六月二十一日
最近はアイドル業(の練習)で忙しいけどちゃんと寺子屋には通っている。で、今更知ったけど人里の中を妖怪の私が普通に歩くのってアウトだったんだね。
サニーちゃん達三人組が「寺子屋以外あまり近づかない方が良いわよ」って言ってた。少し前に易者って人間から妖怪になった人が霊夢に退治されて改めて認識し直した人も多いらしいって話も一緒に聞いたけど前にルーミアさんが言ってたことと大体同じだったと思う。
『人は妖怪を恐れ――妖怪は人を襲う。その関係性が崩壊すれば幻想郷は存在意義を失い消えてしまう。だから幻想郷の為に、互いの均衡を保つ為に、人里で妖怪が過度に人間に入れ込むのは御法度。あまつさえ最近は私達のような人間型の妖怪を怖がる人間が減る傾向にあるのでそれは控えなくてはならない――だからその二つを守ることはいわゆる幻想郷への税金のようなものだ』
八雲紫の受け売りだとか。まぁそれには同意するよ。行動は真逆になってるけどね。アイドルで、しかも人里でやるって完全に真逆なんだけどね。
……まさか本番で八雲紫が邪魔しに来たり、する?
いや、まさか……だよね?
でも面倒だからって理由で藍さんと咲夜の喧嘩をお姉様を泣かせることで収めるような人だし、どうだろ。
…………………………。
うん、念の為本番は色々と備えておこうか。折角皆で協力してやってることをぶち壊されたくないし。
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「本当に今更ね」
「そういえば聞きましたよ霊夢さん、人間から妖怪になった人を退治したんですよね?」
「えぇ、それこそ御法度だもの。彼は妖怪になったにも関わらず人間を襲わないから退治しないでくれと言ったわ、それはつまり人間としても妖怪としてもどちらの税金も払わないという意味よ。幻想郷は全てを受け入れるけど、私達は退治する。ただそれだけよ」
「……そうですか。で、霊夢さんの目から見てフランちゃんはどうなんです?」
「能力だけで問題無いわよ。あの子が例えどれだけ良い子だとしても全てを破壊する力を持つ以上恐れる人間は永久に存在する。あの子が気が触れていた過去もそれに拍車をかけるわ。同じ意味で言えばレミリアも問題無いわよ。吸血鬼、運命、そして紅霧異変。これだけ揃ってるもの」
「……霊夢さんも意外に真面目に博麗の巫女をやってらしたんですね」
「意外とは何よ。失礼ね」
「いや、本当に意外よ。足を運んでも境内の掃除をしているかお茶をすすっているか――それしか見たことがないから」
「やることがないもの。仕方ないじゃない、まぁ平和が一番よ。一番ダラダラ出来るし。日常のスパイスは偶に宴会を開くだけで十分よ」
「……あ、そうだ。霊夢さん。今思い出したんですけど、アリスさんは妖怪として問題が無いんですか?」
「えっ?」
「ほら、忘れがちですけどアリスさんって魔法使いであると同時に魔界出身の妖怪じゃないですか。あれだけ人里の人に慕われてる方ですし、妖怪として微妙だったりしてーーなんて」
「あー……あいつは、そうね。じゃあ一つ聞くけどアンタ達はあいつの本気って見たことある?」
「無いです」「同じく無いわ」
「それが答えよ。私もあいつの本気を見たことがないわ。弾幕ごっこでも程々に戦って負けてしまう。本気を見せて負けたら後が無くなるから――というのがあいつの談だけど、要するに妖怪として底知れないのよ。同時にあいつは人間側とも親しいけど妖怪サイドにも親しい。じゃあ聞くけど、その底知れない人間側とも妖怪側とも言い切れないあいつを妖怪と人間はどう判断すると思う?」
「そりゃ……まぁもしかしたらって心の底で思っちゃう人や妖怪も居るかもしれませんけど」
「それで良いのよ。ともかく幻想郷の調和さえ乱さなければ例え人間とも妖怪とも仲良くしても問題ない。少しでいい。心の底にほんの一ミリでも恐怖を持たせればそれで構わない。それが巫女としての考えかな」
「……ふむふむ。勉強になります」
「……ねぇ、語ってるところ申し訳無いけどそろそろ次のページに行っていいかしら?」
そろそろ長引いてきたし、とレミリアが次のページをめくる。
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六月二十二日
