名が七月編を読み終えて休憩していたその時。
一人の少女が紅魔館へと繋がる道を歩いていた。
「ふぅ……ふぅ、疲れますね。久々に外へ出ると」
少し荒れた息を吐きながら少女は呟いた。
風で揺れて目にかかったやや癖のある薄紫のボブの髪を鬱陶しそうに払い、苛立ちを隠せない様子だ。
しかし彼女の頭の中に空を飛ぶという選択肢は無く、ひたすら地道に歩いていた。
少女は小さな女の子である。身長はレミリアとほぼ同程度といった具合だ。フリルの多くついたゆったりとした水色の服装をしており、下は膝くらいまでのピンクのセミロングスカートを履いている。
頭には赤いヘアバンドと複数のコードが繋がっており、コードを辿った先には『大きな眼』が胸元に揺れていた。
「後少しで、紅魔館……ですか」
引きこもり生活をしていた身としては辛いですね、と少女は呟く。
ただそれは単に歩き方が悪いのだと彼女は気付かない。彼女の歩き方は縮こまるように――萎縮したような歩き方で明らかに遠出に適した動き方では無いにも関わらず彼女がその事に気付かないのは先程口にした『引きこもり生活』が祟っているのだろう。
引きこもり、そう。引きこもりである。
引きこもりと聞けば以前のフランを想起させるものがあるが、彼女の場合は圧倒的にレベルが違っていた。
少女は極端にコミュニケーションが下手くそなのだ。とはいえ相手の考えが読み取れないとかそのようなことはない。
その逆に――読み取り過ぎてしまうからこそ苦手なのだ。
「……世界の意思が読み取れたと思えば紅魔館に行けとは、中々無理難題を言ってきますね」
疲れた息と共に吐き出すように彼女は言った。
続けて、
「私の心を読める力が進化したと思ったのにそれ以来聞こえなくなりましたし、一体何なんでしょうか」
少々立腹したように彼女は言ったが――それよりも一つ先に消化しておこう。
彼女は『心を読む力』と言った。心が読めるということは相手の考えていることが分かるという事である。
例えるならさとりと初対面の人が出会った時に、笑顔で挨拶する初対面の人の心を読むと『初めてだし愛想笑いしなきゃ』とか考えているのが分かるといった具合だ。
先程――相手の考えが読み取り過ぎてコミュニケーションが下手くそであると書いたが全てはこの能力が原因である。
また彼女自体コミュニケーションを取ろうと思っていないのもそれに拍車をかけている。
コミュニケーションを取ろうとする意思があまり見られず、能力をフル活用して相手の思考を読み、思っている事を言い当ててくる。
心が読まれるということは、要は言いたくもないのにこちらだけ喋り続けているようなものだ。
しかも隠し事も全く出来ないので逆にコミュニケーションが成り立たないというわけである。
事実、彼女が心を読めると知った人間は最初はテレパシーのようで便利だと思っても最後にはうんざりしていた。
ようは人とコミュニケーションが取れずぼっちになり、更に人の悪意ある心を見続けた結果、現世を見捨てて引きこもるといった完全に近代における問題の一つである『ヒキニート』と思ってもらえれば良いのだが、ここで一つ問題がある。
じゃあなんでヒキニートの彼女が外へ出て、しかもあまつさえ遠いと言っている紅魔館に向かっているのか。
答えは簡単だ。
「神が言っている――紅魔館に行く定めだと」
彼女が世界の意思を読み取ったからだ。
この件についてこれ以上の詳しい説明をすればメタ的な意味でアウトであり、更にいえば彼女はメタキャラではないので説明のしようもない。
じゃあ地の文で書けよまどろっこしいという意見もあるだろうがツッコミを入れてはならない。何故ならそのツッコミに対し誰からの反応も帰ってこない――つまりスルーされてしまうからだ。
……そうこうしているうちに少女は小高い道を登り、ふと足を止めた。
「……やっと見えてきました」
その視線の先には紅い魔の館があった。
霧の湖の霧に隠れて薄ぼんやりと見える館は不気味な様相を呈している。
その館を見て少女は小さく息を吐いた。
「さて、休憩しま――――」
そうして座ろうとしたその瞬間の出来事だった。
「紅魔館に何か御用でしょうかお客様?」
「しょーーってきゃああああ……、きゅう」
少女――古明地さとりは突然現れた十六夜咲夜に驚いて気絶してしまった!
