四月一日に見たもの
「……語ろうか、存分にな!」
全ての始まり四月一日。
それを、思い出すように頭をもたげてレミリア・スカーレットは語り始めた。
「春ウ・ラーラーカな陽射し射すディエスであった。四月一日、“教会”の教えには正直者への謝肉祭とも表現される、すなわち我と同等の実力を持つこの日(イヴァリース歴による)。この非他にして無二なる存在は今年こそ向こう側にも騙される所と為る───そして此の世界に終焉が訪れる──
「はいストップ」
「……何よ?」
饒舌に語り始めたレミリアを止めたのは霊夢だった。
せっかく良い気分で語っていたのに、レミリアは怪訝そうな顔で霊夢を見ると、彼女は物凄い良い笑顔でグーサインをし、そのまま親指を下に向ける。
困惑したレミリアは叫んだ!
「本当になんでよ!」
「なんでも何もあるか! まるで意味が分からねぇのよ! アンタ説明する気あるの!? これなら前に書いてた全世界ナイトメアとやらの方がまだ分かり易かったわよ!?」
「なっ、なー!? この私の説明が分かりづらい!? これ以上なく分かり易かったでしょうっ!!」
「じゃあ多数決取りましょ! 早苗、さとり! 今の説明理解出来た!?」
「いや……」
「……まったくもって」
「ほら! 誰一人に対してまともに伝わってない!」
「なん……だと?」
ふるふる、と首を横に振る二人の姿を見てレミリアは愕然とする。
困った。言葉が通じなければ説明も何もないのだ。
愕然とした。これ以上なく分かりやすく説明したはずなのに、レミリアは周りの三人の理解力の低さに愕然とした。
(……くっ、この馬鹿共にどうやれば言葉が伝わるというの……?」
「レミリアさーん、声に出てますよ?」
「……心も筒抜けですよ?」
「良い度胸ね、そんなにぶん殴られたいの?」
「ふきゅ!? れ、霊夢やめて! グーはやめて頂戴!? シャレにならないからー!!」
ゴキゴキと骨を鳴らす霊夢に対し半泣きになってレミリアは縋る。
巫女の拳は痛いのだ。確か先代巫女は拳による戦闘を得意としていたらしいが、もしかしたら一部技を受け継いでいるのかもしれない。
そんなのゴメンだ。レミリアは話を変えようと必死になった。
「と、ともかく続きを話すわよ! と囁くのも私、レミリア、全ての終わりを告げる神々のスカレティウスはグリザリアの大罪ながら赦し従者となりし十六夜咲夜のジョークに騙されたり、メビウスの友に騙されたりと誤魔化しの効かないイェインプ・リスルシフールシで騙されたことのないたる黄金球の誘いの方が珍しいほど塗り固められた邪悪な言霊を信じ込んでしまうのだ。今日一日は誰も…そして、失われた時が再び戻ってくるのを信じ…そして亡びたぞ、と思ってもつい真実味のある――ってきゃあ!!」
「黙りなさいレミリア。それ以上未知の言語を話すな。次は殴るわよ?」
「もうすでに殴ろうとしたわよね!? 私の頭のすぐ横を打ち抜いたわよ!? 紅魔館の壁に思いっきり穴が空いてるわよ!?」
「殴るわよ?」
「ピィッ!! た、助け……盾になりなさい風祝!」
「ギリギリで言い換えましたねレミリアさん……」
飛び付いてきたレミリアをよしよし、と撫でつつ呆れたような顔で早苗は受け止める。
「……にしても困りましたねー。レミリアさんの説明だと全く理解不能なんですけど」
困った。本当に困った。
曖昧な顔でどうしようか、と早苗が二人に問題を投げかけると、
「……うーん、正直やりたくはありませんけど私が代わりに語りましょうか? レミリアさんの心を覗いて語るという感じになりますけど」
渋々といった様子で手を挙げたのはさとりだった。
具体的には彼女が持つ『心を読む程度の能力』でレミリアの記憶を読み取り語ろう、というのである。
多分これが一番現実的な案なのだろう。横を見ると霊夢も頷いていた。
「そうしましょ。さとり、お願い。その方が話が早いわ」
