ボケとツッコミ無しは今回まで。
七月二十七日
休みをもらったは良いけれどやることがない。
めーりんとの修行と道場の剣術指南は午前中に終わるし、ちょっと前の事もあってあまり外に出る気もしなかった。
咲夜が心配そうな面持ちで様子を見に来てくれたけど上手く誤魔化せただろうか。
……いや、無理だよね。
多分バレてると思う。私の演技程度じゃ誤魔化せないよ。
…………暇だなぁ。
明日は、ちょっとだけ外に出てみよう。
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「若干後遺症が出ている……んですかね?」
「そりゃ女の子が気絶させられて後少しで描写出来ないような状況に追い込まれてたって知らされたらねぇ……」
「…………、反応し辛いわ」
上から早苗、霊夢、レミリアのセリフである。
意見はそれぞれ違うが皆同じなのは声のトーンに元気が無い事だろう。ともかく三人は次のページをめくる。
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七月二十八日
今日は咲夜がお客さんを連れて来た。
慧音先生と……早苗さんだ。
なんだろうと思ってたら前にお願いしていた数学の先生の件で来てくれたらしい。
どうやら早苗さんが引き受けてくれるそうだ。でも、ちょっとタイミングが悪いなぁ。正直まだ勉強って気分じゃないんだけど。
とか思ってたら慧音先生は先に帰っていった。後に残される私と早苗さん……うん、どうしよう。
「お久しぶりですねフランちゃん」
「……こんにちは、早苗さん」
早苗さんは明るく話しかけてくれるけれどイマイチ反応を返せない私だ。愛想笑いくらいは浮かべているつもりだけど多分曖昧な笑顔になっているだろう。
「……? あまり元気無いんですね。何か、あったんですか?」
「…………」
ありました。話したくないけど。
顔を伏せると早苗さんはんー、と考え出す。それからポン! と手を叩いて成る程そんなことが……と呟いた。
えっ、分かったの? 私何も言ってないのに?
「奇跡が私に囁いてきました。そんな事情があったんですね……てっきり嫌われたかと思って今にも泣きそうだったんですけど」
「…………、」
奇跡で分かるんだ。どんな奇跡だろう。奇跡的に脳内に私の身に降りかかった不幸の正解が引き当てたとかそんな感じかな。
というか泣きそうだったって……ってホントだ。そんなオーバーな、って言おうと思ったけど本当に目に涙が溜まってたわ。
ちょっと申し訳ない。割と本気で。
とか思ってると早苗さんが咳払いした。
「コホン、ではフランちゃん。今から数学をすると言って出来ますか?」
「……ごめんなさい、今は考えられないです」
「それはなぜですか?」
「……考えてしまうんです。先日の件、あっさりと騙されてしまったことを。その後すぐに動けば――対処出来れば意識を失うことなんて無かったのにって」
「つまり、一つの失敗をずっと悩んでいるんですね?」
「言い方が悪いですけど――そうです」
「では、そんなフランちゃんに私が幾つか言葉をかけましょう。まず失敗ですけど、失敗したからなんですか? 失敗から学びを得てまた次に挑めばいいじゃないですか」
「……そんなすぐに気持ちの切り替えなんて出来ませんよ。そんな簡単なものじゃあない」
「確かに失敗を嘆く事も人間、重要と思います。でも、後ろを何度も振り返る必要はありません。思い出してみてください、フランちゃんの前には沢山の道があるはずです。前を向きましょう」
「…………、」
なんだろう。凄くイライラした。
そういう事じゃないんだよ。私が前向きになれないのは。
もっと――心の奥底がどん詰まりのように落ち込んでしまっている。直ぐに切り替えなんて出来ない。あの失敗は下手を打てばとんでもない方向に転がっていってしまうもので、今回は偶々無事だったけど次はそうとは言えない。
勿論、ずっとこのままで居ちゃいけないのは分かってる。
前を向かなきゃいけないことは分かってるけど、でも今は放っておいて欲しかった。
「今日は私も帰ります。ただ、最後に言わせてください。フランちゃん――じっくり考えて下さい。しかし行動するその時が来たならば、考えるのをやめて、進んで下さい」
そう言い残して早苗さんは帰って行った。
結局、今日も外へは出れなかった。
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「最初は、フランちゃんの教師になれるってウキウキ気分でしたけど……まさかこうなるとは思ってませんでしたよ」
「というか無駄に良いことを言っているように見えるけど、むしろ反感買ってない?」
「……そもそも言い方が意地悪よ。貴女」
霊夢とレミリアの二人にジト目で見つめられた早苗はしわしわと小さくなって呟く。
「……そ、それは反省します」
「ならばよろしい」
「いや、良いの? レミリア」
「……説得の内容がキチンとしていたから許すだけよ」
「ふふん、当然です。偉人の言葉をパクってますから。魯迅にウォルト・ディズニーにイチローにナポレオンだったかな。皆バラバラですけど良い言葉ですよね! ね!」
「……やっぱり許さないわ」
「何故ですか!?」
「人の言葉で説教とは偉くなったものね。でも借り物の言葉じゃ胸に響かないわ。そうでしょ、霊夢」
「いや、知らないわよ」
パクリの台詞だろうが当人が何か感じ入ることが出来ればそれで良いじゃない、という思いは胸の内に引っ込めて、霊夢は溜息を吐きながら次のページを開く――――。
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七月二十九日
