Fate/Victory Order    作:青眼

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おはようございます。こんにちは。こんばんは。ちまちま執筆してるのに、最新話の更新が2ヵ月もかかってしまった青眼です。言い訳はしません、私の努力不足です。非力な私を許してくれ………

今回はリヨン→ドン・レミに向かうお話です。勿論エネミーとエンカウントします。それではどうぞ。


格の違い

「そういえばさ。マスターってセイバーと何か話したの?」

「ん? あぁ、まあ少しだけな」

 

 リヨンの村で借りた馬で黒鋼と二人乗りをしているアストルフォが、後ろにいる黒鋼に声をかけた。村を離れる前とのジークフリートとの会話の事についてなのだろうけれど、昨日の話は彼と黒鋼との秘密だ。何より、アストルフォとブーディカに見せていない涙のこともある。それを敢えて暴露するのは彼としても恥ずかしいのである。聞いたアストルフォ本人もそこまで話の内容に興味は無いらしく。そっか、とつまらなさそうに呟き、今度は別の話題(ばくだん)を投下してきた。

 

「ところで、なんでマスターの目元がそんなに荒れてるの? もしかして昨日、僕たちが知らない間に泣いてた?」

「―――えっ」

「あ、それは私も気になってたんだよね。朝起きたら泣きはらしたみたいになってるんだもん。誰だって気づくよ?」

「―――えっ。もしかしなくても、二人とも気づいてたのか? 嘘だろ?」

 

 二人の騎乗兵の指摘に黒鋼はどぎまぎしながら尋ねると、うんうんと首を縦に振ってそれを肯定する。なんでそんなことに気づかなかったんだろうかと、彼はアストルフォにしがみ付いていた手を頭に添えてうなだれる。それにアストルフォは面白い物を見たように軽快に笑い、ブーディカは苦笑する。

 

「ま、泣くなんて誰にでもあることなんだから気にしちゃ駄目だよマスター? というか、これからはガンガン泣いちゃいなよ! 僕なんかでよければ胸くらい貸すよ?」

「いや、お前の胸だけは全力でやめておく。開いちゃいけない真理の扉的なナニカが開きそうだ」

「意味はよく分からないけど、酷いこと言われてるのは分かるよ!?」

「それじゃ、私の胸だったらいいの?」

「…………………………………………ノーコメントで」

 

 

 

 

 

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 

 談笑を続けながら村を出てから疾走して数時間。太陽は中点に立ち、途中で遭遇した死霊兵共を片付けながら移動を続けていたが、馬の体力もそろそろ限界を迎えて走る速度も遅くなってきた。急いだところで目的地との距離が縮まるということもない。というわけで、ドン・レミに向かう途中にある森林地帯を休息所とし、リヨンを出る前にブーディカが作ったサンドイッチで昼食を取ることになった。

 非常食が入った袋をエミヤではなくマスターである黒鋼自身が所持しておいて正解だった。今回は偶然かもしれないが、今後は今回の様に離れ離れになってしまうという可能性も考慮しなくてはならない。そういえば、あれから丸一日経過したが。レイシフトの際に別れてしまった二人の動向は掴めたのだろうか。それを確認するべく、黒鋼は端末で本拠地との通信を行った。

 

「もしもし、シアリムさん? エミヤ達の事で聞きたいことがあるんだけど」

『エミヤ君たちの動向だろう? こっちでも鋭意捜索中だよ。君たちを中心として広範囲サーチをしてみたんだけど、どうもサーヴァントの反応があちこちに散らばってるみたいなんだよね。こちらで霊基パターンの照合とかもやってみるけど、まだかなり時間がかかりそうだ』

 

 前途多難なレイシフトシステムに僅かばかり頭痛がしたが、今は今ある物でやりくりしないといけないのだからと黒鋼は己に言い聞かせる。ハムとレタスだけで包まれた質素なサンドイッチではあるが、何も食べないよりはマシというもの。シアリムとの通信を切り、昨日取り寄せた資料を端末経由で確認しながら食事を黙々と続けていると、端末をアストルフォに取り上げられた。

 

「あ、おいこらアストルフォ! 端末返せ!」

「い~や~だ~ね~! 全く、ご飯食べる時くらい仕事を忘れても良いんじゃないの? 僕らがしっかり護衛してるんだから、マスターくらい気を抜いてよね」

「それが出来たら苦労はしないが、敵にジャンヌ・ダルク。加えて複数のサーヴァントにワイバーンの数々。オマケに、ジークフリートの直感で邪竜ファヴニールまでいるかもしれない敵地だぞ? 出来る手は打つべきだろう」

