二月十二日
そういえば二月十四日ってバレンタインデーっていう女の子が男の人にチョコを渡すイベントがあるらしいね。
チョコかぁ……お世話になった男の人といえば霖之助さんと妖忌さんかな。あと友達ならナナシ君? あとは……罪袋さん達といったところ。
でもどんなチョコ作れば良いんだろう?
iPhoneでバレンタインチョコで調べてみたけど、ハート形のチョコにホワイトチョコのペイントで『Love.You〜』とか『愛してます!』とかそんなのが真っ先に検索一覧に出て来たけど別に恋愛の意味で好きなわけじゃないしなぁ。
それに愛は私にはまだ分からない感情だ。
でもチョコは作らなきゃ駄目だよね。あれ、でも私チョコの作り方知らないや。
……困った時の咲夜、ということで聞いてみました。
「チョコの作り方ですか? えっとですね……」
流石咲夜、バッチリ知ってたよ。
で、工程ごとに全部教えてもらいました。
工程その1【焙炒/ロースト】
カカオ豆を120℃で約30分加熱します。
うん、簡単だね。でも咲夜。出来上がったものがこちらとなります、って出さないでくれる?
工程その2【分離/セパレーティング】
カカオ豆の殻と胚芽を取り除く!
皮を剥くと思ってたより中は黒光りしていて結構不定形だったよ。
胚芽も出来るだけピンセットを使って綺麗に取り除く、意外に根気がいるねこの作業。思考加速四倍でやって四十五分掛かったから普通にやってたら三時間かかってたよ。
工程その3【磨砕/グラインド】
フードプロセッサーや、バーミックスなどを使いカカオ豆を細かく砕き「カカオマス」という状態にする。
でもここで注意! カカオ豆は非常に油分が多いみたいでさ、フープロを使っていると負荷がかかりすぎてあっという間にモーターが焼き切れちゃうんだよね。一回壊れて、その度に能力で壊れたことを無かった事にしたけど……本来は機械で少量づつ砕いてはふるい、すり鉢で擦って、貼り付いて固まったものを取り除きつつまた潰す……と面倒な作業が必要そうだ。
この時に、
「妹様、ここでいかにキメの細かいカカオマスを作るかがチョコの味を決める重要なポイントですよ♪」
と、咲夜が笑顔でそんなアドバイスをくれたので頑張ったよ。フォーオブアカインドで思考加速を使用して一時間ほど(一六時間分)やってきめ細やかなカカオマスを作った。
で、それが終わったらカカオマスに混ぜる他の材料を用意。
ココアバターは包丁で細かく刻み、その他の材料もふるってようやく次の工程だ。
工程その4【混合/ミキシング】
カカオマスに粉糖、スキムミルクを少量づつ加えながら綺麗に混ぜ合わせる!
すり鉢を湯煎に掛け(45℃をキープし!)ココアバターを少しづつ加えながら更に綺麗に混ぜ合わせていく。
この時、すり鉢の中が綺麗に混ざるまでかなり大変だったよ。団子のような餡子のような状態がしばらく続いてさ。凄い根気が必要だったけど四人で分担し、思考加速の体制のお陰でなんとかした。
工程その5【微粒化/レファイニング】
舌で何度も滑らかさを確認しつつ、目の細かいざるで漉してはすり潰すを繰り返す。とはいえここは咲夜がいるから味に関しての批評はお手の物だ。
この頃になるともう色もチョコレートが溶けたみたいな色になってくる。もうちょっとだ!
工程その6【精錬/コンチング】
微粒化したカカオマスにさらに滑らかさを出す為にじっくり時間を掛けて練り上げる!(湯煎で45℃キープ)
悪戦苦闘しながら頑張っていると「妹様」、と咲夜がこんな事を言い出した。
「コンチングはお嬢様や妹様にお出しするチョコは五日ほど行いますが、バレンタインデーも近いですし……明日までにしておきましょう。それで、続きは明日の朝に致しませんか? もう時刻も遅いですし」
「あ、そう? じゃあそうするね! おやすみ咲夜!」
続きは明日の朝か……!
ようし、そうと決まれば寝よっか。
でもまさかチョコ作りに二日間掛かるとは思ってなかったよ。
……世の中の女の子達って凄いなぁ。来年以降もやれるかちょっと不安だ。
ま、まぁともかく寝よう。おやすみなさい!
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「いや、カカオ豆からチョコ作る女子なんてほぼ居ねぇからっ!」
読み終えて真っ先に突っ込んだのは霊夢だった。
「まぁ市販のチョコを溶かして作りますよね……普通は」
「そもそも作ったこともないわ!」
「……なんでちょっとドヤ顔してるんですかレミリアさん……?」
ふふん、としたり顔のレミリアに突っ込むさとりである。
ともかく一同は次のページをめくるのだった。
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二月十三日
おはようございます!
