三月十五日
昨日は結局ナナシ君を泊めてあげることにした。
魔力切れのまま帰すのは危ないしね。それにわざわざホワイトデーのお返しの為に来てくれたんだし、おもてなししてあげたかったし。
ちゃんと咲夜にも許可取ってご飯を作ってさ、それから弾幕ごっこのコツとか、ちょっとした魔法を教えてあげて。
そのまま二人とも寝ちゃったんだよね。
で、朝なんだけど……、
「(`0言0́)<ヴェアアアアアアアアアアアアア!!」
早朝。そんなお姉様の悲鳴で目を覚ました。うん、うるさい。
近所迷惑……にはご近所さんが居ないからならないけど朝から何そんな声出してんの? 睡眠妨害だよ……。
その時は眠気でウトウトしてたからさ、「うるしゃい……」って言ったきりまた横にあるあったかいものに抱き付いたらお姉様は「ヴェアアアアア!! フランが取られるウウウウ!!」って叫んでビターン! と後ろに倒れてしまった。
いや、うるさいよ。というかなんで妹の部屋に居るのよお姉様。
私だってネグリジェ姿だし、起きたてだからちょっとは服装乱れてるんだからね? とはいえまだ眠い私はぼんやり顔で首を傾げる。
それからお姉様がアワアワ言いながら見つめている先がふと私じゃないことに気付いて横を見ると……、
「ご、誤解だ! 違っ、俺は何もしてない! 確かに昨日、俺は床で寝ちまったこいつをベッドの上に運ぶ為に動いた! でも、俺がベッドで寝てたのは俺のせいじゃない! せめて床で寝るかそれとも寝る場所をメイドさんに聞こうか考えてたら突然抱きつかれて、意識がもってかれたんだ! 気絶してたんだから手は出してない! 信じてくださいお姉さん!」
「き、貴様に
「ちょっ、待! やめて! 何取り出してるんですか!? 明らかに危険そうな槍を持ち出さないでください! 待って! 刃先を向けないで!? とりあえずフラン! いい加減起きろ! 抱きつかれたままだと逃げられないから!」
「問答無用! 死ねえっ!!」
「ぎゃあ! 危なっ! あぁもう不幸だーっ!! ちくしょうやるしかねぇ!」
「……ぅ?」
なんかお姉様がグングニルを取り出した瞬間、私はナナシ君に急にお姫様抱っこをされた。
なんでされたのか分かんなくて一瞬思考が途切れ、頭が覚醒し始める。
「……殺す。ク、クク、殺す殺す殺す!! お前は百回殺す!」
「ちくしょう泣きたい! くそ、なんでこうなった!? お姫様抱っこという嬉しいシチュの筈なのに命懸けだと楽しむ余裕も無ぇ!!」
ここでようやく私は目が覚めた。
抱かれた腕の中で首を傾げてどうしてこうなったのか考えて、理解する。
私とナナシ君が同じベッドで就寝→朝お姉様がそれを発見→ナナシ君に対してブチ切れ→ナナシ君は逃亡しようとするも私が抱き枕代わりにしていた為にお姫様抱っこに踏み切る→そのまま脱出するとお姉様が追いかけてきた←今ここ。
……とりあえず状況は理解した。
あれ、でもなんでベッドのくだりでお姉様は怒ったんだろう。
ナナシ君は友達なのに。知らない相手じゃないんだから問題無いと思うけど。
「……あったかくない」
というかお姫様抱っこで空飛ばれるのちょっと怖いね。冬で寒いというのもあるけど背筋が冷える。なんていうか、体格的にちょっと不安定というかさ。怖くなって落ちないようにギュッとナナシ君の首の後ろに手を回すとお姉様の弾幕が倍増した。
というかなんかブチィ、という音が聞こえた。
「ア、ハハッ! 殺すと言ったけれど人間だから多少は手心を加えていたのに……ねぇ、死ぬ覚悟は出来た? 天罰『スターオブダビデ』!」
「おいいいいい!! 誇り高い吸血鬼が人間相手にマジになんのかよ!?」
「黙れ! 妹が拐われるというのに誇りも矜持もあるか! 絶対にあげないから! というか駆け落ちなんて認めないわ!」
「まだ求婚どころか付き合ってすらないわ! つか確かに逃避行ではあるけどどんな思考回路してたら駆け落ちっつう結論になるんだよ!?」
「フランをお姫様抱っこして逃げている、これだけでそうと取れるわこの屑が!!」
「案外納得出来る理由だった事に愕然だよ! つか本当に何やってんだ俺!」