 

 サーヴァント相手に力勝負ができるはずもなく、端末を取り返すのを諦めた黒鋼はサクサクっと自分のサンドイッチを食べる。あまりにも味気ないかもしれないが、食事と休息の時間も出来る限り削減した方が良いに決まっている。いずれ再会するであろうカルデア組と合流した際に足手まといになってしまう事態だけは避けるべきであり、可能な限り地理や状況に詳しくなっておくべきでもある。今でこそ馬という移動方法を使っているが、これがバイクや車であれば無心で走り続けていられるのにと思わずにはいられなかった。

 ままらないもんだなんと、内心でぼやきながらその場で寝転がる。鬱蒼とした森林のから吹く風が妙に心地よく、いつぞやのシミュレーションルームでの転寝を思い出した。今思えば、あの時くらいでしかゆっくりとした時間を過ごしたことが無かったのではないだろうか。そんなことを考えていると、黒鋼の頭を優しく撫でた。自然と閉じていた瞼を開けると、面白い物を見つけたような表情を浮かべたアストルフォがどこか腹が立つニヤけた表情を浮かべていた。

 

「………おいコラ。何ニヤついてんだテメェ」

「べっつに~? 敵地であ~だこ~だ言ってた人が、気を抜けばお昼寝しちゃいそうなくらいに無防備な姿を晒してたから面白なぁって思っただけだよ?」

「馬鹿にしてんだろ。うん、俺のせいと言われればそれまでだが敢えて言うぞ? 馬鹿にしてんだろお前?」

「心外だな~。僕は単に、面白いって言ってるだけなんだけどあいたぁ!? ひっどいなぁ! 暴力反対!」

 

 ニヤニヤしていたアストルフォの顔がイラっとした黒鋼が、その頭に容赦なくチョップを見舞う。サーヴァントにしてみれば蚊に刺された程度の痛みなのにおおげさに訴えるポンコツ具合に頭痛がしてきそうだった。こんなことになるなら、ジークフリートと一緒にリヨンに置いてくるべきだったかと真剣に考え始めていた時。この場にいる三人目の人物がお腹と口元を抑えて笑っているのを視界に捉えた。それに半目にして気分を害していると訴えると、本人は謝りながら口を開いた。

 

「ふふっ、二人とも仲がいいんだね。少しだけ羨ましいなぁ」

「どことどこを見ればそんな判断ができるんだ………? どこからどう見てもアストルフォの方がウザいとしか考えられないんだが」

「それはあまりにも酷くない!? うわーん! ブーディカ~! マスターがイジメる~~!!」

「あ~はいはい。よしよし、アストルフォは悪くないからね。素直になれない研砥が悪いだけだからね~」

「どうしてそうなる! まるで意味がわからんぞ!?」

 

 ささやかながらも賑やかになった昼飯に一同は笑みを漏らす。お互いが知り合ったのは昨日の事だが、こうやって話していると自然と仲良くなっているのだから会話というのは不思議な物だ。いや、会話だけではなく。アストルフォという理性蒸発(ポンコツ)サーヴァント故のコミュ力の高さのおかげもあるのだろう。

 ライダー・アストルフォ。傍から見ればただの少女に見えないが、それは女装しているだけで性別は男。フランスの物語で今でも語り継がれる『シャルルマーニュ十二勇士』の一人で、世界中を旅してきた彼は多くの武器や道具を手にしたという。それ故、多くの宝具を有することが許されたライダークラスでの現界なのだろう。大まかな宝具の性能を教えてもらったが、どれも破格の性能を誇る一級品の宝具ばかりなのでとても心強い。

 

「なお、アストルフォが女装しているのは。ローランという戦友を抑えるための物であり、決してそれが趣味ではないと。…………本当か、それ?」

「ほんとだよぅ! まったく、ローランの奴たかが好きな女性に振られた程度で暴走しすぎだよね。それで、僕が仕方なく一肌脱いであげたってわけ。ま、この格好は嫌いじゃないから別にいいんだけどね!」

「いや、それでも常日頃から女装しているのはどうなんだろう………。霊基に染みつくレベルでの女装って、もう病気レベルの様な………」

『というか、なんで男性なのにそこまで女装が合ってるんですか。理不尽、理不尽ですよ! なんですかこの美少年! 神はなんでこんな罪深い生物を………!』

『うん、落ち着こう立香。お願いだから手に握ったスパナを下ろそう? ね? 穏便に行こう? ね?』

 

