七月編1『濡れ透け衣装』
六月編が読み終わり一旦小休止を取ろうと早苗はフランドールの日記をテーブルに置いた。
「……次は、七月ですね!」
日記をテーブルに置き、クッキーを一欠片掴むと早苗は口に頬張る。その声はウキウキしたような晴れやかなものだった。
半分、物語のように楽しんでいるのだろう。ゆったりと午後の紅茶タイム気分で過ごしている早苗だが――そこに待ったをかけた者が居た。
というか霊夢だった。
「ねぇ早苗。この下りやめない? 一ヶ月ごとに一々こうやって枠取ってネタ考えるの面倒なんだけど」
「それは何の話ですか!? 誰の事情ですかそれぇっ!!」
「どうでも良いけどサッサとしてくれない? フランにバレる前に読みきらなきゃいけないんだから」
「レミリアさんもですか!? あー、もう! 分かりました、分かりましたよぉ……。私は好きだったんだけどなぁ、これ」
酷く身もふたもない話で早苗はバッサリ論破された。ついでに空気とかそのあたりも全部ぶっ壊れた。
修復不可能となった空気を察した早苗は泣き寝入りを決める。
さて、そんなこんなでインターバル無しと決定した三人は七月編を読み始めた――――。
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七月一日
七月だ! 最近はもう普通に暑い、うん。
参っちゃうよね。汗かくし、まぁ暑さは魔法で何とか出来るけど。
で、それよりもだよ!
今日、衣装と曲が完成しました! 早速着てみるとぴったり!
だけどなんか短いな。スカートなんて中見えちゃいそうだし上もなんか薄め? 本で見たアイドルが着てる感じの服ではあるけど。
……というかあれ? 私採寸した覚えないのにどうやって作ったんだろ……まぁいっか。
それと下着まで作ってあったけど服係の人頑張り過ぎじゃない? というかなんでブラジャーのサイズまで合ってるのは本当に疑問なんだけど……。
ともかく、簡易式のステージを用意してもらって本番のように歌ってみた。振り付けも決まってるし、後は覚えて本番に備えるだけだ。
にしても実際にステージで歌うと色々と違うね。何故だか物凄く恥ずかしくて顔が真っ赤になっちゃう。
……上がり症ってやつかなぁ? コミュ障って程じゃないし。
マイクを使うとやたら声も響くから余計に恥ずかしいし。
本番大丈夫かなぁ。心配だなぁ。
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「事案ね」
「事案ですね」
「……確かに不思議ね。採寸をしていないのにサイズが分かるなんて、何かの能力かしら」
上から霊夢、早苗、レミリアの言葉である。
そもそも採寸した覚えが無いとかそれ以前に下着まで作成している時点でグレーゾーンなのに、しかもサイズまでピッタリという事実は完全に事案だった。
勿論、霊夢と早苗はその辺りの知識は持ち合わせているし明らかに嫌悪感を見せていた。しかし妙な所でピュア(メイド長の差し金で知らない)を発揮したレミリアは至極真面目に考察を始める。
「人の身体サイズが分かる能力……? だ、駄目よそんなの! 何か危ない気がする」
「ま、もしあったら怖いですけどね。見知らぬ人が自分のスリーサイズ知ってたとか完全に恐怖ですからね」
「特に幻想郷は女性の実力者が多いから、そんなのが居たら……博麗の巫女としては申し訳ないけどちょっとなーとは、うん……思う」
それに季節も夏だ。
短いとは書いてあったが本当に短かかったのだろうと三人は想像する――想像して、身震いした。
「……次、めくるわよ」
「はい」「えぇ」
全体的に妙な雰囲気のまま、霊夢が次のページを開く。
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七月二日
今日は雨だ。しかもかなり強い。
本番近いけど今日は中で細々した作業するだけで終わりかな、とか思って居たら一部の罪袋の人達がやたらノリノリで『外でやりましょう』って声をかけてきた。
ええー……だって雨だよ? 魔法で防げるけど気乗りしない。