「そうですね……レミリアさんもよろしいですか?」
「もう勝手にしなさい!」
「……分かりました、じゃあレミリアさんの一人称で話していきますね……?」
そして、満場一致で古明地さとりは語り始める――――。
#####
『
四月一日、一般的にはエイプリルフールとも呼ばれるこの日。私は今年こそ誰にも騙されることなく一日を過ごそう、と心に決めていたことを覚えている。
というのも私、レミリア・スカーレットは不本意ながら毎年従者のジョークに騙されたり、周りの友に騙されたりとエイプリルフールで騙されたことのない年の方が珍しいほど嘘を信じ込んでしまうのだ。今日一日は誰も信じないぞ、と思ってもつい真実味のある言葉を投げかけられて信じ込んでしまう。
去年なんかは咲夜に「去年はこの日に嘘を吐いてしまいましたから、今日はプリンを一つだけのところを二つにしますね」という言葉を間に受けてしまったし……。
けれど吐かれる嘘は大抵大したことのないもので、全て王の器で許しているのだが。
ともかく今年こそは。その思いで朝、私は紅魔館を歩いていた。
「……とはいえ、誰も居ないと存外静かなものね」
一人ごちる。紅魔館のエントランスに繋がる長い廊下には私一人しか居なかった。普段なら妖精メイドが仕事をする姿が良く見受けられるが今日は別の場所を掃除しているのだろうか。
コツ……コツ……と、響くのは私の足跡ばかりで他の音は聞こえない。歩いているとふと横合いが眩しくなり、顔をしかめそちらを見ると窓際に設置された吸血鬼の弱点である直射日光を完全ガードする窓ガラスから
静かなものね、私は二度ごちる。
それからシンと静まり返った空間で小さく息を吐き、また歩き始め――、
「…………っ!!」
ふと立ち止まったのは風の知らせか運命か。その時、私の中の琴線に微かに触れる妙な感覚が体を支配したのだ。
これは運命……その中でも未来予知の予兆である。私の持つ『運命を操る程度の能力』にほ実は読める運命には種類があり、自ら意図して運命を読もうとする場合と突発的に運命が未来予知のように視える二パターンがあった。
今回は後者のパターンである。
ドクン、と体に吸い込まれるように視えた運命は一冊のノートだ。
具体的には『フランの部屋に置かれた無地のノート』。
一見するとどうでもないただのノートだが私が視る運命とは得てして数奇なものである。
何故なら突発的に運命が視えた時、それは視えたものに関わると私が得になる事象が起こるのだから。
「――っ……ふぅん。フランの部屋の無地のノート、か。それがラッキーアイテムなのね?」
確かめるように呟いたけれど私は自身の能力に何一つ疑問なんて抱いちゃいなかった。だからこそこの時はまだこの後起こる悲劇なんて欠片も想定しちゃいなかったのだ。
ただ――今回はどんな良い事が起こるのだろうか。
それだけを楽しみにしていた。視える者にしか分からない愉悦というやつだろう。
そして私はフランの部屋へと足を向けた。
向けて、しまった。
1
「……冷えるわね」
地下室は冷える。それが私の感想だった。
暗い階段を降りた先にその部屋は存在している。今はその部屋へ向かうべく地下室へ続く階段を降りているのだが、通気口として開けているいくつかの小さな壁穴からのヒュウ、という風が私の体を冷やした。
小さくぶるりと身震いし両手で肩を抱き締めるようにして私は降りていく。
地下室へ続く階段ともなれば掃除もされず埃っぽいイメージがあるが、随分綺麗なものだ。従者が優秀であるからこそだが紅魔館の品位という点から見ても合格を出せる。それに暗い地下室へ向かう階段に一定距離ごとに掛けられたランプも雰囲気があった。
それが僅かに心を満たし寒いながら私は少し満足げに口元を緩める。
「ふふん、流石咲夜。完璧ね」
呟いて私は地下室へ降り立った。
いつかの事故で一度爆発してしまった紅魔館、その以前の部屋がそのまま残っているのは地下室だけだ。