 本拠地であるアトラス院が所蔵する『トリスメギトス』を用い得た情報と、本人が見て聞いたことを整理していた一向。そんな中鬼気迫るというべきか、通信先で立花が殺気立っているのをシアリムが必死に抑える。立香の言い分は黒鋼にはよく分かる。男なのにここまで女装が似合う男というのも罪作りな物だというのに、言動や仕草といった細かい所も理想の美少女のそれなのである。事前に男だと知っていても間違いが起こってしまいそうなほどにアストルフォの容姿は異常なのである。

 

「まあ、アストルフォが異常なのはさておき。そろそろ休みも終わりにしないと。馬もそろそろ大丈夫だよな?」

「よくないよ!?」

「そうだね。今の内に移動しておかないと今日は野宿になっちゃいそうだし。この子たちにはもう一頑張りしてもらおうかな」

「無視しないでよ! お~い!」

 

 アストルフォの悲痛な叫びが草原に木霊するが、それに応える物は誰一人していなかった。若干涙目になってるアストルフォに胸が痛んだ黒鋼ではあったが、ああいう格好をしているあいつが悪いと思い直し、手早く広げた荷物を仕舞う。

 ―――そんな時だった。太陽の光がより一層強くなったかのような閃光が突如として炸裂した。突然のことでこの場に居合わせた三人とも目をやられたが、通信先から慌ただしい声が鳴り響く。

 

『気を付けて! 頭上から高密度の魔力反応を感知! 何かがそちらに振って来るぞ!』

「―――ブーディカさん!」

「分かってる!」

 

 通信先の忠告が聞こえるや否や、黒鋼は己のサーヴァントに指示を下す。それを最後まで聞かずとも察知したブーディカは瞬時に宝具である戦車の応用。大量の車輪による集中防御を展開する。近くにいたアストルフォを抱き寄せ、二人してブーディカの近くに頭を抱えて座り込む。

 ―――瞬時に防御の布陣を敷いた数秒後。大量の何かが爆撃に似た音を立てながら降り注ぐ。余りの騒音にたまらず耳を塞ぎたくなるが、ここで臆病風に吹かれては今までの訓練が無駄になる。勇気を出し、歯を食い縛って正面に誰かがいないかを魔術で視力を強化して確認する。これが魔力を伴った攻撃ということは、サーヴァントによる宝具である可能性が極めて高い。つまり、この攻撃を行っている者は自分たちから離れた位置から攻撃をしている。姿を隠しているかもしれないが、それでも何か手掛かりが無いか必死に探す。

 突如として始まった爆撃は数十秒にも渡り、ようやく収まり始めてから車輪の盾をブーディカは消滅させる。いきなりの事で驚いてしまったが、周りに降り注いだそれを見て一同は目を丸くする。黒鋼達を襲った何かの正体は、どこにでもあるごく普通の弓矢だったのだ。彼女の宝具によって防御されていない場所には数えるのも馬鹿らしくなるほどの矢が突き刺さっており、リヨンから共に走ってくれた馬は無残な姿で確認された。

 

「―――っ、シアリムさん。敵の反応はどこだ!」

『正面より4時の方向、距離は800!』

「距離が遠い……! 仕方ない、逃げるぞ! ブーディカさんは戦車を展開して! 全力疾走で森の中に突っ込む! 無差別射撃も森の木々が少しはカバーしてくるはずだ!」

 

 車輪の盾はブーディカの本来の宝具を応用したもの。その本来の姿は、彼女が生前使用した戦車と愛馬を用いる。何も言わずにブーディカは即座に戦車を展開し愛馬の手綱を握る。その後ろに乗ろうと立ち上がろうとした時、黒鋼の体は立ち上がることなくその場に倒れ込んだ。

 

「マスター!?」

「どうしたの研砥! 早く立って!」

「分かってる! でも、足に力が、クソっ、動け。動けよ足!」

 

 さっきまでの克己心は消えたのか、黒鋼は自身の足に力が入らずにその場で蹲る。理由は分かり切っている。さっきの宝具による襲撃によって受けたことによる精神的なダメージだ。宝具による衝撃は冬木の時で存分に思い知っている。黒い騎士王による聖剣、ドルイドが無数のルーンによって用いた炎の巨人。そして、無銘の英霊が築いた無限に剣を内包した世界。にも拘らず今の黒鋼が腰が引けてしまっているのは、単に魔が悪かったとしか言いようがない。

 

「くそ、何でこんな時に」

「仕方ないなぁもう! 手荒いけど許してよねマスタ―!」

 