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一方、視点は戻って霊夢達の元へ戻る。
楽しく談笑を交わしながら休憩という名のお茶会を楽しんでいた三人だが、扉をノックする音で一時中断された。
「失礼します」
「アンタ普通に部屋に入れたの!?」
部屋に入札してきた咲夜を見てある意味失礼極まりないツッコミを投げかける霊夢だがそれを軽くスルーして咲夜はレミリアに小さく耳打ちをする。
「あの、お嬢様。お客様がいらっしゃっているのですが」
「え、誰かしら? 通してちょうだい」
「それが……その。気絶しておりまして」
「なんで!? 何があったのその人に!?」
「ちょっと瞬間移動したら悲鳴を上げて倒れてしまいまして……」
「だから前に言ったじゃない咲夜! いきなり現れるのは心臓に悪いからやめなさいって! きっと心臓が弱い人だったのよ!」
「も、申し訳ありません」
「ともかく手当をしてベッドに寝かせておきなさい。後で謝っておくのよ?」
「はい。畏まりました」
酷い会話内容だがそれはともかく。
驚いたり突っ込んだら忙しいレミリアだが適切に指示を出し、椅子に座り直す。
その顔は困り顔だ。どうしようかしら、という感じで腕を組む。
「どうしたのよ?」
「いや、来客に応対するとしてフランの日記はどうしようかと」
「そもそも誰が来たんですか?」
「それは知らないけど……ともかく中断も視野に入れるべきかと考えてね」
その時だった。
「は、…………、話は聞かせてもらいました」
小さな声と共に唐突にガチャリと扉が開いた。
扉の向こう側に立っていたのは古明地さとりである。ちょっと緊張したような感じで声が震えていた。
「さとり? あぁ、来客ってアンタか。つか気絶してたって聞いたけど大丈夫なの?」
その姿に見覚えがあったらしい。霊夢がよっ、と手を挙げると「は、はい。大丈夫です」と控えめにさとりも手を挙げる。
あまり人付き合いに慣れていないようだ、と判断したレミリアはで、と前置きして話しかける。
「確か貴女は……地底の主よね。地霊殿だったかしら、あそこに引きこもっていたと聞くけれど何の用かしら?」
「えっ……えっと、その。紅魔館に行けって世界の意思が私に囁いて、ですね」
「レミリアさん、威圧しちゃ可哀想ですよ。ゆったり話しましょう、怖いならほら深呼吸深呼吸」
落ち着いて、と早苗が優しく声をかける。
少し落ち着いたのはさとりは言う通りに息を吸い始めた。
「は、はい。すーはー、すーはー」
そこに霊夢が手助けするように言う。
「吸ってー、吐いてー、吸ってー、吸ってー、吸ってー」
「すー、はー、すー、すー、すー……ケホケホ!」
否。手助けではなかった。程度の低い引っ掛けのようなものだがその通りにしてしまうさとりは咳き込む。
その様子を見て早苗がジト目で言った。
「霊夢さん? 意地悪しないで上げてください」
「いや、まさかやると思ってなかったんだけど……」
しかし霊夢も霊夢でさとりの行動は思った反応じゃなかったらしい。ええ、と若干呆れの混じった顔だった。
だがそれをすぐに引っ込めるとさとりに声をかける。
「つかさとり、話しにくいならいつもみたいに心を読みなさいよ」
「あ……はい。じゃあ読みます――とりあえずよく知らない方もいるので挨拶からですか。初めまして、私は古明地さとりです。えっと……レミリアさんが、『何の用でここに来た』ですか? それは単に世界がそうしろと私に言ったからなんですけど――成る程。フランさんの日記を読んでいたと。七月分まで……ふんふむ。大体把握しました。つまり私も読むのに加われということですね」
「えっ? いきなり何を言ってーーえっ?」
「レミリア、さとりは心が読めるのよ。ようは思考を読み取る能力を持ってるの」
「はい。その通りです……すみません気持ち悪いですよね?」
「いや、別に良いけど……入るの? 正直展開が急過ぎてまだ理解しきれてないんだけど」
「尺が無いんだから仕方ないでしょ。大丈夫、幻想郷はなんでも受け入れるわ」
「いや霊夢さんさっきから何言ってるんですか!? 意味分からないこと口走らないで下さい!? あと幻想郷は受け入れても読者は受け入れないと奇跡が囁いてますから!」
早苗がツッコミを入れて霊夢がつまらなそうに髪を弄りながら説明をする。
「あーもう面倒な。とりあえずさとり加入しないと話進まないけど良いの? ゲームで言う所の強制パーティ加入ってやつよ。理解出来た?」
「全く理解出来ません!」「同じく」
これでも駄目か、と霊夢は怠そうにさとりを見る。
さとりもまた霊夢を見て、溜息を吐いて説明を始めた。
「……お二人に分かるように説明すると、奇跡と運命がそうしろと囁いているということです」
「あ、それなら納得です」
「そうね。じゃあ読みましょうか」
「勿論これじゃ納得なんて――って納得出来るんですか!? えっ? いや、えっ?」
出来るわけがないでしょうし、と続けようとして思いの外あっさり納得した二人にさとりは狼狽した。
おかしい、こんな事考えてなかったような、と思いつつ理由を聞くと、
「だって奇跡ですし」「だって運命だもの」
「意味不明です! とりあえず二人の心を読んで――ってなんだこの奇跡の頭!? なんで頭の中一杯に夢の国みたいな光景広がってるんですか早苗さんっ!? う……こんなの理解したら頭がおかしくなる。そ、そうだ、レミリアさんなら――って痛い! 何この中二病世界!? きょうびここまで酷いのは中々見たことありませんよ!? それと何ですかこの無数の運命!? なんか私の未来が大量に見えるんですけど!?」
改めて二人の頭の中を覗くとそれはそれは酷い世界が広がっていた。
方や某ナズーリンランドを彷彿とさせる夢の国ワールドと奇跡が広がる夢幻の世界と方や痛々しいまでの中二病と見渡す限り人や物の運命が広がる目が痛くなるような可能性世界。
こんなのを読んでいたら頭が馬鹿になると判断したさとりは早急に能力を打ち切った。
「……あり得ない。化け物ですかこの二人」
「奇跡ですから」「運命だからよ」
「さとりさとり、この二人の頭の中はカオスだから覗いたら取り返しのつかないことになるわ」
「……霊夢さん、地上って地底より怖いんですね」
カタカタと震えながらさとりは言う。
何はともあれ無事に迎えられた(?)さとりはこれより三人と共にフランドールの日記を覗くことになった。
やがて昼休憩を終えた三人――否、四人はフランドールの日記を取り出し八月編のページをめくる。
が、その時唐突に霊夢が言った。
「つかなんでこんな面子になったのかしら」
「……知らない」
…………………………。
それを皮切りに会話が途切れる。
黙りこくった空間に放り出されたさとりは一人、こう思った。
(……あの、これ大丈夫でしょうか?)
ともかく。
休憩とさとりの加入(?)を経て八月編がいざ、始まる!
次回から八月編です。
あと加入雑いので次回に軽くフォロー入れます。