次回からまた普通に日記です。
フランが落ち着いた。
巫女の嫌な勘も外れたらしい。全力でシリアスを避けてギャグにしようとした甲斐があったというものだ。
異変ほどの事にもならず無事に解決した事に私は少なからず満足していた。
が、
「――――で」
一転して笑顔を浮かべた私は少年に対してジト目を浮かべる。
そのまま拳を構えて近寄り、胸ぐらを掴み上げると彼は戸惑ったように首を傾げた。
……腹が立ったので軽くぶん殴る。
「ごふっ!! なっ、なんで殴ったんですか!?」
「自分の胸に聞きなさい! 寧ろ怒りたいのはこっちよ! なんで『フランのことは任せる、俺は人里で出来る事をする』とか言っておきながら紅魔館に来てるんだっつーのッ!!」
「あぁ……うん。それは本当に申し訳ないっつーか……でも俺にも止むに止まれぬ理由がありまして! だから怒る前に俺の話を聞いてくれませんヘイYou!」
「うざっ、今度は
「ごめんなさい俺が全面的に悪かったですだから話を聞いて下さいっっ!!」
なんか疲れたようなナナシは精一杯虚勢を張るようにボケるが私にそんなボケは通用しない。誤魔化しが見え見えのボケなんて聞き入れるものですか。
ともあれ、話だけは聞いてあげる事に。すると彼はラジコンのコントローラーのような小型機械を取り出して言う。
「えーっと……じゃあ俺が人里で何してたかって事ですよね。まずこちらの機械を見てもらえません?」
そう言って彼がボタンを押すと、ヒュンと音を立てて彼の周りにふよふよと浮く……なんだろうか。タコ焼き型の機械が姿を現した。
うわっ、と二人して驚くと彼は機械の説明を始める。
「……実は人里で皆を説得しようとしたんですけど、上手くいかなかったんです。どうもフランの妖怪を殺す姿が余りにも凄惨過ぎて記憶にこびり付いたみたいで……だから俺、フランがそんな妖怪じゃないと皆の前で証明できれば、と考えたんです。そこで新聞記者の文さんに依頼しまして」
「ちょっと待ちなさい」
ストップだ。
霊夢が突っ込むと彼は「ハイなんでしょう?」となんで止められたのか分からない、と言う顔をする。
「……いや、アンタ文と知り合いなの?」
「はい。以前妖怪の山に行く事がありまして……ちょっとした事故で妖怪の山が吹き飛びそうになったんですけどその時に共闘して」
「妖怪の山が吹き飛びそうにっ!? いや何があったのよ!? 私知らないわよ! 私の知らないところで異変起こってないそれ!?」
「えーと……ではまぁ概略だけ話すと天狗内で内紛がありまして、下克上ってやつですかね。大天狗が天狗を率いて天魔を殺そうとしたとか。ただ力関係は天魔さんの方が上だったとかで、大天狗側は天魔さんの娘さんを人質にとりまして……ついでにハイキングに来てた俺の友達も攫われてしまったのでそれを救出する作戦で文さんと協力して、最後は妖怪の山を消し飛ばす術式が発動されそうだったんですけどそれも何とか断ち切って、無事に事を済ませて、今は仲良くさせてもらってます」
「いやこれ異変じゃねぇ! そんな生易しいもんじゃなかった!! 明らかに生き死にレベルの話よねそれっ!? 全く聞いてないわよ! つかスペルカードルールどこいった!?」
「……そう言われてもですね。弾幕ごっこって女子供の遊びでしょ? 天魔も大天狗も大の男だしルールに則らなかっただけじゃ……それに俺は関係者とはいえ部外者ですし、あまり内紛の実情は詳しくないんですよ。友達助ける為だけに動いてただけだし」
というかその話は一旦置いておいて、と彼は話を戻した。
