フランドールの日記   作:Yuupon

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霊夢の見た光景②

 

 

 

 

 空は青く染まっていた。現在時刻は午後六時。門番を倒し、リメリアを名乗るレミリアそっくりの少女との邂逅を果たした博麗霊夢(わたし)は彼女と行動を共にしていた。

 オレンジから紫へと色彩を変えつつある空には、ぼんやりと満月が瞬く。その月は消えかかる夕陽に照らされて赤く染まって見えた。

 思えばあの日もこんな夜だった。紅霧異変を思い出す。

 幻想郷を覆い尽くした紅い霧から顔を覗かせた紅月(くれないづき)は悔しくも綺麗なものだったと覚えている。

 

「……あの子が近いわよ」

「妙に静かね。咲夜とレミリアはどうしたの?」

 

 と、その時リメリアが声を掛けてきた。

 ここまで門番以外、何の障害もなく来れたことに内心私は驚き尋ねると「留守よ、咲夜は医者に薬を貰いにいってるけど。レミリアは知らないわ」との返事が返ってくる。

 ふぅんと曖昧な返事をする私だが内心あまり芳しく無かった。

 

(……いくらなんでも静か過ぎない? それにフランが倒れている時に都合良く二人とも留守だなんて。嫌な予感がする、何か決定的な……)

 

 気のせいなら良いのだけど。拭い去れぬ不安を抱く。

 言うなれば巫女の勘だ。マイナス方面に働くのは久方振りの事だが一応の用心はすべきだろう。

 

「……ここよ」

 

 そんな事を考えているといつのまにか目的地に着いたらしい。リメリアが示した一室の扉に目をやると、紅魔館らしい高級な装飾のされた扉が目に入る。

 一瞬の逡巡。が、やがて覚悟を決めて私は扉に手をかけ――開いた。

 そして、ギィ、と小さな音を立てて開いた扉の先に。

 

「……れ、いむさん?」

 

 その少女は居た。ベッドに腰掛けてぼんやりと月を眺めていたらしい。扉が開いた事で初めて私の存在に気付いたようで、驚いた様子だった。口から漏れた声も儚げで、ふとした瞬間に死んでしまいそうな薄命感を漂わせている。

 が、そんな状態でも彼女は立ち上がると笑顔を向けて挨拶をしてきた。

 

「……こんにちは霊夢さん。お構い出来ずごめんなさい。今からお茶を淹れますから」

「待ちなさいフラン。別にお茶は要らないわ。私は話をしに来たの」

「……っ!! 今日の、こと……ですか?」

 

 本題を口にすると一瞬、彼女の顔が悲壮に歪んだ。

 が、次の瞬間には顔色が元に戻る。思わず感情が出たのだろう。だが、彼女はやがて小さく息を吐くとこのような提案を投げかけてきた。

 

「……あの、霊夢さん。伝言をお願いしても良いですか」

「……内容によるわ」

 

 伝言。メッセージを伝えて欲しいと彼女は言う。が、即断出来ない私は条件付けた。

 すると彼女はこう語る。

 

「……その、怖がらせてしまってごめんなさい、と。それと、もう私は人里には行かないので他の妖怪を忌避しないで欲しい、と」

 

 そう、笑って。

 まるでそれが当たり前のような顔をしていて。

 その全てを諦め受け入れた顔を見てしまった瞬間に。

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 ズゴンッ!! という物凄い音と「〜〜〜〜っ!?!?!?」という悲鳴染みたフランの涙声が響く。ついで私は言葉を投げかけた。

 

「…………………………アンタ馬鹿?」

 

 頭を押さえて地面にしゃがみ込んで呻くその姿は姉そっくりであったがそれはともかく。

 あまりにも雑過ぎるファーストアタック(ついでに死ぬほど痛い)に思わず思考が停止し半泣きで呻くフランに、私はどんよりした目を向ける。

 

「……いや、何悲劇のヒロイン気取ってんのよ。つか何であの一件で自分が危険な妖怪だと思われてるって断じてんの? ……前から思ってたけどアンタ本当に自己評価が低いわねー」

「にゃ、にゃにを……っ!?」

「そもそもの話。アンタ散々アイドルだの何だのでフランちゃんフランちゃんって持て囃されてたじゃない。それだけじゃなく買い物に行けば商店街の爺婆にまるで孫みたいに扱われてるし。他にも思い出してみなさいよ。甘味屋でも可愛い可愛いって言われてるでしょ。それだけされて何でたったの一回妖怪退治っていう凶暴な面見せただけで人里全員が『失望しました。フランちゃんのファンやめます』みたいな対応になると思ってんのよ」

「で、でも! 皆、私の事怖がって……!」

「当たり前でしょ! 目の前で妖怪相手とはいえ何度も突き刺して苦しみを与えた挙句、最後に能力でぶっ壊すってどんなスプラッタよ! 私でも引くわ、うん」

「あ、そこは認めるんですね……」

「当たり前でしょ。何なら普段から優しい私が目の前で愉悦の表情浮かべながら妖怪を嬲り殺しにしてる様子想像してみなさい。引くでしょ?」

「……いや、でも案外似合ってる気が」

「ああん?」

「嘘ですごめんなさい! 引きます、物凄い引きます!」

 

