シリアスになった。
うん、ごめん。今回の話は次回で終わります。
二月十五日
ここはどこだろう。
いやほんと意味分からない。何がどうなってこうなったのか本当意味分かんない。
……状況を整理しよう。私は今日、龍神ちゃんに「昨日のチョコのお礼」と言われて彼女が住まう空間に招待されたんだ。
で、案内されたのが暗闇だった。いや、その場所を、暗闇と呼んでしまうのは間違いなのかもしれない。そもそも『場所』というのも正しくはない。龍神ちゃん曰く静寂と孤独の世界と言っていたけど。
とはいえ私にはただただ暗く何もない世界にしか思えない。
「……ここ、が龍神ちゃんの住む場所?」
何も無く、黒一色で足場すらないのに何故かそこに存在していられる。音も命も何もかもが凍り付き、欠片ほどの生を感じることも不可能。
まさかそんな世界が彼女の住むところなんて間違いだろう。
そう思いたかった……けれど、
「そう、……ここ、我の『
ポツンと呟いた妙に寂しそうな声が耳に届いた瞬間、私の心が大きく揺さぶられた。
瞬間だった、私の視界がぐらりと揺れたんだ。意識が途絶したとかそんなわけじゃない。何か得体の知れない力が空間を揺さぶったんだ。
『やぁ諸君。やっと見つけたぞ』
その証拠は二つだ。一つは男のような女のような聖人のような罪人のような、中性的な声が響いたこと。
もう一つはベギベギベギベギベギベギ!! という音がして空間が裂けたことだ――外部からの力によって――真っ直ぐ縦に。
『グレムリ……ん? おっと申し訳ない。私としたことがどうやら開く位相を間違えたようだ。修復はしておくので失敬』
暗闇が、裂ける。
縦に裂けていく。私の足元まで、ベギベギベキと。
……飛んで逃げようとした。けれど逃げれなかった。
そして――『失敬』、とまるで間違えて隣の家の人のインターフォンを鳴らした時のように軽い謝罪が頭の中に響く中、私は次元の狭間に落ちたんだ。
……それから今に至る。
ここはどこだろう。もう何時間も歩いているのに何もない。
自然物らしい自然物もなければ人工物らしい人工物も無い。地平線なんてものもなければ陸地も空も全てが黒で統一されている為に目印すらない。また瞬間移動などのアクションも発動しないという有様だ。能力は使えるけど概念にまで力が及ばない。この空間に影響するモノに力は通用しないらしい。
例えば私がここに来た過去を壊しても、今私はこの空間にいるわけだから空間によってその力が破棄されてしまうのだ。
目印になるものが何もないので、一度訪れた場所にもう一度戻るなんて芸当ができる気もしない。
龍神ちゃんを探そうにも自分がどこにいて、彼女が何処にいるのか。それが分からなければ見つけようもない。
詰んでいた。何も出来ない、それが怖い。
……神格を解いても何の力も発動出来なかった。緊急時とはいえこうやって力を使うのは好きじゃないけど、これも予想外だ。
……もう私の頼りになるのはいつも日記に添削をしてくれる咲夜だけだ。
彼女は私が何処にいようと、それこそ外の世界だろうが魔界だろうが天界だろうが私の日記に添削をしてくれる。だからこそもう彼女に頼るほかない。
……咲夜、助けて。
願うなら目が覚めた時に全て片付いていますよう……。
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「……は?」
読み終えて真っ先に反応したのはレミリアだった。
彼女は訳がわからない、といった顔で日記を見る。
「……龍神の住まう空間にいって、何らかの事故で迷子になったって事よね?」
「そうね。概ねそうだと思うわ」
「……考えたくありませんね。全てが暗闇に閉ざされた世界なんて」
「そうですね……ともかく次のページを読みましょう」
「えぇ、わかったわ」
早苗の発言に賛成して一同は次のページをめくる。
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二月十六日
咲夜からの添削がなかった。
初めてのことで、それがようやく大変な事になったと私が正しく理解するツールとなってしまったのは皮肉だろうか。
とりあえず今日は二月十六日であっているのか。それも分からないけれど書いていこう。
ともかく分かったことを書き連ねていく。
まず、この空間には空気はない。音を伝達することは不可能なのに私が話せば当たり前のように声は伝播する。また、空気がないのに息が出来る。けれど何も入ってこないのだ。息を吐き出そうとしても口から息は漏れない。声が伝播することにも掛かってくるが恐ろしい矛盾点だ。
あと、この世界には足場も温度も水も何もかも。およそ生命が生き残る為に必要なものも存在しない。なのにこの空間では淡々と生き続けられる。
なんといえばいいのか。生き続けられる牢獄というのが正しいのか。
歩いてエネルギーを使っているはずなのにお腹が空くこともなく、水を必要ともしない。ちょっと怖い。
心細い。もしやこの世界には私一人しか居なくて、これからずっとここに囚われてしまうのかもしれない、と鬱な事を考えてしまう。
……こんな時なら日記なんかじゃなくて誰か居てくれれば良いのに。誰でも……誰でも良いから隣に居てくれれば、私は……。
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「……暗闇の世界を一人きり」
「咲夜さんでも無理、となるともう誰にも無理ですね」
レミリアと早苗がポツンと呟く。
(……ボケれない、この空気)
霊夢だけはまだ平常運転だが無言のままさとりは次のページをめくるのだった。
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二月十七日
今日も咲夜の添削はなかった。
ここはどこだろう。そもそも私って誰なんだろう。
私はフランドール・スカーレット。だけど今、私の周りには誰も居ない。お姉様も咲夜もめーりんも、パチュリーも小悪魔も。誰もいない。
誰か教えて、この世界はどこまで続いてるの?