そんな具合に逃げていた私達なんだけど。
段々と苛烈になって弾幕ごっこも激しくなってきたのでキリのいいところで二人とも説教しました。
というか人間必死になるとなんでも出来るもんだね。私を抱えた上でお姉様の弾幕をほぼ避け切るって相当じゃない? まぁレベルとしちゃ精々normalなんだけどさ。昨日のチルノちゃん戦はeasyだって聞いたし男の子は成長が早いね……。
男子三日会わざれば刮目して見よ、って言葉もあるけどまさにそんな感じだ。
あとお姉様はお姉様ですぐに怒って弾幕撃つのは大人気ないよ。私のために思ってくれてやったみたいだけどどうしてその結論に至ったのかが分からないし。
それにまず相手を傷付ける前に話をしなきゃ。私だってこの前月人相手でもまずは話し合いを持ちかけようとしたんだから。
……失敗して戦う事になったけど。
あとナナシ君はナナシ君で突拍子のない行動はしない。女の子をいきなりお姫様抱っこするなんて非常識なんだから! 私は良いけど中には嫌がる子も居るしもう絶対に相手の許可なくやっちゃ駄目だからね!? それに私だって流石にネグリジェ姿で外に出るのは……恥ずかしい……から。
も、もう! ともかく二人ともこんな事はもうやっちゃ駄目! 次は本気で怒るからね?
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「朝チュンに、お姫様抱っこだと?」
「……別に朝チュンはしてませんけどね?」
「シーンは愛の駆け落ちですね〜、きゃー!」
「……別に駆け落ちもしてませんけどね?」
「あいつは絶対に殺してやるわ!」
「……もはや感想ですらないんですけどね!?」
ツッコミ役、さとり。
彼女はひとしきり突っ込んでから疲れたように息を吐くと次のページをめくるのだった。
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三月十六日
寺子屋にお弁当を持って行き忘れた。
なので家庭科室を貸してもらって作りました。お金はあるから昼休みに買い物してさ、それから料理工程を壊して完成した料理。
……味は悪くはない。でも手間暇かけたいつもの味にはほど遠い。五分もかからずレシピ知ってればどんな料理でも作れるというのは時短になるけどまだまだメイドとしては未熟だなぁ、と思う。
そもそも私、体調管理も出来てないからなぁ。今年の間にも何回か体調崩しちゃったし。一流のメイドは全部を完璧にすると聞くから私も早くその領域に立ちたいものだ。
とりあえず今日はお昼を作ったついでに皆にもちょっとしたカップケーキを作ってみたけどどうだったかな? メイドモードで接すると少し戸惑いつつも概ね喜んでくれてるみたいだったけど……。
味という意味じゃ最近臨時講師で寺子屋に来てくれてる早苗さんに意見を仰ぎたいな。
あの人料理上手だもん……それに家庭的な人ですごーく女の子らしいから陰ながら憧れている相手だ。
私もあれくらい大きくなれればな……。
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「あの時のカップケーキ、美味しかったですよ? 強いてアドバイスをすることがあるなら焼く時間と水分の計算ですね。硬さと歯応えって重要で、外はカリッと中はふんわりなのが一番なんですが、フランちゃんのは少し水分が多めだったかなぁ、と。普通に柔らかくて美味しいんですけどね? 微妙な差が重要なんです」
「……大きくなればな、については触れないの?」
「大丈夫です、フランちゃんならきっと大きくなります!」
「……あの、早苗さん。ちなみに私は……?」
「ふ、フランに負けてられないわ! 私はどうなの、風祝?」
「安心してください。レミリアさんもさとりさんもきっと大きくなりますよー。駄目でも奇跡で何とかなります!」
「じゃあ私はどうなの?」
「霊夢さんは私との区別化の意味でそのままの方が良いと思います♪」
「ぶっ飛ばすわよ? あとメタい役割取んな!」