 ちょっと正直に答えたフランに対し私がデコピン構えて威圧すると彼女は必死に否定した。

 本当かしら、とジト目になる私だがしばらくしてどうでもいいと判断し、あー、と呟いて言う。

 

「あーでも何だろ。このほんわか感。だー……さっきまで辛さを狂気と勘違いしてるとか不安煽られまくりで、巫女の勘もヤバイヤバイって警告してたから……なんていうか、和むわぁ」

「いや何ですか和むって!? わ、私はこれでも真面目に人里に行かないって話してるんですよ!!」

「そういうとこよ。何でも出来る割に肝心なとこでポンコツなとこ。フランはあれよね、レミリアが常時ポンコツ型だとしたら重要なところでポカする、そういう感じの子よね」

「いやいきなり来たと思ったらなんなんですか!? 私の決意とかをまるっきりギャグに消化しにかかるのやめてもらえませんっ!?」

 

 思いっきり叫んでフランはゼーハーゼーハーと息を吐く。

 それから彼女は一枚の紙を見せた。スペルカードである。あれっ、と私が思う間も無く彼女は宣言した。

 

「禁忌『クランベリートラップ』!」

 

 瞬間、場に数体の使い魔(クリーチャー)が現れ縦横に動きながら私狙いの弾幕をばら撒き始める。

 強襲にも近い一撃を素早く回避して私は叫んだ。

 

「危なっ! なに、痛いところ突かれたからキレたの?」

「キレましたよ! ええそれはもう! 霊夢さんのそういう態度にぃっ!!」

 

 窓から飛び出し、月夜を背にフランドールは構えた。続いて霊夢が外に出ると、フランは最短距離で飛びかかっていく。

 

「大体っ! 霊夢さん! 私は真剣な話をしてるんです! それをふざけて……誰が怒らないってんですかっ!! それにそう決めた理由だってあるんです!」

「ちょっ!? うわっ! 吸血鬼の運動能力に任せた攻撃は卑怯でしょう!? 普通に拳で向かってくんなアホ! 弾幕ごっこをしなさいよ!」

 

 フランの拳を私は何とか首を振って避け、素早さで撹乱しようと動きを早める彼女目掛けて追尾弾を放つ。

 彼女は避けるどころか、『ハァッ!』という叫び声と妖力噴射だけで追尾弾を搔き消しながら、

 

「まずは茶化さずに話を聞いて下さい!」

「分かった! 分かったからまずは拳を下ろしなさい!」

「弾幕ごっこ中ですよ!?」

「弾幕ごっこだから物理やめろつってんでしょーがああああ!!」

 

 ぷっつんした私は強引に空を飛ぶフランの服を掴むとそのまま背負い投げの要領で地面に叩きつける。

 ズガァン! という音を立てて地面にめり込んだフランは、そのまま語り始めた。

 

「げふっ……ともかく説明します! 私は、あの妖怪を殺す時になにを思っていたと思いますか!?」

「知るか! そもそも良く頭から地面にめり込んでいる状況で話そうと思えるわね!?」

「……あの時、あの時の私は殺すことしか考えてなかったんです!!」

 

 しつこくツッコミを入れてこようとする私に対し、フランは地面から顔を引っこ抜くと私を蹴り飛ばし、マウントポジションを取って話し始める。

 お互い土まみれの中で、ぽつりと質問したのは霊夢の方だった。

 

「……それ、どういう意味よ?」

「寺子屋を強襲された後の意識が無いんです。多分、あの時の私は感情に体を支配されていたんだと思うけど……ただ、あいつをどれだけ惨たらしく殺してやろうかとしか考えていなかった! 本来を皆を助ける為だとか、寺子屋を壊した憎き相手、とか色々理由はあったはずなのに……それなのに私は殺すことしか考えれなかった。それはつまり、私っていう存在は元々そういう妖怪だったって事なんです! アイドルだとか、普段の私は偶像的なものに過ぎなくて、本来の私ってやつは怒れば直ぐに殺してやろうと考えてしまう残虐的で、狂気的な妖怪だったんです。だから、私は万が一にもそれが皆に向かないように……それに皆の私を見る目は完全に……そういう妖怪を見る目で、それで確信できたんです!」

 

 震える声でフランは叫んだ。

 相手に伝わるとは思っていない。自分に対する責め苦にも近い悲鳴だった。

 

「……それに、霊夢さんがそうじゃないと否定したとしても。私自身狂っていることは分かっているんです。例えば、その、信じられますか? 辛いことから逃れる為に自分を破壊したことがある、とか。それ以外でも時折記憶が飛ぶことがあります。その度に周りはこう言うんです。その時の私はいつもより怖かった、と。私はいわば爆弾なんです。今は不発弾でもいつ爆発するか分からない、そんな爆弾」