夜の散歩で行き倒れを見つけた。
色の抜け落ちた白い髪を年齢に見合わず豊かに残した老紳士で、長々とした白ヒゲをたくわえていた。深い皺の奥、黒く澄み切った瞳の輝きは鋭く、精悍な面持ちの理想的な歳の取り方をした老人。体つきは鍛えられており、背筋もピンと伸びている――んだけど行き倒れだった。完全無欠の行き倒れだった。
見つけたのは魔法の森にある小高い山の
服が煤だらけだったし多分そこから這い上がってきたんだと思う。
とりあえず行き倒れのお爺さんを揺すり起こすと開口一番に「腹が空いた」と言った。急いで紅魔館に瞬間移動して水と食べやすいお粥を作って食べさせると、「恩にきます。感謝を……」と言って寝てしまった。明日詳しい事情を聞こっと。
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「……誰、そんな人連れ込んでたなんて知らないわよ私」
「どこかで聞いたことある特徴ね。白髪の老人でマグマの大地から這い上がれる人――誰だったかしら。昔、紫に聞いたような」
「あ、この人私知ってますよ」
「「知ってるのか早苗(風祝)!?」」
「はい、妖夢さんに聞いたことあります。前に従者の会で仲良くさせて頂いてその時の話なんですけど。妖夢さんってお爺さんが居るらしいんですよ。その人が先代庭師を務めていて、でも妖夢さんが幼い頃に
「――あぁっ! 思い出したわ、そう。それよ! 確か幽々子のとこに居た妖夢の剣の師匠! やっと思い出せたわ」
「……ふうん、でその人が居たってこと? 紅魔館に」
「それはまだ分からないけど……ともかく次のページ見ましょ!」
そう言って霊夢が次のページを開く――――。
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六月二十三日
良かった。
昨日の行き倒れのお爺さんだけど朝にはかなり回復したらしい。お腹が空いてるそうなので適当に和食を作って上げたら喜んでくれた。
「いやぁ。
どうやらマグマの熱さに耐えながら断食し座禅するという修行をやっていたらしい。初対面の人にこういうのもあれだけど馬鹿なのか。いや、馬鹿だよね?
でも先に熱さにやられたと言うが火傷はあまり無く、むしろ食欲が凄かった。多分私が思ってたより断食してたんだと思う。にしたって昨日まで何も食べてなかったのによくこんなに食べれるね。。お腹壊すよ? と思う間もなくお爺さんは出したご飯を完食してた。
「ご馳走様でした。かたじけない、今回の御恩感謝致します。と、儂としたことがまだ名を名乗っておりませんでしたな。これは失礼を――私は
あぁこれはどうもご丁寧に。フランドールです。
……気まずい! というか本当に大丈夫かな。主に頭とか。そんなことを思っていると妖忌さんはいきなり立ち上がり、
「このご恩はいつか必ず返します。感謝を、心より感謝を」
と言ってその場を去ろうとしたけどはい、ストップ。
首元掴んで止めたけど「ムグッ!?」みたいな反応はなく「何でしょう?」と振り向くあたり本当に鍛えているらしい。
腰に刺さってる剣からも見て取れるけどね。実は昨日、看病するときに一度抜いたけどよく鍛え上げられた一振りだった。妖怪ーーいや、神が鍛えた剣というべきか。マグマの熱にやられてないか心配での行為だったけど思わず見惚れたよ。
妖忌さんの手も凄いしね。まだまだ初心者レベルの私が言うのもおこがましいけど剣に生きてきた人の手をしてた。
まぁそれはともかく、今回止めた理由は一つだ。
「まだ身体は本調子じゃないですよね?」
「ハハハ、昨日に比べれば何ともありません。こうやって動き回れますからな」
「それでも、貴方は私が招いた客人です。完全に癒えるまでに帰したとあればそれは私の不徳でしょう。それにスカーレット家の恥です。当家の顔に泥を塗らない為にも完治まで滞在願えないでしょうか?」
「……そう言われては、断れませんな。分かりました――この
「……じゃあ、剣を教えて下さい。妖忌さんは――剣士ですよね? 私は剣が知りたい、です」
「……承りました。可能な限り貴女に私の剣を教えましょう、フランドール殿」
なに、アイドル活動で忙しいのに剣を教わるのかって?