 目の前で蹲るマスターを見ていられなかったアストルフォが黒鋼の体を抱え、その体を戦車の中に放り込むと同時に自分も乗車する。それを後ろ目に確認したブーディカは手綱を打ち鳴らし、それに呼応した愛馬が全力疾走を開始する。一瞬にして草原地帯を振り切り、鬱蒼とした木々が溢れかえる森林の中に潜り込む。地面の整備がきちんとされていないこともあり、戦車の車輪が時々浮く時があるも、さすがは勝利の女王が駆る戦車というべきか。見事なまでの技術を以て早く安定した疾走を可能としている。

 

『いいペースだ! 後ろのサーヴァントはどうやら追って来ないみたいだ。予定より幾分か早いけど、このままドン・レミに―――』

『っ、そんな!? 皆気を付けて! 前方強力なサーヴァント反応! Aランク級のサーヴァントが正面にいるよ!』

「ええい、宝具の急襲に加えてAランクサーヴァントだと!? いきなり無理難題吹っかけすぎだろう!」

「文句言っても仕方ないでしょ! ここだと飛行もし辛い、このまま正面突破するよ!」

 

 地形の悪さ故に選択肢を狭められ、現状唯一の突破方がそれしかない以上、そうせざるを得ないことに歯がゆさを感じながらもブーディカは戦車をさらに加速させる。周りの木々が景色として見ることなく後方へ消え去り、その加速によって起こされたGと風が黒鋼達の全身を叩きつける。手綱を握る彼女以外の二人は戦車の端を握り締め、振り落とされない様に最善を尽くす。

 ―――そして、眼前に立ちはだかるサーヴァントが姿を現した。闇に溶け込むかのような黒い衣服に身を包み、特殊な形をした槍に似た長物を片手で構える男。身に着けている衣服や男が浮かべる余裕の笑みから、貴族や上流階級の人間の雰囲気を察知する。だが、男から隠すことなく溢れ出す殺意が一種の狂気の様に感じられた。

 

「余の存在を知りながら、なおも前を通ろうとするか。どうやら、我らが仇敵となり得るやもしれない存在は判断を誤ったようだ。とても残念だ、あの軍師の言う通りに物事が進むのは面白味がない。だが、これも向こう側に就いてしまった者の務め。せめて、我が杭を以て死に果てるがいい」

『気を付けて! 向こうさんは既に宝具の発動準備が整ってるみたいだ!』

「ならこっちも全力で突っ切るよ! 振り落とされない様にしっかり掴まってて!」

 

 ブーディカの気合いに満ちた声に応え、愛馬たちは勇猛に啼きながらその速度をさらに早める。同時に、後ろへの危害を許さないといわんばかりに車輪の盾も複数展開される。これだけの防御能力を備えた戦車による突進を喰らえば、あの時の騎士王でさえ一溜まりもないはず。たとえ宝具を使われたとしても突き抜けて逃げ切れる。そう思ったからこその突進行為だった。しかし、それが愚策であったことを黒鋼達は即座に思い知らされることになる。

 

「―――では、血に濡れた我が人生をここに捧げようぞ。『血濡れ王鬼(カズィクル・ベイ)』!」

「なっ――――」

 

 男が自身の宝具の名を謳うと同時に、その体内から無数の赤黒い杭が縦横無尽に迫り来る。車輪の盾を正面から押しとどめ、残りのそれは回り込むかのように三人を同時に襲う。新たな車輪を出現させてブーディカはそれを防ぎ、アストルフォは押し留められたことで速度が下がり始めた戦車をマスターを抱えながら飛び降りる。二人に差し向けられた杭は戦車に風穴を開けるも、狙いが外れたことを瞬時に悟ったかのように素早く彼らを襲う。

 

「ほう。我が杭による攻撃を防ぎ躱すか。貴様達はそれなりの好敵手となり得るやもし………む」

 

 男が嬉しそうに表情を緩ませた時、その視線が黒鋼を抱えながら杭を防ぐアストルフォへと向けられる。何かに思いを馳せるように目を閉じ、開くと同時に今度は嗜虐的な笑みを浮かべ、その不思議な形状をした槍を彼へと向けて地を駆ける。それをギリギリの所で捉えたアストルフォは、黒鋼を出来る限り遠くに放り投げ、愛用の馬上槍を出現させて鍔迫り合いに持ち込む。

 

「おっとぉ!? あぁもう、君危ないじゃないか! いきなり宝具なんて禁止だよ!?」

「貴様の持つ武具の数々に比べれば、今の余が用いる杭なぞ序の口であろう。シャルルマーニュ十二勇士が一人、ライダーのアストルフォよ」

「やっほーい! 何か知らない内に僕ってば有名人になってるよ! やったねマスター!」

「いやそれ全然よくないだろォ!?」

 