怒りも哀しみでもない感情が私の体を支配してる。認識が壊れそうだ。あまりにも当たり前で、いちいち工程も気にしたことも無かったけれど、数日前までの『日常』はもう無い。
自分の心の動きも理解できない。こんなの地下の幽閉なんてレベルじゃない。文字通りスケールが狂ってる。
でも、一つだけ引っかかることがある。
もしや、龍神ちゃんはこんな世界で生きていたのだろうか。
たった一人で、誰も居ないこの暗闇の世界を。
「ア、ハッ……」
気づけば私は笑っていた。思わず笑っていた。とても悲しい事を考えていたはずなのに涙が溢れないのだ。
もう歩き始めて何日になるだろう。私の感覚はまだ今日を二月十七日だと言っているけれど認識だけならもう一ヶ月以上経ったような気さえしてくる。
いやそもそも私は紅魔館に住んで毎日を楽しく暮らしていたのだろうか? 私は元々この暗闇に囚われていたんじゃないか?
違う。それは違う。日記を読み返してもそれは分かる。
……心が不安定だ。なんか訳が分からない。理不尽ってこういうものを指すんだろうな、と始めて思う。
「お姉様……」
呟く。
辺り一面にはただただ平坦な暗闇、いや。その平坦という概念すらないのかもしれない。闇だけが視界にある。
「咲夜」
空気はない。太陽も月もない。音もなければ温度もない。
ただただただただ、いつまで歩いてもどこまでも歩いても何もない。同じ景色しかない。思わず私は見知った名前をいくつも叫んでいた。
「めーりんっ! パチュリー! こあ!」
レミィたん、霖之助さん、リアラさん、龍神ちゃん。
見知った名前を叫ぶ。
けれど。
いない。
どこにもいない。
いや、分かっているのだ。そんなこと。何よりもそんなことは分かっていた。でも頭がそれだけは認めてはならないと全力で拒んでいる。
『きっとどこかに何かがある』。
そんな甘い希望を、幻想を抱いているからこそ私は歩みを止めることなく歩いているのだ。だって、そうじゃなきゃ、そうじゃなきゃ私は……わたしは……っ!
……帰る為の指針を見つけないと。私自身が壊れる前に。
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「「「「………………」」」」
ペラリと、一同はページをめくる。
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二月十八日
もう何日が経ったのだろう。何時間経過したのだろう。
分からない。歩けるだけ歩いて、倒れるように寝て。起きたらまた新しい一日、暗闇の中でそう私は決めたけどそれがあっているのか分からない。
指標となるようなものはない。太陽も月も星もない、ただ真っ黒な天蓋が覆い被さっているだけ。
とにかく歩いた。
歩いて、歩いて、歩いても。
何もない。人もいない。でもまだ私の脳はその事実を事実として認めない。『きっとどこかにあの日常はある』、そんな可能性0に等しい妄想に縋り付いてしまっていると私自身が分かっていても歩みが止まらない。
「……あ、ああ…………」
そもそも自分が生きているのかさえあやふやだ。だからこうやって声を出すことで自分の生を確かめる。温度が無いから自身の体の温かさを確かめるなんて真似も出来ない。
いや、もしかしたら私が今聞いている私の声という音すら妄想なのかもしれない。だってこの世界に音はないのだから。
不条理だ、理不尽だ、そんな段階は既に超えた。今はただあるかも分からない盲信に近い
「あああああああ」
こうやって日記を書いていると落ち着く。前のページを読み返していると娯楽になる。でももう何度読み返したか分からないくらい読み返した。
ここはどこだろう。日記によるとここは龍神ちゃんの住む世界で、私は世界の狭間に落ちたらしい。そんな大事な事すら忘却してしまう。
今日も咲夜の添削はなかった。
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二月十九日
見つけた。
やっと、やっと見つけた!!