仕方ないでしょ! こうしないと相手の面子――というか心意気を立てられないもん!
それに妖忌さんは剣の達人みたいな風格あるし、私はレーヴァテインを使うしでピッタリじゃん!
踊りでも剣舞ってのもあるからもしかしたらアイドルの演出に活かせるかもしれないし!
とりあえず剣は明日から教わることになった。
得物はお持ちですか? と聞かれたけど大丈夫、紅魔館には練習用の竹刀も含めて一杯あるから。それに私も一本だけ、森近さんにもらった後放置してる業物がある。
使わないと可哀想だし使ってあげないとね。
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「やっぱり妖忌さんでしたね……」
「ねぇ、これ妖夢に教えたほうが良いんじゃないの? 行方不明で探してるって聞いたけど」
「……いや、多分大丈夫よ、運命がそう語りかけてきてるから」
…………………………。
「お、とうとうレミリアさんも奇跡と勘の領域に足を踏み入れましたか?」
「何よ今の間は」
「いや、だってまさかレミリアからそんな言葉が出ると思ってなかったし」
「ですよね。普段なら私か、そうじゃなければ霊夢さんが『――って巫女の勘がそう言ってるわ』って展開ですもんね」
「貴女達このレミリア・スカーレットを舐めてない? つか運命って殆ど未来よ。そもそもこういう役割って本来私が言うべきで、二人が奇跡だ勘だとゴリ押してる方がおかしいのよ! というかゴリ押して『なんだ奇跡(勘)か』で済まされてる空気がおかしいのよ!?」
「だって……」
「……ねぇ?」
「そこ! 示し合わせたように頷き合わない! というかなんで私がツッコミをしているのよ!? 私はレミリア・スカーレットよ!? 高貴なる吸血鬼よ! 本来ならどう思う? って聞かれてコメントするのが私の立ち位置の筈なのよ!?」
「霊夢さん霊夢さん、レミリアさんが何か言ってます」
「早苗早苗、レミリアが何か喚いてるわね」
「こ、のーー! いい加減にしないと終いには叩き出すわよ巫女共っ!!」
「ハン、やれるもんならやってみなさいよかりちゅま吸血鬼っ!!」
「え? いや何二人喧嘩腰になってるんですか? ネタじゃなかったんですか? え、えっ? なんか空気がガチになってますぅ!? とりあえず奇跡!!」
瞬間だった。奇跡が起こったのは。
まずバラバラと数枚の金貨が霊夢の頭の上から落ちた。霊夢はお金が好きである。というか嫌いな人間は居ないだろう。その瞬間から彼女の視界からレミリアはアウトオブ眼中となる。
さて、同時にレミリアの頭の上にもバサッと一冊の本が落ちた。
タイトルは『十神白夜のカリスマ学』となっている。ぶつかった時はアダッ!! っと悲鳴を上げたレミリアだが、表紙絵のいかにも帝王学を身につけたっぽい眼鏡の青年とタイトルを読んで、小さく息を吐くと――こっそりそれを服の内側にしまい込んだ。
「うおおおおおあああっ!! 金貨!? 金貨ーーってあれ、これ金の紙で包まれたチョコ?」
「ふふ、ふふふふふ。これでカリスマが……ククッ」
(……あれ? なんか余計に酷いことになってない?)
――二人を見てそんなことを思う早苗だった。
今回出てきたネタ
・易者(東方鈴奈庵より)
・ブッダ(かつてブッダは断食をしたことがあるらしい)
・知っているのか早苗(魅!! 男塾より)
・早苗早苗、霊夢霊夢の下り(Re:ゼロから始める異世界生活より)
・十神白夜(ダンガンロンパより、帝王学を学び完璧とまで称されるが黒幕に噛ませ眼鏡と呼ばれている。つまりどう足掻いてもレミリアにカリスマは(ry
・金紙チョコレート(偶にゲーセンで見かける。意外に美味い)