 朗らかに笑うアストルフォに黒鋼はツッコミを入れざるを得ない。無数の杭とそれを操る男本人による急襲は、アストルフォ一人では荷が重すぎる。道理として懸命に防いでいた攻撃が掠り始め、遂には杭の一つがアストルフォの足を貫く。

 

「痛っ―――!」

「終わりだ。安らかに眠るがいい」

「させるわけないでしょ!」

 

 足を止めたアストルフォに止めを刺すべく、彼の頭上から杭が降り注ぐ。だが、その攻撃は飛来した複数の車輪による盾が防ぐ。同時に、戦車から飛び降りたブーディカが愛剣を即座に抜刀。数十メートルはあるであろう距離を一足飛びで詰め寄り、両手で握った柄を全力で振り下ろす。渾身の力を籠めたその一撃が無防備な背中を斬り裂かんとするも、突如として体から生え杭がそれを受け止める。

 

「悪くない一撃だが、些か力が足りぬな。今少し筋力値が高ければその刃は余の肉体を斬り裂いていただろうに」

「逃げて研砥! こいつヤバい! ここは私達に任せて早く撤退して!」

 

 剣を防いだ杭が瞬時にブーディカに向けられる。それをバックステップで距離を取りながら回避し、愛剣を振るって魔力の塊が男を襲う。『約束されざる勝利の剣(ソード・オブ・ブディカ)』、ブーディカが持つもう一つの宝具による広範囲に渡る弾幕攻撃だが、その全ては男が展開している杭によって弾かれる。よく見ると、先ほどの攻撃で襲った時よりも数が多くなっているのか。数えるのも馬鹿らしくなるほど凝縮されたそれを、ブーディカは剣と車輪で必死に防ぐ。

 明らかに足手纏いにしかなっていない。この時、黒鋼は己がうぬぼれていたのかもしれないと自分を恥じた。あの時、ワイバーンの群れによる襲撃をほぼ一人で逃走していたことが黒鋼に慢心を抱かせてしまったのかもしれない。あの後、ジークフリートと対話して生きる意欲が湧いたことが油断を生んだのかもしれない。そんな後悔を抱いた刹那、黒鋼の体がいきなり吹き飛ばされる。

 

「がっ、は―――!?」

 

 思い切り蹴られたサッカーボール如く吹き飛ばされた黒鋼は、地面を何回かバウンドしてから近くの木に叩きつけられた。肺から酸素を無理矢理吐き出され、必死になって体外に出たそれを吸い寄せる。咳で息を荒げていると、木々で生い茂っている先に仮面を付けた女がゆっくりとこちらに迫っているのをその目で見てしまった。冷えた瞳でこちらを見下ろす鉄仮面の女は、不気味な杖で寝転がる黒鋼の顔を自分に向けさせる。

 

「あら。人類最後の守護者がどのようなものかと思えば、これで終わりなのかしら。だとしたら興ざめも良い所ね。バーサーク・ランサー? この坊やの命は私が貰ってもいいかしら?」

「好きにするがいい。その代わり、余はこの者たちを串刺しにするまでのこと。此度の血や魂は貴様にくれてやろう」

「冷血な王様が珍しいこともある物ね。ええ、それでは遠慮なく。その命や血を、一滴残らず絞り上げるとしましょう」

 

 女性ではないのが残念だけれどね。女が愉快に黒鋼を見下ろすと同時に、その隣に一つの鉄塊が出現する。それを目にした黒鋼はまさかの事態に血の気が引いた。自分を捕縛せんと近づく鉄塊は彼でも見たことがある拷問器具の一つ。捉えた者を内側の棘で串刺しにする現代にもその名を通す鉄の処女(アイアンメイデン)そのもの。あんなものを使うサーヴァントなぞ限られており、黒鋼はこの場にいる二人のサーヴァントの正体を知っている。だが、それもこの場を生き残らなければ扱うことの出来ない無用の長物だ。この場を生き残る術を必死に模索し、この戦いの為に用意してきた道具の一つを使うことを決意する。

 

(―――聞こえるか、二人とも。俺が大声を上げたら思いっきり目を閉じてくれ。出来る限りの事は、やってみる)

(そんなことより! 怪我の方は大丈夫なの!? いや、もしこの状況を何とかしても君の体が)

(やれるだけのことはやらないと、死んでも死にきれないから。頼む、俺を信じてくれ)

 

