三十分後。
残酷な程の黒歴史を前に暴れだしたレミリアを宥め、ようやく落ち着いた霊夢は改めて咲夜に紅茶をもらい、口に含んでいた。
――とりあえず四月分の日記は読み終えた。少々、というか所々描かれていたレミリアの黒歴史はともかく内容はかなり充実していたのではないだろうかと彼女は思う。
自発的に行動を起こし、一つ一つこなしていた事実を読んでいると不思議と気分も良い。主人公が強くなるストーリーを読んでいる感覚というべきか。
ともあれ、一息吐いた霊夢はレミリアの顔色を伺い尋ねる。
「次のページから五月か……、レミリア大丈夫? 読めそう?」
「……大丈夫よ。ひじょーに、ひっじょーに不本意な内容が書かれていたけれどいつまでも過去を引きずる私じゃないわ」
その姿は過去を乗り越えたというより開き直ったような気もしたが霊夢は突っ込まない。下手に突っ込めばまた宥めるコース逆戻りなのだから。
「……それに私も読んでいて楽しいのよ。ほら、私はフランの成長を知らなかったから。だからこそ一ページ一ページ、読んでいくたびにあの子のことを理解していけているような気がするの」
「……そう」
そこで少し言葉を切り、霊夢は椅子に深く座りなおす。
「にしても中身、濃いわよね。一ヶ月間イベント目白押しじゃない」
「そうね……。――あの子が楽しそうで何よりだわ」
レミリアが答えると霊夢が懐疑的な笑みを向ける。
「あら、さっきまで下剋上云々言ってた気持ちも変わってきたの? まぁそれに越したことはないけれど」
「あ……いやその、私はお姉様だもの。他の誰でもない妹だし信じてみようかなって思い直しただけよ」
「そこは普通に日記の内容読んで心変わりしたって認めときなさいよ」
「………………」
冗談交じりに発した霊夢の言葉に対し考え込むようにレミリアは下を向いた。数秒間、静寂が二人を包む。やがて溜息を吐いて霊夢がひらひらと手を振って言った。
「なんにせよ、あの子を大事にしなさいよ」
やれやれとそんな態度で述べた彼女の言にレミリアは「あぁ」と呟いてから新たに注がれた紅茶の香りを嗅ぐ。茶葉は『ファイネストティッピーゴールデンフラワリーオレンジペコ』で心安らぐ香りが鼻腔をくすぐった。心を落ち着けながら熱い液体を一口啜り、レミリアはホッと息を吐く。
――やはり咲夜の紅茶は格別だ。
あれ程波立っていた心が一口飲んだだけで自然と収まっていた。やはり彼女は有能だ――咲夜は自分が一番欲しいものを一番欲しい時にくれる。
咲夜は――所々幼い面を見せてしまうレミリアをまるで母親のように気遣ってくれる。それは偏に彼女がレミリアとフランを心酔しているに他ならないが、反対的にレミリアも彼女が好きだ。
――でもそれ以上に。
だって、他ならぬ妹だ。本当の、たった一人の家族だ。先程は簡単に頷いたがレミリアの心中は複雑であった。
下剋上だなんだと騒いでいただけに、そして心の奥でまだ懐疑的な思いを抱えている自分自身の弱さに彼女は悩む。
けれど彼女は暗愚ではない。どんな思いを抱えていようとも正しいことと正しくないことの区別はついた。
「……さっきは、ごめん」
「はあ? 何が?」
と、返されるのは予想していたのですぐに続ける。
「……黒歴史を掘り起こされたからって、暴れたことよ」
「あ、……あぁ。つかあれは変にシリアス入ってる場面だとむしろありがたいんだけど」
ゴクリと紅茶を飲み、あちっ! と顔をしかめてから霊夢は視線を投げかけてきた。
「……かなり。というかすごーく珍しい、わよね? アンタがそうやって謝るの」
「非があれば謝るのは当たり前のことよ、王だからといってそれは変わらないわ」
そこでしばらく会話が途切れた。
互いに話す材料がなくなった為だ。
その為二人は暫しの間静かなお茶会を過ごし始める。
……とても静かなお茶会だ。空気を読まずにツッコミをする霊夢も今回は変な反応を見せない。対してレミリアも落ち着いたとはいえまだ黒歴史の余波が残っているのか口を開くことはなかった。
このままお茶会が終わってしまうのだろうか。
否、断じて否である。
――それは突然の出来事だった。
「ーーーーぁぁぁあああああっっ!!」
ガシャン! と勢いよく音を立てて何かが紅魔館の窓を突き破り落ちてきたのだ!!