とりあえず訓練をこなしていると妖忌さんにこんな言葉を掛けられた。
「とりあえず今日はここまでにしておきましょう」
なんで? 用事でもあるのかな、と思っていたら次の言葉で私は固まった。
「これ以上やっても意味はありませんから」
意味がない? どういうことかな。分からないんだけど。
そう尋ねると妖忌さんの返事はこうだった。
「……剣に迷いが見えます。また今の貴女は強くなろうという気概がありません。強くなる心を持たぬ者に幾ら教えても無駄です」
その迷いが消えるまでは修行はつけません。
そう言って私は道場から退室を余儀なくされた。多分見抜いていたんだろう。私の心のうちを。
でもサボるわけにはいかない。めーりんの方に行って何か追加の訓練は無いか聞きに行った。
けど……、
「妹様。しばらく訓練はお休みにしましょう」
そこからの説明は妖忌さんとほぼ同じだった。めーりんのには若干説教も混じっていたかな。
「妹様が今やられているのは訓練ではなくポーズです。私は頑張ってるんだー、こんなに努力してるんだーって。この前の件を取り戻す為かもしれませんが明らかにまだ心が回復していません。言い方は悪いですが、完全に無駄です」
こうして私は完全に自由を言い渡されてしまった。
明日からどうしよう。修行すらやれないとなると本当に暇になる。
…………、辛い。
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「紅魔館の美鈴はともかく妖忌さんも気づくのね。やっぱりあるのかしら。魂のこもった訓練と違いが」
「あるんでしょうね」
「……何にせよ早く立ち直って欲しいところです」
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七月三十日
今日はいつもより時間をかけてガーデニングをした。
向日葵は順調に育っている。後少しで花を開くだろう。
こうやって後少しまでくると感慨深いね。
そういえば花の声って前に幽香さんに聞いたなぁ。確か、静かにして耳を澄ます。自然に身を委ねると自ずと声は聞こえるって。
暇だし一日中やってたらいつの間にか寝ていた。
目を瞑って静かにしていたせいだろう。サーっという風の音とざわざわと揺れ動く紅魔館近くの雑木林の音。そよそよと花が風に吹かれる音を聞いていた時の出来事だった。
にしても自然っていいね。
心が洗われるようだよ。ちょっと落ち着いたかもしれない。
うん、もうちょっとで前向きになれそう。
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「おお」
「アロマセラピーってやつかしら。自然で心が落ち着くって」
「ちょっと違いますけど、でもこれはいい傾向ですよ」
長めの停滞を迎えて反応しづらかった三人もようやく明るい声を上げだした。
そして、期待を込めて次のページをめくる。
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七月三十一日
今日はお姉様と話をした。
そういえばお姉様と一緒に一日を過ごすのは久々だなぁ。
朝ごはんからずっと一緒に行動したよ。多分咲夜辺りが気を回してくれたんだろうけど、中々楽しかった。
とりあえずお姉様、チョロい。
褒めておけばえっへん! って薄い胸を張るし、とても機嫌が良くなる。
昨日は○○があったのよ! だとか、この前は○○の家でね! とかとても楽しそうにお話するお姉様を見ていると悩んでいる自分がバカバカしく思えてきた。
お姉様の場合、大抵どこでも自然体なんだよね。あの高飛車で打たれ弱くてカリスマブレイクしちゃうのも完全に素だし、隠し切れてない中二病を隠し切っていると思い込んでいる姿も全部自然体だ。
対して私は最近、行動に利益を挟み込むようになってきた。こうすれば人に好かれるだとかちょこちょこ考えて行動している。
キャラを作ってるってほどじゃない。言うなれば気を張って毎日を過ごしているんだ。
………長い地下生活から抜けて、友達が出来て――その度に世界が広がって行って。
人を信じるようになって、人里には良い人も多くて、ライブだって最後は楽しく乗り越えられた。
――でも操られていたとはいえ騙されて分からなくなった。
無条件に人を信じられなくなった。
でもそれすらバカバカしくなった。一度騙されたからって何だって。お姉様を見ててそう思った。
……………………
………………、
…………。
……そろそろ前に進む時が来た、かな。
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「やっと前を向けた、かな」
「というかこんな時でさえチョロいって言われるんですね。レミリアさん」
「なんかボロクソに書かれてるのよね。私だけ」
「自然体も悪く捉えたら『チョロいプライド高いカリスマブレイクする』って前提条件付いてますからね」
「……泣きたいのは私の方だわ。くすん」
涙を拭うようにわざとらしく手を動かすレミリアを見て霊夢が言う。
「白々しっ! 下手な演技はやめときなさい。やっと次からボケとツッコミ出来そうだしサッサと行くわよ!」
「えー、その前にちょっと休憩入れましょうよ。キリが良いし」
「そこの風祝に賛成ね。ちょっと疲れたわ。お菓子も付けるから休憩しましょ」
「…………、仕方ないわね」
渋々、霊夢は頷く。
かなりメタいことも含まれる会話劇であったが、ともかく三人は一度日記を置き、それぞれ紅茶とお菓子に手をつけ始めた。
次回、閑話予定。
正直海の話を引っ張りすぎた感あるけど成長ストーリーって付けてるしやらないわけにはいかなかった。
あ、八月からはまた本格的にあちこち行きます。