今回若干、ちょっと、ほんの少し真面目につき注意されたし。
七月二十三日
今日は海の家に紅魔館の皆がやって来た。
お姉様にパチュリーに咲夜、それからめーりんにこあさん。
ちゃんとバイトしてるのか見に来たとお姉様が言っていた。それぞれ合いそうな水着を選んであげると喜んでくれたのでよかったよ。
にしてもお姉様……派手なのが好きなんだろうけど身の丈を考えた方がいいと思う。最初に選んだやつとか完全に大人のスタイルの良いお姉さんが着るようなやつだったから。最後は素直にスク水タイプの水着で納得してたけど。
にしても咲夜がいてくれて助かったよ。手伝うって言い出すのは予想外だったけど、料理とかの出す速さが倍近くなった。味のクオリティも上がるから一石二鳥だ。とはいえ咲夜も遊びに来たのに良いのかな? そう思って聞いてみると、
「私にとって家事は遊びのようなものです。同時にお嬢様や妹様のお手伝いをすることがこの咲夜の最上の喜びなんです――ですから私の為にお手伝いをさせてくれませんか?」
という返事がかえってきた。一切の曇りのない笑顔で言うもんだからその時は信じ込んだけどこれって多分私のことを思って私が気負わないように理由付けてくれたんだよね。
今までもそうだったけどいつもありがとう咲夜。
大好きだよ。
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「いえいえ、私こそありがとうございます――妹様」
「「うわっ!?」」
「……しゃ、咲夜、流石に読んでるタイミングでいきなり現れると心臓に悪いのだけど」
「申し訳ありません。つい感謝の意を述べたくなりまして」
「そ、それは分かったけど今度からは気を付けてね?」
「はい、お嬢様。この十六夜――肝に命じました。では」
そう言い残して次の瞬間咲夜の姿が搔き消える。
そして――嵐のように過ぎ去った咲夜のいた空間を眺めていた三人は誰ともなしに呟く。
「……次のページにいくわよ」
「「……賛成」」
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七月二十四日
変なお客さんがいた。
その人はビーチから少し離れた目立たない岩場で、パラソルを刺して影を作りその影に潜り込んでいた。
手には双眼鏡? それを覗き込んでこんな事を呟いていた。
「夏ビーチ 揺れるおもちと 双眼鏡」
俳句? 内容が大分サイテーだけど。
流石に挙動が怪しかったので声をかけるとおじさんは慌てふためいていた。
「ななな何の用かなお嬢ちゃん?」
「おじさん、女の人の胸を見てたでしょ」
「し、知らないなぁ。僕はバードウォッチャー。ここらのスポットからは空飛ぶカモメが見えるからそれを見ていたんだよぉ?」
「じゃあさっきの俳句紛いのセクハラ発言は?」
「言ってない☆」
「…………」
なんだろう。人に向けてこう言うのもあれだけど気持ち悪かった。
おじさんおじさん、その年で台詞に☆付くような態度はやめた方がいいよ。なんか背筋がゾワっときた。
「よ、良かったらお嬢ちゃんも見るかい? 空飛ぶカモメがよく見えるぞー!」
「ほんとに見えるの?」
「勿論だとも! さぁさ見てくれ!」
それからこのおじさんをどうしてやろうかと考えていたところ、なんか双眼鏡を渡してきたのでちょっとだけ覗かせてもらうことにした。
双眼鏡を傾けて空を見る。あぁ、確かにカモメが飛んでいた。
湖なんだけどね。そこそこ大きいからかな?
ともかく本当だったんだ、としばらく覗いてから謝った。
「あの……疑ってごめんなさい」
「いいよいいよ。見てくれで分かるけどおじさん怪しいからね。さぁさ、おっちゃんはまたバードウォッチングに戻ろうかな」
女の人の揺れる胸を覗いてるんじゃなくてカモメを見てたんだね。
じゃあ何もないし戻ろうか。
そうーー思った矢先の事だった。
「フラン、どこにいるんだい?」
「あ、森近さん!」
「ここに居たのか。良かった、どうやら人里で性的暴行事件を起こした人が逃げたって聞いてね……心配になって――って、ん?」
「……………(汗)」
森近さんが何かに気づいたように眼鏡をくいっと持ち上げて改めておじさんの方を見るとおじさんは汗びっしょりだった。
熱中症かな? 大変!
「その顔、指名手配されてた性的暴行事件の……」
「ちくしょう! 後少しだったのに!」
「あっ、待ちたまえ!」
と思ったらおじさんが全速力で逃げ出した。
えっ? 性的暴行? 指名手配?