妹を四九五年幽閉したフロアだけが残るというのは皮肉も効いている。忘れるな、というメッセージだと私は受け取っているけれど。
ともかく運命のお告げによるとこのフロアに例のフランのノートがあるはずなのだ。
地上にもフランの部屋はあるが視えたのは地下の方だった――はやる気持ちで、しかし優雅に――私は歩いていく。
目当ての部屋はすぐにあった。地下室にある檻扉を開け、奥にある鉄扉に鍵を刺し込みこじ開ける。
そしてその部屋はあった。
「……ここに来るのも久しぶりね」
呟いた私の視界に映るのは地面に散らばったままのクマ人形の残骸、所々血に染まって掃除しても落ちなくなったドス黒い痕だ。
天井から吊り下げられたシャンデリアは鎖の一部が落ちて僅かな風だけでもキィキィ鳴り、僅かな光をたたえている。
「……咲夜の掃除もここまでは行き届いて無いのかしら。いや、咲夜をこの部屋に入れなかったのは私か。紅霧異変までは咲夜もフランと会った事なかったものね。となると当時のまま……?」
それこそ運命の悪戯だろう。
紅魔館全てが吹き飛んだあの
曖昧な顔で私は歯噛みする。が、数秒で思考を元に戻した。
元々この部屋に来た理由はそこにないのだ。運命が視えたからこそ訪れたのである。
ならば運命の通りあのノートを探そう。決意して私は部屋の中をうろつきながらノートを探すことにした。
そして数秒。あっさりと
フランの部屋のテーブルの下に落ちていた無地のノートを。
「これ、ね」
タイトルは無い。これに間違いないだろう、確信した私が手に取って見ると裏側を触った時の感触に違和感があった。
「?」
首を傾げてひっくり返すと背表紙が塗り潰されたかのようにドス黒い血に染まっていた。
戦慄して私は目を見開く。が、怯えてもいられない。私は吸血鬼の王、レミリア・スカーレットなのだ。
引かぬ、媚びぬ、省みぬ、怯えるなど以ての外。それがレミリア・スカーレットの矜持。だからこそ私は迷うことなくノートを開いて――――
「っ―――!?」
――――戦慄した。
ノートの一ページ目。そこから最後のページに至るまで、全て同じ単語の羅列が永遠と描かれていたのだから。
『お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様』
しかもその文字は全て血文字であった。
押し付けて、力強く書かれた文字は私を呪うものに他ならない。
「……それほど、まで」
ノートを持つ手が震えていた。
これは怯えではない。知らなかったからだ。私自身これほどまでとはまるっきり思いもしてなかったからだ。
「それほどまでに……」
思い出す。確か一年前の今日からだった。地下に閉じこもっていたフランが急に外への興味を持ち出し、実際に行動に動かし始めたのは。
それからは毎日をとても楽しそうに暮らしていて、笑顔を見せて生活していた――けれど、
「……私を恨んでいた、の?」
分からなかった。
あの笑顔はそれだけの心の犠牲の上にあったものなのか。もしかしたら自分の妹は完全に壊れてしまっていて、正常に見えているだけなのか。
いや……。
もしかして。
一つ私の中にある考えが浮かんだ。
「……今までの一年全てが演技で、私を同じ目かそれ以上な目に遭わせる為の準備……?」
すなわち、私への下克上。
恨みを果たす。その為に妹は一年もの間あれ程の血の滲む努力をしていたのか?
分からない。答えが出ない。手の中の一冊のノートに私の思考が停止してしまっていた。
その時だった。
コツ……コツ……と小さな足音と、小さな声が聞こえてきたのは。
そして――――、
『……あはァ、楽しみだなぁ……絶望に歪む顔が目に浮かぶよ……』
――その声は紛れもないフランの声だった。
ただし、その声色はくぐもって歪んでいた。聞いたことのないほど恐ろしい妹の声だった。
(……嘘、でしょう?)