 マスターとサーヴァントの間で交わすことが出来る念話を通して作戦を伝える。それと並行して、無様にも立ち上がろうと黒鋼は己自身を奮い立たせる。こんなところで死ぬなんてことは絶対に出来ない。少なくとも、再会を約束したあの竜殺しと出会うまでは死ぬことは出来ない。その為に、切り札を一枚使い潰す。

 

「こ、んな。ところで! 死んで、たまるか――――!」

 

 地を這う虫の様に黒鋼を見下していた鉄仮面に向け、ローブの内側に隠しておいた隠し道具の一つの安全ピンを抜き取って放り込む。それと同時に味方の二人のライダーは己のマスターを信じて目を瞑り、放り込んだ彼自身もローブを深く被る。手榴弾にも似た形のそれは、女の腰辺りにまで高さが落ちたと同時に爆発ではなく純白の光で炸裂させる。

 

「きゃあ―――!?」

「むぅ………!?」

 

 これからの戦いに備え、アトラス院で事前に用意したとっておきの一つ。警官が凶悪犯を捕縛するために用いるそれより強力な物に造り直した閃光弾だ。サーヴァントというのは超常の存在であり、その英霊が生きた時と同等の神秘が込められた物を以てでしか傷をつけることは出来ない。だが、体の構造自体は人間のそれとほぼ同じ。目で見て、耳で聞きとり、手で感じ、匂いを嗅ぎ、舌で味を確かめる。ならば、そのどれか一つでも封じることが出来れば非力な自分でもそれなりに抵抗できるのではと黒鋼は考えたのだ。そして、それは見事に功を為し、敵は見事に怯んでいる。反撃か撤退のどちらを選ぶべきが悩んだが、即座に左腕に刻まれた令呪を用いる。

 

「令呪を以て命ず、アストルフォ! 宝具を使ってこの場から俺を全力で逃がせ!」

「任せて! それじゃ二人さん、この借りはまたいつか返すからね! バイバーイ!」

 

 閃光弾によって視界を封じられているのはこちらとて同じ。だが、サーヴァントに命令を強制させる令呪にならば瞬間移動という奇跡をも再現できる。視界が封じられたままの移動など造作もないだろう。アストルフォが指笛を鳴らすと同時に、徐々に収まり始めた光の中に翼の生えた獣が出現する。これこそ、アストルフォがライダーのクラスで召喚された際たる理由であり、彼が持つ宝具の中でも最も多く使われる幻獣である。

 

「さぁ行くぞ相棒! 君の真の力を見せてみろ! 『この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)』!!」

「逃さぬ! 我が杭よ、我らが敵を縫い留めよ!」

 

 相棒の背に飛び乗り、さりげなくマスターを片手で抱えたアストルフォが宝具の真名を叫ぶ。それに呼応するように幻獣は鳴き、下半身の四つ足による全力疾走の後に翼をはためかせてと木々の間を飛翔する。その後ろ姿を見逃さないと、未だに目が戻らぬ状態で男は杭を伸ばす。素早く伸びた杭が幻馬の背を捉えたその瞬間、突如としてその姿が消え失せ、届いたかも知れなかった杭は空を切る。

 それこそが『この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)』の能力。上半身は鷲、下半身が馬の姿をしたこの幻獣は高速移動と飛行能力を有しているだけではない。真名解放を行うことにより、本来は存在しないという特性を利用して次元を超越することが可能なのだ。要約するとあらゆる攻撃を無効化し、かつ、瞬間移動を可能とする宝具なのである。

 

「………逃したか。ふん、敵も中々に策士の様だ。よもや、あのような児戯に我らが嵌るとは。主を逃がす兵に乗じ、もう片方は霊体化して逃走を図るとは」

 

 体から飛び出た杭をその身に収めながら、自身と対峙していた戦車とその乗り手が消えていることに関心した男は笑みを浮かべる。司令塔は負傷し、防衛戦をせざるを得ない状況下で即座に撤退。そのために手の内を晒した黒鋼を褒めるように嗤う男に、鉄仮面の女も同意した。

 

「もう少しで血を啜れたのだけれど。まあ、無能な豚の様に殺される獲物より。醜くも抵抗し、最後は無様に殺される獲物の方が愉快ですものね」

「左様。元より、我らの目的は此処より先の街にいるサーヴァントだ。こちらにやって来る者には挨拶をしておけというのが軍師の命。ならば、このまま後を追わずともよかろう」

 