私は帰ってきたんだ。紅魔館に! 暗闇を信じて歩み続けた甲斐があった! 私は間違ってなかった!
いつもの紅魔館で私は目がさめる! 起きると温かい布団から出るのが少し億劫で、でも皆の朝ごはんを作るために起きるんだ!
それで朝ごはんを作って、めーりんと修行して、寺子屋に行く。
その時にレミィたん……リメリアともお話ししたりしてさ。あと寺子屋でも沢山の友達がいる! 寺子屋に行くと慧音先生が「おはよう」って挨拶してくれるんだ!
そしてね! 寺子屋が終わったらまた紅魔館でお夕飯の準備して、パソコンをやって寝るんだ!
そしてまた起きて朝を迎えるの!
「おはよう××」
「おはようございます××」
皆、私の名前を呼んでおはようって言ってくれる。
私の名前……私の……?
……あ、……れ?
わ、……わたし、わたしわたしわたし……?
わ、私の名前は……? わたしは紅魔館に住むレミリア・スカーレットお姉様の妹で、それで!
「……ぁ」
目が覚めた。思い出した。
全部思い出した。そうだ、私は……。私?
私は……だれ?
「……あ、ああ……」
気がつくと見えていた世界も変貌していた。
見慣れた紅魔館が黒一色の世界に。
ようやく思考が認識した。この瞬間、私の頭の中で何かが『区切り』を迎えてしまった。現実逃避が解けて、緊張の細い糸も、希望も何もかもが壊れてしまった。
ここは暗闇の世界で私はこの世界に囚われている。
脱出口なんてなく、人もいない。どこにもいない。
「……あ、ああああああっ!!!!」
呻き声しか漏れない。今こうやって言葉をつらつら書けている事自体が異常なのかもしれない。
私のココロは壊れてしまった。客観的に判断してそう思う。いや、客観的に判断出来るということは壊れていないのかもしれないけど。
……そもそもここは一体どこなのだ。
龍神ちゃんが過ごしていた世界なのか? 狭間ということはまったく違う場所なのか?
ともかく初めて正しく疑問としてそれを認識した。
もう心が限界だったんだ。もう何の反論も言えない。希望なんてものはない。助けもこない。この暗い世界で自分は永遠に生き続ける、そのことが私の壊れた心を全方位から圧迫し、崩壊させていく。
「ああああああっ! あああああああああああ!!」
当初どうしてこうなってしまうんだろう、と考えることはあった。
でもそんな話じゃない。
私は一人だ。
この広過ぎて、手のつけようのない世界でたった一人だ。
もう立つことも出来ない。崩れ落ちた私は、絶叫する。恥も外聞もなかった。
かつての狂っていた私なんて問題にならない。あんなもの狂気としたら演技も良いところだ。いや、演技にしたっておこがましい。
「助けてっ! 助けてよぉ!! 誰か……誰かぁ!! ……返事してよ、返事してよおおおおっっ!!」
子供のように叫ぶ。
返事はない。涙が溢れた。絶望に死んでいた涙腺が熱を帯びる。泣きじゃくっても意味はないのは理解してる。でもそうするしかなかった。
例え助けなんてなくても縋るしかない。祈るしかない、叫ぶしかない。
もう駄目だ……もう耐えきれない! たった一人の孤独に、何もない世界に! 心がどうにかなる! でも、心が折れたら、もう何も出来ないまま私は壊れた人形のように転がったままになる!
「……嫌だ! 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だっっ!!」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を拭う事もせずに泣いた。
ゴロゴロ転がって暴れた。能力も暴発していたかもしれない。
私は諦めてしまっていたんだ。スケールが違ってて、自分の手にはどうにもならなかったと。だからこそ外部に助けを抱いて、そしてそれがあり得ないと自分自身で判断して絶望に堕ちた。
いや、堕ちようとしている。
こんなことになるなら死んでしまいたい。
……死?
「あ、ああ……!」
そうだ。その手があった。そうすれば私は救われるじゃないか!
簡単な作業だ。
自分自身の『目』を破壊する、たったそれだけで良い。
「ア、ハッ……アハハッ……!」
なんで気付かなかったんだろう。
私ってほんと馬鹿だ。
じゃあ最後に死ぬ前に遺書を書こう。
見る事も無いだろうけど、紅魔館の皆へ。
ありがとう。皆のこと大好きでした。
でもごめんなさい。私にはもう耐えられないの。
だから先立つ不孝をお許しください。
これで良いよね。
じゃあ、
「キュッとして、ドカーン」
……ば、いばい。
さ、よう、なら……。
血で汚れたページに、そう書いてあった。
元は龍神ちゃんの家にお宅訪問する話だったのになぁ……(白目)