「ともかく文さんに協力してもらいまして。俺がフランの様子を撮影して皆に真実を伝える事が出来ないかって考えたんです。ただ……」
「ただ?」
「……俺はあまり機械に詳しくないんですけど、撮影だと編集が出来て、嘘の事実を報道することも出来るそうなんです。だからただ映像を見せる嘘だと騒ぐ人がいるでしょう、と言われて」
「……そうなの? フラン」
「……はい、最近だとiPhoneでも編集ソフトがありますし簡単に出来ますけど」
「そこで俺、考えました。どうすればフランのそのままの姿を見せる事が出来るだろうか、と。そして思い付いたんです! それがこの機械、香霖堂提供の『ステルスカメラくん』!」
「カメラなの? そのタコ焼きみたいで、ふよふよ浮いてるやつ」
「はい。なんでも文さんに聞くとこの世には生放送なる報道方法があるそうです。撮っている映像をリアルタイムに画面に映し出すそうで、ただ文さん自身生放送の装備は持っていなかったので一番可能性があるだろう香霖堂を訪ねて霖之助さんに頼むとこれを貸してくれたんです」
笑顔で語るナナシだがそれはつまり、あれか。
「今も撮ってんの? それ」
「はい。文さんが人里で映してると思いますよ。皆見てると思います」
「……へぇー、そう」
大きく頷いたナナシに対して私は静かに呟くと無造作に
「うわあああっ!! な、なにぶっ壊してるんですか!? 高いんですよこれ!」
「知るかそんなもん! ようはアレじゃない! 放送の中で私がフランの下敷きにされてた瞬間も撮られたって事でしょ!? ふざけんな! あれで参拝客減ったらどうすんのよ!」
「問題そこなんですか!?」
「そうに決まってるでしょ!! こちとら死活問題なのよ!? 毎日生きるか死ぬかの瀬戸際なんだから! それどころか日常的に雑草食べてて最近だと雑草がおかずなのよゴラァ!」
「意外と瀬戸際っ!? というか世知辛い! え、博麗の巫女ってそんなに低収入なんですか? アレだけ異変のたびに命懸けて? 明らかにブラックの匂いしかしませんよそれぇ!!」
「給料なんて無いわよ! つかこんな仕事辞められるものなら辞めたいわ! 住居はあれども不便極まりない立地だし! 参拝客も少なく暇な日には小うるさい仙人が説教してきたり胡散臭い妖怪賢者が修行しろと言ってきて! 衣服も腋出し巫女服っていうどのジャンル狙ってんだか分かんねぇ服だし、夏はクソ暑いわ冬はクソ寒いわ! 正直一日に一回は辞めたいと思うわよ! ついでに言えば私、今は博麗の巫女だけど元は外の世界の人間なのよっ!? 幼い頃に拉致されて幻想郷に来てるのよ!? 確かに紫には優しくされたり先代もお母さんみたいに接してくれたけどそもそもの時点でやってられるかっつーの! 弾幕ごっこだってこの仕事に命懸けるのが嫌だったから考えたみたいなもんだし……」
「想像以上にブラックだったぁ!? というか何それ怖い! 闇の陰謀しか感じねぇ! よくそれで巫女やってますね霊夢さんっ!?」
「そんなの私が知りたいわよ! ともかく、この仕事は給料なんて無いの! 金が欲しけりゃ何をしてでも稼ぐしかない。お金をくれる参拝客も人里でも数人しか居ないし、頑張ってもようやく私が食べるだけしか稼げないし、毎日毎日が飢えとの戦いなのよっ!?」
「わかっ、分かりました! 本当にごめんなさい霊夢さん! 俺が悪かった! だから泣きながら揺さぶらないでください! なんつーか心が痛い!」
うぅ、う……心が痛いのはこっちよ!
博麗神社のお賽銭なんてそれこそ異変や有事の時に私が動くからであって、その妖怪にやられてる姿なんて撮られたらそれこそ終わりなのに!