 仕留めるつもりでいた獲物は眼前で逃げ去った。だが、再び黒鋼達は自分達の元にやって来ると確信していた。それは直感などではなく、自分達が世界を歪ませている原因だと自覚しているからである。故にこそ、このフランスという国を救わんとするのであれば。いずれ相見える時は必ずやって来る。彼らの血と魂を奪うのはその時でも構わないと、この二人はお互いに納得しているからこそ黒鋼達を見逃したのである。

 

「では征くぞバーサーク・アサシン。我らの次なる目的地は」

「リヨンの村にいる剣士の英霊。ふふふ。村の住人達を護るために一人残るなんて、どれほど高潔な戦士なのでしょう。それだけの者が死に果てるさまを見るのが、今から楽しみね」

 

 二人の狂戦士による笑い声が鬱蒼とした森の中に響き渡る。森のざわめきと同時に広がるそれはとても不気味であり、自分達に挑むまだ見ぬ敵との闘争を楽しみにするかのようだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

「―――逃げ切った、のか」

『どうやらそのようだ。向こうのサーヴァント達はこちらとは真逆の方向へと進んでいる。どうやら、先ほどの襲撃はほんの挨拶だったようだ』

『その挨拶で殺されちゃったらこっちはたまったものじゃないけどね!? それより、黒鋼君は大丈夫なのかい? 君のバイタル、こっちだと低下したままなんだけど』

「あ~………。思いっきり吹き飛ばされたからなぁ。ちょっと口を切っただけだから大丈夫だと思うけど、一応スキャンの方お願いします」

 

 アストルフォの宝具による移動を終えた黒鋼は、霊体化して先行したブーディカと合流してから戦車の上で横になっていた。先ほどのバーサーク・アサシンの不意打ちで受けたダメージが思いのほか重く、令呪の魔力ブーストがあったとはいえ魔力食いであるライダーの宝具を発動したことによる魔力の大量消費で動けなくなっていたのである。

 簡易スキャンの結果、生命維持に深刻なダメージが無かった。しかし、骨が何本か折れてしまったようなので安静にしておくようにと忠告される。あの時、黒鋼は自身の体を出来る限り補強した状態だった。その状態の黒鋼の防御を容易く、それも軽い一撃で突破された事実が黒鋼に重くのしかかる。

 

「…………ほんと、情けないな。足は竦むし、不意打ち喰らうし、こんなんで本当に世界なんて救えるのかな」

『研砥はちゃんとやってるよ。それに、追撃はしてこなかったけど他にも敵影がいたら本当に死んでたんだから。逃げたのは絶対に正しいよ。命あっての物種なんだしね』

 

 通信機越しに送られる立香の言葉が胸に突き刺さる。確かに間違いは無かったかもしれない。だが、それでももう少しやりようはあったのではないかと思わずにはいられない。人間というのは面倒な生き物だ。少し後ろ振り返ってみれば後悔ばかりが積みあがっていく。溜め息を漏らしながら顔を隠すように腕を瞼の上に置く。

 宝具による襲撃は気を抜かずにいれば察知できたのではないか。

 バーサーク・ランサーとの接触を避けるように迂回すれば安全に逃げられたのではないか。

 聖骸布を最初から身に纏い、一人だけ別行動をした後で令呪を使えば余計な損耗は防げたのではないか。そんな、今更な事ばかりを考えてしまう自分がとても嫌になってくる。自己嫌悪に陥り、ぶつぶつと自身に向けた呪詛の言葉を並べ始めようとしたその時。彼の耳に誰かの生暖かい吐息が吹きかけられた。

 

「ほきゃぁあ!?」

「ぷっ、あはははは! 何さその奇声! ちょっと待って、ぷっ、あはははははっ!」

「アストルフォ! お前何して、痛っ……」

 

 ブーディカは手綱を握っているからこんなことを出来るはずもなく。自然と犯人を断定した黒鋼が声を荒げるが、体が痛みを訴えたことで中途半端に終わる。痛む部分を優しくさすっていると、アストルフォはひとしきり笑った後に彼の近くに座り込み、自分の膝にその頭を乗せた。

 

「………なんのつもりだよ。悪戯したと思ったら、今度は膝枕って。というか下ろせ。男の膝枕なんぞお断りだ」

「ひっどいなぁもう! いやね、マスターが凄い思い悩んでるから何とかしたなーと思って。気づいたら手が出ちゃってた。ごめんね?」

「お前の場合、理性蒸発してるから何も考えてないだけだろう」

 