とりあえず話だけは聞いてみると、彼らの言い分はこうだった。
『ライブ当日が雨だとしても中止になりませんから、この日はむしろ練習のチャンスなんです。万が一雨になった場合の時の』
むぅ、一理ある。仕方ない、やろっか。
昨日もらった衣装に下着も含めて着替え直して、マイクの準備して、ザアザア雨が降る外へ一歩踏み出す。
幸いにして夏という季節だから冷たくはない。丁度良い涼しさだけど全身が濡れる感覚は妙な感じがする。
勢いが強いからかな? 服も直ぐに濡れてしまった。
とりあえずステージの上に立って歌い始める。
ザー、ザー! という雨音の中に私の歌声が混ざり合った。声をかけてきた罪袋の人達も雨に濡れながら私を見ている。皆真剣――というかすごい真面目だ。そんなにも真っ直ぐ見られるとちょっと恥ずかしいかも。
で、その途中に問題が起こった。声をかけてきた罪袋さん達が急に何やらワーワー騒ぎ出して歌を中止にしたのだ。
『すみません! 中止! キミ、タオルを持って行ってーー』『はい! 任せて下さい!』『オイ撮るな! 今撮ったヤツPAD長……じゃなくてメイド長に殺されるぞ!』『衣装班は誰だ! 何でこんな仕様にしやがった!』『YESロリータ、NOタッチの精神を忘れるとは……ロリコンの風上にも置けん!!』
凄い慌ただしかった。所々で怒気も上がってた。何でだろ。
そう考えていると女性の罪袋さんがタオルを抱えて駆け寄ってくる。
『フランさん! 透け、透けてます! 服が透けて――下着もやばい感じになってます!』
……ふぇ? 私が下を向くとヒラヒラしていた筈の服が私の身体のラインに沿ってペッタリとくっついていた。
後、透けてた。肌色が見えてた。下着も本気でヤバイ部位以外は半分透けかけてた。
「え、あ、……え?」
『タオルを巻いて! よ……いしょっと! 早く中に入りましょう、私が壁になって個室まで移動させます!』
透けた? 見られた?
駄目だ。考えがまとまらない。今、タオルとあったかい飲み物を貰って休憩しながら書いてるけど……。
そういえば衣装班は誰だ、とか言ってたなぁ。もしかして雨で透ける仕様にしてたとか?
ともかく、明日真相を書こうと思う。
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「……………、」
「れ、レミリアさん?」
「……家族のことって尚更腹にくるものなのね」
小さく呟いたレミリアの様子は普段とは一線を画したものだった。
彼女の身体を覆うように正体不明の瘴気が薄く出力され、その雰囲気は彼女が心の底から溢れ出る怒りを冷静さで押し込めているような――そんな雰囲気を思わせた。
「幾年ぶりかしら。こんな気持ちになるの、あぁ。私は感情を一つ忘れていたかのようなそんな気さえしてくるわ」
「「………………」」
妖艶な、それでいて凄絶なる凄みを持った顔で彼女は言う。
二人は何も反応出来なかった。
レミリアから溢れ出る力は意図せずして二人を圧倒しーー何かすることを躊躇わせていたのだ。
そして、怒りに打ち震える吸血鬼は言う。
「……久しぶりにキレちまったよ。これが、怒りか。久方振りに思い出した感情ね。思い返せば――怒りとはこれ程熱いものだったのか。上辺だけの怒りは何度も感じたけれど、今の私はブチキレてる」
「……お、落ち着いて下さいレミリアさん」
「落ち着く? 私は落ち着いているわ。ただ、言葉で言い表せない感情を感じているだけよ」
「キレてるじゃないですか! うぅ……霊夢さんも何とか言ってやって下さいよ!」
「なんとか」
「そこでボケなくていいですからぁッ!! つかなんですか霊夢さん!? これ止めるの面倒だから関わらないでおこうとか考えてませんか!?」
「……流石奇跡ね。よく分かってるじゃない」
「認められても困るんですよ! 私だって下手に止めるの怖いんですから手伝って下さい! ほら!」
「……あーもう、ったく仕方ないわね」
頭を掻きながら霊夢は気怠げに立ち上がる。
それから部屋の隅に落ちたままの黄金のタライをヒョイと掴み上げた霊夢は――迷いなくレミリアの脳天目掛けて振り下ろした!!
