昨日筆が乗ったからといって今日乗るとは限らない。
……難産過ぎて、死産感ありますがどうぞ。
思えば、私が私自身を壊そうとした瞬間、こんな声が聞こえてきた気がするのだ。
『さて、介入するならここあたりだろう』、と。
二月二十日
どうやら私は死ななかったらしい。
目が覚めたら眩い光を放つ神秘的な池に浸かっていてとても驚いた。
あと私の体を覆うように丸い泡が包んでいたのにも。
だが何より驚くべき点は私の体が半分ほど無かった点だろう。そう、目が覚めた時、私の身体はお腹から下が丸ごと無かったのだ。
でもそこで思い出した。そういえば、私はあの何もない世界で発狂して自分自身を……破壊してしまったんだ、と。
……が、思い出しても何も出来ないことに変わりはない。
動くことも出来ず、目線だけ動かして断面を見るとどうもチリチリと音を立てて体が再構成されているらしかった。
そうすると当然だけど次の疑問が浮かぶ。あの暗闇の世界で間違いなく私は死んだはずだ。でもこんな緑光の神秘的な池にいて、なおかつ体が再構成されているってことは誰かに助けられたことになる。
それに私の精神はもう壊れてしまってて、今だってまともな思考なんか出来るわけが無い。なのにこうやって考えることが出来てしまっている。これが先程誰かに助けられた、という答えを裏付けていた。
でも……一体誰が?
そんな事を考えている間にも私の身体は元どおりになっていった。
……死ぬ直前の姿に。衣服もそのまま。
そして再構成が終わった瞬間、パチンと泡が弾けた。立ち上がると何処にも違和感はない。
何より思考がクリアだった。何もない世界に迷い込んで精神崩壊を起こしたとは思えないほどに穏やかで、落ち着いていた。
そして。
ここはどこだろう。キョロキョロしながら私が立ち上がった時だった。
『目覚めたか、吸血鬼の子よ』
包み込まれるような声。その声が聞こえた瞬間、私は目の前に巨大な龍がいた事に初めて気が付いた。
龍神ちゃんとは違ってちゃんとした龍だ。髭が生え、虹色に輝く鱗を身に纏う胴体から二本の手が伸びている。
これほどの存在感のある龍を見逃していた自分に驚いた。
それでその龍の方とお話ししたけどどうやら彼は龍神ちゃんの父にあたる人らしい。
「龍神ちゃんのお父さん……ですか?」
『父といえば少し語弊がある。アレは我の一部だ。数多の世界の管理者を務めるには身体一つでは足りなくてな。幻想郷を任せるためつい先日……おっと、人妖にとって数百年は先日ではないか。ともかく我が生み出したモノには間違いあるまい』
数多の世界の管理者? 詳しく聞いてみるとどうやら彼はこの世界が出来る前から存在していたんだとか。
他にも同じような存在がいて、彼らと分担して世界の管理をしているらしい。一京近いスキルを持つ人外とかな、と言ってた。
存在していた、というのはそれこそビッグバンが起こり宇宙が出来る前から、惑星の管理なんてそんなスケールの話ではなく、宇宙を含めた世界を一つの単位として幾多も管理する。そんな役目を務めており、龍神ちゃんはその中で幻想郷を管理させる為に生み出した存在なのだとか。
そして私が迷い込んだ何もない世界はいわばバックヤード的なものらしく、本来龍神以外入る事の出来ない世界らしいけど、何らかの事故によって迷い込んでしまったとか。
「……なんで私を助けてくれたんですか?」
『その質問に答えるなら知的好奇心という他はないな。キミの言葉を借りるなら娘が懐いている妖怪など例はない。それに……あの子があんなにも悲しむものでね」
ほら、とエコーの掛かったような声で龍神ちゃんのお父さんが指差すとそこには映像が空中に映っていた。
真っ暗な世界の中にポツンとある血溜まり。その中心で倒れ、事切れた私を血に濡れることも厭わずに龍神ちゃんが私を抱きしめ泣いている。
「……これ、は?」
『見た通りだ。それ以上もそれ以下もない』
何も言えなかった。だって、こんなの何も言えるわけが無い。
私は一体どうすれば良かったんだろう。何が正解だったのだろう。
少なからず分かるのは私は間違えてしまった、その一点で――、
『さぁ、休憩は終わりだ。元の時間軸にお帰り』
瞬間、私の視界がグラリと揺れた。
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「……何これ。訳が分からないんだけど」
「……そうですね」
「……ともかく続きを読みましょう」
「それに賛成よ」
上から霊夢、早苗、さとり、レミリアの順にそう言った。
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二月二十一日
……夢だけど夢じゃなかった。
日記を読み返してあの出来事が夢じゃなかったことを認識した私だけど、まず現状を改めて書こう。
とりあえず言うなら、目が覚めたら暗い世界に居た。
多分私が死んだと思っていた場所だと思う。
血溜まりの上に私は寝ていて、服が血で染まってた。
つまり、私は一度死んで、龍神ちゃんのお父さんの手によって生き返り、で、また暗い世界に戻ったという認識で正しいのか?