 頭が痛くなるような案件がまだ残っていたことに本日何度目かの溜め息を漏らす。悪びれもしないアストルフォの態度に本来はイライラするはずなのだが、彼のそれは何故かそういった感情が浮かんでこない。結局、硬い戦車の上で横になってるより膝の方がマシと判断した黒鋼は、されるがままにアストルフォの膝の上に頭を乗せていた。すると、まるで仲睦ましくしている様子をアピールするかのように頭を撫でてくる。

 

「マスターはさ。色々と考えてるみたいだけど、そういうのは少しやめてみたらどうかな?」

「………どういう意味だよ」

「言葉通りの意味だよ? あ~だこ~だ考えてるから疲れるのさ。肩の力を抜いて、気楽に物事を考えても良いと僕は思うけどなぁ」

 

 僕みたいにとまでは言わないけどさ。そう一言を添えながらアストルフォは満足げに鼻歌も歌い始める。理性が蒸発している彼には場の空気を呼んだり、恐怖心といった人間に備わっている物が一部欠落している。だからこそ、後悔に思い悩むマスターに向けた彼なりの励ましの言葉だったのだろうと黒鋼は言葉を汲み取る。

 肩の力を抜いて物事を考える。その言葉は自然と黒鋼の心の中にすとんと納まった。試しに深呼吸をしながら全身の力を抜いてみると、傷の痛みもどこかに行ってしまったかのように眠気が襲ってくる。あれこれと考えていた頭は活動を止めようとしていて、彼自身もその欲求に身を任せようと決めた。

 

「…………アストルフォ」

「何~? 僕に出来ることなら何でも言って良いよ?」

「……少しの間、このままでいさせてくれ。少し、眠くなってきた」

「勿論。存分に僕の膝を堪能すると良いさ! 良い夢を見てね、マスター」

 

 重くなっていく瞼を抵抗することなく閉じ、黒鋼は襲ってきた睡魔に抵抗せず眠りに就く。どこか良い匂いのする仲間の膝上で徐々に意識が遠くなっていくのを感じ、十秒と経たずに暗闇の中へと意識が吸い込まれた。

 ―――アストルフォが男じゃなかったらなぁと。最後にそんなどうしようもないことを考えながら。

 

 

 

 

 

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

「―――ありがとね、アストルフォ。この子、意外と背負い込むタイプの男の子だったんだね」

「ん? いや、お礼を言われるようなことをしたつもりはないよ? それにほら、僕ってばローランの暴走を抑えるためにこんな格好してたりするわけだし、それなりに包容力とかあるほうなんだぜぃ?」

 

 歯に衣着せぬ物言いで大したことをしていないというアストルフォに、ブーディカは愛馬の手綱を握りながら改めて感謝の言葉を述べる。さっきアストルフォがしたそれは、本来は彼と共に在るブーディカ達がしなければならないことだ。だが、フランスに来てから彼が弱音や本音を話したのは、アストルフォやジークフリートといった黒鋼と契約していないサーヴァントにのみ。

 それはきっと、自分と契約しているサーヴァントには弱っているところを見せたくないという黒鋼なりの意地なのだろう。連れてきたはずのサーヴァントの半分は行方不明で、化け物に一人で終われ、今日は冬木の時より命の危険があった。それを必死に抑え込もうとして、優しい二人のおかげでそれを吐き出すことが出来た。それはとてもありがたいことだが、何とも形容しがたい感情がブーディカの胸中に渦巻く。それは自分でも分かっていたが、あまり口にするべきことではないと思い直す意味も込めて手綱を握り直すのであった。

 




ブーディカ「そういえば、アストルフォがいた十二勇士の人たちってどんな人たちなの?」

アストルフォ「ん~? そうだなぁ。何回も言ってると思うけど、ローランって奴は確かに強いんだけど僕にこんな格好させる変態だったよ。でも、どこか憎めない奴でさ。多分、彼もサーヴァントになってるとは思うから、またいつか会ってみたいなぁ。あ、王様は気持ちのいい馬鹿だった! む~……そういえば、マスターと少し似てるかも」

ブーディカ「研砥と? 王様って言うと、あのシャルルマーニュ、カール大帝と似てるってこと? 流石にそれは言い過ぎなんじゃないかな」

アストルフォ「かもね。でもさ、周りの人が危険な目に遭ってたら身を投げ出して。自分が本当は辛いに笑って堪えようとかするところがよく似てるんだよね。だからかな、僕も少しだけお節介になってるのかも。………マスターを失う。あんな思い、もうしたくないないって思ってるからなのかもなんだけどね」

ブーディカ「アストルフォ?」

アストルフォ「なんでもない! それより、早くジャンヌの生まれた場所に行こう! 話はそれからさ!」

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