「夢想封印(物理)!!」
「ッッ!? 痛ったい頭があ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!? 」
ガァン、ってレベルじゃなかった。
レミリアの頭がタライを突き破っていた。さっきまで怒りに打ち震えていたレミリアも堪らず聞いたことないような奇声に近い悲鳴を上げる。
同時、早苗は叫び声を上げた。
「何やってんですか霊夢さん!?」
「いや、レミリアを落ち着かせる為によ」
「限度ってものがあるでしょう普通!? 何タライを突き破る勢いで振り下ろしてるんですか!? 吸血鬼じゃなくて人間なら頭がパーンってなってますよさっきの!! ってかレミリアさん……あ、気絶してる」
「きゅう……」
ノックダウン。ボクシングならワンパンKOである。
いや、タライを使ったという意味では完全にルール違反だが。
心配性な早苗は倒れたレミリアを優しく抱き上げると軽く頭を撫でながら治癒の奇跡を使う。レミリアの周りからは既に謎の瘴気は消え失せており、頭からか苦しそうな顔で気絶していた。
「たんこぶ出来てるじゃないですか! 流石にさっきのレミリアさんへの対応を酷すぎますよ霊夢さん!」
「いや吸血鬼だし、それにアドレナリンとか出てるから気絶しないだろうって思ってたんだけど……」
「にしたってやり過ぎです! 年齢は高いとはいえこんな小さな子に……可哀想です。それにレミリアさん何も悪くないのに」
「そうだけどね、怒り過ぎなのよ。もっと冷静になりなさい。次のページに真実が書いてあるんだからそこまで読んでから怒れ」
「う……うぅ」
「あっ、大丈夫ですかレミリアさん? 頭痛くないですか?」
「う? うー…………だいじょぶ、よ……ほんと、色々言いたいこともあるけれど次のページを読んで頂戴」
「……良いんですか?」
「冷静じゃなかったから……お願い」
「分かりました」
早苗はゆっくりと次のページをめくる。
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七月三日
結果からいうと全ては一つのミスだったらしい。
どうやら衣装を担当した人が本来持ってくる衣装とは違う、同じ見た目で材質が違うものを持って来てしまったのがそもそもの原因らしい。
衣装係の里のお兄さん(仕立て屋をしている)に滅茶苦茶謝られた。
……にしてもどうして水に透ける仕様なの? それを尋ねると、彼には小柄な(といっても私よりは大きい)彼女さんがいるらしい。
元々仕立て屋をしていた彼はオーダーメイドの商品もよく頼まれるそうだけど、その際にもう一つ水に透けるものを作り、それを彼女さんに着せたりするのが好きなのだとか。
ついでにぴっちりしたやつが好きで、とかなんか言いづらそうに言ってた。よく分からない。
多分、女の人が短い服や水に透ける服を着るってのははれんちぃってやつかえっちぃってやつだと思うけど。
その辺り咲夜に聞けば知ってるかな?
ともかく衣装係のお兄さんは今回の商品は無料で良いと言ってくれた。
にしても咲夜も罪袋さん達も凄い怒りようだったよ。
お姉様が聞いたら怒るかなぁ? でも、許してあげて欲しいな。見られたのは恥ずかしいけど私は気にしてないし。
そもそも見られてどうこうなる身体じゃないってのは……うん、悲しいけど何となく分かるし。
……書いてて悲しくなってきた。とりあえず寝る。おやすみ。
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「……許してあげてだってさ、お姉様」
「……正直納得し難いわ。過ぎた話を蒸し返しているようだけど、妹のことだもの」
「まぁ確かに。透ける服とかとんだド変態じゃないですか。仕立て屋ってなんか行きたくなくなりましたけど……」
「そこは同感だけど。つか送る品物間違えるとか商売人としてどうかと思うけど」
「……にしても、スルーしてたけど咲夜は知ってたのね」
「そうみたいですね。多分、レミリアさんがこうなるからあえて報告しなかったのではないでしょうか?」
「……要らぬおせっかいよ。次はキチンと報告しなさい――咲夜」
レミリアが告げると彼女の目の前に十六夜咲夜が現れた。
恭しく頭を下げ、彼女は返事する。
「……はい、お嬢様」
「それだけよ、下がって」
「……失礼します」
そうして姿を消した咲夜から視線を逸らし、レミリアは二人に向き直り告げた。
「今回だけはミスで済ませるわ。知らなかったとはいえ大分過去のことだもの。本来なら殺してやるところだけどね」
「殺したらアンタを退治しなきゃならないからそうしてくれると助かるわ。こちらからも仕立て屋にはちょっと注意しとくから」
「……そうですね。私も嫌ではありますが、時折見に行くことにします」
そして。
嫌なことを呑み込み、それから三人は誰ともなしに次のページをめくることにしたのだった。
今回出てきたネタ
・PAD長(二次創作ネタ)
・YESロリータ、NOタッチ(COMIC LOのキャッチコピー。多分知名度だととあるプロデューサーが言った方が有名だと思う)
・久しぶりに……キレちまったよ(サラリーマン金太郎より、AAネタだとそれをパロディした珍入社員金太郎の方が有名かも)
・痛ったい頭があああ!(以前も登場した、この素晴らしい世界に祝福をよりめぐみんの台詞を改稿したもの)
最近モチベが減ってきた、気合い入れ直さないと。