……けれど助けられたのもまた事実。
馬乗りになったフランの様子はおかしかったし、妙な豹変をしようとしていた。もしあれがあのまま進んでいたら、と考えると彼は命の恩人なのかもしれない、と私は考えて泣く泣く……渋々! 揺さぶるのをやめてあげることにした。
「げほっ……はぁ。いや、本当にごめんなさい」
息を整える為か咳をして彼は頭を下げる。
割と申し訳ないと思っているらしい。その表情は真剣だった。
そして、その顔のまま彼はこうのたまった。
「……分かりました、俺も男です。もし俺のせいで霊夢さんが食べていけなくなったとしたら責任を取りましょう」
「何それプロポーズ? さいってー」
「違いますよ!?」
違うらしい。まぁ私としてもそんなプロポーズ受け取るつもりもない。むしろ全力でぶっ壊す所存だったのでそれは安心した。
手を左右に振ってないない、と言った彼は言葉足らずなのを謝罪して説明する。
「そうじゃなくて、霊夢さんが食べていけるだけの環境作りをするって事です! 具体的には賽銭の額が増えます」
「……別にアンタがポケットマネー出すとかなら遠慮するわよ。それこそ惨めじゃない。扶養は私が超えちゃいけない最後のラインって決めてるし、善意だとしても辞めてちょうだい」
「違います、俺がするのはただ一つです」
否定して、彼は先程のコントローラーを取り出してボタンを押す。
すると別の方向からもう一機の『ステルスカメラくん』が現れた。撮り手の方から覗き込むと『REC』と赤文字が彩っている。どうやら録画中らしい。そのカメラを素手で掴むと彼は小さく笑った。
「実はもう一機あったんですよね。ステルスカメラ。霊夢さんの言葉、人並みな感想ですけど凄く胸に響きました。人里の皆も同じだと思います。それに今回だってこれだけ悪待遇の中でも人里を助ける為に動いてくれた。普段から殆ど霊夢さんを助けもしない俺達を文句を言わずに助けてくれた、それは絶対に誰にも出来る事じゃないと思います」
「は、ぁ、えっ……?」
戸惑う私に対してナナシは頭を下げた。
それから、だから、と彼は言う。
「ありがとう霊夢さん、それしか言えません」
「え、いやっ……」
分からない。えっ? もう一機あって、全部撮られてたの? つまり聞かれた? 全部? 不満とかも全部聞かれた? 人里全体に? 自分から愚痴みたいに告白してそれでお礼言われて……。
思わず顔が赤く染まる。だって、こんなのずるい。卑怯だ。
言うならばこれは羞恥の感情である。内心ずっと溜め込んできて、でも言ったら何か負けたような気がして恥ずかしくて。それがこの少年曰く、誰にも口にしてなかった本音をぶちまけさせられた挙句人里全体に広めやがったらしい。
私に出れた行動は一つだった。
「死ねっ!!」
「何故ぇっ!?」
振りかぶった拳を間一髪で避けやがった。続いて私は追撃を掛けるがひらりと躱された。
「チッ、黙って殴られなさいこの最低野郎が!」
「ちょっ、なんですか!? 問題解決でしょこれで!」
「同情されて貰える金ほど恥ずかしい金があるかっ!!」
「それは違いますよ! 仮に明日からの賽銭が増えたとしてもそれは俺達の感謝の印です! 霊夢さんが助けてくれたから、そのお礼をしたいだけなんですよ!?」
「理屈なんてどうでも良いのよ! ともかく一発殴らせなさい! さっき責任取るって言ったでしょ? だったら私のこのモヤモヤした気持ちを晴らさせろッッ!!」
そんな具合に追い掛け回すこと数分。
ようやくブン殴って地面にノックダウンした忌々しい野郎の気絶顔と粉々になったステルスカメラくんを見て私は溜息を吐いた。
そして途中から話に入ることなく曖昧な顔でこちらを見続けていたフランに声をかける。
「さ、行きましょう。人里に」
「ナナシ君をこのままでですかっ!?」
案外元気なツッコミだった。
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その後の事を話すならハッピーエンドと言えば事足りるだろう。