というわけで早速昨日の続きをやっていこう。
夜中に式を使って永遠コンチングさせていたチョコはとてもきめ細やかで滑らかなものになっていた。
咲夜も「おぉ、素晴らしいです妹様♪」と褒めてくれた。
で、次の工程なんだけどね?
工程その7【調温/テンパリング】
ここまで来ればおなじみの工程だった。
50℃⇒25℃⇒45℃と温度を変えつつ、チョコの状態を整えていく。咲夜が見てくれているので失敗する気がしないね。
で、良いと言われたタイミングで止めて。
工程その8【型取り/モールディイング】
最後に好みの型に流し込み成型し冷蔵庫で冷やし固める!
型から外せばいよいよチョコレートの完成だ!
やっとだよー……! 疲れたぁ……。
ちなみにチョコはハート形のやつと食べやすい四角形のものと二種類作ってさ、そのうちの四角形の方を咲夜にプレゼントした。
直接、あーんって。
「教えてくれてありがとっ! 食べて! あーん♪」
「っ!? あむ……」
一瞬驚いた咲夜だけど口の中に入れてあげると食べだした。
それから満面の笑みで答えてくれる。
「美味しいです! 妹様!」
「そう? 良かったぁ……!」
咲夜のお墨付きがあれば安心だ。
じゃあ後はこのハート形の方を包み紙に入れて、と。
残りの四角チョコは身内で食べよっかな。
そう思って四角チョコに手を伸ばすとそこには虚空しかなかった。
「……あれ?」
「ふらん、美味しい」
「!!?」
首を傾げた瞬間、下から聞こえてきた声に私がビックリしてそちらを見ると龍神ちゃんが美味しそうにチョコレートを食べていた。
あむあむ、とハムスターのようにカケラのチョコを食べている姿を見るととても可愛らしいけど……、
「ちょっ!? 龍神ちゃん!?」
「八雲が奪おうとしたのを横取りした。だからこれは正当なる報酬」
「八雲が奪おうとした?」
慌ててなんで食べたのか問い質そうとすると急に八雲紫の名前が出てきた。
えっ、待って? 奪おうとした?
慌ててあたりを探知すると何かしらの能力が発動した跡を発見した。すぐに消えてしまったけれど……あれ?
「……新手のスタンド使いですね」
咲夜が妙なポーズで『ドドドドド!』という文字を出しながらそう言った。なんか顔の彫りがやたら濃くなっている気がする。あと妙に筋肉質になったような……気のせいだよね。
「……彼女に関してはこちらでなんとかしましょう。妹様はお気になさらず」
「う、うん……?」
曖昧に返事して龍神ちゃんに向き直る。
台所近くにある椅子に座ってモグモグはぐはぐと一心不乱にチョコを食べる姿は可愛らしい。可愛らしいけど食べ過ぎは駄目だ。
ニキビとかの元だし、程々にしないとね。
その後は紅茶を淹れてティータイムにした。
お菓子はチョコだ。我ながら上手くできた、と食べながら思った。
ようし、明日ちゃんと渡すぞー!
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「バレンタインの準備万端ですね!」
「私は誰にも作らなかったけどアンタらは誰かに作ったの?」
「んー、私は神奈子様と諏訪子様、あとは人里でお世話になった殿方何人かに……」
「……私は地底の鬼に」
「無いわ!」
「……そう堂々と言いきる姿が清々しいわね」
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二月十四日
バレンタインデー当日だ。
まずは一番近い香霖堂に行くと、ちょうど店内の様子が見えてさ。
「……霖之助」
「なんだいリアラ」
「これ、私の気持ちです。受け取ってください」
「これは――?」
「バレンタインチョコです♪」
「そうか――ありがとう。初めて貰ったよ。大事に食べさせてもらう」
……そう言って微笑む霖之助さんに無邪気な笑顔を浮かべるリアラさんを見て香霖堂は後回しにすることを決意しました。
で、そうなるとどこに行くかだけど……、
「妖忌さんのところかな。今日は道場だよね……」
確か人里に居たはずだ。というわけで道場に行くと中から妖夢さんの声が響いてきた。
「今日の修練は終わりです! お疲れ様でした」
「「「「お疲れ様でしたー!」」」」
「さ、さて……コホン。み、皆さんいつも剣道を頑張ってくださってますよね? そ、そこで私からバレンタインのプレゼントです!」
「「「「おおおおおおお!!!」」」」
物凄い歓喜の声だった。