反応からしたらおじさんが犯人だよね? そう私が疑問に思う間も無く、森近さんが走って追いついておじさんを地面に倒してた。
……あれ? おかしいな、見てるだけなのになんか身体の力が抜けていくような気がする。熱中症かな。フラフラしてきた。
「捕まえたぞ、観念しろ。それとフラン! 何かされなかったかい? ……聞こえてないのか? 返事を――――」
森近さんが何か言ってる。でも酷く身体が怠くて私は返事をする気が起きなかった。
しばらくフラフラ突っ立っていたら森近さんがおじさんの胸ぐらを掴み上げて怖い声色でこう言っていた。
「……キミ、フランに何をしたんだい?」
「じょ嬢ちゃんには何もしてねーよ! 痛ででで! ただ双眼鏡を見せただけだ!」
「嘘をつくなよ」
……頭があまり働かない。なんでだろ。
ボーッとする。森近さんがおじさんを取り押さえて何か言ってたけど段々視界がぼやけてきた。
「痛ででで! 絞めんなって!」
「なら双眼鏡とやらを僕によこせ。それか真実を語れ」
「ぐっ……チッ、ほらよ双眼鏡だ」
「貸せ! これは……魔法器か! 効果は――覗いたものの欲望を、本性を表に出す?」
そこまで聞いた時だった。
私の体が地面に落ちた。ドサっと、人ごとみたいに音が聞こえた。
あれ、身体に力が入らないや。起き上がることも出来ない。
今更ながらに思えば妙な思考だと思う。でもその時の私はそんな感じだった。
あとの意識はほぼない。
次に目が覚めたら紅魔館のベッドだった。咲夜に話を聞くとどうやら私は熱中症で倒れたのだとか。
森近さんが運んできてくれたらしいけど……嘘だよね。
私の奥底に眠る本性と言われて思い浮かぶのは狂気だ。意識を失ったってことは私は術にかかってしまったのだろう。
その内容は会話から察するに本性を表に出す術――私の場合は狂気だ。
明日、森近さんに経緯を問いただそう。
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「………………、」
このページを読んだレミリアは黙り込んでいた。
「……レミリアさん?」「れ、レミリア?」
顔色を伺うように二人が尋ねる。
が、レミリアから返ってきたのは予想外の返事だった。
「……知らなかった」
「「え?」」
「初めて、知った」
レミリアは顔を伏せていた、
泣いているのかは分からない。決して怒りを表には出さず、極めて冷静にいった。
ただ。
本当なら知っていなきゃなない話を聞かされていない――その事実がレミリアの琴線に触れたのだ。
「…………レミリアさん、あの」
「何も言わないで次のページをめくって」
「でも……」
「……お願い」
「分かり、ました」
言われるままに早苗が次のページをめくる。
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七月二十五日
森近さんに話を聞いた。
全ては一つの魔法器が原因だったらしい。
魔法器ってのはマジックアイテムのことを指すんだけど、私が話していたおじさんの家には蔵があってそこに件の魔法器が封印されていたのだとか。
その封印をひょんな事から解いてしまったおじさんは双眼鏡の『人間の奥底に眠る本性を表に出す力』に惑わされ、欲望のままに行動していたのだとか。
で、双眼鏡の力は本性を表に出すことなんだけどその為にはまず元々の人格が先に奥底にしまわれ、代わりに本性が表に出るらしい。その為術にかけられると一時的に気絶してしまうんだそうだ。
で、おじさんはその力で何人もの女の人を気絶させて家に監禁してたとか。
「ちくしょうあと少しで」って言ってたのは後少しで私も捕まるところだったってことだね。
ともかく私が倒れたあと、森近さんは魔法器を使って私を元に戻したらしい。
時間を巻き戻す魔法器で、私の時間を巻き戻して洗脳される前まで戻したとか。おじさんも含め被害者全員に同じように対応し、その魔法器もすでに封印し直したらしい。
「道具は僕の専売特許だからね。管理しておくよ」
と言っていた。にしても危ないところだよ。
私も修行が足りないなぁ。あんなにアッサリやられちゃうなんて。
……お姉様には話さないように咲夜にお願いした。
お姉様が聞けば間違いなくおじさんを殺そうとするだろう。いや、それだけじゃない。人里に報復する可能性もある。
お姉様だし言えば分かってくれると思うけど、ごめん。
これは私が乗り越えなきゃならないことだから。いつか笑い話に出来るように。
…………。
…………、おやすみ。
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「……それでも話して欲しかった、というのはエゴよね。分かってる。分かってるけど感情が許さなかったのよ」
「レミリア……」
「だから私も触れないわ。私はお姉様だから話さなかったことも全部許してあげる。呑み込む」
そこまで言って紅茶を飲んで無理に明るい顔を作ってレミリアは二人に告げた。
「二人とも、次のページに行きましょう」
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七月二十六日
森近さんから休みをもらった。
暫く休めとのことだ。正直ありがたい。
なんか猛烈に心が疲れてるし、久しぶりにあちこち遊びに行こうかな。
幻想郷内で行ってないところは多いし。あ、それと修行もしないと。
今回の件で私が騙されやすくてなおかつ未熟なのは分かったから。痛いくらい理解したからこそやらなきゃいけない。
前に進まないと。乗り越えないと。
強くなれ、私!
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「強い子ですね」
「本当にね」
「――そうね」
それ以上何も言わずに三人は次のページをめくる――――。