それとも夢を見ていたのか?
……訳が分からない。この世界自体もよく分からないけど別の意味で頭がおかしくなりそうだ。
ともかく死ぬ気はサラサラ無くなった。
それこそ血溜まりの中に沈む私を抱きしめていた龍神ちゃんの姿を思い返すとそんなこと二度と出来る気もしない。
……ともかくやれることをやってみよう。
脱出の為に考えられる方法を考えてみよう。思い返せばまだ私はこの世界に挑戦すらしてないんだ。
戦う前に諦めて自殺してたんだから笑い話にもならない。
まずは世界の解析。私の力を全て試して、それで駄目なら世界の物理的破壊でも試みよう。なに、私が落ちた時だって何者かが空間を引き裂いて現れたんだ。あの人に出来て私に出来ないことは無いはずだろう。
挑戦、挑戦だ。
諦めずに戦え、帰る為に拳を握れ。
もう一度、笑顔でいられるように。
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「前向きになった……」
「そうですね!」
「……でも話が分かりづらいですね。龍神の父が関わってきたあたりから」
「……そこもだけど妙よね。前向きになったのは良いけれどなんで、そんな世界の管理者なんて途方も無い存在が出てきているの? 知的好奇心と言っても……いえ、栓なきことかしら?」
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二月二十二日
出来る限り試してみた。
成果は無い。分かったのはどれも意味を成さなかった事くらいか。でも諦めてちゃいられない。あの映像が本当なら龍神ちゃんが私を探してくれているはずなんだ。
だから私は諦めない。
指標は見つかった。助かる希望も生まれた。
でも、だからこそ何もしないのは違うと思う。やれることをやって、足掻いて、助けられるのと最初から他力本願なのじゃ全く意味が違うと思う。
何より、私はもう諦めたくない。
あんな顔、もう誰にもさせたくない。
だから諦めない。ただそれだけだ。
そう改めて宣言して、
「……みつけた」
「!!?」
いきなり声をかけられたからビックリした。
でも耳に届いた瞬間誰か分かってさ、すっごく、すっごく嬉しかった。
「ふらん、良かった」
龍神ちゃんだ。
間違いなかった。
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「助かった!!」
「良かった……本当に良かった……!!」
「……本当ですよ!」
「やっと、やっと!」
喜ぶ一同はそのままの勢いで次のページをめくった。
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二月二十三日
……思い返せば不幸だよね。発端が事故だから笑えない。
ともかく龍神ちゃんに助けられて元の世界に戻ってきたときは本当に感極まっちゃって何も言えなかった。
紅魔館に帰ったら咲夜に何処に行ってたのか聞かれて、すっごい怒られて、すっごい心配された。
でも何より龍神ちゃんのお父さんにはお礼言わなきゃね。
で、今度伝えておいてくれる? と龍神ちゃんに聞くと「父様、場所分からない」と言われてしまった。
……うーん、命を助けてもらってお礼も言えないのは個人的に嫌なんだけど……。
でも今でも信じられない。
私、生きてるんだよね? 紅魔館に居て良いんだよね?
私はフランドール・スカーレットなんだよね?
……これは全て夢だった、なんてことは無いよね?
空気が吸えて、温度があって色がある。
沢山の人が居て、地面を踏みしめて、生きている。
そんな当たり前のことが夢みたいだ。
ともかくこの数日間で色んな事があった。
キャパシティオーバーも甚だしい。しばらくはゆったりしたい。
今回で説明まで終える気だったんだけどなぁ……(溜息)