「うわっ!?」
「ひゃあっ!?」
突然の訪問者(仮)に二人は体全体を震わせて驚いた。
いや、だって当たり前だ。いきなり窓を突き破って何かが落ちてくるなんておかしい。
落ちてきた何かは紅魔館の窓を突き破ると、ちょうどレミリアのベッドの上に着地した。超高級ベッドの柔らかさと耐久は尋常ではない。落ちてきた人物はボンッ! と勢いよくベッドの上で跳ね上がり、ふぎゅ!! と天井にぶつかって止まる。
そしてベッドの上に着地した訪問者を見て二人は目を丸くした。
「……早苗?」
「確か、妖怪の山の
「きゅうう……」
ポケモンの戦闘不能状態の目、というか目をグルグルにした早苗がそこに倒れていた。
頭の上に星がくるくる回っていた彼女は数秒後、ハッ! と目を覚ますと起き上がった。
「うわっ! 動いた」
「
「え? ちょ、ちょっと早苗。何があったのよ?」
物言いから何か訳ありと判断した霊夢が尋ねると早苗は「あ、はい。説明します」と頷く。
「なんていうか。さっき神風というか物凄い竜巻みたいな突風が起こりまして……恥ずかしながら巻き込まれて気付いたらここにいた次第です。多分私の奇跡の力が起こしたものなんですけど、自分が巻き込まれてちゃ世話ないって話ですよね。ま、妖怪の山からここまで飛ばされて無傷なのは『奇跡』でしたよ」
…………よく分からない。
とりあえず奇跡の力で来たのは納得した二人だが、その時風祝――守矢神社の巫女、
「あら、これなんですか?」
「あぁそれはフランの日記よ。偶々落としたのを見つけて二人で読んでたの」
「……ははぁ、成る程。つまり……そうか。私がここに来た理由が分かりましたよ」
「……さっきから話に脈絡も理解も出来ないけど何かしら。その理由というのは?」
頭が痛そうにレミリアが尋ねる。
すると早苗がえっとですね、と前置きして。
「多分ですけど、私の奇跡の力が『この本を読むのに加わるべき』と判断して自動発動されたんだと思います。何故私なのかは恐らく紅魔館に突然現れても不自然じゃなかったからかと」
「??? さっぱり分からないけど」
「窓を割るという意味だと魔理沙さんも良かったと思うんですけど、今回私が選ばれたのは恐らくツッコミ役ですね。フランちゃんの日記でしたらよく一緒にゲームやったりしますし外の世界の技術のことも多く書いてあると思いますし。そこで外に詳しい私がツッコミに参戦出来るように奇跡が配慮したのかと……」
「いや、誰に配慮してんのよ?」
「………………」
そこで黙り込んだ早苗に霊夢が突っ込む。
「おーい、早苗〜。黙らず答えなさい?」
「……幻想郷では常識に囚われてはいけないのです、よ?」
「いや、誤魔化しきれてないから!」
「あーもう! ともかくお二人だと変にシリアス入るし百パーセントのボケとツッコミそして場を盛り上げる奇跡を起こせる私が選ばれたのですよ! なんか奇跡がそう言ってます!」
「なんでも奇跡、奇跡言ってたら何とかなるわけじゃないわよ! ただのゴリ押しか! それしかアンタにアイデンティティー無いのか!? つか巫女とか私とキャラ被ってんのよ!」
「いや、キャラは私が巨乳で霊夢さんが普通って分かれて」
「黙れ二Pカラー! ルイージカラーの癖にマリオに勝てると思うな!」
「……あの、なんで私こんな怒られてるんですか?」
度重なるツッコミにゼーゼーハーハーと霊夢が肩で息をする。
早苗も微妙な顔つきだ。どうしたらいいんだろう、と腕を組むとぷにゅん、とその大きなおもちが強調された。
「…………、」
「…………、」
「…………、」
色んな意味で三者は黙り込む。
早苗はどうしたらいいんだろう、とあわあわし。
霊夢はその巨大なおもちが強調された姿に闘志を剥き出しにし。
レミリアはもはや蚊帳の外であった。
三者三様。これほど酷い三者三様も中々無いが、暫く黙り込んでいた三名はやがて座り込む。
「……なんか、これやってても意味無い気がする」
「……奇遇ですね。私もそう思います」
「巫女二人、馬鹿騒ぎは終わったかしら? そろそろ続きを読もうかと思うんだけど……」
「もう面倒だからそうしましょ。はいはい奇跡奇跡」
「私の能力をそんなぞんざいに言うのやめてくださいよ……」
何はともあれ。
理不尽というか来た方法に意味も理解も出来ないが、早苗が加入し三名となった『覗き隊』はフランドールの日記、五月編に突入する――――。
雑だけどゲーム機やらのツッコミ欲しかったので加入。
役割は大体今回の内容みたいな立ち位置です。
今回出てきたネタ
・ファイネストティッピーゴールデンフラワリーオレンジペコ
最高級品の茶葉、『ゲームセンター東方IN月』より。
・奇跡(早苗さんの奇跡は二次創作では基本ご都合主義)
今後も無茶苦茶な奇跡が起きる模様。
・幻想郷では常識に囚われてはいけないのですね!(早苗さんの名言、詳しくはググれ)
・二Pカラー(風神録で早苗さんが追加された時によくネタにされた)
・マリオとルイージ(世界的有名な配管工。安倍マリオには驚いた)