 

 言われても私に出来るのは怪訝そうな顔をするくらいだった。

 が、その時だった。ふるふるとフランが震えたと思うと彼女の様子がおかしくなる。ガクン、と力が抜けたように地面に足をつくと、彼女は両手で顔を押さえてあ、あ……とうめき始めた。

 

「ちょ、ちょっと。大丈夫?」

「……私は、殺して……何度も、刺して、笑って」

 

 妙だ。嫌な予感がする。

 とてつもなく嫌な予感が。だが、私は動けなかった。フランにマウントポジションを取られているせいだ。

 

「私が居なくなった方が……だって私は危険だから。いつ、狂気に囚われるか分からなくて……最近はその数も増えてて。それなのに」

 

 彼女が小さく呟く。

 こんな私が、皆の元に居て良いのか? と繰り返し問いかける。

 フランの瞳から急速に色が失われ、まるで別人のように精神を変えていく。

 そしてその変化が完成しようとしたその時だった。

 

「……、るな」

 

 遥か遠くから響く声を聞いた。

 微かに届いた声。しかしフランはその動きを止め、そちらを向く。

 しかしそれは私も同じだった。

 その人物が何故そこにいるのか分からなかったからだ。

 だって、その人とは一つの約束をしたはずで、決してこんな場所に来るはずが、

 

「逃げるなぁ!! フラン!!!!!!」

 

 腹の底からあらん限りの力で叫んだ声に私の思考が弾け飛んだ。

 それはフランも同じだろう。現に彼女は大きく目を見開いて声には出さず口をこう動かしていたからだ。

 『なん、で?』と。なんで彼が居るのか、と。

 しかしそんな疑問は直ぐに吹き飛んだ。ハッ、と我に返ったフランが彼に弾幕を向けようとしたからだ。

 いや、実際数発は放っていた。だがそれのいずれも彼に当たることなく真横をすり抜けていく。

 真っ直ぐ、ただ真っ直ぐと最短距離で近付いてくる彼は叫んだ。

 

「ふざっけんな!! 俺を何度も助けてくれて。寺子屋の皆を守って、きちんと救ってくれたお前が! 今だって俺を攻撃することさえ躊躇して狙いすらつけられなかった優しいお前が! そんな間違った自己犠牲が本当の正解だなんて思っている訳ないだろうが!!」

「っ!!」

 

 彼の言葉には不思議と強さがあった。

 迫る彼から逃げるようにフランは飛び上がる。ようやく動けるようになった私は思考を動かしていた。

 

(どうして、彼が? いや、そんなこと考えて場合じゃない。どう考えてもさっきのフランの様子がおかしかった。なら、一般人をあの子の元に向かわせるわけにはいかない!)

 

「霊符『夢想封印!』」

 

 強引に立ち上がり、スペルカードを発動させる。私の十八番とも呼べる弾幕はいつも通り発動し、彼目掛けて降り注ぐ。

 が、それは途中で崩壊した。爆発四散というのか。慌てて上空を振り向くとそこではフランが右手を握り締めていた。

 能力を使用したのだ。彼女自身信じられないような目で自分の拳を見つめ、動きが止まる。

 

「っ!?」

 

 驚愕したのは私も同じだった。一瞬思考が停止して。

 されど、彼にとってはその一瞬だけで十分だったらしい。地面を蹴り飛びあがると、一瞬で加速する。

 停止した体は直ぐには動かせない。慌ててフランが避けようとするが、避けきれず彼は眼前へと迫った。

 

「捕まえたぁっ!!」

 

 そのまま懐に飛び込んだ彼は両腕を使って華奢な体を抱き寄せた。

 そして叫ぶ。

 

「一回は逃げられたけど、今度は手が届いたぞフラン! さぁ言ってみろよ。俺の目をハッキリ見て! お前が自分を危険な妖怪だと言うなら俺は何度でもそれを否定してやる! 誰もがお前の事を怖い妖怪だと思ってるならその思い込みをぶち壊してやる! だって、今お前の目の前にいる俺が――――俺自身がお前の事を危険な妖怪だなんて一度だって思った事無いんだからッ!!」

「――――っ」

 

 抱き締められて。真正面から言われた瞬間にフランは息を呑んだ。

 同時、涙がはらりと零れる。

 少年は続けた。

 

「だから」

 

 その言葉でフランの瞳に色が戻っていく。

 それは他ならぬ人間である彼に肯定されたからか。

 戻っていく。あの、いつもの紅い瞳に。

 そして彼は最後に告げた。

 

「だから、もう人里に行かないとか言うなよ。お前は笑う事もあれば泣く事もある。普通の女の子なんだ。狂ってなんか無いに決まってる。少なくとも俺はそう信じてるからさ」

 

 と。

 

 

 

 

 




 


 次回で霊夢視点終わりです。
 説明してないところの説明が残ってるので……。


 

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