人里に行くともう深夜にも関わらず多くの里人が出迎えてくれた。腹がたつことにナナシの言う通り、フランのそのままの姿をありありと見せられた人々は反省したらしい。
ついでに私に対しても物凄く感謝をされた。物凄く気恥ずかしくなってあの男を殺してやりたくなった私は悪くない。
寺子屋の人達もフランと仲直りしている様子だった。次に妖怪が来たら私が倒すからな、と慧音が言ってたのを覚えている。
フランも幸せそうだった。ポロポロ泣いてたっけ。
その裏ではあの最低野郎はしばらく香霖堂でバイトすることになったらしい。ステルスカメラくんを弁償させるのだとか。ざまぁみろ。
……ただ。
……本当に翌日から賽銭が増えていたのは、その。ほんのちょっとくらいは感謝してやらなくもない。
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「……と、こんな感じですね」
語り合えたさとりは疲れたように息を吐いた。
語る際に実は装着していた伊達眼鏡を外して彼女は伸びをする。
真っ先に感想を述べたのは早苗だった。
「惚れましたね?」
瞬間、ダガン! と拳がめり込む音が早苗のすぐ横の壁から響く。
笑顔の霊夢は問い掛けた。
「何言ってるか聞こえなかったわ。もう一回言ってくれない?」
「な、なんでもないです! サーイエスマム!」
慌てて敬礼する早苗をよそに二人が感想を言い合う。
「で、実際のところは?」
「……正直惚れるより単純に辱めを受けたイメージの方が強いですね。ただ一目は置いてるみたいです。いけすかねー野郎だけど頼りになる、って感じですかね」
「……霊夢もか。フランもあんな男のどこが良いのかしらねまったく」
「……それはフラグですかレミリアさん?」
何だろうこの空気。
霊夢はぼんやり思う。すると話はいつの間にか別方向に変化していった。
「……というか途中で出て来た内紛とか妖怪の山に住んでる私すら知らなかったんですけど」
「あの最低野郎、節操無いタイプよね。今回の件でフランを抱き締めてるしぶち殺してやりたいわほんと」
「……物騒ですよレミリアさん」
さとりにたしなめられてレミリアは憂うように溜息を吐いた。
一方で、
(……というか皆気を遣ってるのかしら。私の境遇についての話がない……)
ちょっと考えて今まで黙り込んでいた霊夢が口を開く。
「ともかくフランの日記を見ましょ。それで私の話はおしまい。外を見る限り
「え、マジですか?」
「……うわ本当だ」
「……我が妹ながら化け物なのかしらあの子……」
やべぇ、統一した思考の中とりあえず一同は先のページを読むことにした。
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四月十四日
昨日の日記を付け終えた後、霊夢さんとナナシ君が来た。
もう人里に行かないって言ったら言い方は違えど二人ともに説教されてしまったよ。
……それにナナシ君の言葉は、その。何というか凄く響いた。
素直に嬉しかったよ。
人里の人達も私を受け入れてくれてさ。
改めて思い返すと馬鹿なこと言いだしたなぁって思って少し恥ずかしかったのは内緒。
あと霊夢さんの話を聞いたけど思った以上に厳しい生活してるみたいだね。今度から定期的にお裾分けしようと思う。あと遊びに行った時は必ず食べ物を持っていこう。出来るだけ日持ちがするのを……。
あれ、というかそれだけ生活に苦しいのに霊夢さんってお客さんが来たら必ずただでさえほぼないお茶やお菓子を出してくれていた……?
……うん、今度お賽銭しよう。暇だから、と行ってた博麗神社だけどその裏でどれだけ苦労してるのか想像すると私の悩みがちっぽけに思えてくる。というか安易に行ってた私の馬鹿! ごめんなさい霊夢さん……その、ナナシ君とは別の意味で物凄く言葉が響きました。
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(……っていうか今思えば辱められた事を考えると巫女の嫌な勘って外れてないわよね)
ふとそんな事に気付いた霊夢はさっさと忘れてしまおう! と改めて次のページを読み進めていく――――。