アイドルのライブみたいにワアアア!! と盛り上がった門下生にビックリして妖夢さんがはうっ、と震える。
でもなんとか気を取り直したようでバッグの中からチョコレートを取り出し渡していた。
それから門下生の人達がチョコに夢中になっている間に、端で座禅している妖忌さんの元に歩いて行くと「お爺ちゃん」と彼女は声をかける。
「これ、バレンタインデーのチョコレート」
「……うむ、ありがとう妖夢。戴くぞ」
家族に渡す気恥ずかしさからちょっと素っ気なく渡してしまう妖夢さんだけど、妖忌さんは顔をほころばせるとしわがれた、けれど優しい声でそう言った。
……どうしようか。私が出せる雰囲気じゃないよね、これ。
……妖忌さんも後回しにしよう。
というわけで最後の予定だったナナシ君を最初に回すことに。
確か家が……うん、人里の奥の方だよね。
「ごめんくださーい」
「はいはーい?」
思い出して向かい、戸を叩くとお母さんだろうか。優しそうな若い美人な人が出てきた。「ナナシ君居ますか?」と聞いてみると部屋にいるらしいので案内してくれた。
「ここよー。ところで貴女、ナナシの恋人ちゃんかしら〜?」
「ち、違います!」
「うふふ〜、若いって良いわねぇ……」
ナナシ君のお母さんは聞く耳をもっちゃくれない。勘違いしたまま行ってしまった。
……はぁ、とりあえずチョコ渡して帰ろう。
そう思ってナナシ君の部屋の扉を叩くと「あぁん?」と乱雑な返事が返ってくる。
「フランだよー。入って良い?」
「す、スカーレット!?」
返事すると中からガタン! という大きな音がして、慌てて扉が開かれた。
「な、何の用だ?」
「んー、はいこれ」
「……これは?」
「バレンタインチョコだよ」
「……マジで?」
自然な流れでチョコを手渡すとナナシ君がフリーズする。
が、やがてようやく現実が正しく認識出来たのか、それとも彼の頭がイカれてしまったのか急に「ひゃっほい!!」と叫ぶと喜色満面で彼は言う。
「バレンタインチョコなんて初めて貰ったぞ、俺! ありがとうスカーレット! スッゲー嬉しい!」
「う、うん。そこまで喜んでくれるなら作って良かったかな。でも勘違いしないでね? 普通の友チョコだから」
「分かってる! でも友チョコとか関係無いんだ! 男としちゃ女の子からチョコ貰えた事が嬉しいんだ! うわはははっ!!」
(すっごい喜んでる……)
私が渡したチョコレートを持って全身で喜んでくれる姿を見ていると自然と私からも笑みが零れた。
これくらい喜んでくれるなら作った甲斐があるというものだ。
でも、いくらなんでも喜びすぎじゃ……?
「そ、そんなに嬉しいの?」
「おう! 女の子には分からないかもしれないけどバレンタインデーって男としちゃあすっごく期待するんだよ! もうね、貰えるかどうか考えて前日からワクワクするレベル。でも大抵貰えるのは家族からってパターンが多くて一縷の夢に終わるんだけど、まさか貰えるとは思ってなかった! ありがとなスカーレット!」
「スカーレットじゃ長いしフランでも良いよ?」
「お、そっか? じゃあありがとうフラン! ホワイトデーは俺もなんかお返しするよ!」
そんな約束をしてナナシ君と別れた。
で、その後だけど霖之助さんも妖忌さんもちゃんと渡せたよ。
ありがとう、と言いながらだからお礼的な意味合いが強いけどね。
あと魔理沙経由で罪袋さん達も呼び出してチョコをあげた。
皆すっごい喜んでくれたよ。
うん、こんなに喜んでくれるならまた来年も頑張って作れそう。
ともかく一杯お礼を言って、一杯お礼を言われた。そんな素敵な日なのでした!
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読み終えてブチ切れた少女がいた。
「
「いや、そんな名前呼びくらいで?」
「関係ねぇ
レミリア・スカーレットである。いつもの口調もキャラもぶっ壊して拳を握り締める彼女の顔は割とマジだった。
「レミリアさん……器量が狭いですよ」
「知るかぁ! だって、だってまだフランが男を知るには早いもん! モブだと思ってたら徐々に近寄って行ってバレンタインデーイベントと名前呼びイベントまでこなしやがったのよ!? これだけで殺す動機になるわ!」
「……なんて物騒な」
「というかキャラ迷走してるわよ! メタいキャラじゃないでしょあんた!?」
あまりに短気なレミリアのセリフに一同総ツッコミなのだった。
ともかくなんとかレミリアの怒りを抑え、一同は次のページをめくる。