その言葉が私の心中全てを表していた。
懐疑、不穏、恐怖。そんな尺度じゃない。何かが。私の中の何かが音を立てて瓦解していた。
絶望、そうかもしれない。信じられなかったんだ。一年間のフランの様子を見て、それが全て演技だったなんて。全ては私を殺し恨みを晴らす為のブラフだったなんて。
あの子は毎日あんなにも幸せそうにしていたのに……全てが嘘だったなんて。
思いもしなかった。これっぽっちも考えてなかった。
足音は次第に近付いてくる。このままここにいるのは不味い。弾かれたように私はフランのノートを隠すと
『フランが持つありとあらゆるモノを破壊する程度の能力』の副産物には対象の『目』なる破壊点が存在するらしい。だからこそそれを逃れる為に壁の裏へと身を潜めたのだ。
私もフランの能力について深くは知らない。逃げ場が無かった以上一種の賭けのようなものだった。
けれど――私はその賭けに勝ったらしい。
「……あれ、ノートこんな位置に置いてたっけ? うーん……」
少しヒヤヒヤしたが、最近覚えた透視で天井裏から覗いていた限りフランは私の存在に気付いていないようだった。
「ま、いっか。まずはさっさと『
私が地面に置いたノートを拾い上げてフランはシュボッと指先から炎を出すとノートを燃やす。その後燃えかすなどの残骸を、右手で炎、左手で氷を出し合体させた見たことのないエネルギーの中に放り込んで消去した。
そして小さく呟く。
「……この魔法も完成に苦労したよね。消滅魔法、懐かしいな」
(消滅魔法……!?)
文字通り全てを消しとばす魔法とでも言うのだろうか。
吸血鬼の回復力だろうが消滅すれば関係無い。その理屈は私でも分かる。彼女はその力を手にしているというのか。
と、その時だった。フランが小さく口元を三日月型に歪めたのだ。
「さて、と……思えば長かったよね。一年、一年だよ……一年も待ったんだ! もう準備は万端、後は決行に移すのみ。あァ……楽しくて仕方が無いよ……! 今からお姉様のどんな顔が見れるか楽しみで仕方ない……クククッ、アハハハッ!!」
(……本当、に――本当に貴女は……私を殺す為だけに……!)
高く響き渡った笑い声。それは狂気的な声だった。
もう否定のしようがなかった。
確信してしまった。理解してしまった。
だから私はこの日、フランが部屋を去った後に逃げた。紅魔館を飛び出して羽をしまい、身分を偽って人里の宿で一夜を過ごした。
それ以降はフランと離れるように生活した。紅魔館へは戻ったけれどいつも側には咲夜を付けている。
フランも人目があるところでは私を殺す気は無いらしい。周りとの信頼関係を築いてきたことがストッパーになっていたらしかった。
その後私は直接的な行動にも出たが、まだその答えを信用したわけではない。
だから私はまだフランが下克上を考えていると思う、と言った。
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説明を終えてさとりは締めくくる。
「……ということです」
それに対する反応はいずれも重苦しいものだった。
「これは……」
「想像以上にエグいですね」
「……本人と直接エイプリルフールの時に話してないあたり答えが出ません」
「だから言ったでしょ! 正直日記を読んでフランの強化ぶりが分かって余計恐怖が増してるわ……」
話すのも躊躇ってたし……とレミリアは言う。
が、続けて彼女はこう述べた。
「……でも、日記には真実が載ってるのよね」
ゴクリと息を呑む。が、決して臆さない。
レミリアは静かに周りの三人の顔を見比べて話し続ける。
「……私、このままフランに怯え続けるなんて嫌。絶対に嫌。だから決着を付けるわ。この先に載っている答え――それがどんなものだとしても私は受け止めたい。だから、終わりにしよう」
そして。
宣言して彼女は次のページに、手を掛けた――――。